最終章41話 引っ掛かりの覚える大団円~後~
光十字教国の新首都タキガワでは未だに混乱をしていた。この国は何年も洗脳されていた為、どこからどこまでが洗脳だったのかもわからないのだ。
だが、多くの者たちが真実を知ってしまった。闇精霊によって侵食された心を美しく輝く紅い炎によって燃やされるのを見たからだ。
「全てが間違っていた訳ではない。教会によって多くの民が救われてきたのは事実だ。悔やむことはある。誰も抗えなかったのは事実だ。何が真実かは分からない。だが今は前を進むべきだ」
オーギュストは大勢の前で演説をする。
彼の行動がエルネストの洗脳によるものから解き放たれたきっかけだったとされて、多くの派閥がデュラン家についた。前法王のバランド家は人材がいない。
他の貴族家もデュラン家には適わない。対抗馬がいない状況だった。
ニクス竜王国との戦争状態だったが、オーギュストの後見人としてアレン・ヴィンセントが仲介する事で停戦となった。
過去の問題が多く遺恨を残している。
それでも人格者であるオーギュストは多くの者に信頼を受けており、家の大きさも含めて多くの貴族達から支持を受けた。
この後、光十字教国はデュラン公国という名に変わり新しい国となって変わっていく事になる。
宗教国家だったが、この大陸のどこよりも柔軟な国へと変わっていくのだが、これはまた別の話である。
***
大北海大陸東方諸国連合は戦乱の火中となっていた。
元々、東方諸国連合とはアレクサンドロ帝国が次々と他国へと侵略をしていた為に小国ばかりの国家群が手を結んで協力して侵略から守ろうというのが目的だった。
光十字教の洗脳に気付いた多くの人々は光十字教の教会を悉く潰していった。
中央である光十字教国が宗教を改宗するなどという事を言いだしたからでもある。
真っ先に東方諸国連合から離脱したのは、水の大精霊イヴを長年崇拝していた大東王国だ。ついで都市国家クシロ市国がアレクサンドロ帝国と不可侵条約を結びあっさりと東方諸国連合から離脱。
次々と国家が分断される中で起こった戦争は旧東方諸国連合の最北端の都市アバシリだった。かつてフィリップ・モンタニエと呼ばれた元四聖の生まれ故郷でもある。
戦争の原因は北側の隣国、サロマ王国もまた光十字教の傘下だった。
この国は逆に光十字教国が動かなくなったことで、恩恵を得られなくなると途端に領土を求めた。元々、光十字教国の東側に隣接し、作物が取れ難く貧しい点があった。
その為に他国を侵略して土地を大きくしてきた国家である。光十字教国圏に収まる事で多くの恩恵を受ける事が出来たのだが、それが崩壊してしまったのだ。
政治機能不全でこのありさまである。
サロマ王国の南側にある不凍港アバシリは非常に魅力的な土地だった。交易や商業が盛んで、ギャンブル都市とも呼ばれる一大観光都市アバシリを手に入れるべくサロマ王国は南部へと侵攻を決めた。
元々、アバシリは東方諸国連合成立後に栄えた都市だ。国と独立して存在している自由都市であり東方諸国連合を失うと非常に弱い立場に立たされる。
戦争が始まれば野戦で一当てするだけで簡単に敗退する羽目になり、城塞都市は籠城を選び旧東方諸国連合の仲間から援軍を呼ぶしかなかった。
だが、そんな危機の訪れたアバシリの上空より巨大なボーンドラゴンのシルエットが見える。
「何だ、あれは?」
「まさかセントランドのドラゴンが残っていたのか?」
「あんな巨大なドラゴン見た事も無いぞ!?」
サロマ王国軍は混乱する中、ボーンドラゴンは雷の吐息で前線の兵士たちを一瞬で昏倒させる。
戦場があっという間にドラゴンの狩場へと変わるのだった。
「撤退!撤退ーっ!」
走って逃げるのはサロマ王国軍だった。
撤退と指揮官が言わなくても軍隊は既に逃走を開始しており、散り散りに逃げるのだった。
巨大怪獣に追われる人間の図があっという間に出来上がった。
遠くの荒野でその光景を見ていたのはフィリップ・モンタニエだった。東方諸国連合の北部アバシリに生まれながら、東方諸国連合そのものを光十字教国に売り渡した売国奴と呼ばれた男だ。
「ま、こんなものだろう。あとはオーギュストがサロマ王国と交渉して上手くやるだろうしな。国さえまとめてしまえばあとは動かすだけだ」
モンタニエは溜息を吐いてその場から離れる。
魔物に堕ちたモンタニエは人と共にいる事もなく、終わりが来るまでかつての祖国アバシリ公国を守りながら荒野を流離っていた。
アバシリ公国の売国奴として国中から忌み嫌われた男は、誰も知られずにこの地から消える事になる。
後にボーンドラゴンを使役する謎の守護精霊がいるという都市伝説のような噂が流れる事になるのだが、それはレイスとして彼がこの世から消えた後の事である。
***
アレクサンドロ帝国首都オビヒロの中心、帝国城の軍務大臣執務室にて誰よりも忙しそうにしていたのはリシャール・ヴェルマンドワだった。
戦争で出世したリシャールは山積みの書類を読みながら、一つ一つ仕事をこなしてサインを記入していく。
最強の魔導士と謡われても政治からは離れられないのである。
「よう、リシャール。忙しそうだな」
ノックとほぼ同時にやってくるのは元上官にして元直属の部下、今はアレクサンドロ帝国軍陸軍大佐のエンゾ・メルローだった。
「忙しそうではなく忙しいんだ」
手を動かしながら話だけはする。
「ケルナグールの件は悪かったな」
「ケルナ………あ、ああ」
ヒヨコがケルナグールケルナグールと言っていたせいで、エルネストがケルナグールに改変されていた。酷いとは思うが、大陸全土を洗脳した男ほど酷くはないだろう。
ざまあみろとでも思っておこうとリシャールは考え直す。
だが、あのヒヨコはあれだけ強く、政治にも拘らず、好き勝手して遊んでいられたらさぞ人生が楽しかろう。いや、鳥生か?
聞けば10年前に悪神を殺した英雄であり、転生前は悪魔王を殺した勇者だったともいう。後者は眉唾だが、前者に関しては真実らしい。
そりゃ敵にしたら敵うはずもない。モンタニエがお手上げだと笑う訳だ。
実際、自分が死を覚悟させられたイフリートを相手に軽く捻っているからなぁ。それを飼いならしているローゼンブルク帝国の大きさにはほとほと感心させられていた。
忙しいリシャールにとっては今最も羨ましい奴である。
「結局、残らず全員洗脳されかけていたしな。仕方ないさ」
「だが……」
「それよりも今だ。光十字教が崩壊して国にとって心のよりどころも失い、皇帝陛下も廃人になってしまわれた。政治を支えなければならない。俺はもうヴェルマンドワ侯爵として現場に関わる余裕もないからな」
「そうだな。変える為にその立場を狙って、あのヴェルマンドワ侯爵夫人に近付いたんだろう?あのよぼよぼの婆さんに体を売っていたとか…………なんか凄いな」
エンゾは想像して顔尾を引きつらせるのだった。自分には出来ないとも思ったようだ。
「あ?……確かに体を売って成り上がっていたが、ヴェルマンドワ侯爵夫人には売ってないぞ?」
「は?」
「夫人には政治的同志として使われて動いてはいたがな。俺に権力を与える為に侯爵夫人の夫にして貰っただけだ。まあ、時に暗殺だの敵勢力の情報を取るために他所の夫人に体を売って取り込みに行ったりとしたから、体を売っていたと言えば売っていたが……半ば奴隷状態だな」
「そうなのか?」
「まあ、俺の顧客にモノ好きな婆さんもいたから、別に否定する事も無かったしな。夫人もそう思わせておけと言っていた。実権がある以上、文句があっても言えないのだからと。ヴェルマンドワ夫人がいたからこそ今の俺がある。俺に政治のすべてを教えてくれた方だ。だが、ようやくその夫人との約束も果たせそうだ。する必要のない戦争を続ける我が国を変える。お前達とした約束と同じ約束を夫人ともしていたからな」
そんな言葉にエンゾは少しだけ苦笑する。エンゾは現場にいるからむしろ知らなかった事だ。
自分と同じ志を持っていた大貴族もいてくれたのだと。もっと早く知っていたら、もう少しだけ心が楽だったかもしれない。
「そうだな。やっと戦争ばかりだった時が終わる訳だ」
「とは言っても、簡単にはいかん。皇帝が倒れて次の皇帝を立てて、さっさと安定させなければ国が倒れる。アレクサンドロ帝国の各地の大物貴族が内乱を起こしかねない状況だからな。国内外に敵が多いんだ。今日も皇帝候補筆頭のダンテス公爵閣下と話が……」
すると宮廷軍務大臣室の前にダンテス公爵がそこにいた。
「良いかね?」
ダンテス公爵が執務室内にのしのしと入って来る。
禿頭の横に肥えた大男がズンズンと歩いてやってくる。華奢で小柄な12歳の息子や、書記官をやっていたヴィオレットとは似ても似つかない男であった。
「も、申し訳ありません。今、去る予定であります!」
慌てて敬礼をして帰ろうとするのはエンゾだ。
エンゾも軍閥の貴族だが低位貴族だ。目の前の肥えた大男は今最も皇帝に近いと謡われる大貴族だ。
「いや、構わんよ。軍部の半分を掌握しているヴェルマンドワ侯爵の右腕たる君にも聞いておいてもらいたい話だからね」
「?」
「これから我が国の13王侯貴族から、皇帝選挙が行われる。それは知っているね?」
「はっ」
エンゾは畏まり、リシャールはと言えば
「ダンテス公爵が現在最も大きい勢力を持っていらっしゃる。今回、私は彼に皇帝選挙に出て頂き、投票を集める事で、素早く混乱を収めようと狙っている訳だ」
エンゾに状況を軽く説明する。
元はと言えばダンテス公爵がリシャールに探りを入れるべく、娘を秘書官に送り込んできたのがきっかけだ。使えるものなら何でも使うリシャールは娘のヴィオレットを逆に利用してダンテス公爵に渡りをつけた。
「その話だが、私は私で腹案があってね」
「腹案ですか?」
「うむ。現在、帝国法では選挙権を持つのは5つの王家と8つの公爵家だけだ。まともに機能している公爵家は3つだけで、家と呼ぶのはおこがましいだろう」
「ええ。その通りです。私は戦争で3つの王家と関わっていますし、どうにかダンテス公爵に纏めて頂きたいと…」
「その件を断りたい」
「で、ですが…」
「反乱の兆しがあり、このタイミングでの皇帝就任は非常に危うい。私とて火中の栗を拾いたくはない。光十字教国、東方諸国連合、紅精霊国との関係もあるし、軍部を掌握している力ある王侯貴族家が皇帝になる事で治められるだろう。私では少々厳しいと考えている」
「ですが、私が協力すれば限りなくそれは…」
「恐らく、まともな考えを持っている者なら、皇帝を狙っていても今回は見送るだろう。何より精霊の影響が完全になくなっているのかも疑問を抱いている。先帝陛下は心を壊してしまったのだ。次は大丈夫だと言えるのか?」
「……な、なるほど。しかし…」
まさか皆が皇帝になるのを二の足を踏んでいるとなれば、混乱はもっとひどいものになる。それはリシャールにとって避けなければならない問題だった。
「まあ、聞き給え。腹案があると言っただろう?」
「…は、はい。聞きましょう」
「そこで私からの提案だがね、君が皇帝になり給え」
「は?………いや、ヴェルマンドワ侯爵に、皇帝選挙に出れる家格はありません。何より、あくまで侯爵夫人の夫として一時的に借り受けているだけの立場という認識なのは公爵も存じている筈ですが……」
「うちに来ればいい。秘書官をしていたヴィオレットがいただろう。アレの夫になり公爵として君が皇帝になりたまえ」
「は?……い、いや、いやいやいやいや、閣下。無茶な。私はあくまでも女侯爵だった夫人の夫であり、次期侯爵の代理という立場なだけで侯爵の肩書も便宜上で会って実際には代行なんですよ。そ……それに、生まれも平民ですし……」
「その侯爵代行という立場も幼かった遠い親戚の子供が育つまで。その子供もそろそろ20を越える。君の立場はなくなるのだろう?」
「それは……そうですが、それが夫人の望みでしたので。そもそも皇帝になるなど……」
「元軍務大臣、元侯爵。国の為に皇帝を挿げ替えた事もあったな。国の為に光十字教四聖になっておきながら、多くの皇帝陛下たちを洗脳してきた光十字教に対し四聖の立場を捨てて反旗を翻した。これだけやらかして、その若さでこのまま表舞台から去るなど許されんよ。やり遂げたなどと思われては困る」
公爵はじろりと睨みつけて来る。
リシャールはギクリと背筋に冷たいものを走らせる。
光十字教に反旗を翻したのは有名だ。洗脳されていた多くの者たちがその事実に気付いた時点で、リシャールはある種の英雄みたいなものに担がれた。
ちなみにそれに逆らえなかったから軍務大臣を押し付けられたのである。
現場の兵士からの支持が強く、魔導師でありながら軍部の半分以上を掌握しているのはこれも理由の一つであった。
だが、ヴェルマンドワ夫人との約束は果たされ、ヴェルマンドワとしては、やっとお役御免となったのだ。辞められる、自分はやり遂げたからあとは偉い人に任せてしまおうと思っていた。
元より無駄な戦争をやめさせるために貴族の社交場で成り上がった男娼の異名を持つ男である。
だが、終わったと思った中で、公爵は成り上がりのリシャールに対して皇帝になれという。
実力主義の強いアレクサンドロ帝国であっても貴族の権威は絶対だ。元々貴族でさえないリシャールが皇帝などあり得ない。
それはリシャール達軍部の面々も無いと思っていたし、考えた事さえなかった。
恐れ多い事だ。
「ヴェルマンドワ夫人と私の妻は懇意にしていたからね。君の事は調べさせて貰っている。本当にヴェルマンドワ夫人の志を継いでいるのかも含めてね」
「……やはりヴィオレット嬢が私の秘書官になったのは調査の為ですか」
リシャールは溜息を吐く。
あからさまに露骨だったからだ。
だが、ヴェルマンドワ夫人の志を継いでいるか調べていたという事は彼女の志の事をダンテス公爵家も知っていたことになる。
「それにいくら何でもヴィレット嬢を元平民の妻にするなど……」
「ヴィレットなら文句は言うまい。アレがそもそもヴェルマンドワ夫人と仲が良かったからな。お前の動きが果たしてヴェルマンドワ夫人の狙いに沿っているのか調査すると言い出したのもあの子だ。国の為なら平気で実家を裏切りかねない我が公爵家一の食わせ者だ。それに我が家の娘なので皇帝の妻になれる教育はしている。問題はあるかね?」
「大ありだと思いますが……」
「君の皇帝への声は予想以上に多いぞ。私が探りを入れただけで過半数取れるだろう事は感じ取れた。家格の問題など大した問題ではないという事だ。」
「………わ、私が………?」
「10年以上も戦ってきたのだろう?光十字教の中にまで入って、国の中枢に食い込んで………これは君が始めた戦いならきっちり蹴りをつけて貰わねば困る」
「……」
「というか……」
「?」
「君が動かないと、ウチの娘が勝手に動きかねんからな」
公爵はチラリと外を眺める。
ぼそぼそと声が聞こえてくる。宮廷の侍女たちの世間話だろうか?
「ヴェルマンドワ軍務卿にエロい事されたのに責任逃れするっす。酷いっすよ」
「最低ね。男娼のヴェルマンドワの噂は本当か…」
「ヴィオレット、気を直して。家に泣きつけば絶対に勝てるわ」
「そうっすかね。今や英雄っすからね。父も暇じゃないし、閣下を敵に回したくないとか言って話を逸らすんすよ?」
「その時は私に任せなさい」
「女軍人の怖さを思い知らせてやるわ!」
「さすが先輩達、頼りになるっす!」
そんな声がリシャールの部屋の窓側の通路から聞こえてくる。
「あ、あのクソガキ!」
慌ててリシャールは立ち上がって妙な噂を立てようとしているヴィオレットをとっ捕まえに走るのだった。
走り去るリシャールを見送りダンテス公爵は大笑いしていた。
「しょ、正気ですか?公爵」
エンゾは下位貴族であるが、それから見ても天井人である公爵の言動に懸念を持っていた。
リシャールが皇帝など冗談ではないかと確認を取るのだ。ガキの頃から面倒を見ていた部下だった男だ。今は上官ではあってもやはり不安になる。
「実際、強い皇帝が必要とされているのは事実だ。今、アレクサンドロ帝国で最も強い力を持っている男はリシャールだろう。そして民衆の人気も強い。ダンテス家に取り入れれば我が家も安泰だろう。我が家は多くの下野した親戚を大きい立場になったら、家に迎え入れる事など昔からしているからな。平民だったなんて大した問題じゃない。それに娘の使い道などこういう時なのはどこの貴族も一緒だ。秘書官という立場はむしろこれを狙っての策も含まれていた」
「ダンテス秘書官は何と?」
「真面目な振りをしても揶揄うと面白い人なのでありだと言っていたが?」
散々、リシャールを弄っていたが、あれはわざとだったのかぁ、高位貴族の娘は怖いなぁ……とエンゾは悪い方に猫をかぶっていたかつての秘書官に恐れを抱くのだった。
まあ、リシャールも宮廷で成り上がるのにいろんな顔を持っていたので、もしかしたら似た者同士なのかもしれないと思い直す。
笑って部屋を去っていくのはダンテス公爵だった。
エンゾは溜息を吐いて外の後継を眺める。リシャールがヴィオレットをとっ捕まえて偽りの嘘を流すなと説教をしている所だった。
「戦いは終わったが、アイツの戦いはこれからって感じだなぁ。俺の元部下はどこまで行くのかね」
エンゾは空を見上げる。
かつての小さな少年は、仲間が戦争で死んでぐしゃぐしゃに泣いていた姿を思い出す。
そんな子供が『いつか僕が戦乱を終わらせるんだ。皆の死を無駄にさせない。こんな意味のない戦争なんて二度としてなるものか』泣きながら、知らない敵を睨みつけていた。
そんな言葉を残して軍から去った。
そして、口にした言葉を実現するように侯爵夫人の夫になり、光十字教の四聖になり、皇帝を挿げ替える事が可能な立場へとなりあがっていた。
「お前達の後輩は言葉をたがえなかったぜ……見守ってやってくれよ」
エンゾは苦笑し、無人となった執務室から出て行くのだった。
***
白秋連邦は光十字教国の侵攻に備えて作られた連邦体制であり、基本的には都市国家群だった。
光十字教解体しても連邦体制は崩れないが、肥沃な土地であるが魔物が多くて困った土地だという所もあった。
そんな白秋連邦だった誰も住まわぬ土地に、今から近い未来、大事件が起こる事になる。
白秋連邦の北東部の森、セントランド共和国フラノとアレクサンドロ帝国オビヒロ、白秋連邦チトセの間に一大拠点を作ったゴブリンがいた。
ヴァーミリオンが育てたゴブリンの一人、グリーンゴブ君ことエムロード(命名ヴァーミリオン)である。
ブルーゴブ君ことセレスト(命名ヴァーミリオン)は最も優秀で戦士系なのに賢く、ヴァーミリオンの側近として一緒にコロニア大陸について行く事となった。
ちなみにホワイトゴブちゃんことポーラはヴァーミリオンに頼み込んで無理やりついて行ったらしい。乱婚制をとっているゴブリンではあるが、後に最初にヴァーミリオンの子供を成したのがポーラだったらしく、女の戦いに勝利した事が伺える。
閑話休題、残されたゴブリン達のリーダーとなったエムロードはゴブリン達を率いて白秋連邦の北東部の森の魔物を駆逐して都市国家を樹立した。
新しいゴブリン国家の爆誕である。
セントランド共和国フラノに拠点を作っているドライアドと懇意になり上手くやってセントランドと交易をするようになっていた。魔物の多い土地なので彼らが住まわなければ誰も欲しがらない土地だった。
セントランドとしては使えない土地を交易路として開拓してもらい、白秋との交易が中々出来なかったが、その輸送役として手に入りにくい魔物素材を扱っている為、良い交易相手だったそうだ。
高位ゴブリンの群れにまで達すると流石に人間達も危惧を感じる。
ドラゴンと共存していたセントランド共和国はともかく、領地内に勝手に拠点を作られた白秋連邦、隣接するアレクサンドロ帝国とプラージ王国からすれば脅威だった。
それだけの戦力なので、戦争規模で戦わねばならない。最初に仕掛けたのは北西に巨大な領地を持つプラージ王国だった。
プラージ王国は舐めていた。
戦争で一当てすれば勝てるだろう。勝てばセントランドとの交易路も白秋連邦の土地も奪えると好機に喜んでいた。
だが、1000にも増えた全住民が戦闘民族のゴブリン、しかも全員が進化種である。まずプラージ王国は少数で村に奇襲をしかけたが、普通の民に返り討ちに遭うのだった。
この村は普通の民が不在である。でなければ進化できないからだ。
皆ホブゴブリン以上で、進化したゴブリン集団は一般の民や商売をしている民も、誰も彼もが戦士であり、すべからく強いのである。
それは、400年前の鬼神王が国を作った時の再現のようにゴブリンの群れは凄まじい猛威を振るった。プラージ王国はゴブリンだからと森を焼いたりと非道をしても気にしていなかったが、それに怒ったゴブリン達は全力でプラージに敵対した。してしまった。
彼らはプラージ王国首都サッポロを占拠、敵の王族を血祭りにあげた。
そのまま彼らはプラージ王国を新しい国家にして鬼人領との国交を作るに至る。ヴァーミリオンから独立してから10年と掛からなかったという。
鬼人領の飛び地としてこの大陸に君臨するのだった。
後に英雄として名を残すことになるヴァーミリオン・ゴブリスの育てたゴブリンの中で、最も出世したゴブリンはエムロードであったとも言われるのだった。
これはそんな未来の話である。
***
北海王国では革命が起こった。
祖国の首都ルモエに帰って来た王女マリエル・ミルラン・ルモエによって起こされた大事件である。
話を戻せば、北海王国は光十字教国による支配下にあったが、そこから解放された為に国の秘事がボロボロと出てきてしまう。
元々、王家への不信が高まってしまっていた背景がある。
そんな頃に、何も知らせずに温室培養されていたマリエルが外の世界で、多くの事を学んできてしまった事が大きい。
元々マリエルは帰って来ても暫くは匿われる事となっていた。
彼女は腹を大きくしていたからだ。
実際には、マリエルは国王によって匿われる、というよりは監禁されてしまう。
昔ならば言われるがままだったが、外で全ての事実を知ってしまっており、自身の国の歪さやローゼンブルク帝国の自由さに憧れるようにさえなっていた。
全て自分の箱庭のようにして振る舞う父親への不信は、外へ出ている間に高まっていたのだが、彼女にとって最も許されない言葉を父が口にしていた旨を、侍女達の噂話から聞こえてしまったからだ。
抱えていた多くの怒りと不満がついに爆発した。
部屋を出て国王に抗議しようとしたが、親友であり自分直属の護衛であるジャンヌに制止させられる。
「姫様、外に出歩いてはいけないと国王陛下から仰られてます」
「もう限界です。あのような言葉、絶対に許せません。女の恐ろしさをお父様に思い知らせてあげましょう」
「で、ですが……お気持ちは分かりますが……」
ジャンヌも流石に困ってしまう。
そもそも帰って来た時に腹が膨れていた事に驚いたのはジャンヌも同じだった。国王が怒り狂い、マリエルを守り切れなかったジャンヌの首を撥ねろと命令までしだした始末だった程だ。
マリエルがそれを止めなければジャンヌは既にこの世にいなかっただろう。
以来、ジャンヌは今まで以上にマリエルに忠誠を誓っている。
「何も知らない籠の鳥だったのは昔の話です。私は多くの事を知ってしまいました。ジャンヌ、友達ならばこそ、付き合ってもらいますよ」
「どこまでも付き合うつもりですが……一体何を………?」
帰って来てから、奔放に振る舞うようになった護衛対象に、振り回され気味のジャンヌは目を丸くしてしまう。
「この国を正します。まず手始めに………」
マリエルは作戦を伝える。
幼馴染であり自分の護衛騎士だったジャンヌと実家のアルノワ侯爵家を味方につけて、旧光十字教国にいるアレン・ヴィンセントに話を通す。
ナヨリ経由でローゼンブルク製の武器を極秘に運ばせたのだった。武官系貴族に最強の武器が手に渡る事で下地は完全に出来ていた。
マリエルの起こした革命は、国王の今まで偽っていた事実を公表する事から始まり、国民も巻き込んでルモエの街の人間達をも扇動して味方につけて、国民を守るという大義名分でアルノワ家は王女と共に王家に反旗を翻した。
国王も鎮圧に動いたが、アルノワ家を恐れて様子見をする貴族も多く、ルモエという首都で起こした騒乱は一気に火種が燃え広がって、国全土に広がる。
国王派の貴族は駆けつけたくても自分の領地で手いっぱいだった。
結果、可愛らしい姫君は賢明な女王へと生まれ変わり、武力によって国家を掌握。父親殺しはさすがに人聞きが悪いので国家追放という形で蹴りをつけるのだが……
「さすがはオーギュスト様ですね…。闇竜神の件の後、色々と話をさせて貰って正解でした…」
女王となったマリエルは自分の執務室で隣国の公王より貰った手紙を読みフッと自嘲する。
「光十字教国……ではなかったですね。デュラン公国からは何と?」
マリエルが王座に就いたころには、ジャンヌは護衛ではなく側近として動くようになっていた。本音を話せる人間が少なかったからである。
国民の前ではある程度猫をかぶっているからでもある。
「面倒事を片づけて頂いたそうです」
「面倒事ですか…」
残酷な事をしても顔色一つ変えなくなった親友にちょっとした恐れを感じる。
だが、元々どんな不遇にあっても無茶な命令をされても笑顔で一つ返事をしていた姫君である。気付いていなかっただけで、最初から彼女はそういう所があったのだと思い直す。
そんな性格がまさかこうまで政治や社交の場で生きるとは思いもしなかったが………。
「これで私以外に掲げる旗はなくなりましたし、兄上や姉上達も恭順を示してくれましたし、我らの国も穏やかになるでしょう」
その言葉は遠回りに自分の手では父親を殺さずとも国から追い出したが、追い出された先でどうにかしてもらえるよう話をつけていたのだろうという事が分かる。
「姫様は……いえ、女王陛下は恐ろしい人だ」
「私もこんなに恐ろしい人間だったとは知りませんでしたよ。ですが、お父様が悪いのです。勇………いえ、あの子に手をかけて、何もなかった事にしようなどと言い出すのですから。そうでなければ流石に………」
それ以上の言葉はしなかった。
言わなくてもジャンヌには分かった。自分の最も大事な子を溺愛している顔も見ているからだ。
「母は強し、という事でしょうか?」
「そういう事にしておきましょう」
かつて国に言われるままに動くだけの傀儡だった王女は、多くの物事を知り自分で考える事を覚えてしまい、父親をも国から追い出してしまった。
本人も実は政治の才能があったなどとは露とも知らず、後に賢明な女王として歴史に名を知られる事になるとは思いもしなかった事だろう。
人種差別の激しかった北海王国は根強く差別は残るが、国策として種族の異なる民を多く受け入れる事で、マリエルが政権を握っている間に最も多様的で自由な国として知られることになる。
マリエルが退位し、長男が次の国王になるのだが、桃色の神に緑色の瞳をした女王とは似ても似つかない黒髪に薄橙の肌をした国王だったという。