2章9話 ヒヨコはドラゴンに立ち向かう
トルテを檻から出したかったが鍵がない。
町長さんが威圧して商人さんを気絶させたのが悪いんだ。
鍵がどこにあるか皆で片っ端から調べていて、町長さんは町長さんで鍵の代わりになる者も同時に探す。見当たらないので、一人の護衛は街からのこぎりを持って来てギコギコと切り始める。
ヒヨコはその横で火を吐いて柔らかくなった鉄格子をコンコンコンコンと突いて捻じ曲げる。
5分ほどでやっとこさ檻を開けてトルテを開放することに成功するのだった。
「それじゃあ、急ごう。竜王姫様は私と一緒に馬に乗ってください。恐らく竜王様が来ていますので、この町に来てしまったら羽ばたき一つで半壊しますから」
「きゅうきゅう(父ちゃんは歩く自然災害なのよね。困った父ちゃんなのよね~)」
呆れたように鳴くトルテであるが、その原因は自分にあると理解してもらいたい。
ヒヨコと町長さんは一緒に竜王の方へ行こうと走り出す。
町長さんは馬に乗ってトルテと相乗りして進む。
ヒヨコは走って進むが、馬の速度が遅いので追い抜いて颯爽と師匠の下へと走る。
素早く走るとどんどん加速する。風を切るようにヒヨコは速く走る。
やばい、この速度、並のヒヨコの比じゃない。並のヒヨコの速度を知らないけど。
まさに姿はまるで疾風である。また巷にヒヨコのハートフルコメディに新たなる1ページが。まさにツッコミのピヨによる疾風伝説として残るだろう。竜王だかなんだか知らねーが、ピヨッピヨにしてやんよーっ!
ピヨピ~ヨ。
ヒヨコが走って向かうと遠くに赤くてでっかいのと3本の狐の尻尾が見える。
遠くの方で喚く赤い竜から声が響く。
『ならばこそ、約束とはそのように簡単に裏切ってはならない事だ。下々の者に厳命しなかったが故の失態。我らの誇りを傷つけたものには血の制裁は当然のこと。私の見ていない場所であれば手違いだったと済ませただろうがな。我が娘を攫ったとなれば見ていなかったという言い訳もできぬ』
「何で………何でたかが誇りのために関係ない人たちがたくさん死ななければならないのですか!」
師匠は必死に訴えている様子だった。そしてその声からその思いがヒヨコにも伝わってくる。
これがもしかして念話の力という奴か?
師匠の辛い想いが伝播する。
かつて母の跡を継いで巫女姫と呼ばれる獣人族の偉い人だった事。獣人族達の想いとは真逆のことを訴えて国から追い出されてしまった事。
ただ死ぬ事が分かっているから止めようとしただけなのに、それが伝わらなかった事。大事な家族を勇者に殺されてしまったという事。自分が止められればという後悔だけが残る。
その想いは痛々しいまでにヒヨコに響く。そしてその痛々しさに同情するよう竜王もまた目を細める。恐らく竜王にもそれが伝わっているのだろう。
『ふん、哀れな。獣人族の不幸はフローラが貴様に何も教えずに逝ってしまったという事、貴様は誇りを、盟約を何も分かってはいない。これ以上つまらぬ時間を使うというならば貴様の命はないと思え』
「私の命なんていらない。だからお願いです。竜王陛下。どうか…」
師匠は頭を下げ必死に懇願する。
だが、逆に竜王は怒りのボルテージを上げた。今まで我慢していたものが噴き出したかのように。師匠の在り方を許せないかのように。凄まじい殺気が垂れ流され師匠も動けなくなる。
だが、それを一度堪えてから竜王は言葉を紡ぐ。
『ふん、いっそあわれよの、女神に与えられた、女神以外に持たぬ神にも比肩する未来予知のスキルを貴様のような小娘に与えられた事こそが哀れだったのかもしれぬな。命を要らないだと?ならば貴様の命、この我が食い散らかしてやろうぞ!』
竜王は口の中に魔力を溜める。
『死ね!』
竜王は師匠に向けて炎のブレスを吐きつける。
「ピヨッ」
ヒヨコは全力で走る。あともう少しだ。
慌てて師匠の前に出て、師匠を全身で包み込み庇うように、翼を広げてブレスに吹き飛ばされないように足に力を入れる。爪で地面をがっしり掴む。
炎の吐息が世界を紅蓮にに染め上げる。
「ピヨーッ!」
どれほどの時間がったか分からないけどとにかくヒヨコは体を広げつつ師匠を守る様に立ち、必死に守る。吐息の熱よりも圧による威力でヒヨコボディが壊れそうだ。
体がミシミシと悲鳴を上げている。それでも守らねばならぬのだ。
このまま終わらしては何も始まらない。
竜王と師匠の間には大きいすれ違いがあるように感じる。
灼熱の熱波が通り過ぎ、辺りの地面は荒野からマグマ溜まりへと変貌を遂げていた。
ヒヨコとヒヨコの守っていた師匠の座っていた場所を含めた射線後方だけが辛うじてまともな大地が残っていた。
「ピヨッ」
やいやい、この巨大蜥蜴!師匠みたいなちっちゃい子に何をするんだ、この人でなし!
ヒヨコはピヨピヨと竜王に抗議する。
何故か竜王はホッとした様子でこちらを見ていた。何故だろう?
おや、人でなしではなく、人ではなかった。ピヨピヨ。勘違いである。
「ヒヨコ……?」
師匠は驚いた様子でヒヨコを見る。
「ピヨッ!」
呼ばれて飛び出てピヨちゃん参上。そして辺りは惨状。ピ・YO!
「いや、別に呼んでないし…………」
「ピヨッ」
「あいたっ」
ヒヨコはビシッと師匠の頭を嘴でつつく。
師匠は頭を抑えて涙目でヒヨコを見上げる。
そんなことはどうでも良いのだ。師匠も師匠だ。
たかだか街やら国やらデカい話を師匠のようなペタンコ幼女が一々抱える事も無いのだ。抱えても肋骨がゴリゴリするのだから!
そういうのは偉い奴が決めて行けばいいのだ。何で一人で抱えようとするのか理解不能だ。
『ふん、ピヨピヨのヒヨコ風情が…』
「ピヨッ!」
ホコリなんざ知った事か。
どうせ一番強い奴にペキッと折られて捨てられるようなもの、自分が偉いと勘違いした奴が、後生大事に抱えているようなものを若者に押し付けるな、この老害め!
『0歳児のヒヨコ風情が誇りを語るか!』
「ピヨッ」
誇りなんて知ったこっちゃないもんね。
何故ならヒヨコは同じ種族も知らないし、生まれて10日になる10歳児のヒヨコ。
『え、いや、それ違くない?』
※ヒヨコの年齢の数え方は一般とは異なります。ヒヨコの中だけの話ですが。
そんなヒヨコに誇る過去なんて何も存在しないのだから。
だけど、過去を後生大事に抱える奴に、ヒヨコの輝かしい未来を絶とうとする奴は許さない!
くたばれこの巨大蜥蜴!ヒヨコキーック!
ヒヨコは怒りに負かせてマグマになった足元走って、大きくジャンプする。
だが、目の前の竜王はヒヨコを蠅が鬱陶しいかのように払ってぺしゃりと地面に叩きつけられる。
ピヨンと地面でバウンドして転がる。
滅茶苦茶痛い。骨がメリメリ折れてないか!?だが、漢は我慢だ。
師匠を守らねばならぬのだ。
漢の中の漢は死んでも勝つまで戦うのだ!
「この我に歯向かうとは生意気なヒヨコめ」
「ピヨッ!(上等だ、この蜥蜴野郎!ヒヨコを怒らせたのだ。ピヨピヨしてやる!)」
ヒヨコは高速移動で竜王へと襲い掛かる。竜王は撃退すべく尻尾を振り回す。
ジャンプして避けるが竜王の放つ尻尾の風圧で豪風がヒヨコを吹き飛ばす。
「ピヨッ」
なんのこれしき!パタパタと羽根をバタつかせてバランスをとってから、綺麗に着地する。
だが、それを見越して竜王は手(前脚?)の爪でヒヨコに襲い掛かる。
そこはヒヨコの小ささで爪を蹴って指と指の間をすり抜ける。簡単に握りつぶせる大きさなので厳しいものの小ささを利用した戦いをするしかない。
しかしその爪から繰り出される勢いから生まれた強烈な風だけでヒヨコの体は砕け散りそうなほどのダメージを受ける。
それでも体中に走る痛みを我慢してヒヨコはひたすら走る。
ヒヨコは竜王の右側へ回り込むように走りながら<火吐息>と<火炎吐息>を何度も放つ。
ピヨファイア、ピヨファイア、ピヨフレイム
ポシュポシュとドラゴンに当たるが全然ダメージは無かった。なして?
ハッ!そうか火を吐く位だから火に強いんだ!
ならば攻撃だ!直接攻撃で仕留める!
しかしヒヨコが近付こうとすると尻尾を振って攻撃を狙ってくる。
ヒヨコは巧みに攻撃を避けたが、空から振り下ろされた尻尾が大地を砕く。
砕かれた大地は、ヒヨコより巨大な岩石が跳ねるように吹き飛ぶ。爆風がヒヨコを襲い攻撃の余波だけで体が軋む。
だが、小さいヒヨコをとらえきれていないようだぞ?
読めた!このドラ公、小さい奴に攻撃するのが苦手と見た!
すると再び竜王は口に莫大な炎を溜め込む。
ヒヨコは竜王の繰り出すブレスの斜線上にステちゃんが入らないように走って動く。
「くたばれ、このヒヨッコが!」
さっきの吐息ではなくもっと強力なブレスだった。ヒヨコが避ける暇もない超高速にして超火力弾丸と言うよりは砲弾、いやレーザーブレスと呼ぶにふさわしい威力のブレスがヒヨコを包み込む。
ヒヨコは体を捻って回避行動するが、それでも大きく吹き飛ばされ、ぼちゃりとマグマだまりの中に着水?する。
「ピヨッ」
死んだかと思ったが思ったより痛くなかった。
爆風で吹き飛ばされただけって感じだが、マグマ溜まりに落ちたからだろうか。
しかし、そこでヒヨコは気づく。竜王からヒヨコへの斜線延長線上に一直線に大穴が開いていた。遥か遠方の森を貫き山をも貫き、地平の奥までまるっと穴が開いているのだ。
この竜王というのはどこまで破壊能力があるのだろうか?
そしてそれを食らったピヨちゃん、よく生きていたな。
だがしかし、これは負けるわけにはいかない戦いなのだ!敵が強くても関係ないのだ。
「ピヨヨーッ」
「ぬ、まだ生きているだと!?まさか、…炎熱耐性LV10!?ただの焼き鳥かと思ったら幻獣の類か!」
竜王は驚きの声を上げる。
幻獣とかよく分からないけどヒヨコなめんなよ、ヒヨコーッ!
一瞬の隙をついてヒヨコは竜王の左後ろ脚の小指を鋭く嘴で突く。
「ぬおおっ」
テーブルの角に小指をぶつけたような痛みに竜王は左後ろ足を下げてケンケンして痛みをこらえる。
ケンケンするだけで地震のように世界が揺れる。
足元の大地が砕けているのだ。動くだけで大災害だな、こいつ。
しかもついでにヒヨコを踏み潰しそうになる。慌てて逃げるヒヨコであった。
しかし、ついにやってきたチャンスである。
ヒヨコは距離を取った竜王に対して全力全開で走り、助走をつけて竜王へ向けて一気にジャンプする。狙いは竜王の首元だ。
ヒヨコは空を飛び一直線に竜王の首を狙う。
だが、素直過ぎたのかもしれない。竜王はそれを察して右腕を一振りする。
その一振りだけで風が巻き起こりヒヨコは風に流されてどこか遠くへと吹き飛ばされてしまう。
地面の着陸できずピヨンとバウンドしてゴロゴロ転がり倒れる。
これでは近付けん。奴はデカいから小さいヒヨコを攻撃するのには慣れていないようだが、一振りする腕によって起きる風だけでヒヨコは吹き飛んでしまう。風が強すぎてヒヨコの体はバラバラになりそうだ。
この風の影響を無視して攻撃が出来ればよいのだが……。
ヒヨコはボロボロの体に心で喝を入れて起き上がらせる。
「ピヨー!」
ヒヨコはさらに突貫する。
だが、竜王はヒヨコを近づけさせてはくれない。足を踏み鳴らすだけで大地震が起きてヒヨコの足場が砕けて崩れ行く足場に飲まれそうになる。
そこに炎のブレスが効かないと分かったのか、<咆哮砲>を放って来る。
ヒヨコは大きく吹き飛んで足元の瓦礫と一緒に空を舞う。
だが、そこはピヨちゃんである。一緒に吹き飛ばされた瓦礫を足場にして足場を蹴って瓦礫から瓦礫へと跳び移りながら竜王へと迫る。
「ピヨヨーッ!」
食らえ!真空飛び膝蹴りーっ!
ヒヨコのキックが竜王のほっぺに見事に入る。
「膝蹴り言うなら、まず膝で蹴らんかい!足でけるな!」
ヒヨコは竜王に軽く払われて地面に叩き付けられるのだった。
恐ろしく強いぞ。この図体、見かけ倒しじゃなかった。
だが、巨大ヒヨコたるピヨちゃんは大きい図体が邪魔になっていた。もっと小さくて重ければ……。
風にも負けず雨にも負けず雪にも夏の暑さにも負けぬ、そういうピヨちゃんにヒヨコはなりたい。
なんだろう、なんか関係ない電波がピヨヨヨーンと受信されたような……。
ヒヨコはフラフラと起き上がり竜王を見上げる。
つまり風を切るように進む一撃が重要なのだ。もっと体を小さくして、空気抵抗を極力なくすような。
ピヨヨヨーン
何か良い感じの必殺技を思いついたぞ。
ヒヨコは走って竜王へと向かう。
「何度来ても同じこと。今度こそ叩き殺してやる!」
竜王はヒヨコと対峙する。やる気満々だ。
ヒヨコは全力で走り、羽根をキュッと抑えて体を小さくして風に向かって表面積を出来るだけ小さくする。更に、体を切り揉みさせて風を切る。キックではなく最も硬い嘴による攻撃だ!
しかし、竜王は即座にヒヨコを払い飛ばそうと右前脚を振る。
凶悪な攻撃によりヒヨコは一撃で叩き潰されそうになる。
とっさに翼を広げて、やってくる腕によって巻き起こっている風の流れに乗り、攻撃を見事にかわすのだった。体がメキペキと軋むが我慢だ。
っていうか、音が微妙に骨折した音のような?
だが、そこは漢なら我慢だ。
体をキュッと細めさせることで更に回転を鋭くさせる。
「ピヨヨーッ!」
食らえ!ピヨスパイラルアタック!
竜王の首下にあるちょっとだけ形の違う鱗に嘴が突き刺さり、更に回転によって捻じれる。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
竜王は喉を抱えて地面に尻もちをつき、痛みで悶絶する。
ヒヨコは悶絶する竜王をよそに大きく後ろへ飛び退って着地する。
「ピヨーピヨピヨピヨッ!ピヨーピヨピヨピヨッ!ピヨーピヨピヨピヨッ!」
ヒヨコは竜王をぎゃふんと言わせたので、悦になって三段笑いであった。
竜王だと言われていてもただの蜥蜴のようだ。このヒヨコ様にはかなわないようだな。
悦に浸っているヒヨコだったが、転がる竜王に潰されそうになり慌てて避難する。
勝ったのに負けそうになるとはこれ如何に。
『貴様ーっ!許さぬ!許さぬぞーっ!たかがヒヨコ風情がまるで勇者のようなことを口にし、この我にたてついた事を後悔させてやる!』
「ピヨッ?」
あれれ、これでやっつけられないの?おかしいぞ?なんか怒らせただけっぽい。ヒヨコ大ピンチである。
「も、もう少し後先考えようよ!」
遠くでマグマ溜まりに囲まれて動けない師匠がげんなりとヒヨコに突っ込みを入れてくる。
確かに考えてはいなかった。だが、このヒヨコ頭にそこまで考えがあると思ったら大間違いだ、ドヤァ
「何故どや顔で自分の愚かさを威張る?」
するとパカラッパカラッと馬の足音が近づいてくるのが聞こえてくる。
それに気づいたヒヨコと師匠はその方を見ると、そこには金色の幼竜トルテを乗せた町長さんがいた。
「少々お待ちを!竜王陛下!」
町長さんが大きい声をあげて馬を走らせて近づいてくる。
『何だ?そのヒヨコをピヨッピヨにしてから話を聞かせてもらおうか』
既にピヨッピヨですが何か?
この野郎、まだヒヨコとやろうってのか。ヒヨコをただのヒヨコだと思ったら大間違いだ。
「勘違いでございます。竜王女殿、ご説明を願います」
町長さんはブレス余波のない足元がマグマ化してない場所で馬を止めて、金色のドラゴンを足元に下ろす。
「きゅきゅきゅう(久しぶりなのよね、父ちゃん)」
『おお、トニトルテよ。息災だったか!父は心配したぞ!お前の魔力を追ってここまで来たのだ!』
「きゅう(心配なんて必要ないのよね)」
『人間どもにさらわれたと聞いたが?』
「きゅうきゅきゅきゅう、きゅうきゅう(あたしが人間なんかにさらわれる訳がないのよ。ちょっと人里まで散歩するのは遠いから人間の馬車に乗せてもらっただけなのよ。一人旅をするのに人間の町が分からないから丁度良かったのよね)」
トルテは、誘拐されたのではなくわざと馬車に乗せてもらったというのだった。
確かに、誘拐されたとあってはちょっと恥ずかしい話だ。一応高貴で強大な立場を自称している以上は。
『だがしかし、人間どもは……』
「きゅきゅきゅう(大体、人間どもが何を考えようとあたしに何かなんてできるはずがないのよね。まさか父ちゃんはあたしが人間どもなんかに誘拐されて虐められると思っているのよね?それこそが侮辱なのよね。トニトルテの誇りはズタズタなのよね)」
プンスカといった様子でトルテはきゅうきゅう鳴いて抗議する。
なるほど、町長さんはこれを見越してトルテを連れてきたのか。トルテ自身が誘拐を認めない以上、人間が悪いとかそういう話でなくなってしまう。
町長さんグッジョブ。伊達に町長さんじゃないな。
『ぬう………』
「竜王殿、少々誤解があった様子。お嬢様はこのように無事ですので」
『ぐぬぬぬ』
納得いかないという顔をしている竜王。
見事に町長さんにしてやられたという感じだからだ。町長さんはシレっとした顔で竜王を見上げる。
「無論、お嬢様を運んだ者はお嬢様を周りから守ろうとするあまり、牢屋に入れて運ぶなどと自由を奪うような事をしていたので、我が帝国にて刑罰に処する予定ですが、我ら帝国が盟約に背いていないのは聞いての通りでございます」
『……なるほど。……それならば仕方あるまい。どうやら我の早とちりのようだったな。ちい、相変わらずこざかしい奴よ』
舌打ちをする竜王。若干悔し気に町長さんを睨む。
「これが我等の処世術ですので」
『良かろう。貴様の顔に免じて許してやろう。ただし、慌てて来る途中に邪魔な建物を潰してしまったがそこは許せ』
竜王はここに来る途中、帝国の建物を壊したらしい。そりゃ翼の羽搏きだけでフルシュドルフの街が吹き飛びそうなのだから、そうなるだろう。
だが、貴様の顔に免じて、だと?
もしかして町長さんと竜王は顔見知りなのだろうか?
「勿論でございます。竜王陛下に断りなくお嬢様を運ぶなんて、親からしたら慌てるのは当然の事。どこの親とて取り乱すのは仕方ない事ですから。あの砦の主はどうも運んでたやつの元締めですので自業自得という事で報告しておきましょう」
竜王は小さくため息のように鼻息を吐いて納得した様子を見せる。
これはお互いが完全に約束を破っている事を分かっているが、事を荒立てない為にやっているパフォーマンスなのだとヒヨコは理解する。
なんて面倒くさい連中なのだろうか。
だが、きっとこれが大人のやり方なのだろう。
ヒヨコはピヨリとため息を吐く。師匠もやっとこさマグマだまりが固まったようでゆっくりとヒヨコの近くに来て、ヒヨコの頭を撫でながら同様に同じようにため息を吐く。
「何で私はこんな簡単なことが出来なかったんだろう」
師匠は過去の失敗を嘆くように後悔の念を籠った小さな呟きを口にする。
『では帰るぞトニトルテよ』
話は終わりとばかりに背の翼を広げ、娘のトルテと一緒に帰るべく、手を広げて自分の手の上に乗るように言うが
「きゅう(嫌なのよね)」
トルテはそっぽ向いてその手から一歩下がる。
『ぬ?』
「きゅうきゅうきゅう(せっかく竜の領域以外の場所に来て、何やら楽しそうなことをしているのを見学できるのよね。しばらく人間の領地で厄介になるのよね)
『な、何を言っているのだ!こいつらは危険なのはもう分かっただろう。あまり手間をかけさせるでない。この竜王たる父の言う事を聞けないのか?』
「きゅうう?」
ジト目でトルテは竜王を見る。
「きゅうきゅう、きゅきゅきゅ~(竜王?ヒヨコにつつかれて悶絶して尻もちをつく竜王の誇りなんて、文字通り地に落ちたものなのよね)」
娘のダイレクトな突っ込みが竜王の心にグサリと突き刺さる。
ピヨスパイラルアタックを受けた時よりもダメージがきつそうだ。
『あ、あれはだな。このヒヨコが人の逆鱗をピンポイントに突くからであってだな。いや、痛いんだぞ、マジで』
「きゅきゅきゅきゅきゅう。きゅう(とにかく暫く人間の領地で飽きるまで遊んだら自分で帰るから心配は無用なのね。お姫様だから国賓待遇なのよね)」
『ぬう…………』
「きゅ~きゅっきゅきゅきゅきゅ~(今、故郷に帰ったら、うっかり父ちゃんがヒヨコにつつかれて涙目になってたとか口が滑るかもしれないのよね)」
露骨にトルテは竜王の弱みをチクチクつく。
『ぐうううっ、わ、我が娘ながら父を脅すか。………仕方あるまい。シュテファンよ、娘は暫く帝国を観光したいそうだ。しばらく預けるとしよう』
「は、はい。出来るだけご要望を叶えたく存じます」
恭しく礼をする町長さん。
『それでは我は帰るとしよう。トニトルテよ、早く帰ってくるのだぞ』
「きゅきゅきゅう(飽きたら帰るのね)」
ブンブンとしっぽを振って父を見送るトルテに対して、竜王はあきらめた様子でそのまま翼を広げて北の方へと向く。
翼を広げるだけで吹き飛ばされそうになる我らであったが、何事もなく竜王は空を飛んで地平の彼方へと消えていくのだった。
「はあ、危なかった。助かりました」
町長さんはため息を吐いて地面に座る。
ヒヨコは師匠を背負い、トテトテとマグマの上を歩いて普通の地面の場所で師匠を下ろす。
「助かりましたヒューゲル様」
「あまり先走らないでほしい。竜族には竜族の対応があるからね。本来であれば貴女にこちらの竜王の娘さんに証言をしてくれるよう話をしてもらいたかったんだ。賭けだったけどよかった。こちらのお嬢さんは人間の言葉をちゃんと理解してくださっていたので。竜族は賢く、相手の言葉をすぐに理解するとは聞いてたからね、こちらの事情をお嬢さんに話していたのです」
どっと疲れた様子で町長さんはため息を吐く。
「な、なるほど。誘拐されたのではなく自主的に出てきたと言ってたのはそういう事なんですね?」
「まあ、私はお嬢さんの言葉がわからないので、こっちの想いをくんで説得してくださったのでしょうが、生きた心地がしませんよ。以前も一度竜王陛下とは対峙しましたが二度とごめんだと思いながらまた対峙する羽目になるとは。私は勇者じゃないのでそういうのは勘弁だよ」
肩を落としてため息を吐く町長さんはどうやらかなりの苦労人のようだ。
まあ、元気出せよ、とヒヨコはポムポムと翼で彼の肩を叩いて励ましてあげる。
「先走って申し訳ありません」
師匠は余計な事をしたと感じて頭を下げる。
「いえ、どちらにせよ、竜王陛下は一息で街が燃え落ちるし、翼の羽ばたきだけで街を吹き飛ばしてしまうからね。どちらにせよ誰かが足止めする必要があったのは事実。お嬢さんを牢屋の中に捕らえられている状況で辿り着かれてしまったら村だけでなく帝国が滅んでしまっていたからね。ここは結果オーライという所だけど。とは言えステラさんも、未来が読めるからと、あまり何もかも背負わないでほしい」
まるで何かを諭すかのように町長さんは師匠の方を見る。
「ですが……」
師匠は俯きながらもそれを否定しようとする。抱え込みたがりなのだろうか?
「未来が見えたところで、未来を変えるにはそれなりの力が必要なんです。武力だろうが知力だろうが。巫女姫様が獣王国を作った際に獣王と言う存在がいたのは不可能を可能にする力を欲したからでしょう。予知スキル持ちだからとて何が出来るわけでもないのです。何かしようと努力するのは大事だけど、一人で抱え込んでも碌な事にはならない。今日だってそこのヒヨコ君がいたからこそどうにかなったけれど」
町長さんはちらりとヒヨコを見る。
そう、ヒヨコに任せればすべて万事解決するのだぞ、師匠よ。見たか、我が伝説のピヨスパイラルアタックを。ドラゴンが逃げて行ったではないか。
「いや、ドラゴンはヒヨコから逃げたのではなく、説得して去っていったのだと思うけど」
「きゅう(調子に乗るな、なのよね、このピヨピヨ野郎)」
「ピヨッ!」
なんだとこの黄色蜥蜴。ヒヨコを恐れて逃げた言い訳か。
「きゅきゅきゅう!(誰が黄色蜥蜴なのよね。この赤色鳥頭)」
「ピヨーッ!」
「きゅーっ」
ヒヨコの嘴が鋭くトルテの頭を突こうとするがトルテは角でガードする。
おのれ、ヒヨコには向かう気か!
ガシガシとヒヨコとトルテは戦い合う。
「って、何で喧嘩してるの!?」
「ピヨッ」
だってこの蜥蜴が生意気なんだもん
「きゅう(だってこのヒヨコが生意気なのよね)」
師匠は何故かヒヨコ達を呆れるように見てため息を吐く。
「それに、いがみ合う種族間の喧嘩ってのは面倒だろう?」
「そうですね」
町長さんはため息を吐き、師匠はヒヨコとドラゴンの喧嘩を眺めてため息を吐く。
こうして、お騒がせドラゴンの騒動は幕を閉じるのだった。