1章15話 ヒヨコの戦争
いる、いるじゃないか。
ここに従魔でもない魔物が。獣人の味方かどうかも分からない魔物が。
そうだ、俺がやるしかないのだ。
「ピヨヨーッ」
ヒヨコの鳴き声が戦場から遠い場所に響き渡る。パタパタ(ヒヨコ的にはバッサバッサとやっているつもりだが)とその小さな翼をはためかせるのだが、誰も知らんぷりである。
皆さん、ヒヨコは怖くないですか?そうですか、怖くないですよね。
俺は烈火の如く怒りの咆哮を上げて、獣人の避難民達が渡っている橋を無理やり逆走する。
避難民たちは慌てて横にどいてくれるので、できるだけ当たらないようにしつつ、吊り橋を走る。
気を遣っているように見えたらまずいが、橋が落ちたり、獣人達が橋から落ちてもまずいからだ。
「な、なんだ?」
「赤いヒヨコが走ってきたぞ?」
「って、うわあああああああああああああっ!」
俺の放った<火吐息>は獣人兵達に向かって飛んで行き、獣人兵たちは慌てて避ける。
「ピヨヨーッ!」
戦場に飛び込んだ俺は近くにいる獣人兵に嘴で突ついて追い回す。反撃してくるが、ヒヨコはヒョイッとかわして<火吐息>を放つ。<火吐息>は弱いので死にはしないだろう。
「いてっ!ちょ、何するんだ、コイツ!」
「待て、ソイツはミーシャが飼ってたヒヨコだろ」
「何で俺達に攻撃してくるんだ!?」
俺を知っている獣人兵もいるようでかなり困惑しているようだ。だが、俺はそんな事関係ないとばかりに近くにいる獣人兵や避難民にも襲い掛かる。
「ちょ、逃げろ!早く橋の方へ!この魔物、だれかれ構わず攻撃してくるぞ!」
慌てる獣人兵達であるが、それは仕方ない事だろう。
大人しくしていた可愛らしいヒヨコがいきなり暴れ出したのだから。
だが、俺もバカではない。獣人兵はとても強いので迎撃態勢に入っている強そうな相手には立ち向かわず、逃げている住民を主にターゲットにする。
「自分達の飼ってる魔獣に攻撃されるとか、アイツらはバカなのか?」
「勝手に自滅してやがる」
王国軍の連中は戦の中でゲラゲラと笑っている人間もいた。
だが、俺はそんな愚か者にも天誅をくらわす。
凶悪な<火炎吐息>を口から吐いて王国兵の軍勢を一撃で吹き飛ばす。
「ピヨーッ」
両の翼を広げて、笑っていた王国軍の軍勢に飛び掛かる。
彼らは応戦しようとするのだが、俺の回避スキルは彼らの凡庸な攻撃ではとらえられない。
更に<火炎吐息>で俺の周りを焼き焦がし、獣人兵と王国軍を分断させる。さらに炎の中から飛び出して獣人にも飛び掛かる。
「ちょ、お前、ミーシャの所のヒヨコだろう!?何でこっちを攻撃して……って、どわっ!?」
俺が今思いついたヒヨコスパイラルアタックをウルフィードに放つと、ウルフィードは慌てて俺の攻撃を避ける。
「ピヨッ」
中々やりやがる。さすがは元三勇士。だがお前如きを相手にしている暇はないのだ。
あと、今の俺はとても弱いのでさすがにウルフィードに殴られると一撃で死ぬ。
なので警戒を促すだけである。
俺は更に王国軍も獣人兵も避難民も関係なく飛び掛かる。
獣人兵たちは慌てて避難民を守ろうとするので、俺の動きがそのまま戦いを分断する事になる。おっと、マーサさん、発見!
こっちにも攻撃をせねば!
「ピヨヨーッ」
「って、ピヨちゃん!?何でこっちに攻撃を!?」
「そのヒヨコ、従魔にしてないからだ!こっちの言う事なんて全然聞かねえぞ!」
ウルフィードは慌てたように叫ぶ。
「仕方ありませんね」
マーサさんが拳を握って俺を叩きのめそうと警戒する。
やべえ、あれは殺る目だ。
俺は間合いに入らないように一歩二歩と後退り、他の獣人兵に飛びかかる。正直、ルーク時代ならあの程度は怖くないのだが、今のピヨステータスでは一撃で鳥生が終わってしまう。
避けられる自信も無かった。
「ピヨヨーッ!」
さらに炎を吐き散らかして獣人兵と王国軍を退かせる。
「ピヨーピヨピヨピヨ!」
隙あらば入り乱れようとする獣人兵と王国軍に攻撃して炎の吐息で戦闘行動を分断させる。
混乱が一転して戦場の配置が元に戻るような状況になってきた。そろそろ大丈夫だろうか。
俺はそのまま混乱している王国軍の中に突撃して、奥の方で卑劣な事をしていたかつての仲間を狙う。
狙いはミーシャ達の救出だ。まさか混乱して王国軍と獣人兵を無差別に攻撃した魔物がミーシャを助けようなどとは思うまい。
「アルベルト様を守れ!」
「ピヨーッ!」
アルベルトを守ろうと前に立ち塞がった騎士達は俺の<火炎吐息>で燃やす。
「うああああああああああっ!」
「あぢっ……だ、誰か、水を!」
「助け…」
生きているとは予想外。
そういえばこいつらは俺を炎で焼いた一味である。焼かれて苦しそうだけど、良心が一切痛まないのはそのせいか。まだまだ逝けないならばもっと炎を与えましょう。
もう一丁。
俺は再び吐息で目の前に立ち塞がる人間達を焼き散らかす。
そしてそのまま炎の中を走ってアルベルトへと向かう。
裏切り者な上に、ミーシャみたいな子供を人質にするなどという卑劣漢は成敗してやらねばならぬ。思えば俺の旅路についてきたコイツの命令のせいで、騎士団の連中は獣人達の集落を襲っていたのだ。
この愚か者め!楽に死ねると思うなよ!
俺はアルベルトに向かって飛び掛かるのだが、さすがに腐っても元勇者パーティの一員、ミーシャを掴んだまま聖剣を振って俺を退けようとする。
「ピヨーッ」
さすがにかつての相棒はすさまじい切れ味で掠っただけで俺の羽毛がざっくり切れて胸元から血がにじむ。
俺は更に許せない事が増えた。
聖剣は元々俺以外の主を選ばなかった筈だ。俺がいる間、聖剣は誰にも装備する事が出来なかった。にも拘らず、帝国から借りた聖剣を奪ったような奴が、聖剣に選ばれたかのようではないか。しかも聖剣も聖剣で、俺が死んだらあっさり他の男に靡くとかどういう事だ。
許すまじ、尻軽剣である。
聖剣が聞いてあきれるとはこの事だ。
「ピーヨピヨピヨ、ピヨッピヨ!(いい加減にかえってこい!)」
俺が聖剣に命じると、聖剣はアルベルトの手を弾くように宙に浮いて、俺の嘴に収まる。
「は?」
「はい?」
まるで聖剣が真の勇者を自称するアルベルトよりも、魔物を選んだように誰の目にも見えたからだ。
いや、まさか俺も本当にやって来るとはびっくりだ。
どうやら聖剣も姿形、種族や名前さえ変わっても、俺の事を忘れてはいなかったようだ。
「ピヨピヨーピヨーピヨッ(ブレイブスラッシュ)」
俺が首を回転させて聖剣を振ると、凄まじい斬撃が繰り出されて、ミーシャの首根っこを掴んでいたアルベルトの左腕が切り裂かれて、その後ろに並んでいた牢屋となっている馬車が切り飛ばされる。更には森の木々が次々と切り裂かれて倒れていく。
前方に泊まっていた大きな馬車はごろりと倒れるが、同時に捕まっていた獣人達も牢屋が開いたために解放される。
「ピヨちゃん?」
アルベルトから解放されて目を丸くしていたミーシャは俺の名を呼ぶ。
俺はピヨピヨと逃げるように目配せをする。俺の意図を察したのか、ミーシャは頷いて母親の方へと走って逃げる。
「ミーシャ!」
「お母さん!」
親子が抱擁をして涙ぐむ。
「人質が解放されたぞ!人間達を叩きのめ……って、どわあああああああああああっ」
戦おうとするウルフィードに<火炎吐息>を三連発で放つ。
ちぃ、ちょこまかと素早い奴め。
だから戦ってねえでさっさと逃げろっての。
「ピヨーッ!」
俺は更に戦場を掻き回すように暴れる。
牢屋に捕まってる獣人を見つけたので、牢番を襲い掛かる振りをして牢屋を聖剣で切り飛ばす。獣人達は牢屋から出て来るのだが、獣人を守っているようにも見られると困るし、怖がって動けない人もいる。
なのでそんな人を敢えて襲って逃がす。
逃げようとする獣人を捕縛しようとする人間を聖剣による飛ぶ刃で切り捨てつつ、獣人達を嘴で追い立てる。
俺はそのまま聖剣を咥えて、逃げようとする獣人達を追い立てながら、橋の方へと攻め立てる。
「う、うわあああああああっ!」
「俺達を襲ってくる!」
「助けてーっ」
頭を抱えて逃げる獣人達は橋の方へ、王国軍は混乱して対応が追い付いていなかった。指揮官のアルベルトが左腕を切り落とされて指揮できない状態だった事が大きいようだ。
その隙に俺は後方の牢屋のついた馬車を次々と襲撃して獣人達を橋の方へと追い立てる。彼らも本気で殺されそうになっていると感じて必死に俺から逃げるのであった。
ヒヨコに追い立てられる悪夢でも見るようになったらごめんなさい。でも、生贄にされるよりよっぽどましだと思うんだよ、うん。
「こ、こっちに来い!」
「大丈夫よ。こっちに避難して。その子に手を出させないわ!」
ウルフィードとマーサさんが慌てて俺の魔の手(嘴?)庇うように追い立てられていた囚人たちを守りに来る。おかげで順調に牢屋を切り飛ばして獣人達を逃がす事に成功する。
俺はマーサさんが前に立ちはだかると慌てて引き返す。
というか、あのお姉さん、やる時は殺る人だ。おかしいな?それなりに信頼を買えたと思っていたのに、戦場ではとっても危険人物である。
優しくて、俺を懐かせる為に肉をくれた綺麗なお姉さんは最早どこにもいないようだ。
戦っても勝てる気がしないし、元より戦うつもりもない。
なので獣人達を解放して彼女の方へ追い立てたらさっさと逃げるのである。
覚悟を決めれば、やはり猫姫という称号持ちなだけある。
身内を切り捨てる覚悟もあるし、獣人の誇りとやらを体現するような存在のようだ。なるほど、猫王の娘として相応しい存在だったようだ。猫王ってのがどんなもんかは分からないが。
ミーシャは俺の事を心配そうに見ながら、橋を渡って行くが、それに応えている暇はない。もっと時間をかけて戦場をかき乱さなければならない。
剣を大地に突き刺して、<火炎吐息>の準備をする。
「ピヨーッピヨーッ」
更に炎を放ち獣人達を川岸の方へと追い詰め、王国軍には攻め難くなるような広範囲ブレスで攻め立てる。
「な、何をしてる!そのヒヨコをさっさと討たぬか!」
「で、ですが…」
「魔物風情に聖剣を奪われた挙句、獣人どもまで逃げられているのだぞ!このまま逃げられたら我らは王都で良い笑い者にされるだろうが!」
アルベルトは憤怒の表情で唾を飛ばして怒鳴り散らす。
周りの騎士たちからすれば
お前が勝手に聖剣を奪われたんじゃん
という心の声が露骨に顔に出ていたりするが、アルベルトはそれに気づいていないようだった。
アイツも後ろでわめいているだけでなく戦えば良いのに。
仮にも勇者パーティにいたのだ。魔王を倒した真の勇者を自称しておいて、ヒヨコに聖剣を取られて腕を飛ばされた男のまま終わるつもりなのだろうか?
戦えば三勇士には足元にも及ばないが、獣人の一般兵よりははるかに強い筈だ。
そんな情けない元仲間に俺は<火炎吐息>をプレゼント。
「ぎゃあああああああああああっ」
思い切りジャストミートしたと思いきや、悲鳴が上がったのがアルベルトを治していた神聖魔法の使い手だった。アルベルトは自分の治療をしていた男を盾にしたらしい。
とことん腐った奴だ。
燃やした俺が言う事でもないが、先に燃やしたのはそっちだから謝るつもりはない。
勇者を名乗るならば、他人の為に前に出て戦うべきなのだが、どうやらその意味さえも分かっていないようだ。
こんな性根の腐った男に騙されていた自分をぶん殴ってやりたい。
仲間だと思っていたが彼は結局のところ、勇者を利用して自分が勇者に成り代わろうとしただけのぼんくらだ。
だが、今のピヨちゃんには拳が無いので殴れないから、代わりにこいつらを蹴っ飛ばしてやるのだ。
「ピヨーッ」
王国軍を蹴り飛ばし、<火炎吐息>でとことん燃やし尽くす。完全に戦場が獣人達と王国軍が分断され、王国軍が確保していた獣人達を解放したので、もう獣人達に襲い掛かる必要性は無い。
獣人達の方に背を向けて炎の吐息で迫る王国軍を牽制し続ける。
「ええい!何をしているのだ、お前らは!あの魔物をさっさと殺せ!魔法部隊は何をしている!?」
「そ、それがさっきから炎の魔法をぶつけてるのですが、全く効いていないようで」
「ならば風でも土でも魔法をぶつけてやればよいではないか!何をやっているんだ!」
怒りの声を上げるアルベルトだが、魔法部隊は基本的に得意な魔法に特化した集団である。
恐らくこの場には炎魔法の得意な集団が来ているのだろう。
魔獣を率いる部隊がいるので炎系魔導士を多く動員している筈だ。獣系魔獣は火に弱いだろうから当然と言えば当然だ。
そういう部隊を率いてきたのに、棚上げをして周りに文句を言う姿はかなり見苦しかった。
「喰らえ!<風刃>!」
「死ね!<石礫>!」
魔法部隊は炎の魔法を諦めて異なる攻撃魔法を放って来る。
「ピヨーッ」
俺は一歩下がって、大地に突き刺した聖剣の固有能力<聖結界>を張って魔法から身を守る。
「な、何で魔物が聖剣を使いこなしてんだよ!」
「<聖結界>だと!?アルベルト様でさえ使えない聖剣の固有能力を何故ヒヨコが!?」
「まさか、あのヒヨコは勇者なのか!?」
「ありえん!」
元勇者ですが何か?
それにしても王国軍の連中も情けない。こんなレベルの低いヒヨコに翻弄されるとは。勇者時代の俺だったら、こんな惰弱なヒヨコ、軽く蹴っ飛ばして終わりなのに。多分、魔物だから容赦もしない。三勇士の足元にも達してないヒヨコに苦戦?こいつら正気か?
「俺らを襲っていたと思ったら、何か急に人間ばかりに攻撃してないか?」
「あ、ああ」
「い、今ならあのヒヨコを倒せるような」
「バカ、やめろ。この距離でブレスを食らったら死ぬぞ」
避難民たちも俺の行動を不可解に思ったのだろう。でも、後ろから攻撃するのはやめて欲しい。まだ800人くらい橋を渡っていない獣人が残っているのだから。
「ま、まさか、あのヒヨコ………。わざと俺達にも攻撃した振りをして王国軍を油断させ、人質を解放するために?…………まさかな」
ウルフィードは俺の背中を見て恐れおののくように口にする。
まあ、普通は従魔でもない魔物がそんな事をする筈もないだろう。
まさかと思うのは当然である。
「ピヨーッ」
ヒヨコが鳴いて王国軍へと向かうと、彼らもまたヒヨコに向かって構える。
「ヒヨコが来たぞ!」
「構えろ!」
構えている間に、直接攻撃などせずに<火炎吐息>で薙ぎ払う。
「貰った!」
<火炎吐息>を掻い潜って半ば焼けながらも決死の覚悟で襲ってくる人間。
「ピヨッピヨッピヨーッ」
中々見所のある男であるが、近づいてきた相手は嘴によるカウンターの一撃で、喉笛を貫き昏倒させる。
ヒヨコの持つ足の爪で切り裂くような蹴りを入れて首を切り裂き鮮血を飛ばす。そんなに鋭い爪ではないが、爪を刃物に見立てて、切れる方向に振ればこの通りである。
『ピヨマグナスは爪術のスキルレベルが上がった。レベルが2になった』
そんな神託を聞きながらヒヨコは戦場にて戦う。
「魔法だ!炎は効かなくても他の属性ならどうにかなるはずだ」
アルベルトは必死に叫ぶが、その前に俺は魔法部隊へと突進する。
魔法によって放たれた岩の礫や氷の礫を避けながら、体をきりもみさせて尖った嘴で敵を貫くスパイラルアタックで魔導師を穿つ。
威力が凄すぎて、血まみれになったピヨちゃんがかなりえぐい感じになっているような気がする。
『ピヨマグナスは嘴術のスキルレベルが上がった。レベルが4になった』
目を見開いたまま死んだ魔導師の瞳に移るヒヨコの姿はまるで悪魔の遣いのようだった。俺の知ってる可愛いピヨちゃんはどこにいったのだろう?
おかしいな、ピヨピーヨ。
だが、そんな俺を見て魔導師部隊は完全に腰が引けていた。
騎士団長が総大将として立っている場合、王国軍とは別に連れて来られた魔導師部隊は間違いなく宮廷魔導師の筈だ。アルブム王国において3つある騎士団は国王の勅命を受けて動くので、騎士団の命令が出れば通常軍隊や宮廷魔導師さえも動員可能だ。騎士団自体は大きくないが、王の勅命が出ればいくらでも軍隊を動かせるようになるのである。
ならば、彼らは一応宮廷魔導師なのだろう。帝国の宮廷魔導師だったラファエルと同格の魔導師とは到底思えない連中だった。
まあ、勇者だった俺でも自分の姿を見て、ちょっと引いたので仕方ないかもしれない。
「ピヨピヨピヨーッ」
雄たけびを上げて更に暴れる。ある魔導師は蹴っ飛ばし、ある魔導師は嘴で突き、ある魔導師は爪でひっかく。
こう言うとヒヨコの可愛い感じも相まって、ごっこ遊びみたいに思われるが、蹴っ飛ばされた魔導師は5メートルほど吹き飛んで変な着地をして動かなくなり、嘴で突かれた魔導師は喉笛を貫かれて絶命し、爪でひっかかれた魔導師は動脈を切り裂かれ後方へと送られる。
「何をやっているんだ!お前ら!たかがヒヨコだぞ!」
切り落とされた腕を完治したアルベルトはわなわなと震えながら周りに当たり散らす。
残念ながら敵首魁は未だ元気に叫んでおり、弱い俺は戦場をピヨピヨと駆け回るしかできない。
そしてこのヒヨコ、余りにも虚弱なので、さすがに体力的に厳しくなってきた。
倒しても倒しても湧いてくる王国軍。個々の戦闘能力は高くないからこちらへ攻め込めていないが、戦いが終わらないのである。
勇者時代なら聖剣を使い、地平の先までいる人間族御一行を全員纏めて切り捨てられたのに一人倒すにもままならぬ。悔しいが現実は残酷だ。
未だあのアルベルトを倒せていないのだ。
迫りくる王国兵を嘴で突き、鋭い(?)爪で蹴り飛ばし、降り注ぐ矢を火炎吐息で吹き飛ばす。かわし損ねた矢が刺さったり、体中が刃で刻まれて激しい痛身も伴う。
だが、俺は罪なき獣人達を守ると決めたのだ。
それが死して尚、獣王やエミリオたちとの約束を果たす為の、俺の矜持だ。
『ピヨマグナスの火吐息のスキルレベルが上がった。レベルが3になった』
一体、どのくらいの王国兵をやっつけたか分からないが、次々と湧いて出てくる王国兵をやっつける。戦い始めて1時間以上は経っただろうか?
既に体力も限界近くフラフラして来ていた。目も霞んでくる。息切れがして何かピヨピヨ言ってる。いや、ピヨピヨ言ってるのはいつもの事のような気もするが。
「ピヨちゃーん。戻って来てー」
「もう十分やったぞ、ヒヨコー」
「ピヨちゃーん」
そんな声が聞こえてきて俺は周りを見渡すと、既に獣人達は全員が橋を渡り終えていて、獣人達の防衛線は向こう岸になっていた。王国軍は橋を確保しようと獣人兵達と決死の戦いをしている。
いつの間にか俺が一羽だけここに残っている状況だった。
でも、何で橋をさっさと切り落とさないのか?
もしかして俺が戻ってこないから橋を落とせないのか?
俺は戻らないと、と思って橋の方へ行こうとするが、既に力が入らずフラリとバランスを崩して倒れてしまう。
「ピヨ?」
おかしいな?
体に力が入らないぞ?
向こう岸では橋の出口で王国軍とは乱戦状態になっていた。
橋を王国に確保されそうになっているというのに……。オレなんて待ってるせいで橋を奪われたら不味いだろう。
松明や斧を持っている獣人の人間達もいるのだが、何故かこちらの方をちらちらと見ていた。
何やってんだ。さっさと橋を落とせばいいのに。
「魔物が倒れたぞ!仕留めろ!」
「うおおおおっ」
「ピヨッ」
槍が俺の体を貫き、俺の腹に槍が生えたようになる。
そしてその槍が引き抜かれると大量の血が吹き出して俺の体の自由は一切なくなる。
息をするのもつらい。体が寒い。神聖魔法で自分を回復しようと考えるが、魔法を使うには魔力を溜める必要がある。そんな時間を与えてくれるほど王国軍も無能では無さそうだ。
さすがにもう、ダメかもしれない。
何度、この体になって窮地を迎えたか覚えていないが、さすがに厳しい。くそう、目の前には俺から勇者としての功績を奪った戦士アルベルトの奴がいるというのに反撃もできないのか?
「ピヨちゃーん、こっちに来てくれないと嫌だよー。ピヨちゃーん」
遠くでミーシャが俺を呼ぶ声が聞こえる。何故、俺の名を泣いて呼ぶのか?
とは言え、目がかすんでくる。さすがに今回ばかりは死ぬかもしれない。
王国軍が散々邪魔をした俺を生かすとは思えない。だが、このままでは折角、獣人達を橋の先に送ったのに、王国軍に橋を奪われては意味が無い。
大体、何故、アイツらはさっさと橋を落とさなかった。アイツらはバカなのか?
いや、分かってる。獣人族というのはそういう連中なのだ。
俺の逃げ道を落とすわけにはいかなかったのだろう。俺が彼らに文句を言ってはいけない事だ。
だが、これでは、俺のせいで獣人達は侵攻されてしまう。この橋はさっさと落とさねばならないのだ。勇者の時もその為にここに谷を作ったのだから。
それに俺が死ねば、また聖剣は誰かの手に渡ってしまう。あの剣によって再び殺戮が起こるのか?
俺は獣人達の未来を獣王や三勇士エミリオに頼まれたのに。
こんな所で倒れてはいけないのに。
心残りが多すぎる。なのに体に力が入らない。
いや、まだだ。そうだ、生物ってのはそんなに簡単に死んだりしないのだ。
とどめを刺そうと俺の周りに殺到する王国兵。1人の男が剣を俺に突き立てる。ヒヨコに剣を差してご満悦とか野盗よりもタチが悪い。あと、やるならさっさと首をはねるべきだ。痛めつけて喜ぶとは軍人としてどうかと思う。
だが、ヒヨコは簡単に死んではやらん。
獣人達が俺を思って橋を落とせないなら、俺が落とせば良い!
「ピヨーッ!」
渾身の<火炎吐息>を橋へと放つ。
俺の放った炎は橋に直撃し、一気に炎上する。吊っているロープが焼かれ、ブツブツと千切れていく。無論困るのは橋を渡ろうとしていた王国軍の面々だ。
「なっ!やばい!橋が落ちる!」
「退けーっ!」
「うあああああああああああああっ」
渡ろうとしていた100人以上の王国兵達が慌てて戻ろうとするが既に手遅れだ。焼き切れていく吊り橋のロープや踏板は燃えて行く。次々と王国兵達が谷に落ちていく。
向こう岸で橋を確保しようとしていた王国兵達は、退路が断たれ、獣人達に取り囲まれる形となり青ざめる。
助けも来ない場所に孤立してしまったからだ。そんな彼らも次々と獣人兵達に蹴り落とされて行く。
やってやったぜ。
王国軍の連中の絶望しきった顔にヒヨコは満足だ。
橋が焼け落ち、誰も彼もが呆然としていた。アルベルトも呆然としていた。
そしてのその虚から隙が出来た。俺は即座に魔力を溜めて神聖魔法の準備をする。これならまだ数時間は戦えそうだ。MPもまだたくさん残っている。それだけ戦えるという事だ。
勇者であるが、俺は魔法使いとしても超一流。悪魔王を倒したのは剣ではなく火魔法LV10を使ったのだ。そして神聖魔法LV9の使い手でもある。死者蘇生以外ならば何でもできる。
「|ピヨピーヨ(<完全治癒>)」
体の傷が次々と回復していく。MPが大きく減ったが、死ぬよりはましだ。
乱戦状態だったので使えなかったが、やっと回復が出来た。
「なっ!?何で魔物なんかが神聖魔法を!?」
「何をしている!さっさとあの魔物を仕留めぬか!」
「獣人達に逃げられ、橋を落とされ、これであの魔物も仕留められなかったら良い笑い者だぞ!一体、何万の兵士がここにきていると思っているのだ!」
騎士団の一員が必死にわめく。アルベルトにとどめを刺しておきたかったが、王国軍はまだまだ続く。
背には巨大な渓谷、眼前からは巨大な森が広がり、その奥から無尽蔵に湧き出るアルブム王国軍。
王国軍もヒヨコ一匹に負けて退いたとは言えない。もはや冗談ではなく死に物狂いである。
巨大な谷を挟んだ向こう岸にはミーシャやマーサさん達が見える。これまでいなかった村長や集落の人達、獣人兵達もいた。
多分、俺はここで死ぬだろう。自分の退路も絶ってしまった。
だが、かつて勇者だった者として、王国の暴走を止め、獣王達と約束した獣人達の未来くらいは守ってやろうじゃないか。
きっとそれが勇者の記憶を引き継いでヒヨコに生まれ変わってしまった使命に違いない。
俺は死を覚悟し、最後の別れをすべく、ミーシャ達にさよならをするように翼を振る。
そして俺は戦場へと向かう。結局、俺という男はこういう生き方しかできないのだろう。だが幼い頃からこんなだった。
確かに俺は王国騎士団を率いて悪魔王に挑んだ。
だが、王国が間違っているなら王国とだって戦う。
幾千幾万の王国軍だろうが、もはや退くことは無い。退く道も無い。
「ピヨーッ!」
俺の雄叫びが戦場にこだまする。俺の戦いはこれからだ!