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最終章43話 さっさと帰れ、駿介!ヒヨコ、怒りの四次元ドロップキック

 帝暦519年2月末頃

 ヒヨコ達と異世界人達は腹黒公爵さんの飛空艇に乗って、上空に浮かんでいる元天空都市アサヒカワに辿り着く。

 円形の巨大な台座のような浮かぶ島が、今は三日月形の巨大な浮かぶ島になっていた。


 空中に浮かぶ三日月形状の島の穴になっている場所の下に空間のねじれが目視でもはっきりと見えるのだった。飛空艇はそこを迂回して島に辿り着く。


「ピヨピヨ【おお、ここに飛び込めば丁度異世界に行けるのだな?ヒヨコが悪の拠点を吹っ飛ばしたお陰だな。グッジョブだと思わない?】」

「きゅうきゅう【自分の罪を誤魔化そうとしているヒヨコは駄目駄目なのよね?】」

『さすがピヨちゃん、悪い事を考えたら世界一なのだ』

「ピヨピヨ【褒め称えても良いのに……】」

「きゅうきゅう【多数の人間を大量虐殺してレベルを大幅に上げたヒヨコとは思えない口振りなのよね?】」

「ピヨピヨ【そこに触れるでない!】」

『ピヨちゃんと出会ってしまった事が彼らにとって不幸だったという事なのだ。ピヨちゃんは他人を不幸にするヒヨコなのだ』

「ピヨピヨ【幸せの赤いヒヨコといわれているこのヒヨコ。出会った相手を不幸にするなどあり得ない事を言うでない】」

「きゅうきゅう【うっかり燃やされちゃうのよね。ヒヨコの凶運は物凄い勢いで、知らない所から襲い掛かってくるのよね?】」

「ピヨピヨ【ヒヨコの最強にケチをつけるでない】」

『ウチの父ちゃんという世界最強の困ったちゃんがいるのに、最強を名乗るなんてヒヨコのくせに烏滸がましいのだ』

「ピヨヨーッ!?【ヒヨコは最強ではなかったのか?……そうか、ヒヨコの最強はイグッちゃんがいる限り手に入らないのか。この大陸では邪竜として忌み嫌われるイグッちゃんのようなカリスマが欲しかったのだが…】」

 ヒヨコとトルテとグラキエス君は安定の文句の言い合いをしていた。いや、いつもヒヨコだけがけなされている気がするが……。


「じゃ、邪竜…」

 どんよりと肩を落とすイグッちゃんがいた。その部分、気にしていたのか?

 今日は人型モードだが


「ピヨピヨ【ドンマイだ、イグッちゃん。ヒヨコは邪竜、良いと思うぞ?】」

 ヒヨコは手羽でぱさぱさとイグッちゃんの腰を叩く。

「つか、精霊に取り込まれた元仙人もどきが敵だったのに、何でいつの間にかイグッちゃんと戦っていた大魔王みたいなやつが出てきたんだよ。正直、そこはびっくりだよ」

 駿介は呆れるようにぼやくのだった。そこはヒヨコも同感だ。何故か、相手がケルナグール君から闇ナグール君になってしまったのだ。結局、戦っていた相手は名前も顔もよく分からない変な奴だった。元祖ケルナグール君は結局、ただの傀儡だったという事なのか。哀れな男だ。

 いつかザマアをと、ヒヨコは狙っていたのに、まさか最初からザマア進行中という出オチキャラだったとは。


「女神が魔神の手が伸びないようにこの大陸を俺のいる場所と分断させてしまった事で、逆にノクティスの奴は着実に自分の勢力を伸ばせたんだろう」

「だったらイグッちゃんにバレるようなことをするのはかなり悪手だろ」

「勝てると思っていたんじゃないか?アドモスなんかもそうだが、基本的に神ってのは現世の生物を舐め切ってるからな。破壊神の神格を得てしまったが、俺はあくまでも現地の生物、しかも奴の子孫程度だからな」

 駿介とイグッちゃんが何やら深刻そうな話をしていた。


「まあ、駿介とヒヨコがいて、我が子達も頑張ってくれたおかげで被害が少なかったからな。俺が戦った700年前は多くのドラゴン達が殺され、逆らう側の種族は多く死滅した。奴は子供のような奴で、自分に逆らう奴は認めない、そんなクソみたいな奴だ。神ゆえに永遠に生きるからこそ、忘れた頃にやって来て俺達を苦しめるのを趣味にしている。取り逃がしたくはなかったが仕方ない。奴はそういう奴だからな。次は消し炭にしてやる」

「ピヨピヨ【鳥逃がす?奴はヒヨコの祖父ちゃんか!?】」

「その鳥じゃねーよ。あと、俺の母方の祖先だからお前とは血のつながりは無いから大丈夫だろう」

「きゅうきゅう【あたしはショックなのよね。父ちゃんの子供のせいでアレの血が入っている事実が発覚した事に】」

『仕方ないのだ。でも竜生は残酷なのだ』

『奴は始祖竜だから、そもそも俺の息子でなくても奴の血は誰にも流れてるんだけどな……』

 自分の父親のせいと訴えている子供達であるが、ニクスもフリュガも闇ナグール君の子孫だと訴えるイグッちゃんだった。

「ピヨピヨ【しかし、奴の力は恐るべしだったぞ。眠くなるし洗脳はされるし。折角ならみんなと一緒にヒヨコも眠りたかったのに、奴は寝かしてくれなかったのだ】」

「そりゃ、寝れないだろう。お前、太陽を象徴するクレナイの神格を引きついているからな。朝の訪れを知らせる神の神格を持ってる奴を寝かせる?いくら闇と夜の神格持ちの闇竜神でも無理じゃないか」

「ピヨ?【ヒヨコの父ちゃんはそういう力を持っているのか?おお、どうりで朝のヒヨコ体操が子供達に人気なはずだ。ヒヨコの神の力がますます増すのだろう。ますが多すぎて何のマスが増すのかよく分からんが?】」

「あれ、割とものすごい勢いで布教が広まっているのって、そういう事なんですか?」

 腹黒公爵さんは驚いた様子でイグッちゃんに訊ねる。

「そこは関係あるかどうかわからんが、相性はいいだろうな。神ではなくても太陽の神格持ちが太陽が昇る合図に踊るのだから。ニワトリの鳴き声みたいなものだと思えばいい」

「本当にヒヨコダンスが世界を支配するのは近いかもしれないなぁ」

 アハハハハと腹黒公爵さんが苦笑していた。

 だがな、ニワトリには何の神格もないだろうが!同じ鳥でも同じものに並べるな!ヒヨコはあんな臆病者(チキン)ではない!


「それにしても、随分と高い場所まで登ったな。俺でもこんな高く飛ぶ事はそうそう無いぞ?」

 イグッちゃんは周りを見ながらぼやく。

「ここに来ることを勇者殿が先代巫女姫のフローラ様に言われていたそうなので」

「らしいです」

 腹黒公爵さんの言葉をステちゃんが肯定する。

「この高さだと、世界樹の高さに匹敵するぞ」


 呆れたようにぼやくのはイグッちゃんだった。

「ピヨピヨ【世界樹の高さだとどうなるのだ?】」

「この世界はまだ人間の観測能力が高くない。双眼鏡レベルだろう?顕微鏡も望遠鏡もつい最近発明されたばかりだし、宇宙の謎にも辿り着いていない。神域とは人類が到達できない場所とされている。この世界はそういう意味では神域だらけだ。その神域を削り切る事で人類は神々から卒業する……とされている訳だな」

「ピヨヨ~【結構な事ではないか。それがここが高すぎるというのはどういう事だ?】」

「削ると直になくなる訳ではないという事だ。つまり神々と接触可能な場所にいるという事だな」

「きゅうきゅう!【これはチャンスなのよね!ケルナグールを殴りに行くチャンスなのよね!】」

 トルテが目を輝かす。

「いや、流石に逃げた神を追いかける事は出来ぬ。向こうから会いに来てくれるならともかくな」

「きゅうきゅう【ヒヨコ、悔しくないのよね?何故落ち着いているのよね!?あたしは今すぐ追い駆けてきゅうきゅうしてやりたいのよね?】」

 きゅうきゅうしてやるとはどんな事をやる積もりなのだろうか?ヒヨコのピヨピヨしてやるのオマージュだろうか?成竜化するとぎゅうぎゅうになるのかな?


「ピヨピヨ【何故だろう、ヒヨコはそこまで怒りが湧いて来ないのだ。何故か、怒りを発散したような気がするぞ?むしろスッキリを通り越して若干罪悪感を覚えるくらいの気持ちなのだが?おかしいぞ、何もしてないのに】」

「きゅうきゅう【ヒヨコばっかりスッキリして狡いのよね?あたしもスッキリしたいのよね?】」

「我が娘は無茶ばかり言う…。俺だってあいつを叩きのめしてスッキリしたいというのに」

「ピヨヨ~【しかし、という事はだ。ここにいれば向こうから会いには来れるのか?】」

「絶対に来ないと思うぞ。じゃなければ最初から逃げないからな。奴はこの世界の人間を利用して闇精霊を増産して、世界を混乱させて掌握しようという腹だったからな。もし、また来るとしたらよほど混乱した頃だろう」

『こっちから乗り込めないのは残念なのだ』

 きゅいきゅいと膨れるグラキエス君だった。


 しかしどうした事だろう。ヒヨコは何故かスッキリしていた。闇ナグール君を許すまいと誓ったばかりなのに、何か報復しきってスッキリした気分だ。さっきも言ったように、むしろやり過ぎたのでは?と思うくらいにスッキリしていた。ピヨピヨどころか、ヒヨコの禁断の必殺・ピヨリックスをかましたくらいの爽快感があった。

 何故か分からぬ。


 まあ、人を恨むのは疲れるともいうからな。きっと疲れたのだろう。


「まあ、つまり……神が会いに来れるという事は、私がここに降臨できるということです」


 空から光が差して現れたのは黄金の髪をした女が降臨するのだった。

 朝焼けの明星のように明るい女神がそこに現れた。


「あ、女神。え、下界には来れないんじゃなかったのか?」

 駿介が女神を見て驚いた顔をする。

 一目でそれとわかるという事ははじめましてではないようだ。思えばヒヨコも会った事がある気がするぞ?デジャヴという奴だ。


「ここは下界ではないですから」

 空に浮いている地面を指さして女神さんがそんな事を言う。

「ピヨヨ~【母ちゃ~ん】」

 ヒヨコは女神さんに駆け寄るが、

「誰が母ちゃんですか、人聞きの悪い」

 ビシッと女神さんはステラ印のハリセンでヒヨコに鋭い突込みを入れるのだった。早い。これが神突込みといわれた突込みの神様の技というのか!?

 そして、いつの間にステちゃんはハリセンをあの前年女神に貸すのだ?駄目でしょ!


 異世界人達を牽引して、先生さんがやってくる。

「雀の女神様」

 先生さんは女神さんの方へと駆け寄る。


「私の化身と親交のあった子ですね。あの子は元気にやっているから心配はいりませんよ」

「そ、そうですか」

「夢がかなって良かったねと言っている事でしょう」

「はい……」

 先生さんは涙目で頷くのだった。化身が仲良しだったのかな?

 だが、所詮は女神の化身だ。中身はろくでもなかろう。気を付けるのだぞ?

 すると、異世界人達30人弱がここに集まってくる。

 こう考えると、割とヒヨコは多くの異世界人を保護していたのだな。


「それでは…とりあえず全員生き返らせますか」

「「「はい!?」」」

 全員が驚いた様子で女神さんを見る。ヒヨコだけではない。イグッちゃんも驚いていた。

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってください。人を生き返せることはできない筈ですが……。少なくとも私の記憶ではそのような事例はありません。唯一あるのが……」

 腹黒公爵さんはチラリとヒヨコの頭を見る。

 そうだ。この世界ではヒヨコのアホ毛を持っているなら生き返るがそれも一度切りだった筈。今はヒヨコのアホ毛がたくさんあるから、いくらでも生き返らせそうなものだが……それでも限度はある。


「ええ。そうですね。だから、この世界に大量の異世界人が流入した時に、クレナイから人数分の羽根を貰ってそれぞれの人間にリンクをつけていたんですよ。最終的にもれなく全員返せるように」

「ちょ、待て。突っ込み所が多いぞ。クレナイは死んでるはずだが?」

 イグッちゃんは慌てた様子で女神さんに訴える。


「この世界では死んでますが、不死の神、しかも不死と太陽を司る神ですよ?ここに来ていたクレナイはあくまでも化身でしかありません。イグニスに殺されてこの世界に二度と降臨できなくなりましたが、神界では普通に生きてますよ?彼が滅んでいたら世界どころか神界とてただではすみませんから」

「お、俺はな…お、親父を殺してしまいどうしていいか分からなくなって…………………って、生きてたのかよ!?」

 イグッちゃん、気持ちは分かるが、悪いのはお前だぞ?


 『実は生きていたドッキリ』はやっちゃいけない奴だ。悲しんだ人が驚くからな。

 分かったか桑原よ。


 ピヨピヨ、ところで桑原って誰だ?駿介の電波だとは思うが……分からんな。


「いや、貴方の殺した貴方の親父は死んでますから。『私』と浅香の言う『雀の女神様』が別神であるように、私が知る『クレナイ』と貴方の殺した『クレナイ』も別神です。世界によっては私とクレナイが同一であるという世界もありますし、複雑なのですよ。まあ、私とクレナイが同一の時は二人プレイをブイブイ言わせて楽しんでいたのですが」

「そういえばお前はそういう奴だった」


 イグッちゃんは頭痛そうにうめくのだった。女神さんは大体いつもこんな軽いノリだ。ヒヨコ思うに神界はギャグ要素で出来ているのではなかろうか?

 まさか、駿介の電波と思しきものは実は神界からの電波だったなんてことはないよな?


「だから聞いたでしょう?破壊神の神格を手に入れたのなら神界に来ませんかと?………殺した父親に再会できますよ?」

「いや、生きているなら良い。俺にはまだガキがいるからな」

「きゅうきゅう」

「きゅいきゅい」

 イグッちゃんは女神に首を横に振って断ると、父親の頭をぺちぺちと叩く息子と娘がいた。

 闇ナグール君の脅威を残してこの世界に子供を残して去るのは辛いだろう。ヒヨコもいるがアレは厄介だ。だが、話によるとヒヨコと奴は相性がよさそうだ。


 ヒヨコは神殺し、つまりはカンピヨーネだからやはり神様とは相性が良いのか?




 ヒヨコが考え込んでいると、勝手に話が進んでいたようで女神さんはどうやら異世界人達をよみがえらせるようだ。

「それでは全員蘇らせますよ」


 女神さんがパサッと掌を広げるとヒヨコのアホ毛に似た赤い羽毛が空に舞い散る。

 すると死んだらしい異世界人達が蘇っていく。まあ、会った事が無いのでヒヨコは本当によみがえったかは謎だが。


「ここは?」

「俺は一体……」

「何、これ……」

 彼らは困惑した様子だった。死んでいたのが蘇ったのだから。30人満たない異世界人達が70人超の人数に変わっていた。

「はーちゃん、良かった。もうこれきりなのかと思ったよ!」

「え?どうしたの、ゆっちゃん?え、私どうして……」

 友人同士で抱き合って喜び合う。冒険者の仕事をしていたというからその時に不慮の死を遂げたのだろうか?


「あ、東!テメエ、よくもやってくれたな!」

 生き返った男達二人が従魔士君に絡みに走るのだった。

「やめろよ」

 そんな二人組を止めに入るのは駿介だった。ずいっと剣を男達に向けて足を止める。

「誰だテメェ………え?………お、お、お、お、沖田!?な、何でここにいやが……」

「俺、こっちの世界に一足早く来ててさ。お前らを元の世界に返す為に動いていた訳なんだけど…………お兄ちゃん殺されて後ろ盾もなく、ハングレの末端でしかないお前が何かできんの?」

「な、何でそれを…………あれは暴力団同士の抗争で………犯人は誰も……何でお前が……」

 ニヤリと笑う駿介の姿に男達は震えあがるのだった。

「大丈夫だよ、駿介君」

「大丈夫か?」

「正直、悪意を持って近づくこいつらよりも、ただなつきたいだけで近寄ってくる従魔の魔物達の方がよほど死にそうになるほど危険だからね。それと比べたら可愛いもんだよ」

 そういって、東は偉そうにしていると男の襟首をつかむ。

「もう、僕に関わらないでね。ここで死んだら生き返る事は無いんだから」

 と従魔士君は片手でひょいと男を掴み持ち上げてしまう。そういえば従魔のバイトをしていて、かなり筋肉がぶ厚くなって強くなっていた。

 男も従魔士君があまりにも人が変わっていて、以前と違って自信にあふれている事から、いじめっ子達は何も言えない様子だった。

 ペイッと押し出されて、慌てて従魔士君から距離を取るのだった。


 よくよく見ると胸板の厚みも腕の太さも別人だった。これ、向こう戻って同一人物だと認識できるのだろうか?


「それに……こっちで社会に出て気付いたんだ。嫌な事を強制するなら警察に言えば良いかなって。話を聞いてくれるか分からない先生よりも、法的に対処した方が早いし」

「え、警察に訴えたら、バレないように報復できないじゃん。皆殺しにしたら逮捕されるの自分だろ?」

「お前が一番物騒だ!」

 スパーンと駿介は突込みお姉さんにステちゃん印のハリセンで頭を叩かれていた。良い突込みだ。


 従魔士君に絡んでいた男達は駿介を見て真っ青な顔になって震えあがるのだった。

 まさかコイツ、やっちまったのか?そんな顔である。


「あ、でもそうか。ここで殺したら、戻れないのか。良いわね、それ」

 ハリセンをステちゃんに返しながら、生き返ったばかりのとある女性グループの方をじろりと睨みながらぼやく。

 女性グループは癒しお姉さんを睨んでいたが、目線を慌ててそらすのだった。あれが、癒しお姉さんを虐めていたグループなのかな?


「あまり過激な事は辞めてくださいよ、沖田君も岬さんも」

「私をコイツと一緒にしないでくださいよ!?」

 先生さんが止めに入り、突込みお姉さんは駿介と纏められたことに抗議するのだった。


「さて、では異世界から元の世界に戻しますが…………。どうしますか?ここの世界であったことを何もかも忘れさせて戻すことも可能ですが」

「出来るんですか?」

 先生さんは女神さんを見上げる。


「ええ。クレナイの羽根はここでの経験も死んだ直前の履歴まですべて復元させるモノですが、私はクレナイの羽根とリンクをつける直前までの記録を持っていますので。肉があるなら、そこからクレナイの羽根によって戻された経験情報だけを消すだけなので、そこまで難しい作業じゃありません。足し算引き算の話です」

 簡単に言うが、無茶苦茶であった。ヒヨコ達の苦労は何だったのだろうか?

 だが、下界に手を出せないルールで神域に人々を連れてくるという点ではヒヨコ達は頑張ったと言えるのか?

 少なくともこれだけは言える。一番チートキャラは女神だった。


「ここでのことを無かった事にして良いなら無かった事にしてくれ。もう、あんな恐ろしい目は御免だ」

 髪の毛が真っ白になって半分ほど抜けてしまっているミイラのようになった男が両手を地面について女神に許しを請う。

 あんな奴いたっけ?そういえば先生さんが運んでいた生徒の中にミイラみたいなやつがいたな。拷問にでもあっていたのだろうか?


「え、勿体ないじゃん。山川、お前……。折角、ハーレムプレイを満喫した記憶があるのに、その記憶をリセットするなんて!お前、童貞捨てた記憶を失ったら、一生童貞かもしれないんだぞ!」

 駿介は熱弁するが女性陣は引いていた。

 安心しろ、一生童貞の呪いが掛かっているのはきっとお前だけだ。


「良いんだ。俺はイチャラブハーレムが良いんであって、実は嫌々だったなんて知りたくもなかった。世界拷問全集に乗っていないような異世界拷問の記憶なんて覚えておきたくもない。回復魔法で終わらない拷問とか……うっ頭が…」

 山川君とやらは頭を抱えてうずくまる。

 これは完全に重症だ。

 腹黒公爵さんは「そうか、魔法のない異世界の拷問は魔法が無い分ぬるいのか」などとぼやいていた。一体、過去に自分の父親にかました拷問がどのようなものだったのか知りたくもないぼやきだった。

 フェルナント君の目が物凄く泳いでいる。お父さんを怒らせたら危険だ…という恐怖の色があった。元宰相さんと腹黒公爵さんはさぞお楽しみしたのだろう。母の仇に対して問う事のない拷問。


「それじゃあ、覚えて帰りたい人はこちらへ。無かった事にしてほしい人はこちらへ」

 女神がそれぞれ分かれるように口にして、異世界人達がそれぞれ思い思いに移動する。


 先生さんはこっちの出来事を忘れずに帰る側の生徒をまとめていた。

「先生は忘れたくないんですか?」

「というよりも、私、教師をやってる半面で時空平和管理機構の嘱託職員なので積極的にこの手の問題を管理している側なので……」

「あー…」

 陰陽お姉さんは苦笑しながら、忘れずに帰る側に移動しながら先生さんの行動に納得していた。

「さ、西条は覚えて帰るのか?」

 恐る恐ると背の高いいかつい男が優等生君に訊ねる。


「何で忘れて帰る側に行くと思ってんだ?色々とここでは勉強させて貰ったからね。将来の不安も解決したし、忘れるわけにはいかないよ」

「……」

「忘れて帰るんだろ?まあ、今後は関わる事も無いと思うから突然冷たくなったように感じるだろうけど、それは君達の責任だから」

 今更になってヤベッと顔色を変える何人かの男女がいた。

 何だろう?優等生君に悪い事でもしたのだろうか?前の世界では仲良かったけど、こっちでは喧嘩でもしたのかな?大変だが、仕方ない。

 意外と忘れて帰る側に行く生徒さんは多かった。忘れたいくらい大変だったのあろうか?

 7割がた忘れたいらしい。


「智子はこっち側に来るの?忘れて帰った方が良いんじゃない?」

「んー、確かに記憶障害を起こしたし、何もかもなかったことにした方が良い気もするけど……」

「そうだよ。俺も忘れる側に行くし一緒に…」

 天然ジゴロ君が三つ編みお姉さんを忘れる側に誘うのだが

「こっちで出会ったピヨちゃんやトニトルテちゃん、グラキエス君のことを忘れたくないし、散々お世話になったのに何もかも忘れておしまいってのは無いと思うんだ」

「きゅうきゅう【智子、寂しいのよね】」

『僕の事を忘れずに帰ってくれるのだ。嬉しいのだ』

 トルテもグラキエス君も三つ編みお姉さんの方に行って別れを惜しんでいた。

 まあ、ヒヨコもそうだが、三つ編みお姉さんにはヒヨコ達の狩りをした後の食事を美味しく作ってくれた恩義もあるからな。騒動では最も関わりの薄い相手ではあるが、日常で最もヒヨコ達とかかわりがあったのが三つ編みお姉さんと癒しお姉さんである。

 ヒヨコも癒しお姉さんや三つ編みお姉さんと別れを惜しんでいた。

「美樹は忘れないつもりなの?」

 突っ込みお姉さんは心配そうに癒しお姉さんに訊ねていた。

「忘れたい気持ちはあるよ。何もかも忘れたい。地獄みたいな日々だったし、自分が汚されているのも分かってる。それでも……忘れたくないものもあるし、ここでの経験が強くしてくれたのも事実だから。東君や西条君も同じだと思う」

「そっか。っていうか、高城、アンタ忘れて帰る積もりなの!?」

 じろりと突込みお姉さんは忘れる側に回ろうとしている天然ジゴロ君を見咎める。

「うっ」

「こっちのお姫様に手を出して、こっちに自分の子供を残して去るくせに!?大体、智子のフォローは誰がするのよ。私よりも家の付き合いのあるアンタこそがフォローしないと駄目でしょ!ある意味、最も責任があるのアンタじゃない!何もかも忘れて責任逃れする積もり!?」

「ピヨピヨ【おや、言われてみると天然ジゴロ君、何もかも忘れたい側に回っているのか?いかんぞそれは?】」

 よく見ると天然ジゴロ君は忘れたい側から三つ編みお姉さんを誘っていた。


「無駄に困っている人間を助けようと首を突っ込むくせに、どこか一線引いて自分は他人だからみたいな責任逃れをするところがアンタの最も残念過ぎる所なのよ!義務よ!責任よ!責任逃れは許さないわ!異世界で自分の子供がいるのになにやらかしてんのよ!」

 突っ込みお姉さんは無理やり天然ジゴロ君の首根っこ捕まえて忘れずに帰る側に引っ張るのだった。

 苦笑する駿介はポンポンと残念ジゴロ君の肩を叩くのだった。


 そこでヒヨコはエセ忍者君の方へと向かう。

「ピヨピヨ【さて、エセ忍者君よ、ヒヨコの教えたヒヨコブートキャンプを異世界で布教して、ムキムキマッチョを増産させるのだぞ?】」

「めっちゃ無茶苦茶な事を言われているでござる!?」

「いや、リズム良いし、あれ、ネット配信して稼げるんじゃない?」

 偶に参加してムキムキマッチョ側に回った従魔士君がボソッと口にする。


「というか元の世界にこれで戻ると服がスカスカになりそうでござるが……」

 サイズが随分変わったからなぁ。

「逆に僕は服が破けそうなんだけど…。体のサイズが一回り大きくなったよ?」

 逆に不安そうにする従魔士君だ。

 ヒョロい従魔士君は筋肉がついて体のサイズが一回り大きくなったので服のサイズが合わない事を心配していた。

 大は小を兼ねるってこういう事だったんだな?デブは…ではなくエセ忍者君は逆に細くなることで制服のサイズが合わなくなってしまうがベルトで締めれば問題は無いからな。


「ピヨピヨ【神龍(シェンロン)のように服をサービスできないのか?】」

「衣服は私の管轄外なので」

 ヒヨコが女神さんに頼むのだが、女神さんは首を横に振る。

「何故、お前が神龍を知っている!?」

「ピヨピヨ【言われてみれば………どうせお前の電波だろ?】」

 ヒヨコは既に諦念していた。ヒヨコの知らない筈の知識がある時、それは全て駿介のせいだという事に。

「いやな達観の仕方だな…」

「実際、そうなんだから仕方ないでしょ」

 ジトリと駿介を睨んで突っ込むのは突込みお姉さんだった。


 それぞれにドラマがあり、総合的にリセットボタンを押したい人と押したくない人とで分かれていた。


「お願いよ!弥島君、……一緒に忘れようよ」

 泣いて懇願するの女子がいた。弥島とは背の高い男か?

 あの女子は嫌な事でもあったのだろうか?

「いや、忘れるわけにはいかない。確かに忘れたいさ。でも、忘れたらまた同じ過ちを繰り返す。忘れたら俺は……宮埜を守れないだろう?こっちに来て、有耶無耶な感じで付き合って、クズ野郎に寝取られたけどさ。その事実を無い事にしたいし、体も心も無い事になるのは結構だ。でもそれじゃ宮埜は良くても、俺はまた同じ過ちを繰り返す。今度は俺から告白して、あんなクズ野郎が手を出せない位積極的になるから、だから俺は絶対に忘れない」

「や…弥島君…」

 二人は抱きしめ合って何かイチャラブしていた。周りの友人たちはヒューヒューとはやし立てていたりする。

 そういうのは他所でやってくれないだろうか?ヒヨコ空間ではイチャラブ系は禁止だぞ?


 腹黒公爵さんとてその手の事は剣聖王女さんによってコテージ内へフェードアウトしたというのに。その時にフェルナント君が生まれたとかヒヨコは考える暇も与えられてないからな?


 ところでそのクズ野郎と言われていた男はは忘れて帰る側にいたのだが、大丈夫なのだろうか?周りから気まずそうにチラチラ見られていたから直に分かったが……。対処する面々が覚えていればよいと?まあ、健闘を祈る!


「それでは良いですか?まずは忘れたい人たちはそこから飛び込んで落ちてください。下にモヤッとした空間があるでしょう。あそこに飛び込めば後は全員を元の場所に戻します。飛行機のずれなどは全て私が修正しておきますから心配はいりません」

 女神さんが崖の方を指さす。

「ちょ、待った。飛び降りるのか?ここでフワッと女神の力で全員を元に戻すんじゃないのか?」

 何故か駿介が慌てだす。

「ここは異世界との境界からは遠いですし。私が直接関与する事も出来ません。この場所まで上がって来たからこそ最低限の皆さんの要望を応えられたわけです。正直、生き返らせて全てなかった事にして送る積もりでしたからね」

 女神さんはそんな事を言う。

「ピヨヨ?【もう少し低かったら来れなかったのか?】」

「ええ。時空の境界も誰の世界でもない時点で神域ですから。でもそこでは要望を聞く事も出来ないでしょうし」

「ピヨヨ~【ヒヨコの良い仕事によって万事解決したという訳だな。皆の衆、ヒヨコに感謝するように】」

「きゅうきゅう【大量虐殺でレベルを上げて進化したヒヨコは言う事が違うのよね?】」

『必死に良い事をしたように見せかける感が半端ないのだ』

「きゅうきゅう【ヒヨコ、半端ねぇのよね?】」

『ピヨちゃん、半端ねぇのだ』

 いかん、変な所で竜の尾を踏んでしまった。

 え?竜の尾を踏むとはこういう意味ではないのか?


 異世界人達は恐る恐るだが、次々と異世界へのゲートへと消えて行く。というか空飛ぶ島から飛んで落ちていくのだった。

 すると途中で消えて行く。

「きゅうきゅう【ヒヨコを落としたら今生の別れになると思うのよね?】」

『トニトルテ、恐ろしい子!?』

「ピヨピヨ【悪い顔で悪い事を企むでない】」


「では先に行った子達は処理を終えました。次は記憶を留めておきたい子供達、同じように崖から飛び降りて下さい」



「それではシュテファンさん。フェルナント君もありがとう。向こうの世界で頑張ってみます」

「ああ。君の人生の健闘を祈るよ」

「色々と教えてくれてありがとうね」

 腹黒公爵さんとフェルナント君と握手してから、崖を飛び降りる優等生君。


「ピヨちゃん、グラキエス君、トニトルテちゃん。それじゃあサヨナラ」

「ピヨちゃんもグラキエス君もトニトルテちゃんもありがとうね。モニちゃんにもよろしくって伝えておいてね」

「きゅうきゅう【智子、美樹、頑張るのよね】」

『楽しかったのだ。また……は会えないから、忘れないのだ』

「ピヨピヨ【ヒヨコも忘れないぞ】」

「きゅう~【ヒヨコのちっぽけな脳みそだと明日にも怪しいと思うのよね?】」

「ピヨヨーッ【ヒヨコの脳みそがちっぽけとか言うでない!】」


「うん」

「それじゃ」

 三つ編みお姉さんと癒しお姉さんはヒヨコ達に挨拶をして崖の方へと向かう。

「それじゃあ、私も。色々と、お世話になりました」

 突っ込みお姉さんが全員に頭を下げて一緒に向かう。突込みお姉さんはここに来る前に師匠に挨拶をしに行っているし、特に思い残すことも無いようだ。

 3人が崖から落ちて消えて行くと、従魔士君も崖へと向かい始める。

「それじゃね。もう、挨拶すべき場所はあいさつし終わったけど……ピヨちゃんもありがとうね。テオバルトさんを紹介してもらったしね」

「ピヨピヨ【色々大変だろうけど頑張るのだぞ】」

 虐められっ子だったし、相手は何も変わっていない訳だから戦いはこれからになるのだろう。だが今の従魔士君なら大丈夫だと思う。

 するとエセ忍者君も崖の方へと向かいだす。

「ピヨピヨ【ヒヨコブートキャンプの布教活動は頼んだぞ?】」

「そこはあまり期待しないで欲しいでござるよ。」

「ピヨピヨ【じゃあ、ヒヨコのお菓子でも作って布教してほしいぞ?】」

「また無茶な事を言うでござるな」

「ピヨピヨ【エセ忍者君の住んでいる国の首都は何というのだ?】

「東京でござるが?」

「ピヨピヨ【東京銘菓ヒヨコとして黄身餡の入ってるまんじゅうを所望するぞ?】」

「それは既にあるでござるよ!?」

「ピヨピヨ【ならば東京じゃなく、他の島辺りの大都市で…】」

「博多銘菓もあるでござるよ!?」

「ピヨヨ~【ならばどこでも良いからヒヨコの饅頭を作るのだ『ピヨりん』とかそんな感じで】」

「だからそれもあるでござる!?」

「ピヨヨッ!?【ええい、何ならあるんだ!?嘘ついてないだろうな?】」

 ヒヨコはエセ忍者君に声を掛けエセ忍者君とやり取りを少ししてから、エセ忍者君は崖を落ちて異世界への空間へと消えて行く。


「あー、僕も忘れて帰りたかった」

 天然ジゴロ君はがっくりしながら崖の方へと向かうのだった。

「ピヨピヨ【お前はしゃっきりせんか!】」

「いたっ……」

「テレビと違って、困っている人はその後の人生もあるんだから、助けたらそれっきりじゃねえんだし、表面だけ見るなって話だなー」

 笑って天然ジゴロ君が去るのを駿介は眺めていた。


 次々と去っていく異世界人達。


「それじゃあ、私も。色々と勉強させて貰ったし世話になったわ」

 陰陽お姉さんが頭を下げてから陰陽術で空を飛びながら異世界の門へと降りていく。

「私もこれで去ります。本当に皆さんにはお世話になりました。生徒教師を代表して感謝をいたします。それではお元気で」

 最後に元魔法少女な先生さんが皆に挨拶をして去っていく。


 ………


 さあ、これで全員送り終わったし、ヒヨコ達も帰ろうか………と?


 ヒヨコ達が帰ろうとした時、ふと気づく。


 そこにはまだ駿介がいた。


「駿介よ。お前とはそれこそ500年前に別れをしていたから特に話す事も無いのだが?」

 イグッちゃんが良い事を言う。

「ええと、勇者殿。帰らないのですか?彼らと一緒に帰る為にここに残っていたのでしょう?」

 腹黒公爵さんもどうしたのかと尋ねる。


「こ、ここで残念なお知らせがあります」

「ピヨヨ?」

「じ、実は俺、高所恐怖症だったんだよ!あんな崖から飛び降りれねえよ!」

 崖の方を指さして叫ぶ駿介がいた。


「いや、いや、飛空艇のデッキの上でヒヨコ君とじゃれて、ブレスをこの島に落としたのは勇者殿でしょう!?」

「あれは怖いからヒヨコを弄って怖さを誤魔化そうとしていただけで」

「ピヨヨーッ!【トルテよ、グラキエス君よ!聞いたか、アレはヒヨコの罪ではない、駿介の罪だったのだ!】」

『魂レベルで同じならどっちの罪でも変わらないのだ』

「きゅうきゅう【諦めるのよね?駿介の罪はヒヨコの罪なのよね】」

「ピヨピヨ【絶望した!】」

 ヒヨコはピヨピヨと涙を流す。

「というか、アドモスと戦った時、俺の背に乗って普通に戦っていただろう!?」

 イグッちゃんが何でといわんばかりに駿介に問う。ほほう、そんな事もあったのか?

「あの時はアドモスが体長300メートルくらいに巨大化して世界崩壊状態で、むしろイグッちゃんの背中が一番足元が安定してたじゃん!俺はあの高い場所にいるとヒュッって感じの風とかそういうの苦手なんだよ。怖いじゃん。崖から飛び降りるなんて無理だ!イグッちゃん、この島に体重をかけてあの異世界への門までこの浮かぶ島ごと落としてくんない?俺が歩いて行けるところまで高さを………」

「無茶を言うな!」

 流石に無茶だった。

「結構大きいですからね、この浮遊島。そもそも勇者殿はどうやって上にあげたのですか?」

「死に物狂いで計算して。そもそもこの大陸統一した時、俺の拠点はアサヒカワだったんだよ。俺の本拠地を俺がどう弄ろうが誰も文句言わなかったし。あとギュスターヴに色々と教わって」


 駄目だ、こいつ…早くなんとかしないと…。


 ここに来て最後の最後で、1つの大陸を統べた覇者でもあり、この世界における勇者オブ勇者が全く勇ましくない事を言いだした。


 あれか?シロか?登った木の上から降りられないシロ症候群か?

 お前のジャンプ力なら、ここまで飛んで来れるだろ!?ここから落ちても死なないだろ?怖い事なんて一切ないだろ?

 ジャンプで飛んで来れるんなら、なら大丈夫だ。

 友情努力勝利の法則で頑張るのだ!

 そのジャンプじゃない?そこはどうにかするのだ!


 ヒヨコだって高い所は苦手だが、我慢位は出来る。落ちる事位は出来るぞ?

 何故、ここに来てあほな事を言いだしたのだ!


「ちょっと待って。二分ほど時間を、いや、5分ほど時間をくれ。心を落ち着けてあそこのがけから落ちるから」

 駿介の言葉に全員が目を細めて呆れていた。


「ヒヨコ、勇者様に近づかないようにね。ちょっとそこでピヨピヨしてなさい」

「ピヨピヨ【言われずともピヨピヨしているぞ?】」


 ヒヨコは呆れてそこで座ってピヨピヨする事にした。ステちゃんもヒヨコの背に乗って溜息を吐くのだった。


 駿介は熊のようにぐるぐると崖の近くで考え事をしながら歩いていた。

 子供が生まれるのを待つ分娩室前のお父さんかな?


 やがて、腹黒公爵さんも

「それじゃ、私は…飛空艇の準備もあるので」

 と早速駿介を待つのがあほらしくなって自分の仕事に向かう。

 腹黒公爵さんは飛空艇の中へと入っていくのだった。フェルナント君はヒヨコとステちゃんの横に座り出した。

 イグッちゃんもステちゃんの前に座って溜息を吐く。見送りに来たのに飛んだアクシデントだった。否、飛ばないアクシデントか?


 トルテとグラキエス君は駿介を飛び降りるよう説得へと向かう。

「きゅうきゅう【飛び降りるなんて怖くないのよね?さあ、根性を見せるのよね?】」

『男ならガッツを見せるのだ。ピヨちゃんの方がまだましだと言われちゃうのだ?それは人としてどうなのかと思うのだ』

 トルテとグラキエス君は駿介の近くで空を飛びながら説得に行っていた。飛ぶ連中が説得しても効果は薄い気もするが………。

 というか、ヒヨコを比較にして、ヒヨコ以下は人としてどうか、と問われているのが、ヒヨコ以下だとどうというのだろうか?こんどグラキエス君には本気で話し合いが必要な気がしてきたヒヨコだ。




 それから20分後

「よしっ!腹は決まったぜ!いくぞ!」

 恐る恐る崖の近くに近寄る駿介。それを見守るべくグラキエス君とトルテが背後に飛んでいた。

 既に15分オーバーなのだが、何事もなかったかのように歩き出す駿介。

「いちのさんでいくぞ」

「きゅうきゅう【早く行くのよね】」

『ついに勇者の勇気を見せる時が来たのだ』

 トルテとグラキエス君が煽る。


 崖の近くで踏み込もうと歩くが足が止まる。足が震えて動けない様子だった。

「いちにのさんでいくぞ。…いちにのさんだ。いちにのさん。いちにのさん……、こ、これがラストのいちにのさんだ!いちにーの……さん……よんごろく……なな……はち…………ちょっと待て!」

「きゅうきゅう!【いい加減に早く飛ぶのよね!】」

『時間はタダじゃないのだ!』

「長寿種族のドラゴンにそんな事を言われるとは思わんかったなぁ」


 イラッ


 トルテとグラキエス君に説教を受ける駿介だった。ヒヨコの魂は本当にアレからコピーされたものなのか?絶対に違うような気がするぞ。


「僕、暫く寝てていい?」

「ヒヨコクッションのもう片側空いてるから」

「ピヨピヨ【ステちゃんよ、ヒヨコはクッションではないぞ?】」

「悔しい事に、うちにある最高級クッションといい勝負しているのよね。獣王国からもらった最高級魔獣の毛皮のふわふわクッションなのに………ヒヨコクッション侮りがたし」

 ステちゃんもついにヒヨコの羽毛の虜になってしまったようだな。




 ………………




 さらに、トルテ達と口論して40分、駿介はやっと崖から落ちる事となった。


「じゃあ、待っていても疲れるので私はこれで」

「あ、女神様。お疲れさまでした」

 ずっと笑顔を張り付けて何も言わずに見守っていた女神さんが動き出した。もう女神さんも駿介には諦めたようだった。


「はい。ステラ、また念話で会いましょう。駿介、さっさとしなさい。あの異世界に繋がっている空間はあと3時間を切ってますからね」

「わ、分かってらぁ」

 女神さんにまで呆れられて先に去られるのだった。


「俺もさ、こう、バンジージャンプって俺の世界じゃある訳よ。こう、びょーんと伸びる命綱をつけて飛び降りるのね。高い所から飛び降りる遊びみたいなもんだ。まあ、怖いから罰ゲームみたいな感じで芸能人とかやる訳よ」

「きゅうきゅう【よく分からないけど何となくわかるのよね?】」

『そういうのを見世物にしているという事なのだ?』

「そうそう。それで芸能人は飛び降りるのが怖くて何時間も高い場所で飛び降りれなくて悩み続けてるわけよ」

『今のお前と同じ状況なのだ』

 グラキエス君はヒヨコよりぞんざいな扱いにシフトした駿介に対して冷たい態度をとる。

「そんな高い所に居続けるよりは落ちた方が楽だろうってバカにしてたんだよ」

「きゅうきゅう【そうなのよね。さっさと落ちるのよね】」

「あの気持ち、今わかった!」

 クワッとまるで何かの心理を見つけたかのように語る駿介。


「きゅうきゅう【そんな気持ちわからなくて良いのよね!】」

『僕は、いら立ってそんなのを見ている駿介の気持ちの方が分かってしまったのだ』

「今度こそ、今度こそ俺に時間をくれ。決心したら即座に落ちるから!


イライラッ


 さすがの寛大なヒヨコもイラついてきたな。なんて面倒くさい奴だ。

「ピヨピヨ【ステちゃんよ、ヒヨコが蹴り飛ばしてこようか?】」

「ヒヨコは余計な事をしないでここにいなさい」

「ピヨピヨ【そうだな。ステちゃんの言うとおりにしよう】」

 ステちゃんの言葉に従っておけばヒヨコは万事安全だ。




 それから2時間後


「ふわ……あれ、まだ飛んでないの?」

 お昼寝をしていたフェルナント君は目を覚まし、ごしごしと目元をこすっていると崖の前でアキレス腱を伸ばしている駿介がいた。

「驚くべきことにまだなんだよ」

 腹黒公爵さんは溜息を吐きながら飛空艇から戻ってくる。


 余りにもフェルナント君やヒヨコ達が戻ってこないから、確認しに降りて来ていた。

 最初に腹黒公爵さんが駿介を見た時、まだいたの?みたいな顔をしていた。見送る側の気持ちになってもらいたいものだな、駿介も。

 ちなみに腹黒公爵さんはサンドイッチを食べていて、フェルナント君におすそ分けをしていた。

 ちなみに、既にステちゃんは貰って食べ終わっている。ヒヨコ達もな。


「もう大丈夫だ。決心はした。崖に向かって全力ダッシュすれば、怖くて足がすくもうが、勢いに負けて勝手に落ちるだろう作戦を決行する!」


 良い顔をしてそんな事を言っているが、さっきから2時間も似たようなことをし続けて、今があるのだ。

 今の状況を説明するならば、1万文字前後を目標に書いている小説家がいたとして、1万文字超えたし、丁度良く終わろうとしていた所だった。突然、駿介が帰るのをゴネたせいで1万5千文字位になっているような状況だと言えば分かるだろうか?


 お前ひとりで文字数稼ぐなよ。多分そんな感じだ。


 きっと今のシーンを書く小説家さんがいたとすれば、こう思っているだろう、早く飛べよと言いながら嫌々書いているに違いない。

 今、まさにそんな状況だ。まあ、たとえ話の話だがな。


「行くぜ!地球!我が故郷へ!」


 駿介はヒヨコ達から盗んだ時間で走り出す。

 行く先も怪しいまま。

 暗い異次元空間の中へ。


 駿介は全力ダッシュで崖を飛ぼうとする。さあ行った!

 と思った瞬間、急ブレーキする。体半分が落ちて、慌てて引き返し崖に手をかけて落ちるのを回避する。落ちていくのは石ころとかそんなのだけだった。

「こわっ……無理無理無理。やっぱり無理だから。あぶねー、危うく落ちる所だった」


「「「さっさと落ちろよ!!!」」」

 その場にいる全員がつっこむ。危うく落ちる所じゃなく、早く落ちてもらいたいのは皆の気持ちだった。

 さすがのステちゃんと腹黒公爵さんも親や祖先の恩人だろうと敬意さえも怪しくなって来る。


「そんな責めるなよ。お前達だってなぁ、落ちる側になったら絶対に思うぜ。怖いから。超怖いから!何だよ、誰だよ、こんな場所に設定したの。女神の馬鹿ーっ!」


 穴に向かって叫ぶ駿介であるが、ヒヨコ達も同じ気持ちだった。駿介の馬鹿ーっと叫びたい。皆ヒヨコと同じ顔をしていた。心の中で叫んでいただろう。


 駿介の馬鹿ーっ!


「いい加減にしないとおまえ、滅ぼすぞ?確かに暇な竜生であるが、お前の茶番に付き合う暇はもっとない」

 イグッちゃんのイラつきは相当のモノだった。かつて共に戦った戦友の情けない姿にご立腹である。


「あのもう、女神様から聞いた指定した時間まで残り間もないですし、下のモヤッとした場所がくっきりし始めてますけど大丈夫ですか?本当に飛び降りないと帰れなくなりますよ。500年この日を待っていたんですよね?」

 ステちゃんはそれでも必死に説得を試みていた。


「え、うそ。マジで!?あと1日くらいもたないの!?」

「「「1日も待たせる積もりかよ!」」」

 フェルナント君は信じられないという目で駿介を見ていた。ステちゃんもイグッちゃんももはや呆れてしまっていた。

 ヒヨコは?ヒヨコは最初から駿介に呆れているぞ?


「よし、次こそ、次こそ飛ぶから!よーし飛ぶぞーっ!飛ぶんだ。飛ぼう、飛びます。飛ぶ。飛ぶとき。飛べば。飛べ。……あ、忘れてた。五段活用の最初は、そう、飛ばないだな。」

「「「飛べよ!」」」

 いい加減にヒヨコ達も付き合うのが面倒になって来たぞ?

「きゅうきゅう【駿介は放置して皆で帰るのが良いと思うのよね?】」

『僕もその案に賛成なのだ』

「そうだなぁ」

 トルテもグラキエス君もイグッちゃんに訴える。かれこれ3時間ほど待たされているからな。


「ウソみたいだろ。勇者なんだぜ、あれで」

 フェルナント君は駿介を指さしてヒヨコに言う。勇者の定義をそろそろ変えた方が良い。いや、もう女神サービスの期間がなくなるし、もう勇者は現れないのだろうが。

 フェルナント君が微妙に何かネタ的な所を踏んでたような気もしたが、仕方なかろう。


「ちょ、勇気が出ないだろ!最後まで見ててよ!」

 駿介はヒヨコ達を呼び止めるのだった。何故、そこまでお前にヒヨコ達が付き合わねばならぬ?


 イライライラッ!


 プルプルとヒヨコは震えて来る。もう我慢の限界だ。

 今、ヒヨコの中でむかつくランキングの順位変動があった。1位だった闇ナグール君が陥落して駿介がトップに立ったのだ。

 おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、めでたいな、おめでとさん、クワックワックワ~、おおめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう。皆で拍手して大団円である。


「ピヨッ……【い、……いい加減に………】」

「ヒヨコ、待った。堪えるのよ!」

 ステちゃんがヒヨコを止める。だがヒヨコの我慢も限界だ。

「ピヨヨーッ【いい加減にせんかーっ!】」

 ヒヨコは猛烈なダッシュをして、崖の近くでうろついている駿介にドロップキックをかますのだった。

 駿介の体がくの字曲がる。

 しまった!勢い余ってヒヨコまで落ちそうになる。

「グエッ…殺す気か!ヒヨコーッ!?」

 ヒヨコは危うく落ちそうになり、崖の横壁を右足の爪で掴んでどうにか落ちるのを堪える。

 駿介はヒヨコに抱き着いて落ちるのを拒絶する。


「ピヨッ!?ピヨピヨ!【何をする、駿介、ヒヨコを離せ!?】」

「うるせえ!落ちるならお前だけ落ちやがれ!」

「「「お前だけが落ちろよ!」」」

 誰もが心の声を叫ぶのだった。


 だが、駿介があばれるものだから、ヒヨコの掴んでいた崖の横壁が崩れてヒヨコも駿介も崖から崩れ落ちる。


「あ」

 

 駿介がヒヨコを離して落ちて行き、ヒヨコも掴んでいる岩壁を失って落ち行く。羽を広げて堪えようとするが、結局駿介の後を追うように異次元空間へと消えて行くのだった。


「ピヨピヨーッ!」

 いかん、誰か助けて!?


「ぴ、ピヨちゃーん!」

 フェルナント君の悲痛な悲鳴を耳にしながらヒヨコは駿介と異次元の門を越えてしまったのか、フェルナント君の声が届かなくなり、ヒヨコはどこか諦めた気分で空を仰ぐのだった。




***




 シュテファンは異次元の門から消えて行くヒヨコのいた場所を眺めて困惑していた。

「え、ええええ。……ど、どうしましょう?これ」

「ピヨちゃんを助けないと!どうしよう、どうしよう?」

 フェルナントは大混乱中であった。

「だから、勇者様に近付くなって言ったのに…」

 呆れたようなステラがぼやき、フェルナントはステラを見る。

「もしかして見えてたの!?」

「私が事前に言っていても説得していても、ヒヨコは本能で動くからあまり効果が無いのよね?止めたんだから止まればいいのに、あのバカ」

 ステラは毎度の忠告を聞かずに動くヒヨコに呆れていた。もはや駄目息子を叱るお母さんの如しであった。というよりもこの二人の関係はペットと飼い主、出来の悪い駄目息子とお母さんみたいな関係性なので仕方ないのだが………。


「今生の別れになるのに、何でそんなにクールな対応を……。どうしよう。ピヨちゃんまで異世界に行っちゃったよう」

 フェルナントは若干涙目だった。まさか異世界人達を見送りに来たのに、親友が巻き込まれるとは想定外だった。


「むう、流石に我でもあっち側はどうしようもないなぁ」

 イグニスは困惑した様子で消えて行ったヒヨコの落ちた場所を眺める。やがて異世界への門が消えてしまう。

「きゅうきゅう【惜しいヒヨコを失ったのよね?】」

『さすがピヨちゃん、僕達の予想の斜め下を行くのだ』

「ステちゃん、今すぐ女神様に連絡とって戻してもらってよ!ねえ、ねえ!」

 フェルナントは親友であるヒヨコが喪失した事に慌てていた。

 何だかんだで一緒につるんでバカな事をやっていた仲間である。見捨てるわけにはいかない。


「確かに今生の別れなんだと思うんだけどねぇ。普通なら」

「普通も何も今生の別れではないのか?」

 イグニスは腕を組み首を捻る。理解が追いついていなかった。

「そうだよ。戻れるなら誰もこんなに苦労してないよ!?」

 フェルナントの言い分はもっともなのだが……


「私の未来視だと何故か、10年後くらいにヒヨコが私の隣にいたから……多分、何だかんだで、戻って来れるんじゃないのかな?」


 その言葉に全員がアッと気付く。

 何故ステラが落ち着いていたのかやっと理解する。原理は分からなくてもステラは結果だけは分かる。そして10年後、ステラの隣にいるヒヨコの図が見えていたのだ。

 心配して損した……とイグニスたちは頷き合っていた。


「……ま、まあ、向こうは不老不死の不死鳥の子供だし、こっちに戻ろうと向こうで努力して戻ってこれるという事……なのかな?向こうが何歳になっているかは分からんが……」

 引きつった笑みを見せるシュテファンだった。

「きゅうきゅう【竜騒がせなヒヨコなのよね】」

『戻って来た時の為に何か対策を練っておくのだ。帝都の武闘大会で優勝してヒヨコなど襲るるに足らない事を見せてやるのだ』

「きゅうきゅう【そんな兄ちゃんをあたしがやっつけるのよね?】」

 トニトルテとグラキエスも笑い飛ばすのだった。

「まあ、元々クレナイは時空を飛び越える鳥だったからなぁ」

 イグニスも溜息を吐いて肩を竦める。


「……もう……どうしようかと思ったよ」

 フェルナントも10年で戻ってくるというのならば、異世界に遊びに行ったと思って諦めるのだった。

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[一言] 後書きで、逃げ放題な分体じゃなく逃げられない本体にピヨリックス決めたから、マシマシでスッキリしてるのかw そして3割位が異世界帰りで現代無双出来るようになってるのか。数人は元々ヤバかったが…
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