最終章42話 IDPK対闇竜神
※本話は最凶ヒヨコ伝説です。別作品ではないのでご注意ください。
瞬く星々が広がる銀河の中に一隻の宇宙船が浮かんでいた。
時空戦艦空母アテーナー、時空平和管理機構の持つ時空母艦は無数の哨戒艇を様々な時空の宇宙に飛ばしてパトロールをさせ、情報を集めていた。
「第102C5F865番銀河で時空震動確認」
「第513XFG115番銀河から救難信号を受信」
「215ADXのいつもの所からいつもの信号が受信。無視しまーす」
オペレータ達が特異な情報だけを報告する。
「おい、勝手に無視するな。ちゃんと確認しろ」
司令席に座る青年が顔を少しだけ歪めて自分より少し年上の部下に指示を出す。
「いつもの信号エラーでしょ。………はい、確認、信号エラーです。問題なし」
「続けて監視を続けろ」
艦橋では多くのオペレーターが情報を読み取っていた。基本的にはAIが処理をするが、特殊な動きをしていたり、初めて事象を検知するとオペレーターが確認して何が起きているかを端末上で調査をする。
稀に問題が無いのにAIが問題ありとして通過するモノもあったりする。
三千世界とも呼ばれる無数に存在する世界の中のとある宇宙の中で、無数の哨戒艇が送り込まれ、空母がデータを取っていた。
「イリアス君、大変デース」
「アリア、走ったら危ないよ」
そんな中、艦橋に飛び込んでくるのは二人の女性だった。
2人は時空平和管理機構の職員で片方は背が低く、ショートボブにした金髪の少女で、名をアリア・クレイトンという。年齢は20代半ばだが、見た目は中学生位なうえ、やけに胸が大きいのが当人のコンプレックスらしい。
もう一人は長い銀髪の女性でモデルのようなすらりとした肢体をしており20代半ばの美しい容貌をしていた。名をエルシー・アナストプーロス。
そして彼女たちが入ってきた事に眉根を抑えて顔を顰めさせるのは艦橋の艦長席に座っている青年だった。
短い銀髪の青年でエルシーにどことなく似た顔をした美男子でもある。名はイリアス・アナストプーロス、似ているのは当然でエルシーの兄であり艦長兼指令を務めている。
「煩いぞ。静かに入ってこれないのか?」
イリアスは妹もいたので叱っておくことにした。
「でも大変なんデスよ、イリアス君」
「何が大変なんだ」
「浅香の信号が消えちゃったんデスよ」
「は?」
アリアの言葉にイリアスは凍り付く。そして視線をさまよわせてエルシーの方に視線を向ける。
「本当よ。今、時空震が起きて浅香のいる世界はこちらの時空から見て進行方向に動いて無いから確認できてないけど、浅香に着けていた信号が途絶して、本人も消えているわ。正確には乗っていた飛行機が丸々なくなっているわね」
エルシーはさらりと説明をする。
「そんな信号をつけていたのか?」
「友達デスから」
アリアの言葉にイリアスは少し悩んだ様子で仏頂面で考え込む。
「兄さん。いくら浅香が友達だからって、男に居場所を教えるような信号パターンを教えたりはしないと思うわよ」
「わ、分かっている。べ、別に僕は浅香の信号を知りたいなんて言って無いだろ!その、浅香はまだ復帰してないのか?」
「他の時空で見つかるかと思ったけど分からなかったわ。多分、浅香の世界の時空震の原因は放棄世界との接触だったんだと思う。まさかとは思うけど放棄世界に欠陥があった場合そっちの世界に放り出される可能性があるよ」
「欠陥か。くそっ、何て事を。10年前に戦ったアドモスも欠陥世界を渡り歩く神だった。もしもあのレベルの神がいたら、いくら浅香でも…………」
イリアスは頭を抱えてうなるのだった。
焦りで顔色も若干悪くなる。
「そんな事より、宇宙に放り投げられて終わりの可能性が一番高いと思うデス!」
「修学旅行の飛行機に乗っている途中の筈よ。今、浅香の世界に行くのは拙いから逆行している世界線に乗って浅香のいる場所に辿り着ければいいんだけど」
「そうデスねぇ。浅香に何かあるとは思いませんが、凄く心配デス。浅香はいつまでもあのバトルジャケットだから子供っぽくて着たがりませんし」
「兄さんがいつまでもジャケット変更を許可しないから。というか浅香、あれが標準だと思い込んでるし」
「最低デス。自分の趣味を押し付けるクソ上司デス!」
アリアはジト目でイリアスを見て毒舌を吐きつける。
「よ、予算が付かなかっただけだから!僕の趣味じゃない!」
「そうよ、兄さんはもっとエロくて露出の多い感じのが好きだから。それとなく軽くて機動性が高い方がとか浅香に変な誘導をしているから」
「OH!浅香の世界で言うHENTAIという奴デスね!?」
「ぼ、僕はそんな事はしてないからな。彼女は高速機動の出来る魔導師なのに、出力が高いから移動砲台みたいな役割が多くて防御力高めで鈍重なジャケットが多いからそういう方向の方が良いんじゃないかというアドバイスをだな」
「必死に隠さなくても司令が浅香ちゃんLOVEなのは全職員が知ってますけど…」
秘書官の若い男がジト目で自分の上官を見ていた。
「な、何を……」
タジタジになるイリアスだが周りのメンバーはフッと鼻で笑う。
「隠せていると思っているのは司令だけですし」
「というか浅香ちゃん以外、皆知ってるし」
「何で彼女にだけ厳しく当たるのか不明です」
「指令、ツンデレだから」
オペレーターの男女問わず部下達が口々に呆れたように突っ込んで来る。
シュッとしたイケメンであるイリアスもあまりの事に顔を赤くして口をパクパクさせて反論に困るのだった。
「男のツンデレ、どこに需要があるデスか?」
「BLの世界ではそれなりに需要があるそうよ」
「それでは、イリアス君は男の子にしかモテませんよ?」
アリアのボヤキにエルシーが肩をすくめて応える。
「煩い!仕事をしろ!緊急班、浅香捜索にリソースを分けろ!」
「分かりました。リソースの1割を振っておきます」
「可能な限りすべてだ!」
「これが愛デスか?」
「あ、愛じゃなくて所属員への当然の対応だ。べ、別に僕は浅香の事なんて、好きでもなんでも…」
「ツンデレのテンプレート台詞は止めてよね、兄さん」
「ち、違うったら違うからな!」
エルシーが冷たい視線で兄を突っ込む。
そんな事をやっているIDPKの空母に緊急信号が出る。
「未確認のリヴァイアサン級時空母の信号を確認!場所は……第512MMX008番銀河、地球です!」
「浅香の星!?」
エアリーは驚いたように声を上げる。
「違法空母の可能性あり、こちらの呼びかけに応答がありません」
「移動しますか?」
「待ってください。今移動すると浅香の時間軸とのズレが出てしまいます!まだ浅香の消えた世界を特定もしてないのに!?」
エアリーは慌てて訴える。それぞれ異なる時間軸を移動するのがこの時空平和管理機構の空母だった。だが、そういった空母であっても、時間を巻き戻すことはできない。
この大原則は決して崩せない。
様々な方向に進む時間軸があり、戻ろうと思えば他の時間軸に乗って戻らねばならない。他の世界に落ちてしまった者を助ける場合、コンピュータによって計算させて正規の手順で戻らねばならないからだ。
時間が掛かってしまい、一度別れたらそれきりという事も少なくはない。
何兆通りによる緻密に計算された航行手段によって適合する移動をしなければ取り返しがつかない事になる。
「そうデス。浅香のいない場所で勝手に地球側の時間を進めたら大変デース」
「公私混同は出来ない!今すぐ向かうぞ!引き続き呼びかけを続けろ!違法と思しき空母の想定される製造番号をAIに調べさせるんだ」
「検索開始、検索結果出ました!…………うそっ?」
オペレータの一人がその空母のナンバリングを見て絶句する。
「どうしたんだ!?」
「空母の番号は………以前、行方不明になったZSSS-10215DYX」
「まて、そのナンバーは僕達IDPKと同じ……」
「所有者はIDPKの元副会長、あ……あの、闇竜神ノクティスです!」
オペレータは悲鳴のような声でその所有者の名前を叫ぶ。
その言葉に全員が顔を引きつらせ、艦橋が若干ざわつく。
「総員第1戦闘配置!敵艦は超級時空犯罪者ノクティスのディザスターだ。物理防御障壁及び精神防御障壁を最大に展開し、地球近郊に飛ぶ。今すぐだ!相手は地球に対して明らかにオーバーテクノロジーだから、IDPK法の現行犯だ!殲滅しても構わない」
イリアスが叫ぶと、同時に全員がバタバタと動き出す。
緊急警戒警報が艦内に響き渡り艦内に緊張が包まれる。
「第512MMX008番銀河、太陽系第三惑星地球に飛びます!」
「時空移動開始」
空母が全艦艇を回収すると同時に、時空を飛び越える為に強大な魔力が発生し、空母全体を包んで障壁を展開する。
「即時戦闘になる可能性あり、マテリアルフィールド展開、メンタルフィールド展開します」
「カウントダウンを」
「5・4・3・2・1」
「ワープ!」
時空母艦アテーナーは遥か遠い世界から地球近郊の宇宙へと空間移動する。
アテーナーの飛んだ先、目の前には同系統の巨大時空母がモニターに映し出される。
黒い竜の紋章の入った巨大戦艦を大量に引き連れて、未だ宇宙にも出ていない惑星の近くに向かっていた。あからさまに文化の差異がある場所に近付いてはいけないという規約が存在する時空平和管理機関にとって、完全な規約違反だった。
「ノクティス!」
立ち上がり歯噛みするイリアスだった。複数人いるIDPKの副会長だった男であり、現場で駆け回っていたイリアスが掴んだ時空管理法違反をいくつも侵していた特級犯罪者だ。
立場が大きくIDPKをも動かせなかった事でIDPKの内部と外部とで追い込み、会長を動かして逮捕に動いたが放棄世界を閉じて逃げるという暴挙に出たのだった。
強盗犯が人質を取って立てこもるような状況と言える。だが、宇宙と宇宙を簡単につなげられるIDPKの技術をもってすればこの暴挙は許されない事だった。
そもそも出来る事でもないが、それをするほどの巨大な力があるという事もある。
「通信入りました!」
「かまわん、通せ!」
オペレータの言葉に歯を軋ませながらイリアスはモニターを睨むと、そこには竜人の姿をした青年がいた。黒い鱗と角を持った大男だ。
『ほほう、随分な歓待だな、どこの羽虫かと思えば、イリアスか。これは懐かしい』
「ノクティス……。貴様…」
『何を怒っている?笑う所だろう?艦隊と歓待を掛けたのに、スルーされると滑ったみたいじゃないか。君も一応神の端くれなのだから余裕を持ち給え。木っ端であろうと、IDPKの管理職という事は神なのだから、もっとゆとりを持つべきだよ。そう、私のようにね』
「お前のやって来た事を胸に手を当てて考えろ!何が10以上もの世界の主神を務め世界を卒業させた偉大な神だ」
イリアスは怒りに震えてノクティスに対して吠える。
『事実ではないか。何を怒っているのか分からんな。カルシウム不足なのではないか?私に診せ給え。君の不安も怒りも何もかも無くしてやろうじゃないか』
「お前は人の心を弄び、いくつもの世界をどこにも行けない場所へと導いた。挙句、生きるだけの鳥籠のような世界を作っておきながら何を言う!」
『それは見解の違いだ。私の力のおかげで彼らは安らかに生きている。家畜のように従順にな』
「それを人はディストピアというんだ!」
『何を怒っている?人間なんてどこに行こうが構わんだろう?お前は街づくりのゲームで自分の好きなデザインをするだろう?人口が増えようが減ろうが、自分の好きなデザインをするだろうが?ゲームの数字がどうなろうとどうでも良かろう?』
「それが本性という事か!ノクティス!」
『皆、似たようなものよ。上手く隠しているかそうでないかの違いでしかない。お前は違うのか?ああ、人間から神になったお前は人間に肩入れをしているから仕方ないか』
ノクティスは鼻で笑い飛ばす。
「とっても邪悪デス」
「あんなのがIDPKで5人しかいない副会長を何万年もしていたというの?信じられないわ」
アリアが驚いように口にし、エアリーはモニターに映る美貌の竜人を半眼で睨む。
『少々、我が世界がこの世界とぶつかったようでな。ちょっと見てみればお前のお気に入りがいた世界だったようだからちょっと揶揄ってやろうかと思っていたが』
「!?………彼女はいないぞ、この世界にはな」
『………ほほう、なるほど。ふむふむ………プッ………フハハハハッ!そうか、そうか、私の世界に堕ちていたという事か!』
ノクティスは手元で何かを操作して情報を取っている様子だった。
浅香の事を気付かれた事で、イリアスは驚いた顔をする。
エアリーもアリアも顔を引きつらせる。親友を人質に取られたようなものだったからだ。
『何、心配はない。あっちの世界はもはや皆、俺の信奉者となっているだろうからなぁ。俺の化身達が総勢で世界を支配している最中だ。まだ食ってないなら俺が食ってやろうか?欲しいなら高値で売ってもいいぞ?俺の命令ならば喜んでその身を差し出し、股を開くだろうよ』
「き、きさまああああああああああああああああっ!」
イリアスは激昂する。
「司令、目標より機関部の温度が上昇!光学兵器と推定」
「対光学防御障壁展開、同時に反撃準備!1番から10番の砲台構え!」
「目標、来ます!」
「砲台より反撃開始!」
イリアスの号令と共に戦争が開始される。
宇宙戦争のように艦隊同士がレーザー兵器を撃ち合う大激突となるのだった。
互いの巨大異次元航空空母から次々と展開される次元戦艦の数々。ぶつかり合う戦艦と戦艦、激しい光が輝く。火花が飛び散り一瞬で消え、同時に戦艦が砕けていく。
「右翼展開、敵の主力は中央だ。中央を抑えつつ、薄手の左翼を叩け。中央、弾幕薄いぞ」
激しい戦闘が行われる。
互いに一進一退の攻防が繰り広げられる。局地戦は勝ったり負けたりを続けていた。
「敵艦隊が距離を取ってます。追いますか?」
「地球から距離を取るならこちらから近付く必要はない。補給の必要な戦艦は直ちに戻せ」
「はっ」
すると、大きい音が艦内に鳴り響き激しい揺れに襲われる。
「ど、どうした!?」
イリアスは転びそうになって慌てて司令官の机に手をついて転ぶのを耐えていた。
「司令!大変です。右翼艦隊が離反!こちらへ攻撃してきました!」
「こんな時に何故だ!?…………はっ!?まさか……」
『クハハハハハッ!頂いたぞ?お前の大事な手駒をな』
態々モニターをつなげて嘲笑うノクティスにイリアスは歯噛みする。
「馬鹿な…。あの艦隊はまだ僕の権能の内側にいたはず。いくらノクティスの化身であっても、操れるはずが………」
『いつ、お前はこの私がノクティスの化身だと錯覚した?』
笑いを堪えるようにノクティスは画面上のイリアスを見る。イリアスは顔色を一気に悪くさせる。
「ま、まさか……まさかまさかまさか……本体が直接ここに来たというのか!?」
『その顔を見たかった!少々神域では面倒な事になってしまったからな。今日ここで、お前は自分たちで自滅するがいい!』
ノクティスはモニターでゲラゲラとイリアスを嘲笑っていた。余りにも相手を見下す醜悪な顔に、怒りでどうにかなりそうな気持ちをイリアスは必死でこらえ、冷静になろうとする。
ノクティス最大の権能、それは自由意志を奪う洗脳の権能だった。戦争において不敗と言われる最悪の権能が振るわれる。軍を率いる将の権能を持つイリアスが人心掌握できなくなるという最悪の事態だった。
「くっ……クソッタレが!」
自分たちの艦隊に総攻撃を受けるイリアス達の空母は風前の灯となっていた。