1章9話 動き出す鳥、あと人も
三羽の鳥モンスターたちは森から慌てて飛んで逃げていた。
背後から恐るべき魔物が追いかけて来る。薄黒い体毛をした体長4メートルはある巨大な熊の魔物、ダークグリズリーだった。
随分と変わったヒヨコに念話を教わり賢く育った三羽の鳥モンスターではあるが、戦闘力はさすがに熊には敵わない。グリフォンのように<咆哮砲>なんかを持っているなら別であるが、さすがにただの大きい雀や烏が大技を使える筈もなかった。
三羽の鳥モンスターたちはどうにか飛びながら、敵わない強敵から逃げ延びて、己の身を守った事でホッとするのだった。
「チュンチュン【やべー、おっかなかったな】」
ジャイアントスパロウのチュン助はホッとした様子で溜息を吐く。チュンチュンと鳴きながら身震いする。人間大の大きさもあるが、ただの雀が大きいだけなので、割と愛嬌のある姿である。
「カアカア【そうだな、チュン助の兄貴】」
「カアカア【だからこんな場所まで行くのは止めようって言ったじゃないか】」
ブラッドリークロウのドスとミルマスの二羽もまた未だ怯えていた。ミルマスの方は気弱そうに後になって文句を言う。
「チュンチュン、チュンチュン【悪い悪い。まさかダークグリズリーが出て来るなんて思わなかった】」
「クアァア【あれはやばいよ】」
「カアカア【どうしよう。狩りが出来ない】」
困ったな、困ったぞと3羽は輪になってチュンチュンカアカア話し合う。
「カァ…【やっぱりピヨの兄貴がいないと…】」
「チュンッ!チュンチュン!【弱気になるんじゃねえ。忘れたのか、お前達。人間に親兄弟を殺された恨みを。兄貴は人間なんかと仲良くしてたんだぞ。裏切りじゃないか!】」
チュン助はチュンチュンと声高に訴え、弱気になるミルマスを一喝する。
「カアカア、カアカア【そうだぜ、ミルマス。兄貴はただのヒヨコさ。俺達のようなれっきとした大人じゃないんだ。だからいつまでも甘いことを言っているんだ。人間なんてろくなもんじゃねえ。分かるだろ?】」
「クアアァァ【…それは分かってるよ】」
「チュンッ【アニキはずっと人間と仲良くしてたんだ。俺達を騙してたんだぞ!】」
「………」
チュン助の言葉にミルマスはしゅんとする。
「カアカア【また人間を困らせてやろうぜ!近くに柿の木がたくさん生えている場所を見つけたんだ。柿の実を3つくらいもいでやろう】」
「チュンチュン【そうだな、ドスの言う通りだ。また人間が困る顔が見れるだろう】」
ドスとチュン助は頷き合い、それに追従するミルマス。
しめしめと3羽はちょっとだけ笑ってから、柿の木を狙いに羽ばたくのだった。
***
そんな頃、異世界転移者である山川武久はウトマン伯爵領にある冒険者ギルドにやって来ていた。
山川は冒険者ギルドの受付から大金を受け取っていた。
「さすがはご主人様です」
「勇者の名にふさわしい偉業ですね」
後ろにいる2人の女性にちやほやされながら山川は鼻の下を伸ばしていた。
「はははは、まあ、そんな崇めたてるな。大した事やってないぜ」
「そんな事はありません」
意気込むように言うのは猫人族の奴隷ソレーヌだった。競り市で購入した少女だ。背は低く茶色い髪は肩口で切りそろえている。器用はよく小柄であるがスタイルも良い。更には戦闘も可能な獣人族であった。
もう一人は転移した時にいた光十字教の女性神官でコレットと言う。背中まで伸びるライトブラウンの髪が印象的な美女であり、プラージ王国の聖女と呼ばれている存在でもある。高レベルの神聖魔法と光術の使い手である。
「ホーンベアは中級者が討伐するような魔物ですが、まさか初心者である勇者様がここまで簡単に倒せるとは驚きました」
「まあ、最初は怖かったけどよ。ここに来る前は一般人だったんだぜ。でも、この光の精霊から与えられたスキルっての?まさか斬撃を飛ばせるとは思わなかったぜ。自分でも思い描いた通りに剣が振れる」
「攻撃技術スキルをLV5まで身についてしまえば攻撃そのものを飛ばせると言います。これこそが勇者様が勇者様と呼ばれる事の所以です」
「どの位いるんだ?その斬撃を飛ばせるような奴って」
だが、山川は慎重に考え、この世界にはたくさんいたら意味がないと言わんばかりに訊ねる。
「光十字教国圏内には10人といませんね。それ程貴重なスキルなのです」
「へえ」
武久は嬉しそうにうなずく。
この光十字教国圏には七光剣と呼ばれる猛者がいるらしい事は知っていた。恐らくはその10人といない中で7人がそれなのだろうと想定される。ともあれば自分の力は既に七光剣に迫る力なのが分かる。
「後はレベルが上がれば横一線のクラスメイト達から抜け出せるって訳だろ?ジャンジャンと冒険者ギルドで依頼を受けて魔物狩っていけって事か」
「そうですね。ただお気を付けを。ニクス竜王国の竜王ニクスは手強いのですが、ニクス竜王国には仙人という超人種族がいます」
「超人種族?」
「特殊な訓練を積み、人間から仙人に進化し不老長寿となった存在だそうです。一騎当千の猛者で、軍勢を単騎で退けた事もある化物です。魔王ニクスの配下でアレン・ヴィンセントというナヨリ市の大公という存在です」
「そいつとニクスはどっちが強いんだ?」
「そもそも魔王ニクスは戦った姿を見たことがありません。動いたときが世界の終りだとも言われております」
「………そんなやばいのをわざわざつつく必要があるのか?」
「ドラゴンの気まぐれで世界が滅ぶかもしれないのに、放置することのほうが問題なのだと光の精霊様は仰ってました。勇者様方がいらして、元の世界に戻るには彼らの討伐が必要であるがゆえに、これは好機なのだと」
「光の精霊、という割には俗っぽい奴だなぁ」
「ですが、奇跡を起こし何度となく我々を導いてくださった神にも等しい存在なのです」
と恍惚な表情で語る聖女の姿に、山川はといえば複雑な表情で腕を組んで考える。
光の精霊という存在に一抹の不安を覚える。良いように使われているような気がしないでもない。その精霊に会えていない事が一つの不安材料ではあるのだが。
この世界にやってきて、俺ツエーができると喜んだし、そこそこ強くて可愛い奴隷も手に入れた。だが、想定される敵が今の実力の延長線で本当に勝てるのかという点は不安だった。
岬と鈴木を買った少年のことも気になるところだった。あの某海賊漫画のような技はかなりやばいと思うが、自分も使えるなら使いたいとも思ってしまう中二病心が存在していた。
「そう言えばよ、何もしなくても相手をひれ伏すような事をされたんだけど、あれって何なんだ?」
「どんな感じなのでしょうか?恐怖は感じましたか?」
コレットは首をひねる。
「あ?………恐怖は……感じなかったな。圧を感じたっていうか、そんな感じだ」
「恐怖スキル、殺気スキル、覇気スキルと有名なところで3つの威圧系スキルがあります。恐怖スキルは相手を委縮させ動けなくさせます。殺気スキルは殺気を与えて動けなくさせます。このスキルは極めると殺気だけで心を殺すともいわれていますね」
「覇気スキルってのは?」
ワンピ●ス的な?と山川は漫画の世界とまるかぶりだと心で突っ込みを入れる。
「これも恐怖や殺気と同じく威圧するスキルです。実際には戦って勝てる相手でも勝てないと思わせるようなスキルです。王族なんかがよく持っています」
コレットはスラスラと説明する。
「一般的なスキル…って程でも無いのか。対策はあるのか?」
「そうですねぇ。心を強く持てば良いかと」
「そんな簡単なことなのかよ」
山川は割と簡単な対策にびっくりする。
「精神耐性というものがあり、そのレベルが高ければ耐えられます。王侯貴族などは専門的な教育によって精神耐性を獲得している人が多いですよ。要人はアイテムで防御するケースも多いですが、基本的に魅了系スキルや洗脳系スキル対策で精神耐性を1~2あげていますから」
「アイテムねぇ」
魔法のアイテムって奴だろうか?
山川はそんなことを考えつつも腕を組んでうなる。
「そういうのってどこで買えるんだ?」
「市井でも魔法アイテムを売っている店ならありますよ。冒険者のいる大きい都なら大抵は売っている店がありますね」
「じゃあ、冒険者稼業で稼いだらそこ行こうぜ」
そういって山川は冒険者ギルドの依頼表を眺める。
「…何々?……『ジャイアントスパロウ1匹、ブラッドリークロウ2匹の魔物の群れが人里付近で発見。邪魔なので討伐して。500クロス。2パーティ依頼中』ねぇ。団体で狩るタイプもあるのか。ちょっとやってみるかな」
「そうですね。それも経験でしょう」
山川の問いにコレットがうなずく。
意気揚々と山川は依頼を受けに行く。
***
ウトマン伯爵領にあるウトマン邸にて、執事の男がウトマン伯爵の部屋へとノックをしてはいってくる。
ウトマン伯爵はガウンを着た状態でベッドに座って葉巻を吸っていた。ベッドの上ではぐったりと倒れている裸の女が2人いた。
ベッドの下にも4人ほど倒れている。いずれも暴行された痕跡が残っており息をしていない者もいるようだった。
「伯爵閣下。例の少年が奴隷の少女を連れて我らが領へとやって来たそうです」
執事の言葉に伯爵は目を大きく開いて執事の方へと振り向く。
「本当か?」
「はい」
「飛んで火にいる夏の虫とはこのことよな。早速、あの女たちをとらえてここに連れてこさせろ。私の領地に入ったからにはすべて私のものだという事実を正しく教えてやらねばならんからな」
無茶な暴論を口にする伯爵であるが、事実としてそういう領地でもあった。
「おお、そうだった。そこの使い物にならなくなった女は適当に処分しておいてくれ。早く新しい女を連れてくるのだ」
伯爵は部屋の隅に、傷だらけで倒れている裸の女を指さして指示を出す。
「はっ、仰せのままに」
そして執事も顔色一つ変えずにその命令を受諾する。倒れている女は息もしていないため、執事はごみ袋でも運ぶかのようにぶらりと垂れ下がった手を引っ張り、引きずって部屋を後にする。
それはまるでいつもの日課のようであった。実際にそうなのだろう。
気に入った女を購入し使い捨てるのはウトマン伯爵にとっていつもの事だからだ。
「そうだ。あの小生意気なガキは必ず殺してこい。わが命に背いた愚か者の末路を世に示し、光十字教の権威を見せつけるのだ!」
「はっ、そのように指示を与えておきましょう」
光十字教の枢機卿という立場は権力が圧倒的に大きく、金は集まるし、酒も女も好きに飲み食いのできる立場だった。
オタル公爵やサッポロ王さえも遠慮する立場の人間だからこそ、うぬぼれていた。
だが、彼は知らない。
彼が目を付けた女達がどういう存在なのかを。誰によって保護されているのかを。いったい何に手を出そうとしているのかを。