2章20話 ボーンドラゴン
戦場にヒヨコと剣術お姉さんが加わる。
最前線でグラキエス君とトルテが死霊モンスターを大量に間引き、どうにか生きのこった魔物を人間達が倒す。ヒヨコと剣術お姉さんは人間達と一緒に魔物を倒すのだった。
「魔物ってめちゃくちゃ強いんですけど!?」
鎧をまとったゾンビ兵を前に剣術お姉さんは1対1で戦うが、後手後手になっていた。かなり押されて苦しいがどうにか剣術でいなしているようだ。
その間にヒヨコは素早く槍を持つ突撃兵的なスケルトンを嘴による攻撃・ピヨスパイラルアタックでグシャグシャにする。
剣術お姉さんはかなり苦戦している様子だった。
そりゃそうだ。死霊のレベルは人間時代の能力と変わらない。鎧からして恐らくは北海王国で死亡した兵士なのだろう。人間時代よりもステータスが上がり、スキルなどが継承されている。普通の強い騎士と技術だけでどうにか渡り合っている剣術お姉さんが、不死の魔物になった敵を相手に立ちまわるのは厳しかろう。敵は全てステータス上では各上なのだから仕方ない。
ヒヨコは偶に遠くでピンチになっている兵士さんの敵に<火炎弾吐息>で焼き殺しつつ、目の前の死霊兵を次から次へとやっつけていく。
スケルトンには嘴で骨をカチ割り、ゾンビにはキックを入れて飛散させて吹き飛ばしていく。前の戦いでマナガルムゾンビを倒しておいて良かった。あんなのがこっちに攻めてきたら大変だった。今の魔力が少なくなっているヒヨコではちょっと相手にするのがきつい。ヒヨコやドラゴン達の持つ魔肺に内包された魔力は少なく、<火炎弾吐息>まで位しか使えそうにない。
もしもミサイルブレスやボンバーブレスがあれば一網打尽になっていただろう。
この死霊を相手にするとき、恐らくグラキエス君やトルテよりもヒヨコが一番相性が良いからだ。攻撃に最も有効な火吐息と火魔法、それに神聖魔法の二つを極めているヒヨコはとっても需要がある。
悪神の時は魔力タンクを務めてはいたが、大した魔力量を持っていかれたわけではないので戦闘に全力で向かえたが、今は魔力が厳しい。
フェルナント君が聖剣を持って来てくれていたなら、ヒヨコ無双が歴史的事件として刻まれただろう。
ここ数日ずっと回復魔法で人々を癒し続け、今日も魔法を連発している。難民や撤退した兵士達を癒すために魔法を使い終わった後での移動だったからだ。そして最後には極めつけ、町を囲む大結界。
ヒヨコのMPはもう0よ!?
ピヨヨヨーン、嘘です。もうちょっとだけあります。
「ピヨッ」
単発ではあるが<火炎弾吐息>を撃ちつつ、散発的に表れる死霊を倒していく。
少数であっても、3人1組でどうにか1体の安全確実に死霊を倒していく。さすがは大北海大陸でも1~2を争う国家である。本来であればここまで攻められる可能性さえないのであったが。
「ピヨピヨ【ヒヨコは疲れた。休みたい。ピヨ寝したい】」
魔力欠乏症状が出ている。神眼で自分のMPを見る。最大MPが1720もあるのに、10くらいしかないのだ。1%を切っている。魔力切れわずかだ。魔肺の熱も下がっている。
おかしいぞ、生まれた頃はその程度のはずだ。なのに何でこんなにだるいのだろう?判断ミスをしてしまうかもしれないじゃないか。ヒヨコはそんな迂闊者ではないぞ?
ヒヨコの神眼にステータス欄にある称号<迂闊者>がピコピコと点滅していた。そんなものは見えてないのだ。余計な事を言わなくていいぞ、女神。
「ちょっと、多すぎない?」
ぜえぜえと剣術お姉さんは肩で息をしていた。
剣術お姉さんが1人で一生懸命頑張っているのは、フェルナント君同様、チームを組める仲間がいないからだ。軍隊は軍隊で合わせて動くので、どうしてもヒヨコグループはソロでの参加になってしまう。
フェルナント君は元気に剣で敵を切り裂いて頑張っていた。時に飛ぶ斬撃で敵をまるっと吹き飛ばし、骨を木っ端みじんに壊して動けなくしてしまう。ちゃんと近くにいるニクス竜王国軍の人たちをフォローしながら戦っているようだ。
いつの間にか持っている剣が魔剣の類に変わっていた。多分、死霊兵が落としたものだろう。
神眼で魔剣を見てみると帝国で作られている人工魔剣であることが分かる。
そういえばこっちの方で商売していたっけと思い出す。
10年前には人工魔剣はできていたが量産出来てはいなかった。だが、帝国は魔導回路理論を確立させ、既に量産態勢に入っており、帝国ではかなり値段は安価になっている。
とはいえ、こっちでは帝国からの輸入品で、性能は通常の魔剣と変わらない為、希少性から高値で取引される。中には切れ味が良いもの、芸術的価値のある試作品などは古代遺産とされる魔剣よりも高値になるほどだ。
なるほど、フェルナント君にとっては勝手知ったる故郷の剣という事か。
北海王国まで取引があったのか、倒した死霊の中に北海王国の兵士だった者がいたのか、大体そのせいであろう。
魔力さえ尽きてなければヒヨコとの相性は最高に良い相手だった。ヒヨコはこの敵に対して負けるとは欠片も思わなかっただろう。
そもそも神聖魔法も火魔法もルーク時代に得意としていたし、これは不死王との戦いで格段に磨かれ宝でもある。
不死王と同格の人間の魔法使いというのはちょっとした化物であるが、ヒヨコの本来の実力で言えばちょろいと言えるだろう。
だがトルテやグラキエス君からするとやりにくい相手だ。つまるところ相性が良いヒヨコ的には楽な相手だが、近い力を持つ相手が光十字教にいるというのだ。
なるほど侮れない。四聖という事は他に3人いるという事でもある。
まあ、ヒヨコは相性の悪い相手が少ない万能勇者なのだがなっ!
ピヨピヨ、ヒヨコが苦手なのはドラゴンくらいだろうか?ヒヨコが苦手なのは物理だ。物理ではさすがにドラゴンに勝つのは至難の業だ。火が効きにくく物理の強い相手が最も手強い。
「ピヨッピヨッピヨッ」
迫りくるゾンビをヒヨコキックで蹴り飛ばしまた奥の方からスケルトンが雷と氷礫の雨から必死に走ってかいくぐって来るのでピヨスパイラルアタックで胸部から木っ端みじんに破壊する。
中にはただの弱いゾンビやスケルトンもいるが、恐らくは殺された民衆や普通の墓から出てきたのだろう。そういう弱いゾンビやスケルトンは多少無視して後ろに任せ強い死霊を積極的に倒していく。
なのに、何故だろう?剣術お姉さんや、わざわざ前に出てきて強そうなゾンビやスケルトンとばかり戦わないで貰いたい。ヒヨコの取りこぼしを討った方が楽なはずだが。
しかし、恐ろしい事に剣術お姉さんはレベルが上がっていく。
魔物との戦闘経験が覚醒させようとしているようにも見える。師匠も言っていたがやはり才能はあるようだ。ステータスに対して剣術スキルが圧倒的に高い為だろうか?しかも強い死霊ばかり相手にしている。
このままいけば朝には竜王国と北海王国との戦いになって終わるだろう。問題は竜王国が戦力を整えられず、かの国を相手に叩けるかどうかだが……。こっちに来る予定の兵士たちは途中で引き返して来なかったらしい。
果たしてリトレは守れるのだろうか?
魔物退治はヒヨコ達がどうにかするが、軍と軍のぶつかり合いはどうにもならん。ヒヨコ達は魔物退治はしても軍事干渉するわけにはいかんのだ。
敵の死霊兵がほぼほぼ消えていく頃、はるか地平の奥、恐らくは敵本陣辺りで巨大な魔力が突如生み出された。ヒヨコの神眼に映った形はドラゴンの骨の形だった。
「フオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
どこか空気漏れしたような抜けた巨大な音が地平の奥より響き渡る。
「ピヨッ!【トルテ、グラキエス君。何が起こったか?北海王国の方から何やら巨大な力が現れたぞ?ドラゴンの輪郭だ!】」
ヒヨコは念話を飛ばす。
『でっかい骨のドラゴンなのだ!かなり高レベルの老竜の骨なのだ!あんな大きいのフリュガ母ちゃん以外に見た事ないのだ!』
グラキエス君が念話を飛ばして驚いたような念話の声を上げる。
フリュガ母ちゃん以外に見た事がない?確かこの大陸のドラゴンの大半は成竜だ。
青竜女王さんと黄竜女王さんの二大巨頭がいるが、古竜は青竜女王さんだけ。黄竜女王さんを含めた老竜は両手で数えられる程度しかおらず、一番大きいのが黄竜女王さんだ。
それ以上のレベルのドラゴンがいたというのだろうか?
歴代最強の老竜、それが黄竜女王さんが竜王と呼ばれる所以であり、青竜女王さん以外で古竜になれる可能性を持っているという所以でもある。
それに近い大きさというのはあり得ないと思う反面で、どこから拾って来たのかと言う所だった。
ヒヨコは死霊狩りが一段落ついたので、トルテやグラキエス君達の方へと合流しようと戦場の最前線へと走る。
地面に降り立って奥の方を眺める二羽のドラゴンが並んでいた。同じ格好で同じように空を見上げているのを見ると兄妹なのだなぁと感じるのだった。
「ぎゅうぎゅう【何かとってもでかいのよね】」
サクスムの手前辺りにあるのだろうか、敵本陣から巨大な影が空を飛んで現れる。
その大きさは確かにでかい。20メートル位あろうか?老竜は15メートル程度、大きくなると20メートルくらいにはなるらしい。黄竜女王さんが丁度その位だ。
確かにそれと同じくらいにでかい。ヒヨコには大きさを見ても分からないが、神眼で体長を確認すればすぐに理解する。
「ピヨヨ~【今のヒヨコは魔力が尽き欠けていて、倒すのは厳しいぞ?】」
『僕達に任せるのだ』
どんとグラキエス君が自分の胸を叩く。
「ぎゅうぎゅう【ヒヨコの嘴なんて突っ込む必要もないのよね】」
「ピヨピヨ【ヒヨコは死霊使いを探すぞ。あわよくば討って終わらせよう】」
ヒヨコの魔力感知で探し、遠距離射撃で葬ればボーンドラゴンの支配が止まり終わるのではないかと思われる。やっと魔物退治が終わって最前線に来てみた所だ。
「ぎゅうっ!?【兄ちゃん、ヒヨコがシレッと美味しい所はヒヨコ締めしようとしているのよね。許されないのよね!ちゃっちゃっとあの大きいホネホネドラゴンをやっつけるのよね!】」
ヒヨコ締め!?トニトルテよ、ヒヨコはそんな事しないぞ?
『ピヨちゃんはそういう奴なのだ。それと、トニトルテ。ヒヨコ締めじゃなくて独り占めなのだ。ヒヨコ締めたら駄目なのだ』
独り占めを間違えてとんでもない言葉にしやがったトルテをヒヨコは半眼で睨む。
「ぎゅう【うっかり願望が口から出てしまったのよね】」
「ピヨヨ~【ヒヨコはトニトルテの危険性を改めて感じるぞ】」
自分の失言をフォローするというよりも後押ししているのだが、この黄色いドラちゃんは本当に大丈夫なのだろうか?ドラゴンなのに虎視眈々とヒヨコを締めようとしてない?
トルテとグラキエス君がボーンドラゴンの方へと飛んでいく。
ヒヨコは二人に向けてピラピラとハンカチを振って見送る。ちなみに<異空間収納>から取り出したものである。おっ、MPが減ってしまった!うっかりだ!
もはやMPなどヒヨコの毛が生える程度のもの。あとはトルテとグラキエス君に任せてヒヨコは後衛で寛ごう。
***
グラキエスとトニトルテの二羽は空を飛ぶ巨大なボーンドラゴンへと向かう。
『とってもでっかいのだ。気を付けるのだ、トニトルテ』
「ぎゅうぎゅう【骨は美味しくないけれど、母ちゃんにお土産へと持って帰るのよね】」
『持って帰っても嬉しくないと思うのだ』
「ぎゅうぎゅう【ヒヨコに良い所を攫われる前に倒すのよね!】」
二羽は素早く飛んで一気にボーンドラゴンへと襲い掛かる。
ボーンドラゴンは口元から電撃を溜め込み突如二羽へと凄まじい威力の電撃のブレスを放ってくる。
二羽は慌てて左右に避けるが、グラキエスはふらりとバランスを崩しつつ、どうにか姿勢を保つ。
「ぎゅ~?【骨には魔肺が無いのに何で吐息が放てるか不思議なのよね】」
『多分骨全体に雷属性の魔力が帯電しているのだ。雷竜の祖先だから……多分、トルテのお祖父ちゃんとかその辺なのだ!』
「ぎゅうぎゅう【祖父ちゃんは悪いドラゴンだったって聞いているのよね?】」
『確か、フリュガ母ちゃんはウチの母ちゃんの所に亡命してきたらしいのだ。トニトルテのお母さんはフリュガ母ちゃんを守り力尽きて死んだらしいのだ』
「ぎゅうぎゅう【父ちゃんという竜種はどいつもこいつもダメな奴なのよね】」
『それと比べるのはイグニスの父ちゃんが可哀そうなのだ』
娘に嫌われる父親に同情するグラキエスであるが、ありふれた話であるし、何よりもイグニス自身にも落ち度があるのでフォローをするだけに留めていた。庇い過ぎると自分の身が危ないからだ。
2羽のドラゴンは旋回してボーンドラゴンの斜め後ろに付く。
『くたばるのだ!』
グオオオオオオオオオオオオオッとグラキエスは大きい声で鳴きながら氷のブレスを吐きつける。極限まで細めた無数の氷の刃をブレスそして放つが、ボーンドラゴンには傷一つつかない。
「ぎゅうぎゅう【頑丈なのよね】」
『これ以上進ませると竜王国の皆が危ないのだ。攻撃するのだ』
「ぎゅーっ【仰ぎ見るが良いのよね!<雷嵐吐息>なのよね!】
トニトルテの口元が激しい放電を始める。口を開けるだけで雷が跳ねる。グラキエスは慌てて妹から距離を取るのだった。
トニトルテは激しい雷をと息を吐きつける。もはや吐息の域を超えていた。
吐き出された吐息は竜巻のように大地へと落ちていきそこから空へと巻き上がり巨大な雷の竜巻へと変わる。
ボーンドラゴンは巨大な雷の竜巻の中に巻き込まれる。
大地から空まで螺旋を描く雷が夜を光に染め上げる。轟音が鳴り響き大地が揺れる程だった。恒常的に雷の竜巻が起こり大地は通るだけで全て黒く染め上げる。
「ぎゅうぎゅう【やったのよね】」
トニトルテはふんすふんすと鼻息を荒くして自信満々にそこにいた。
刹那、黒い影が雷の竜巻の中から飛び出してくる。
ボーンドラゴンはトニトルテの攻撃に対して無傷だった。
即座に危機に反応したのは後ろに回っていたグラキエスだった。慌ててトニトルテの前に出てボーンドラゴンを前に氷のブレスを吐きつける。
『危ないのだ!<氷結吐息>!』
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
絶対零度の氷の吐息が吐き出されるが、ボーンドラゴンは大きすぎる故に、頭が凍り付いても関係なく動いて、極大の<雷光吐息>を放ってくる。
トニトルテの巨大な<雷嵐吐息>と同レベルの大きさの<雷光吐息>を食らい、グラキエスは一気に撃沈して地面へと落ちていく。
「ぎゅうっ!?【兄ちゃん!?】」
トニトルテは兄の撃沈によって頭に血が上る。
「ぎゅうぎゅうっ!【許さないのよね!よくもやってくれたのよね!兄ちゃんを殺すなんて万死に値するのよね!】」
地面で感電してぐったりしているグラキエスは(勝手に殺さないで欲しいのだ)と思っているが体がしびれて、帯電しているせいで魔力も動かせず、念話でツッコミすることもできなかった。
トニトルテはカパッと口を開けて反撃をしようとするが、まるで小虫を払うかのようにボーンドラゴンは巨大な手でトニトルテを叩き落とす。成竜と老竜、体長にして4倍、体積にして64倍もある。
文字通り赤子と大人程の体格差を前に一撃でトニトルテもまた地面へと落ちていくのだった。
「ぎゅ~」
トニトルテは地面に叩きつけられて眼を回していた。
***
「そんな、まさか!?」
「グラキエス様もトニトルテ様も落とされてしまったぞ!」
「ど、如何すれば良いんだ!?」
竜王国軍に激震が走る。まさかの竜王のお子様二羽が落とされた事で混乱を示していた。
「おびえるな!やるしかないんだ!あんな巨大なドラゴンが攻め込んできたらこの結界だって持たないよ!ここが最後の砦なんだぞ!腹をくくれ!」
どこからか声が響き渡り兵士達も気合を入れる。ちなみに声の主は戦争と関係ないフェルナント君のようだった気がするがヒヨコの気のせいだろうか?
まあ、ヒヨコには関係ない。そう、今日のヒヨコ勇者ヒヨコでもなければ忍者ヒヨコでもない。
暗殺者ヒヨコ。
ヒヨコは空を見上げる兵士さん達がワイワイしている中、一羽クールに嘴で草をむしって風の向きと力を確認する。
魔力感知で索敵。ヒット。
禍々しい魔力の元はすぐに見つかる。距離5215メートル、角度1時5分方向を修正。風、威力を考慮し向きを再修正。
ヒヨコは青竜女王さんでもそれに連なるものでもなければ帝国皇帝の血を引くものでもない。さすらいのピヨちゃんだからこそできる事がある。
そう、敵兵を殺すことだ。
ヒヨコはわずかに残った魔力で魔肺を熱する。十分な熱を溜め込んだ所で敵へと狙いを定める。わずかに見える塵のような人の魔力へ向けてヒヨコは嘴を尖らせる。
死ね!
「ピヨッ」
炎の弾丸は遥遠くへと飛んでいく。術者に向けて一直線だ。