2章11話 異世界人達の話し合い
3人だけ部屋に残された勇斗、百合、智子の三人は小さなテーブルを囲んで座る。
「高城はどうしてたの?」
「え?」
「なんとなく理由は把握しているけど、一応聞いておこうかな、と思って。あのヒヨコに保護されてた時に、異世界人が神殿で呼び出されてたらしい話を聞いていたからさ」
百合は智子と勇斗では話が進まないと感じているので、さっさと状況の把握をしようとする。
「あ、そういう事。ええと、飛行機に乗ってたよね?二人がどこか行っていると、ふと気づいたら僕と倉橋さんと三雲君だけがお城の中にいたんだよね。どうやら異世界に転移したらしいんだ」
「座っていた位置が近いよね。とすると転移する位置が皆で微妙にずれたのかな?区分けされたみたいな感じ?」
智子は首を傾げながら勇斗に尋ねる。
「多分そうだね。それで、僕たちはマリエル達に保護されて、この世界の状況を聞いたんだ。あと光の精霊ソリス様から日本へ帰る方法もね。その為には魔王を倒さないといけないらしい」
「それも聞いていた通りね」
百合はふむふむと頷く。
「その魔王の事なんだけど…」
おずおずと智子が挙手して口を挟もうとする。
「まった。智子。その話は後にしよう。まず、全部聞いてからじゃないと話が分からなくなるから」
「あ、そ、そっか…」
智子は百合に注意されて頷く。
百合は最初の状況からして口論になるのは目に見えていた。勇斗は思い込みが激しく、智子は割と頑固だ。この性格の不一致があるのに17歳になるまで腐れ縁を続けていることが不思議な事だった。
それはそれとして、百合としては全部聞いてから判断した方が良いという考えであり、智子も勇斗の状況を知らないから納得する。
「それで?高城は魔王討伐するために戦争に加わったって話?」
「そうだね。もちろん、最初はあまり信用していた訳じゃないよ。マリエルやジャンヌ達には凄くお世話になったんだ。少なくとも彼女たちは信用できると思う。うそを言っているようにも思えないかな」
「戦争の現場で実際に人殺しをしたって聞いているけど」
「それは、竜王国が攻めてくるから、仕方なくだよ。それにマリエルやジャンヌ達を守らないといけないし。何より」
「竜王国が攻めて来るって何?攻めてるのは北海王国でしょう?この土地は竜王国の土地でしょう?おかしいよ、それ」
普段大人しいのに智子が勇斗へとかみつく。
「そ、それはそうだけど、歴史を見渡せば元々は北海王国の土地だ!」
「それを言い出したら北海王国に問題があったから出て行かれたんじゃないの?」
2人は徐々にヒートアップして口論を始めてしまう。
勇斗からすれば百合と智子はニクス竜王国で騙されていると思っているし、智子からすれば勇斗は北海王国で騙されていると思っている。
互いが互いに同じことを思っているし、互いが互いに都合のいい部分を聞いている為に
「高城君は騙されてるんだよ!毎度毎度女の子に騙されて!」
「毎度毎度って事はないだろ。困っている人を救おうと思うのは当然じゃないか。それにマリエルやジャンヌは悪い子達じゃない!そもそも光十字教国がこの大陸の半数以上を支配していて、少数の怪しげな宗教を信じてる国を信じるそっちの方がおかしいよ!騙されてるのはそっちだ!」
「分かってないのはそっちだよ!」
やがて2人は文句の言い合いへと発展してしまう。
「ストーップ。だからさ、智子。まず、全部聞こうって言ってんだけど。状況が全くつかめてないのはお互いに同じなんだってば。どっちが正しくてどっちが正しくないかは分からないし」
百合はヒートアップしている智子を宥める。
本来はむしろ百合がヒートアップする側であるが、勇斗と智子が絡む時は一歩引くのだ。
普段は大人しい智子であるが、幼馴染が絡むと人格が変わるからだ。むしろこっちが本性かもしれない。
百合はこの二人との付き合いは中学からであるが、その対応を習ったのは幼馴染の駿介がそうしていたからだ。
百合の幼馴染は女心には疎くても人間の機微には敏感だった。
「うう。わ、分かったよぉ」
「それで、戦争でここまで来たって話だよね。三雲からおおむね聞いた通りって感じかな」
「え?三雲君、そっちにいるの?」
驚いた様子で目を開いて勇斗は声を少し大きくする。
「さっきのピンクのヒヨコが罠を張って魔物を狩るんだとか何とか言っていたんだけど」
ピンクのヒヨコではなくグラキエスの提案だったのだが、一々グラキエスの話まですると長くなるので、全部ヒヨコのせいにすることにした百合であった。
「狩るって……」
「森で罠を仕掛けて待っていたら忍者が引っかかったって言って、運んできたのが三雲だったっていう落ちなんだけど」
「食べられちゃったの?」
「いやいや、さすがに食べないでしょ。生きて竜王国にいるから。むしろこっちの方が平和で嬉しいでゴザルとか、西部で戦争があるってのにふざけた事言ってたよ」
「あ、あははははは」
「倉橋さんは?彼女もいなくなったんだよね」
「それは……分からないけど、ちょっと心配よね」
百合は少し考えて口にする。大人しい少女で、神社の管理をしている家の娘さんだったと記憶している。
あまり喋った事がないけど、そこらのお嬢様が家を飛び出すのは非常に危険だと感じているからだ。
「この世界は私達みたいに光の精霊の恩恵がない人間が生きていくのも大変だし」
「だよねぇ」
「そっか、二人は光の精霊様の恩恵がないのか」
勇斗はそこでハッとした様子で2人を見る。
「火の精霊の恩恵はあるみたいだけど」
「?……あ、そういえば聞いてたな。確か異世界人は精霊の恩恵が与えられて言葉が通じるようになるとか。光の精霊様はその恩恵の隙を使って僕達に高いスキルを与えてくれたって」
「そう、それ。光の精霊から恩恵をもらえなかったから通りすがりの火の精霊に恩恵をもらっちゃったって訳。まあ、言語系スキル以外、何も無いんだけどね」
百合は肩をすくめて説明をする。実際には火の精霊に好かれているヒヨコが近くにいたから偶々火の精霊だっただけだが、そこまで説明するのは面倒なので省いていた。
「でも、ここだって異世界でも普通に生きていけるしどうにかなるんじゃないの?」
「………ああ、王国に保護されているし、力もある勇者様だから、状況が分かってないのか」
呆れるようにぼやく百合。
「大変だったんだよ?」
と智子は百合を一瞥してから溜息を吐く。
「岬さんや智子はどうだったの?」
「私は……」
智子はこれまでのあらましを説明する。
いきなり魔物に襲われ、ヒヨコに助けられたこと。その後山賊に百合が半殺しにされて奴隷として売られた事。競りでヒヨコに落とされて助けられたものの、山川や貴族達に目を付けられて襲われた事。危うく慰み者として最悪な最期を終えるところだった事などを説明する。
そこからヒヨコと一緒にニクス竜王国へ行って今は平和に暮らしていた所で、戦争の話が舞い込んできたという話をする。
「ど、奴隷にされそうになったって、大丈夫だったの?」
「ピヨちゃんが助けてくれたから大丈夫かな」
「……そ、そんなに治安が悪かったんだ。それにしても光十字教の偉い人がそんなひどい事を……」
「まあ、運が良かっただけよ。ヒヨコが偶々近くにいて危なっかしかったみたいで助けて貰っただけだし。近代というより中世初期位の文明って感じだしね。ナヨリは割と治安が良いから安心して暮らせるけど。それでも、日本ほど治安が良いわけじゃないわね」
「で、でも北海王国の治安は悪くなかったでしょ?」
「ピヨちゃんに馬車で運んでもらっているときに1時間に1度のペースで山賊に出くわすんだけど。この大陸かなりやばいから。ニクス竜王国はほとんど出なかったよ。まあ、ここまで北に来ると寒いから外で活動できないだけかもしれないけどね」
そろそろ雪が降りそうな季節でもある。降り積もってはいないが雪がチラホラとみられていた。
ただ、こっちの方はまだましだろう。偏西風が吹いていて割と温かいからだ。ニクス竜王国のナヨリとワッカナイの間で緯度が上がり海沿いの偏西風が届き難い領域に入り、人の住むには過酷な土地となる。
特にワッカナイは非常に寒くほとんど人の住む土地ではない。巡礼者が行く土地でこの季節はほとんど行く人はいない。北部貴族グランヴィル家とてワッカナイにいる期間は夏季の3か月くらいである。巡礼者を連れて北へと行き、巡礼者を連れて南へと戻るというルーティンがあるらしい。
そういう話を聞いていたので百合も智子も寒いとは思っていたが、これからさらに寒くなるとは想定していなかったそうだ。彼女たちは冬にこっちに来ていて気候があまり変わらないから冬だとばかり思っていたが、秋の終わりごろに来ていた事実を知って愕然としていた程だ。
「あのヒヨコが?魔物なのに?」
「さあ。あの鳥自身は、他大陸の勇者が転生して鳥になったとかアホな事言っていたけど」
「嘘くさいけど、一緒にいた男の子は他大陸にいる皇子様らしいよ?」
「あの子供が…?」
「かなり優秀で現皇帝の甥っ子で次期皇帝に祭り上げられるかもしれないから、留学という名目でこっちに来たらしいのよね」
「あまりそういう風には見えなかったけど…」
首を捻る勇斗であった。とはいえ9歳児ゆえに仕方ない部分もある。
今は違うが、かつて帝位継承権自体は現皇帝よりも正妃の娘でもあるエレオノーラの方が上だった事、現帝国の権勢を握っているのがローゼンハイム公爵家という時点で、その嫡男が持ち上げられるのは当然なのである。その嫡男は6歳やそこらで帝国近隣にあるダンジョンに潜って40層迄行って生還したという恐るべき実績がある。また同時に6歳時点で既に義務教育レベルの学問を習得し終えている天才児なのだ。そんな天才児なのに市井で遊んでいたりバカやったりする為、市民たちからの人気も高い。
強くて優秀だからヒヨコの説明だけでは分かりにくい部分であるのは事実だ。何より家の力が巨大だからだ。
「ただ、めちゃくちゃ強かったよ。百合ちゃんも全然勝てなかったし。あと、色んな魔法を使えるの。空を飛んだり地面からたくさんの剣を生やしたり、すごかった。ピヨちゃんから言わせると魔力で無理やり使っているだけで技術がないって話だけど」
と説明をする智子。
「………そんなのが敵に…」
「いや、他国民だから戦争にかかわるなって話だったけどね。北海王国の敵じゃないと思うけど………何するか分からない子だからなぁ。暴走気味っていうか……」
百合も敢えて口にはしなかったが、自分の幼馴染に似ているという言葉が過る。
「確かにね。変な正義感だして介入しそう。ピヨちゃんも振り回されてるし」
「人間よりヒヨコが理性的ってどういう事?」
「だから帝国から保護者として一緒に来たんじゃないかな?そういう意味では皇族と繋がりがあって、信用があるって事でしょ?ピヨちゃんが。」
不思議そうにする勇斗に対して、智子はヒヨコに恩義があるからこそそこに疑問は持たなかった。
「ただ、裏表が無いから、普通に信じられるっていうか」
「でもさ、そんな単純な第三者だから騙されているとは思えない?僕はニクス竜王国は信用できないよ。あいつ等はマリエル達を困らせている。北海王国から国民を攫っているんだ。日本だって国交のない相手に拉致られて困らされているし、竜王国ってそういう国なんだよ」
「さっきフェルナント君が言うには国民が逃げてるって言ってたけど」
「実際、こっちの方が治安も悪いし逃げたくなる気持ちも分かるわね」
智子と百合竜王国をかばう。
「国が厳しいのはニクス竜王国が国民を攫って人手が少ないからでしょう?因果関係が逆なんじゃないのか?」
「……。私としては戦争を辞めて、ニクス竜王国に来て欲しいんだけど」
「そんなことできる訳がない!僕は彼女たちやこの国の人たちを守らねばならないんだから」
「あの国の人たちは平和に暮らしているのに、それを壊すというの?」
「悪いのは竜王国なんだからそのツケを払うのは当然の事だよ。竜王国の繁栄は北海王国の犠牲によって成り立っているんだから」
「そんな都合のいい話を信じるの?」
「ルモエの多くの民が皆そう言っていたよ。戦争で多くの民が殺されているってね。恨みは深いし、僕もそうじゃなかったら戦争なんて参加しなかったよ」
悪は竜王国にある、と信じて疑っていない幼馴染に智子は困惑してしまう。
「………竜王国だって北海王国に攻められて困っているよ。多くの人たちが殺されて悲しんでいたよ」
「それは竜王国が払うべき対価でしょう?」
「それに北海王国は差別して人間以外を奴隷のように扱っていたんでしょう?」
「悪い事なの?獣人族は実際に野蛮な連中だったよ。僕だって命を狙われたし、戦えないマリエルを襲おうとしてきたんだ。許せることじゃないよ」
智子と勇斗は徐々に口論に発展していく。
が、百合は大きくため息を吐く。
「だったら、竜王国に来なさいよ」
「何で?冗談じゃないよ」
勇斗は百合の言葉に対して怪訝そうに顔を歪める。
「だって戦争中に命を狙われて獣人族が野蛮だって?戦争おっぱじめた自分を棚に上げてるんでしょう?戦争するなら殺されて当然じゃない。戦場にのこのこ姫さんだって来てるんでしょ。殺されそうになってもおかしい事なんて特にないじゃない。非戦闘民を襲うならともかく、国の要人が軍隊と一緒にいるのよ?襲うにきまってるじゃない」
「だけど、マリエルは非戦闘民だ。それを襲うなんて…」
「非戦闘民の村人を殺しておいて、自分たちは許されるとでも?」
「あれは野蛮な亜人だからだよ。それに戦争になれば兵士達だって士気を保つためにある程度の憂さ晴らしは必要なんだ。長年の恨みがあるから仕方ないんだよ」
百合は勇斗がかなり毒されていると感じる。元々、思い込みが激しく無駄に正義感が強い男だ。
だからか、中学時代の百合は、智子と勇斗と駿介の4人で様々な事件を追ってつるむ事が多かった。
勇斗:●●さんがイジメられてる!?イジメなんて許せない!正さなきゃ!
智子:高城君が暴走してる。しかも●●さんを無視してるのって2組の女子全員だよね?2組の女子全員に喧嘩売るつもり!?百合ちゃん助けて!
百合:女の暗いアレコレの中に高城が混ざったらさらに拙くない?元々、●●が××の彼氏を取った事で他の女子が総スカンだったって聞いているけど。駿介、その空っぽな頭から知恵かしなさいよ!
駿介:はあ、なんでいつも俺は勇斗の尻拭いして回らないといけないんだ。しかも俺が嫌われて勇斗ばっかり評価が上がるし、……イケメンなんて爆ぜてしまえ!
という構図が中学時代にも何度かあったからだ。
なので、勇斗が正論と思い込みの激しさで突っ走りすぎるのもよく知っているし、そんな勇斗を諫める為に、普段大人しい智子が勇斗と口論するのもよくある事だ。
だが、ただ一方的にイジメられているなら話は早いのだが、イジメられた側が周りに嫌われてしまう理由が存在すると物理的にイジメを止めても、人の心は簡単に変わらない。百合が暴力で脅せば大体の女子は口を噤むがそうは問屋が卸さないのが女子の世界だ。見え難いネチネチした色んなものがあるからだ。
そういう根本をなくす仕事をするのがいつも駿介だった。
結果として感謝されるのは勇斗で、沖田最低となじられるのが駿介という構図だった。
思えば高校に入ってから駿介がイジメのターゲットになり、引き籠ったものの何やら夜に外に出歩いたりしていたことを百合は思い出す。
引き籠って泣き寝入りしているのかと思って無理やり家から連れ出そうとしていたが、駿介の事だ。もしかしたら、例のごとく鬼頭たちのいじめの証拠みたいなものを集めていたのかもしれない。下手すると鑑別所にぶち込む位の仕返しを考えていてもおかしくなかった。
普通のクラスメイトには上手く根回しをしていたが、悪意ある相手に対して駿介は容赦がなかった。
だが、今となっては何をしようとしていたかは謎に包まれたままである。当の本人が死んでしまったからだ。
駿介は海岸沿いの街道で車にひかれて川に落ちて行方不明となった。海へ水門で遮られている場所なのに、水門近くにも遺体が見つからなかったが、激しくトラックに打ち付けて致死量の血を飛び散らして川に落ちた為、遺体が上がらなくても死亡したことになった。結局、死体のない状態で葬式が行われたのだった。
そこで思考が脱線している事に気づき、慌てて百合は話を戻す。
「………高城はそれで納得しているの?」
百合はどこか遠い話でも聞いているかのように、訪ねてくる。
「それは割り切っているよ。軍の仲間達も良い人たちだし、彼らがそれを許すなら仕方ない事なんだよ。ここは異世界で日本とは違う。郷に入りては郷に従うものだしね」
「高城がそれで良いなら私は別にいいけど」
「百合ちゃん…」
智子は百合にもっと説得するように訴えるような視線を向ける。
百合は智子と違い勇斗の幼馴染ではない。中学時代に一緒に色々とやらかした仲間であるが、友達の智子に頼られたから仕方なく首を突っ込んだだけだ。そして主に突っ込ませたのは百合の幼馴染の駿介である。
「無理無理。高城は竜王国を滅ぼす気満々でしょう?私は竜王国に戻るよ。智子はどうする?高城と一緒にここに残る?私と一緒に竜王国に戻る?」
「そ、それは………」
「なっ、岬さん、正気なの!?ダメだよ!ここに残った方が良いって。あんな国ろくでもない!騙されているのが分からないの?」
勇斗は竜王国に戻る気の百合を見て慌てて訴える。
「私にとって竜王国は良い国だよ。でも何もわかってないってのは事実だよ。裏があるかもしれない。私だってここに来たばかりだから分からないわよ。だから見た事だけで判断するけど、少なくとも光十字教は信じられない」
「そ、それは…」
勇斗は反論しようとするがレイプされかけたという事実を軽く見ていると本格的に怒られそうなので口を噤む。
「亜人と呼んでる子供達は毎朝竜社でラジオ体操みたいなことをしていたり、日本の子供と大差ないもの。それを野蛮だと決めつけて殺すことをいとわない教義も気に食わないし、何より貞操の危機どころか命の危機さえ教会にされそうなった訳だしね。そして…」
「?」
「恐らく私たちは光の精霊の加護が無いからみんなと同じ待遇は無いよ」
百合は首を横に振る。
「そこは僕がどうにかするよ。マリエルだって協力してくれる筈さ」
勇斗はその辺に関しては自信があった。
それなりに信頼を紡いできた自信があるからだ。
「あのマリエルってお姫様は光十字教のお偉いさんに逆らえるの?第三者としてみた時、国よりも教会の偉い人の方が強く見えたけど?それに、三雲や花山はそこから逃げだしたら光の精霊加護を失ったらしいわ。裏切るなら与えたものを取り返すのは当然だけど、これって都合が悪くなったらいつでも切り捨てられるって事だよね。正直、私は学校の皆が心配だけど」
この時点で、修学旅行で飛行機に乗っていた学生や教師が全員こちらに来ているらしい。教師たちは別の国で移動中だとか。そこら辺は花山美樹に光十字教の状況をほとんど聞いていた。
「そんなことするわけないだろう?とっくに僕らは国民の前でお披露目されているからね。簡単に切り捨てるなんてあり得ないよ。大丈夫だよ。それに帰るためには魔王を倒す必要があるってのは事実なんだし」
「このにおいて、有史以前より生きている魔王?を倒せってのもねぇ。当人も何のことかよくわかってなかったよ?事実かどうかも不明なんだけど。もしも出て行くすべがあるならむしろ協力してくれると思うわよ。ニクス様は協力してくれると思うわ」
「そ、そうだよ。ニクス様は良い人だったよ」
「かつてこの国を滅ぼしかけた元凶でもあるんだ。良いドラゴンぶってるだけだ。二人は絶対に騙されてるよ」
「それは分からないわよ。どっちが騙されているかなんてね」
「マリエル達が嘘をついているとでもいうの。彼女たちは誠実だよ。いくら岬さんでも…」
「だから、私はあんたと口論しに来たんじゃないって」
百合は若干面倒くさくなってきていた。勇斗は真面目で正義感が強いし、正論を好む。
だが思い込みが強く融通が利かない。駿介と長い付き合いな百合としては勇斗とそこまで絡んだ事がなかった。
駿介は上手く勇斗とつるんでいたが果たしてどうやってこの真面目君と、ちゃらんぽらんな駿介が仲良くやっていたか皆目見当つかなかった。駿介はあれでコミュニケーション能力が卓越していた。
逆に言えば駿介に勇斗のやる気と真面目さと正論があればもう少しモテただろう。顔は若干三枚目だが悪くはないし、勉強はそこそこだが天才的な運動センスやずる賢さがあった。
「そもそもどっちが正しいとかどうでも良いし」
「え、そこは大事じゃないの?」
百合はざっくばらんに答えて、智子も驚きの声を上げるのだった。
「ニクス竜王国の方が強いからこっちに来なさいよ。少なくともナヨリにいれば困る事はないわ」
「なっ!?」
正義よりも強さと断じてしまう百合に、智子もさすがに言葉を失う。
それはないんじゃないかなぁ、とツッコミたい気持ちが智子と勇斗に過るが、現状を理解しきれていないのは同じだ。
負けた方に付いたら終わりというなら、なるほど百合の言葉には一理あった。そしてこれまで光十字教は竜王国に対して手も足も出なかったという事実がある。
「確かに今はそうなのかもしれない。でも、僕ら異世界人は全員がソリス様から大きい力を与えられてる。二人は僕らの力がどれほどか分からないからそう思えるんだよ。この力を伸ばせば確実に世界が敵に回っても勝てるくらいの強さが手に入ると確信できるからね」
だが、光十字教の敵になったら今度はソリスが異世界転生者から力を取り上げて終わりだろう。あった事が無いからこそ、裏切って力を失った異世界転生者を排除するのは一瞬だ。
百合自身は力こそ男子にかなわなくても剣を持てば全員が束になっても勝てる自信がある。その百合がニクス竜王国の道場で誰一人として勝てないのだ。
……いや。
百合は考えて一つの結論に出る。光十字教に正義があるならそれでいい。だが、ただ利用されて終わろうとした時、誰が学校の友人を助けられるのか?恐らく部外者になった自分だ。ニクス竜王国で力を付けた自分ならば、そこに割って入れるのではないだろうか?
「私は竜王国に戻るよ。それに花山を一人にできないしね」
「三雲君だけじゃなく、花山さんもそっちの国にいるの?」
「鬼頭達に慰み者にされて光十字教国の冒険者とかに姦されて、酷い目に遭ってたからね。うちで保護してんのよ。私は戦いを放棄しているニクス様の下で、光十字教に切り落とされた学生を保護したいと思う。この世界がよく分からない以上、そっちが失敗した時、竜王国側であんた達の尻ぬぐいをする人間も必要でしょう?結局は勝者だけが守れる訳だしね」
「……む……」
百合の言葉に勇斗も反対できなかった。百合が言うように、誰が正しくても正しい人が勝てるとは限らず、全員が生きて帰るには、全員が勝者の下にいる必要がある。全員が光十字教側にいる場合、光十字教側が負けたり、裏切ったら全滅だ。
「智子はどうする?」
「…………私は……」
智子は両親の離婚でどちらに行くか悩む子供のように親友と幼馴染の間で揺れる。
「智子は僕と一緒だよね?」
勇斗が手を取ろうとすると、智子は恐怖でビクリと体をすくめて椅子ごと後ろに下がってしまう。
その行動に勇斗は少なからずショックを受ける。避けられるようなことをした覚えがないからだ。
「ご、ごめん……」
「な、なんで?」
いつも一緒だったのに、という言葉を継ごうとした後、百合は思い当たることがあった。
「あー……。やっぱり無理か」
「う、うん………」
百合の問いに智子は頷く。
「む、無理ってなんで?」
「言ったでしょ。光十字教の何て言ったっけ。どこかの国の一番偉い司教のおっさんに犯されかけたって。私も竜王国でもヒヨコの近くにいたからね。師匠と修行し始めてから平気になってきたけど智子の方がヤバかったからね。私も反抗しようとしたけど、七光剣の男に手も足も出なかったし」
「う、うん。ごめんね。まだちょっと男の人が怖いみたいで……」
本能的に構えてしまっているのには百合も気づいていた。ヒヨコがそれに気づいて気にしていたからだ。
そんなヒヨコは文句を言いながらも抱き枕になっていた。
「その位、直に治るって。北海王国にいればマリエルやジャンヌもいるし大丈夫だよ」
「あ?本気で言ってんの?」
軽い気持ちで口にした勇斗に対して、絶対零度の冷たさで百合が睨んでくる。
「え、で、でも…」
「あんたね。豚みたいなブ男に無理やりベッドに組み敷かれる女の気持ちが分かるの?その位、犬にかまれたと思えって?」
「そ、そんな事は思ってないよ」
「智子があんた側に行きたいっていうなら引き留める理由はないけど、智子の今の状況じゃ無理でしょ。私だって信用置けて守ってくれる人間………というか子供とヒヨコと子ドラゴンっていう割と人外多数に守られている状況はどうかと思うけど、外を歩くのも不安を感じるのを押して、智子はあんたに会いに来てるんだけどね」
「…………ご、ごめん。」
「私こそごめんね。私は…その、こっちで怖い目に遭っていたし、無理矢理戦わされているならピヨちゃん達に開放して貰おうとかそういうつもりだったんだけど……。余計な心配で良かった……っていえば良いのかな?」
「僕は僕の信じる道を行くよ」
「智子というストッパーのない高城とか不安なんだけど」
百合は目を細めて不安そうに勇斗を見る。
「今までそういう風に見ていたの!?」
「…………。いや、むしろ何の事情も知らないのに首を突っ込んで、信じたほうを正義と信じ切って、とんでもないバカばっかりやらかしていて、その度にケツ拭いてたの駿介じゃない。信じろって言ってたけど、光十字教以上に私はアンタを信用できないんだけど」
「ちょ、百合ちゃん。そこまでひどくないよ。それに問題を広げていたの駿介君だよね!?それ以上にやらかしていたの」
智子は勇斗を弁護する。
百合としては複雑な表情をして苦笑するしかできなかった。
中学時代、虐めや様々な事件を収束すると、最後は大体『駿介が悪い』みたいなオチになっていた為だろう。穏やかな中学だったため、明らかなイジメがないから加害者と被害者が明確でない事案が多く、片方に立てば片方の言い分が無視されるという結果になる。
勇斗は勧善懲悪がベースで動く為、どっちかを悪者と決めつける節がある。
その微妙な問題を解決する為、駿介は自分が悪者になって、自分が嫌われる事で顛末にオチを付けるというやり方だった。
そうなると分かっていて丸投げしていた百合も百合だが。思えば中学時代に駿介は一番嫌われていた男子の一人だったような気がする。
高校に入ってからは百合や勇斗、智子らは特進科で優等生ばかりなので問題が起こらなかった。
その一方で普通科は色々と問題を抱えていた。
駿介、東、花山のように理不尽にいじめられる子が多く出ていた点だ。鬼頭のような家族に反社がいるような問題児がいたのも大きい。
「あの、高城君はそこまでしてこの国のために戦うの?」
「この国の為だけじゃないさ。皆の為だよ」
「私達とは来れないの?」
「僕はそれをする積もりはない。魔王を倒す、これは僕らがやらなければならない事だから」
「……」
「知ってたでしょ、智子。高城はこういう奴だって」
「ちょ、ちょっと正義感が強すぎるだけだってば。うう、百合ちゃぁん」
助けてと言いたげな視線を向けられるが、百合は最初から勇斗を信用していなかった。
中学時代も勇斗は正義感が強く困っている人に手を差し伸べようとするのだが、かなり空回っていた。最後は駿介が悪者役を引き受けて終えていた。
勇斗のせいで駿介が嫌われる羽目になっている事実を、勇斗自身は全く気付いていなかった。
百合から見れば、勇斗は良い奴ではあるのだが、絶対に将来詐欺師に騙されるタイプだと断じられる。
智子を含め女共はこの男に惚れているのがたくさんいるのは知っているが、百合からするとかなり将来性に不安がある男である。自分への好意をつけ込んで駿介に丸投げする自分もどうかとは思っているが。
百合はしばし考えこみ大きくため息を吐く。
「まあ、智子は複雑かもしれないけど、私達はニクス竜王国に帰るよ」
「う、うん……」
「仕方ないかぁ」
結局、話し合いは上手くいかず、道は別たれる結果となったのだった。
百合が最初から上手くいかないと思っていたからなのか、智子が上手く話せなかったからなのか、あるいは勇斗が偏り過ぎている為なのかは分からないが。