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2章15話 ヒヨコ、スクランブル

 ヒヨコは馬車を引いて南へと向かう。

 剣術お姉さんの装備を一新してだ。死なれるのはこちらとしても非常に面倒だ。

 せめてこれが三つ編みお姉さんではなく剣術お姉さんだったら、まだましだった。

 一番戦力にならない三つ編みお姉さんが北海王国の勇者の説得に力を入れる辺りが問題なのだ。

 襲われたとき、ヒヨコ達に守られながらだが、剣術お姉さんは自分の身を守る程度の事はできていた。敵兵と比べても平均的な強さはあっただろう。男の中に混じってだ。聞けば魔法のない世界にいたというのに、これはかなり凄い事だ。

 初めての実戦で戦えていたのだ。度胸もある。師匠も剣術お姉さんの才能は認めていた。

 だが、三つ編みお姉さんは本当に普通の一般人だ。肝だけが据わっているといえば良いのだろうか?それは普通に死にやすいだけだ。


 ドラゴン達はリトレでお留守番である。人間と戦えない以上、敵軍が襲ってくるのは非常に危険だからだ。もうすぐそこまで攻められている以上、悠長な事は言っていられない。


 ヒヨコが全力で走れば、あっと言う間にリトレの南にある城塞都市サクスムが見えてくる。

 唸るような人の声がたくさん聞こえてくる。金属と金属がぶつかるような音もだ。既に戦争は始まっていた。


「城門が破壊されてるよ。もう北海王国の攻勢に町が持たなかったんだ」

「…」

 城門の前には竜王国の騎士隊と思しき死体が転がっているが、その死体は何故か北海王国軍が回収をしていた。

 いや、北海王国軍は全ての死体を回収しているように見える。大きい荷車の上にごみ回収のように死体を乗せて運んでいた。


「酷い……」

 三つ編みお姉さんがポツンとつぶやく。

「あの暴力がこっちにも向くのよ。今更でしょ」

 剣術お姉さんは厳しく口にする。三つ編みお姉さんは苦しそうに目を伏せて小さくうなずく。

「ピヨ?【ヒヨコはタカギ君とやらの居場所は大体魔力で分かるが他の面々は分からないだろう?】」

「いや、僕も捕らえたよ戦場の真っただ中で……あ、タカギ君の目の前にある魔力が消えた」

 サクスムの城塞が見えたあたりでフェルナント君も把握する。

 フェルナント君は魔力感知スキルこそ低いが記憶力があるので覚えているのだろう。

 但し、魔力感知がカンストしているので魔力だけで種族、性別、資質などが分かる。ヒヨコは人間ほど目が良くないが魔力感知があるので魔力の形で人の形を覚えられる。

 タカギ君は光の精霊の恩恵を持ち魔力も高いので非常に特徴的だから覚えやすかったりする。

 INTはヒヨコの方がフェルナント君より上なのだが、何故こういう違いがあるのだろうか?謎である。実際、知識量はヒヨコの方が上だから間違いはないだろう。

 だが、ポテンシャルが違うといえば良いのか?どういう風に決まっているのかよく分からん。


「ピヨヨ【そろそろ馬車から降りよう】」

「これからどうするの?」

 ヒヨコが馬車を曳くのを止めると三つ編みお姉さんは不安そうに尋ねる。

「ピヨピヨ【ヒヨコが2人を背中に乗せて全力で走り、人の少ない城壁の上に昇る。出来るだけ戦いは避けられるだろう】」

「高い場所から町の形とタカギ君の位置を把握すれば会いに行けるんじゃない?」

 フェルナント君はそう言って剣を腰に巻く。剣術お姉さんも軽装な皮の鎧を着こみ腰に剣を付ける。馬車の外に出て剣を振っていた。

「ピヨピヨ【いや、ちょっとおかしいぞ?】」

「おかしい?」

「ピヨピヨ【人間の形をした人間じゃないのが町の住民を襲ってる。なんだかあの町は凄くおかしい。魔力が消えたと思ったら変な薄い魔力が入ってそれが動き出している】」

「?」

「ピヨヨッ!【思い出した!ルーク時代に不死王ノスフェラトゥが使っていた闇魔法だ。ゾンビやスケルトンを作り出す魔法で、味方だと思っていた人や宿屋の主人とかがいつの間にか殺されてゾンビになっていて、不意を突くように襲ってきたりして大変だったんだ】」

「「ぞ、ぞんび」」

 異世界お姉さんズは顔を思い切り引きつらせる。

「ピヨヨ~【敵にはそういった魔法使いがいるみたいだ。しかもかなり大規模だぞ?町を覆っている薄暗い霧はそれか】」

「そ、それってどういう事?」

 剣術お姉さんは理解が追い付かず首を傾げる。

「ピヨ【町の中で死んだらゾンビになって北海王国兵になるという代物だ。闇魔法LV5<不死領域(ゾンビフィールド)>だろう】」

「人道的にどうなの!?光十字教会ってそれありなの!?」

 剣術お姉さんは目を丸くして唸る。

「ありなんじゃない?光十字教って確か光があれば影がある。影もまた光によって生み出されたもの、みたいな教えがあった筈だから。まあ、だから光十字教は光の精霊こそが一番偉いみたいな流れになってるんだけど。あの手の呪術は闇魔法の分類で闇魔法は光魔法の亜種みたいな捕らえ方をしていたよ」

「何気にフェルナント君が北海王国の事情を北海王国以上に知ってるよね。光十字教の事も詳しいし」

 と三つ編みお姉さんが感心した様子で口にし剣術お姉さんもその言葉にうなずく。


 フェルナント君が割とこっちの知識が豊富なのは竜王国の学校に通っているおかげだろう。学生寮から中央図書館によく行っていたそうだ。

「ピヨピヨ【その理屈なら、ヒヨコの炎は光を生み出すから炎こそが最強となるのだが】」

「つまりうちのピヨちゃんこそが至高」

「ピヨピヨッピヨ~」

 フェルナント君がヒヨコを掲げてヒヨコはご満悦であった。

「いや、あの、さっさと行かないの?」

「ピヨヨ~【まず敵軍の包囲網を突き破るのでお姉さん達はヒヨコの上に乗って欲しい。そこから敵の攻撃をかいくぐりジャンプして城壁へと飛ぶ】」

「えー、僕そんなにジャンプできないよ?ついていけないよ?」

「ピヨピヨ【風魔法に乗るだけで実際にはジャンプしないぞ?ヒヨコにそんなジャンプ力を期待されても困る。跳躍スキルが手に入ってないから脚力と勢い身の軽さで飛ぶだけだが、背中に重荷を背負っているからな】」

「そういえばピヨちゃんも飛べないんだった」

「ピヨッ【魔法で飛べるから飛べるのだ。飛ばねぇヒヨコはただのヒヨコだ】」

「ヒヨコが飛ぶとはこれ如何に……」

 フェルナント君は首を傾げる。飛べないから幼鳥(ヒヨコ)なのではないかとか思っているのか?残念、ヒヨコは新種のヒヨコなので常識は通用しないのだ。

「金曜ロー●ショー『紅のヒヨコ』」

「ピヨちゃんはやっぱり地球生まれなんじゃ…」

 剣術お姉さんと三つ編みお姉さんはヒヨコをなんだか不思議なモノでも見るような目を向けていた。解せぬ。




***




 ヒヨコの背に乗る剣術お姉さんと三つ編みお姉さん。三つ編みお姉さんが前で剣術お姉さんが三つ編みお姉さんの後ろに乗ってヒヨコの肩を強くつかむ。


「ピ~ヨヨ~」

 ヒヨコは雄叫びを上げて駆ける。

 フェルナント君も一緒に併走する。


「なんだ、あれは?」

「ニクス竜王国軍か!?」

「構えろ!敵を中に入れるな!」

 するとヒヨコ達に気付いた北海王国軍がヒヨコ達に向かって構える。

「魔法部隊!撃て!」

 ヒヨコ達に向かって光の矢が空から降り注ぐ。

「ピヨピヨピヨヨー!【<火炎連弾(ラピッドファイア)吐息(ブレス)>!】」

 ヒヨコは<火炎弾吐息(バレットブレス)>を連射する。

 大量の光の矢をヒヨコは全て撃ち落とす。

「吹き飛べ!」

 フェルナント君は鋼の剣を振り、斬撃が飛ばす。殺しはご法度という言葉を守ったのか斬撃は前方の部隊の足元へと飛ばす。大きい砂煙が上がり目の前が見えなくなる。

「ピヨピヨーヨ【<空中浮遊(エアフロート)>!】」

「<空中浮遊(エアフロート)>!」

 ヒヨコとフェルナント君はほぼ同時に魔法を唱えて風の階段を上るように城壁の上へと走る。

 北海王国軍は目の前が見えなくなって周りを警戒していたのでヒヨコ達が空に飛んでいたことに気付かなかったようだ。

 そもそもこの大陸では魔法レベル5でトップクラスの熟練者なので、風魔法LV4<空中浮遊(エアフロート)>の魔法をポンポン使いこなせる人間はほとんどいない。

 空に逃げたとは思わないだろう。


 ヒヨコ達は城壁の上に辿り着く。城壁の上ではすでに戦いが終わった後か、多くの竜王国軍の人間達が死んでいた。明らかに数的不利に陥っているようだ。

 騎士隊にいた人達が戦場となっている町の中で必死に戦っているようだ。

 状況からして、敵軍が城壁を破って侵入、遅れて騎士隊が辿り着いたといった所だろうか?

 するとヒヨコ達に気付いたかのようにヒヨコ達の方へ指をさす男がいた。笛が吹かれる。

 ヒヨコ達は城壁から降りようとしているがそれを阻むように北海王国軍の兵士が集まってくる。

「邪魔だああああああああっ!」

 フェルナント君は剣を振り斬撃を北海王国軍の足元へと飛ばすと、大きい破壊音が響き渡り多くの敵を吹き飛ばす。

「あっち側よ!」

「う、うん」

 剣術お姉さんが指差して高城君らしきがいた場所の方向を示し、三つ編みお姉さんが頷く。

「お姉さん達、僕からあまり離れないでよ。危ないからね、流れ矢とか来るかもしれないから」

「う、うん」

「僕が守るんだ。僕が…」

 ギュッと拳を握り先導するように前へと進む。


 既にこちらの動きは敵として認識されているようで、敵方もこちらに対応していた。

「敵だ!竜王国からの侵入者が来てるぞ!」

 そんな声が響き、ヒヨコ達は複雑な表情をする。

「侵入者に侵入者って言われるの、すごい腹立たしいんだけど!?」

「ピヨヨッ!」

 フェルナント君の言葉にヒヨコも頷く。全くの話だった。


 すると強力な斬撃が町に立ち並ぶ家ごと切り裂いてこちらに飛んでくる。

「ピヨッ!」

 ヒヨコが<火炎弾吐息(バレットブレス)>で地面をたたき、爆風でその攻撃を吹き飛ばす。


「ほう、ニクス竜王国には変わった従魔がいるようだな」

「ピヨヨッ!?」

 誰が従魔か!?ヒヨコの主人はヒヨコ、ただ一人なのだが。敢えて保護者を挙げるならステちゃんだぞ?むしろこのメンバーの保護者なのだが。

 ヒヨコは侮られて腹が立つのだった。


 切り裂いた家の奥からスキンヘッドをした大男が現れる。2メートルくらいはありそうな背で、筋肉だるまとも呼ぶべき肉体を持った男だった。

「…ピヨヨ~」

 これほどの腕前を持つという事は七光剣か?


「我が名はローラン・ルクレール。七光剣の前を素通りできるとは思わない事だ」

「げ、七光剣?」

 フェルナント君は忌々しそうに顔を歪めて呻く。

 ヒヨコは何か格好いい感じの名前を自己紹介されたが、筋肉、スキンヘッド、むさいおっさんというパーツを組み合わせた結果名前と顔が一致しなかったのでとりあえず『筋肉ハゲ達磨』とでも呼ぼうと思う。キャラクターと名前の不一致が激しい。ハゲしいだけに。

 そう思ってヒヨコは身構えると通りの奥の方から女騎士さん達20人ほどの剣士たちが騎馬に乗って殺到する。

「ピヨピヨ【多勢に無勢、これは参ったぞ…】」

「僕がここにいる事に感謝感激雨霰を降らしても良いんだよ?」

 フェルナント君はヒヨコの口癖(?)を真似しつつ構える。フェルナント君は十分に強いが七光剣相手では全力で戦う事になるのでお姉さん達の防御がおろそかになるだろう。ヒヨコが七光剣を相手にしてさっさと蹴りを付けて多勢側と戦う方が早いだろうと考える。その間はフェルナント君が女騎士さん達と戦い、剣術お姉さんがフォローするというのが戦術的にはちょうど良いか……


 ヒヨコはそんな事を考えているとピピピーンとヒヨコに魔力感知が作動する。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 物凄い勢いで走って来るのは腐って骨が露出して見える巨大な狼、つまりマナガルムゾンビだった。体長20メートルはあろうかという巨体で大通りを走ってヒヨコ達の方へと走って来る。

「ピヨヨッ!?」

「マナガルムのゾンビ!?」

 フェルナント君も驚いたように呻く。

「ピヨッ!【ヒヨコが止める!】」

 拙い拙い拙い。人手不足ここに極まれりだ。

 マナガルムはこの大陸固有の魔物で、ドラゴンや幻獣種に次ぐとも言われる存在だ。こんなのに近くで暴れられたら余波だけでお姉さん達が危険だ。ゾンビだから咆哮の類は使わないと思うが…それでも攻撃力やその巨体はあまりにも危険だ。


「よそ見する暇でもあるのか!?」

 筋肉ハゲ達磨がヒヨコ達に襲い掛かって来る。右側の道から女騎士さん達、左の道から筋肉ハゲ達磨、前方からマナガルムゾンビ。


「ヤアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 気合一閃、剣術お姉さんが真剣を握り近づいてきた騎馬に自分から飛び込んで騎士の1人を叩き切る。

「こっちは私がやる!」

「ピヨヨッ!?【無茶な!?】」

「ピヨちゃんはマナガルムのゾンビを止めて!僕ら全員があの巨体に吹き飛ばされちゃうよ!」

「ピヨヨ-ッ」

 確かにこの場で最も困った敵はマナガルムゾンビだ。

 ヒヨコは<火炎連弾(ラピッドファイア)吐息(ブレス)>を放つとマナガルムは何発も辺り肉片を飛び散らかす。だが勢いは止まれど直に動き出す。


 ヒヨコは動きが遅くなったのを見て死体なら一番効く魔法を使う。

「ピヨピヨピヨーッ【<悪霊退散(ターンアンデッド)>】」

 ヒヨコの神聖魔法がゾンビマナガルムの足元に展開されると、ゾンビとは思えない機敏さでその攻撃から飛びのく。

「死ね!魔物が!」

 そこで筋肉ハゲ達磨と称するのが分かりやすい七光剣の1人が一気に突っ込んでくる。ヒヨコは両方を同時に対応するのは厳しい。ゾンビマナガルムだけじゃない。鎧甲冑を付けたスケルトンの群れ迄こっちに殺到し始めた。

「このっ!」

 フェルナント君が前に出て筋肉ハゲ達磨の攻撃を受け止め、反撃を仕掛ける。

 フェルナント君の攻撃は鋭く敵を切り裂いたかと思ったが筋肉ハゲ達磨は巨体に似合わず機敏に攻撃をよける。

「はああっ!」

 フェルナント君は斬撃を飛ばして追撃するが、それもかわされフェルナント君の方へと踏み込む。

「どこのガキかは知らねえが、貴様のようなガキが敵にいるとなれば厄介だな。ここで死んでもらうぜ!ニクス竜王国に生まれた事を後悔しな!」

「あんな寒いところで生まれてないよ!」

 フェルナント君は筋肉ハゲ達磨の攻撃を跳ね返して剣を構える。


「勇者様にこの者達を近づけさせるな!」

 女騎士さんが叫び北海王国の騎士部隊が剣術お姉さんの方へと迫る。

「くっ!やあああああっ!」

 騎士隊は剣術お姉さんに攻撃するのだが、剣術お姉さんは必死に守り、隙あれば攻撃を仕掛ける。

「ピヨッ!」

 ヒヨコは竜王国の甲冑を着たスケルトンを炎のブレスで燃やす。

 マナガルムゾンビに加えて、北海王国側だったスケルトンやゾンビの集団が迫る。趣味が悪いにもほどがある。これでは竜王国も思うように戦えないのではないだろうか?

 だが、逆に言えばヒヨコ的には幸運でもある。

 ゾンビやスケルトンは人間だったが敵兵ではなく、あくまでも魔物である。手加減する必要もなく殺すことが出来るからだ。ヒヨコは隙あれば神聖魔法LV4<悪霊退散(ターンアインデッド)>でマナガルムを狙いつつ、火の吐息で近くの悪霊系魔物を燃やして殺す。

 敵味方が入り乱れている為、大規模な火吐息が吐けないのが痛い。


 こんなところで足止めされているわけにはいかないのに!

 フェルナント君はともかく剣術お姉さんにはあの騎士隊の集団でさえも荷が重い。剣術お姉さんは魔法関連の能力が低く、戦闘経験も少ない上に、ステータスが圧倒的に低いからだ。

 剣術スキルが頭一つ抜けているから、どうにかなっているというだけである。剣術スキルLV4はこの大陸では頭一つ抜けている。帝国でも武闘大会出場レベルのボーダーラインぎりぎりと言ったスキルだ。勿論、LV4で出れる場合身体能力が高い事が条件だが。


「ピヨッピヨッピヨッ」

 ヒヨコも炎の吐息でアンデッド集団を迎撃する。

 さらにゾンビがヒヨコの背後から地面からモグラのように現れて三つ編みお姉さんを襲おうとする。

 ヒヨコはとっさに背後にも火の吐息を吐いてゾンビを燃やし、思い切り蹴り飛ばす。

 ゾンビさんは頭が簡単に取れて吹き飛んで倒れるのだった。腐っているのがよくわかる。


 だから嫌だったのだ。守れる自信なんてない。戦争は攻めるならいいが守るというのは非常に大変な事なんだ。無理と言って聞かなければ良かったと後悔する。とはいえ、勝手に追いかけられても困ってしまう。これは仕方ないとしか言いようがない。


 フェルナント君は七光剣を相手に戦っているが経験不足か、筋肉ハゲ達磨に押され気味だった。ステータスでは圧倒的なはずだが、背後の異世界お姉さんズを守る位置取りで戦っているからだろう。

 負ける事はないと思うが、どうしても守りを重視した戦いになってしまうのがいけない。フェルナント君は守りよりも回避や攪乱などをしながら戦うタイプだ。体が小さいからそういう戦いに特化している。斥候をしていた父親に似たタイプだと思われる。

 ヒヨコもこの街を壊して良いなら圧倒的火力でどうにでもなるが、目の前のマナガルムゾンビは素早いから周りに被害を与えないような魔法だけでは厳しい。神聖魔法のような位置を固定して発動する魔法には非常に厄介な部分がある。

 ブレスや火魔法だと町が燃えてしまう。ヒヨコの得意魔法は神聖魔法と火魔法、次いで風魔法と雷魔法だが……。どちらも威力が拡散しやすく周りに被害を出しやすいのだ。避難民がまだいれば竜王国の兵士も多くいる。

 実力は抜けていても自分の戦いに不向きな場所で戦いを強いられているのだ。

 町の中では氷魔法や土魔法が効果的だろう。そういえばエルフのお兄さんや腹黒公爵さんはその手の魔法の使い手だったのを思い出す。

 なるほど、だからダンジョン攻略者たる彼らだからこそ、その手の魔法を極めていたのか。閉所でピンポイントに打撃を与える魔法だ。


 ヒヨコは火事の元にならないようバレットブレスのような熱で貫く吐息を使って、燃え移りにくい攻撃を使うが、それだとでかいくせに素早く動くマナガルムゾンビを捉えるのは難しい。<爆発吐息(ボンバーブレス)>で回避されようが余波で吹き飛ばしたいところだ。

 迫りくるマナガルムゾンビをヒヨコはヒヨコキックで鼻先を蹴り飛ばす。

 さらに立て直す暇もなく、ヒヨコは一気に嘴で飛び込む。


 ピヨスパイラルアタック!


 回転したヒヨコがマナガルムゾンビの喉元を貫く。マナガルムゾンビは首が飛んでぐちゃりと地面に倒れる。

「なっ!?」

 それを見て驚き凍り付く筋肉ハゲ達磨だがその隙を見てフェルナント君が押し込む。

 フェルナント君は魔力を使った腕力強化で膂力では筋肉ハゲ達磨に勝てるが、体重自体はヒヨコ同様に軽いのでどうしても押し合いは不利になるようだ。瞬間的には勝てるのはその為だろう。

 当然、その隙をヒヨコは逃さない。


「ピ~ヨヨ~ッ!」


 更にヒヨコは援護射撃をしかけようと<火炎連弾(ラピッドファイア)吐息(ブレス)>で北海王国陣営に仕掛ける。

 人間を貫かないよう威力を抑えたので、ほとんどの兵士たちがヒヨコの攻撃を受けて大きく吹き飛んでいく。


「ピヨピヨッピヨ~」

 さあ、ヒヨコを崇め奉り給え!


 ヒヨコはご満悦になっているが、そこで剣術お姉さんやフェルナント君、三つ編みお姉さん達が先へと走り出す。

「ピヨピヨ【先に進む前にヒヨコをほめたたえるのが先では?】」

「この戦場でよくもまあそんな余裕があるわね」

 呆れるようにぼやく剣術お姉さんであった。いや、余裕はないが、褒め称える余裕はあると思うのだが。さすが我らのピヨちゃんです。さすピヨと呼んでも良いのだぞ?

 正面通りを走り抜ける。街中では竜王国軍と北海王国軍がぶつかり合っている。見た感じは山賊団に襲われる都市といった風情で北海王国はどうみても略奪者にしか見えない。


「行かせるな!追え!追えーっ!」

 女騎士さん達が慌ててヒヨコ達を追いかけてくる。命を取った訳でも致命傷を与えたわけでもないので直に復活していた。

「だああっ!しつこい!」

 女騎士さんが切りかかってきてそれを受ける剣術お姉さん。上手く攻撃をはじき左右から来る他の騎士達へ攻撃を仕掛ける。一足早く飛び込んでくる右側の騎士の肘の内側を斬り付け、左から来る騎士に対応するとフェイントに引っかかってしまう。


 左から来る騎士は剣術お姉さんの斬撃をよけてから攻撃を仕掛けようとするが、からぶった斬撃がその延長線上に飛ぶ。想定外の攻撃で騎士は剣を弾かれる。

 そして鎧の隙間を縫うような突きを放ち相手に致命傷を負わせる。

 剣術お姉さんははるかにステータスの高い相手に小手先の技術だけで必死に戦っていた。

 女騎士さん達は天然ジゴロ君の前で攻撃はできない筈だ。ならばさっさとあってしまえばこちらの勝利のはずだ。何が勝利かは謎であるが……。

 ヒヨコがピヨピヨと走っているとそこで首を飛ばしたはずのマナガルムゾンビが体だけで現れるのだった。ものすごい勢いで家を飛び越えてこちらにに突っ込んでくる。

「ピヨヨーッ!」

 ヒヨコが攻撃を受け流そうとするがマナガルムゾンビは鋭い爪でヒヨコを掴みそのまま民家の方へと突っ込む。

 ヒヨコは全身を叩きつけられ激しい衝撃が走る。さらにヒヨコの視野の中にちらりと七光剣と思しき筋肉ハゲ達磨が走って追いかけてくるのが見える。


 まずい。


 前方の道からゾンビの集団がせまり、後方からは女騎士さん達と七光剣が群がる。ヒヨコはマナガルムゾンビなんかと戯れている暇はないというのに!

 ヒヨコはマナガルムゾンビに乗られただけでなく、瓦礫に埋もれてしまい簡単に外に出れない。体中の節々が痛い。

 すると直そこで天然ジゴロ君と騎士隊長さんだろうか、二人が戦っている状況にあるのが見える。


「高城君!」

 通りの奥で戦っている天然ジゴロ君が見つかり三つ編みお姉さんが走りだす。

 それは悪手だ。待つんだ!

「ピヨヨーッ【行くな!危なすぎるぞ!】」

 ヒヨコは念話で叫ぶが三つ編みお姉さんは振り返らない。一番安全なのはヒヨコ達のすぐ近くなんだ。最悪魔法で身を守ることが出来るからだ。遠くにいればそれだけ魔法の射程も遠くなるし、届く効果も遅くなる。

 ヒヨコはじたばたして飛び出て三つ編みお姉さんを止めたいが、マナガルムゾンビだけでなく瓦礫に押さえつけられて動きが取れない。

「くっ!誰か止めろ!勇者様の前にこの者らを出させるな!」

 女騎士さんが叫ぶがそれはそれで剣術お姉さんとフェルナント君の2人が人間を抑え込んでいたので三つ編みお姉さんを追えないでいた。

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