2章5話 ヒヨコはドラゴンと出会う
ヒヨコが狐の師匠ステラと出会ってから今日で10日が過ぎる。
すなわちヒヨコは遂に10歳の大台に乗ったという事だ。ついに年齢が二桁を突破したのである。もう立派なもんだ。
え?数え方が違うって?
だが、一々それに文句を言う人間はいないのだ。
だから、ヒヨコ的にヒヨコの作ったヒヨコの暦を使い、今日で10歳という事になった。めでたしめでたし。
それにしても師匠は全くヒヨコ扱いが酷過ぎる。
まさかちょっとからかっただけで2階の窓から突き落とすなんて。普通のヒヨコだったら大変な事になっていた所だ。
途中で伸身後方3回宙返り2回ひねりをして見事な着地をしなければヒヨコが亡きものになっていたじゃないか。
新技としてヒヨコと名付けよう。H難度くらいだろうか?
ヒヨコが飛んだ、屋根から飛んだ、屋根から飛んで、こわれて死んだ……ってオチになる。
2階からオチただけに。メソメソ。
投げ捨てられるヒヨコの気分を少しは理解してほしい。
だが、ヒヨコのおやつ費用がかさむたびに放り出されてしまうかもしれない。
今後はそこら辺も気を付けよう。お爺ちゃんの晩酌に付き合って貰えるマトンジャーキーは美味しいからいかんのだ。
さて、今日は太守代行と名乗っていた町長さんの家に向かっていた。
師匠は昨日から調子が悪いようでついて来てはくれないらしい。
まあ、ヒヨコがアンジェラ先生の指導の下でどの程度踊れるのかを見るだけみたいなので、必要ないから良いんだけどね。
しかし、どうしたのだろうか?
あんなに気分が悪くて機嫌が悪いなんて。女というのはよく分からない。
はっ…………女!?
そうか、アレか。女子は月に一度になんやかんやあるとか。
獣人族はてっきり春ごろに発情期が来るとか聞いていたからそういうのは無いと思っていたが………。
※獣人族は春に発情期が来るので、基本的にそう言ったあれこれはありません。獣人族は基本的に人間と異なり、恋愛感情はあっても子供を作ろうとするのは4月から5月の間です。その為、ほとんどの獣人は誕生日が3月前後となっています。但し、ステラは妖狐なのでそれとは異なるメカニズムで生きています。
ヒヨコは一人で勝手に納得して町長の屋敷の庭に辿り着く。
「じゃあ、ピヨちゃん。そこで大人しくピヨピヨしてなさい」
「ピヨッ」
ヒヨコは手羽で敬礼をすると、アンジェラ先生は屋敷の中に入って行く。残されたヒヨコは庭で文字通り大人しくピヨピヨしていた。
それにしても、貴族の庭は大きいなぁ。雪が降らぬどもヒヨコは喜び庭駆けまわりそうな大きさである。
他にもお客が来ているのか、大きな荷馬車がドーンと端っこに置いてある。
ヒヨコは興味はそちらにそそられてしまい、そろそろと足が勝手に歩いて行って近くへと歩み寄ってしまう。
荷馬車の中を覗き込むと、暗闇の中からギラリと何かが光る。
「グルルルルグラアアアアアアアアアアアッ」
同時に凄まじい勢いで巨大な何かがヒヨコに襲い掛かって来る。
「ピヨーッ!?」
だが、襲い掛かってきたなにかはヒヨコの目の前でガシャリと金属にぶつかったような音がすると同時にその場で止まる。
なんだろう、恐ろしや。
怪訝に思って馬車の荷台の中を覗き込むと、そこには妙にいきり立っている魔物がいた。片方はグレイトベアで、片方はキングエイプ。
だが、ヒヨコはこの程度の魔物では負けたりしない。
急に襲い掛かってきたからびっくりしただけなのだ。決してビビったのではないのだ。
だから、足元がちょっと濡れていたりするけど、漏らしたわけではない筈だ。
ほら、ヒヨコってば食えば直に排泄するからな。だから漏らしたりしないのだ。だから、足元にある水溜まりは決してアレとかコレとかとは違うのである。
ホントダヨ?
多分、元々濡れていたのだろう。そうに違いない。
大体、ヒヨコの小便程度の小量しか濡れていないから、決して目立たない。
これなら余り気付かないだろう。見なければいいのだ。大丈夫。
荷馬車の中には大きな鉄格子の箱があり、どうやらそれで魔物を閉じ込めて運んでいるようだ。
そういえば帝都には従魔士同士が魔物を使って争う賭博試合や、魔物を走らせて競い合う賭博レースがあるらしい。
帝国は平野における魔物駆除が圧倒的に進んでおり、魔物が少ない。むしろ山賊が多いのである。
その為、冒険者のような存在は辺境かダンジョン付近にしかいないらしく、中央の多くは商工業に従事している人が多いらしい。そういう理由から辺境から強い魔物を調達しているのだとか。
「……ピヨ?」
何でヒヨコはこんな事を知っているのだろう?
そういえばここは帝国だと気付いていたが、生まれたてであるヒヨコが、帝国事情に詳しいのだろうか?
もしかしてヒヨコは本当に悪い魔女に呪いを掛けられてヒヨコになってしまったのではなかろうか?
こんなにも可愛いヒヨコに変えるなど、何て酷い魔女だ、プンプン。
きっと性格が悪くて顔が悪くて胸が平たいに違いない。
ピヨピヨとぼやきながら荷馬車の中を歩いてみると、奥の方にもう一つ、ヒヨコを入れられそうな大きさの鉄格子の箱があった。
黒い布で中が見えないようにくるんであるので、その布を嘴で引っぺがして中を覗き込む。
そこには、頭が大きくて角の生えている上に大きい羽の生えた金色の蜥蜴がいた。
あれかな?ドラゴンのゆるキャラ。そんな感じの生物がいた。
君の名前はゆるドラに決定!
ヒヨコがそんな事を考えていると、ドラゴンっぽいゆるい感じの生き物がヒヨコの方に視線を向けて来る。
「きゅう」
「ピヨ?」
「きゅきゅきゅきゅうきゅうきゅうきゅきゅう」
「ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ」
「きゅう!」
「ピヨッ!」
うん、何を言っているかよく分からない。
所詮は獣か。
見た目はドラゴンっぽくても所詮はゆるキャラよ。この高尚なヒヨコと会話しようなど蜥蜴には無理な話である。
ヒヨコはそんな事を考えてふんすと鼻で笑っていると、ドラゴンも何故か呆れたようにヒヨコを見て鼻で笑う。
「ピヨッ!」
「きゅう」
「ピヨピヨ」
「きゅきゅきゅう」
「ピヨ」
「きゅきゅきゅきゅうきゅうきゅう」
こいつ、どうやらヒヨコを馬鹿にしているっぽいぞ?『アタシ、ドラゴンなのよね。赤いヒヨコとかぶっちゃけ食料?ドラゴン語を喋れない低俗なヒヨコなんて相手にしてないのよね』みたいな事を言われてるっぽい。
牢屋に捕まった無様なゆるキャラの癖に生意気な。
ヒヨコなんて牢屋に捕まってもいないのにゆるキャラにオファーされたのにね。プークスクスクス、哀れな蜥蜴よ。
「ピヨッ」
「きゅう!きゅきゅきゅきゅきゅきゅう!きゅう!」
「ピヨッピヨッピヨッ」
「きゅうっ!」
ペチペチと尻尾で鉄格子の箱の床を叩いて、ヒヨコに文句を言っているようだが、残念ながらヒヨコ語を喋れない低俗なドラゴンなんて相手にしないのだ。まずはヒヨコ語を覚えてからにしてもらおうか?
ヒヨコの頭くらいの大きさしかない、この3頭身しかないドラゴンが笑わせるな。
「きゅう!」
お前が言うな、この3頭身ヒヨコだと!?
もはや世界中にいるヒヨコに喧嘩を売っているとしか思えぬ!
頭 + 体 + 足 = 三頭身
ヒヨコは基本的に三頭身なんだよ!むしろ三頭身以外のヒヨコを見てみたいわ!
「きゅーっ!」
「ピヨーッ」
ヒヨコと蜥蜴は互いに攻撃をしようとするが、鉄格子が邪魔して上手く攻撃が出来ない。互いに鉄格子越しでヒヨコは嘴で、蜥蜴は角でガシガシと応戦しあう。
だが勝負はつかない。
じゃまだな、この鉄格子。
ヒヨコは鉄格子を壊して直接攻撃を叩きこみたいと思うが、鉄格子は意外にも頑丈だった。
嘴でガンガンと突いても、鉄格子はびくともしない。
「きゅう」
「ピヨッ」
今日はこの辺で我慢してやろう。だが、明日があると思うなよ。
互いに睨み合い背を向けると、ヒヨコは荷馬車から出る。
「あら、ピヨちゃん、そんな所にいたの?」
ヒヨコが荷馬車から飛び降りると、アンジェラ先生が声を掛けて来た。
「ピヨッ」
「それはお客さんの馬車だから入っちゃ駄目よ」
「ピヨピヨ」
貴族の客なのか。
魔物商人でも来ているのだろうか?まさかヒヨコも売り物にされたりしないだろうか?
じつは裏で師匠がヒヨコを売ろうと画策してたりして………
………まさかな。
「さあ、行きましょ」
「ピヨピヨ」
ヒヨコはアンジェラ先生の後について行く。誘拐されないよう守って貰わないと。
この後、ヒヨコはと町長さんの前で踊りを見てもらう事になる。
まあ、事前確認という奴だ。
ローゼンブルク帝国東北部にある帝国直轄領ヴァイスフェルト地区の川沿いの町フルシュドルフの村興しソング、略してフルシュドルフソングに合わせてピヨピヨ踊る。
それを見ているのは町長さん。それと、見知らぬでっぷりした男。
後者は商人だろうか?見た感じが悪徳商人ってかんじだが。
何故かヒヨコを値踏みするように見ているのだが。やはり攫われたりするのだろうか?
渚に攫われても、悪徳商人には攫われたくはないのだが。
音楽が終わり、ヒヨコはダンスを終えると町長さんはフムフムと頷く。
「さすがヨンソン殿だ。音楽も踊りも素晴らしいじゃないか」
「ありがたいお言葉です」
そんな二人をよそに、商人はじろじろと遠慮なくヒヨコを見る。そしてニヤリと笑みを浮かべて商人は町長さんへと視線を向ける。
「中々、珍しい魔物ですな。これは私が買い取りましょう。帝都では皇子殿下が従魔士として活躍しておりましてな。高く買ってくれるのですよ」
「困りますよ、村興しで使っていきなり帝都の売り物になんかしたら意味が無いでしょう」
「何を言っているんですか、ヒューゲル殿。マイヤー侯爵閣下は私に最大の便宜を図るようにと伝えられていた筈。私の要望を叶えるのは貴殿の仕事でしょう」
ゾクッ
ヒヨコは一瞬、アンジェロ先生から殺気を感じて恐怖した。
だが、町長さんがアンジェロ先生を抑えるように手を上げつつ、笑って商人の方を向く。
「皇帝陛下から勅命で町興しをして盛り上げるように言われたのです。回り回ればこの魔物での村興しは皇帝陛下の命令でもありますから。侯爵様とてさすがに陛下のご意向を蔑ろにしてまでモーリッツ殿の要望をかなえろとは申すことは無いでしょう」
「だが、他の方法で町興しをすればよろしいかと?」
「今更変更しろと?無茶を仰りますな。今更演目を変えるなど無理ですよ。それにこのヒヨコは借り物でして、従魔である訳でもなく、ただ人間に懐いているだけですからね。貴方は警戒されているようですし、暴れられたら困りますよ」
「ピヨピヨ」
ヒヨコは町長さんの言葉を肯定するように鳴いて頷く。でも怖いのでそそくさとアンジェラ先生の背中に隠れる。
ここの町長さんは良い人の様だ。とても助かる。
町興しで頑張るからもっと庇ってください。ヒヨコは牢屋に入れられてピヨピヨするのは耐えられぬ。あの蜥蜴と同列なんて許される事ではない。
「まあ、良いでしょう。侯爵閣下にはお願いしておきましょうかな。私は部屋で休ませてもらいますよ」
とクツクツと笑う商人はこの場から去って行く。
「ピヨ」
「全く、何なんですか?あの男は。無礼にもほどがあるわね」
「ピヨピヨ」
ヒヨコもうんうんと頷く。主にヒヨコに対して無礼である。
ヒヨコを何だと思ているんだ。いや、まあ、魔物だと思っているんだろうけど。
「魔物商として帝都ではかなり儲けているようでね。次期皇帝の第一候補エリアスのバカが高値で買い取っているのは噂に聞いている。アレはエリアスのバカの政商として魔物レースの魔物売買でかなりの金を稼いでいるとか」
「そういう事ですか。つまり太守殿は……」
「ああ」
袖の下に手を回すような素振りを見せるアンジェラ先生に町長さんは頷く。あれは賄賂のしぐさですかな?さすが貴族さんは賄賂を貰っちゃうのか。羨ましい。
「全く…世も末ね」
「あのバカ、何を考えているやら。陛下は知っているのか?」
「ヒューゲル殿としては不安?現国政を作った人間だし、エリアス殿下は将来の義理の弟になるかもしれないでしょうし」
「辞めてくれ。そう言う事実はないからな」
「あら、私でも知っている割と有名な話じゃないですか、フフフ」
呆れるように溜息を吐く町長さんに対して、アンジェラ先生は楽しげに笑っていた。
もしかして町長さんはアンジェラ先生と古い付き合いなのだろうか?
「まあ、町興しにしてもいきなり振られて困っているんだよ。そもそもウチは十分に興しているだろう?ウチが頑張って何があるというのか?そういうのはもっと上手くいってない町なんかが観光産業で儲かる為にやる事でしょう?」
町長さんは溜息をつく。
「以前、冒険者時代に来た時とは雲泥の差があるほど栄えたわね。さすがは太守代行殿」
「ここに来た事が有ったのか?」
「かの疾風の故郷だったとは知らなかったけどね」
アンジェラ先生は苦笑し、複雑な顔をする町長さん。
そもそもヒヨコに声が掛かったのは数日前の事。つまりつい最近、町おこしをして盛り上げなさいと通達を受け、やらされる羽目になったらしい。
なのに、それを邪魔する商人まで送り込まれたようで、腹が立つのもよく分かる。ヒヨコがされたら嘴で突いてピヨピヨしてやる所だ。
「むしろヒューゲル殿を規範にするよう他の貴族の尻でも叩く為に通達しているのでは?」
「皇帝陛下というよりは宰相閣下は人遣いが荒いからなぁ。それは無いと思うけど、何かあるのでしょう?」
首を横に振る町長さんだが、アンジェラ先生は町長さんを高く評価しているようだ。
たしかにここはとても平和で良い町だ。ヒヨコも住みやすいし、魔物も少ない。魔物が少ないせいで狩りが面倒なのだけど。森の中にそこそこ弱い魔物がいて狩りに向いている。
何より冒険者に狩られそうにならない所が素晴らしい。
「近くの冒険者の集まる地に定期的に依頼を出して魔物を駆除してもらい、税率を低くする事で商人や冒険者の住みやすい場所にしつつも、冒険者ギルドを置かない事でならず者を町に棲みつきにくくする。太守殿は随分とヒューゲル殿を目の敵にしているようでしたが」
「マイヤー侯爵は古い貴族で、戦争で空いてしまったアイゼンフォイアーを政治的に奪い取った人でもあるからね。昔からこの地の太守代行を続けている私の実家が嫌いなのだろう?私も別にここの太守代行になりたくてなった訳ではないのだが」
「ご実家と仲が悪かったのですものね。それにしても全く他人の足を引っ張る事しか好まない人間というのは」
「ヨンソン殿。それ以上は…」
「おっと失礼を」
アンジェラ先生は口をつぐむ。
「ピヨ」
「とはいえ、余計な事をされても困るからね。やはり渡しておこう。ヨンソン殿、これを保護者のステラ君に渡して貰えないだろうか?」
町長さんは懐から手紙を取り出し、アンジェラ先生へと渡す。
「あら、だったらこの子に渡しておけば問題ないわよ。この子、人間よりも頭が良いから」
「だ、大丈夫かい?」
「ええ。そこらの人間よりよほど頭が良いわ。芸術を理解する心もある。私が受け持った芸能人の中でも才能のある方だと思うわよ。惜しむらくは魔物である事くらいかしら」
「厳しいヨンソン殿からお褒めの言葉を頂くとは大したヒヨコ君だ」
ワシワシと町長さんはヒヨコの頭を撫でてくれる。ふふふ、もっと撫でろ。おうおう、意外と気持ち良い。
ヒヨコはアンジェラ先生から手紙を渡されると嘴で咥えてから、翼の方へと持って行き脇の方に挟み込む。
「ピヨッ!」
必ず師匠に渡します。と、手羽で敬礼を見せると
「中に人間が入っていると言われても信じそうなくらいのスキルだね、このヒヨコは」
「でしょう?凄いのよ、ピヨちゃんは」
町長さんとアンジェラ先生がうんうんと頷く。
中に人なんて入ってないっすよ?
まあ、元来、ゆるキャラとはそういうものらしいのだが。
***
「ピヨヨー」
「ああ、ピヨちゃん、おかえり」
「ピヨッ」
雑貨屋のお爺ちゃんとお婆ちゃんは優しく迎えてくれる。ヒヨコは店の中から入り、足の土をゴシゴシと雑巾で拭いて家に上がる。
ヒヨコは抜き足差し足ヒヨコ足の要領で師匠の部屋に入る。
師匠はまだ部屋でゴロついていた。ヒヨコは懐に挟んでいた手紙を嘴で咥えると、師匠の方へと差し出す。
「ピヨピヨ」
「……」
返事がない。ただの貧乳の様だ。
「誰が貧乳か!」
おお、怒りで起き上がった。
師匠は体を起こし、枕をヒヨコに投げつける。だが、ヒヨコはその程度の枕に当たる程甘くはない。横に避けるとそこにはテーブルがあり頭をぶつけてしまう。
おおう、痛い。頭、痛い。
これが師匠の予知能力か。ヒヨコの回避に合わせて枕を投げて、さらなる大打撃を…
「いや、そんな事考えてないから。ただの自爆だから」
「ピヨピヨ」
またまた~。何を仰る狐さん。ピヨちゃんがそんなお馬鹿な事をするわけないじゃないですか。
自分の力を過少に見せようとする奥ゆかしさなんて必要ないですよ。
我が予知に狂いはない、ドヤァ、みたいな感じで嘲笑っても構わんのだが。
おっと、忘れる所だった。
師匠にお手紙。町長さんからだよ。どうやらこのピヨちゃんに関する重大なお知らせがあるらしいです。
「手紙?」
師匠は諦めるようにして手紙をペーパーナイフで切って開ける。
そして師匠は手紙を一通り読むとふむと溜息を小さく吐く。
「なるほど、ヒヨコをちゃんと所有魔物として登録するように、と言っているわね」
「ピヨ?」
所有魔物?
ヒヨコは首を傾げて師匠を見つめる。何ぞやそれ?とも言いたげに。
「つまり魔物は危険だから、従魔なりペットなりして、所有者は誰かとかシッカリ登録して管理しなさいって事ね。でも、何でまた」
「ピヨピヨ」
それなら知ってるよ。
きっとあれだ。あの町長さんのおうちに魔物商のお客を迎えてるらしいの。招かれざる客って感じだったけど、偉い人の命令で仕方なく泊めてるっぽいんだけどね。奴はどうやらヒヨコに興味を持ったっぽいんだよ。町長さんに売れとか言い出して。
「あの商人か」
むうと師匠は唸る。どうやらご存じらしい。
ピヨちゃんを勝手に攫ったり売り飛ばさないように所有登録をしなさいって事かな?
いや、待てよ。だとすると、ヒヨコは師匠のモノになるのか?
それはそれでどうなんだ?ヒヨコは何物にも縛られないフリーダムな存在なのに。せめておっぱいの大きい妖艶なお姉さんのモノになりたかった。まあ、あの商人に攫われるくらいならマシかぁ。
なんかヒヨコを見る目が厭らしいんだよね。こう、目がローザン金貨みたいになってたの。
「ろくでも無い事を考えているようだけど、貴族様の命令みたいなものだし逆らえないようなぁ。こんなヒヨコいらないのに」
「ピヨッ!?」
なんて仁義の無い師匠なのだ。そろそろ、この可愛い弟子め、と愛着を持つ頃だと思ってたのに。
「いや、弟子も何も、普通に念話で話したりしてあげたけど、別に教えてないし」
言われてみれば!?
迂闊だった。そういえばここ最近はフルシュドルフソングばかりをピヨピヨコーラスしながら踊ってばかりで念話の練習を出来ていない。
まったく、師匠はドライすぎる。もっと熱くなるんだ。バーニングだ。ヒヨコの息をもうすこし見習い給え。
「バーニングされたから乾燥なんだよ」
「ピヨッ!」
上手い事言われた!
くそう、さすがは師匠。ヒヨコのボケを突っ込みで返しやがる。
でもなー、師匠。あの商人のおっさんはマジでやばいぞ。あのおっさん、魔物を牢屋に入れてたんだよ。ヒヨコもあの中に入れられるのは嫌だぞ?
「牢屋には人間も入りたくないよ。そしてそんな事をしないとは思うけど、ヒヨコを所有者登録しないと私が牢屋に入りそうだから、しておくかぁ。でもそんなにヤバイ魔物なんて街の中に連れ込まないんじゃない?」
「ピヨ~」
ま、たしかに。暴れたらヒヨコがやっつけて食っても良いよね?って感じの魔物だった。むしろ暴れて欲しい。そして食べて良いですか?
「魔物商よりもアンタの方が危険な気がしてきたんだけど」
「ピヨピヨ」
そんな事ないよ、師匠。ヒヨコは可愛いヒヨコちゃん。
それにあの馬車の中には生意気な蜥蜴がいたんですよ。角が生えてパタパタと小さな翼の生えた3頭身の蜥蜴が。ヒヨコを鼻で笑うんだ。許せんよ、ホント。ドラゴンぽいからってヒヨコを侮るなんて。
奴の角なんかよりヒヨコの嘴の方が断然いけてると思うんだけどなぁ。
「え?」
「ピヨ?」
師匠は目を丸くしてヒヨコに訊ね返す。
え、まさかヒヨコの嘴いけてない?
「そっちじゃない。嘴の前、何て思った?」
ああ、嘴の話じゃないんですね?馬車の中に生意気な蜥蜴が…。
「その先」
ヒヨコの嘴が断然いけてる………!
「何故飛ばす!?ドラゴンって言った!?言ったよね?」
師匠は興奮したようにヒヨコの手羽元を握ってゆっさゆっさとゆする。
ドラゴンぽいって言ったのに。
そんなにドラゴンって興奮するモノなのか?くう、ヒヨコの方が可愛いと思うのだが。
「ああ、予知に必要なピースが下りてきた!でかしたヒヨコ!ただのピヨピヨしてるだけのバカじゃなかったんだ!」
師匠はヒヨコをそんなピヨピヨしているだけのバカだと思ってたのか!?
今、そこはかとなくへこんだぞ!?
「アンタを登録したら太守代行閣下の所に行こう」
何か師匠が元気になった。
ヒヨコは任務を達成したので、今日はお祖父ちゃんに晩酌のおつまみを増やしてもらおう。フルシュドルフのマトンジャーキーは美味いのだ。
ヒヨコ的には色々と釈然としないけど、良かったという事にしておいてあげよう。
ところでスルーされたけど、ヒヨコの嘴、イケてるよね?