2章5話 勇斗、戦争へ行く
高城勇斗は北海王国最北端にあるメルロー砦へとやってきていた。
北海王国のマリエル・ミルラン・ルモエ王女殿下とマリエルの護衛騎士ジャンヌ・アルノワの2人を共だって、砦の中を歩く。
この国の王女は桃色の髪を肩口でそろえており緑色の大きな瞳をした美しい17歳の少女である。丁度、異世界人である勇斗と同じ年齢だ。黒髪の優しそうな顔立ちをした少年で、500年前に降臨した伝説の勇者の特徴を持っていた。
2人の護衛として共に歩くジャンヌはこの大陸に多くいるブラウンの髪で、年のころは二人より一つ上の女性だ。長い髪を後ろに束ねておりキリリとした瞳が印象に残る美しい女騎士である。
勇斗が最初に感じたのは、この世界は魔力や魔法がある為か、細身の美しい女性でも中身がとんでもない力を持っている事がままあるという事だ。実際、光の精霊から加護をもらっているのに、自分よりも細身で背の低いジャンヌが、自分よりも力持ちだという事実がある。
すると通路の奥から一人の男が歩いてやってくる。
「おお、姫様。もしやそちらが勇者殿か!?」
スキンヘッドにカイゼル髭を生やしたフルプレートアーマーを着た男だった。明らかに鍛えており、筋肉で体は分厚く、背も185センチほどとかなりの巨漢である。
「お久しぶりです。アルノワ卿。勇者様をお連れいたしました」
「ほう?にしてもきゃしゃだな。本当に戦えんのか、坊主」
バシバシと勇斗は背中をたたかれて笑われる。
「い、いや、僕は…」
「何を言うか、父上。勇者殿は確かに戦いを知らぬ土地からやってきたが、既に私をも届こうかというほどの剣の冴えだ」
「お前のような不出来な娘などさっさと超えてもらわねば困るというものだ」
呆れたように突っ込むアルノワ卿にジャンヌは唇を尖らせて悔しそうにする。
そこで二人のやり取りを見て勇斗はふと気づいた事を尋ねる。
「父上?もしかしてジャンヌのお父さんってこと?」
「はい。この砦で将軍を務めているのが北海王国北方防衛軍の将軍アンリ・アルノワ卿でございます」
マリエルはジャンヌの父を紹介する。
「ええと、初めまして。ユウト・タカギです。よろしくお願いいたします」
「北海王国将軍アンリ・アルノワだ。勇者殿は姫様の管轄になるがこれから行う戦争に参加してもらう」
「は、はい……」
「敵は竜王ニクスの傘下、竜王国軍だ。われらは奴らを倒さねばならない」
アンリ将軍はそう言って勇斗を見る。
「……本当に必要な戦争なのでしょうか?魔王は侵攻している訳ではないのでしょう?」
「かの国は我が国の多くの民を奪っている。村5つも攫われた事もあった。民がどのような扱いを受けているかは分からん。我らは奴らに奪われた民を取り返さねばならない」
どこか殺気立った様子で口にする。
「交渉は?」
「我が国の民を渡すわけにはいかないの一点張りだ。話にもならぬ。奪っておいて自分のものだと口にする。それがかの国のやり方だ」
「なるほど……。助けたいのですね?」
勇斗はなんとなく理解を示す。自国でも他国に民を奪われたままで何もできていないのが現実だったからだ。
2人は話しながら作戦会議などが行われるようなアルノワ卿の執務室へと向かう。
大きい地図が広がっており、作戦を考えている途中といった感じでチェスの駒のようなものがあちこちに置いてあった。
「だが、恐らくは生きてはいまい。………竜王の生贄にされている可能性もあるだろう」
アルノワ卿の執務室でそんな恐ろしい言葉を聞かされて勇斗はゾッとする。
北海王国にとっては仇敵でもあるニクス竜王国は、光十字教にとって魔王とも呼ばれており、ニクスを魔王として伝えられている国家では人を食い恐怖で人間を支配する魔王と伝えられていた。
それが光十字教を信仰する国家の中では常識だった。
「どうにかならないんですか?」
「それをどうにかしたい。だが、簡単ではない。200年前までは我が国の貴族だったが民を売って向こうの貴族になったものもいる。オーウェンズ伯爵、今はニクス竜王国でオーウェンズ公爵と呼ばれている」
北海王国よりずいぶん北の方にある領地を指さす。
「ずいぶん北の方にある領地ですね」
「かつてはここまで我が国の領地は存在していた。オーウェンズ伯爵が裏切りニクス竜王国と手を組んだ為に多くの領地が削られた。奴らだけは絶対に許せん!人類の敵だ!」
アルノワ卿は怒りの声を上げてテーブルを強くたたく。その瞳は怒りに染まっていた。
「目標はそこだけではないのでしょう?」
「無論、ヴィンセント大公のいるナヨリ、魔王の居るワッカナイ侵攻は視野に入れているが、光十字教国や他の勇者たちと共同で戦う予定ではある。奴らと共に戦う前に、我々としては裏切者のオーウェンズ伯爵を打倒せねばならない。奴だけは絶対に許してはならず、そして私の手で打ち取るつもりだ。誰にも譲らん」
勇斗は怒りに燃えているアルノワ卿の姿に息をのむ。
恐らく、このオーウェンズ伯爵とは代々深い因縁があるのだろう。
「姫様からは聞いている。まだ経験が浅く力を発揮できていないと。だが、鍛えれば七光剣以上の猛者にもなるだろうとな。今回の戦争では必ず奴らと倒して見せる。決して死ぬんじゃないぞ」
ポンポンと勇斗の肩を叩く。
「は、はい」
すると兵士の一人がやってきて報告を告げる。
「アルノワ卿、竜王国に動きがありました!」
「何だと?分かった、今すぐ行こう。勇者殿はまた後で会いましょう。それでは」
忙しそうにアルノワ卿は部屋を出て行く。
「全く、父上は相変わらず忙しそうだ。勇斗殿も済まぬな」
ジャンヌは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、僕らの仕事はあくまでも光十字教国と共同で戦う前の事前偵察だからね。現場で働く人の邪魔はできないよ」
「そう言ってもらえると助かる」
「でも……その、さっきの言っている事って本当なの?その、魔王の生贄にされているって」
魔王と聞いて余程の悪なのだろうと勇斗は感じていたが、魔物の親玉というものがどのようなものかを察してしまう。
「分からないが多くのものがそのように言っている。実際、あの国に攫われた者たちがこの地に帰ってくることはない。相当数の人間が向こうの国に行っているので、誰かしら逃げることができないとも思えない。密偵も潜り込んでいるが帰ってこない。ともすれば…」
「……魔王は倒さないといけない……という事か」
勇斗はギュッと拳を握る。
魔王ニクスを倒すには支配下にあるニクス竜王国軍を倒さねばならず、七光剣と同等以上の力を持つ剣士アレン・ヴィンセントというナヨリ領主を倒す必要があるという。
勇斗にとって人殺しという事自体が懸念だった。
魔王討伐ならいざ知らず、戦争に入り人殺しをするというのは勇斗にとっては厳しいハードルであった。
「勇者様はお優しいですから私はあまり戦場に与したくないのですが……」
「そう言う訳にもいかないよ。僕らが元の世界に戻るためにも戦わなければいけないんだ。魔王を倒す事前準備でこの世界の皆に戦ってもらうのは申し訳ないけど」
「我々の問題ですからお気になさらずに」
マリエル王女は首を横に振る。
「幼馴染の友達が行方不明っていうのも気掛かりだしね。この世界に来ているのなら保護しないと」
「心配ですよね」
「智子と岬さんは一緒にいたから一緒にこの世界に来ているとは思うんだけど……。比較的近くにいた人達が周りにいたからね。光の精霊様からは何か情報はないの?」
「いえ、そのようなことは……。此度の事は光十字教国付近で起こっている事件なのですが、光の精霊様の手が届かなかったのでしょう。さすがにこちらに来られてから1月もなりますしある程度の情報は集まっていますが……。もしかしたら魔王のいる国にいるかもしれません」
「………。考えないようにしていたけど、やっぱりそう考えるのが自然だよね」
勇斗はギュッと拳を握る。
もしも岬百合が光の精霊の恩恵を受けていたなら間違いなく勇者だっただろうと考える。破天荒だが、間違っているものは間違っているといえる人だ。かつては駿介と双璧を成した正義の問題児でもある。
さらには女子剣道でインターハイや選抜大会にも出場している猛者で、彼女がいてくれたら魔王を倒す事も楽になるんじゃないかと考えてしまう。
だが、光の精霊の恩恵がなければ、この世界の人間には勝てる気がしないというのが本音だろう。
***
夜になると勇斗は城の庭に出て素振りをしていた。
剣術LV5という能力に振り回されている感覚が勇斗にはあり、使いこなしていないのだと実感がある。アクティブに動き時はスキルを使うという感覚があるが、パッシブに動くときはほとんど剣術スキル頼みにスキル感覚に任せるままに動いている。
もっと積極的に動けるようにならないと拙いと考えていた。重い剣であるのに、光の精霊の恩恵のおかげで軽く感じる。
少なくとも剣閃を飛ばす飛ばさないをコントロールすること自体はできるようになった。
だが、一体、魔王とはどこまで強力な存在なのか?果たして今のままで勝てるのか、それについては疑問が大きかった。
勇斗が素振りをしていると、ふと人影が見られる。
何だろうと思い、その陰の方へと向かうと、そこには十字架に祈りをささげるジャンヌの姿があった。
「ジャンヌ?」
「!?………ゆ、勇斗か」
ジャンヌは墓前の前で両手を組んで祈りをささげている所で慌てて振り向くのだった。
「ごめん、邪魔した?」
「こんな時間に勇斗は何をしてたんだ?」
「素振りだよ。いつもの日課だね」
「なるほど、真面目だな、貴殿は」
ジャンヌはフフフと苦笑し立ち上がる。
「お墓?」
「ああ。兄上のだ」
「お兄さん……」
「兄上は天才と呼ばれていて、若干12歳で七光剣になった人だったんだ」
「す、すごいね」
この国の七光剣と手合わせをさせてもらったが全然かなわなかった。その領域に12歳で立つとなると普通に天才といえるだろう。とすると彼の前任者となる訳か。
それほど強い人がいたのなら自分たちなんて必要ないと思えるくらいに。
「だが、竜王国の卑怯な手によって殺されたんだ。4年前の戦争だ。……もう、私は兄と同じ年になってしまった」
「そうだったんだ……」
「父上は今回の出兵に対しては本気で考えている。4年前の悲劇を二度と起こさないためにな」
殺気だった雰囲気を感じたのはその為かと勇斗は思い出す。
「僕も手を合わせても?」
「?………ああ、構わん」
勇斗は手を合わせて祈る。戦争で犠牲者が出ないように師でもあり同僚でもある女性の友人を守ろうと亡き兄に誓うのだった。
「ジャンヌは僕が守るからね」
「…なっ、ば、バカを言うな。お前が守るんじゃなくて私が守るんだ。まだ私よりも弱いくせに生意気だ。姫様は一流の光術士ではあるが、近接戦闘では圧倒的に弱い。その為、私のような騎士がついていたんだ。……だが、今回の戦争では…」
「もちろん、マリエルも守るよ。皆守って、勝てばハッピーエンドだろう?」
「お前のそういう所はどうかした方が良いと思うぞ?」
こめかみを抑えて呆れるようにぼやくジャンヌだが、勇斗は全く理解していない様子だった。
「?」
「いや、良い。その通りだからな。父上は兄上が死んでからは常にニクス竜王国への復讐に憑りつかれておられる。この戦争でオーウェンズ伯爵を討ち、奪われた民を解放できれば良いんだがな」
「そうだね。攫われた人達も救いを求めているだろうしね」
勇斗はジャンヌの言葉にうなずく。