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最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部2章 帝国皇領フルシュドルフ ヒヨコは踊る
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2章4話 狐は予知をする

※ステラ視点です。

※今回はアニメシリーズとなっております。

 翌日、私はヒヨコと一緒にダンスレッスン場へとやって来ていた。


 ヒヨコはツツと冷たい汗を流して目の前の人物を見上げる。

 たぶん、私も同じように汗を流しているだろう。隣にいるヒヨコの困惑は私も同じだからだ。


 目の前にいる存在は説明するには私にとっても非常に難しいものだった。

 ヒヨコは助けを呼ぶように私へ不安そうな視線を何度も向けるがやめてもらいたい。

 何故ならゆるキャラとして地域振興を頑張るのは私ではなくヒヨコなのだから。

 これは言い訳じゃない……と思う。


 私達の目の前にいる人物こそが恐らくヒヨコにダンスを教えてくれる人なのだろう。芸術分野の人間という事は貴族の子女なのは分かる。

 分かるのだが……どう説明すればいいのだろうか?


 印象として最初に目に入るのは桃色に染めた長い髪。それをツインテールで纏められて、ロールでクルクルと巻いてある。髪さえ染めてなければヘアスタイルは明らかに貴族っぽい。ピンク色の髪色はヒヨコのような優しい色ではなく、露店で売られているカラーヒヨコの如く、目に痛々しい奇抜なピンクであった。

 芸術系らしい人と言えば良いのだろうか?

 貴族のお嬢様がこんな髪形をしていたら裸足で逃げ出すだろう。今、私と同じ心境に違いなかろう。


 そして次いで気になるのはフリフリのゴスロリ風衣装である。しかもミニスカートの長さは見えそうで見えない絶対領域。女の私でも気になるラインだ。正直困っている。

 こまめに整えているのだろう長い睫毛に細い眉。薄桃色のリップが唇を艶やかに見せる。女子力の高さは私以上だと賞賛に値するだろう。

 引き締まった腰つき、胸囲1メートルを超えるバスト、引き締まった手足、しっかりと鍛えているのがよく分かる。ダンスの振り付けをやっているくらいだ。


 ここまでは良い。この単語を聞くだけならば多くの人がその人物が何者か期待するだろう。


 だがこれ以上の説明は私的に困難だ。あの能天気なヒヨコが引きつっている位に。

 青い髭、割れた顎、身長2メートル弱、筋肉で分厚く引き締まった胸板(推定胸囲1メートル以上)と腹筋、脛毛あふれる素足。


(こ、これは新手のモンスターなんじゃないかな?)

 ヒヨコは自分こそが種族の分からない新手のモンスターであることを棚に上げて、目の前の人間をモンスター扱いしていた。何とも厚かましいけど、大丈夫だ。

 私の神眼にはちゃんと人間族の男である事は捉えている。

 そう、男である。女だったらびっくりだ。


(大丈夫。彼が人間族の男、アンジェロ・フォン・ヨンソンさんである事が神眼で見えるから)

 ヒヨコも持っているはずなのだが、どうも重度の記憶喪失で神眼の使い方を思い出せないようだ。

 意識しなくても勝手に見える筈なのに何で見えないのだろうか?


 ヒヨコはというと

(これを男の娘とでもいうのか?世の男の娘に対する冒とくの様な。…………俺は異世界に飛ばされたのかもしれない。あるいは異世界からきた魔神とか新手の魔物に違いない。アークタランチュラより怖んだけど。師匠、逃げて良いっすか?)

 とか考える始末。

 ある意味、見た目は可愛いけど中身は下衆というゆるキャラに相応しい性格をしている。ウチの領地の太守代行閣下の見る目は間違ってなかった。


 このまま互いに見合っていても始まらないので私が話しかける事にする。

「ええと、もしかして貴方がウチのヒヨコのレッスンをつけてくれるアンジェロさんですか?」

「ええ。私が祭りの為に作られたダンスレッスンを務めるアンジェラ・ヨンソンよ。ヨンソン子爵家の令嬢だけど気にせずアンジェラと呼んでちょうだい」

「ピヨ?」

(師匠、この人の名前ってアンジェロだよね?)

(正式名はアンジェロなんだけどなぁ。女で通す積もりみたいだから付き合おう。……否定するのは怖いし。あと子爵令嬢らしいし)

 私は偽名を聞かされてもそこは正しく受け入れる主義だ。名前を偽るという事は理由があるからだ。というか素性はハッキリしている人だし。


 私はステラ・ノーランド。空気を読むのが上手さこそが処世術だと知る女である。何より貴族は怖い。


(でもレッスンする俺が一番怖いんですけど!師匠、俺はあんな分厚い胸板のおっさんとトレーニングしたくないです。平たくて、小さくて、つつましくて、肋骨で硬くても師匠の胸の方が良いです)

 このヒヨコ、サラリと人の気にしている事を的確について来やがる。自殺志願者なのだろうか?相変わらず無礼なヒヨコだ。痛い目に遭わせてやればいい。

「ウチのヒヨコ、やる気に満ち溢れているみたいなので手取り足取り教えてやってください。ちなみに名前はピヨです」

 さらりと私はヒヨコをアンジェラさんに売り渡す。


「うふっ、可愛いヒヨコさんね。教え甲斐があるわ」

 バチコーンとウインクをするアンジェラさん。ゾワッと身震いするヒヨコをみて心からせいせいするのだった。


(なんてことだ!師匠に売り飛ばされた!何が気に入らないというんだ、ウチの師匠は!)

 ヒヨコは愕然とするのだが、私は自分の腹立った理由を説明するのもしゃくなので、ただただ罰を受けて貰おうとほくそ笑む。


「よろしくね、ピヨちゃん」

「ピヨ」

「さあ、二人でヒヨコの星を目指すのよ!」

「ピヨ!?」

 アンジェラさんはヒヨコの肩(正確には手羽元辺り)を掴み、空を指差す。

 空を見上げるとそこには星は無く綺麗な青空だけが広がっていた。

「ピヨッ!?」

(そ、そういうスポ根モノは良いですから!あと、ヒヨコの星を目指しても間違いなくアンタは辿り着けんよ!)

 ヒヨコはげんなりと叫ぶ。

 確かにヒヨコの星は目指しても人の身では辿り着けないだろう。

 ちなみに、ヒヨコも飛べないので、恐らくは辿り着けないだろう。




***




 それから数日後、私はヒヨコのトレーニングを見に行く。

 ヒューゲル男爵邸の横にあるトレーニング施設だった。

 意外にもヒヨコは真面目にトレーニングをしていた。巨大ヒヨコのちょっとハードな健康体操という感じだ。ある意味シュール。

 覚えるダンスというのは皆が踊れるダンスであるが、ヒヨコにはよりレベルの高い要求がなされていた。関節的にもかなり困難のようだ。


 アンジェラさんは手を叩きながら声を掛ける。

「1・2・3・4・2・2・3・4」

「ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ」

 そんなアンジェラさんの手拍子に合わせてダンスの振り付けをするヒヨコ。

 ピヨッとポーズを取りステップを踏んでターン。さらにもう一度ターン。

 だがくるくる回り過ぎてヒヨコは倒れてしまう。しかも思い切り嘴を打ち付けてバウンドして頭も打ちつける。

 滅茶苦茶痛そうだった。


「そんなので転んでいては道のりは長いわよ!」

「ピヨ……」

 自称アンジェラさんが体をくねらせつつも、ヒヨコを厳しく指導する。

 だが、どうやらヒヨコは嘴を変な角度で打ち付けて痛みで動けないようだ。ステータスが微妙に麻痺(小)になっていた。麻痺耐性が高くても衝撃を受けるような麻痺には弱いらしい。哀れなヒヨコだった。


 だが、ヒヨコが待って欲しそうにするが、アンジェラさんには伝わらない。

「早く立ちなさい!」

(そんな凄まれましても、だって涙が出ちゃう。ヒヨコの子だもん)

「立て!立つんだピヨーッ!」

「ピヨッ」

 男の怒声で怒鳴られて慌てて立ち上がるヒヨコ。

 男バージョンで凄まれるとやはり怖いらしい。私も尻尾がピーンッとなった。うっかり3本でてきてしまったので慌て2本を消して狐人族に戻る。


「続けるわよ!」

「ピヨッ」

 手羽先で敬礼をして再びダンスに戻るヒヨコ。

「1・2・3・4・2・2・3・4・3・2・3・4・4・2・3・4」

「ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ」

(右にピヨピヨ、ジャーンプアンドターン、左にピヨピヨ、ジャンプアンドターン。上・上・下・下・左・右・左・右・B、そんでもってA!)

 ヒヨコは振付を思い出しつつ踊っていた。

 自分の頭の中でピヨピヨ言うのはどうなのだろうか?

 とはいえ、私はヒヨコが意外にも大真面目にダンスレッスンをしているのに驚いていると………


「ストーップ!」

 アンジェラさんが手を叩くのを辞めて厳しい目でヒヨコを見る。ピヨッと怯むヒヨコ。

「最後のダンスは違うわ。振付BからAではなく振付AからBよ!もう一回!」

「ピヨ!?」

(しまった!間違えていたか!それにしても何故だろう?上上下下左右左右ときたらBAと感じてしまうのだ。せめて振付のAとBを逆にしてくれればよかったのに。そしたら間違えないのに)

 というかダンスの振り付けパターンを理解するヒヨコの方がちょっと間違えていると思うのは私だけではない筈。


※コ●ミコマンドの癖が500年前より抜けていないようです。


「そんなんじゃ(くれない)ヒヨコにはなれなくてよ!」

「ピヨッ」

「さあ、もう一回よ!」

「ピヨッ!」


 クレナイヒヨコって何!?

 何故か二人の間で通じ合うモノがあった。私はあまりの事に引きつっていた。というか元々そのヒヨコ、見方によっては紅ヒヨコですが。

 そもそも、ゆるキャラに任命された筈なのに、ダンスのレッスンが全然緩くないのは何故だろう?

 普通のヒヨコはバク宙なんてしないし、空に火を吹いたりしない。


「バタバタしない。ステージ上でバタバタ走るとみっともないわ。もっと静かに素早く!」

「ピ、ピヨッ」

 しかも要求が厳しいし、ヒヨコはそれに応えようとする。

 絶対に何かが間違っている。


(抜き足差し足ヒヨコ足。ピヨピヨ、ピヨピヨ、ピヨピヨピヨ)

 抜き足差し足忍び足なんだけど!私は心の中でツッコミを入れるとファンファーレが鳴り響く。

『ピヨの忍び足のスキルレベルが上がった。レベルが4になった』

 女神様、まさかあのヒヨコを私のパーティメンバーと勘違いしている?

 断じて違う、赤の他人ならぬ赤の他鳥なんですけど。

 勝手に私の家の近くに棲みついた桃色ヒヨコなんですけど!


(クレナイヒヨコへの道は険しい)

 ヒヨコの心の声が流れて来る。このヒヨコ、本気で目指してやがった。敢えて言うなら、そもそもお前は既に紅のヒヨコだろう?と。


 なんだか二人の間では微妙にニアミスした世界が広がっているようだった。

 こんな感じで、ヒヨコはピヨピヨと一生懸命踊りを頑張っていた。ムキムキマッチョなヒヨコになったら嫌だなぁと思うのだが、そこは言わないでおこう。


 ところで私に念話を習うって話はどうなんだろう?

 ピヨちゃんバカだから忘れたのだろうか?




***




「仕事の合間に寄ってみたけど、予想以上にハードだなぁ」

 私は思わずぼやいてしまう。

 正直に言えば運動神経の悪い私が踊りをやるのは不可能だ。

 あのハードトレーニングをしたら、ヒヨコじゃなくても涙が出ちゃうと思う。

 生贄がヒヨコでよかったとホッとするのだった。


 この日はヒヨコのダンスレッスンを観察してから商店街に占いの露店を出していた。

 平日はお祖父ちゃんの家の前で店番をしながら占いをしているが、休日は稼ぎ時なので、大通りに出て占いをしていた。


 よく考えればこの手の問題が起こった場合、必ず予知夢を見た筈だけど、予知夢は見なかった。ううん、最近は全く予知夢を見たりはしなかった。

 3年前、獣王国を追い出されてから、母のようにもっと予知能力を高める必要があると思っていた。占い師の仕事も予知能力向上の一環だけど、2年勉強します、1年働いてきた。でもスキルが上がる様子はなかった。

 そもそも、予知能力が高くても意味があるのかも私にとっては分からなくなっていた。


 先を読めてもその言葉に真実を見出してくれなければ意味がないからだ。

 自分だけ助かるなら良いが、村や民族が滅ぶという災厄を予知できても、その予知を誰も信じてくれなければ何も出来ない。

 まだ世界崩壊の予知は続いている。だけど、私の言葉を信じてくれる人なんて誰もいない。

 予知がもう少し途中経過が分かるものならば説明できた。或いはもっと知識があれば推測して説明が出来た。だけど、母の様な長い時間を生きてきた巫女と私とでは信用も実績もまるで違う。

 どうしようもない事だった。


「ステラ。久しぶりー。ちょっと占ってよー」

 私が1人で悩んでいると、店にやって来たのはこの町の学舎に通ってた頃の友人だった。

 名前はレーネ、人間の女の子だ。少しだけ抜いているライトブラウンの髪をした今どきの女の子を絵に描いたような子だ。学者時代も男子によくもてていたのだが。

「プロだからお金取るよ?」

「そこは友達価格という事で」

「この町の大半の人が友達価格になっちゃうでしょ?ちなみに値段は500ローザンになるけど」

「おお、友達価格」

 レーネは楽し気にポケットから大白銅貨を1枚取り出す。それでも1食分なのだからこちらとしてはありがたい。

 私は大白銅貨を受け取ると

「で、今度は気になる人がいるから上手く行きそうか教えてって?」

「あははははー。さすがステラは察しが良いね」

 照れるように笑うレーネであるが、私からするとそこそこ念話能力があるので、なんとなく相手の考えを察する事が出来る。付き合いが長い程理解しやすいのだ。

「大体、レーネは異性の悩みしか相談してこないし」

「で、で、今、気になってる人なんだけど、どうかな?上手く行くかな?」

「っていうか、名前と容姿の特徴を教えて」

「そこが分からないからインチキくさいって言われるんだぞ」

 とレーネは笑って突っ込む。私は何て失礼なと頬を膨らませる。

 大体、レーネの占いは難しいのだ。それは何故かというと………


「レーネの場合、気が多すぎて違う人が何人も未来に出てくるから、具体的に聞かないと間違った相手との事を占っちゃうの」

「おっと、そうきたかー」

 レーネはエヘヘとはにかむような照れ笑いをして後頭部を掻く。だが、そのしぐさはとても可愛いらしくもあざとさがあり、これこそが男子にもてる一因かもしれない。

 だが、男子どもよ、騙されているぞ。


 のろけのようにレーネはその男の事を聞かれてもいない所までペラペラしゃべるのはいつもの仕様だ。彼女はもてるけど、何故か変な男子に夢中になるという特殊な子の為、多く擦れ違ってばかりである。

「で、どうかな?」

「ふーむ」


 正直に言えば上手く行かないだろう事は分かった。お勧めできない物件である。

 とはいえ、上手く行かないとバッサリ行くわけにはいかない。剥きになってのめり込むとレーネが傷つくからだ。

 最初の頃はそれで若干喧嘩気味になってしまった苦い思い出がある。

 本人が私の伝えたことが当たっていて理解してくれた事で仲直りしたが、初見の相手に真実をそのまま伝えるのはよくないと理解した。

 いや、理解しあっている相手でもだ。情報を基に上手く幸せな方向へ導いてあげなければならないのだ。

 母もきっとこういう事をやって獣人族の国で立場を固めて行ったのだろうか?


 これを知ると連邦獣王国での私の予知はよくないのが分かる。

 私のような小娘が獣王に決めたことを否定するようなことを口にするのは反抗心を持たれてしまうのは当然だった。

 とはいえ上手く行く方法を伝授するのは困難である。

 今ならもう少しうまくいく方法を提案できたかもしれない。勇者を王国から切り離すとかそういう感じ煽ってから勇者と共に功績を上げて、アルブムに牽制するとか上手くたきつける事が出来たんじゃないかと思う。


「その冒険者の彼は特殊性癖を持っている可能性が高いです。私の中ではロリコンと出てます」

「え」

「レーネ、思い起こしてみて?優しいって言ったけど、誰に対して優しかった?」

「そりゃ、子供達にも優しいし…………え、あれってそういう事なの?」

 レーネは顔色を悪くする。思いついてはいけないことを思いついたのだろう。

「思い当たる事があるようね。とは言っても幼い感じの女子が好きなだけで良い人なのは確かだけど…………」

「うぐう。ちょっと考えさせて」


「まあ、私が決断を迫る側じゃないから別にどっちでも良いけど。他の人を探すなり諦めないで頑張るなり好きにすると良いと思うよ。後悔しないようにね」

「はうー。どっちも厳しいなぁ」

 トボトボと去って行くレーネはどこか哀愁漂わせる背中をしていた。

 相変わらず変な男の子を追っかけるのが好きな友人だと呆れてしまう。

 丸く収まればいいのだけど、こういうどっちに傾くか分からない未来に関しては一切予知が働かないから不便で成らなかった。


 この予知スキルというのはレベルが低いせいなのか、ハッキリと分かるのはある程度シミュレーションできるという事と、確率の高い未来を明確に見せるという事。ただ、シミュレーションに関しては明確な選択を取った時に、確率が5分5分くらいだとどうなるか分からないのだ。7~8割くらいの確率では明確に分かる。

 更に言えばある程度情報が私に入らないと、命の危機が発生しない限り未来は見えない。

 強いスイッチが入らないと予知は起動しないというイメージだ。レベルが上がればそういったものが少なくなるのだろうかと。


 とはいえ、この町は皆が優しく、私みたいな占い師でも良くしてくれている。人間は獣人を差別するという話だったが、この町ではそんな事はなく、長閑で平和な場所だった。

 巫女姫として山奥で暮らしてただ予知を与えるだけの為に生かされているよりは、よほど楽しかった。


「来週行なわれる祭りを皆楽しみにしているし、私もお仕事を頑張ろう」


 そんなやる気を見せている中、私の元に1人の客がやって来る。でっぷりとした商人だ。失礼な話だが見た感じが悪徳商人と言えばこんな感じを想像してしまうような姿をしていた。


「占いを頼みたいんだが良いか?」

「はい。500ローザンになります」

「噂では凄腕の占い師だと聞いていたが、意外と安い料金なんだな」

 男は値踏みするように私を見る。

「普通の占い師ですよ。狐人族だから凄く思われているだけかもしれませんね。まあ高度な依頼だと、多めに取りますけど」

 私は慌ててパタパタと狐の尻尾を一つだけ出して相手に見せる。 


 一般的に母フローラの印象が強いらしく狐人族は特殊な能力を持っているのが多いという印象があるらしい。それで男も納得したようだった。

 むしろいくつも見せてしまったら色々と問題になるので他の尻尾は常に隠していた。私が人化の法で尻尾を隠蔽している尻尾が複数ある事を知っているはヒヨコくらいではなかろうか?

 ヒヨコは本能的に神眼を使えているようだけどパラメータを見る事が出来てないようだ。


「だが、しかし、君の占いが優れているか分からんからね。私が何を占って欲しいのか位、自分で当ててみてはどうかね?」

「料金は二倍になりますけど」

「構わんよ。500も1000も私にとってははした金よ」

 カラカラ笑う商人の男を前に私は彼から流れて来る思考を読み取るのだが、そこで私の目の前には真っ黒く燃え尽きて消し炭となった町の未来が見える。


 人も家も何もかもが朽ち果てて、お世話になっている下宿先のお爺ちゃんとお婆ちゃんも、学舎で知り合った友達も、商店街の小父さんも小母さんも皆、黒炭のようになって町と共に滅んでいた。巨大なマグマだまりの中に沈むように街が滅んでいた。


 何故そうなったのかが分からない。

 北の方から破壊をまき散らす何かがやって来て、それを呼び込むことになったのが目の前の商人だ。彼は商売の為に太守の許可を貰ってこの地に来ているだけだ。

 この商人がその根源を運んで来たのはわかる。だけどその理由が分からない。


 早くこの町から逃げなければならない!


 私はそこで現実に戻って来る。

 まるで白昼夢を見た様な後だった。

 慌てて首を振る自分で自分の頬を叩く。


「す、すいません。何も見えませんでした。残念ですが占ってあげる事が出来ません」

「何だ?全く使えんな。まあ、良い。いつも通り儲からせてもらうだけだ」


 商人はつまらないものでも見るように私を一瞥して去って行く。


 そんな事よりも私はどうするべきか悩むことになる。相変わらず役に立たない能力だ。

 いつだってそうだ。絶望的な未来は見えてもそれを救う手段は見当たらない。私はどうすれば良いのか。

 あの商人が去れば未来は回避できる?

 分からない。もはや災厄が訪れるのは確定事項だ。どうすればいいのだろうか。


 私は仕事を切り止めて絶望的な気持ちで家に帰る事にする。仕事をしようという余裕が全くなくなってしまったからだ。




***




 その途中、まだダンストレーニングをしているヒヨコがいた。なんというか、相変わらず悩みの無さそうな姿が無性に腹が立つ。八つ当たりなのは分かるのだけれど。


 だが、ヒヨコは意外と真面目にピヨピヨ踊っている。だが、上手くいかずに倒れるとピヨピヨとよく分からないが泣き言を口にしているようだった。


「ピヨ。諦めたらそこでダンス終了よ」

「ピヨ……ピヨピヨピヨピヨ」

(アンジェラせんせい……ダンスがしたいです)


 何故か微妙にドラマチックな感じになってるんだけど、あの1人と1羽は何をやっているのだろうか?

 ウチのヒヨコ、最初はあのオネエなおっさん姿に引いていた筈だが、気が合ったのだろうか?ヒヨコとアンジェラさんは祭りに向けてダンスの練習を続けていた。

 だが、今の私にはヒヨコの能天気さが羨ましい。私もヒヨコに生まれてピヨピヨしていたかった。


 私は下宿先の雑貨屋に戻ると雑貨屋で店番をしていたお爺ちゃんが慌てたように私に駆け寄って来る。

「どうしたんだい、青い顔をして!気分でも悪くなったのかい?」

 そんなにひどい顔をしていたのだろうか?

 お爺ちゃんは心配したように大きな声で訊ねて来る。それを聞いてか、お婆ちゃんまで家の奥からやって来る。

「ちょっと気分が悪くなっただけだよ。心配いらない。ちょっと休むね」

「ああ、そうすると良い。夕ご飯になったら呼ぶからね」

 お婆ちゃんは優しく私を気遣ってくれる。

「うん。ありがとう」

 赤の他人に親身になってくれるこの老夫婦に礼を言い素直に自分の部屋へと向かう。


 私はベッドにあおむけになって倒れて混乱した頭を整理する。

 未曽有の危機がやってくる。それにより、大事なこの町が滅ぼされてしまう。どうすれば回避できるのか分からない。いつもこんな感じなのだ。

 どうすれば良いのかさえ分からない。


 3年前、大事な皆が殺される予知をして、必死に訴えたがどうしようもなかった。死ぬ方向へと皆が進もうとするからだ。結果論であるが、今ならどう振舞えばよかったか想像は出来る。

 そして、今回、また同じようなことが起こった。今回もどう振舞えばよかったか想像できなかった。

 そもそもこれから祭りを楽しもうと準備に一生懸命になって活気のある町を、その災いから遠ざける為に町を捨てろなんて言えるはずもない。いや、町から遠ざけてその災いから守られるのかも分からない。

 あの商人を追い出せば良いのか?


 どうやって?


 分からないことだらけだった。大体、私なんかの声に耳を貸してくれるとも思えない。

 獣王国だってそうだった。巫女姫の立場にありながら余計な事を口にして追い出されてしまった。お兄ちゃんのような優しくしてくれる味方はもういない。

 これがただの白昼夢だったらどれだけ楽だったろうか?


 私はベッドで横になって両手で目を抑えるようにして寝転がっていた。

「ピヨピヨ~」

 すると能天気なヒヨコの鳴き声が聞こえてくる。私は気付くと目の前にはヒヨコがいた。ちょっとしたホラーである。まさか抜き足差し足ヒヨコ足とでも言って入ってきたのだろうか?どこから?窓の戸は開いていない筈だ。店の方から入ってきたの?裏手からは体が大きくて入れない筈だ。


「ピヨピヨ」

(師匠、元気無さそうだな?何かあったのか?ヒヨコのお兄さんに話をすると良い)


 どうも私を心配しているようだ。何故0歳児のヒヨコにお兄さん面をされているのかは分からない。そもそもこのヒヨコに何かできる筈もない。そもそも私に兄は一人しかいない。


「元気がないから静かにしてくれる?外にジャーキーがあったから食べてきたら?」

「ピヨッ……ピヨ……」

(ご、誤魔化そうという気だな?しかし…ジャーキー。食べていいの?ジュルリ。だがしかし……お爺ちゃんに様子を見て来てって言われたし。しかし美味しい食べ物。ピヨ………食べちゃダメだ、食べちゃダメだ、食べちゃダメだ、食べちゃダメだ………ジュルリ)


 どんだけ美味しい食べ物が好きなんだろう、このヒヨコ。野生の獲物を食っている筈だが、実は舌が肥えているのだろうか?

 私はこのヒヨコが何で来たのかと思えばお爺ちゃんが心配してたのか。そんなにひどい顔をしていたのだろうか?


(それにお爺ちゃんのいう事を聞く事でジャーキーを貰えるかもしれないからここは敢えて師匠の面倒を見よう)

「じゃま」

 ヒヨコはピヨピヨと私の方に顔を近づけて様子を見に来るので、ヒヨコの頭を指で押すと、ピヨコロリと床を転がる。

 というか、既にこのヒヨコ、私の下宿先の住民になっていないだろうか?朝起きると店の軒下で寝ているし。雨の日は店の中に入れて貰っていたような気がする。

 しかも面倒を見てもらうのが私側というのはどうなのだろうか?

「ピヨピヨ絡まないでよ」

「ピヨ」

(いつも能天気な師匠が顔色を悪くして悩むなんてお爺ちゃんでなくても心配するというもの。センチメンタルな気分なんですか?センチメンタルな気分なんて川の旅人たるヒヨコだけに許された特権。師匠には似合いませんぞ。何で今日に限って師匠が変なのか、ヒヨコ、気になります)

「心配じゃなくて好奇心か!」

 とんでもないヒヨコだった。お爺ちゃんの爪のあかでも煎じて飲めばいいのに。取り敢えずこのヒヨコは排除しよう。

 私は無言で立ち上がるとヒヨコを脇で抱えるように持ち上げる。このヒヨコ、大きさの割に意外と軽いのだ。

「ピヨ?ピヨピヨ」

 ヒヨコも流石に何をされるのか察して脂汗を流して私を見上げあざといヒヨコの鳴き声で懇願する。

 だが、私は部屋の戸を開けて、ヒヨコを外へ投げようとする。

「いい加減に出ていきなさい。そうでないならばここから落とすけどどうする?ここには暫く来ないと約束するなら許してあげるけど」

「ピヨピヨピヨ」

(ほ、本当に出て行ったら許してくれるんですか?)

 涙ぐんだ瞳で私を見上げる。最初から落とすつもりは無かったから、ここまで怯えられると罪悪感が湧き出て来る。


(だが断る。このヒヨコが最も好きなことの一つは、自分が絶対的有利にあると思ってる奴にNOと断ってやる事だ!)


 ピヨリとヒヨコは劇画調な顔できっぱりと断る。

 コイツ、ただNOを言いたいだけだ。落とすつもりは無かったけど、望み通り落としてやろう。

「オッケー」

 私はヒヨコを投げ落とした。


「ピヨーッ」

 断末魔の叫びを聞きながら、私は窓の戸を閉めてベッドに再び転がる。あのヒヨコがいると考え事も出来そうにない。こまったヒヨコだ。


 私は悩みが二つになって大きく溜息を吐くのだった。

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