2章3話 ヒヨコ、スカウトされる。
ヒヨコが狐の師匠ことステラと出会ってから3日が経つ。
会う人会う人がピヨちゃんピヨちゃんと声をかけて来るので、ヒヨコはもはやこの町の人気者である。たったの3日でこの町を支配したと言っても過言ではない。
ヒヨコのお誕生日は分からないので師匠と出会った日を誕生日にしておこう。今日は出会ってから3日目なので3歳である。
あれ、数え方が違う?……まあ、それはどうでも良い事だ。
何でも近々お祭りが行われるらしく、町の皆々様は忙しそうにしていた。
周りの商店街の人達は別のお仕事を並行しながら何かをしている様子。何か色々な催し物をやるらしい。露店の準備もしているようだ。
今朝、カラーヒヨコという露店の店があったのだが何をやるのだろうか?
ヒヨコに断りなくそういう肖像権的な何かに刺さるのは止めた方が良いぞ。え?お前が言うなって?
まあ、それは置いておいて……ヒヨコは祭りをとても楽しみにしていた。
冒険者達が西の森でアークタランチュラの子蜘蛛であるタランチュラの群100匹を全て討伐する事に成功したという情報が流れていた。
町の人々はその情報を知って心から安心したらしい。そして同時にそんな脅威が近寄っていた事に心胆寒からぬ思いをしたとか。
また、風の噂では、とある3人の女性冒険者をパーティにしたイケメン冒険者が、見張りも立てずに野営中に3人の女性冒険者仲間とテントでいちゃついていた所、魔物の夜御飯になったという悲しい情報も流れたようだ。
愚かなリア充の末路とはそんなものである。
決してヒヨコがモテないから僻んでいる訳ではない。
いや、むしろ、今のヒヨコはモテモテなのだ。
「それにしても、アークタランチュラのような魔物が発生していたとはびっくりだよ。何でそんな危ないのに私の予知が働かなかったんだろう?命の掛かるような未来は必ず見るのに」
師匠は仕事場で先程配られた瓦版を読みながら首を捻る。
「ピヨピヨ」
師匠、あの弱っちい魔物が怖いとは。ピヨピヨのヒヨコでも倒せちゃうような蜘蛛だよ?街に近寄ろうとするならヒヨコブレスで一掃だよ。平原が焦げるけど。
「そうか。妙なヒヨコを拾ったからか」
ポムと手を打つ師匠。妙ではない。可愛いヒヨコである。師匠にはこの愛らしさが分からないのだ。
「あー、ピヨちゃんだー」
「ピヨピヨ鳴けよー」
「わーい」
ヒヨコが師匠の横であくびをしていると、そこに子供達が近寄って来る。
そう、今のピヨちゃん、大人気。
この町にやって来てから3日を過ごしたヒヨコ。この小さい町の商店街の人気者になっていた。子供たちは通るたびにヒヨコに絡んでくるのである。
実家の母ちゃん、見ているでしょうか?
ついにピヨちゃんは人気者になりました。故郷に錦を飾ろうと思います。まあ、ヒヨコ、母ちゃんの事を見た覚えが無いのだけれど。
ところで故郷に飾る錦ってどんなの?
小さい錦なら飾れるだろうか?小錦?
なんだろう、どう考えても飾れない程、重たい何かに感じるのはヒヨコだけだろうか?
子供達にピヨちゃんと名付けられてしまいましたが、所詮ヒヨコなのでピヨピヨしか鳴けないから仕方ないのです。
いずれ念話を喋れるようになったら偉大なピヨちゃん、『ピヨマグナス』とでも呼んでもらいたいと思ってます。
だが、子供達よ。バシバシ叩くのはやめてくれ。ヒヨコボディは割と脆いのだ。ああ、HPが1減った!?気がする。
子供達は遊び場に行く途中だったのか、ヒヨコを弄ってからさっさと去って行く。
ふふふ、子供の扱いにも慣れたものだ。人気者は辛いね。とはいえ、それを境に、徐々にだが人通りも多くなり、師匠も周りの目があるので念話に切り替えて話しかけてくる。
『最近、精神防御が強くなってきたよね。何かアホな事を考えているのは分かるけど頭が読めない』
「ピヨピヨ」
いつまでも半人前のヒヨッコだと思われたら心外ですよ、師匠。
『最初から一人分の大きさをしたヒヨコだったよね』
「ピヨピヨ」
たしかに!
でもでもでも、その前も、大きな蜘蛛と念話でコミュニケーションが出来たので、いずれは念話も喋って見せますよ、師匠。
『分かったの?アークタランチュラの心の声が。虫系モンスターってあまり何かを考えたりしないけど』
「ピヨピヨ、ピーヨピヨピヨ」
ヒヨコは手羽先を横に振って師匠の考えを否定する。
残念ながら分かってしまったのだ、師匠。アークタランチュラは確かにヒヨコを見てこう言っていたような気がする。おいしそうなヒヨコ、だと。
『まあ、食欲に従順だからね、虫系モンスター。きっと私を見たら『おいしそうな狐』とか思うじゃないかな?』
「ピヨ」
或いは貧相な狐かと。
「ピヨッ!?」
迂闊な事を考えてしまい、ヒヨコは師匠に蹴り飛ばされる。ヒヨコはボールじゃないのに酷い扱いだ。ヒヨコは友達、怖くないよ!
おや、これでは蹴ってくれと言っているような気が……?
『余計な事を考えるからよ。それに、私も別にボールだなんて思ってないよ。友達と思っている』
「ピヨ?」
ヒヨコは訝し気に師匠を見上げる。今は座っているので目線が師匠よりも低いのだ。
『500年前、勇者シュンスケはこう言ったそうよ。ボールは友達だと』
「ピヨピヨッ!?」
それ、回り回ってボール扱いじゃないですか!?何て酷い。動物虐待も良い所だ。
おのれ、勇者シュンスケめ!もしも生まれ変わって目の前にいたら、我が奥義ピヨファイヤー(ただの火の吐息)で炎に包んでやるわ!
※生まれ変わった勇者シュンスケは既にピヨファイヤーで炎に包まれています。
そんなこんなで平和に過ごすヒヨコと師匠であったが、今日は珍しい客がやってくる。
「すいませんが占い師のステラさんですか?」
「はい。そうですけど」
やってきたのは貴族っぽい服装をした男だった。歳の頃は20代後半か、フォーマルな服装であるから仕事として来ている事が推測される。
「先程町内会の会合にて、お祖父様とお祖母様にお聞きしましたら店の前で仕事をしているとのことで。実は私、シュテファン・フォン・ヒューゲルと言います。この領地の太守代行をしておりまして。まあ、町長的な感じですね」
「太守代行の方ですか?」
師匠は慌てたように立ち上がる。ヒヨコも慌てて立ち上がる。
だが、そこで気付いたのだが、別にヒヨコは立ち上がる必要性は無かったので、しばし考えて、ピヨッと地面に座りなおす。
「え、ええと、どのようなご用向きで?」
さすがの師匠も慌てているようだ。さすがにそんな偉い人が来るとは想定外だろう。というより町長さんの顔を知らなかったのか?
師匠はお客さんが座る為の椅子をパタパタと叩きながら椅子を勧めるが、町長は手で立ったままで構わないと伝える。
「ご存じとは思いますが、この町は近々お祭りがあるのですよ」
「それは、まあ。ここにきて三年ですし年中行事ですから」
「皇帝陛下の命令で、各地方でも様々な町興し、村興しをしているのですが、我が領地でも大々的に町興しをせよと仰せでして」
「何だか大変そうですね」
「この領地は王都の直轄領でもありまして、それで我が町としても大っぴらになにか町興しをしていることを示さねばなりません」
「町興しですか?」
師匠は不思議そうに首を傾げる。
だが、この町に何か売りがあったのだろうか?家畜である鶏が多く飼われていて、卵や鳥肉が売られているのはよく見る。羊も多く見かける。牛は少ないか?
が、それ以外に何か売りがあっただろうか?長閑で自然が周りに豊富だとかはあまり売りとは思えない。
冒険者ギルドが無いので、冒険者も少なく歓楽街もほとんどない。健全と言えば健全だ。むしろ歓楽街が見当たらないから冒険者がすくないのかもしれない。
ヒヨコがそんな事を考えていると
「そこでステラさんに頼みがあったのですよ」
「私に?」
町長はテーブルに両手をついてグイッと乗り出す。
「何といっても、街で一番かわいいと評判で」
「ま、またまた、そんな」
師匠は顔を赤らめて否定するが満更ではないようで尻尾が左右に揺れている。
嬉しいのだな?
「しかも賢くて、まだ子供なのに自分で食事の世話までして、しかも町一番の人気者」
「人気者なんて………」
師匠が珍しく照れ照れである。両手を頬に当てて熱を冷ますかのようなしぐさをする。
きっと褒められ慣れていないのだろう。凄く嬉しそうだ。
「ステラさんの飼ってる、今一番人気のあるヒヨコに手伝ってもらいたのです」
ピシッ
師匠が凍り付く。
「ピ……ピヨ?」
まさかのヒヨコ指名であった。
照れ照れだった師匠、焦点の定まらない瞳で呆然としていた。確かにこれは恥ずかしい。自分が褒められていると思ったら実はペットだったとか。
ねえねえ、師匠。今、どんな気持ち?ヒヨコに人気を取られたのってどんな気持ち?ねえねえ?
『後でヒヨコロス』
怒りを押し殺して念話でヒヨコに殺害予告をする師匠。
念話ってこういう時の為に使うのか。こ、怖い…………。
「そう、貴方のペットに是非町興しのキャラクターとして舞台で歌って踊って欲しいのです!」
とは町長さんの言葉。
それにしても、まさかヒヨコがアイドルにスカウトされるとは!確かにヒヨコは歌って踊って戦える万能ヒヨコ。町では可愛いと評判である。
ピヨッピヨッピヨピヨピヨッ
ピヨッピヨッピヨピヨピヨッ
商店街、通りで人気のOH!ピヨちゃん!
奇想天外、鳥で紳士の桃色じゃん
この町一番の席が空いとる
そこに飛び込めピヨちゃん舞い踊る
今日からヒヨコも地域の愛鳥
街で陰気な狐の横
マジで人気だ、常にヒヨコ
全国目指すぜ、大きく行こう!
でっかいヒヨコ、可愛く異様↓
僕は可愛いヒヨコだYO!
皆、よろしく、PIYO!
おっと、うっかりラップを歌って踊ってしまった。
やはりヒヨコは天性のアイドルだったようだ。今日からヒヨコは『ももいろヒヨコZ』として活動する事になるだろう。まいったなぁ。
地方でやるって事はあれか?俗にいう、ローカルアイドル、略してロコドルという奴だな?
勇者シュンスケが村興しで可愛い女の子に歌わしたり踊らしたりしたというアレか!
仕方ないなぁ。師匠よりもかわいいヒヨコがアイドルとして…
「俗にいうゆるキャラって奴ですね」
ピヨッ
ゆ、ゆるキャラ?お、おおお、ヒヨコがゆるキャラ?
え、ええと、この森を駆けては火を吐き獲物を屠るレッドデビル(自称)が…………ゆるキャラ?
人の三倍の速度で走る姿は赤い彗星(自称)と噂になっていてもいい筈のヒヨコが……ゆるキャラ?
最強のヒヨコブレイバー(自称)であるヒヨコが…………ゆ、ゆるキャラですと?
そんな馬鹿な………。
『アイドルだと思っていたら実はゆるキャラ?ピヨピヨ歌いつつ心の中で下手糞なラップを刻んじゃったりした結果、ロコドルじゃなくて実はゆるキャラ?ねえ、どんな気持ち?ゆるキャラって言われてどんな気持ち?ねえねえ?』
念話でヒヨコを馬鹿にする師匠。明らかにヒヨコを茶化していた。こんなひどい責め方をするなんて、人として性根が腐っているに違いない。
ヒヨコはテーブルの下で師匠の足を蹴るが、師匠もまた見えないようにテーブルでヒヨコの足を蹴る。互いに互いの足を蹴り合う。
熾烈な蹴りのデッドヒート。
「町の人の話を聞く限りでは、そのヒヨコは危険が無いのは知ってますが、さすがに得体のしれない魔物を野放しにも出来ないので、ステラさんが近くにいてくれると皆も安心するでしょうし」
「そ、それって私もこのヒヨコと一緒に舞台に上がれと?」
「通訳的な感じで。あるいはボケのヒヨコにツッコミのステラさんでも構いませんが」
「ピヨッ!」
誰がボケやねん!ツッコミのピヨちゃんと世間で評判なんやで。特にこの嘴の威力はキツツキの生まれ変わりかと恐れられて………
『そのツッコミじゃない!』
ビシッと師匠から念話と一緒に肘で脇腹を突っ込まれてしまった。
あかん、これ、完全にボケサイドに追い込まれた。まさか、ヒヨコがボケだなんて。そんな面白い話は出来ないのに。ピヨピヨしか喋れないのに。
くう…
「是非、町興しの為に力を貸してもらえませんか?」
「ううう。い、一応、稼ぎ時でお仕事したかったんですけど」
「大丈夫ですよ。こちらからお給金も出しますし、そこまで時間は取らせませんから。ヒヨコ君には音楽に合わせてピヨピヨ合いの手を鳴きつつ踊って貰うだけで、ステラさんにはヒヨコ君へインタビューする際に通訳として代わりに喋って貰えれば良いので」
「意外とハードルが高い!?まあ、ヒヨコの言っている事を適当に話せば良いだけなら、やるだけやりますけど。ただ、ヒヨコが…………」
「ピヨ?」
ヒヨコを心配してくれるのか、師匠。だが、ヒヨコも男だ。やる時はやるぜ
「ピヨちゃん馬鹿だから難しいかも、と本人が口にしてますが」
「ピヨッ!ピヨッ!」
そんな事言ってない!ピヨピヨ!
ヒヨコは手羽先でぺちぺちと師匠を叩くのだが、やはり柔らかい手羽で相手を叩くのはあまり効果が無いようだ。
「仲が良いようで何よりです」
「ピヨピヨピヨピヨピヨ!」
「それでは、後で遣いを寄こしますので後程はそちらに。保護者になってる雑貨屋の夫妻にはすでに私から依頼状を渡してあるのでそちらをよく目を通してくださいね」
町長さんは満足した様子で去って行くのだった。
なんてこった!
ヒヨコ、まさかのゆるキャラデビュー!?
「なんてこったは私の台詞だよ!」
頭を抱える師匠。
こうして、ヒヨコは街の祭りの主役に躍り出る事になるのだった。
という事でヒヨコの次回予告~。
フルシュドルフ町のゆるキャラ代表ピヨちゃんです!
普通のヒヨコが【ゆるキャラ】やってみた。次回、『ダンスを踊ってみた』
お楽しみに~。
ピヨッ!?
これもNGなの?おかしいな、ヒヨコの魂が叫んでいるのに。
※勝手に次回予告を他作品からパクらないように。
※次回サブタイは狐は予知をするです。