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1章閑話 騎士の処分

 アルブム王国軍が獣王国を侵攻して1月以上経った頃、獣人族の捕縛に向かわせた騎士団が壊滅したという報を聞いて混乱する事となる。

 騎士団と軍、そして宮廷魔導士を含め総勢3万を超える人間が死んだという。人口80万人しかいない王国において致命的な瑕疵である。

 元々、軍事が行き過ぎて生産が上がらない国であるため、帝国のように発展していないのだ。


 魔王討伐をした真の勇者として王国にその名を広めたアルベルトは近衛騎士団筆頭騎士から王国に3つある騎士団の1つ『白獅子騎士団』の騎士団長に就任したばかりだ。

 彼が王国へ勇者の偉業を自分の偉業として報告し、吟遊詩人を利用して市井に自分の活躍として謳わせていたからだ。

 そして、邪魔な勇者を殺し、王国はアルベルトの名声を利用して、獣王国へと攻め込んだ。


 勿論、国民たちは喜んでいたわけではない。


 国民達は戦争は新たな増税に繋がり好ましくなかったが、真の勇者となったアルベルトが向かうならばと我慢して送り出した。


 上手く行くと考えていた王国だったのだが結果は失敗に終わった。


 千人近いオークは北方に建てた城塞に確保したのだが、3年前に勇者と獣王との戦いで作られた巨大渓谷を越える事が叶わず、東部の樹海はグリフォンの生息地でもあるのでそこから攻め込むには軍隊に大打撃を与えるのが目に見えていた。


 騎士団長のアルベルトは体中に傷を負った状態で、婉曲かつ誇大報告を国王にしていた。


「我々騎士団は獣人達を逃しはしましたが、あの恐るべき巨大な魔物を渓谷へ突き落とし討伐する事に成功したのです。故に、もはや恐るべき敵はおりません!軍を再編してあの渓谷に橋を渡し、今度こそ獣王国へと攻め込みましょう!」

 アルベルトはスラスラと弁解をし、未来へ向けて進むことを訴える。

 だが、もはやそういう状況では無かった。


 アルブム王国の国王であるクリスティアンは黙って見下ろしている中、王太子は美しい顔を態と歪めて、呆れた様子で大きく溜息をつく。


「だが要約すれば、貴殿は人間大のカラーヒヨコが暴れた事によって、捉えた千人以上の獣人を取り逃し、3万の軍隊は壊滅、貴殿は右腕を切り落とされた上に聖剣も瓦礫と一緒に落ちていき、しかも吊り橋を落とされ樹海侵攻が不可能となり、撤退した………と」


「うっ」

「相手がドラゴンならばこの言い訳も通じよう。世間様も仕方ないと思うかもしれぬが、ただのヒヨコだぞ!?お前、ピヨピヨ追い回されたのか!?」

 すると王太子の指摘に周りの貴族達もクスクスと笑う。

 ヒヨコに追い回されて壊滅した白獅子騎士団を想像して何となく微笑ましい雰囲気になるが、実際に3万の部隊が壊滅していた。笑い話にもならない。


 アルベルトは屈辱に歯を食いしばりながら怒りの表情を見せないよう俯ける。

「ゴブリンの次はヒヨコですか」

「落ちたものですな、白獅子騎士団の名をやめて赤ヒヨコ騎士団とでも命名を変えたらどうでしょうかね?」

「くははは、それは素晴らしい案ですな」

「それ以前に赤いヒヨコに壊滅させられてしまっているのですから、そんな名前は赤いヒヨコに失礼でしょう」

「いやいや、赤いヒヨコは討伐したのでしょう?」

「本当かどうかは分かりませんがね」

 文官達は嘲るように笑う。


 今から3年前、魔王軍を名乗る集団に王国は襲撃を受けた。

 鬼人王が単独で帝国領を直進して破り、王国領へ侵攻、そのまま王都を襲撃したのが事件の発端だ。鬼人王とは言うが端的に種族名で言えばゴブリンロード、つまりゴブリンである。

 ゴブリンに負けた騎士団と笑われたのは当時城塞警備部隊、アルベルトの前所属である。それが嫌で勇者の仲間として王都から逃げたのだ。


 誰が言い出したのか、1匹のゴブリンに騎士団が負けたという噂は王都でもちきりとなった。実際、王都民の多くがそれを見ていたからだ。

 近衛騎士団が壊滅し、王都の門を破壊した鬼人王を前に立ちふさがり、民を守ったのが勇者ルークだった。

 凄まじい激闘によって鬼人王も勇者も互いに致命傷を負い、鬼人王は命からがら撤退したという。


 実の所、勇者ルークの悪評を垂れ流して一部の王都民を見事に騙して処刑にしたものの、それを信じていないものも多くいる。

 鬼人王に襲われた場所に住んでいた民は騎士団の弱さと勇者の強さを目に焼き付けていたからだ。


「貴殿には健康上の理由で騎士団長の職からは辞してもらう」

 王太子の言葉にアルベルトの顔色は一気に変わる。

「なっ!?そ、そんな……」

「誰かが責任を取らねばなるまい。騎士団長殿よ」

「で、ですが、この腕とて最上級ポーションを使えば元に戻ります。既に調達はしていて…」

「前副騎士団長殿は鬼人王襲撃の責任を取って首を落としたのだ。それを訴えたのは誰だったかな?」

「!?」

 王太子はジロリとアルベルトに強い視線を向ける。

 3年前に鬼人王によって敗北した近衛騎士団は騎士団長の死亡により、責任を取るべき人間がいなかった。王国騎士団がゴブリンなんかに負けたという汚名を雪ぐ為、生き残った人間の中で最も位の高い副騎士団長に責任を取らせて処刑させたのはアルベルト達による進言だった。

 アルベルトは自分の派閥の騎士や他の騎士団達と共謀して副騎士団長に全ての責任を押し付けて公開処刑をさせたのだ。

 無論、アルベルトはその主要人物であったが、責任を被らぬように既に勇者と魔王討伐の旅に向かう準備をしていたのだが。


「とはいえ、真の勇者たるシドニア卿の首を落とすわけにはいくまい。だが、責任を取って貰う。何せ既に貴殿の失態は王都中に広まっている。他の騎士団の面々も貴殿が責任を取るべきだと言っていた」

「バカな!誰がそんなことを言いふらしたのだ!」

 あまりにも早すぎる話題だった。今、帰って来たばかりなのにだ。


「さて、どうしてこうなったかは分からぬが…………悪しき前例を作ったのもまた貴殿なのだ。仕方あるまい。ただの解雇で済むだけでも儲けものではないか。首が落ちたわけでもないのだからな」

「!」


 王太子は楽し気に笑いながら解雇宣告をし、大臣や文官達、護衛としてついている騎士達も声を出さぬように笑っていた。

 だが、王太子が言うように、副騎士団長に責任を取らせて処刑するように周りを扇動したのもアルベルトであるし、勇者の功を掠め取るように市井に情報を操作して流したのもアルベルトである。

 それを見ていた部下達が、同じことをしないと誰が決めただろうか。実行したのは部下である以上、部下たちは自分の上司を貶める方法も熟知していた。


「何、退役するだけの事よ。勇者としての功績で伯爵位を賜ったのだ。後は好きに生きるがよい。良いではないか、その歳で年金生活だぞ」

「ぐっ」

 レオナルドは黄金の髪を弄りながら嘲笑するように口元を吊り上げる。

 アルベルトは爪が掌に食い込むほど強く拳を握りしめる。怒りを必死に隠す事しかできない。ここでヘタに噛みつけば不敬罪で処刑され、公には急病で死んだ事にされる可能性があるからだ。

 だが、ここで終わってしまうとただの伯爵で終わってしまう。


 王国の軍事のトップに立ち、圧倒的な権力を握れば、実家に頭を下げる必要もなくなる筈だった。

 散々、社交界では自分の兄を無能だと馬鹿にし、喧嘩を売っていたのに、侯爵まで登る事も出来ず軍部を掌握する事も出来ずに、この権力の世界から引退させられるのだ。

 長らく筆頭騎士や騎士団長として莫大な給与を受け取って豪遊し続けてきたアルベルトにとって、伯爵の年金などではとてもではないがこれまでの様な生活は出来ない。


 結局、アルベルトは周りの大臣や文官、騎士達に笑われながらこの場を去る事になる。

 心の中で復権を誓いながら、この場はすごすごと去るしかできなかった。

 確かに多くの失態をしていても真の勇者という肩書は失われる訳でもないし、いざとなれば自分に泣きついてくるのが分かっているからだ。


 城から去るアルベルトは背後に立つ巨大な城門を睨みつけ

「今に見ていろ、クズどもが。誰が最も優れているのか思い知らせてやる」

 アルベルトは歯をギリギリと軋ませて、目を血走らせて、誰にも聞かれない声でつぶやく。


 復権を願う彼の将来は、余りにも険しい。

 何故なら、彼は真の勇者ではないからだ。



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