2章16話 勇斗の空回る正義
小さい頃から勇者になりたかった。
魔王なんていない事は分かったけど、それでも困っている皆を助けるような人間になりたかった。
戦隊ヒーローが大好きで、勧善懲悪の物語が大好きだった。悪者なんて出て来ないと分かっていても正義の味方に憧れていた。
幼稚園に入る前頃、近所の女の子が虐められているのを見て、僕は彼女を虐める年上の男の子達と喧嘩をして勝利した。すごく感謝され、僕は勇者のように困っている人を助けられる人間になれたのだった。
悪の組織はなくてもこの世界には悪い人がたくさんいる。理不尽な思いをしている人がたくさんいる都知って、僕だって正義のヒーローになっていいんだって思った。
それから10年が過ぎ、多くの学校の友人からちやほやされるようになった。皆が僕は正しいと言ってくれた。
しかし、中学に上がると問題は複雑化してきた。
隣のクラスの女子が泣いていて、如何したのかと聞けば虐められているという話だった。
イジメなんて許せないと僕は虐めている女子を咎めた。一人の女の子を寄って集って責めるのは悪い事だと思った。
だが、そこで咎められた女子は虐められていた女子が悪いのだと言い出した。
自分の彼氏を奪ったのだという。それに対して女子の多くが彼氏を奪ったという女子に嫌悪して自然とイジメが成立したらしいのだ。
混沌とした中で首を突っ込んできたのは中学に入ってから智子の親友である岬さんの幼馴染、沖田駿介だった。
「男を奪ったその女が悪いんだ。皆で虐めよう。SNSで晒して自殺するまで追い詰めよう!正義のためだ。何をやっても許されるだろ」
駿介はいきなり扇動し始めたのだ。寝取った女がわるい。悪い奴に人権はない。徹底的にやるべきだと。
恐ろしい事に周りの女子の中には駿介に同意する人間も出てくる。
「いくら、正義がそっちにあったとしても、イジメという悪で返す事自体が間違ってる!悪い事をして返すことは間違っているんだ!」
僕はそれを諫めようとするが駿介は口が良く回るので虐められていた女の子をもっと徹底的に虐めよう煽るのだった。SNSで晒せばもっと面白い事が起こるとも言いだした。
でも、余りに極端に人生を地獄に叩きつけるような言い分に、駿介に同意していた女子も思い切り引いていた。
さすがにそこまでする必要はないのでは、という声が大きくなった所でそれを諫めたのは岬さんだった。
鉄拳制裁だった。
最後は駿介が岬さんと虐められていた女子に土下座して謝り、ぎすぎすしていた女子の間が少しだけ一つになった。頭の悪い奴がヤバいことする前で良かったと。
彼氏を奪われた女子と虐められていた女子も互いの非を認めて仲直りとは言わないまでも手打ちとなった。
駿介の株が落ちて、僕の株が上がり、岬さんの株はさらに上がった。
駿介が女子に嫌われる羽目にはなったが、岬さんがいつも一緒にいるのでさほど駿介の状況には変わらなかった。
でも、この問題でイジメというものが無くなったというのが大きい。
中学に入ってから、似たような事が多くなり、問題解決に走っていると大体いつも悪いのは駿介という状況になっていた。
さすがに何度も起これば僕も気づいてくる。
駿介は偽悪的でわざと人間の醜い部分を大きく見せているんだ。
それに因果をはっきりさせる事よって、どっちが被害者側でどっちが加害者側かは分からないが、原因を作った人を反省させ、結果として加害者も被害者も冷静にさせる。
イジメは弱者に対して行われるだけではないのだと学んだのだった。
でも高校に入ると状況が変わった。比較的、不良のいない穏やかだった中学だったけど、高校に入るとそういった人間も入ってくる。
僕の入った学校は近所の特進科のある学校で、特進科は県内で上から近隣で最も偏差値の高い名門であるが、普通科は平均くらいの高校だ。歪さは中学の非ではなかった。
そこでは本当の意味でのいじめを目撃することになる。
6月も中頃、髪を染めたりピアスをしていたりする連中が一人の生徒を虐めていた。しかもナイフを持って虐めている少年を脅しつけているのだ。
悪い事をしている。あれは明らかに悪だ。
僕はそれを止めようと前に出ると、その時一緒にいた駿介が僕を止めたのだ。何故かと聞けば虐めている側の男が半グレチームのリーダーらしい。
僕が首を突っ込むのは勝手だけどそれで智子や岬さんが半グレチームに何されるか分かってんのかと言われ、僕は何もできなくなった。駿介はクラスメイトだからちょっと止めに行くと言って、僕を追い返すのだった。
あとで話を聞けば、どうやら半グレのリーダーどころか、お兄さんが広域指定暴力団の組員だったらしく、かなりヤバい人らしい。
僕は追い返されたが心配立たので遠めに見ていたけど、駿介は不良を相手に鉄拳制裁を行った。普段、岬さんに酷くボコられていたような情けない男だった筈だが、ナイフを使う相手を子ども扱いしていた。よく考えれば剣道で日本一になっているのだ。素人のナイフなんて造作もなくかわせるのだろう。度胸さえあればの話だけど。
僕はこの日、初めて駿介に嫉妬した。
うっすら気付いていた。気付かないようにしていたように思う。彼は正しい事と正しくない事を見極めて、自分が不利益を被っても解決していたのだと。
だが、その翌日、駿介の家はボロボロにされていた。パトカーが家の前に止まっており、ガラスというガラスが破られていたらしい。岬さんがそんな事を言っていた。
その日、駿介は警察から事情聴取を受けて休んでいた。さらには不良たちをボコボコにしたとの訴えが入り、停学になったらしい。
1週間の停学から戻った駿介は包帯を巻いた状態で登校し、更にはイジメの対象となっていたらしい。
不良たちはクラス全員に駿介を無視するように脅していたようで、特進科の僕らの方にも噂が流れていた。教師の前でも駿介を相手に恐喝していたようだが、クラスの用事で職員室に行ったとき、教師たちはまるで見て見ぬふりをするようにしていた。
誰一人として駿介を助けようとする人間はいなかった。
孤立を極めていたのだろう。僕や智子、岬さんは特進科で駿介は普通科だったので中々会う事もなかった。駿介はしばらくして学校をサボりだし、学校の外で岬さんが駿介に問いただしていたようだ。
駿介はかたくなに首を突っ込むなと岬さんに言っていたらしい。そして6月半ば頃に駿介は学校に来なくなった。家に引きこもったのだった。
岬さんは事態を軽く受け止めていたのか学校に行くよう何度も通っていたようだけど、事情を察している僕はさすがにまずいと感じていた。学校を替えた方が良いのではないかと思っていた。これはもうイジメの域を超えていたからだ。
でもそんな懸念はさらに吹き飛ぶ事件が起こった。
夏休み前に、駿介は死んだ。何の前触れもなく突然に。
終業式の日の朝に駿介は何を思ったのか家の外に出ていたらしい。
暴走するトラックに轢かれたそうだ。
現場には大量の血痕が道路に残されていた。トラックはスピードを出し過ぎて、橋のある方へ曲がろうとしていたが曲がり切れず欄干に突っ込んだらしい。橋の欄干が壊れてトラックの前輪が橋を越えていたからだ。
早朝にランニングや犬の散歩に出ていた人が目撃者となっていたそうだが、その目撃者が言うには小学生くらいの少女を助けようとしたらしく、少女を突き飛ばしてトラックから庇ったらしい。しかし、その少女は未だ見つかっていない。
海に落ちたという駿介であったが、2週間以上ダイバーが潜って探したが見つからなかった。状況を考えて死亡したと処理されることになったのだった。
僕はどこかでホッとしていた。友人が死んだというのに何故という思いもあるが、どこかで思っていたのだ。あの駿介でさえどうにもできなかったのだから仕方ないという言い訳が出来たからだ。
駿介は言っていた。いつか異世界トラックに轢かれて異世界に行って、美少女ハーレムを作るんだ、と。
そういう非現実的なものは異世界にしかないと分かっていたのかもしれない。
僕の正義の味方になりたいという夢も、多分異世界にしかないのだろう。そう思ったのだった。
それから1年半、2年の冬に修学旅行で北海道に行く事になった。北海道と沖縄のどちらかという話が出てきていて冬に決まったから北海道だったらしい。
その北海道に行く途中に事件が起こった。
僕らの乗っていた飛行機の皆が異世界に飛ぶとは思いもしなかった。
異世界にはきれいなお姫様がいて、自分は勇者に選ばれたという。そして魔王を倒して欲しいというのだ。昔、駿介が言っていたが、テンプレ展開なのだそうだ。
とはいえ、話を聞かなければはっきりとは分からない。前に失敗したことだ。相手が嘘を言うかもしれない。
この大陸には5体の魔王がいるという。光の精霊は僕らを元に戻す力があるらしいが、5体の魔王がいる事で世界に結界を張っているため、地球へ戻せないらしい。
魔王はこの世界に迷惑をかけている存在で倒して欲しいというのだ。そうすれば皆も元に戻れるという。皆の為に魔王を倒すという明確な目標が設定された。
実際に、北海王国は貧しい国だった。労働力を北にあるニクス竜王国に奪われたらしい。時には北部の村ごとなくなることもあるとか。この国は光十字教を国教としており、そういったことをするのはニクス竜王国以外にはあり得ない事だった。
どんなに抗議をしても国民が帰ってくる事はない。ニクス竜王国は亡命する民を受け入れ、国民票を発行すれば国民として扱う事になっていたらしい。奴隷である亜人や獣人らの亡命先になっていたからだとか。
そういう事もあるために、市井の噂では帰ってこないのは竜王の食事にされているのではないかという話でもあった。
約400年前、セントランドに君臨した黄金のドラゴンが人間を食らい尽くし3つの国を滅ぼしたという事実があるため、ドラゴンは恐れられていた。この世界でドラゴンが悪の象徴だというのは間違いないようだった。
元々、ニクス竜王国は小さい国だったらしい。ドラゴン達の布教により竜神教というものが作られ次々と北の国が味方に付いた。獣人や亜人などが多いらしい。
彼らはかなり狂暴らしく、山賊などの犯罪の大半が獣人だという。
そして北の圧力は大きく、どうしても国は困窮する。困っているマリエル達を見て僕もどうにかしてあげたいと思ったのだ。
そして戦争へと突入した。光十字教は精霊信仰からの迫害や侵攻を許さないとし、ニクス竜王国への侵攻を始めるよう北海王国に指示を出した。
当然の事だった。
正義のための戦争だ。そう、正義の為だ。
敵兵もまた襲ってくる。獣人が最前線に出て襲ってきて幾人も返り討ちにしていた。敵も生半可ではなかった。
それでも、時間を掛ければかけるほど情勢は良くなっていく。光十字教国からやって来た四聖の1人モンタニエ卿は闇術士なのだそうだ。
しかも超一流の使い手で、殺した相手をアンデッドとして味方にする魔法があるらしい。
光十字教において彼は不敗の闇術師と謳われているらしいが、マリエルに聞いたところ、死んだ味方もゾンビになって戦う為、余り気持ちのいいものではないらしく嫌われているらしい。
但し、必勝の為にはこれも受け入れざるを得ないという事だった。
実際に戦場で次々とゾンビ化していく仲間だった兵士もゾンビとなってしまう。気持ち悪いので嫌われているのも仕方ないと思った。
「勇者殿、よろしく頼むぜ」
「あんたがいればこの戦争に勝って終われそうだしな」
「見たぜ、獣人族共を叩き切るの。どれだけオレたちが奴らに苦しめられたか」
「頼りにしてるぜ」
僕に声をかけてくる友軍の兵士達。彼らは北海王国の傭兵らしい。
「僕こそよろしくね。初めて戦場に出るから色々と教えてくれるとありがたいよ」
「任せておけって」
傭兵たちは楽し気に声をかけてくれる。
彼らは市井の冒険者らしく、戦争時には傭兵に転じるらしい。
ベテランの人に話を聞くと、やはり仲間を何人も殺されているらしい。現在、ニクス竜王国では貴族間での勢力争いが大きいようで、今、敵国の軍事拠点の一つオーウェンズ公爵領は戦力が少ないからチャンスらしい。
今まで、攻めてもここまで進軍できたことは無かったのがその証左なのだとか。
智子や岬さんがニクス竜王国に流れていたのは驚いた。ニクス竜王国では平和に過ごしているという。だけど、北海王国はニクス竜王国に踏みつけられている。平和で反映しているというが、それは北海王国の犠牲があっての事だ。
彼女たちはそれを理解していないのだろう。加害者側になっている自覚が全くないのだ。僕はこの戦争に勝利し、彼女たちを保護しようと心に決める。
「勇斗様」
これからサクスムの市街へ赴こうとしているとマリエルが走ってやって来る。
「マリエル、どうしたの?」
「ジャンヌと別行動になるとお聞きしましたが、大丈夫ですか?」
「うん。ジャンヌにはジャンヌの仕事があるからね。僕もいつまでもジャンヌに頼ってはいられないから。彼女は騎士たちを連れて北側正門へ回り込むらしい。僕は南側で敵を討つことになるからね」
あくまでも戦場にて経験を積む事が目的となっているからだ。本当はジャンヌと一緒に奥へ行きたかったが、それは認められなかった。
でも、敵を倒していけば自然と奥に辿り着くだろう。
「それはそうですが……心配なのです。勇斗様は我が国の希望なのですから」
「大丈夫だよ。僕は勇者なんでしょう?」
僕は出来るだけ安心できるようにニコリと笑ってマリエルの頭を撫でる。
「どうかご武運を」
マリエルは安心したのかまだ不安なのか顔を紅潮させて僕を見送るのだった。
僕は戦場へと向かう。
凄惨な状態でこれが戦場なのかと理解させられる。幸運なことに勝敗はすでに決していた。城塞都市の城門を破壊し、僕達北海王国軍が雪崩れ込んでいるからだ。
それでも必死に反抗を続けるニクス竜王国軍や都市の市民たちは次々と殺されていく。兵士も少なく、どうやら既に北へと難民になっている人間が多いようだ。
「死ねーっ!」
街の背後から獣人の子供が襲い掛かって来る。
「え!?」
突然物陰から襲われて驚くが、
「おらっ」
それを傭兵の仲間がロングソードで迎撃し、獣人の子供は血を流して地面に倒れる。
「勇者さんよ。油断大敵だぜ。敵国民は全て敵だと思った方が良い。こいつらは全員がニクス竜王国に洗脳されているようなもんだからな」
「洗脳?」
「北海王国で暮らすくらいなら死んだほうがましっていうような考えの連中だ。それに獣人は卑怯なのは皆が知っている。敵に子供も民間人も関係ない。」
「……確かにね」
獣人たちの奇襲を思い出し寒気を感じる。もしもマリエルやジャンヌに何かあったと思うと不安になる。
あの卑怯者たちも上手く智子や岬さんをだましていたのだろう。やはりニクス竜王国は信用できない。今度は僕が彼女たちを守るんだ。
そういう風に僕は思うのだった。
逃げ惑う市民を斬り、抵抗する民兵を斬る。自分でもこれが戦争なのだと実感する。やはりこの世界において光の精霊に与えられた加護は絶大だ。ドラゴンが現れても負ける気なんてしなかった。
僕たちはそのまま北上し制圧していく。
「おい、来てみろよ。良い女を見つけたぜ」
宿屋だった家に押し込んだ傭兵の仲間たちは中から嬉しそうな声が聞こえてくる。
「いやっ!やめてください!」
そんな声が聞こえると走って一人の女の子が逃げてくる。僕は剣を抜いて構えると女の子が走って現れ、僕に驚いて地面に倒れ込む。
「ナイス、勇者殿」
「危うく逃げられるところだったぜ」
「どうせもうこの戦場に逃げ場なんてないのにな」
奥から追いかけてくる傭兵仲間達。
傭兵仲間たちの1人が女の子の両手を抑え、もう一人は女の子の服をまさぐる。
「いやっ!誰か、誰か助けて!」
女の子は必死に逃げようと足をバタつかせると、傭兵仲間はナイフを彼女の足に突き立てる。
「じたばたするんじゃねえ!」
「いやあああああああああああっ!」
女の子は痛みに悲鳴を上げる。足の動きが止まると傭兵仲間たちはさらに作業でもするかのように女の子を脱がせていく。
「ガキの割には良い乳してやがる」
「おい、お前ばっかり楽しんでんじゃねえよ!」
「逃げられるのを防いでくれたからな。勇者殿、先にやりますかい?」
傭兵仲間の一人は僕に進めてくる。何を進めてきているのかは分かっている。
目の前で傭兵仲間に抑え込まれている女の子は、既に上半身の服をはぎ取られて、スカートは乱れていた。
「ぼ、僕はそういうのは…」
仲間意識はあってもそういう蛮行にはあまり関わりたくはない。
「さすが勇者殿は高潔でいらっしゃる」
「後で姫様としっぽりやるからじゃないのか?」
「それはそれで羨ましい。俺たち平民はこういうおこぼれをもらうという訳だな」
げらげら笑いながら傭兵たちは敵国の女の子を凌辱しようとしていた。
「僕は近くを見て来るよ。敵が潜んでいるかもしれないしね」
僕は自分の耳をふさいで逃げるようにその場から離れる。戦場はこういうものだと分かってはいた。だが気持ちの良いものじゃない。
僕は正義の味方なんだ。だから悪いニクス竜王国を倒すのは良い事なんだ。正義のためだ。何をやっても許され……
そう自分に言い聞かせようとしていた。自分で自分に言い聞かせようとして、そこで止まる。そのセリフはまるで偽悪的にふるまっていた駿介の言葉と同じだった。
男を奪ったその女が悪いんだ。皆で虐めよう。SNSで晒して自殺するまで追い詰めよう!正義のためだ。何をやっても許されるだろ
ふと僕の中に駿介の言葉は過る。
違う。違う違う違う。これは状況が違うんだ。悪いのは竜王国で……いや、でも…………。
すると物凄い勢いで敵国の騎馬部隊がやって来る。
「北海王国軍だ!」
「駆逐しろ!」
「何としてでも一人でも多くの民を逃がすんだ!」
「おおおおおおおっ!」
5人ほどの騎士が馬に乗って殺到する。
「くっ!」
僕は考えがまとまらない中、敵襲に遭い首を横に振る。
まずは敵を倒してからだ!
僕は剣を薙ぎ敵の騎馬隊を殲滅しようとする。
馬たちを斬り殺すが、騎馬隊の男たちの多くが地面に倒れる。それでもその攻撃を避けた中年男性は僕を避けて傭兵仲間達へと向かっていく。
「貴様らはどこまでも腐っているんだ!死ね!」
「やばっ」
今にも女の子を犯そうとしていた仲間の首が飛ぶ。
「このおっさん強えーぞ」
「よくもジルを!許さねえぞ!」
「許さないのはこっちだ!人を奴隷のように働かせ、逃げて平和を享受してもどこまでも追ってくる貴様らのような国が存在するから俺達民が泣くんだ!国の犬が囀るな!」
敵国の騎士は叫びながら傭兵仲間を殺す。目の前の騎士は圧倒的に強いと感じる。体が震えるが、このままだと任された傭兵達が全員殺されてしまう。
「や、やめろ!やめろーっ!」
僕はとにかく敵を倒さねばならないと感じて奮い立つ。
敵の騎士に打ち込もうとすると、敵の騎士は生き残っている最後の傭兵の首根っこを掴んで僕の方へと放る。
「ジョスさん」
僕は慌てて傭兵の仲間を受け止めようとする。
だが、敵兵は卑怯なことに、傭兵仲間を受け止める隙をついて両方を殺しに剣を握って突っ込んでくる。
僕は慌てて下がると、敵国の騎士は傭兵仲間を叩き切る。
さらに僕へと突っ込んでくる。
「死ね!この鬼畜外道が!」
「だ、黙れ!よくも仲間を!」
僕は剣を振り敵国の騎士に斬撃を飛ばす。
「くっ」
激しい音が響くが敵国の騎士は左腕についているバックラーで受けてこれをこらえる。
この人、強い……。
「うおおおおおおおおっ」
敵国の騎士は走って僕へと斬り込んでくる。
僕は慌てて攻撃を回避しつつ、攻撃を仕掛ける。ぶつかり合うのは体格的に厳しそうなので遠距離攻撃になる飛ぶ斬撃で対処する。
連続で飛ぶ斬撃を受けるのは出来ないようで敵騎士は押される。斬撃が背後の女の子に当たらないよう必死に守っているようにも見える。
これじゃあ、まるで僕が弱い者虐めをしているみたいじゃないか。
僕は間違っていない筈だ。マリエル達が困っているのは事実だ。彼女たちを助けたい、守りたいと思ったんだ。その先に僕らの地球への帰還があるのなら、やらなければならない事だ。
その為にはニクス竜王国を、いや、ニクスを倒さないといけないんだ。
「邪魔を……邪魔をするなーっ!」
僕は騎士の男に剣を振るう。
飛ぶ斬撃に対処できなくなった敵国の騎士はバックラーで受け止めきれず遂には腕を切り落とされる。いや、僕の斬撃が鋭くなっているのだ。
「ぐうぅっ」
騎士は腕を飛ばされて呻きながら地面に倒れそうになる。それでも背後の女の子を守ろうと必死に立って、僕をにらんでいた。
僕は北海王国の勇者で皆の希望なんだ。ここで負けるわけにはいかない。
「ダメーッ!」
すると背後から大きい声が響き、こちらへと走ってやって来る姿が見える。
「!?……智子?」
何でここに?
「やめて!駄目だよ、そんな事!」
智子は僕の腕を取ってこの戦いを止めようとする。
「智子、黙ってろ!僕はこの敵を倒さないといけないんだ!味方を殺されて黙っていられるか!」
仲間を殺されて僕は頭に血が上っていた。今まで一度も僕の行動を咎める事のしなかった智子が何で今になって。黙って見ていれば良いのに。
僕は煩わしく感じて智子を振りほどき敵の騎士にとどめを刺しに走る。
右手だけになっている騎士はそれでも背後の女の子をかばうような姿勢を取り、剣を握ってこちらを見ていた。
「駄目!駄目だよ!こんなのは…」
「黙っていろ!もう終わる!」
僕は敵を見ながら剣を持った右手で智子を振り切り、敵の騎士にとどめを刺す。鎧を切り裂き敵の騎士は大量の血を胸から噴き出して地面に倒れるのだった。
「勇者として正しい事をしなきゃならないんだ。智子もいい加減に目を覚まして竜王国なんて見切りを…………」
そう言って僕は智子の方を見ると智子は倒れていた。
敵の騎士よりも大量の血を流しており、ピクリとも動かない。僕はそこでハッと気付く。智子を振り切った時に自分は何をしたのか?
仲間を殺されて頭に血が上っていたせいか、智子を振り切った時に剣を持った右手で振り…そういえば剣の刃先が何かにぶつけた感触があった。
僕は一体、誰を切ったんだ?
「え、あれ?」
体が恐怖で震えだす。
違う。違う違う違う。こんなはずじゃない。
おかしいじゃないか。それに智子はいつだって僕の味方だったのに、敵を庇うなんて。そ、そうだ、きっと竜王国にいたせいで洗脳されて………仕方ない。仕方なかったんだ。
僕は智子や岬さん達を地球に戻すために竜王国を倒さなければならないんだ。そうだ。悪いのは竜王国で、魔王を倒すという正義の為なら何をしたって…………。
「いやああああああああああああっ!お父さん!お父さん、しっかりして!こんな、いやああああああああっ!」
仲間たちに犯されそうになっていた女の子は半狂乱になって叫びだす。目の前に倒れている騎士に泣きついていた。
お父さん?……じゃあ、この騎士は娘を守るために……?
いくら、正義がそっちにあったとしても、イジメという悪で返す事自体が間違ってる!悪い事をして返すことが間違っているだろ!
自分の言葉が自分に返ってくる。正義のために戦った僕が、強姦をする仲間を放置し、ただ娘を守りたかった父親を斬ったのだ。
僕はいったい何をしたかったんだ?自分のやった事に恐怖を感じ足をすくめていた。