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2章6話 勇斗の初陣

 勇斗たちが滞在していた砦に豪奢な馬車が辿り着く。

 そこから出てきたのは黒いローブに身を包んだ瘦身の、どこか気味の悪さを感じさせる片眼鏡を付けた老人だった。

「も、モンタニエ卿。何故、貴殿がここに?」

 驚いたように対応するのはジャンヌの父でありこの領地の領主でもあるアンリ・アルノワであった。

「法王猊下から貴国の補助をせよという命令が下った」

「モンタニエ卿が、ですか?」

「うむ。まあ、わしは後方に立っているだけだがな」

「そ、それは心強いですが……」

 アンリはどこか心強さと同時に嫌悪を抱くような顔をする。

「して異世界の勇者殿は?」

「あ、はい。僕が高城勇斗です」

 モンタニエ卿が尋ねると、勇斗は慌てて前に出て、右手を胸に当ててこの世界での礼をとる。勇斗の姿を見て、ほう、とアルノワは声を漏らす。

「他の勇者たちと比べてもなかなかに高いステータスを持っているようだな」

 片眼鏡を手で持って感心するように口にする。

「は、はあ…」

「勇者様。こちらは大陸最高の魔導師フィリップ・モンタニエ伯爵閣下でございます。四聖の一人に名を連ねる偉大なお方です。」

 マリエルが紹介するが、勇斗はそれがどれほどの意味を持つのか理解しかねていた。

 すごい術師さんで、光十字教会の偉い人というのは伝わってくる。この世界の人間は光十字教を最も史上としている事はこれまでの経緯で理解しているからだ。


「異世界からきているのだ。説明しても分からなかろう。私の魔法は少々、皆に嫌われてのう。だが、この戦、負けるわけにはいかぬだろう?ソリス様より私が遣わされたという事だ」

「貴殿の力など必要ないとは思っているのだが…」

「ソリス様の声に逆らうと?」

 アンリは首を横に振るのだがジロリとフィリップはアンリをにらむ。


「そのようなことはない。必要ないがいるならいるで文句は言わぬ。事実、この戦はもはや負けられぬ。リトレを落とすのが我が仕事ゆえに。保険があるならそれでよい」

「ふははは。さすがはアンリ卿、よくわかっておられる。ああ、そうそう、ここに来る途中に大量の魔物を殺してきましたので背後は安心を」

 そんな事を言うモンタニエ卿に意味が分からず勇斗はチラリとマリエルを見る。

 マリエルはモンタニエ卿の紹介をする。

「勇斗様。モンタニエ卿は四聖と呼ばれる地位にいるお方で、得意な魔法は闇魔法です」

「光十字教なのに?」

「光があれば闇が生まれる。対になる存在は正しく使えば薬になるのです。毒もうまく使えば薬になるという事と同じです。そしてモンタニエ卿の得意な闇魔法は、死霊魔術の類なのです。彼がいるだけで殺された兵士はゾンビナイトとなり、殺された魔導士はリッチとなり、殺された魔物はゾンビモンスターとなって軍勢となるのです。死者をも使うとして嫌われていますが、戦場においてば不敗の大魔導士と呼ばれています」

 それはあまり気分のいい話ではないと勇斗は理解する。

 殺された味方も殺した敵も皆アンデッドモンスターとなり味方となるのはかなり危険かつ強力な能力だ。

 とはいえ、余りにも非道ゆえに、アンリが顔をしかめるのも理解できるものだった。


「今日は我が切り札も運んできている故、期待しておくとよい」

「切り札、ですか?」

 モンタニエ卿は笑いながら彼の護衛する軍勢の奥の方を見る。そこには大量の骨が台車の上に転がっている。

「共和国の竜墓から過去の老竜の骨が見つかってな。雷竜のボーンドラゴンを生み出すことに成功したのだよ」

 モンタニエ卿は顎髭を撫でながら嬉々として説明をする。

「なっ!?」

 アンリは驚いた顔をする。それは他の皆も同じだった。勇斗だけ理解できずポカーンとしていたが。

「戦場でニクス竜王国は焦るでしょうな。老竜を越えるボーンドラゴンが目の前に現れるのですから」

「それは凄まじい……」

 アンリは恐れおののくように口にし、理解できずにいた勇斗はマリエル王女に視線を向ける。マリエル王女は頷いて説明をする。

「ドラゴンは幼竜にはじまり成竜となり、最後には老竜へと進化するのです。幼竜は1メートルにも満たない大きさですが、成竜になると5メートルほどに成長し、そして老竜ともなると15メートル以上にもなります。人間の10倍ほどの大きさのドラゴンとなると、もはや他の生物は手も足も出ません。そして共和国にいる魔王フリュガがサンダードラゴンの老竜です」

「魔王と同じ強さを持つドラゴンの骨ってこと?」

「それどころではありません。死霊化すれば基本的に性能が上がります。……魔王をも倒せるかもしれません」

「なんだか、ますます僕らの存在意義が薄れていくような気がするんだけど」

 勇斗は光の精霊の加護があっても、この世界の人間のトップオブトップの方がはるかに強く、自分が役に立たないのではないかという印象を持つのだった。

「そんなことはありません。次期七光剣と呼ばれるジャンヌに並ぶほどの実力をあっさりと身につけた勇斗様の存在や振る舞いは勇者として相応しいものです。できればこのまま我が国にずっといて欲しいくらいですから」

「ここは悪くない場所だけど、親が心配しているだろうからね」

「そ、そうですよね。残念です……」

 露骨にしょぼんとするマリエルに勇斗は首をひねり、やはり王女様だから対等に話せる相手がいなくて寂しいのだろうか、とどこか見当違いな思いを抱いていた。




***




 既に戦争は始まっていた。北へと進軍する勇斗たちは早々に廃墟となっている町へと辿り着く。

「ここがオーウェンズ公爵領の町?」

 がれきと化している廃墟がそこにあった。

 たくさんの人間の死体が転がっていた。多くは鎧を着た兵士もいるが、一般人の死体も転がっている。

 首だけが槍に刺さったまま飾ってあったり、まるで死体で遊んでいたかのような戦争の痕跡が残されていた。女性も服が引き裂かれあられもない姿で死に絶えて転がっており、かなり残虐の限りを尽くした様子だった。

「っ!?……こ、これを…友軍が?」

「敵国に対して恨みつらみがありますから。為政者としてはあまり好ましくありませんが、目をつぶらねばなりません。悲しい事ですが元はと言えば敵国が我が国の民にやってきたことを返しているだけです。何より、兵士たちの士気を保つためにも目こぼししなければならないのです」

「………」

 マリエルの言葉は理解できるが、民間人まで滅ぼす必要があったのかという思いがあった。


 それにこの都市の規模は首都ルモエに近い規模だ。この規模の町でもオーウェンズ公爵領にとっては地方都市だと思うと頭がクラクラしそうだった。

 なにより死んでいる人たちは、酷い暮らしに会っていたのではなく、ただ平和を享受していたかのように感じる。

 その平和を踏み潰したのは自分たちだ。


「我が国の民とて何人も奪われております。多くの軍人たちが殺されています。わが軍の怒りはニクス竜王国に向けられるのは仕方ない事です。とても心苦しいですが………いえ、当然なのだと思います。」

「そ、そうだね」

 そうだ、やられてきたことをやり返しているんだ。

 自分は今日この戦争を初めて目の当たりにしたから、こちらがやり過ぎだと思っている。だけど、今まで敵にやられてきたことを思えば仕方ないのだと理解する。


 殺されているのはほとんどが耳が長かったり、あるいは獣の耳を持った種族だった。肌の色も様々だ。エルフやドワーフ、獣人とでもいうべきか、そのような種族がたくさんしたいとなっていた。いずれも女子供ばかりである。

「亜人種?っていうのが多いね?」

「ニクス竜王国は竜神信仰している亜人が多いのです。もちろん、人間もいますが、確か三大貴族の2つの貴族が亜人だと聞いています。竜神信仰という邪教を信仰している亜人の国家、それがニクス竜王国なのです」

「……」

 亜人とは言うが、見た目はほとんど人間なので、勇斗としてはそこまで差別する事なのかと考えてしまう。こっちの国だと奴隷として扱われているが、特に攻撃的という事もなく至って普通のちょっと変わった人間という印象だった。

 だが、こちら側が負けるわけにもいかない。魔王相手に同情もできないと思いなおす。

 勇斗は戦争の悲惨さを初めて感じるのだった。




 そのまま軍を北上させていた。

 既に先遣部隊に追いつき、村や町から物資の略奪を行っていく。北上する難民を襲い殺して行く。

 戦争を知らない勇斗にとってはその光景を見るだけでも吐き気を催すほど厳しいものだった。

 ついに戦争の最前線へと辿り着く。


 舞台はレッドプラヌム砦、赤い丘陵があちこちに見える荒野にそびえる巨大な砦。

 ここを抜けば領都リトレへと攻め込める位置にある。当然であるがニクス竜王国軍は赤い荒野にて砦を守るように陣形を敷いて待ち構えていた。


 このころにはかなり寒くなってきており朝起きれば霜が降っており、息を吐けば白くなる。


 朝にはアンリからの訓示が兵士たちにかけられる。

「これから半月が勝負だ」

 強靭な騎士甲冑纏った将軍は周りに壇上に立ち兵士たちに説明をする。

 これから半月が勝負というのはこれから半月で敵の砦を奪えば動けなくなるからだ。

 偏西風で温暖ではあるけど、かなり緯度が高く、そろそろ雪が降り始める季節だ。そうなると戦争は停戦せざる得なくなる。砦を奪った時点で停戦すれば今後の戦争ではかなり有利に進められる。何故なら雪解けは南にある北海帝国の方が早いからだ。その間に光十字教国と合同で竜王国を攻め立てる。

 それが今回の構想であった。


 互いの軍がぶつかり合う。

 遠距離では互いに魔法が打ち出され、魔法と魔法がぶつかり合う。

 互いの軍勢が徐々に近づいていくと重装歩兵同士がにらみ合う中、左翼や右翼から騎獣兵が出て行く。

 勇斗達は戦列から少し離れた右翼後方に陣取って、戦争が起こっているといわれてもピンとこないような場所に配置されていた。

 そんな戦争の状況に勇斗は不思議に感じる。

 この世界は剣と魔法の世界だが、銃や機械がほとんどない。水道なんかも魔道具によって生み出されている。

「そういえばこの世界って魔法はあるけど拳銃とかはないの?」

「拳銃とは?」

 マリエルはコテンと首を傾げる。

「ええと鉄の筒に火薬を詰めて、筒の中で火薬を爆発させて鉛玉を飛ばすんだけど…。分かるかな?」

「ああ、鉄砲ですね?」

 両手を合わせて理解をして笑顔になる。

「あるんだ。何でないの?火薬が作れないとか?」

 そういいながらも、火薬の作り方は知らない勇斗は首をひねる。

「昔、作った方もいるそうですけど、結局、魔法で使えなくなるので意味がないですね。歴史で槍から鉄砲、鉄砲から魔法へ遷移する事に関しては習いますから。」

「魔法で使えなくなる?」

「はい。水魔法で火薬は簡単に湿気りますし、火魔法で簡単に誘爆します。魔法を使った弾丸は開発されましたが、起爆術式を解析されると簡単に誘爆しますから」

 割ととんでもない理由だった。遠くから火を飛ばせるのだから拳銃なんてそりゃ役に立つはずもないのだ。

「……な、なるほど」

 勇斗は魔法世界で銃が全く進化していないからこんな前時代的な戦争をしているのだと知る。


 ちなみに、実際にはこの大陸では発達していないが、鉱山を掘るときにはダイナマイトは実用化されているのでローゼンブルク帝国では当然だが戦争では使えなかったが実用化されている。

 近年では飛行船開発と同時に空中からの爆撃も同時に考案されている。これはヒヨコの<爆炎弾吐息(ミサイルブレス)>を見た魔導師が提案したものだ。

 ヒヨコのブレスの本質は遠く届かない場所からピンポイントで爆撃するというもので、悪神達でさえあらがえない暴力に魔導師たちがどうやれば自分たちの技術に出来ないかと考えた際に銃や魔導砲の存在へと行きついた。帝国は常に世界の侵略者を相手取ることを考えており、自分たちこそが世界の平和の調停者だと認識しているから、魔王を倒せる技術があればそれを学ぼうと積極的に動いている。

 それは皇族が500年前の勇者の言葉に正しく従っているからだ。

 従来、鉄砲や魔導砲はあくまでも魔法の届く範囲で使うものだったから、魔法で誘爆されて使い物にならない、否、自分達が大打撃を受けていた為に諦められたものだった。

 魔法の範囲外から攻撃をするから、さらに開発をすれば止める術がないという点に気付いたからである。従来は魔法よりも近くで使う兵器だったから発達しなかったが、最初から魔法の遥か外側から狙う事を考えて作っていればその限りではない。

 この9年で帝国での魔導兵器や銃や爆弾の扱いは大きく変わって来ている。ヒヨコのブレスが切っ掛けだったりするが、シュテファン・フォン・ローゼンハイムが学校制度を変えたり、魔導機関、魔導回路などの発達が後押しした。

 但し、それを言い出すと魔導機関や魔導回路開発及び支援を行なっていたシュテファンは、ヒヨコを見出した存在でもあるので、シュテファンが全部やっているという話になってしまう。


 閑話休題、ジャンヌと二人でマリエルを守るように右翼最後方で戦況を観察していると……

「大変です!後方より奇襲です!」

 兵士が叫び声をあげる。兵士たちが慌ててこちらの方へとやってくるが、丘の方からものすごい勢いで20騎を越える獣人の騎兵達が魔犬(デビルドッグ)に乗りながら迫っていた。

 兵士たちが慌てて防御陣営を敷こうとするが最も手の薄い場所で30人程度が壁を作るだけとなる。さすがに歩兵30では騎兵20を相手には厳しく簡単に蹂躙されてしまう。

 ついには勇斗たちのいる場所へ一直線に飛び込んでくる。


「騎兵!?」

 勇斗は慌てて構える。

 ジャンヌが前に出て騎兵の乗っている魔犬(デビルドッグ)を切り伏せる。

 だが、騎兵はデビルドッグから飛び降りてジャンヌに両手持ちの大剣切りかかる。ジャンヌは慌てて相手の攻撃を剣で受け止める。


 そんな中でその後ろからさらに騎兵が一騎飛び込んでくる。

「死ねっ!北海王国貴族!」

「侵略者め!」

 迫りくる獣人たちの集団に兵士たちが慌ててマリエルを守るために 防御陣営を組む。

「くっ、姫様を守れ!」

 ジャンヌは敵兵が予想以上に手練だったようで剣で圧し合いをして、それ以上に手が出ない。

 迫りくる騎兵がマリエルへと襲い掛かる。


「うああああああああっ」

 勇斗は剣を抜いて、騎兵を切りつける。その斬撃は鋭く、騎獣もろとも騎兵を両断するのだった。

 大量の血を噴き出して目の前で死に絶える騎兵に、勇斗は血を浴びて剣を持つ手を震わせる。

 これまで何度も訓練をして人と戦ってきた。魔物討伐も何度もやってきたが、人間を切ったことは一度もなかったのだ。どうにか兵士たちがマリエルの前に回り込み防御陣形を盤石にする。

 ジャンヌは敵を切り伏せてから勇斗とマリエルの方へと向かう。


「ユウト、助かった。姫様、ご無事ですか?」

「は、はい。勇斗様のおかげで…」

「ぐっ……」

 勇斗は人殺しをした事を実感し吐き気を催し手を口に当てるが堪えきれず吐いてしまう。

「だ、大丈夫か?」

「げぇ……うぐっ…おぇ……」

 地面に膝をついて腹の中のものを全て吐き終えると、手で口元をぬぐい、肩で息をしながら、フラフラと立ち上がる。

「ご、ごめん。……だ、大丈夫、……だから」

「気にする必要はありません。初陣なのですから」

 マリエルは勇斗を労わり、ジャンヌは周りを警戒する。

 右翼の最後方で守備を固める北海王国軍の王女陣営。

 対して騎兵による奇襲を仕掛けてきたニクス竜王国は見事に成功させ、マリエル王女のいる後方で戦いが行われていた。

 ニクス竜王国の騎兵達は完全に裏を突いて奇襲を仕掛けていた。

「第二陣、来るぞ!防御陣形を崩すな!」

 ジャンヌが叫ぶ。

 兵士たちは必死に守りにはいるが、第二陣の魔法部隊による奇襲を受けていた。

「ぼ、僕も行かないと……」

「勇者様…しかし、お加減が優れないですし……」

 マリエルは勇斗を引き留めるが勇斗は首を横に振る。

 勇斗は周りを見れば、敵の死体だけでなく、味方の死体も転がっているのが分かる。ゲームではなく、これはリアルな戦争なのだと実感させられる。

 だが、今更逃げることも許されない。

 少なくとも今まで自分を支えてくれたジャンヌやマリエルを置いて逃げることは許されない。


 勇斗は剣を握り前へ出る。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 斬撃を飛ばし遠くの騎兵を次々と切り殺す。

 その日、勇者ユウト・タカギは華々しい初陣を飾った。

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