1章14話 ヒヨコの師匠の前世は?
話が終わると、青竜女王さんが古竜姿になって北へと去っていき、グラキエス君は幼竜姿から成竜姿に戻って空を飛んでついて行く。
あっという間に見えなくなるのだった。
そして、師匠の屋敷を出るとヒヨコと残念お姉さんと三つ編みお姉さんは師匠の後をついていく。
「ピヨ殿が暮らす大きい集合住宅があるからそこの一室を与えましょう。確か部屋が残っていたはずですからね」
「ピヨピヨ【師匠、済まぬな。いろいろと迷惑をかけるぞ】」
「何、僕も彼女たちから聞きたいことがあったので丁度いいんです。それにしても光十字教がそんな大それたことを考えていたとは。どこまで本気やらという気持ちもありますが……」
「ピヨヨ~【ヒヨコも光の精霊、たしかソ、ソ、ト?……トリ…トリモチ君といったか?奴が何を考えているかわからん。そもそも精霊は面白おかしく場をかき回すのが大好きな連中だからな。ろくでもないことを考えている気がするぞ】」
「確かに精霊たちはいい加減ですからね。意志を持ち生物の形を持った精霊なんてろくなものじゃありません。大陸南端の紅精霊国の長となったイフリートは戦争ばかり吹っ掛けて南部はかなり荒れていると聞いてます。ドラゴン達の思慮深さを考えると困った話ではありますね」
残念お姉さんと三つ編みお姉さんを連れて辿り着いたのはヒヨコの使っている部屋のお隣さん。
「今は部屋が1つしか空いてないから、申し訳ないけど2人で使ってほしい。他は倉庫状態になっていて埃が被っているし、掃除に時間が掛かるんだ」
「いえ、助かります。この国の偉い人にそこまでしてもらって…」
「気にしなくて良いですよ。君たちの出身国について聞きたいことがありましたから」
「私たちの出身国ですか?」
首をひねる残念お姉さん。
師匠はヒヨコの部屋に一時的にいるように言ってから部下の人達に隣室の整理を指示する。部下の人達は慌てて整理しに走るのだった。ベッドや家具の準備もあるだろう。
その間、ヒヨコの部屋で話でもしようという事になった。
ヒヨコは部屋の冷蔵庫から麦茶のボトルと4人分のコップをもって部屋に入る。
「いやー、ピヨ殿の部屋は良いですね、便利で。帝国は本当に進んでいる。うちの学者たちに研究させて同じことを出来るように指示してはいますが、中々うまくいきませんから。百合殿達は異世界人というが、この世界はどうですか?」
「……うーん……不便なところが多いかなぁ、と」
「実は、私は異世界からどうも記憶をもって転生したらしいんですよ。私がやって来た300年前の文明レベルも酷いものでした。私の生きていた場所では今の時代に近い頃なんですよ。この大陸に来た頃、この世界の人間たちはろくな刀もなく蛮族集団と言って良い状態でしたからね。大陸一の鍛冶職人と言われた人が僕のいた世界の刀を見たら驚いたでしょうね。不便な気持ちは私もわかりますが、我慢してほしい」
「い、異世界転生者、なんですか?」
目を丸くするお姉さんたち。
その言葉に師匠はコクリと頷く。
「日本と呼ばれる国で死に、この地に生まれ、300年の時を生きている。君たちが日本から来たと聞いて興味を持ったのさ」
「え、えー。じゃ、じゃあ、300年前に日本で死んだ人なんですか?」
驚きの声を上げる残念お姉さん。
なんと知られざる事実。自称・異世界転生者だった師匠の元居た国が残念お姉さん達の故郷だった!?
何てことだ。師匠は良い人だしとっても強いけど、妄言を吐く困ったちゃんだと思っていたのに!まさか生きた証が異世界からやってきてしまうとは!
「それは分からない。ニクス様が言うには時空とは波のように動きねじれているらしく、時空の境界面が波のように動いた際に干渉し、偶然私の魂のようにこっちに来ることもあるのだとか。もしかしたら私よりも未来の人が私より過去に来る可能性もあるらしい。実際、この大陸を最初に支配した方も異世界から来たらしく、その方の言動を見るに私よりも未来から来ていたようですから」
「む、難しいなぁ」
首をひねる残念お姉さん。
大丈夫だ。ヒヨコも割とよくわからんからな。
「とはいえ、文化的には皆さんの方が進んでいるようでしたから。私は皆さんの歴史の前に生きていたかもと思った訳です」
「ええとヴィンセントさんはもしかしたら私たちの祖先だったかもしれないと?」
「いや、それはないだろうね。僕は子供を作った記憶がないからね。ただ、志半ば、病床で亡くなり大きい後悔を残して朽ちている。恐らく、そのせいでこの世界で記憶を継承してしまったのだろう。もしも君たちが僕より未来に生まれ、その頃の事を知っていたのなら教えて欲しいんだ」
師匠もヒヨコ同様に後悔をもって亡くなってしまったのか。
残念無念仲間だったのだな。
「はあ………。ええとヴィンセントさんはいつ頃生きていたのでしょう?」
「とはいえ僕も300年以上生きているからね。実に生前の10倍以上生きているから記憶が曖昧だが、テンポーと呼ばれる時代だったかな?その位の生まれだね。江戸の市ヶ谷にある……何と言ったかな。剣術道場で塾頭を務めていたんだ。もう300年以上前だから記憶がはっきりしない」
残念お姉さんは首をかしげる。
「天保っていつ?江戸時代?」
「ええと幕末期だったと思うけど。天保の大飢饉があって、大塩平八郎の乱がおこり、幕府への信頼が落ちている中でペリー来訪。幕府は落日を迎えたんだよ、百合ちゃん」
「さすが歴女。詳しいね」
「これだけは百合ちゃんに負けないからね」
と胸を張って威張る三つ編みお姉さん。大きい胸がバインバインと揺れる。ステちゃんが見たら舌打ちの一つくらいしそうなボリュームである。隠れ爆乳と呼んでいいだろう。どうやって隠しているのだろう?
「幕末期?というとやはりあのまま私達は負けたという事ですね?」
師匠は大きくため息をつくがっくりと肩を落とす。だがやはりという事は負けることを予想していたようだ。
バクマツキ?ってのは何ぞや?
「当時の私は歴史に残るような事はしてはいません。恐らくはどこにでもいる敗残兵の一人です。ただ同志を残して一人病床に伏して戦列から離れるのが口惜しかっただけです。私には剣以外に何もなかったのに、それさえも振るう機会が最後の最後で与えられませんでした」
そんな寂しいことを言う師匠であるが、
「ピヨピヨ【何、気にするなよ、師匠。勇者ヒヨコにして剣聖ヒヨコとなったピヨちゃんの師匠として名を歴史に刻むといいのよね】」
おっとどこかの誰かの口癖がうっかり口についてしまった。はて、誰の口癖だったのか?
ヒヨコも割と忘れてしまっているから問題ナッシングである。
「はははは。まあ、今更、そんなことする必要もないのだけれど。負けた側は歴史には残らないものですし」
「何をなさっていたんですか?」
三つ編みお姉さんは目を輝かして尋ねる。
何だろう、歴史大好きっこさんだったのか?
「なんと説明すればいいか…。当時、キョウ……だったか、国の首都が荒れていまして、治安維持部隊のようなものをやっていました。テロリストを探して捕縛する。そんな仕事ですね」
「ピヨピヨ【おお、師匠も生まれる前は悪・即・ピヨの精神を持っていたんだな?】」
「いや、そんなことはしてませんよ。何ですか、悪・即・ピヨの精神って」
頭痛を抑えるようにこめかみを揉んでいる師匠だった。
何をおっしゃる師匠よ。悪者を見つけたら、迷わずピヨピヨしてやるのがヒヨコのお仕事だぞ。
「幕末の京都でテロリストの捕縛?」
三つ編みお姉さんは目を輝かせる。そこは目を輝かせるところだろうか?つまり衛兵さんという事ではないのか?
「そこで一隊長職をやっていました。私の無念とは一緒に京都に行った……兄貴分たちがどうなったのかが知りたいのです。ともに最後まで戦いたかったのですが……僕だけ病床に倒れたのですから」
「ピヨヨ~【師匠も生前は色々あったのだな。ヒヨコも生前は酷い目に遭ったぞ。勇者として魔王を討ち果たしたのに手柄をすべて取られて悪人として民衆に投石されながら火刑に処されたのだ。かわいそうな生前のピヨちゃんと泣いてくれてもいいぞ。ピヨピヨ】」
「王のおわす首都を守るために仕事をしていたのに、代替わりした王はテロリスト側に付き、我らはテロリストたちと戦っている中で我らの主はあっさり降参し、臣下はただの賊として討伐されるのみ。主君に裏切られる臣下の気持ちなど分からないでしょうね、彼らには」
分かる、分かるぞ師匠よ。そうか、師匠も味方に裏切られた口か。口惜しかろう。だから前世の記憶を持ち越してしまったのだな?
「最後まで意地を見せて生き様を刻みつけてやろうと皆が死ぬ気で戦う覚悟の中、私はこっちの世界では結核と言えば良いのでしょうか。結核の病によって既に戦えない体でした。敵のテロリスト、つまりは官軍となった敵に最も恨まれていたのは多くのテロリストを討ってきた私だというのに、その怨嗟を皆が一身に浴びて討たれていくなんて堪えられなかった…」
「も、もしかして……その、生前のお名前をお聞きしてもいいですか?その兄貴分と仰っていた方々のお名前も……」
三つ編みお姉さんは目を爛々と輝かせて、若干鼻息を荒くして尋ねる。興奮するところなのだろうか?
「いやー、それが転生してから300年も生きていたし、赤ん坊のころは記憶力も怪しくて、そこら辺がてんで覚えてないんですよ」
だが、師匠は頭を搔いて苦笑して返す。
それには三つ編みお姉さんもがっかりした様子だった。
「ピヨピヨピヨピヨ【わかるぞ、師匠!ヒヨコも生前の記憶はおぼろげだ。ルークという名前も憶えていたが父ちゃんと母ちゃんの名前は覚えてない。思い出は色褪せぬほど覚えていたのに。そういうものだ!師匠から学んだ魔力を使った肉体強化も、ルーク時代は師匠並みに使えたと思うのだが、使い方がさっぱり忘れていたからな。いろいろ抜け落ちても仕方ないと思うぞ】」
「やっぱりそういうものなんでしょうね。ただ、大きい失意だけが残っているんだ」
ため息をつく師匠はとても残念そうだった。
ヒヨコは異世界に転生したわけではないから、その失意をヒヨコとして納める事が出来たが、普通はそういう事は起こらないものだ。
「ええと、一応、思い浮かべられる人は存在します。その兄貴分という人たちは二人ですよね?」
「……他にもいましたが、気になったのはそうですね」
「……だとすると、お一人はヴィンセントさんが亡くなる前に敵軍に投降して、処刑されました。もう一方は最後まで戦いはるか北方の地で仲間を集めて最期まで戦って戦の中で亡くなったと聞いています。割と私達の生きる現代でも人気の高かったので。もちろん想像があっていればという事ですが」
「なるほど。…言われてみると……あの二人、…悔しいな。名前も思い出せない。だけど、らしい死に様だったんだろうな。先生はやはり潔く戦いを終わらせたのか。………私がいたらそんなことはしなかったと思うけど。とはいえかなり官軍に嫌われていたのに、何で我々みたいな賊軍が未来で人気だと?負ければ残虐非道の殺人鬼として後世に伝えられるだろうに。こっちでもそういうものだったよ」
師匠は不思議そうだった。
「当時は確かに悪逆非道の集団と語られていたそうですが、生き残って名誉回復に努めた隊士の方がいて、その功績が認められたからです。その後も政府は民衆からよく思われなかったり、人気のあった維新志士の方が政府との戦争で負けて死んだりとかなり荒れたらしいので。何より判官びいきのお国柄ですし、後世の歴史小説家さんが美談のように書いているので」
「そうですか。……日本は良い国になったのでしょうか?」
「諸外国に負けない国になったのですけど、戦争で勝ち続けたものの大きい戦争で負けてしまい、それ以降世界は割と平和になったためにいまだに敗戦国扱いですが、世界でも上位に入る経済大国となっています。すごく豊かですね」
「まあ、後世でいろいろあったけど、他国に食い物にされる事はなかったのか。それは良かった。未来の君たちが他国から奴隷のような生活を強いられていたというならそれは悲しい結末ですからね」
ハハハハと笑う師匠。それは何か胸のつかえがとれた様子だった。
「あ、あのー、ところで、ヴィンセントさんはこのヒヨコの師匠なんですよね?」
残念お姉さんは挙手して尋ねる。
「そうだね。ピヨ殿は私のように意図的に魔力を肉体強化に使えなかった。前世ではできたのに今はやり方が分からないという事で私の剣術の練習相手になる傍らで、私から肉体強化を学んだというわけです。あと帝国から来た公子殿も一緒に訓練をしていますね」
「ピヨピヨ【ヒヨコはヒヨコ剣法免許皆伝の腕前だからな。ちなみに開祖ヒヨコ。総師範ヒヨコ。使い手ヒヨコの三本です】」
「ヒヨコだけじゃん!」
ぺちりと残念お姉さんはヒヨコの頭を叩いてくる。
「いやー、でもヒヨコ剣法を極めると剣術スキルLV10まで上がるからね。この世界ではスキルが存在していて本物の達人レベルでLV5、それを越える超人だとレベル6以降まで上がって、神に届くレベルが最高位、剣術LV10なんだ」
「ピヨピヨ【七光剣とやらとて、ヒヨコから見れば所詮剣術LV6~7程度のヒヨッコよ】」
「いや、ヒヨッコはアンタでしょ!」
「ピヨヨーッ!?」
言われてみればあらびっくり。ヒヨッコはこのピヨちゃんでした。なんてこった。
「まあ、ヒヨコは置いておいて。私に剣術を教えてもらえないでしょうか?それこそヒヨコとの練習のついでで良いので。よくは分かりませんが、刀のあった時代の剣術家だったのでしょう?私はこの世界に下りて何度もひどい目に遭いました。力があればとも思いました。子供のころから剣術道場に通って女子では同年代で敵なしだったのに、この体たらく。私は力が欲しいんです。私だけでなく智子も守るためにも」
「ふむ。確かに戦のない世界のしかも女子がこの世界で生きるのは厳しいだろうね。…ほう、剣術LV3か。女子がそのレベルとは…未来の剣術は発達しているんですね」
「そうなんですか?」
「私は生まれ変わって、3つの時に剣を握ったけど剣術はレベル2でしたから。技術レベルはそこまで落ちない。この世界では魔力があって、うまく利用すると剣術レベル5の段階で剣閃を飛ばすことができる。剣術だけでなく槍でも斧でも同様です。ましてピヨ殿ほどになると嘴から衝撃波を飛ばすくらいですからね」
「えー」
「ピヨピヨ【ヒヨコの嘴はそんじょそこらの嘴とは違うのだよ。衝撃波がほとばしってしまうのだ。偶に失言も嘴ってしまうけどな】」
これはヒヨコの失言ではないぞ?変換を間違えた作者がいかんのだ。
………ピヨピヨ、作者って誰?
「とはいえ、別に修行に加わりたいなら構わないよ。基本的に私は暇人ですからね」
「あ、ありがとうございます!」
残念お姉さんは頭を下げて感謝する。
こうしてヒヨコは、お姉さんたちのニクス竜王国での滞在を共にする生活が始まるのだった。