2章7話 狐は商人を追い詰める
私はヒヨコを庭に待たせて、ヒューゲル様のお屋敷へと入るのだった。
玄関で話をしたら簡単に通して貰った。
アポイントだけ取れればと思っていたが簡単に会ってくれたのは意外だ。
まず所有申請した旨を伝えて、証明書を手渡す。証明書にはしっかりとヒヨコが私のものである旨を記されていた。
「ふむ。早く動いてくれて助かるよ」
「いえ、町興しのイメージキャラクターになるのに、町の人のモノでないのは言われてみればおかしな話ですし。ヒヨコが自由気ままに動きすぎていて、すっかり忘れてました」
「あはは。でも、あのヒヨコは本当にすごいねぇ。人の話が理解できるし」
「ああ。拾った時からそんなんだったんですけど、公に使って良いのかなぁ…と首を捻ってはいます」
私は苦笑交じりに肩を竦める。
ヒューゲル様は意味が分からず首を傾げるのだが、私はこれを口にしていいべきか判断しかねていた。
私の神眼スキルによると、ヒヨコは真の勇者であり、聖鳥であり、神の使徒でもある。鳥自身は記憶が無いようなのだ。何かしら使命を受けてこの世界に降りて来たと思うのだが。
そんな鳥に帝国の辺境にある町興しのイメージキャラクターをやらせていいのかと首を捻ってしまう。
ただ、同時に迂闊者で真の愚者でもあるので、色々間違えていても仕方ないのかもしれないが。
「実は、今回ご相談があって、この所有登録のついでにやって来たのですけど、良いでしょうか?」
「相談?何だい?」
「ええと……実はつい先日、この町が滅びる白昼夢を見てしまって……」
「それはまた物騒な。だが、それはあくまでも白昼夢なんでしょう?まあ、確かにそんな夢を見てしまっては心配になるのも分かるけど」
「はい。……その、ただの白昼夢なら良いんですけど。私、その…予知スキル持ちで」
私の言葉に笑っていたヒューゲル様が凍り付く。
「よ、予知スキル持ち?それはどの程度の?証明できるものはありますか?」
「ええと……………俗にいう神眼の鏡があれば証明は出来ると思うのですけど……予知スキルは鑑定眼でも見切れないと母から聞いていますし」
「さすがにここにそれは無いね。女神教会が独占しているようなものだし。帝国も一応勇者関係でたくさん持っているらしいことは聞いているけど……」
「そ、そうですか。ま、まあ、その、絶対に当たるものでもないので何とも言えないのは確かなんです。ただ、これほどはっきりと見えたものが当たらなかった事も無かったので、怖くなってしまって。ただ、昨日、ウチのヒヨコにドラゴンと出会ったという話を聞いた時、黄金の子ドラゴンを求めて、赤い巨大なドラゴンがやってくる姿が見えたんです。もしかしてこの屋敷で保護しているドラゴンを探して親ドラゴンがやってくるなんて事があるかもと」
「ドラゴン?」
ヒューゲル様は眉根を顰めさせて、怪訝そうに顔を歪める。そして、ハンドベルを鳴らして使用人を呼ぶ。
すると部屋には白髪に白い髭をした片眼鏡の執事の男性がやって来る。
「どうかいたしましたか、ヒューゲル様」
「一つ聞きたいのだが、モーリッツ殿の馬車に魔物が入っていたと聞いていたが何が入っていたんだ?」
「中を見るのは酷く嫌がられていましたので、魔物が3匹入っているとだけ教わっております。熊と大猿と蜥蜴だとか」
「ドラゴンに蜥蜴なんて言ったら殺されるぞ。ドラゴンは帝国人権宣言に与している。魔物扱いそのものが犯罪だ。」
呆れるようにぼやくヒューゲル様。まるでドラゴンを知っているかのような口ぶりである。
「ヒヨコが『ドラゴンがいる』とおっしゃっていたのですか?」
首を捻るようにして執事の男性は私を見る。
「えと、念話スキルを持っているので。魔物と思えない位、明確にそのイメージ映像も見せてもらいました。黄金の幼竜でかなりレアなドラゴンかも……」
ドラゴンは偶に空を飛んでいたりする生物であるが、この大陸では赤や緑のドラゴンはいても金色のドラゴンは珍しい。
「なるほど。それにしても占い師が持っていれば一財産築けるようなスキルを持っているとは。近隣で噂になる程度には占い師として優秀だと聞いていたが、まさか………」
ヒューゲル様は手を組み俯き考えるようなそぶりを見せる。
「そうなんですか?念話は小さい頃から兄代わりの人から教わったものなんですけど。母は私よりも強い予知スキルを持っていて、人里離れた場所で暮らしていたので。人と話す事が少なくて、念話があると賢い獣とお話が出来たりするから覚えたのですが」
「なるほど。………そう言う事か。君の予知スキルはどの程度のレベルで?」
「は、はい。えと、私の一族は予知スキルが3以上になると、尾の数が増えるらしく、今の私の尾の数は4本、予知スキルだとレベル4です」
そう言って私は3本の尾を見せる。獣人族ならば知っているが、帝国でこれは恐らくは知られていないだろう。
でも知ってる人ならば予知スキルの信用度は大きく上がる筈だ。
「やっぱりか。ウチにいたのかぁ……」
思い切りヒューゲル様は天を仰いで溜息を吐く。もしかしてヒューゲル様は巫女姫を知ってる?
ウチにいたのかぁって事は出奔しているのを知っていたという事?
「珍しい種族なのですねぇ」
逆に執事の男性は獣人に詳しくないのだろう。ふむと顎を手を触れながら私の尾の方を見る。
でも、ヒューゲル様は違った。予想以上に驚愕したようで声を震わせて訊ねて来る。
「まさか、君は伝説の妖狐族フローラ殿の末裔なのか?」
お母さんの名前まで知っているとは思わなかった。
獣王国では敬われている立場であるが、あまり公に姿を現されないから、知られているが見た人はいない。
どこか都市伝説的な感じの存在である。
だが、母が初代勇者と共に旅をしていたから歴史書には載っていた。
「ええと、私は狐人族と妖狐族の混血……ではあるのですが、ステータス表記は妖狐族になっているので、妖狐族で良いのかもしれません。一応、母はフローラですが…」
「……………なるほど。噂の追放された巫女姫か。狐人族だし、尻尾が1本だったから書類審査の時は全く気にしてなかったが……」
「ええと、母をご存じで?」
「ああ、そうか。当人がご存じでないからか。獣王国出身の冒険者時代の友人から、もしも巫女姫様がいたら保護してくれとは聞いていたんだ。巫女姫は獣王国からすれば信仰対象だからな。妖艶な妖狐だと聞いていたが、言われてみれば子供の年齢だったか」
「………」
妖艶なのは母だと思います。妖艶じゃない妖狐でごめんなさい。
エルフと同じで成長が遅く、10歳位までは順調に育つのだが、思春期が遅く100歳位になってようやく成人する。母も妖狐族はそんな感じだと言っていたので、そうなのだろう。
ただ、帝国の歴史の教科書に載っている母の姿絵を見るに、既に私と同じ頃から妖艶な体つきだったらしいが。
とはいえ、数年前に出会って一緒の学び舎で育った友人は、皆立派に背が高く伸びて少年から青年へ、少女から女性へと変わって行った。
だが、自分はほとんど変わっていなかった。
「まさかウチの領で保護していたとは………。とはいえ、娘であるならばそれなりの立場にあったと思うが」
「ええと………獣王様に追放されてしまって」
「それは聞いているが………」
ヒューゲル様は不思議そうに手を組んで首を捻る。
考えを読もうと念話スキルを使うが、精神防御が強いようで一切心の声は聞こえてこない。
私は神眼でふとヒューゲル様のステータスを見ると、貴族様だという以外に驚くようなステータスが並んでいた。芸事スキルや戦闘職や魔法職と変わらない膨大なスキル構成を持っていた。精神防御が高いのも当然だった。INTのステータスが恐ろしいほど高い。
この人、普通の貴族じゃない。
世界最高クラスの冒険者が爵位を貰って貴族になったと言われても不思議ではないし、むしろこんな田舎にいる事が不思議なステータスを持っていた。
基本的なステータスは劣るけど、三勇士に匹敵、いや魔法を含めれば遥かに凌駕するスキルを持ってる。勇者パーティにいても何ら不思議のない実力者だ。
賢者の称号なんて初めて見たからだ。母からは長寿種族のエルフは年老いたエルフなら持っているものだが、普通の人間はそこに到達するのは困難だと聞いていた。
ヒューゲル様の鑑定スキルを見るに、私を調べようと思えば少なくとも予知スキルや種族を見て明らかだっただろう。
母にはプライバシーにかかわるから神眼をやたらめったら使うなと言われていたように、これまで私がヒューゲル様を神眼で見ようとしてなかった。
ヒューゲル様も他人のプライベートを尊重して高い鑑定スキルを持っていても使わないようにしていたかもしれない。
私がヒューゲル様の只者でないステータスに驚いていると、ドカドカと足音を立てて部屋の外から商人の男がやって来る。私がこの町の崩壊を予知するきっかけとなった商人だった。
「ヒューゲル殿!私の馬車はどこにいったのかね?」
「モーリッツ殿、今は別の会談中ですが」
執事の男性は慌てるようにヒューゲル様と私の前に立って部屋の中に入り込まないように立ち塞がる。
「馬車?」
ヒューゲル様は首を捻り、庭の見える窓を開ける。私も一緒に窓から外を覗き込む。
そこには屋敷に置いてあった商人の荷馬車が無かった。私も入って来る時に確認していたし、そこの近くにヒヨコは待機していたのだが……。
「あれ、ウチのヒヨコは?」
荷馬車の近くにいた筈のヒヨコもいなかった。
「貴殿の屋敷に停めていた馬車が盗まれるなんて!どうしてくれるんだ!」
「どうしても何も、この町は犯罪率が低いのでそういった護衛みたいなものはいないから自分の責任でお願いしたと思いますが」
「ふざけるな!あの荷馬車には高額な魔物を乗せていたんだぞ!アンタの屋敷に停めていたのに盗まれたのだから、アンタに補償してもらうぞ!」
「中を見るなと仰っておりましたので、何が入っていたのか分からないので、補償なんてしようもないのですけど」
若干呆れるように溜息をつき、ヒューゲル様は商人を見る。
商人はウッと呻くが気を取り直し
「ふざけるな!あれは金には代えられないような多額の商品が入っていたのだ。そ、そうだ、それに太守殿が証人だ。ここに来る途中、要塞都市で太守殿に商品を見て貰っていた。彼に言えばどうなるか分かっているのか?貴様の首など軽く飛ぶと知れ!10億ローザンはくだらない品物をダメにさせられたのだ!責任は取ってもらうからな!」
と喚く。
「どんな高価な猿と熊と蜥蜴の魔物を足しても10億ローザンにはなりますまい。以前、帝都で最も高値で取引されたのが2億ローザンで取引のあった高レベルのグリフォンだったと思いますが。3体の魔物でどうやってそのような値が付くのか教えていただきたいですね。補償しろと言いながらも中身がない。詐欺だと訴えられても仕方のない事を仰っている事に自覚が無いのですか?」
執事の男性が鋭く目を光らせて口にする。
その言葉にヒューゲル様も頷く。
「ぜ、前例のない高額商品を仕入れたのだ。貴様にあの価値など分かるまい」
ふんと鼻息を荒くしてきっぱりと言い切る商人の男。
よほどその価値に自信があるのだろうか?
私の予知とドラゴンというワードからすると、かなり希少なドラゴンを仕入れた事が予測できるけど、何でその事を話さないのかと言えば、ドラゴンの拉致は禁止されている事が分かっているからだろう。
「それよりもウチのヒヨコもいないのですけど」
私は挙手してヒヨコがいない事を訊ねる。
「ふん、どうせ一緒に盗まれたのだろう?」
「まいったなぁ」
あのヒヨコ、ステータス自体は普通よりちょっと戦闘職の人間より強いくらいだけど、スキル構成は伝説の勇者並なので、自力で戻って来れる能力はあると思う。ただ、祭りの前までには戻って来てくれるかと言えば怪しい。
鳥自身もやる気に満ちていたのでさぞやがっかりするだろう。
「まあ、最悪、火を吐いてボヤ騒ぎでもおこして居場所が分かるかも」
「え」
ぎょっとした様子を見せる商人。
彼はヒヨコのスキルを知らなかったのだろうか?
ピンクの巨大ヒヨコなどという見た事のない鳥の雛であるが、その能力は火魔法と神聖魔法が完ストしていたり、炎の息やら強力なスキルが目白押しである。
しかし、どうしていきなり挙動不審になるのだろうか?
まるで……
私が商人の男をいぶかしむように見ると、ザッと目の前に砂嵐の様なノイズが走る。今の閃きは間違いなく予知スキルが作動したものだ。
「え?」
私は慌てて部屋を出て、北の方の窓を開ける。
そこには巨大な赤い影が遠くの方から近寄ってきていた。
「ど、ドラゴンだ。そ、そんな!早すぎる!」
私の予知と全然違う!でも、あれは間違いなく、この町を滅ぼした忍びよる黒い影の主だ。
どうすればいいの?
分かっていたのに!もっと早く相談していれば避けられたかもしれない未来なのに!
するとコンコンコンと音が聞こえてくる。この執務室の外から窓をノックするような音だった。
執事の人が首を傾げて歩いて窓を開ける。
「ピヨッ」
「おお、ヒヨコ君はちゃんといましたよ?」
「何だ、びっくりした。いなくなったからどうしたのかと思った」
ヒューゲル様も私もちょっとだけホッとする。
「ピヨッ!(師匠。大変大変。向こうの屋敷に運ばれたドラゴンの子供がね、そろそろ父ちゃんが迎えに来るかも、とかふざけたことを言い出したんよ)」
と、ウチのヒヨコがいきなりとんでもないことを言い出す。
「ええと、ヒヨコはもう少し分かりやすく喋ってくれない。略しすぎてさっぱり分からない」
「ピヨッ!」
ビシッと翼で敬礼をするヒヨコ。
「ピヨッピヨピヨッピヨッ!(そこの馬車の中の檻にいたドラゴンをからかってたら、盗賊に捕まえられて向こうの方に見えるお屋敷の物置に馬車ごと放り込まれたの)」
「ええと、馬車の中で遊んでたら盗賊に捕まって向こうの屋敷の物置に運ばれたと?誰の家?」
「ピヨッ!(盗賊たちはなんか頼まれたって言ってた。で、馬車の中に一緒にいたドラゴンが、そろそろ父ちゃんが迎えに来るって言い出したんだよー。師匠、ドラゴンの父ちゃんが迎えに来たら、祭りが出来なくなっちゃう)」
私はそこで気づく。恐らく商人の馬車をどこかに運び込んだ盗賊がいるって事。ついでにヒヨコも一緒に盗まれていたという事。
あの商人は馬車を取り戻したいはずなのに、運んだ先がボヤになって困るとなると、この商人は自分の馬車を盗まれたとして町長さんを訴えつつ、ついでにヒヨコを盗もうとしていた事が想像される。とすると運び込まれた場所は商人のものを隠すのにちょうどいい場所なのだろう。人の手の入らないような郊外の物置あたりだろうか?
でもそれをダイレクトに言えば、多分適当な言い訳を口にして言い逃れする上にこちらが悪い立場に追い込まれそうな気がする。
「モーリッツさんでしたっけ」
「な、何だ」
「ヒヨコがどこから抜け出してきたかわかりました。どうも馬車の中をのぞいていたところを盗賊に捕まえられて一緒に運ばれたそうです。運ばれた場所も覚えているようなので一緒に行きましょう」
「ピヨッ!」
「ひ、ヒヨコが何を言っているのか分かるのか?」
挙動不審になるモーリッツであるが、私は気にせずに話を続ける。
「念話スキルがありますし。このヒヨコ、普通に人間言語を頭の中で浮かべるので他の獣と違って明確に意思が伝わりますから」
「そ、そんな話は聞いたことがないぞ」
聞いた事が無いというのは意外だった。人族は従魔士が少ないのかもしれない。
私の義兄は従魔士で三勇士でもあったので従魔にできる魔物とそうでない魔物まではっきりと理解していた。そして多くの魔物達が言葉を覚えるという。
「獣人族の従魔士であればよくある事だと聞いた事があります。連邦獣王国の元三勇士の従魔士の方から聞いた話ですが、幼い頃よりグリフォンを育てていると、グリフォンは念話で人間の言語をしゃべると言います。実際、年齢の高いドラゴンは自分から念話で人間言語を使って語り掛けてきますし」
私は丁寧に説明する。
「それに関しては私が証明するわ。そのヒヨコ、私の指示に対してしっかり細部に渡って聞いていたから、人間の言語を理解できてないと無理な事をやっていたもの。念話で話を聞いた時、人間の言語で思考をしていたと言われても納得できる知能を持っているわよ」
私の言葉にアンジェラさんが納得するように頷いてくれる。
そりゃまあ、真面目にトレーニングしていたものねぇ。
「では、ヒヨコ君の案内に従ってその場所に行こうじゃないか。犯人が何人程だったかわかるかい?」
「ピヨ(ヒヨコが見たのは2人で馬車を動かすだけって感じだったけど)」
「2人しか見てないそうです」
「他に何かいるかもしれないが、まあ、子爵や私も別に戦えないわけでもないし護衛を連れて行けば問題ないか。では今すぐ行こう」
町長さんはにこりと笑いながら商人さんの方を見る。
私は町長さんの言葉にアンジェラさんのステータスをちらりと一瞥する。
???
おかしい!
何?職業が武闘家?
三勇士ほどではないけど、ステータスが高い。町長さんと二人で戦えば、三勇士にも勝てそうなほどステータスが高い。
というよりもこの二人、もしかして昔高名な冒険者仲間だったとかそういう感じ?
町長さんはモーリッツが有無を言わさぬ状況を作り、してやったりといった顔だ。
人のよさそうな町長さんだと思ってたけど実は腹黒なのかなぁ?
ピヨピヨと能天気そうに道案内をするヒヨコであるが、私としてはドラゴンの事が気になって足が自然と急いでしまう。
そうだ、物事には順序がある。
ドラゴンが正しく認識されれば私のドラゴンによって滅ぼされるという予知は間違いないものと考えられるだろう。
どうやってドラゴンからの襲撃を守るかが大事になる。
例えば襲ってくる理由を解決してしまえば問題はない筈だ。