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1章14話 ヒヨコは傍観する

 連邦獣王国の大森林を北へと行列を作って進軍をするのはアルブム王国北部討伐軍だった。

「魔王軍に組した邪悪なる獣王国を蹂躙せよ!」

「正義は我らにあり!愚かなる獣王国民は全て捕え奴隷とすべし!」

「我ら女神教会の神の思し召しである!全軍進め!」


 実に3万を超える白銀の兵団が進む。


 一本の橋を背にした獣人難民たちは、王国軍3万に追い詰められていた。

 剣を掲げて王国軍を指揮するのは元宮廷筆頭騎士にして現騎士団長のアルベルト・シドニアであった。王国の人間らしく茶色い髪に茶色い瞳をした男で、

 掲げられた剣は初代勇者シュンスケ・オキタが持っていたと言われる聖剣である。

 この世界にはいない変な名前の勇者であるが、どうも異世界から転生してきた勇者と言う話だとか。

 帝国が保有していたのだが、ルークが現れたことでルークに貸与されている。

 王国での凱旋パレード後に返すという話だったが、凱旋パレードは行わず、ルークを殺しちゃっかり自分のものにしているようだ。

 盗人猛々しいとはまさにこの事か。

 

 獣王国の兵士たちは避難民を守る為に前に出ていた。1000にも満たない兵士であるが、1000人程度の難民を守るには十分な人数ではある。だが、相手が万を超す軍勢であるため、かなり困難を窮めていた。


「魔王を倒した真なる勇者アルベルト様の号令である!ものども、進め!」

「我ら正義の行軍なり!」

「悪しき獣人はすべて捕えろ」

 堂々と進む王国軍3万騎。森の中は王国軍人であふれている。

 避難民を守ろうとする獣人兵であるが、いくら個々が強くても数の暴力の前に蹂躙される。


「ここは死んでも通すな!」

「獣王様の意思を継ぎ、我ら獣人達に平和を齎せ!」

 強靭な獣人兵が王国の重装甲兵を巨大な剣で薙ぎ払うが、後ろから次々と味方を踏みつぶして進軍し獣人兵を叩き殺して前に進む。3万対千ではどんなに力が強い獣人族でも数の暴力の前では無力である。


「兵士は殺して構わぬ!獣人どもを捉えるのだ!」


 王国軍は獣人達に対して攻勢に出る。だが、簡単には進めない。

 獣王国でも屈指の実力者がこの場に二人いたからだ。


 マーサとウルフィードの2人は速度に利点のある武闘家でもある。

 数の暴力を速度でカバーする事が可能な戦闘力の足が速いのは非常に大きい。


「我ら王国重装甲歩兵を舐めるな!」

「ちょろちょろしようが、この数で囲めば逃げられまい!」


 ウルフィードを取り囲むように5人の重装甲歩兵はウルフィードの倍以上もある分厚い体躯とそれ以上に固められたフルプレートアーマーと巨大な盾をもって押しつぶすかのように迫り槍をもって突進する。


「俺を殺したかったらなぁ、本物の勇者でも連れてこいや!」


 ウルフィードは鍛え抜かれた爪と拳で、分厚い盾を貫き敵を討つ。

 後ろから切りかかる重装甲歩兵の剣をかわして、回し蹴りで鎧ごとひん曲げて人間を蹴りつぶす。

 確かにスピードが売りの三勇士だが、別に三勇士の中では速度が速いだけで、普通の戦士達と比べれば遥かに強靭な腕力を持っていた。

 天を割り地を砕く勇者とそれに伍する獣王が規格外すぎるのだ。


「皆の者!王国軍から民を守りなさい!今こそ獣人族の誇りを示す時です!」


 最前線で声を張り上げて王国軍を殴り倒していくマーサさん。儚い感じのお姉さんだと思ったのはつい最近。戦場と化したこの地では完全に武闘派であった。

 次々と王国軍の敵を駆逐していく姿に、病弱なお母さんの面影はなく、かつて勇者の前に立ち塞がった黒鎧の拳士そのものであった。


 ヒヨコとグリフォンとミーシャは谷を隔てた遠くで戦闘を眺めていた。

「お母さん、大丈夫かなぁ」

「グルゥグルゥ」

 グリフォンはミーシャの顔を舐めて励まそうとする。


「リンクスターの姫君の娘か、君は?」

 戦争の様子を眺めていると、ミーシャの近くに兵士の一人がやって来る。狼人族の男で帯剣をしており、鉄の鎧を着こんでおり、分厚い肉体をしていた。

「そーだよ?」

 ミーシャはきょとんとした様子で首を縦に振る。


「良かった。こっちに来い」

 するとグイッとミーシャの腕を握り引っ張る。

「グルッ」

「ピヨ?」

 ズズイッとグリフォンが男の前に首だけを前に出して行く手を阻む。俺も不審だったので前に回り込む。何で兵士がミーシャを連れていくのか?

「ひっ……な、何かしようって訳じゃないぞ。橋の方で人が集まっているからそっちに向かうだけだ。こ、ここは皆から離れすぎてるだろう?」

「グル…」

「ピヨ?」

 グリフォンは不機嫌そうだが何故か兵士に攻撃をしない。俺だったら鼻息で吹き飛ばされるか嘴で突かれる所なのに。

 そういえば、グリフォンは俺と違って従魔だった。もしかしたら『獣人への攻撃は不許可』という命令があるのかもしれない。というか、確実にあるだろう。思えばこのグリフォンはミーシャに懐いているが基本的に獣人に一切の危害を加えた事が無かった。魔物を取って来るし、攻撃する時はいつも俺ばかりだ。

 俺やグリフォンもミーシャについて行くのだが人だかりに入ると掻き分けて割り込むわけにもいかず困ってしまう。

 どうしようと困っていると、兵士はミーシャを抱えて人だかりを掻き分け、橋の方へ逆走し始めるのだった。


 ホワイ?


 俺もグリフォンも兵士の不審な動きに困惑する。何が起こったのか理解できなかった。何故あの子を連れて戦場へ戻る必要があるのかと。


 俺は大きい図体なので人込みに逆流する事も出来ないし、俺より大きいグリフォンはここで空を飛ぼうとすれば避難民たちを吹き飛ばしてしまうので論外だ。

 完全にミーシャと離れてしまった。俺もグリフォンもどうしたものかと困り果てていた。


 まいった。こういう時は魔物の身は非常に面倒だ。

 あの男は獣人兵なのだし悪い事をしないとは思うのだが………。


 既に群衆の中に入ってどこにいるかも分からなくなっていた。

 すると、戦場で大きい声が上がる。


「アルベルト殿!アンタの言うように重要人物を連れてきた!だから俺の娘を!アイサを返してくれ!」

 ミーシャの連れた獣人兵の男は戦場のど真ん中で巨大な檻を持つ馬車の方へと叫ぶ。ミーシャは男に腕で首を絞めるように抑えられて苦しそうにしていた。


「何をしている!コーディ!」

 慌てた様子を見せたのはウルフィードだった。周りからどよめきの声が起こり、戦場が一時的に静まって行く。周りの獣人がコーディと呼ばれたミーシャを掴んでいる獣人に敵意を向ける。


「ち、近付くな!この娘を殺すぞ!」

「なっ!」


 ウルフィードが駆け寄ろうとするが、ミーシャを抑え込んでいる男は刃を取り出し、ミーシャの首に突き立てる。

 奥の方からアルベルトは獣人達のやり取りを愉快そうに眺めていた。


「み、見てのとおりです。アルベルト殿。この娘はかつて獣王国にて三勇士に叙されたエミリオの遺児。この場を指揮する者たちは彼女に手を出す事などできません。ですから、ですから、我が娘アイサを解放してくれ!」

 男はミーシャの首に刃を突きつけながらアルベルトに訴える。

 アルベルトは周りを見渡し、愕然とした表情をしているマーサと怒りに震えながらも手を出せないウルフィードの姿を見て、口元を鋭角にゆがめる。


「よかろう!その男の娘を解放してやれ!」

 アルベルトは立ち上がり指示を出す。


「貴様!獣人族の誇りを捨てたのか!」

「う、煩い!誇りで娘が救えるならいくらでも捨ててやる!」


 ウルフィードは今にもミーシャを捕えている兵士を殴り掛かりそうな殺気の籠った視線を向けて怒鳴り散らすが、男は泣きそうな顔で訴える。

 牙を鳴らして怒りを露わにするがウルフィードはミーシャを見捨てる事も出来ず動く事も出来なかった。

 やがて、王国兵と思しき男が巨大な牢屋のついた馬車から、5歳位の狼人族の少女を連れてやって来る。

 アルベルトは兵士から幼い狼人族の少女を受け渡され、少女を連れて前に出る。


「パパ!パパーッ!」

「おお、アイサ!」

 狼人族の少女は解放され、ミーシャがアルベルトの元に連れられる。


 だが、アルベルトはミーシャを確保すると、腰の聖剣を抜く。

「ダメ!早く逃げて!」


 ミーシャはアルベルトの動きに気付いて慌てたように叫ぶが、既に遅かった。

 アルベルトは左手でミーシャを捉えたまま、右手に持った聖剣で狼人族の少女を切り伏せる。

 少女は父親に辿り着く前に大地へと倒れ伏すのだった。


「え」

「よくぞ命を果たした。娘と一緒にあの世に行くがいい」


 狼人族の男は、地面に倒れた娘を抱きしめる事も出来ず、膝をついて呆けてしまう。

 何が起こったのか理解できなかったのだ。己の娘を返してくれると言う約束だった。その娘が自分の前で切り伏せられた事実が、思考に追いついてこなかったのだろう。

 アルベルトはそのまま娘を殺した聖剣で狼人族の男を切り伏せる。


「な、なぜ……」

 涙を流して狼人族の男は地面に倒れ息絶えるのだった。


「バカ者が!人間なんぞを信じやがって!」

 歯を軋ませて額に血管を浮かべ、怒り狂いそうなウルフィードは吐き捨てるように口にする。


「さて、獣人族の諸君。戦争を再開しようじゃないか!」

 アルベルトが高らかに叫び王国軍はまるで掃討戦でも開始するかのように一気呵成に攻め立てる。

「退け!民を守りながらどうにか退くんだ!」

 ウルフィードは屈辱に顔をゆがめつつも、人質を見捨てて攻めると言う決断が出来なかった。

「ミーシャ!」

「お母さん!」

 マーサは必死に声を張り上げて娘の名を呼ぶが、アルベルトはニヤリと笑いミーシャの首に刃を突き付けてけん制する。


「ダメだ、猫姫殿!今は退くしかない!」

 ウルフィードは慌ててマーサを引き留める。マーサは歯を軋ませ、悔しそうに拳を握り、決意するような目でミーシャを見る。

 まるで謝るように目を伏して、そして大きい声で周りの獣人達に命令を下す。


「人質などに構う必要はありません!全ての民を守るのが我ら獣王国の戦士の使命!一つの命に構う必要はありません!武器を手に取り戦うのです!」


 マーサはたった一人で前へと進もうとする。

 命よりも大事な娘だという事は俺もよく知っていた。死ぬ間際になって俺にミーシャを託そうとしていた位だ。この言葉を吐くのにどれ程の覚悟があったのか。

 獣人達の矜持を示すかのような覚悟に俺は恐ろしさを感じる。


 だが、誰もマーサについては来なかった。どうしてだろうと俺は首を捻っていると、避難民たちからは首を横に振る姿が見える。

「無理だ」

「3年前、エミリオ殿は誰よりも王国との戦争に反対をした人だ。にも拘らずあの人は戦場で勇者と決闘をし、死んだんだ」

「我らの誇りと命を守る為に」

「あの英雄の娘を見捨てるなんて………」

 獣人達も今となってはエミリオがどういう想いで戦っていたかを知っていた。

 だからこそ、その娘まで生贄に捧げるような真似はできなかった。


「卑怯者がーっ!」

 怒りに叫ぶウルフィードだが、彼もまたミーシャの首に突きつけられた刃に動く事が出来ず、王国兵達に斬りつけられ倒れる。

 もはや完全に趨勢は決してしまった。


「グルルルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

 グリフォンは怒りの咆哮を上げて空を駆ける。ミーシャを助けに向かおうとする。グリフォンは空を足で踏みしめて、宙を走るように突撃をしようとする。


「魔術師隊!グリフォンを近づけさせるな!」

 アルベルトの指揮により、王国軍の魔導師隊は炎の魔法を一斉に放つ。炎の弾幕が作られて、グリフォンは谷を越える事も適わず空で爆発にあい、ふらつくように元の場所に戻ってきてしまう。これは完全にまずい状況だ。


 だが、長い戦いのお陰でかなりの人数がこちら側に渡っていた。あともう一息である。

 獣人達にとっても元の土地に戻るには生命線ともなるが、橋を切り落としてしまえば簡単には追って来れない筈だ。無論、王国軍は人質を使ってそんな事をさせない筈だが……。


 王国軍と獣人達を切り離し、時間を稼げる上、ミーシャを人質にしても困らないような存在がいれば良いのだが。

 俺はチラリと神眼でグリフォンを見るが、グリフォンは従魔となっており、使役者がエミリオとなっている。獣人が使役しているとなればどんな魔物であってもミーシャは人質足りえるのは明白だ。


 ………エミリオ?

 待て待て、何で死者の名が従魔に刻まれている?同名の従魔士か?

 いや…………そういえばミーシャは従魔にしてなくても魔物を懐かせると聞いていた。それはエミリオに似たのだろうと。まさかあのグリフォンは自分から望んでエミリオの従魔になっていたという事か?自分から従っているのであれば、死して尚、その主の名は残るだろう。

 そういう忠義の厚い魔物を見た事はある。


 何か、俺が彼を殺したせいでめっちゃ厄介な事になってるっぽいんですけど。


 俺は頭をもたげてしまう。


 勇者の頃に獣人族の事情を把握していれば、もう少し会話になったと思う。

 だが、………どうも王国自体が獣人達に嫌われている節があった。王国にとって獣人は奴隷扱いだ。嫌いもするのは当然だ。戦いの中でもエミリオはまだ話が分かる相手だった。

 殺し合いになった時点でもはや手遅れだったけども………。


 例えば俺が獣王国ともう少し情報をやり取りできていれば、王国の不審な部分を聞いて、慎重な行動がとれただろう。小鳥くらいの大きさの魔物を使った情報のやり取りをしているのは知っていたし、俺がそれを利用できていれば王国に軟禁されていた時も彼らから保護してもらう事も出来たかもしれない。


 今更だが、…………勇者(オレ)は味方にすべき相手を間違えていた。


 帝国と王国は魔王騒動のせいで不可侵条約を結んだせいもあり、他国の仲間であるラファエルの助けを求める事も出来ない状況だったのも大きい。いや、もしかしたらラファエルもレイア達のように自分の手柄にすべく俺を貶めていた可能性はあるのだけれど。いや、やめよう、どうなっているかもわからない仲間を疑うのはよくない。良き友人だった。それだけで良いではないか。


 とはいえ、現状を打開する方法が無いのはいただけない。


 何か手は無いのだろうか?ヒヨコブレインではいまいち頭の回転が良くない。

 例えば勇者ルークならばここを無理やり収める事は出来ただろう。腕力だろうが、知名度だろうが何でもいい。ルーク時代ならもっとパパパーッと思いついたと思うのだが、ピヨちゃん、馬鹿だから何にもできないし何も思いつかないのだ。ピヨピヨリ。


 いっそ凶悪な魔物でも襲ってきて場を壊してくれれば良いのに。俺を虐める癖に、ここにきて役に立たないグリフォンである。よく見れば翼も焼けて、体中が傷ついていて、空を飛べない状況になっている可能性がある。もはや戦うのも厳しそうだ。


 恐らく王国はグリフォン対策をしていたのだろう。


 俺はグリフォンを見るとグリフォンもこちらを見ていた。グリフォンの大きな瞳にはピンクの巨大なヒヨコが移っている。


 どっちの味方でもなく、場をかき乱して、獣人達を避難させるくらい時間を稼げるような魔物でもいれば良いのだが。炎を使う魔導士がたくさんいるようなので炎対策が出来てる魔物だと尚好ましい。


 むむむ、そんな都合のいい奴がいたら、とっくに戦わせているのだが。


 どこかにいないのか?いっそ森からサーペントやバジリスクみたいな炎を苦にしない魔物でも引っ張って……………


 俺は考えている中、ふとグリフォンの瞳の中に、炎の効かない魔物の姿が映っているのに気付くのだった。

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