表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部2章 帝国皇領フルシュドルフ ヒヨコは踊る
23/327

2章2話 ヒヨコの炎上商法

 背の低い石壁に囲まれた小さな町は、見張り兵程度の警備しかおらず、入門も出門もフリーパスである。

 ヒヨコが門を潜ろうと進むと見張り兵はぎょっとした顔でこちらを見るが

「ピヨピヨ~」

 翼を振って挨拶をすると、若干考えて送り出してくれるようだった。

 不審者と間違われずに済んでよかった。良い門番さんに違いない。

 良いヒヨコさんだから通じるものがあったのだろう。


 町を出ると北の方には東から西へと流れる川があった。

 南には平原が広がり柵のある牧場が見渡せる。

 羊がメェメェ鳴いていた。ヒヨコもピヨピヨ鳴いている。羊がたくさんいるがアイツらは暑くないのだろうか?あんなに毛皮にもっさりしちゃって。

 チャカチャカとバリカンを持っている小父さんが一頭の羊を捕まえていた。なるほど、今から刈り取られるのか。

 隣の柵にいる太った牛はもしかして家畜なのだろうか?一応柵があるからそうに違いない。勝手に食ったら害鳥として追われそうなので、野生の魔物を探しに行こう。

 西の方に大きな森が見えるので何か獲物がいるのかもしれない。それにしても日差しが温かい。夏真っ盛りって感じだ。

 ヒヨコは緑の中をひたすら歩く。


「ピヨピヨピヨヨ~(ヒヨコが飛んだ~)」

「ピヨピヨピヨヨ~(屋根まで飛んだ~)」

「ピヨピヨピヨヨ~(屋根まで飛んで~)」

「ピヨピヨピヨヨ~(こわれて消えた~)」


 怖っ!

 自分のインスピレーションに従って歌ったら、ぞっとする歌詞を歌ってしまった。

 どうしよう、ヒヨコにはどうやら吟遊詩人としての才能があるのかもしれない。念話さえ使えればこの才能が世界に認められるのに!

 現実はピヨピヨとしか歌えないなんて。


 ヒヨコは自分の才能に驚いていると、やがて森へとたどり着く。


 明るかった平原から一転、ちょっと暗い感じの森である。カサカサと獲物の足音が聞こえる。ヒヨコアイを使って獲物を探すと遠い場所に魔物がいるのを感じる。


 ピヨヨ?どうやら捕食者であるヒヨコは記憶になくともかなり狩りのスキルがあるようだ。


 いける、いけるぞ!

「ピーヨピヨピヨピヨッ、ピーヨピヨピヨピヨッ、ピーヨピヨピヨピヨッ!」

 うっかり三段階笑いまで嘴から漏れてしまった。


 さあ、ヒヨコ無双の始まりだ!


 ヒヨコは森の中を音も出さずに素早く駆ける。抜き足差し足ヒヨコ足の速度アップ。


『―は忍び足のスキルレベルが上がった。レベルが3になった』

 何か聞き覚えのある声が聞こえたが、今はハントタイム。そんなのはどうでも良い。


 走っていき、やがて、最初に見つけたのはデビルドッグだった。

 最初の獲物は君に決めた!

 獲物の気付かれぬように後方へと静かに回り込む。

 ふーはーはーはーはー。デビルドッグよ。もはや貴様は袋の鼠。ヒヨコに狩られると感じずに狩られるが良い。


 気付かれないように足音を立てず、そして気付いた時には手遅れなほどの速度で走らねばならない。抜き足差し足ヒヨコ足、抜き足差し足ヒヨコ足。


 足音を殺し、気配を殺してデビルドッグの背後を素早く走る。

『―は気配消去LV1のスキルを獲得した』

 先程から、どこかで誰かがヒヨコに何かを言っているが無視だ、無視。

 それはともかく、まったくデビルドッグは気づいていないようだ。

 終わりだ、いぬっころ!ヒヨコの糧になるが良い!


 ヒヨコは小さく助走をつけると大きくジャンプして宙へと舞い上がり、デビルドッグの首を狙って嘴を突き立てようと襲い掛かるのだった。

 仕留めた、と思ったその瞬間、ヒヨコの体が何故か空中で止まってしまうのだった。


「ピヨッ?」

 自分が何故か襲い掛かる途中で止まった事に理解できなかった。

「ワフッ?」

 驚いたデビルドッグは慌ててその場を走り去る。何か見えないものを避けるようにして。


 だが、次の瞬間、嫌という程、何に引っ掛かったのか理解する事になる。

 青々とした茂った緑を掻き分けて、ガサガサと音を立てながら、奥の方からナニカがやってくる。それはヒヨコを丸呑みしそうな巨大な蜘蛛であった。

 ヒヨコが空中で止まってしまった理由が判明する。

 つまり、ヒヨコ自身が蜘蛛の巣に捕えられてしまったからのようだ。何かが絡みついてヒヨコを離さない。これは蜘蛛の糸だ。


 くっ!罠か!卑怯な!


「ピヨーッ!ピヨーッ!」

 ヒヨコは必死にもがいて暴れるが更に糸が絡まって逃げられなくなる。

 宙ぶらりん状態でプラーンとヒヨコが蜘蛛の巣にぶら下がっていた。


 巨大蜘蛛はガサガサと動いてヒヨコを見る。アークタランチュラとも言うべき巨大な毒蜘蛛だった。

 何ていうかよく見れば周りには首とか腹とかが無い干乾びた動物の死体が蜘蛛の巣に引っ掛かっているのだ。微妙に毒々しい色で、死体に黒い斑点とかが見られる。


 これはピンチだ。


 ヒヨコの赤い体に黒い斑点が出来てしまう。斑点柄のヒヨコ、あまり可愛くない。それは社会的に死んでしまうのではないか!?


 赤い斑点ヒヨコにはなりたくない。

 ど、どうにか見逃して貰えないだろうか。そうだ、会話、会話が大事だ。

「ピヨ、ピヨピヨ」

 ぼぼぼぼぼ、僕は悪いヒヨコじゃないよ?ピヨピヨ。無害、無害でーす


 必死に無害をアピールしてみる。

 念話になってるか分からないけど、魔力の波動みたいな感じのをピヨピヨと送ってみる。

 プラスいたい気な、且つ可愛いらしいヒヨコアイによって同情も誘ってみる。


 届け!ヒヨコの想い!


 すると向こうから魔力みたいなのを感じる。まさか、これが向こうからの念話という奴か。会話が成り立つのではなかろうか。よし、魔力の雰囲気を受け取り、そして仲良くなって見逃して貰おう。


 お・い・し・そ・う・な・ヒ・ヨ・コ


 分かった!美味しそうなヒヨコ、そう言っているね!?


 ……………


 これ、完全に捕食者と被捕食者の関係だ。助けて。誰か助けて!最初のコミュニケーションがこれは無いだろー。


 ヒヨコは必死になって暴れるが蜘蛛の巣は絡まってさらに酷い事になる。動けなくなったヒヨコを見ると蜘蛛はすかさず近づいてくる。


 これでは手も足も嘴も出ない。

 出るのは息だけだ。あと、怖くて小便も出そうだ。いや、ヒヨコは食うとすぐに排出物が出るから、漏れたりしない筈だけどね?

 だから現在進行系で下半身が湿っぽいのはきっと排泄器官から流れた汗に違いない。


 蜘蛛は大きな口を開けてヒヨコに噛みつこうとする。

 ヒヨコ、大ピンチ!

 だが、手も足も出ない以上、最後に足掻けるのは息を吐く位なのだ。ヒヨコの最期の意地を見せてやる。


 ヒヨコと云ふは死ぬ事と見つけたり!


 あっち行け。飛んで行け。ふーふーふー。蜘蛛さん、ヒヨコの吐息で吹き飛んでー。

 もっと、根性を込めて………ふーふーふー。

 も一つおまけにふーふーブフォーッ


 するとヒヨコから巨大な炎が吐き出されて目の前の蜘蛛が炎上する。


 はい?


 今、外から見ていた人はヒヨコの目が点になっているのがお分かりになるだろう。

 ヒヨコは驚いている。いや、普通のヒヨコは火を吹きませんよね?このヒヨコやばくない?どこのヒヨコだよ。


 このヒヨコでした!ピヨピヨリ。


 更に蜘蛛の巣も炎上する。勿論蜘蛛の巣に絡まっているヒヨコは炎に包まれる。

「ピヨーッ!」


 まさか自分の放った炎にヒヨコ炎上。まるで自分の放った言葉で逆に多くの民衆に問い詰められて炎上してしまう政治家のようだ。


 マスコミに群がられる政治家、『あなたが口から火を吐いたのは本当ですか!?』『口から火を吐いたのは事実ですが、そういう意味で吐いたのではありません』

 駄目だ、炎上はこんな事では止められない。

 鳥生の破滅するしか炎上を止める方法はないのか!?そこまで貶めなくてもええやないの。うっかり嘴が滑っただけやねんで。

 蜘蛛の巣が燃え落ちると、一緒にヒヨコも地面に落ちてしまう。

 堕ちる所まで堕ちてしまった!


 ヒヨコは必死になって体をゴロゴロさせて火を消そうと頑張ってみる。だが、体の周りについた蜘蛛の巣に引火した火は消えるどころか周りにまで燃え広がってしまう。


 死ぬ、これでは焼け死んでしまう。ヒヨコの焼き鳥になってしまう。

 死にたくないよぉ、誰か助けて。具体的に言うとヘルプミー。

 熱い!燃える!体が燃えて焼けて行く!柔らかい鳥肉が焦げてしまう!黒いヒヨコは不味いからそろそろやめて!

 熱い………あつ…あつ…………あつ?


 ヒヨコは不思議に思ってすくっと立ち上がる。体が何とも無いような気がして、首を傾げて、何かを思い出す。

 そう、前も似たような事があったような…………。


「ピヨピヨー」

 あつくなーい。


 そういえばヒヨコは確か何故かヒヨコなのに火が吐けて、燃えないのだ。ちょっとだけ思い出したぞ。さすが、ヒヨコ!これなら焼き鳥もバーベキューも串カツも怖くない!


「ピ~ヨピヨピヨピヨ、ピ~ヨピヨピヨピヨ、ピ~ヨピヨピヨピヨ!」

 うっかり三段階笑いまで嘴から漏れてしまった。


 だが、そこでヒヨコは気付く。ヒヨコはともかく森が一緒に燃えていた。

 これ、あかん奴や。


 ヒヨコは森から撤退しようとするが、食えるものが無くては死活問題なのに気付く。

 そこで、目の前に落ちている、絶賛炎上中の蜘蛛を見る。既に体が燃えて息絶えていた。

 蜘蛛、炎に弱すぎだろう。ヒヨコの炎上に巻き込まれて蜘蛛が焼死するとは笑止な。

 失言したヒヨコを叩きすぎて、己の攻め立てる言動によって逆に炎上して失墜した愚かな政治家の様だ。

 ヒヨコの炎上商法に巻き込まれるとは哀れなり。ピヨピヨリ。


 ええい、美味そうじゃないけど、持ち運べる程度の蜘蛛の肉は運ぶか!


 ヒヨコは燃え尽きて死んだ蜘蛛を啄み、燃えてない足を2本ほど嘴で引っ張って千切り、そのまま森を離脱するのだった。




***




 何て危険な状況だったのだろう。『燃えよ、ヒヨコ』という題名で物語が作れそうなくらいの危機一髪だった。


 Don’t(考え) thinkるなfeel(感じろ)

 ピヨ~~~~ピヨ!

 ピ~ヨ~ヨ~ヒヨコ~


 ピヨピヨ?何だろう、今のイメージは。よく分からない。

 ヒヨコに何をやらせるつもりだったのだろう?

 ヒヨコの前世に何かあったのだろうか?まさかヒヨコはかつてのムービースターだったのか!?

 むむむむ?ムービースターって何ぞや?


※ヒヨコの前世は勇者です


 それはともかくとして、しかしヒヨコは生き残ったのだ。しかも嘴には2本の戦利品、蜘蛛の足がある。大勝利と言えるのではないだろうか?

 ヒヨコはボヤを起こした森の中(ゲンバ)から逃走し、何気なく町の近くの川辺で食事をする事にする。

 煤で黒くなった体を洗い、放火魔である事を隠す必要がケフンケフン、汚れた体をリフレッシュするのである。

 決して、犯人が現場から逃げたとかそういうのではない。

 証拠を洗い流している訳ではないのであしからず。


 体を洗ってブルブルと水を弾き、川面に首を突っ込んで水をガブガブ飲んでから、ふうと小さく溜息をつく。

 ヒヨコは一服しながら蜘蛛の足を食べる。外の甲殻は非常に硬くて食えないが、中の身は食べられそうだ。だが、嘴で突いて甲殻を割り、肉をすする。


 これは意外と美味!


 ちょっと臭いかなとか思ったけど、全然大丈夫だ。触感は蟹っぽいけど、味は獣っぽい。ジビエ独特の風味がある山の蟹といった感じだ。

 だが、今のヒヨコの嗅覚では野性味があまり感じられないので美味しく食べられる。


 本日のヒヨコ、大勝利であった。


 ………はて、思えば何で生まれたてのヒヨコなのに蟹や熊の味や風味を知っているのだろうか?


 まあ、良いか。きっとヒヨコの母ちゃんは卵から生まれたばかりの頃に色々と食わせてくれたに違いない。


※そんな過去はありません。


 ヒヨコほど大きなヒヨコなのだ。母ちゃんはきっとドラゴンみたいにデカいのだろう。

 熊とか蟹とか取って来てくれたに違いない。

 もしや未だ見知らぬ母ちゃんは、意外とグルメだったのかも。




***




 さて、たくさん食べて、腹(ヒヨコ的には胸辺り)も膨れたし、そろそろ師匠の所に戻ろう。


 ヒヨコはピヨピヨ歩いて師匠の下へと戻る。

 師匠は未だに仕事をしていた。そりゃお仕事ですから毎日8時間くらいやってるのだろう。今日は定時上がりですかな?


「ピヨピヨ」

「戻ってきたの?戻って来なくても良いのに」

「ピヨピヨ~」

 またまた~、何を仰る兎さん。否、狐さん。


 念話を覚える迄は師匠に従う所存。さっきも蜘蛛と何となく念話コミュニケーションできたような気がしたくらいですよ。

 ヒヨコが胸を張って上達具合をほめて欲しそうに見下ろすのだが、師匠の所に客がやって来るので会話は後でというように師匠は客の方に顔を向ける。

 師匠は接客モードになり、ヒヨコは無視されてしまうのだった。


 この平和そうな町には珍しい冒険者という奴だ。鎧を着こんだリア充っぽいイケメンの男が3人の女性を伴っての登場である。リア充、爆発すれば良いのに。


 ヒヨコは師匠の隣で静かに座る。


「君が噂の占い師かい?」

「は?いや、別に噂になるような占い師ではないですけど」

「この領地の町民から耳にしたんだ。何でも凄まじい的中率を誇る狐人族の占い師がこの町にいるとか。失くしものを簡単に見つけ出すとか?」

「は、はあ、まあ……」

 師匠は曖昧な笑みを浮かべて対応する。だがヒヨコは見逃さない。

 師匠の尻尾が横に揺れていた。多分、褒められているのが嬉しいのだろう。おや、いつの間にか師匠の尻尾が1本になってる。まさか師匠は尻尾の数を増やしたり減らしたりできるのか?

 ピヨピヨ、さすが師匠。その内、ヒヨコも増やしたりできるかもしれない。


 ヒヨコが一匹、ヒヨコが二匹、ヒヨコが三匹……おや、眠くなってきたぞ?


「実は僕は探し物をしていてね」

「探し物ですか?」

「ああ。僕は見ての通り勇者なのさ。勿論、何を探しているか分かるだろう?」


 勇者って見た目でわかるものなのかな?

 師匠は作り笑いに忙しそうだ。

 恐らく分かるものではないらしい。そういえば師匠曰く、ヒヨコもヒヨコながら勇者らしいし。


 ふふふ、なるほど、同じ勇者仲間であるヒヨコを探しに来ていたのだな?

 これぞ運命の邂逅!仕方ないなぁ、この人間勇者め。ピヨピヨ。


「聖剣ですか?」

 師匠はすかさず相手の探し物を問い返すと、勇者は満足そうにうなずく。


 なんだよ、ヒヨコじゃないのかよ!

 ヒヨコは落胆する。師匠に背を向け明日の方向へ道端に転がっている小石をキックする。


 そうかー、聖剣かー。言われてみれば勇者と言えば聖剣だよな。男のロマンという奴だ。分かるぞ、人の勇者よ。ヒヨコは聖剣を装備できないので意味がないのだ。悲しいなぁ。


※つい先日、嘴で咥えて振り回し、アルブム王国軍を壊滅させてます。


「そうだよ!ふっ、さすがは噂の占い師。黄金の髪を持った狐人族。まるでかつて勇者シュンスケを導いたと言われる伝説の占星術師フローラのようだ。どうだい、僕と一緒に聖剣を探す旅に行かないか?」

 キラリと白い歯を輝かせて師匠を旅の仲間に誘う勇者。

「いえ、下宿先のお手伝いとかあるので、ちょっと」

 師匠は首を横に振る。


 師匠の断る理由が凄く小さかった。


「僕と共に栄光を掴もうとは思わないのかい?見えるだろう、君の祝福された未来が」

「さすがにそんな凄い占い師じゃないので。聖剣とかも占っても分かりませんし、他をあたってください」

「そんな!」

 ガーンと背後に書かれていそうな感じでショックを受ける勇者。

 そりゃ、そこらの占い師が分かるなら苦労はしない。


「それに金色の髪を持つ占星術師は獣王国ののホワイトマウンテンの麓にある家に住んでいるので、こんな所に親戚とかいませんよ。私、ただの狐人族ですし」


 そう言って師匠は自分の尻尾を見せる。1本の狐の尻尾がフリフリと振られていた。

 あれれ?出会った時はもっとフサフサだったような?ぬぬぬ、他にあったしっぽはいずこへ?隠しているのかな?


「そ、そうなのか………。しかし、聖剣の場所を占っても分からないのか?報酬なら金貨10枚を出そう」

 ドサッと勇者は金貨の入った袋を置く。

「ちょ、ちょっと、勿体ないってば」

「インチキ占い師かもしれないのよ」

 従っている女性冒険者達は勇者の両腕を左右から胸で挟み込むようにしてしがみつき、ゆっさゆっさと揺さぶる。


 リア充め!勇者なんて爆ぜてしまえ!


 いかん、心が叫んでしまった。

 だが、師匠は若干営業スマイルを引き攣らせつつも首を横に振り、テーブルの上に置かれた金貨の袋を丁重に断る。

「申し訳ありませんが…………。昨日も、聖剣を求めた帝国の方がいましたが私には分からなかったのです。つい先日、王国が紛失したという噂が流れたらしく、近隣冒険者で聞きに来られる方がいるんですよ」

 そして、何かを誤魔化すように説明をする。


「ほら、言ったでしょ。占い師如きなんかに分かる筈がないって」

「どうせ、狐人族の占い師だから金髪に染めてるだけよ。伝説にあやかって」

「いこうぜ、こんな女放っておいて」


 勇者に付き添っていたおっぱいの大きい女僧侶と女魔法使いと女戦士が、がっかりする勇者をフォローする。

 だが、師匠を馬鹿にするとは何と無礼な。確かにおっぱいが小さいし女の子として魅力に欠けるが良い狐人なんだぞ。ぷんすか。

 貧乳に謝れ!まな板だって好きで平べったく生きている訳じゃないんだぞ!


「大体、ヒヨコのぬいぐるみを隣に置くとかあざといし」

「可愛い子ぶってんの、だっさ」

「ピヨッ!?」

 矛先がヒヨコにまで飛んできた!

 ヒヨコはショックで蹲ってしまう。まあ、蹲れないから俯いただけなんだけど。ぬいぐるみじゃなくて本物なのに。

 まさか、この町に入れたのも着ぐるみを着た人間と勘違いされていたのか?


「えーと、シルヴァーノ・カステラーニさん。求めるものは分からなかったのでお代は結構ですが、一つ占い師として忠告しておきます。冒険中に野営する時、夜はしっかり見張りを立てて置くことをお勧めします」

「ふっ、何を当然のことを。では僕は行くよ。今度は南の地を探しに行く予定でね」

 勇者はキザッたらしく髪をかき上げて、キラリと白い歯を輝かせてから、颯爽と去って行くのだった。

 勇者に従う女達は師匠を嘲笑うようにしてから、舌を出して去って行く。


「おきをつけてー」

 だが、そんな悪態を吐かれても師匠は営業スマイルで送り出す。お子様なのにプロの鑑である。ヒヨコもプロのヒヨコとしてかく在りたいものである。


 ………プロのヒヨコって何をするんだろう?


「はあ」

 彼らがいなくなると師匠は盛大に溜息をつく。

 すると1本だった狐の尾が3つに戻る。

「おっと、いけない」

 すかさず師匠は尻尾を再び1本に戻す。

「ピヨ?」

 師匠、師匠。尻尾が3本になったり1本になったりするのですが、もしかして空間魔法か何かで隠してるんですか?

「そんな頻繁に空間魔法なんて使えないよ。これ、私の一族の種族特性だから」

「ピヨピヨ。ピヨピヨピヨ~」

 ほほう、狐人族はそんな珍しい魔法を持っているのかぁ。でも、師匠。あの勇者を知ってたのですか?


「?……いや、初めて見たけど」

「ピヨ」

 ほら、あの勇者、自分の名前を名乗って無かったのに、フルネームで話してましたよね?


「あ。………またやってしまった。気付かれなかったから、まあ、良いかぁ。私の持つ神眼スキルは相手のステータスを全て分かるの。それに念話レベルが高いから、精神防御の低い人は心の中が丸聞こえだし。彼が単なる自称勇者で、大して強くない事も直に分かったし」

「ピヨッ!」


 自称勇者だったんかい!

 うっかり信じてしまった。ヒヨコブレイバーとの運命的邂逅とか思った過去の自分を殴ってやりたい。殴る拳を持ってないけど。


「というか、君はまだ神眼スキル使えないの?むしろ勇者はヒヨコなのに。何しにここに来たのかも分からないんじゃどうしようもないけど。てっきり今朝の天啓は君を導くのかと思ってたんだけど、普通にピヨピヨしてるだけだし」

 師匠はヒヨコの顔をグネグネと引っ張って遊んでいた。

 ヒヨコの顔で遊ばないで欲しいのだが。ともあれ、なるほど、ヒヨコブレイバーを師匠は導くのか。

 だが、ヒヨコとしては念話さえ教えて貰えれば何の困りごとも無いのだけれど。


「ピヨ」

 ところで師匠。もしかして聖剣の場所って分かってたんじゃないんですか?

「まあ、昨日、占った時に見てたから知ってると言えば知ってるけど、教える訳にもいかないし」

「ピヨヨ?」

 何故に?


 教えるだけで金貨10枚ウッハウッハですぜ。下宿先のお手伝いなんて、お手伝いさんを雇えるようになっちまいますぜ。札束で使用人の頬を叩けますぜ。

 そして暇な時間が出来るからヒヨコに念話を教える時間もたくさん取れるようになりますし、毎日ジャーキーを1本ヒヨコに進呈できるほどの経済力は重要ですぜ。


「げ、げすいな、ヒヨコ。そして最後は自分の利益が駄々漏れだよ。金貨10枚でそこまで贅沢は出来ないよ」

「ピヨッ」

 おっと、いかんいかん。でも、分かっていたのに何で教えなかったのかは気になるんですよ。お仕事してお金を貰うのは当然の権利だし。

「死んだお母さんに教わったのよ。私達の才能はいくらでも自分の利益を手に入れる事が出来るから、他人の為に使いなさいって。彼らに教えると彼らは死ぬ未来しか見えなかったから」

「ピヨッ!?」

 マジで?

 何で聖剣の場所を教えたら死ぬの?そんなに危険な場所にあるんですか?


「というか、私が見た限り、彼らは身の程をわきまえずに無茶無謀ばかりしているから、近い将来死ぬかもしれないけど…………。ちゃんと私の言う事を心掛けてくれれば、転機が訪れると思うんだよね。あの調子じゃ分からないけど」


 大きく溜息をつく師匠。

 それにしても師匠はお子様なのに凄い能力を持っているんだな。神眼で相手の情報を理解し、念話で相手の心を読み取り、未来予知までしてしまう。儲けようと思ったら儲け放題。

 女神様仏様狐様と祈られるかもしれない。


 ピヨピヨリ、仏様ってなんぞや?

 ヒヨコはコテンと首を傾げる。


※この世界には仏教はありません。ただし、獣人族からは巫女姫様と崇められています。


「そんな凄い能力じゃないって。結局、未来を変える事が出来る訳じゃないからね。見えるだけ、流されるだけ、大人達の言われるまま、獣人族の王様達に守られて、いらなくなったら簡単にポイッと帝国に流れて来ちゃったんだし。私がもっとしっかりしてたら、小さい頃から遊んでくれたお兄ちゃんを勇者に殺される羽目にはならなかったのに」

 ショボンとする師匠。なるほど、師匠もつらい過去を抱えていたのだな。ここはヒヨコみたいに記憶喪失になると良いよ。色々忘れてハッピーだよ。


「君の場合は能天気なだけだと思うけど。というか、君こそ思い出そうよ。まったくとんだヒヨコだよ、君は」

「ピヨ」

 師匠、ヒヨコは飛べないぜ(ドヤァ)。

「そのとんだじゃないよ!そのドヤ顔が腹立たしい。ヒヨコの癖に~」

 師匠はヒヨコの顔を引っ張ってさらに虐める。だが、いくら相手が師匠と言えど負けっ放しは性に合わない。

 ヒヨコはジタバタ反抗する。しかしヒヨコの攻撃を読んだようにかわし、さらに頬を引っ張り虐めるのだった。


 ううう、動物愛護協会に訴えてやる。

 敗北を喫したヒヨコは師匠の隣でぬいぐるみよろしくぐったりと座るのだった。


 そんな時、一人の冒険者風の小父さんがやって来る。

「こんにちはー」

「やあ、ステラ嬢ちゃん。久しいな。いやー、その前、占ってもらった件、大当たりだったよ」

「本当ですか?それは良かったです」

 にっこり営業スマイルの師匠、中年のさえないおっさん相手にも笑顔で相手をするプロ根性は素晴らしいものがあった。


「今日も占って欲しい事があるんだけど良いかな?」

「はあ。勿論、商売なので構いませんよ。1回500ローザンになりますけど」

「勿論」

 冒険者風の小父さんはポケットから小銭をジャラリと取り出してそこから大きめの白銅貨を差し出してくる。

「大白銅貨ですね。じゃあ、占いますけど、何を占うんですか?」

「実はさっき森の方でボヤが起きてね。犯人を捜してるんだ」

「ボヤですか?」


「ピヨッ!?」

 ヒヨコは不審な言葉を耳にする。ボヤの犯人を捜している…………と?

 さて、どこかで聞いた事のあるフレーズですね。犯人はきっとヒヨコも知ってる奴に違いない。


 ………………


「ピヨ」

 さて、今日も天気が良いし、もう一狩り行ってくるかなぁ。

 ヒヨコは立ち上がり町の出口へ向かおうとするが、師匠はヒヨコの首根っこを掴んでいた。そしてヒヨコに対して何故かドスの利いた声で師匠が訊ねて来る。

「おい、ヒヨコ。何故逃げる?」

「ピヨピヨ?」

 な、何のことでしょう?仰る意味が分かりませぬが。私はただもう一狩りしようかなと。


 ダラダラと冷たい汗が背筋を伝う。いかん、師匠の目が笑っていない。まさか犯人がヒヨコだと思っているのだろうか。ヒヨコが犯人だなんてありえない。だってヒヨコは鳥だから。

 ここは名探偵ヒヨコが犯人を当てようじゃないか。


 犯人は……否、犯鳥はヒヨコだ!何てこった!


「すいません。多分、犯人、このヒヨコです。別に飼ってる訳じゃなくて勝手について来てるだけなんで、煮るなり焼くなり好きにしてください」

「ピヨーッ!ピヨッピヨッ!」


 見捨てないで!


 ヒヨコは師匠の足にしがみ付いて助けを求める。


 これは不可抗力だよ。そう、不可抗力。

 ヒヨコ、死にそうになって、よくわかんないけど口から火が出たんだよ。

 そしたらヒヨコを食おうとした蜘蛛が燃えちゃったの。マジマジ。

 ヒヨコは必死に弁解するが師匠はヒヨコを許してはくれないらしい。


「ピヨピヨ捲し立てられても私も分からないから。ほら、罪はちゃんと償わないと。占うまでもなく犯人、じゃなくて犯鳥ですか?こいつみたいなんで」

「ピヨーッピーヨピヨピヨ!」


 師匠!見捨てないで!

 ヒヨコは土下座(上手く座れないので頭を地面につけてピヨピヨ懇願しているだけだが)して謝るのだが、世間の風は冷たいらしい。


「何だ、魔物かぁ。いや、別に山火事の犯人を突き止めようって話じゃないんだ。現場に厄介なもんが落ちててな。人間なら事情を聴きたいだけで逮捕しようとかそういうんじゃないんだよ」

「事情?何か焼け跡にあったんですか?」

「………アークタランチュラの雌の死骸が見つかった。この町の近くでだ。死骸以外にも卵がいくつか燃えていたようなのだが、どうも卵が既に孵化しているものもあったようでね。状況を聞きたかったんだ」

「なっ!」

「ピヨ?」


 アークタランチュラ?そんな大きかった?確かにヒヨコを丸呑みしそうな大きさだったけど。


「状況を覚えてる?」

「ピヨ。ピヨピヨピヨピヨ」

 ええと、そう、ヒヨコが西の森を覗き込むとデビルドッグがいたのだった。

 そして、気付かれないようにピヨピヨと近づいて、ピヨッとジャンプして襲い掛かったら、なんとそこには蜘蛛の巣が!

 ピヨッと蜘蛛の巣にはまってしまい、ピヨピヨと逃げようともがくが、体にはピヨピヨと蜘蛛の巣が絡んでしまい、手も足も嘴も出ない状況に。

 せめて反抗しようと息を吹きかけていたら、驚くべきことに口からピヨファイヤが。

 そして、気付いたら森が炎に包まれていたのだった。恐ろしい話だ。ある日突然覚醒したヒヨコ。しかも、その力は森を劫火に包み込み、灰燼へ帰すほどの力だったのだ。

 ヒヨコのあしたはどっちだ!


「いや、ボヤでしょ」

「ピヨ」

 そうでした。ただのボヤです。ヒヨコの口から出る炎は蜘蛛と蜘蛛の巣しか燃やせなかったのです。

「まあ、ステータス的にはアークタランチュラの方が強いけど、蜘蛛は火に弱いから。運が良かったね。普通なら蜘蛛の昼ご飯になってたわよ」

「な、何か凄いヒヨコだな。中の人がいる訳では無いんだな?」

「背中にチャックがついてないし」

「ピヨピヨ」

 ヒヨコを何だと思っているのだ。こんな愛らしいヒヨコなのに、中の人がいる筈がない。この足の細さは人間のフォルムでは出せないのだ。

 良く並べてみて欲しい。師匠の太い足とは比べ物にはならないこの細いヒヨコ足を………


「ピヨッ」

 丸太のような何かに蹴り飛ばされた。

「今、何て思った?」

「ピヨピヨ」

 細い美脚に蹴られたと思ったら師匠の足でしたか。ピヨピヨ。

 ヒヨコは冷たい汗を流しながらブルリと体を震わせながら弁解する。

「あの災害級のモンスター、アークタランチュラを仕留めたヒヨコがステラ殿に怯えている方が驚きだが。あと、私が知りたいのはアークタランチュラと戦った際にどこからやってきたのかを知りたい。子蜘蛛は、まさに蜘蛛の子を散らしたように逃げたようでな。元々、アークタランチュラはどこにいたのか、そして子蜘蛛はどこら辺まで逃げたのか。子蜘蛛は単体では弱いが群体となるととんでもなく危険だ」

「そういえばアークタランチュラの子蜘蛛の軍勢に襲われた村が滅んだという話も聞いた事がありますね」

 師匠はフムと顎に手を置いて考える。

「で、君は蜘蛛がどこからやって来たのか分かる?」

「ピヨ」

 確かヒヨコが森を覗いて見たらデビルドッグがいて、ヒヨコダッシュで10秒ほど走って500メートル先にいる魔犬に攻撃しようとしたら、蜘蛛の巣に引っ掛かった。蜘蛛はヒヨコの右方向から森の木々を掻き分けてシャカシャカやって来たから……南方向!

「北でしょ!」

「ピヨピヨ」

 うっかりだ。

 ヒヨコは手羽先で額の汗を拭いてイッケネって感じでウインクする。

 すると師匠はヒヨコの細足に蹴りを入れて来る。痛い。師匠、暴力反対。

 やはりあざといのは駄目みたいだ。


「町から近いって言ってますね。森に入ってから西へ500メートルほどで北側から襲われたとか」

「ふむ。なるほど。そうすると地図では死体から北方向に卵を産んだ可能性が高いと。火事の起こった範囲からすると蜘蛛の子はこちら方向に逃げた可能性があるな」

 中年の冒険者は地図に手で書き加えて子蜘蛛の行方を推察する。

「ありがとう。これで調査をして見よう」

 冒険者さんはすたこらさっさと去って行く。

「ピヨピヨ」

 ヒヨコは手羽先を振って冒険者の男を見送るのだった。どうやら冤罪は免れたようだ。


※冤罪ではありません

~帝国通貨について~

通貨名称はローゼン。1ローゼン1円程度の価値と考えておけば問題ありません。


賤貨(1ローゼン)

小銅貨(5ローゼン)

銅貨(10ローゼン)

大銅貨(50ローゼン)

白銅貨(100ローゼン)

大白銅貨(500ローゼン)

小銀貨(1000ローゼン)

銀貨(5000ローゼン)

大銀貨(10000ローゼン)

金貨(50000ローゼン)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ