1章20話 いじめられっ子の報復
ヒヨコ達に捕縛されてから、そのまま山小屋前に放置され、取り残された冒険者たち。
依頼の使節団を殺害、もしくは捕縛という任務を成す事もかなわず、捕らえる為に持ってきていた縄で逆に巻かれて地面に転がされていた。
鬼頭達もまた同様に、他の冒険者たちから離れた場所に縄で縛られて転がされていた。
「くそっ………次あったらぶっ殺してやる」
鬼頭はいらいらした様子で口にするが、だからと言って縄を外せる様子はなかった。
「魔法でどうにかならねえのかよ」
五十嵐は三嶋や長塚の方を見る。
「そうは言われても……魔法で簡単に切れないようなロープを準備したんじゃない」
鉄の繊維が入った縄の為、焼き切るにしても風で切るにしても威力が必要であり、その威力が自分ごと切らないとは限らない。その為に、魔法で壊せない状況だった。
人質捕縛の為に準備した縄を自分たちにまかれることになり逃げることができなくなっていた。
「花山の奴、岬達側に回りやがったし、ふざけやがって。教育が足りなかったようだな」
五十嵐はチッと舌打ちをしてイラついた様子でぼやく。
「この世の地獄ってほど甚振ってから殺してやる。あいつら、ふざけやがって」
「マジ、なめてるよね、花山の奴」
「こんなもんじゃ済まさないわ。あの女、今度はどんな罰を与えてやろうかしら。絶対に後悔させてやる」
男女問わず全員が報復を考えて一致団結をしていた。
生かして放置してくれるということがどれほどありがたい事かを理解していなかった。
「そろそろ馬車を直してた連中が戻ってくるはずだ。それでどうにかなる」
「東の奴おせえし、逃げたんじゃねえの?」
「帰ってきたらお仕置きだな。ボコボコにして憂さ晴らしさせてもらおうぜ」
「それは良いな」
「魔法の的とかに使ってみたいんだけど」
「いいね。花山がいれば足の一本くらい飛ばしてやりたい所だけどね。雑魚が調子に乗るんじゃねえって感じよね」
報復や憂さ晴らしの話をして今の状況をどうにか気を持ちなおそうとしていた。
すると東が走ってやって来る。
「おせえよ!」
「何してやがったんだ!」
「死にてえのかよ!」
「さっさと縄を外しなさいよね」
「ホント、遅いんだから」
と鬼頭や五十嵐、荻野、三嶋、長塚といった面々は東を責め立てる。
「す、すいません。い、今すぐ縄を外しますので」
「そうだ、早くしろよ!」
鬼頭は怒鳴り散らして東に命令をするが、東はうつむいたままフルフルと震える。
だが、東は鬼頭らのその様子を見て肩を震わせたままプフッと吹き出す。
「ぷっ、だめだ。あははは。笑いが堪えられない」
と肩を震わせて笑いだす。
「…てめえ!なめてんのかよ!ぶち殺すぞ!」
「さっさとうちらの縄外しなさいよね!」
鬼頭や三嶋は怒り叫ぶと、東はにスッと感情の一切なくした表情になる。それは今まで気弱で頭をペコペコ下げていた少年の姿ではなかった。
そしておもむろに鬼頭に近づき、思い切り鬼頭の顔面にサッカーボールキックを放つ。
「ぐおっ……て、テメエ……こんな事してただで済むと思ってんのか!?」
鼻から大量の血を流しながらも怒りに顔を歪ませて殺気のこもった視線を東へと向ける。
「思ってないよ。でもこれってチャンスじゃん。今までよくもさんざんやってくれたよね。よっこらしょっと。こっちの世界に来てから腕力がそこそこ上がったからね」
東は人間の頭よりも大きい岩を持ち上げると鬼頭の方へとゆっくりと歩いて近づく。
「ぐちゃっと叩き潰してやりたいってずっと思ってたんだ。死ねよ、鬼頭」
東の目は暗く濁っており、ついに報復の機会がやってきたといわんばかりに近づく。
「テメ、東如きが調子に乗るなよ!<炸裂>!」
縄に囚われていても魔法が使えるので、魔法を東に放つのは鬼頭の女でもある三嶋だった。
だが、三嶋の魔法は東の前に打ち消される。
「は?」
あまりのことに三嶋は目を丸くして唖然とする。
「僕の職業は御者。この中に御者をする際に馬車を引く為の魔物の馬を捕らえる為かは知らないけど、従魔スキルってのがあってさ。フレイムスライムってのを従魔にして身にまとってたんだよね。お前らビッチ共の魔法はとっくに対策済みなんだよ。この状況で余裕見せていられるのは、最初からお前らを殺せるからに決まってんだろ?」
東は嘲笑うように三嶋を見る。するとにょろりと赤いジェル状の魔物フレイムスライムが裾から顔を出す。フレイムスライムは三嶋の近くに炎を放って威嚇する。
すると東はそのまま鬼頭の腕の上に大きい岩を落とす。
「うがああああああああああああああっ!」
痛みに体をよじるが右腕が岩につぶされて動かない。
「まあ、そこで愛する鬼頭のみじめに死ぬところでも見てろよ」
東は痛みに苦しむ鬼頭を無視して三嶋をあざ笑う。
「ざ、ざけんなよ!テメエ……殺す。絶対に殺す。これ以上龍治になにかしたらころ…………は?」
ズンズンと森の奥から巨大なトリケラトプスのような恐竜が現れる。
「草食恐竜みたいな見た目だけど人間を食べるんだってさ。馬なんかよりもよっぽど足が速いから隠してチャンスがあれば使おうと思っていたんだよ。どうも、従魔スキルってかなり強いらしくてさ。ライノドラゴンって俺なんかじゃどうやっても勝てそうにない魔物だけど、従わせることができたんだ。よしライノ。……こいつを足から食っていけ」
ライノドラゴンと呼ばれるワイバーンやエレファントドラゴンと並ぶ亜竜の一種で言ってしまえば恐竜型モンスターである。並みの熊系魔物辺りならその重たい体重と巨大な肉体からの体当たりで殺せてしまうほどで、大きくて突進力のある魔物だ。象より大きくサイににた姿をした肉食恐竜系モンスターだった。
ライノドラゴンが口を開けて鬼頭の足に顔を近づけると、鬼頭は足をバタつかせて逃げようとする。
「ちょ、や、やめ、テメ、殺すぞ!やめさせろ…やめ」
「やれ!」
ガリバキゴリ
ライノドラゴンは鬼頭の足を鋭い犬歯でかみ砕いていく。
「うぎゃああああああああああああああああああああっ!」
「やめろ!……り、龍治!くそっ、東!テメエ!調子に乗ってんじゃねえぞ!ぶち殺されたくなければさっさと縄を…」
五十嵐が必死になって叫ぶが、東は楽しそうに笑う。
「ハハハハ。縄を解くわけないだろ。沖田君が死んで、また虐めの標的にされてからの俺の気持ちなんてお前らにわかる訳ねえだろ。異世界なんて最悪だったけど、本当にラッキーだった。ここでならお前たちを殺しても警察に捕まらないしさ。たくさんいる不良仲間も呼べないもんな。沖田君の家とか不良集団で襲撃してボロボロにしてただろ?俺も逆らえなくて怖くて怖くて仕方なかったんだ。でも、もう俺の方が強いし、ここで殺しても問題ないんだ。我慢しなくていい気持ち、お前らもわかるだろ?俺のライノに食われて死ねよ!死ね死ね死ね死ね死ね!」
東は最高に楽しそうな笑顔で鬼頭を食うように指示を出す。
「あ、ああああっやめ………ぐっ…ぎゃあああああっ」
ガリッゴリッガリッゴリッ
ライノドラゴンは何を考えているのかわからないが言われるままに鬼頭の足を食っていく。片足が膝まで無くなった辺りで鬼頭は痛みで苦しみ気絶するのだった。
「何だよ、悲鳴を上げてくれないと面白くないのに」
東はつまらないと言わんばかりにがっかりした声音でぼやきつつ、気絶している鬼頭の頭を踏みつけてから、ライノドラゴンをステイさせて食うのを止めさせる。
「ま、待て。東。よく考えろ。こ、殺すほどのことを俺たちがしたか?してないだろ?殺す必要があるってのか?ない筈だ、違うか?」
荻野は顔を青ざめさせて訴える。
「そ、そうだ!ふざけんなよ!ちょっと殴ったくらいで小さい野郎だな!」
五十嵐もそれに乗っかる。
「確かにその通り、お前らに殺すほどの恨みなんてないよ。親の金盗んで100万くらい貢いだり、1000発位殴られて来たけど、確かに殺すほどじゃないね」
1年でそれだけの額の金を使って遊びまくっているクズを見るのも、毎日顔に青あざ付けて学校に出ても教師は見て見ぬふりだったことに関しては腹が立つが、死刑を欲するほどかといえばそうじゃない。
東は比較的温厚な人間だ。
「だ、だったら…」
荻野は救いを求めるように視線を東に向ける。
「でも、お前らは報復するだろ?このチャンスで殺しておかないと、後で俺を殺すだろ?だからもう殺すしかないだろ?沖田君だって分かっていたから引き籠ったんじゃないか。家まで押しかけて家族人質に袋叩きにされたり、何度も警察沙汰になっても逃げては、それを恨みにやり返して終わらなかっただろ。お前らは殺すしか解決しないんだよ。お前らは俺たちをそこまで追い込んだんだろ?違うのか?」
「そ、そんな、そんなことしねえ!誓う!俺だけでも許してくれよ!ほ、ほら、それに去年、俺が鬼頭さんに進言してお前をターゲットからはずしたんだし。恩人みたいなもんだろ」
「岬さんに振られた腹いせだろ?お前たちの軽い言葉なんて最初から聞く気なんてない。さっきから反抗的な五十嵐、お前は今すぐ死ね。ライノ、頭ごと食え」
「てめぇ!東、ふざけんなよ!」
「ふざけてないよ。虐められてる人間の心境が分かるか?一寸でもやり返せば何倍にもなってやり返される。何をやっても逃げられない。自殺して死ぬか相手を殺すしか無いんだ。俺は死にたくないし、この世界なら殺しても誰も文句は言わない。お前達が花山さんをレイプしようが何しようが誰も止めなかっただろ。犯罪が犯罪にならないんだ。だったら殺すに決まってんじゃないか。返り討ちにならないようずっと機会を探ってたんだよ」
「や、やめ…」
巨大な肉食トリケラトプスともいうべきライノドラゴンはノシノシと歩いて言われるままに口を大きく広げて五十嵐の頭に向けて口を大きく開ける。
ガリッ
首より上のなくなった五十嵐の死体は大量の血を噴き出して動かなくなる。
隣で縄に括り付けられている荻野は悲鳴を上げて泣いて許しを請う。
「許してくれ。俺は悪くねえ。鬼頭さんに合わせないと俺がいじめられるかもしれないだろ。空気読んでいじめる側に回らないとやばいに決まってんじゃねえか!なあ、許してくれよ」
「ちょっと荻野!裏切る気!?」
「最低!」
「黙れ!ビッチども!俺はお前らみたいに直接虐めに関与してないだろ!なんで殺されないといけないんだよ!」
仲間内で口論を始めるが、東はもはや彼らに興味もなかった。
「っていうか、今気づいたんだけど、魔法は東には効かなくてもあのドラゴンには効くんじゃね?」
長塚が口にすると、それに三嶋が気付く。
「くたばれ!<炸裂>!」
ドーンッとライノドラゴンの頭に火炎が炸裂し大きい炎を上げ、ライノドラゴンは悲鳴を上げる。
「くおおおおおおおおっ!」
痛みに苦しそうにするライノドラゴン。
「行けるじゃん!そのドラゴン殺したら次は…」
「スライム、やれ」
プルプルと震えるスライムは東の服の裾から顔を出し、強力な炎を放つ。
慌てて三嶋は追撃しようとするが
「ふぁ、ファイア…」
全ての呪文を唱える間もなく、炎に包まれてあっという間に炭になって息絶える。
「クオオオオオオオオオオオオッ!」
ライノドラゴンは炎によって苦しみ、怒り狂ったようにどったんばったんと足を鳴らし、三嶋のいた場所に突撃する。
「ちょ、わ、私何もしてない!く、来るな!う、<風……」
ライノドラゴンに踏みつぶされて魔法を唱えきれずに長塚がつぶれて息絶える。
だが、時間を掛け過ぎたせいと、ライノドラゴンが暴れたせいで、馬車を修理していた冒険者達の一部も戻って来るのだった。
この現場を見られるのはさすがに東もまずいと感じ、暴れているライノドラゴンをおとなしくさせてから自分のもとに呼び寄せる。
「ちっ、時間を掛け過ぎたか!もっと苦しめてから殺したかったのに。」
東はライノドラゴンにまたがるとライノに逃げるよう指示を出し、ついでに鬼頭と荻野の方へと走らせる。
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
グシャッ
大きい足音を立ててライノドラゴンは東を乗せて去っていくのだった。
すると遅れて冒険者たちがやって来る。
「おい、大丈夫か?」
奥の方から灯りをともしてやって来る数人の冒険者たち。
荻野は右腕の痛みに苦しんでいたが、目の前にぐちゃりと踏みつぶされた死体をみて絶句する。
「い、生きてる……のか?俺は」
仲間の4人を失い、右腕を失ってしまったが生きている事に安堵する荻野だった。
そんな頃、東はライノドラゴンに乗りつつ、どうやって逃れるか考えを巡らせていた。
もはやクラスメイトは信用できないため、光十字教圏ではやばいと考える。
魔王のいるという南、セントランド共和国へと向かい普通の冒険者を装って一般人に紛れようと考えるのだった。