1章閑話 斜陽の王国
勇者ルークを処刑したアルブム王国は外敵の排除に成功し、王国の威光を取り戻した。
そして王国貴族達は邪魔な平民勇者を排除した事で、再び好き勝手に振舞う事を始めたのだった。
そんなアルブム王国王都レオニスの繁華街であるが、戦後で湧いているかと言えばそうでもない。
人通りも少なく、寂れていた。通りを歩く人間たちの顔もどこか暗い。そんな繁華街の中央に今年の人頭税が5割増しになっている旨を告知されていた。
そこだけに人が集まっているが、その告知を見る人間たちの顔色は真っ青だった。
「偽勇者がいなくなったのに、なんで税金が高くなるんだよ。ふざけやがって」
そんなお触れを見て怒りの声を上げる一人の男がいた。
「お貴族様たちは今夜もパーティだそうだ。魔王を倒した真の勇者アルベルト様を祝って」
「来週は王子様と聖女様の婚約披露パーティだと」
「この1月、ずっと宮廷のパーティ会場が夜中まで明るいじゃねえか」
「こっちは逆に暗いけどな」
失笑する一同。
「結局、偽勇者がいなくなっても、俺達は奴隷のように搾り取られるって訳かよ」
「やってらんねえぜ」
「このままじゃ冬を越せない。どうすりゃ良いんだよ」
そんな絶望にも似た言葉が王国民から出てくる。
「それどころじゃない。また、戦争するって噂だぜ。臨時徴税が入るとか」
「なんでだよ。とっくに魔王は倒したじゃねえか」
「知らねえよ。魔王軍に与した獣人族を滅ぼすんだとさ」
「獣人?奴隷を増やしても、畑がこれ以上増えないのにどうするんだ?」
「獣人族の領地を開拓って言われても魔の森の奥に行けるんだったらとっくに開拓されてるっての」
王国は何の策もなく国民に丸投げしてそこで底辺の人間を飢えで殺して、結果的に帳尻を合わせるというのがいつものパターンなのを国民は理解していた。
「で、また税金税金税金か。もう今年の人頭税なんて払えやしねえよ」
「もう王都から出るしかねえのかね」
「そうだなぁ」
盛大にため息を吐く王都民。出稼ぎに来ている者もいれば王都に生まれたものもいる。王都で稼ぎ、家族を呼んだばかりの者だっている。
長く暮らした街を捨てるのは辛いが、それでも生きていくのが困難になっているのは事実だ。
魔王による大陸支配によってこの世界は危機にさらされた時は国民が一致団結して協力した。
彼らにとっても他人事では無かったからだ。
魔王軍に与した鬼人王セシル・ゴブリスの襲撃によってこの国は滅びかけた。騎士団はたった一匹の小鬼に敗走し、この王都を守ったのはルークという若者だった。
だが、どうやらこのルークという若者は偽勇者だったらしく火刑に処されたのだった。
「それにしてもあのルークって子供が偽勇者だったなんてなぁ」
そんな中、一人の若者がポツンとぼやく。
彼は勇者によってこの町が救われたのを見ていただけに残念に思っていた。
「え、お前、本気で言ってんの?」
「え?」
「………お貴族様は平民の英雄なんて要らねえから魔王を倒して邪魔になったから殺しただけだろ」
「そ、そうなのか?」
隣に立っていた中年の男は呆れたように若者を見る。
「頭の悪い奴らは本気になって怒っていたけど、気付くだろ、普通。だって、鬼人王が王都に来た時、騎士団の連中が束になって掛かってもゴミみたいに吹き飛ばされて、全員が逃亡していたじゃないか。偽勇者はたった一人であの化物と戦って追い払ったんだぜ。どうやって騎士団の連中が魔王なんて倒せんだよ」
「そ、それは………」
「勇者は要らなくなったらポイ捨てされたんだよ。税金の取れなくなった平民も何されるかわかったもんじゃないからな。俺はさっさとこの王都から逃げるぜ」
「……でも、どこにだよ?」
「帝国に家族連れて商売に行って、そのまま移住するかなぁ」
中年男性はもはやこの国に希望を持っていなかった。若者は肩を落とす。
「どうなっちまうんだろうな?」
「知るかよ。お貴族様の考えている事なんざ」
暗い顔をした人々はお触れを見て帰っていく。
ちょっと学があれば分かる事でもこの国では学がないので基本的には文字を読める人も少ない。
読めるのは商人くらいで、お触れにしても読む人間がいなければどうにもならないというのが現実である。
隣国の帝国では12歳から14歳の3年間、義務教育制度が存在しているが、この国にはそんなものは一切存在しない。
平民を侮っている王侯貴族が自分たちだけが良ければそれでいいという政治を行っている事と、過去の問題の多くが他国や勇者によって悪を討ってもらってき為に、貴族たちはただ強い方について追従するだけなのである。
実際には何もしてなかった現状がこの結果であると言えるだろう。
魔神や魔王が大陸を制圧に乗り出すようなこの大陸においては随分と平和ボケした国ではある。その理由はアルブム王国は大陸の東端にあり、大陸中央に居を構える帝国が人を超越した相手に対して常に目を向けているからだ。
王国貴族は、隣国の帝国が発展している事に対して王国は発展が遅れているとは認めていなかった。だが、教会があるにもかかわらず、市民レベルの知力を高める努力を帝国と異なり王国はしてこなかった為である。
***
暗澹たる空気が王都中に蔓延している中でも、それに気づかない王城の人間達。
しかし外圧は少なくない。彼らも大っぴらには勢力を誇っても内実はそうでもなかった。
「くそっ!帝国風情がふざけやがって!」
アルブム王国の王太子の執務室で、レオナルドは貴族の子女が使うとは思えない口遣いの声が響く。
「どうかなさったんですか、殿下?」
長い金髪を右手で掻き乱しながら、イライラした様子で手紙を丸めて地面にたたきつけているのは王太子であるレオナルド・エンリケス・アルバだった。
そんな彼を心配したように接するのが彼の婚約者である聖女レイア・ファレロである。ライトブラウンの長い髪を靡かせて皇子に近寄り、レイアは薄い青の瞳を潤ませてレオナルドを背中から抱きしめるように尋ねる。
「帝国の奴ら、あの下民に爵位を渡していたらしい。我が国の貴族を何の謂れもない罪で裁いたとか言いがかりをつけて抗議文が来てやがる」
言い掛かりではなく正当な抗議であるが、彼らの中にある真実は常に自分達で作ったものなので、それを言い掛かりだと断じてしまうのだった。
「我が国の決めたことに一々口出しをするなんて内政干渉も良い所ですわね。大体、アレは我が国の平民でしょう?我が国の貴族がアレをどうしようと構わない話じゃないですか」
この国の貴族にとって、平民と自分たちは別の生物とでもいうかのような考えが存在している。故にこそ獣人や亜人などを魔族と一括りにしてしまう部分があった。
実際、女神教会のアルブム派と呼ばれるこの国の教会では獣人や亜人を魔族として教えを説いている。実は本部ではそのような教えは一切説いていないのであった。
「全くだ。奴らの下らぬ言いがかりなどに一々対応しているのも飽きてくるわ。とは言え、ことと次第によっては戦争に発展する恐れがある。あの国は一々我が国に対して内政干渉をするからな」
内政干渉とは言うが、単に国との約束事や人権を無視した行動を国が取る事に問題があった。
アルブム王国は他国とのいざこざを自ら生み出す為、帝国が調停に入るだけなのだがアルブム王国貴族達はそこら辺を理解していなかった。
「いっそ今度の戦争で滅ぼしてしまえばいいのではないでしょうか?下民が作った国の癖に大きくて生意気ですもの。あれは我が国のものであるべきですわ」
「さすがはレイア、良い考えだ」
二人は互いにうなずき合う。
大陸の覇者である帝国は初代勇者の教えにより専守防衛を旨としている為、アルブム王国のような国が未だに残っているのである。
「全く、折角獣人族との不干渉を勝手に決めた勇者を処分したというのに、今度は帝国か。面倒な連中ばかりだ」
「全くですわ。まあ、また税金を取れば良い事。魔王を倒してあげたのですもの。国民も喜んで出す事でしょう」
「とはいえ北西部は魔族共との戦争においてゴブリンの群に滅ぼされていたからな。現地で食糧を徴収したい所だが、それも出来ん。こっちで食料を集めねばならぬ。たかがゴブリン風情に滅ぼされるなど下民共は本当に役に立たない連中だ」
王太子は自身の持つ騎士団がそのゴブリン風情に滅ぼされかけて皆で一斉に逃げたことを棚に上げていたが、それも彼らにとってはどうでも良い事だった。
「そうですわね」
聖女レイアは王太子の言葉にうなずく。
「そういえば殿下。実は魔王城から手に入れた書物の中から面白いものを見つけたのですけど」
「ほう?」
聖女レイアは書物を王太子へと差し出し、そして聖女とは思えぬほど邪悪な笑みを浮かべる。
むしろ、聖女レイアが勇者を殺すように動かしたきっかけはこの書物だったにも拘らず、さも最近見つけましたという顔で王太子に渡すのであった。
王太子の見た書物の表紙に書かれていた表題は『魔神使役の手引き』というものであった。
これがこの世界の破滅に繋がる可能性があるとも知らず、彼らは喜び合うのであった。勇者の代わり使える駒を見つけたと言わんばかりに。
400年前、この大陸を揺るがした事件がある。
アルブム王国の前身カルロス王国にて行なわれ邪神招来の儀式だった。
複数の神格を持つ魔神アドモスをこの世界から殺し平和を迎えて100年、再び追い出した魔神を魔神の眷属に降ろして邪神メビウスとして再び混迷の時代を迎えさせようとした事があった。
これを討ったのがゴブリンの王アルバ率いる義勇軍だった。数多の種族を引き連れて、帝国軍と共に邪神討伐を成し遂げた英雄である。
アルブム王国はアルバに恭順を示した貴族達により作られた国であったが、行き過ぎた貴族教育と歴史改竄により再び混迷を生み出そうとしていた。
かつての過ちは繰り返される。
***
そこでは真の勇者として発表されたアルベルトが激しく憤っていた。
「ふざけるな!俺は勇者だぞ!何で俺の軍への志願者がこんなに少ないのだ!」
宮廷内にある白獅子騎士団の団長室に怒りの声が響き渡る。
現騎士団長であるアルベルト・シドニアは険しい顔で今回の志願者名簿を見て机にたたきつける。
この大陸では比較的多い茶色い髪、茶色い瞳をした若い青年である。仮にも勇者を騙るだけあり王国最強の騎士でもあった。
今では真の勇者として国で祭り上げられ多くの国民から羨望の憧れとなっている。
国から遠征の話が出て、即座に王国軍を組織し、北部貴族たちに派兵するよう要請したのだが、白獅子騎士団には誰一人として貴族からの支援の話がなかった。
この国の3つの騎士団が準備を始めていたのだが、他に2つの騎士団には貴族たちの支援が殺到していた。
貴族は王国騎士団の下に与して活躍することで、王家からの褒章を貰うというのがこの国での習わしだ。
元々、貴族は王族に尽くして、爵位を貰った武力集団でもあるため、各貴族は戦争とあれば力を貸すのが義務となっている。
ただどこに加わるかは己の酌量で決められていた。
つまり多くの貴族たちが白獅子騎士団へ加勢する申し入れがなかったという事である。
「英雄たるアルベルト様と共に行動すると、自分の活躍が目立たないからでは無いでしょうか?」
「クソが」
部下はアルベルトをよいしょしつつも、心の中ではアルベルトと一緒に行動する筈がないと分かっていた。
何故ならほとんどの貴族が、本当の勇者が誰であったかなど理解していたからだ。
元々、勇者ルークが公に姿を現したのは、騎士団が総掛かりで戦い敗走する羽目になった鬼人王に対して、たった一人で互角に渡り合って追い返したからだ。
実は事前に発表された勇者は別人だったのだ。公爵家の跡取りが出ていたが、実際に戦っていたのは別のものだった。勇者を利用して上手い事やろうとしていたのは貴族達にとって周知だった。
ルークたち勇者一行が旅立ってからは、白獅子騎士団筆頭アルベルトが次々と魔王軍を倒し、ルークは役に立っていないという情報ばかり。
その情報源が騎士団である以上、本気にする貴族は皆無だ。
ただ、公式ではそれが本当のこととして話をするのがこの国の貴族である。
だが事実と現実を分けるのは当然だ。
実力もないくせに他人の手柄を奪うような騎士団長のいる場所で戦いたいと思う貴族がいる筈もない。
だが、権力を使って頂点に立ち、周りに勇者様と褒め称えられ続けていた。
アルベルトは残念なことに表と裏の区別がつきにくくなっていた。
「とはいえ、獣人族は小さい集落に転々と住んでおり、軍隊を持たないというではないですか。ならば特に貴族を味方にする必要性もないのでは?」
食糧支援が見込めないのは問題だが、この白獅子騎士団は国で最も大きい財布を持っている騎士団でもある。
「ふん、確かにその通りだな。俺様と行かなかったことで後悔すればいい。くくくく」
「それにしてもアルベルト様、獣人族との戦争になって大丈夫なのでしょうか?」
「ふん、一度勝った相手に負ける奴がいるものか」
呆れるようにアルベルトはため息を吐く。
彼の自信の源は聖剣の存在である。
従来、聖剣は選ばれし者しか抜く事が出来ないのだが、既に勇者が抜いたものを預かっていた為、自由に聖剣を使える立場にあった。
だが、彼は一つの問題を見ようとしていなかった。かつて勇者パーティは騎士団達を率いていたのだが、厳しい森の中を突破できず、勇者パーティだけで進む事が困難になったという事実を。
長年、王国が隣接する獣人族の住む巨大な森を侵攻していなかった理由はそこにある。
「それにしても、どうして獣人族への侵攻を開始しようと?」
「我が王国が魔王を倒してやったというのに、帝国は我が国の戦果をひがんで圧力を掛けてきているらしい。まったくもって身の程しらずな連中だ」
圧力と言うが輸出制限と言うのが正しい。
人も金も物資も帝国は膨大だ。アルブム王国の規模は隣接する帝国の境伯領と同程度だからだ。物資を止められた瞬間、間違いなく干上がる。
「とはいえ奴らの軍事力は侮れるものではない。そこで魔王城で回収した秘術を使って帝国の奴らを蹂躙しようって話だ」
「蹂躙、ですか?」
「伝説の召喚術の一種らしい」
「そりゃまた大層なものを………」
「まあ、そんなものはどうでも良い。俺達はここで獣人族を蹴散らして、功績を上げるだけなのだからな」
こうして、アルブム王国の北部にある獣人族の領域への侵攻は下されていた。
***
一方その頃、アルブム王国における女神教会の枢機卿ルベン・アレグリアはホクホク顔で女神教会の本部があるオロール教国へと向かっていた。
ルベン・アレグリアは煌びやかな神官服をまとった禿頭の肥えた男である。王国で生臭坊主と言えばこのような男という図を地でいっている姿をしていた。
豪奢な馬車の揺れが腹に蓄えられた脂肪を揺らしつつも、グデッと座席に座って寛いでいる。その横には二人の女性神官がついていた。彼女たちはルベンの慰み者でもあった。
ルベンは今後の自分の栄達を想像して悦に浸ってニヤニヤと笑っていた。
彼は自国の人間が勇者として魔王を倒したという認識をしている。自分が見出したのだと喧伝し、女神教会の次期教皇も夢ではないと確信しているからだ。
今回の呼び出しも恐らくは教皇選挙が近い故、引継ぎに関しての話だろうなどと考えていた。
そんな事を考えつつも二人の女性神官の体をまさぐり欲望を満たす典型的な下衆である。
馬車の後部座席には神眼の鏡が5枚入っており丁重に運ばれていた。この鏡は協会より各国に保有枚数を決めて渡しているものであり、国家の信仰の厚さとして寄付金の多さが決めている部分がある。
大司教は本部教会へ行く際に、この神眼の鏡を持ってくるように言われていた。
この神眼の鏡はメンテナンスを怠ると効果を失ってしまう恐れがあるので、その為だろうと考えていた。
国の寄付金が少ないと大抵後回しにされてしまうので、今回の王国の功績をたたえて早めにしてくれたのだろうことは容易に想像がついていたので、変には思わなかった。
ガタンと大きく揺れる馬車にルベンは顔を真っ赤にして御者に怒りの声を上げる。
「おい、この馬車では神眼の鏡が運ばれているのだぞ!1枚でも割れば貴様の首が飛ぶと思え!」
「ひいっ…も、申し訳ありません」
御者に叱責するとルベンは外を眺める。
やがて、オロール教国の本部教会のある聖都レザンが見えてくる。
大きな山を真っ白い城壁が囲み、その頂上には巨大な真っ白い大聖堂が存在していた。その聖堂の大きさはアルブム王国の王城をも超える大きさである。
強大な軍事力を持ち、発言力が大きく、城塞都市となっているこのレザンの大半は麦畑と葡萄畑で、中央には荘厳な歴史ある教会が多く存在している。
馬車は舗装された山道を登り大聖堂へと滞りなく辿り着く。
台車に神眼の鏡を乗せて運ばせながら、ルベンは悠々と大聖堂を歩いて進む。
自分が称賛を受けることを信じて疑っていない彼は、まるで英雄の帰還のように堂々と大聖堂を進む。
大聖堂付きの衛兵がそのまま付き添うようにして進む。
ルベンは鏡を運ばせながらそのまま講堂へと入る。そこには各国の教会重鎮の多くが存在していた。
「よくいらっしゃいました、ルベン卿。どうぞこちらへ」
「今回はどのような話でしょうかな?」
ルベンはニヤニヤと笑いながら教国の枢機卿に尋ねる。立場はほぼ同じ立場にある。他国のトップであるかそうでないかの違いだ。
「我らが女神教の認めた勇者を貴国が我が教会の名をもって公開処刑をしたことについてだ」
その言葉にルベンはうんざりしたようにため息を吐く。
「ルークという平民は魔王との戦いには参加せず、我が国の真の勇者たるアルベルトが魔王を倒したのです。神眼の鏡にもルークには勇者の称号が剥奪されていたのも私が確認したし間違いはない」
「貴殿が確認したと?」
「ええ。この目でハッキリと見ました。私こそが証人であると断言いたしましょう。あのルークというものは偽勇者だったのです。自身が魔王を倒したと嘯き、我が国を騒がし、また我らが教会をたばかった罪で火刑に処した所存であります」
「その言葉に嘘はないな?」
「ええ」
ルベンはさも当然のことのように語る。
それにより前にいる高位神官たちはそれぞれで話し合っていた。まるで問題が起こったかのようでもある。
そして何か結論に至ったかのように教国の枢機卿はルベンを見る。
「そうか。残念だ、ルベン卿。貴殿はこれまでこの教会に貢献してくれたと言うのに」
眉間を抑え、残念そうに中央に立つ教国の枢機卿はため息を吐く。
「何を言っているのか分かりませんな?」
ルベンは目の前の男が言いがかりをつけてありもしない罪を押し付けようとしていると察してにらみつける。
「称号は偉業や功績を讃えて女神さまが付与するもの。消えることなどない。なくなっていたなどあり得ぬ事だ」
「恐らく、あの役立たずのルークがあまりにも酷い行ないをしていたのでなくしたのでしょう。我が国のアルベルトこそが真の勇者であった事は確認をしております」
「称号には何とあった?全て明確に答えてもらいましょう。その目で見たなら覚えているでしょう」
「真の勇者という称号がしっかりと刻まれていましたが?」
「それだけですか?」
「それだけでございます」
「魔王を倒した後、ルーク様には帝国に寄って貰って神眼の鏡にて確認させていただきました。悪魔王討伐者、不死王討伐者の称号があった。この場に居る大半の人間が見ております」
「あ、悪魔王討伐者……?」
その言葉にルベンはじわりと冷たい汗を背中に感じる。そんな称号があるなど聞いた事も無かった。
そもそも悪魔王を倒した後に残る称号なぞに興味がなかったから知る由もなかった。
適当に口にすれば全て思いのままになる王国にいたので教会本部に対しての配慮を一切してこなかったのは事実だ。
「やはり鏡は回収しておいて正解でしたね。王国はどうやら鏡がある事を理由に教会の見解を捻じ曲げて、教会の名を利用して人々に災いをもたらしている様子」
「あれはメンテナンスの為の回収じゃなかったのか!?」
ルベンは自身の勘違いに驚いたような声を上げる。
「アルブム王国に教会のものを置く訳にはいきませんから」
「なっ、何を言っているか!貴様!」
「何を言っているか分かっていないのは貴殿では無いでしょうか?ルベン卿」
ルベンの目の前に立つ若き枢機卿は軽蔑するような視線を向けてくる。
「女神教会は世界を守るため、護民のためにあります。女神教会設立に寄与した勇者オキタ様の遺志を継ぎこの世界を守るために存在しています。魔王討伐者は世界を救った人間の証。女神さまが英雄と認めた人間を罪人として裁くような国を認めるわけにはいきません。ルベン卿、貴殿への破門を通告します」
「ふ、ふざけるな!この私がどれほどの寄付金をこの教会に出していたと思っているんだ!」
「それには感謝しています。ですがこの場の会議で決定したことです。貴殿がルーク様を貶めるような真似をなさった事実を確認された今、貴殿の破門は確定いたしました。いえ、貴殿のと言ってもは失礼ですね。貴国の、といった方が良いでしょうか?」
オロール教国は正確にアルブムが背信したことを認めるのだった。
教会の権力は侮れない。国民の多くが女神教会の信徒だからだ。王国そのものが国民だけにとどまらず、貴族の反乱さえ起こしうる通告だった。
「わ、我が国を教会から排除しようというのか!」
「元より獣人族や亜人族を一括りに魔族と呼ぶ貴国の考えを渋々目を瞑っていたのは我が教会への貢献があったればこそ。とはいえさすがにこれは目を瞑れませんよ?悪魔王討伐者を殺しその手柄だけを手に入れようとする悪しき国家に対して我が教会は抗議いたします」
「ふ、ふざけるな!この私が破門だと!これまでの金を返しやがれ!教皇まであともう少しだったというのに!貴様が私をはめたのか!」
足下を踏み鳴らし怒鳴り散らすルベンの姿に周りの聖職者たちは蔑んだ視線を向ける。
ルベンの姿を見た一同は、『この男、ついに本性を現した』と言わんばかりであった。
「救世の英雄ルーク様に何もしなければ、そんな未来もあったかもしれませんね。我らは何も知らず、貴殿のその醜い本性を隠されている事に気づかず、ルーク様を見出した枢機卿閣下として信じてしまったのでしょう。貴殿が王国の貴族である事を悔しく思います。そうでなければこの国にてルーク様と同じく火刑に処して差し上げたかった所。衛兵、その背信者をこの国からつまみ出しなさい」
衛兵によってルベンはこの場から追い出される事になる。馬車に乗せられ追い立てられるように聖皇国の聖都レザンの城壁の外へと追い出されるのだった。
ルベンは国を追い出されるまでは怒りに暴言を吐き捨てていたが、王国に戻る事になり、王国での自分の立場が非常に危うくなった事に青ざめさせるが、既に時は遅かった。
これまで、金でいくらでも黙らせていたから、今回もそれで大丈夫だと高を括っていた節があった。
だから、勇者ルークを処刑する時も向こうの反応なんて気にする事もなく事前に書状を送りつけ教会の返事を聞く前に処刑をしていた。事後報告のようなものだ。
まさか教会が自分を切り捨てる筈がないと思い込んでいた。それ程までに増長し酷い事をしていた自覚が本人には一切なかったのだ。
彼の破滅が始まる。