1章7話 ヒヨコでした
ルークになったヒヨコは二人を連れてそのまま服屋に行って二人分の服を3セット程買う。洋服屋の店主がやけにニヤニヤとしていたのは何故だろう。
その足でそのまま宿屋で3人用の大部屋を取る。やはり宿屋でも何やらいやらしい笑みを浮かべる宿屋のおじちゃんがいた。どういう事だ?
取り敢えず無視してルークは二人を連れて言われた部屋へと入る。
「え、ええと、私達はどうすれば……」
三つ編みお姉さんは怯えた様子でルークを見る。何故か残念お姉さんも戸惑っている様子だった。
とはいえヒヨコとしては、一度すっきりしたいのだ。
取り敢えずヒヨコは服を脱いでいく。
「え……」
「ううっ」
何故か二人の怯えが走る。何故だろう?よく分からん。
ルークは服を脱ぎ終わり全裸になると、
「テクマクピヨヨンテクマクピヨヨン、ヒヨコになーれ」
ピヨヨ~ン
ルークはヒヨコに戻るのだった。
「ピヨピヨ【ふう、窮屈だった】」
ヒヨコはプルプルと体を震って元に戻った事にホッと安堵する。まあ、帰化の法を使っただけですけど。
「って、ヒヨコ!?」
残念お姉さんはヒヨコを見て呻く。
「ピヨピヨ、ピヨピヨ【そう、ヒヨコでした!だから物騒だって言ったのに、まんまと山賊に捕まるんだから。ヒヨコの心の広さに感謝感激雨霰を降らすが良い】」
「え、ええと、ありがとうございます?」
三つ編みお姉さんはヒヨコの頭を撫でてくれるのだった。感謝が雨のように降って来たぞ?
「ピヨヨッ!ピヨピヨ~ピヨヨッ!【あ、そうだ。もういらないよね。<呪魔法解除>】」
ヒヨコは取り敢えず二人の首輪に魔法をかけると、首輪はボロボロッと崩れ落ちるのだった。
目を白黒させるお姉さん達であるが
「な、何か世話になったわね」
残念お姉さんも感謝する。
感謝するなら頭を撫でて感謝感激雨霰を降らすと良いぞ?
取り敢えず頭をズイッと出してみるが、何故かべしべしと叩かれた。霰というより雹が降ってきたぞ?
解せぬ。
「でも、その、何でここまでしてくれるの?」
三つ編みお姉さんは不思議そうにヒヨコを見る。
「ピヨピヨ【いや、割とはした金だったし】」
「他の奴隷の料金と比べても別格だったと思うけど」
2人の問いは至極真っ当かもしれない。
だが、この大陸は治安が悪く魔物の素材を武器にしたりして高く売れる。製鉄技術が遅れているので、なおさらだった。
ヒヨコ的には食った魔物の骨や皮のような素材を武器防具屋に売るだけでかなりの高収入である。
しかも帝国より物価も賃金も低いのでこの大陸に来る前に帝国で稼いだ1億ローザン相当の金は更に莫大な値段になる。この大陸において、ちょっとした貴族ではヒヨコの財力には到底勝てないのだった。
「ピヨピヨ【この大陸は物価も安いし、金銭も混じり物が多くて安いからね。他大陸出身のヒヨコからすればさほど高くはない】」
「他大陸?」
「ピヨピヨ【ヒヨコはこの大陸の外からニクス竜王国に留学した坊ちゃんの遊び相手兼教育係として来ていたのだ。割と暇なので随分と遠い場所に足を延ばしていたけど】」
ヒヨコは大きい世界地図を出して二人に説明すべく見せる。
そして大北海大陸から遠い場所にある大陸の中央東寄りの大きい森の横辺りを手羽先で指差す。
「ピヨピヨ~【ヒヨコはここらへん出身で、ステちゃんに拾われて暫く一緒にいたんだ。そこで色々あってつい3年前、貴族の坊ちゃんのお守りで大北海大陸にお遣いする事になってな。ヒヨコは遂にステちゃんから独立して、貴族の坊ちゃんについて来たという訳だ】」
スススス~とヒヨコは手羽をローゼンブルク王国東部マーレ共和国のポルト市から船の航路を北東へ進み、本州島のエドを経由して、大北海大陸の北西に回り込む。リトレの港町、そこからナヨリ市へと辿り着いたように動かす。
「地図で見るとかなり遠くに見えるけど、どのくらいの距離があるの?」
「ピヨヨ?【1万5千キロ位だったかな?船で3か月もかかったからな】」
「とすると……直径は……3万キロ位か。どうりで地球よりも丸みがある地平線だと思ったらそういう事なのか」
「ピヨピヨ【地球を知らぬヒヨコに言われても。これだからファンタジーの世界の住民は。異世界転生なんて勇者一匹で十分だというのに】」
「ファンタジー世界のヒヨコにファンタジー世界の住民呼ばわりされる私達って一体」
三つ編みお姉さんはどんよりした表情で呻く。
「そういえばさ、あんたが人間になった時の姿って、どういう理屈でその姿なの?」
「ピヨ~?【さあ、ヒヨコもビックリしたぞ?何せヒヨコの前世はルークという勇者だったのだ】」
「え、転生者なの?」
「ピヨヨ!【そう、転生者なのだ。勇者として魔王を倒したのだが、貴族主義のろくでもない国に生まれたせいで手柄を全て貴族に奪われ、口封じとばかりに犯罪者として殺されたのだ。残念無念である】」
「だからお金持ちなの?」
「ピヨピヨ【いや、ヒヨコにもいろいろとあるのだよ。勇者時代の財産なんて一切ないぞ?記憶も割とない。ヒヨコは昔人間の勇者だったんだなぁ、位の思い出しかない】」
「記憶がないのは一番の問題なのでは?」
残念お姉さんが突っ込んでくる。確かに記憶はあまり継承されていない。確かに一番の問題だが、別に不足しているわけでもないのだ。今の鳥生に満足しているからな。
「ピヨヨ~?【そうか?変なしがらみがなく、ピヨピヨ楽しく暮らせるぞ?ちなみに、今の解呪の魔法は勇者時代に身に着けた魔法だ。勇者時代は記憶力が良かったのだが、ヒヨコになってからとんと記憶力がなくなってしまい、周りからはおバカなピヨちゃんと蔑まれている。残念無念である】」
「あー」
「なるほど」
なんか理解されてしまった!?
そこは否定して欲しいのだが!?
「でも、その姿で宿にいたら異様でしょう?」
「ピヨピヨ【この方が気楽なのだが】」
「そうなの?」
「ピヨピヨ【全裸でピヨピヨしていても誰にも咎められない】」
ベシッとヒヨコは残念お姉さんにチョップを受ける。
おや、変なことを言っただろうか?
『帝都では人間に変身もできなくても、有名なヒヨコだったのでヒヨコそのもので宿を取れたし、帝都に屋敷も持っているのだが……』
「へー」
「ピヨヨーッ!【おい、今犬小屋のヒヨコバージョンみたいなものを想像しなかったか?】」
「違うの!?」
いかんぞ。どうもヒヨコは侮られているっぽい。ここは威厳のあるところを見せねば。
だがお腹が減ってきた。取り敢えず食事にしよう。奢ってあげればヒヨコに威厳を感じるだろう。
ヒヨコもイグッちゃんに奢られている時だけはイグッちゃんに威厳を感じたものだ。
「ピヨピヨ【折角ヒヨコに戻れたのに、お腹が減ったから食事に行かねばならぬ。折角ヒヨコになってリラックスしていたのだが、食事に行くとしよう。宿の1階の食堂に良い肉があるだろうか?】」
ヒヨコは溜息を吐いて時空魔法の<異空間収納>を使ってローブを取り出すとテルテル坊主みたいになってから人間になるのだった。
……
「人間からヒヨコになる時もそうやりなさいよ!」
「ピヨッ!?」
ゴチンと残念お姉さんに叩かれるのだった。うっかり人間なのにヒヨコの声が出てしまう。
後で聞くと、どうやらヒヨコの人間バージョンがいきなり全裸になったから変な事をされるのかと思ってびくびくしていたらしい。なるほど、どうりで皆変な反応をすると思ったものだ。これは失敗である。
***
宿屋で食事をとる事にする。宿屋に出て来る食事は普通の黒パンとスープ、それに鶏肉のソテーだった。この北海大陸はサラダが少ないのだ。新鮮な野菜は高級品だから仕方がない。
スープはヒヨコ豆にイモと人参が入ったスープで中々に美味い。そしてメインの鶏肉は柔らかいが表面をパリッと仕上げているのが素晴らしい。
黒パンも味気なく固いがスープに付けて食べるととても美味しい。
「うーん、異世界の食事はあまり美味しくないねぇ」
「味が薄いし、パンもパサパサしてて硬いね。材料だけ智子に渡して作らせたい所ね」
「というか、材料や調理器具がちゃんとあるのかなぁ?」
2人は満足していないようだった。
「確かに味付けが違うから慣れるまで時間が掛かったけど、これはこれで素材の味が上手いと思うが」
「帝国ってこっちよりも文明が進んでるの?」
「今は文明開化とか産業革命とか呼ばれていて空飛ぶ船を開発していたな。魔法で空を飛べる人が実験で運転していたが、ポチャンポチャンと落ちていた。だがそれももう3年前の事。今頃空を飛んでいるだろう。………まだ、ヒヨコは空を飛べんというのに……うらやましい限りだ」
「って、こっちの大陸めっちゃ中世っぽいのに、そっちだけ近代じゃない!?」
「500年前に来た勇者ピョンスケとかそんな感じの奴がな、向こうの大陸では活版印刷を伝えていたのだが、どうもこちらでは伝えてなかったようだ。どうもそこまで伝える知識や技術がこっちの大陸にはなかったらしい。当時の識字率は20%くらいだったとか」
「な、なるほど」
「こっちの世界って言葉はどうなってるの。何となくわかるし読めるけど、これって火精霊の加護って奴のせい?色んな言語があるの?」
「500年前までは色んな言語があったらしいぞ?だが魔神の侵攻で世界滅亡の危機に瀕した際に、女神がこのスキルやステータスと言う奴を知的生命体に持たせたらしいんだ。その説明文が公用語となって全世界的な公用語になってしまったんだ」
「女神のつかっていた言語って事?」
「そういう事だな。そのせいで地域によっては発音がちょっと違うぞ」
一例を出せば帝国は「ド」を「ト」と発音する。旧オロール教国は「ド」という感じの発音はしない。かつてのアルブム王国王太子レオナルドも帝国ならレオナルト、オロール教国ならレオナールとなる。
ヒヨコはどこでもピヨちゃんはピヨちゃんだけど。
「ところでさ、私達って帰れないのかな?何か忙しくて頭が回ってこないけど…」
「神のみぞ知るという所だと思うが。そう言えば聞いた話だとあのヤマカワ?とかいう勇者以外にもこの世界に70人以上もの人間が召喚されているらしいぞ」
「そうなの?…飛行機に乗っていた人達が全員来たって事かな」
残念お姉さんは腕組みをして唸る。
「って事は高城君も来てるの!?」
「タカギ?聞いたような気がするな。確か、……そうだ。聖騎士の職業で期待されているとかなんとか言われてたような?」
「……会いに行けないの?」
「たしか、今から3か月後に空中都市アサヒカワに集まるとかなんとか、聞いた気がするが」
「そうなの!?」
「私達も3か月後にそこに行けば皆に会えるって事よね?」
「そうかな?」
ヒヨコ的には光十字教はちょっと胡散臭いのであまり近づきたくないのだが………。
「じゃあ、まずはそれを目標に頑張ろう」
「そうだね」
2人は頷き合っていた。
まあ、ヒヨコ的には3か月後にそこに付けていれば問題ないというならそうしよう。
ヒヨコとしてはまずピヨピヨ団をどうにか説得しようと思ってこの地に来ていたのだ。それを解決しなければならない。それにあと1月後にはあのボンボンの所に戻らねばならない。
あのボンボンが学校を長期休暇にすると、ヒヨコはとっても忙しくなるからだ。
***
「チュンチュン」
「カアカア」
「カァカァ」
3羽の鳥モンスター、ジャイアントスパロウのチュン助、ブラッドリークロウのドスとミルマスがオタル南東部にあるウトマン伯爵領の端にある農村にやってきていた。
ジャイアントスパロウとは体長150センチ程度の大きな雀で、ブラッドリークロウは体長180センチ程度の大きな赤みを帯びたカラスである。
彼らの目の前にはリンゴ農林が立ち並んでいた。
「カアカア【人間め。僕らを虐めた事を思い知らせてやる】」
ドスは黒い体を闇に隠しながらリンゴの木の下に降り立つと成っている実を見上げながらカアカアと鳴く。
彼らは雛だった頃、人間に襲われ親を殺されている。
ピンチの時、偶々狩りに来ていたヒヨコが気まぐれで助けたのが切っ掛けで、勝手になついて後ろについてきてしまった魔物達だった。自分たちでピヨピヨ団と呼んでいたのだ。
つまり、幼い頃に母親が人間に討伐されてしまい生きる術も持たない1羽の幼鳥だった頃の話である。
「カァカァ【取り敢えずこの畑にあるリンゴを2つかっぱらっちまおう。チュン助の兄貴】」
「カァカァ【やばいぞ。なんて悪い事をするんだ。ピヨの兄貴に知られたら怒られちまう』
ドスの言葉にミルマスは戦慄する。
ミルマスは1つではなく2つと言い出したドスの大胆な言葉に怖気づいてしまう。
「チュンチュン、チュンチュン【ふん、アニキなんてヒヨコじゃないか。もう何言われても知ったもんか。俺なんてリンゴを3つもかっぱらっちまうぜ。人間なんかに肩入れするピヨの兄貴なんてもう兄貴でも何でもない】」
「カアアアッ!?【チュン助の兄貴、アンタはなんて悪なんだ】」
チュン助は更に大胆な事に3つもかっぱらう宣言をする。
ミルマスは一つかっぱらうだけでもドキドキなのに、チュン助やドスの大胆な行動に驚いてしまう。
『さあ逃げるぞ』
チュン助はリンゴを3つ、ミルマスは1つ、ドスは2つ、それぞれ咥えると、パタパタと飛び去って行く。
農民たちは隠れて魔物の様子を見ていた。人里に魔物がやって来ていた事は人間にとっては脅威である。
その翌日、冒険者ギルドに3羽の魔物討伐依頼が張り出されるのだった。