2章18話 ヒヨコは結界係に任命される
ヒヨコ達がリトレに辿り着いてから2時間ほどが経過した。ゾンビたちは思ったよりも行軍が遅いようで助けられている。
あのゾンビミストを背負って進軍しているようだ。冬が来る前にリトレを滅ぼそうという算段なのだろうか?
あの魔法を維持できるものなのだろうか?人間には出来ない事だと思う。魔力が持つはずもない。
「ピヨッ!?」
ヒヨコはピヨヨーンとどこからか送られてくる何かにシンパシーを感じた。何だろう、ヒヨコの同志がいるのだろうか?よく分からん。だが、これがもしかしたらこれまで変なことを口にしてしまう電波の類か?ヒヨコにはよく分からないよ。
そんなどうでも良い事を考えているとぐいぐいとヒヨコの手羽を引っ張るフェルナント君がいた。
「ピヨちゃん、あのゾンビミストって魔法、あんなに長く続くものなの?まさかあんな大魔法を複数の人が使えるとも思えないけど」
「ピヨヨ~【複数いたらとっくにこの大陸はゾンビ大陸になると思うぞ?】」
「……とすると……聖剣と同じ神器の類かな?」
聖剣は不壊性を持つだけでなく、MPなしで神聖魔法を乱発できる神器だ。
「ピヨヨ~【聖剣があればヒヨコが都市に防御結界を張って、戦場で思う存分戦えるだけでなく魔力消費も気にしないで済むのだが………誰かが付いて来たくせに持ってこないから】」
「うぐっ」
「ピヨピヨ【あれは誰かさんが危機に陥いても自分の身を守れるように剣聖皇妹さんが皇帝から借りてきた代物だからな。師匠なら安心だが、他人に預けるなど言語道断だぞ】」
「ううう、ごめんよぉ」
そう、聖剣はフェルナント君に預けているが、最悪の場合ヒヨコが使うのが最も安全確実なのだ。皇帝陛下がフェルナント君に渡したのもそういう理由があった。
ルーク時代にイグッちゃんと互角の攻防をして、悪魔王を下せたのもほとんど聖剣の力が大きい。
今のヒヨコでさえ当時のルークのステータスには勝てていない。ルークが聖剣を持てば恐らく地上に敵はいないだろうという位に強かった。あらゆるステータスが師匠を凌駕し、LV10の火魔法と剣術を扱う上に、神殺しの聖剣の副次効果でLV9の神聖魔法をMP切れを気にせず使えるルークはほとんど最強だった。ヒヨコは『人間は侮れない』とトルテ達を窘めたが当然だ。
ヒヨコは地上最強の人間だったのだから。
するとオーウェンズ公爵がこちらへとやって来る。
「フェルナント殿。それにピヨ殿」
「な、何ですか?」
フェルナント君が公爵に対応する。
「騎士達に聞いたが、こちらに迫るゾンビ達はゾンビミストという強力な魔法を背負っているという。そこで殺されればゾンビになって敵になるとか」
「は、はい。そうみたいです。実際、向こうのゾンビは北海王国に攻められた住民や竜王国の兵士も多く見られますし」
「くそっ、やはりそうなのか。外道が…」
オーウェズ侯爵は苦々しい顔をする。
確かに人間が使うにしては禁忌と言えるだろう。ヒヨコが人間時代に使った敵は不死王、つまり人類とは言い難い存在だったからだ。
人間が使うにはあまりに忌避感の強い魔法だ。
「町の南側に大きい墓地があるのだ。下手すると魔物が押し寄せてくると同時に、背後から攻められる可能性がある。生き延びた兵士達からもサクスムが崩壊したのは城壁内部からゾンビが襲ってきたせいだという話だった」
「なっ」
フェルナント君も思わず声が出てしまう。実際、ルークの時はもっといやらしいやり方で不死王に悩まされたものだ。それ位は想定済みだ。
「ピヨ殿はたしか神聖魔法で守れるのであろう?町を守ってはいただけないだろうか?」
「ピヨヨ~」
仕方ないがそれをすると、ほとんど戦力として計算できなくなるのだが。
するとトルテがパタパタと飛んで戻ってくる。
「きゅうきゅう【問題ないのよね】」
「ピヨヨ~?」
ヒヨコはコテンと首を傾げる。
「きゅうきゅうきゅうきゅう【智子の仇はアタシが取ってやるのよね。魔物の集団なら私と兄ちゃんが片付けるのよね。残りの取り残しと人間を公爵の軍が倒せば良いのよね】」
とトルテが口にする。
『だからピヨちゃんは智子や他の人間、墓地の死体がゾンビにならないように聖魔法で保護してほしいのだ』
グラキエス君もうんうんと頷くので、ヒヨコは手羽で敬礼をして同意する。
「ピヨッ!【あいあいさー】」
グラキエス君達が出るならヒヨコが出るまでも無いだろう。ただ奴らの奥の手と思しきものが動いたら分からないが…。
「ピヨピヨ【グラキエス君とトルテに任せるぞ?】」
「えー、何で?散々、仕方ないなぁ、みたいな感じで僕を扱ってきたのに、トルテちゃんやグラキエス君は良いの?贔屓だ!」
「ピヨヨ~【フェルナント君は立場もあれば力も弱い。対してグラキエス君やトルテは立場をちゃんと理解してるし強いからな。フェルナント君もあと5年もすればわかると思うぞ】」
「むー」
すると公爵がフェルナント君に尋ねる。
「申し訳ないのですが、フェルナント殿下のお力もお借りいたしたい」
「ホント?僕で良いの?」
「もはや町の危機とあれば遊んでいる訳にもいかないでしょう。一人で避難するより、皆と共に戦う方が生き残れる可能性は高いかと。何より殿下の力は聞いております。これは正式にニクス竜王国の公爵から、ローゼンハイム公爵に依頼する形になりましょう」
「うん、わかった。バッタンバッタン倒してやるもん。今度は誰一人殺させたりはしないんだから」
「ですが、殿下。絶対に身の安全を確保して下さい。危なくなったら引いてください。良いですね?」
「うん!任せてよ!」
『まあ、僕とトニトルテの討ち漏らしを倒して欲しいだけなのだ』
「きゅ~きゅ~【果たして打ち漏らすかは疑問なのよね】」
2羽のドラゴンは人のいない場所に降り立つと体を成竜サイズに大きくする。
ズズズズズズと大きくなっていき5メートルほどの体躯になる。
でかいと思っていたが、最近マナガルムゾンビを見たせいで小さく見えてしまう。老竜になるとマナガルム並みに大きくなるのだが……。
元々鱗が金属よりも固いのでブレスの効く相手には一方的な蹂躙になるのがドラゴンとの戦闘である。
公爵は振り返り騎士の一人に声をかける。
「怪我をしている者、弱っている者、死んでいる者は全て墓地の近くに集めよ。ピヨ殿に結界を張ってもらう」
「は、墓の近くはあまりよろしくないのでは?」
「墓を掘り返して死体を病院の近くに運ぶか?そんな時間は無い!生きているものが歩いていくしかないのだ。ゾンビになってこの都市を襲わせるわけにはいかんのだ!」
「……承知いたしました。そのように通達して民を集めましょう」
すると軍の人間が報告に来る。
「敵軍はあと3時間程で到着と推測されています。あと中央軍ですが…」
「中央軍に急がせろ。出発日時と行軍速度を考慮するに先遣の千、第一陣の1万の軍勢がこちらに来ているそうですが、後方からやって来る予定の第二陣がまだナヨリに駐留して出て行かないとの事です」
「何だと!?どういうことだ。直によこす予定だっただろう!」
「分かりません。それによりかなり大公閣下がお怒りになっていたらしく……」
「まさか他の貴族たちは我が領地を潰すつもりか!?」
オーウェンズ公爵は顔を青くする。
「ぎゅうぎゅう【気にすることは無いのよね。アタシ達が魔物を露払いするのよね】」
『恐らくだけど、敵の人間の軍は居るだけだと思うのだ。ゾンビで落としてから包囲して叩くから本格的に籠城する事になった後か、こちらがゾンビを倒した場合はこちらが疲弊している朝から攻撃を仕掛けてくると思うのだ。だから僕らの討ち漏らしを倒せる戦力だけ残して後は休んでいて欲しいのだ』
「ぎゅうぎゅう【ゾンビアタックなのよね】」
「ピヨヨ~【ゾンビアタックというと別の意味になってしまうぞ?】」
「ぎゅ~?ぎゅうぎゅう【よくわからないのよね。そんな事より、早くヒヨコは智子を運んで結界を張るのよね】」
「ピヨピヨ【そうなのだった。結界を張った後は魔力が減るから戦力減だが、後方で撃ち漏らしを倒すくらいはできるぞ?】」
「ぎゅ~ぎゅ~【ドラゴンより前に出ようとするヒヨコもついに後塵に拝するのよね。ピヨドラバスターズもついにドラピヨバスターズになるのよね】」
「ピヨ!?【ついに下克上が!?だが、語呂が悪いと思うぞ】」
「ぎゅ~【下剋上も何も最初からドラゴンが上なのよね】」
「ピヨピヨ【そんなのは民主主義に反するのだ】」
「ぎゅうぎゅう【アタシと兄ちゃんの2票がドラピヨにするのよね】」
『別に僕はどっちでも良いのだ。ドラピヨはゴロが良くないからピヨドラでいいと思うのだ』
「ぎゅぎゅぎゅぎゅ~」
「ピヨピヨ~」
まさか兄に背後から刺されるとは思ってもおらず頭を抱えて項垂れる。泣き言が微妙に音楽(ベートーベン作『運命』)になっていたのでヒヨコはそれに続くのだった。
「ピヨピヨ【とはいえ、運ぶのは大変そうだ。ヒヨコの結界を町全土に広げよう】」
「そんなことが出来るのですか!?」
ぎょっとしたようにこちらを見るのは公爵と打ち合わせをする騎士さんだった。
「そ、それは…助かるが…」
大丈夫だろうかとこちらを見るオーウェンズ公爵であったが、ヒヨコは頷く。
「ピヨピヨ【魔力が尽きるからトルテ達と魔物を蹴散らすことが出来なくなる程度に弱るのは悲しいが、こうすれば漏れなく守れるだろう。非戦闘員の人命優先だ】」
「助かる。では騎士達は籠城することになった場合の避難準備を」
「はっ!」
敬礼をして去る騎士さんはヒヨコに感謝するように礼をして去っていく。
ヒヨコは三つ編みお姉さんを背負って町の方へと向かう。剣術お姉さんはそれについていく。
「……人間って忘れるものよね」
「ピヨヨ?」
「あんなひどい目に遭ってきたのに、こっちで不安もなく普通に暮らしていたからどこか大丈夫だって思ってたんだと思う。私も、智子も。取り返しがつかないわ。私が何としてでも駄目だと止めるべきだったのに……。守ってやるなんて簡単な事を言って……守る力なんてないじゃない」
「ピヨヨ~【そっちの世界は知らんが、こっちでは15を越えれば一人前だ。剣術お姉さんが背負う必要はないと思うぞ?】」
「厳しい世界よね………」
「ピヨピヨ【だから、……9歳児のフェルナント君にはあまり関わって欲しくなかったんだが…………本来なら親に守られているし、義務教育を受ける年齢なのだ……】」
帝国の義務教育期間は3年から10年に移行し、更には大学校という研究機関が作られている。
今までの帝国は義務教育期間が3年だったのは、あくまでも辺境の田舎では農業が基本で家を継げない子供が都に出る前に最低限の読み書き計算を必要としたからである。
元々、帝都では義務教育とは関係なしに子供は10年ほどの勉学にいそしむのが通例だった。帝国内は農業や狩人なども多く学を必要としなかった為、最低限として3年の義務教育を課していたが、首都でもある帝都では町の中での仕事が多く、膨大な勉強が必要だったからだ。その為、帝都内だけで言えば、今までの教育が義務になっただけと言えるだろう。
辺境では施工に移るために各所で自治体に学校を作らせていた。
フェルナント君がこっちに引っ越したのが約3年前でちょうど義務教育施工され学校が始まった年だった。だが、既に義務教育終了課程を満点で終える程の学力を見せていた事でこちらの高等学校に留学という流れになったのだ。
頭がよく武力に優れる天才少年であっても、まだ義務教育を始めたばかりの6歳の子供が、帝位継承権問題を収めるために親元を離れ遠い大陸に渡るのがどれほど辛いか、想像に難い。
ヒヨコはフェルナント君やモニちゃんに出来る事なんて少ない。夜とかにホームシックに掛かったら、抱き枕になってあげる事くらいだ。
「智子に褒められたり感謝されると喜んでたよね、フェルナント君」
「ピヨピヨ【思えば褒められ慣れてないのだろう。両親は褒めてあげたいのだが、帝国のお家騒動があるから凄い事をしても公で褒めてやる事が出来なかったそうだ。感謝するような事をあまりさせてあげられなかったからな。もう少し次期皇帝のカール君が自信を持って貴族達を従わせていれば問題はないのだがな】」
「そうなんだ。なんだか可哀そうね」
「ピヨヨ~【6歳で他国に行く羽目になったのだ。フェルナント君もモニちゃんも誕生日を家族のいない船の上で過ごしていたのだぞ?寂しかったろうに。だが、全ては帝国の為にだ。ヒヨコはあの子たちのお守りに関してはマジだぞ?】」
「………」
「ピヨピヨ【だから、今回の戦いも結界を張ったらヒヨコは外に出てフェルナント君の隣で戦うつもりだ。魔力は少なくても普通に戦う分には足手まといにはならんからな】」
「何か迷惑かけたわね…」
「ピヨヨ~【迷惑覚悟で引き受けたが、ヒヨコの手に余ったようだ。リトレに行くなんてヒヨコがしなければ良かったのだが………。とはいえ、ヒヨコが来なければリトレは陥落していた可能性があるからな。実際、そうなってもおかしくない状況だ。そうするとフェルナント君も帰るのが大変だ。東の港は学期末になる夏には開いているが、あまり大きくないし東側は光十字教圏が大きいから危険だ。西からだと白秋連邦で停泊出来るから……。上手くいかないなぁ】」
「………そうね」
剣術お姉さんは俯いてつぶやく。
ヒヨコ達が都市の城門をくぐると、城門付近の大広間には、大きな幕舎がたくさん建てられていて、その中には難民受け入れ用の幕舎が作られていた。
志望者は大きい布の上に仰向けに並べられ顔に白い布がかぶせられていた。
剣術お姉さんはヒヨコの背負われている三つ編みお姉さんを抱きかかえそっと布の上に置く。
「ヒヨコはいつから結界を張るの?」
「ピヨピヨ【魔力はできる限り抑えたいからゾンビミストがこっちに辿り着くちょっと前からだな。その前に戦争は始まると思うけども】」
「私も戦うわよ。ただ、それまでここにいさせて」
「ピヨヨ~」
ヒヨコは頷く。
冷たくなった三つ編みお姉さんの手を取り俯く剣術お姉さんであった。
すると城の外から轟音と黄金の光が輝く。
「な、なに、今の音?」
「ピヨピヨ【おそらくトルテだろう。9年前に帝国でバカンスに行っていた時、トルテと二人で万を超える魔物をブレスで蹴散らしまくって、レベルが20とか30とか上がったからなぁ。あの頃のヒヨコもトルテもまだまだ弱かった。成竜化した今のトルテが本気を出して勝てる人間はそうそういないだろう】
「えええ…」
やっぱりこの異世界人はヒヨコ達をそんなに強くないとか思っていたのだろうか?
解せぬ。
仮にもトルテはドラゴンなのだが。