2章4話 ヒヨコ、引っこ抜かれる
誤字報告ありがとうございます。
忍者を捕らえた翌日の事。
ヒヨコ達は再び移動準備を整えていた。
折角、しばらくはゆっくりできると思ったのに残念無念である。
だが、しかしヒヨコは慈善事業者。戦災被害者の皆々様を助ける大事なお仕事があるのだ。それに西にあるオーウェンズ公爵領の領都リトレはこの街に来た時に使った港町。そこを取られると帰るのが大変なのだ。
オーウェンズ公爵領の湊は不凍港だけど、東側の湊は冬だと流氷が流れて来て船が出しにくくなる。リトレの確保は必須だ。
「やーだー、やーだー!僕も行くーっ!僕も行くのーっ!」
ヒヨコの住む集合住宅の庭先で、9歳児にあるまじき駄々をこねるフェルナント君がいた。
3~4歳児くらいしか見ない光景である。
「ピヨピヨ【さすがに他国の王族を連れて行くことはできぬぞ。ヒヨコは師匠の弟子として民を救わねばならぬ】」
「ずるいずるいずるい!ピヨちゃんばっかりピヨちゃんばっかり!僕だって神聖魔法使えるもん!」
「ピヨヨッ!?【いやいや、使えないだろ!?フェルナント君のスキル欄にも書いてないじゃん!】」
ヒヨコは神眼持ちなのでないのは明らかだった。
「きゅうきゅう【嘘つきなのよね。これだからお子ちゃまはダメなのよね~】」
『子供の行く場所じゃないのだ』
駄々をこねるフェルナント君をドラゴン2羽と一緒に見下ろして溜息を吐くヒヨコだった。
「やーだー。行ーくーのー。悪・即・ピヨの体現者たる僕が行かずして誰が行くのか!?パトラッシュだって行きたいって言ってるよ!」
「わふ…」
首をブンブン横に振るパトラッシュ。近くでマナガルム特有の巨体で見下ろしつつも、困った様子である。賢いので人語は喋れなくても人語を理解することが出来るのだ。
「言ってるよね!?パトラッシュ」
だが、フェルナント君はワシッとパトラッシュの頭をつかんで無理やり縦に振らせる。
「くーんくーん」
助けてと言わんばかりの子犬顔負けの情けない声で鳴くパトラッシュであった。大陸最強格の魔狼マナガルムとは思えない悲しい姿だった。
思えば、何でこの子はフェルナント君なんかに懐いてしまったのだろう?2年ですくすくとワンコの大きさから人間を一飲み出来そうな大きさになっていた。もっと大きくなるというのだから厄介だ。体を小さくできる魔法か人化の法LV3位まで鍛えて貰いたい所だが、獣系は魔力を扱うのが下手なので難しいかもしれない。
「殿下、だめですよ。国家間の話に首を突っ込むのは竜王国にも迷惑です」
「ピヨピヨ【とにかく、戦場に出るのはご法度で戦う事しかできないフェルナント君はいろんな意味で邪魔もの以外何物でもないのだ。お留守番してなさい。】」
モニちゃんもヒヨコもフェルナント君の我儘にうんざりしていた。
「そ、そうだ!わがローゼンブルク帝国は治癒術士たるモニカを同盟の証として出そうじゃないか。そして僕は護衛!そう、僕は護衛フェルナント君だ!」
「ピヨヨーッ【勝手にヒヨコのお株を奪うな!】」
モニちゃんの神聖魔法はLV3しかないのだ。魔力も大して高くはない。
そもそも、基本的には医療行為や応急処置がメインで治癒魔法は5回程度使えれば良い方だ。帝国の治癒術士となると20回と使う猛者も多くいるが、そんな規格外はこの大陸にはほとんどいない。そしてモニちゃんは2~3回の治癒魔法を使えるが、それだけで医療知識や応急処置の知識がない。
戦場では役立たずとなるのは目に見えていた。
「なーにやってんの?」
城内にある集合住宅の前でヒヨコとフェルナント君たちがやり取りをしていると、そこにやってきたのは剣術お姉さんと癒しお姉さんの二人だった。
「ピヨヨ~【フェルナント君がヒヨコと一緒に戦争に行きたいと駄々をこねるのだ。ヒヨコは遊びに行くわけではないのだが。】」
『戦争は大変なのだ。遊びに行くわけじゃないのだ』
「きゅう~きゅう~【これだから子供は嫌なのよね~】」
ヒヨコと幼竜に子供はとあきれられるフェルナント君。
「ヒヨコとミニドラゴン達に呆れられるのはどうかと思うよ?」
「だってー。僕はピヨちゃんと遊びに行きたいんだもん」
すくっと上体を起こして訴えるのだが、
「ピヨヨ~!」
ペチリとヒヨコはフェルナント君の頬を叩く。
「ピヨピヨ【戦場は遊び場じゃないぞ。そんな事を言っているとヒヨコは怒るぞ!】」
「ピヨちゃんがぶったー」
びええええと泣きじゃくるフェルナント君は再び地面でぐるぐる駄々をこねて、ヒヨコも困惑する。
「いや、ぶたなくても良いでしょうに」
「ピヨピヨ【異世界お姉さんズは戦争のない世界から来たから分からんだろうが、戦争は遊びじゃないぞ。こんなふざけたことを言うのならフェルナント君のご両親はもっと厳しく叩きのめすだろう】」
ヒヨコは剣術お姉さんにピヨピヨ抗議する。
「まだ子供だし分かってないんだから仕方ないんじゃないの?」
「ピヨヨーッ!【仕方ないで済む話じゃないぞ。ヒヨコは人間の頃、ただ強いという理由で無理やり戦争にぶち込まれて何もわからない状況で次々と悪魔王側の敵を倒し回ったからな。殺した相手の中には悪魔王に逆らえなかった者もいたし、悪魔王側に与さなければならなかった国もあった。その悪魔王の被害者の中で、ヒヨコの飼い主であるステちゃんの家族もいて、ヒヨコは殺したんだぞ】」
実際にはできるだけ殺さないようにしたし、鬼人王などは殺したと虚偽報告をしていたりした。だが、それでも殺さざる得ない敵が多くいたのも事実だ。
「……。そ、それは…」
「ピヨピヨ【獣王国は戦士の国だから割り切っているが、本当の心根は分からない。ヒヨコはこの国の状況を把握しているし、敵と戦う予定はないし、いざとなれば誰からでも逃げれるからな。だがフェルナント君はまだ未熟だ。未熟者が第三者という立場で戦わせるわけにはいかんのだ。後方の回復役とて立派な戦士となりえる。殺される可能性も十分にあるし、その可能性があるといえば敵を殺す可能性もある。ヒヨコは勇者時代にもヒヨコ時代にも万を超える戦士をこの世から葬り去っているが、後悔しかないぞ】」
「むー、そうやってピヨちゃんは僕を仲間外れにしようとする~」
「殿下。さすがにピヨちゃんを怒らせますよ」
頬を膨らませるフェルナント君にモニちゃんが窘めようとする。
「ピヨピヨ【割とプンプンだ。ヒヨコは怒ってますよ!激おこプンプン丸だ!それにご両親に伝えれば今すぐ飛んできて首輪をつけて戻されること請け合いだぞ?】」
何故ピヨちゃんが激おこぷんぷん丸を……と異世界お姉さんズが何かぼやいているがヒヨコは無視して話を進める。
「……むー。でも、困ってる人がいたら助けるのが僕のお仕事なのに」
そんなフェルナント君の言葉にモニちゃんも困ったように考えてヒヨコを見る。
正義の為ならば戦っても良いのではないかという思いがにじんでいる。これはモニちゃんもそうだ。
彼女たちは戦を知らない世代だ。悪神討伐後、帝国は獣王国だけでなく、鬼人領などといった大国と国際連合を作り平和に向けて動き出したからだ。
小さい小競り合いは相変わらず存在しているが、帝国に戦争を仕掛ける愚か者はいない。
「ピヨピヨ【師匠に指導をしてもらうと良いだろう。ヒヨコがいなくなると師匠も暇だからな】」
「ピヨちゃんのバカー」
フェルナント君は泣いて去っていき、パトラッシュとモニちゃんもそれを追いかける。
「ピヨピヨ【子供だなぁ】」
「きゅうきゅう【まだ1桁の子供なのよね。アタシと違ってお子様だから仕方ないのよね】」
『とはいえフェルナント君を戦争にかかわらせるのは僕も大反対なのだ』
「みんなは戦わないの?」
「きゅうきゅう【アタシら過剰戦力で大陸全ての人間を敵に回しかねないのよね】」
トニトルテはヒヨコの頭に乗ったまま肩をすくめるような姿を見せる。
「ピヨピヨ【前にも言ったが敵を倒そうと思えばヒヨコもトルテもグラキエス君もそこまで難しくはない。敵の軍勢を横なぎにブレスで一網打尽にできる。そもそも青竜女王さんや師匠だって似たようなことができる。一線を退いているのは人類を越えた暴力装置である自分たちを自重しているからだぞ。ヒヨコも子供のころは割と自重してなかったから、大人たちに常にフォローされていたからな。ヒヨコになったばかりの頃は勇者の頃の知識はちょっとだけあっても、精神的にお子様だったから仕方ないのだ】」
「そうなの?」
「帝都で和やかに過ごしている皆の愛鳥ではあるが、何度もうっかり帝都を滅ぼしかねない能力を見せていたからな。大人たちがフォローしてなければヒヨコは下手するとうっかり帝都を滅ぼしかねない悪魔の鳥のように思われてしまっていただろう。ヒヨコはだからこそフェルナント君のお父さんや帝国皇帝にはいろいろと良いように扱われているが、敢えていいように扱われてやっているんだぞ?」
『僕も帝都でうっかりやらかした事があったのだ。大人たちのフォローによって迂闊なグラキエス君として帝都では人気者だったのだ』
「きゅうきゅう【アタシはそんな迂闊じゃないから怒られた事ないのよね?迂闊な青いドラちゃんやヒヨコとは違うのよね】」
『面目ないのだ』
「ピヨピヨ【何度も囚われるお姫様枠なトルテには言われたくないぞ?】」
「きゅう~【お姫様枠ではなく、正真正銘のお姫様なのよね?】」
ぐいぐいとヒヨコのアホ毛を引っ張るトルテだった。
「ピヨピヨ【だからトルテはヒヨコのアホ毛を引っ張るのはやめて欲しい。】」
「きゅうきゅう【アタシはこのアホ毛を引っ張ることでヒヨコを操作するのよね】」
「ピヨヨーッ!【ヒヨコのアホ毛は操縦桿ではないぞ!?】」
「あの、ところで……その、私も行きたいんだけど」
三つ編みお姉さんが挙手してヒヨコに尋ねてくる。
「ピヨヨ~【話を聞いていたか?フェルナント君以上に弱くて、役に立たない人が何でついてくる?危ないぞ?ヒヨコもさすがに軍が攻めてきたときには守り切れんぞ?】」
「それは分かってるよ。ただ高城君が戦争に出ているの。どうにか止めたいの。きっと騙されているんだと思うんだ」
『その勇者がいるから強気になって戦争を始めようというのに、止められるとも思えないのだ』
「きゅうきゅう【見ない方が良いのよね。そして二度と会えなくなっても何か戦争に巻き込まれただけだと思ってあきらめるのよね。ヒヨコを恨んではダメなのよね。黒こげの友達の死体があってもきっとヒヨコのせいじゃないのよね】」
ギュッと手に汗握るかの如く拳を握るトルテだが、握っているのはヒヨコのアホ毛だ。
「ピヨピヨ【まだ戦ってもいないのに、ヒヨコを下手人にしないでもらいたい。あと頭のアホ毛を引っ張らないでもらいたい】」
「きゅうきゅう【アタシは戦いが楽しみなのよね。新必殺技を見せたいのよね】」
『僕らは戦いに行くわけじゃないのだ。トルテは暴れん坊で困るのだ』
「きゅう~【だってヒヨコをぎゃふんと言わせるべく、父ちゃんに負けない必殺技を考えていたのよね?その結果、父ちゃんの<収束熱線吐息>級の新たな必殺技を開発したのよね】」
「ピヨピヨ【そんな事より、アホ毛を離してから話しをしようか?】」
「きゅう?【アホ毛の話はしないのよね?】」
「あの、ピヨちゃん、話聞いてる?」
「ピヨピヨ【ヒヨコは聞いているが……ヒヨコはフェルナント君の保護者だからフェルナント君は叱るが、お姉さん達がどこで朽ちても問題ないから別に叱ったりはしないぞ。だが、……ヒヨコはお勧めしないぞ?場合によってはトルテのいう事は真実になるからな。ヒヨコは戦争をしないが、向こうがどう来るかわからん】」
「………。戦争が始まる前に会って話がしたいの」
「戦争はよーいどんで始まらないぞ?もう始まっているし小競り合いも始まっている。エセ忍者君のいっている時点ではまだ異世界勇者君たちは戦場に入ってないみたいだけどどうなっているかわからないぞ」
「役に立たないけど、高城君に会いたいの。戦争なんておかしいから」
……………
「ピヨピヨ」
ヒヨコはちらりと横にいる剣術お姉さんを見る。
「智子の好きにさせてあげられないかな?智子にとって高城は子供のころから一緒にいた幼馴染なんだ。いざとなったら私が智子を守るし!」
「ピヨピヨ【いや、剣術お姉さんは守れないでしょう?】」
ヒヨコのツッコミにぐぬうと呻く剣術お姉さんだった。
「山賊の時は良かったじゃない?」
「ピヨピヨ【山賊程度ならば数が100も越えないからな。だが1万くらいの軍勢が動く戦場ではなぁ。ヒヨコとしてはフェルナント君のおもりをしてほしいのだが】」
「…厳しいの?」
剣術お姉さんは眉根にしわを寄せてヒヨコを見る。
『何があるかわからないのだ』
「ピヨピヨ」
グラキエス君が簡単に言うのでヒヨコもそれに頷く。
勇者だった頃、仲間を守り切れないからこそ戦場に連れて行かないようになったのだ。
不死王との戦いは凄まじい激戦だった。不死王の軍勢に殺された者たちは敵の手に落ちてしまう為、敵味方が分からず、神眼を使って敵や傀儡だけを的確に見抜いて殺し回ったほどだ。
イグッちゃんと戦った時は戦闘中に話し合い、グラキエス君の救出に手を貸したがイグッちゃんの攻撃はブレス一つで王国軍の軍勢を全滅するものだった。
鬼人王との戦いも過酷だった。獣王同様に同等の力を持った怪物を相手に戦うのは困難である。
それでも敵も味方も死んだ数は数え切れるものではない。それはヒヨコになってからも一緒だ。ちょっと出かけている間に町が襲撃されて両親が殺された。
つい最近だってピヨピヨ団の子供たちを失っている。
守るというのは本当に難しいのだ。
ただ守るというならフェルナント君を連れて行った方がましだ。フェルナント君は自分を守るだけの力はある。ただ、フェルナント君に戦場の苛烈さを味合わせるには酷すぎる。腹黒公爵さんはともかく、剣聖皇妹さんは納得しないだろう。
帝国内乱で多くの人を殺している腹黒公爵さんや剣聖皇妹さんは戦争の過酷さをよく知っている。
ヒヨコの手羽では今一ダメージはなかったろうが、先ほどのフェルナント君の発言を耳にしたら、腹黒公爵さんや剣聖皇妹さんならもっと怒っていただろう。フェルナント君はまだ色々と分かっていないのだ。
「ピヨピヨ【無論、お姉さん達はフェルナント君ではないから別に連れて行っても良いが、自分の身は自分で守って欲しい。ヒヨコの手が届くかわからんからな】」
「フェルナント君の方が強いんだけど」
「ピヨピヨ【強い弱いの話はしてないぞ?自分の責任は自分でとって欲しいだけだぞ。フェルナント君の責任は全てヒヨコにある。ヒヨコの友達であり恩人でもある保護者に託されたからな。でもお姉さん達の責任はお姉さん達にある。それだけの違いだ。そして、それ位、戦場は危険だという事だ】」
「そ、そう……。どうする、智子」
「行くっ!………高城君を放っておけないから」
「ピヨピヨ【戦場に飛び込むわけにもいくまいし、会えないかもしれないぞ?】」
「それでも戦場に行く幼馴染を放ってはおけないよ」
ヒヨコはちょいちょいと剣術お姉さんに手招きをすると、剣術お姉さんはヒヨコに近寄る。
「ピヨピヨ【何か、割と頑固じゃないか?】」
「智子はそう言う所あるから。特に高城が絡むとね」
「ピヨピヨ【はあ、………仕方ない。だが、癒しお姉さんはどうするんだ?】」
面倒くさいお姉さん達にヒヨコは溜息を吐く。
「まあ、エセ忍者もいるし、モニカちゃんと仲良いみたいだし、居残り組で大丈夫でしょ」
モニちゃんも神聖魔法を使うから勉強会で一緒に話すことも多く、年齢差8歳ほどであるが、比較的仲良しの友人が出来ているから問題ないか。
戦争行きはヒヨコとグラキエス君と剣術お姉さんと三つ編みお姉さんというメンバーらしい。トルテは……まあ、遊び半分で付いてくるんだろうなぁ。
「きゅうきゅうっ!【ついにトニトルテの物語が戦場で始まるのよね!次回からはトニトルテ戦記が始まるのよね!】」
「ピヨヨーッ【だからピヨドラバスターズの主役はヒヨコだと言うておろうが!】」
「きゅうきゅうっ!【何を言うのよね!燃え滾るトニトルテの熱はヒヨコの炎よりも熱々なのよね。この手に宿る力をご覧あれなのよね!】」
ブチッ
「きゅいっ!?」
「きゅうっ!?」
グラキエス君が思わず鳴いてヒヨコの頭に視線を向けて、トニトルテも驚いたように鳴く。
「ピヨヨーッ!【ヒヨコのアホ毛がーっ!?】」
トニトルテの手に宿ったのは力ではなくヒヨコのアホ毛だった!?
ヒヨコのアホ毛の明日はどっちだ!?