2章7話 オーウェンズ公爵領リトレ到着
ヒヨコがふてくされているので今回は第三者視線です。
ヒヨコ達はガタゴトと馬車に揺られながら西部オーウェンズ公爵領の領都リトレへと向かっていた。
「きゅうきゅう【ヒヨコ、ヒヨコ。見るのよね。あそこに丸々と太った美味しそうな牛がいるのよね】」
「ピヨッ」
トニトルテはヒヨコの頭をべしべし叩いて外を指さすが、ヒヨコはプイッとそっぽ向く。
「きゅうきゅう【何無視しているのよね、ヒヨコのくせに生意気なのよね】」
ヒヨコはトニトルテのさす方とは逆方向の窓を眺める。ヒヨコは断固無視の構えだった。
理由はトニトルテも分かっている。
『トニトルテがピヨちゃんのアホ毛を引っこ抜いたから、ピヨちゃんがおかんむりなのだ』
「きゅうきゅう【アタシは悪くないのよね。簡単に抜けるヒヨコのアホ毛が悪いのよね!】」
グラキエスは核心を突き、トニトルテはきゅうきゅうと抗議するが、その抗議は責任転嫁に等しいものである。
『ピヨちゃんにとってアホ毛はピヨちゃんがピヨちゃんである事のシルシなのだ。アイデンティティなのだ。むしろアホ毛が本体でヒヨコがおまけと言っても過言ではないのだ。なのに引っこ抜いてしまったのだから、ピヨちゃんが怒るのも仕方ないのだ』
「ピヨヨーッ!【誰がおまけだ!?ヒヨコの本体はヒヨコだ!】」
無視を決め込んでいたヒヨコであるが、グラキエスの言葉にヒヨコは慌てて訂正する。あまりにも飛び過ぎた理論だったからだ。
『安心するのだ。僕はちゃんとわかっているのだ』
「ピヨヨ?【何をだ?】」
『ピヨちゃん。僕はピヨちゃんを間違えたりはしないのだ』
そう言ってグラキエスはドンと胸を叩いてから、トニトルテの持っているアホ毛に親身に語り掛ける。
「ピヨヨーッッ【そっちがアホ毛でこっちが本体だーっ!】」
ヒヨコの嘆きが馬車の中で木霊する。
そんなヒヨコは回れ右するとピョイッと馬車の背もたれを乗り越えて後ろの荷物置き場で丸くなる。
「ピーヨピーヨ【いーよ、いーよ。もうヒヨコはふて寝します。ふてくされて寝ます。起こすな危険だぞ】………ピヨピヨ」
ヒヨコは悲し気に文句を言ってピヨピヨと眠ろうとするのだった。
『むう、怒らしちゃったのだ。冗談が効かないのだ』
「さすがにアホ毛が本体は酷いと思うよ?」
グラキエス君に注意するのはこのメンバーで唯一の良心的存在である智子だった。
「きゅうきゅう【アタシが最初に出会った頃、アホ毛はなかったのよね】」
「「そうなの?」」
驚いたのは異世界から来た二人組の方だ。
「きゅうきゅう【レベルが上がって進化した時に、ヒヨコはアホ毛が生えたのよね。奴はヒヨコの次は鳥だと思っていたから、アホ毛を生やしたら船の甲板から飛び立って、見事に海に落ちたのよね】」
「そんな悲しい逸話がアホ毛にあったなんて。というかやっぱりアホの子よね、このヒヨコ」
割とひどいことを言う百合はちらりと後部座席の奥にある荷物置き場で丸くなっているヒヨコに視線を向ける。
『ピヨちゃんは迂闊者だから仕方ないのだ』
「きゅうきゅう【兄ちゃんと同族なのよね】」
『それは言わない約束なのだ~』
グラキエスは手でこめかみ辺りを撫でながら嫌そうな顔をする。
「グラキエス君が迂闊?」
『12~3年前くらいだったと思うのだ。僕は父ちゃんや母ちゃんに勝手に聖域から出るなよ、出るなよ、と言われて育ったので、これは出ろっ!という事だと思い、お外に冒険に出かけたのだ』
「ダチョウか!?」
思わず突っ込んでしまうのは百合だった。
「きゅうきゅう【ダチョウじゃなくてドラゴンの話なのよね?】」
だが、地球のネタを知るはずもなくトニトルテはマジレスするのだった。
『そしたら色々と迂闊な事をしでかして当時のコロニア大陸の侵攻を進めていた悪魔王に捕縛されちゃったのだ』
「きゅうきゅう【魔王にさらわれるなんて兄ちゃんはお姫様枠なのよね】」
百合と智子からすると竜王にお姫様が攫われるのが定番なのに、竜王の息子が攫われるのはどうなのだろうと思ってしまう。
『何度も人間に攫われるトニトルテにだけには言われたくないのだ』
「何で簡単に攫われるかな?」
「きゅうきゅう【アタシの美貌が人を惑わすのよね】」
トニトルテは右手を後頭部に、左手を腰に当ててうっふんとしなを作る。まったくセクシー感はなかった。百合と智子は生暖かい目でトニトルテを見るのであった。
『向こうの大陸では父ちゃんが竜の王様だけど、人間に迷惑をかけても知らんぷりだったから割と横暴なドラゴンが多いのだ。だから向こうの大陸にはドラゴン狩りをする冒険者も多かったらしいのだ。フェルナント君のお父さんが父ちゃんと話を付けてドラゴンとの条約を結び付けたのだ』
「ふぇ、フェルナント君のお父さんって英雄って本当なんだね」
『でも特に英雄と崇められているわけではないのだ。フェルナント君のお父さんは裏で手を回して策を講じるタイプだからあまり表に出ないのだ。』
「きゅうきゅう【対して、ヒヨコはいつも表に出過ぎなのよね。でも、アタシはいつかヒヨコをピヨピヨ言わしてやるのよね】」
「いつもピヨピヨ言っているでしょうに」
「きゅっ!?」
呆れるようにぼやく百合だったが、ハッとした様子でトニトルテが反応する。
『百合ちゃんはツッコミの鋭さがステちゃんに匹敵するのだ』
「きゅう~きゅう~【恐ろしい。恐ろしいのよね、百合は。これはもうヒヨコ係に任命するしかないのよね】」
両手で口元を抑えてトニトルテは百合を見上げる。
「何その嫌そうな係。それ。小学時代の生き物係みたいな……」
「赤い羽根募金みたいな感じで福祉係とか?」
幼竜姿の兄妹竜の言葉に百合は目を細めてぼやき、赤い羽根を握ったままのトニトルテを見て智子が苦笑する。
「そんな係、うちの小学にはなかったよ?」
「うちの小学って委員会がなくて係で分担されていたから」
「きゅうきゅう【じゃあ、そんな智子には赤い羽根をあげるのよね】」
「特に要らないんだけど……」
トニトルテはヒヨコのアホ毛を智子の胸の谷間に挟むように差し込む。
『誰かに押し付けたかっただけだと思うのだ』
グラキエスは足をパタつかせながら座席に座ったままトニトルテの行動を雑な感じに説明する。
「きゅうきゅう【ヒヨコ菌タッチよりましなのよね?】」
「やることがお子様だ」
智子は苦笑を深める。
基本、ドラゴンの兄妹とヒヨコはお子様である。強いし頼りになるし、色々と知識があるがやる事は小学生くらいのレベルだ。
智子は赤い羽根を持ってどうしようかと考え込み、首に下げたお守りの中にグルグルと巻いて押し込む。山賊に襲われた際にほとんどの持ち物が奪われていたので、本当に数少ない荷物である。羽根自体が割と柔らかいので簡単に入ってしまうのだった。
『それは仕方ないのだ。ドラゴンはエルフや妖狐と一緒で育つのが遅いのだ。普通のドラゴンは30年かけて幼竜から成竜になるのだ。大体幼竜は人間にとっては5歳から13歳くらいの年齢なのだ』
「そうなんだ」
「きゅうきゅう【アタシは成竜になって8年になるお姉さんなのよね?】」
『でも生まれて13年だから実は割とお子様なのだ。図体がでかいだけなのだ』
「きゅう~【生まれて17年の兄ちゃんに言われたくないのよね】」
『僕はお子様なのを自覚しているのだ。本来僕たちはこの姿であと10年くらいはいるものだから違和感もないのだ。何より母ちゃん達も早く成竜になったから寂しそうなのだ。トニトルテはもう少しフリュガ母ちゃんを労わるべきなのだ』
「グラキエス君はお兄ちゃんって感じだよね」
と智子はこのお子様集団の中で割と大人なグラキエスをお兄ちゃんと称する。
「きゅうきゅう【そんなことはないのよね。いつもうっかり青いドラちゃんなのよね?黄色い妹ドラちゃんなアタシがしっかり者だから兄ちゃんはもっと妹を崇め奉ると良いのよね?】」
「青いドラちゃんっていうと、確かに黄色いしっかり者の妹がいるのはテンプレだけど」
「そ、そーね」
でもトニトルテちゃんはしっかりものじゃないよね?という言葉を百合と智子はとりあえず飲み込む。ちなみに未来の猫型ロボットみたいな話をしているな、と思ったのは内緒だ。
そして、優しいお兄ちゃんであるグラキエスもそこは敢えて突っ込まなかった。
ナヨリからリトレまでの旅路は遠い。1000キロ近い旅路である。足の強いスレイプニルの馬車にのっても20日はかかる距離だ。ヒヨコなら2日掛からない距離だが。
拗ねているヒヨコは馬車の後部座席で丸くなっているだけで働こうとはしなかった。
トニトルテは寂しくなりふと空を見上げて何やら口ずさむ。
「きゅ~きゅ~きゅきゅきゅ~ きゅ~きゅ~きゅきゅきゅ~ きゅ~きゅ~きゅ~きゅきゅきゅ~きゅきゅきゅ~」
どこか悲し気な、市場に子牛でも売りそうな旋律(※ショロム・セクンダ作『ドナドナ』)が流れる。
すると後ろの荷物置場でふて寝しているだろうヒヨコが乗って来る。
「ピ~ヨ~ピヨヨ~ ピ~ヨ~ピヨヨ~ ピ~ヨ~ピ~ヨヨピ~ヨピヨ~」
「きゅ~きゅ~きゅ~きゅ」「ピヨヨ~」
「きゅきゅきゅきゅ」「ピ~ヨ~ヨ~」
「きゅきゅ~きゅきゅ~きゅ」「ピ~ヨ~ピ~ヨ」
「きゅ~きゅ~」「ピ~ヨ~ヨ~」
これからサビに入るという所でトニトルテとヒヨコはハッとした様子で互いに見合う。
「ピヨ」
ヒヨコは手羽先をトニトルテの方へと差し出し、
「きゅう」
トニトルテはその手羽先を取るとヨジヨジとヒヨコの上に上る。
「きゅきゅきゅきゅっきゅきゅ~!【ピヨドラバスターズ、復活なのよね!】」
途端に元気になるトニトルテに生暖かい目で見るグラキエスと百合と智子の3者であった。
『まあ、子供なのだ』
簡単に仲直りする妹と友人を見てため息を吐くグラキエスだった。
「それよりも気になったのは、何でドナドナ!?この世界にドナドナあるの?」
百合はヒヨコ達を指さして、グラキエス君に尋ねる。
『よくわからないけど、この音楽は500年前に勇者が作った曲全集の一曲なのだ』
「勇者最悪だ!他人の曲を、世界が違うからって自分の曲として発表しやがった!」
百合は頭を抱えて、勇者を罵倒する。
もしもこの場に500年前の勇者がいたら「冤罪だ!」と嘆くだろう。
500年前、勇者としてこの世界に降臨した少年は、異世界の曲として教えた筈だったが、後世において勇者の作った曲として伝わってしまったからだ。
***
ニクス竜王国における数少ない不凍港を持つオーウェンズ公爵領の領都リトレは栄えていた。
港には大きい船が並んでいる。
平和そうな街並みで和風な城を持つナヨリと異なり西洋風の城が聳え立っていた。
「ファンタジーっていえばやっぱりこういう城だよね」
「ルモエも大きい城だったけどこっちも負けてないね」
百合と智子は納得した様子で聳え立つ城を眺めていた。
『元々オーウェンズ公爵は北海王国の前身北部諸国連合の伯爵だったのだ』
「そうなの?」
『母ちゃんから聞いた話だと、亜人種が多く、北部諸国連合の現光十字教国付近は亜人種を奴隷扱いするから北部諸国連合と仲たがいしたらしいのだ。オーウェンズ公爵は雑多な血が入っていて、今はハーフエルフが公爵をしているのだ。あとヴィンセント公爵の家族が嫁いだ家だからというのもあるのだ』
ハーフエルフは人間から生まれるエルフの容姿に似た人間である。エルフの父親と人間の母親から生まれる為、エルフに近い種族は生まれないとも言われているが定かではない。
とはいえ、元々、エルフは子供が生まれにくい種族だ。エルフの女王から『エルフは古代文明時代に、そのように作られた種族』だと多くの人間が知らされていた。
単に生まれにくいから生まれる機会がなかった可能性がないわけでもない。
獣人も獣に似た特性があり、ほとんどの獣人は春ごろに生まれる。発情期というほど発情するわけではないが生殖期間は春頃だ。
馬車が城の方へと進んでいると、前から兵士が馬に乗ってやって来る。
「グラキエス様ご一行ですね?私はオーウェンズ公爵領騎士隊隊長のガレス・エマーソンであります。これより公爵の命によりグラキエス様方を迎えるよう言われ、グラキエス様方をエスコートする栄誉を頂けないでしょうか?」
『ご苦労様なのだ。じゃあ、これから誘導よろしくなのだ』
「ピヨヨ【おや、港にいた兄ちゃんか?】」
『おお、ピヨ殿。3年前はお世話になりました。助けていただいたご恩はいつかお返しいたしたく思っておりましたが、またもや助けて頂けるとの事で申し訳ない思いでいっぱいですな』
騎士隊の隊長を名乗るエマーソンはペコペコと頭を下げていた。
「ピヨちゃん、何かしたの?」
智子が首を傾げると
「3年前、海からシーサーペンスが現れて街を破壊されていたときに、ピヨ殿は単身でシーサーペンスを討伐しただけでなく復興のために素材は全て町に譲り、多くの怪我人を回復魔法で救ってくれたのです」
「そんな格好いいヒヨコ、私の知るヒヨコじゃない」
百合は怪訝そうな視線をヒヨコへとむける。
「ピヨピヨ【剣術お姉さんはヒヨコをもう少し見直すべきだな。】」
「きゅうきゅう【どうせヒヨコの事だから、そのあと、船に吊られたのよね?】」
「ピヨピヨ【い、嫌なことを思い出させないで貰いたい】」
ブルッとヒヨコは毛を逆立たせて震える。
「何でシーサーペントを倒すと船に吊られるの?」
「きゅうきゅう【以前、ヒヨコはシーサーペントを倒した罰として船に吊るされたのよね】」
「倒すと罰とかあるの?シーサーペントって神聖な生き物だったとか?」
百合は不思議そうに首を傾げる。
「まさか、そのようなものはありませんぞ?あれは船で出くわしたらほとんど船が沈むため、海の悪魔とも呼ばれる存在ですからな」
エマーソンは首を横に振ってこたえる。
「きゅうきゅう【偶々、シーサーペントより強い冒険者がたくさんいる船に乗り合わせて誰が倒すかでもめていた時に、ヒヨコがやらかしたのよね】」
「ピヨピヨ【だから、ヒヨコはしっかり学習したのだ。倒してもいいよね?吊るさないよね?って確認して『さっさと倒せるならだれか倒してくれ』と泣き言をいう大人達の声に従い、ヒヨコはシーサーペント君の首をブレスでぶっ飛ばしたのだ。肉は弾力が強くて嚙み切れない感じだが、味は中々美味かったぞ】」
「きゅうきゅう【肉の固さなんてドラゴンたるアタシには関係ないから、ぜひとも襲ってきて欲しいのよね。そういえば以前は肉にしなかったのよね】」
『海の魔物は僕たちに弱いから可哀そうなのだ』
ヒヨコの言葉にトニトルテはシーサーペントの肉に興味を持つが、グラキエスは海の魔物が自分たちに弱いと憐れむのだった。
言われてみれば海を凍らせるブレスを吐くグラキエス、水に電気を伝えて水中内を一網打尽にするトニトルテ、水を干上がらせるヒヨコ。
グラキエスが言うように海の中で生きている魔物にとってこの三者は天敵と言えるだろう。
騎士隊の男は、ヒヨコ達の馬車を誘導しながら、馬車の中を見て
「そういえばフェルナント殿下は来ていないのですね」
「ピヨピヨ【さすがに帝国の帝位継承権を持ってる子供を戦争には連れて来ることは無理だぞ?】」
「それもそうですな」
ハハハハ、と笑いあうと、馬車の奥の方にあった大きい箱がごとごとと揺れる。
何事かと全員の視線が箱に集中する。
すると、箱がパカッと開き中から人影が飛びだす。
人影は大きな箱から飛び出してクルクルッと回転してか馬車の後部座席に着地する。
「呼ばれて飛び出てパンパカパーン!何か呼んだ?フェンルナント君、登場!」
なんと、その人影はもしゃもしゃと干し肉をかじっているフェルナント君であった。
「………何故、ここにいるの!?」
百合は目を丸くしてフェルナント君を見る。
「開けないような荷物箱の中に隠れてた」
「ピヨピヨ【おかしい。魔力感知にも気配感知にも引っかからなかったのに】」
『そういえばピヨちゃんの魔力感知は最強レベルなのだ。引っかからないとかありえないのだ』
「そこは超頑張った!魔力を自然な感じに見せるようにして、気配を消して頑張った!ピヨちゃんにばれないようピヨちゃんが寝ているときに食事をして20日間の苦行に耐えたのだ!寝ても食事中でも魔力感知に引っかからないようなコントロールも可能に!」
フェルナントは干し肉をごくりと飲み込むエヘンと胸を張る。右手には干し椎茸、左手には漬物を持っていた。
『これだから天才は困るのだ』
「きゅうきゅう【モニカはどうしたのよね?】」
「説得した!追いかけるモニカをパトラッシュがしっかりガード!万事大丈夫。パトラッシュもモニカとお留守番を快く引き受けてくれたからね!」
つまるところパトラッシュを使ってモニカを足止めして逃げてきたという事である。
「きゅう~【どうりでアタシたちが耳にしなかったのよね。あの魔物にそんな知恵があるとは…………。これだから天才は困るのよね】」
「ピヨピヨ【それ以前に戦いに参加は厳禁だというのに戦う事しかできないフェルナント君は全く役に立たないし邪魔なだけだといった筈だ。来てもやる事ないぞ?ただの邪魔ものだぞ?】」
「そこも大丈夫!ピヨちゃんが寝ている隙をついてトーチの魔法で明かりをつけて、神聖魔法の本を読んで、神聖魔法の練習をした結果、神聖魔法LV6まで覚えた!」
「ピヨピヨ【何で無理だからダメと言ったら、無理を可能にしてくるの?ヒヨコの言い方が悪かったの?明らかに腹黒公爵さんの能力が遺伝している……。これだから天才は困るぞ】」
グラキエス、トニトルテ、ヒヨコの三者はがっくりと項垂れる。
たしかフェルナントは神聖魔法なんて使えなかったはずだ。
人体や魂に干渉する神の領域の魔法、これが神聖魔法である。実のところ、帝国よりアルブム王国の方がこの魔法が進んでいたのは非人道的な実験を多く繰り返して来た積み重ねによるものがあったからだ。
その知識をルーク時代に多く学びLV9まで達している。さらに自分の死を感じ取り、魂の感覚を掴む事でヒヨコは神聖魔法LV10にまで達してしまった。
簡単にLV6にまで到達できるならだれも苦労はしない筈だ。
そもそも、自習用の書物はLV7に自力で到達したフェルナントの父シュテファンが書いた物であり医療関係者や教会関係者は必読の学術書である。
それを読んでLV6に到達するなど普通ではあり得ない事だ。
だがヒヨコ達の前でどや顔しているフェルナントのステータスには確かに過去になかった神聖魔法がいきなりLV6まで増えていた。しかも魔力操作もLV3からLV5に上がり、気配消去もいきなりLV5になっている。
いくらヒヨコとて注意深く見なければ見落とす魔力操作で紛れ込んでいたのだ。
「ピヨピヨ【一番来てほしくない奴が来てしまった】」
『とはいえ、後方支援で傷を治すのは人手が多い方が良いのだ。こき使ってやればいいのだ』
「グラキエス君、酷いよ~。僕は勇者だよ。勇者には勇者の仕事があるのだ!」
「ピヨピヨ【戦争って対人戦闘だから勇者の仕事はないぞ?確かにヒヨコの鳥生での真の勇者の称号を取ったのはアルブム王国三万を相手に単身で戦った事によるものだと聞いているが…】」
「ちょっと待て。ヒヨコ、何で自分の行動を他人から聞いている風なんだ?」
ビシッとツッコミを入れる百合であるが、
「ピヨピヨ【すまんな、残念ながらヒヨコは生後1月くらいの頃の記憶があいまいなのだ】」
「生後1月のヒヨコに負ける一国の軍隊って……」
百合は悲し気にどこか知らない王国の軍隊を悼む。
「帝国の武闘大会で準優勝だし、ピヨちゃんは強いんだよ。僕も出てみたかったのに皆がダメだっていうんだよね。グラキエス君は7歳、ピヨちゃんは1歳で出たのに、僕は6歳で出るのはダメだっていうんだ。代わりに留学することになるし、酷いよね」
フェルナントはヒヨコにしがみつきながら頬を膨らませる。
『僕達を例にして話す時点で人間という概念が抜けているのだ。僕たちは生まれた段階から普通の人間より強いのだ』
「きゅうきゅう【フェルナントは人でなしなのよね】」
「人でないドラゴンに人でなしとか言われた!?」
ドラゴン兄妹に突っ込まれフェルナントはショックを受ける。
「ピヨピヨ【ヒヨコのような立派な人間に早くなるのだぞ?】」
「人じゃないピヨちゃんに上から目線で人間を説かれる人間ってどうなのさ?僕は母さんのように強く、父さんのような賢い人間になるんだからね」
フェルナントはヒヨコの言葉に憤慨する。
ヒヨコはヒドラ相手に傷一つつかずに圧倒した剣聖皇妹さんと、裏で手を回したり表に出て戦ったり悪神討伐でちゃっかり美味しい所を持って行った腹黒公爵さんを足したような人間を幻視する。
余りに恐ろしく、ブルッと体を震わせて毛を逆立てる。
「ピヨヨ【母さんのように乱暴で、父さんのようにずる賢い人間か。……世にも恐ろしいモンスターが誕生しそうな予感しかしないぞ】」
「きゅう~きゅう~【ヒヨコ、ヒヨコ。フェルナントは一度始末しておいた方が良いような気がするのよね】」
『トニトルテに警戒されるとかフェルナント君は大物なのだ』
ピヨドラ達はフェルナントを警戒していた。
それも当然だ。世界を滅ぼしかけ神化しているドラゴンの王に一目置かれている人間の息子で、その才能を継いでいるなんて普通じゃない。
こうしてヒヨコ、トニトルテ、グラキエス、百合、智子に加え、フェルナント君がパーティに加わったのだった。