1章12話 ヒヨコ無双~プラージ王国編~
ピヨピヨ団の皆を埋葬してからヒヨコは一羽悲しみを胸にとぼとぼと宿屋へと戻る。
ヒヨコは人間の姿に戻って宿に帰ってみると、馬車を買いに行った時の焼き直しのように二人はいなかった。
こんな夜更けに出るのが異世界流なのだろうか?危険だとわかったはずなのに。
ヒヨコは困ったお姉さんたちだと思って、宿屋の女将さんのいる方へと向かう。
「お、お客様。ど、どうなされましたか」
「僕と一緒に泊ってたお姉さんたち知らない?」
「そ、それは……その……」
なんだか歯切れが悪い。どうしたもんやら。
すると鎧騎士の集団が宿にどかどかと突入してくる。階段から降りて来る者、ヒヨコの背後から逃げ道をふさぐかのように者もいたが通路が狭いので女将さんをヒヨコと兵士達で挟み込んでしまった。。
総勢10名である。
「例の子供を見つけたぞ!」
「であえであえ!」
「伯爵様に死体を持っていくのだ!」
「女将、下がっていろ!」
暇なのだろうか?と思ったがどうやらお仕事中だったようだ。オタルでやっつけた子たちと同業かと思ったが、この町の騎士さんのようだ。
そして下がっていろと言われても通路が狭いので下がりたくても下がれない女将さん。
「どこに雲隠れしていたかは知らないが死んでもらうぞ」
「こっちには七光剣の一人ファリエール卿がいるんだ。オタルの時のように拒めると思うなよ」
おや、どうやら彼らが言うにはあのよくわからない肥えたおっさんからのオファーのようだ。奴隷を譲れとか言ってきた人の部下なのかな?死んでもらうとか物騒だなぁ。
お金で買えないから殺して奪う、人はこれを強盗と呼ぶ。
「ええと、一緒にいたお姉さんたちはどこに行ったの?」
「あの奴隷どもなら大司教様の下だ。今頃、大司教様に楽しく犯されているだろうよ」
楽しく犯されるとは、これまた難儀な言葉である。
合意があるなら犯すとは言わないと思うが。
あと兵士さんたち、壁のようにやってくるから女将さんが後ろに下がりたいけど兵士さんたちが邪魔で下がれないから困惑していた。ヒヨコを塞ぐのが女将さんになっているのだが。
出口 兵士達 人間なヒヨコ 女将 兵士達 階段
今こんな感じの配置だ。
というよりもこの町って大丈夫なの?大丈夫じゃないっぽいけど。
見た目10歳くらいの子供を捕まえるのにこの人数って絶対におかしい。
ヒヨコはここに住んでる人たちが心配になってきた。
帝国と比べるのは憚れるけど……………ただ女の子二人を捕まえて、ムカつく子供を殺したいとかそんな下らない事の為だけにこの人数を動員するのってやばいよね?
しかもこのあからさまにおかしい事を堂々とやっている辺りがだ。帝国の悪徳貴族だってもう少し、ばれないように小細工をしていたのだが。
覇気を使っても良いが、ここまでいきり立っているとあまり効果もなさそうだ。
あと女将さんが兵士の前に立っているので、下手をすると女将さんが泡吹いて倒れちゃう。
現在のヒヨコは無性に苛立っている。その感情から『むしゃくしゃしているから殺ってしまっても構わないだろう?』という気持ちが大きいのだが、『無用な殺生は氷漬けの刑ですよ(ニコリ)』という旅立つ前に贈られた青竜女王さんの一言がヒヨコの心胆寒からぬ思いをさせる。
贈る言葉ならばもう少し温かみがあってもいいと思うのだが。例えば、鳥は悲しみが多いほど、鳥には優しくできるのだから、とかそういう鳥生に役に立つ言葉を所望する。
………ピヨピヨ、何故だろう、電波が届いたような気がする。気のせいだろう。気のせいに違いない。
とはいえ青竜女王さんは怖いから、ただの命令された哀れな小童を殺すのは無しの方向で。
いかんな、ヒヨコもグラキエス君と同じく青竜女王さんに飼いならされてしまっている気がする。流石は初代世界の救世主様である。新米救世主なヒヨコとはキャリアが違うようだ。
さて、それではどうやって殺さずに始末すればいいか。いや、始末は厳しい。逃げるべきか?
切りかかってくると乱戦になってしまい、うっかりヒヨコが人殺しをしてしまう恐れがある。
お姉さんたちはあのお城に連れていかれたっぽいし、ここから逃れて、お姉さんたちを救出に向かうついでに彼らを撒こう。
だが、ドアの前を固められている。兵士たちが5人もいる。どいてと言ってもどいてはくれないだろう。
ヒヨコは周りを見る。前門に兵士、後門に女将という状況を見て、何かが惜しい気がする。兵士じゃなくて後輩君なら完璧だったのに。
………え?後門は女将じゃないって?
だが、そこで気付いたのは女将が退こうとしている先、食堂に向かう横道に目を向ける。ヒヨコは女将よりも先に颯爽と食堂の方へと駆け出す。
食堂を駆け抜け、木窓を開けて閉脚伸身跳びで窓枠を頭からするりと飛んで通り抜ける。
更にそこで1回前方に回転を入れてピタ着!
さすがピヨちゃん、ヒヨコ体操の一人者として素晴らしい運動能力である。
「逃げたぞ!」
「くそっ!なんてガキだ!」
「追え!」
慌ててヒヨコを追いかけて来るが、ヒヨコはさっさと街道に出てお城の方へと走り出す。
「ふははははは、人間バージョンの方が若干足が長いから素早さは人間ピヨちゃんの方が速いのだ!魔物レースで無双したヒヨコの健脚をとくとご覧あれ!」
すたこらさっさと兵士さんたちが走って追ってくるのをスピードで突き放してお城の方向へと走るのだった。
必死に追いかけてくる兵士さんたちの遅さといったら悲しいものである。ヒヨコをとらえたいならキメラ君でも連れて来るんだな!
あ、でも本当に呼んでこないでね?キメラ君が走ると街が大変な事態になるから。
***
人間姿のヒヨコは走ってお城の方へと向かう。
お城の方の魔力を感知する。
お姉さんたちは……見つけた。2人いる。周りに人間の魔力あるぞ?
死にそうな魔力もあるがどうなってんだ?とりあえず、あそこに見える四階か五階辺りの窓付近だということはわかった。取り合えず中に入ってみるか。
一気に加速したヒヨコは大ジャンプをしてそのまま壁をぶち抜いて部屋の中に突入する。
そしてヒヨコは颯爽と(?)、部屋へと突入する。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。ピヨちゃん参上!そしてこの部屋惨状!」
おっとヒヨコからラップが飛び出してしまった。
使い古しだって?構わん構わん。
ヒヨコは周りを見渡すと三つ編みお姉さんが全裸でベッドの上に涙目で座っていた。
あれ、なんか気まずい?
「……おや、お取込み中?ヒヨコはお呼びでない?………こりゃまた失礼しました!」
「いやいやいや、助けてよ!」
あ、やっぱりそっちか。楽しくはないが犯されそうなのは確かだったようだ。
残念お姉さんではなく三つ編みお姉さんに突っ込まれるのはちょっと新鮮だった。
突っ込まれそうなのは三つ編みお姉さんか!?おっと下ネタ厳禁。
「さあ、どちらにしてもヒヨコは助けに来たのだ!ここの領主はどこだ!ヒヨコの客人をいじめるのはヒヨコが許さない!キリッ」
ヒヨコは周りを見渡すが、豚のような姿をした領主は見当たらない。ガマガエルにも見間違える領主さんがいないぞ?どこに行ったのだ!?
まさか、あんななりして忍法使いなのか?
職業忍者なんて見たことはなかったが、まさか、あの領主、そんなすごい技術があったのか!?ファンタジーは大北海大陸にあったのか!?
気配察知がどこにもないぞ。どこに行ったのだ!?
「ヒヨコヒヨコ。足元足元」
残念お姉さんが剣を首に突き付けられた状態でヒヨコの足元を指さす。
なんとヒヨコはすでにここの領主を踏みつけていた。当の領主もピクピクと痙攣して、潰れた蛙みたいになっていた。
「既に倒していたとは!?大丈夫か?早く起きるんだ。じゃないとヒヨコが倒せない」
ヒヨコは領主の体を起こしてぺしぺしとほっペタをたたいて起こそうと試みるが、ぐったりしたままだった。
「さらに追い撃つ気!?」
三つ編みお姉さんがヒヨコの言葉に過剰反応を示す。あれ、ヒヨコはおかしいことを言っただろうか?
「坊主、いきなり出てきて困るねぇ。その人は我らが光十字教会におけるこの国の大司教様なんだ。僕は大司教様を守らないといけなくてねぇ」
「そうなのか?ヒヨコ……いや、僕もそのお姉さんたちを守らないといけないんだ。なのでこれは交換しておわりだな。うん。そうしよう」
「それはできない相談だねぇ。光の精霊様より敵は殲滅せよとの啓示があったからねぇ」
腰に剣を差した男はヒヨコの方をみて剣呑な気配を漂わす。
「やめなさい!やばい、この人。強すぎるわ!」
残念お姉さんはそう言ってヒヨコに注意を促す。助けてほしいのか助けてほしくないのかどちらなのだろう?
ヒヨコはとりあえず領主から手を放し、歩いて剣士のおじさんの方へと歩き出す。まずは残念お姉さんを確保しよう。
「何、痛くはない。気づいた時にはあの世だ。食らいな!」
ドンッ
剣士のおじさんは突然左腰にさした刀を手に取り居合を仕掛けてくる。
いや、わざわざ抜いていた剣を腰に差すとか一動作遅れるからいらないでしょ?そのまま構えなさいな?
何?もしかして彼の中で居合が流行りなの?
「!?」
剣士のおじさんは顔色を悪くしていた。居合を放ったオジさんは、刃をヒヨコに斬りつけようとしていたが、ヒヨコはそれを見事に受け止めていたからだ。
「ば、バカな。七光剣でも居合のファリエールと謡われたこの私の居合を……口で受け止めただと?」
いきなり首に刃を向けた上に『食らいな』とか言うから、うっかり咥えてしまったではないか。ヒヨコはそういうの反射的にやってしまうからやめてほしい。
昔もそんなことがあった気がするぞ?
ピヨピヨ、認めたくないものだな。若き日の過ちを。
剣士のオジサンは必死に剣をヒヨコから奪い返そうと引っ張るが、ヒヨコは噛んだまま離さない。
ヒヨコの噛み力ならともかく人間のヒヨコは歯があるのでがっちりきっかり咥えられるのだ。
そして首を横に振って剣士のオジサンを逆に振り回してみる。
剣士のオジサンを3度くらい床にたたきつけると剣から手を放してぐったりと倒れるのだった。
「う、うわー」
残念お姉さんが呆れるようなぼやきをするが、まるでヒヨコが残念な子のように見るのは辞めてもらいたい。
ヒヨコはペッと刀を口から離し、
「ふう、つまらないモノを叩いてしまったぜ」
とりあえずニヒルに締めようとする。
ピヨピヨ。今回はいろいろあったがクールに決めよう。ヒヨコはクール系男子を目指すのだ。
「ぐげ」
というちょっとだけ悲鳴が足元から聞こえる。
ヒヨコは何だろうと首をかしげて足元を見ると、そう言えばヒヨコの足元にはここの領主がいるのを忘れていた。そしてペッと捨てた刀が領主さんのまたぐらに見事に貫き、男の大事な部分が根元から断ち切れていた。
「や、やべえ、(男として)殺っちまった!足元の蛙の領主さんが両性類になっちゃった!」
「いや、そんな上手い事言おうと、無駄に頑張らなくても良いから!」
「た、たくさんの女の人が殺されていたし、もうこれで万事解決で良いんじゃないかな?」
三つ編みお姉さんがもう触れるのはやめようと言わんばかりに締めようとするので、ヒヨコもそれに乗ろうと思う。
だが、その前に鎧騎士の男たちがこの部屋に集まってくる足音が聞こえる。
「走れ!」
「領主様の部屋が何者かの襲撃にあっている!」
と声が近づいてくるのを聞こえる。
「よし、逃げよう」
倒れている人達はみんな気絶しているので、ヒヨコは時空魔法の<異空間収納>からローブと馬車を取り出して、ローブを巻き付けて服を脱いでからヒヨコに戻る。
ついでに三つ編みお姉さんには予備で買った下着とローブも出して、着てもらう。
ピヨピヨとヒヨコは鳴きながら二人に念話で声をかける。
「ピヨピヨ【じゃあ、二人とも馬車に乗って】」
「こ、ここで?」
「ピヨッ【このまま逃げるから】」
「分かった。よく分かってないけど」
ヒヨコの念話による説明に、残念お姉さんは首を縦に振る。
ヒヨコは馬車を引く態勢に入ってから二人が馬車に乗ると部屋へ鎧騎士の男たちが入ってくる。
「大司教猊下!?大丈夫ですか?」
「変なヒヨコがいるぞ!」
「ファリエール卿が倒れてるぞ!?気を付けろ」
ワラワラと鎧騎士の男たちが集まってくる。
「ピヨヨッ!?」
変なヒヨコ呼ばわりされるとはなして!?ここはかわいいヒヨコがいるぞ!と言ってもらいたいものだ。
だが、ここで待っているとどんどん鎧騎士の人達がやってくるので、ヒヨコは二人が馬車に乗り込むのを待つ。
「ピヨピヨーヨ【<空中浮遊>】」
馬車ごと風魔法で浮かび上がる。
「ピヨピヨ~」
蹴り破って入ってきた窓から、ヒヨコは部屋の中にいる人たちに翼を振ってサヨナラを告げつつ、空を走って出ていくのだった。
すたこらさっさとヒヨコは空を走って去ることにする。鎧騎士たちも何やら背後で叫んでいたが追いかける様子は見られなかった。
だが、残念。差し詰め今のヒヨコはサンタクロースのごとく飛び去るのだった。いや、馬車を牽くのがヒヨコなのでサンタというよりトナカイかな?
ピヨピヨ、そこの君。ヒヨコ=トナカイではないぞ?そこは間違えないでもらいたい。
「う、うわ……」
「空飛んでる」
ウトマン伯爵領の上をヒヨコ列車が空を駆ける。それはそれで幻想的な光景だったそうな。
鎧騎士の男たちは慌てて空を駆けるヒヨコを追いかける。だが、地面を這う人間が空を歩くヒヨコに追いつくのは至難の業。
たくさんの鎧騎士の男たちが街を出て西の森の方向へと走っていったヒヨコを追いかけ、山火事中な森の中に鎧騎士たちは突入していく。
全員が見えなくなるとヒヨコはこっそり戻ってきて、泊まっていた宿屋に引き返して一泊するのだった。
***
翌日、ヒヨコたちは早朝から宿を出ることにする。
まだ、この町にいるとばれると面倒だからだ。割と静かな朝をヒヨコ車に乗って街を出発する。
「ヒヨコー。ここからどこに行くの?」
カタカタと馬車を揺らして進みつつ、ヒヨコは走りながら残念お姉さんの方を振り向かずに頭の中に地図を思い浮かべる。
「ピヨピヨピヨピヨ【今日はサッポロで宿泊して、そこから北東の街道をまっすぐ行って北海王国の首都ルモエに向かう予定だな。2000キロ弱の距離だし、まあ、ゆっくり走って10日くらいの距離だ】」
「早いよ!ゆっくり走って進む距離じゃないから!」
「ピヨヨ~?【しかし歩けない2人がヒヨコ列車が速すぎて怖い上に揺れて気持ち悪いというから、スピードを落としているのだけど】」
「酔うからね。街道が全然整備されてないじゃない」
「ピヨピヨ【帝国は街道が徐々に石みたいな泥で固められているんだが、この地はまだ整備されてないからな。】」
帝国は魔法によって物凄い勢いで生活が豊かになっている。街道も馬車ではなく魔導機関内蔵の魔導車なるものを走らせる為に貴族の通るような道は全て硬い道路に作り直していた。
「ピヨピヨピヨピヨ【ヒヨコとて1月後の11月末辺りまでには戻らねばならぬのだ。冬季休暇になるとヒヨコは子供の相手をせねばならぬのだ。なに、心配はいらぬ。3か月後にはきっちりアサヒカワ?だかに届けるぞ?】」
「そういえば何で3か月なの?本来はすぐに集めたいんじゃないのかな?」
「ピヨピヨ【普通に馬車を使って光十字教圏内の各国の首都からアサヒカワにたどり着くのにそのくらいかかるからだと思うが?スレイプニル君の馬車は早いけど、1日で50キロくらいしか進まんからな。奴らは体力ないから2000キロも移動しようと思えば軽く一月を越える】」
「あー」
「ピヨちゃん、既に常識を逸脱しているねぇ」
後ろに乗ってる二人はなんだか納得した様子だった。
ヒヨコはゴロゴロと馬車の車輪を転がしながらひたすら走る。
道の整備がいまいちでガタガタ揺れるから二人が酔ってしまいあまり進まないのだ。
因みにこの一行の移動速度の遅さはヒヨコの足の問題ではなく二人の体力の問題だった。