1章6話 奴隷競売・後編
俺、山川武久はオタルにある市営競売所へとやってきていた。
一緒に歩いているのはプラージ王家に仕えるオタル公爵だった。中間管理職風の眼鏡をかけた男だが、こんなんでも大貴族で、この都市の領主である。
「確かに勇者様にとっては何も知らないこの世界において奴隷は安全でしょうね」
「どういう事だ?」
「奴隷は奴隷の首輪をつけておりまして、主にとって都合の悪い事を口にしたり行動に移そうとしたりすれば首輪が締まります」
「へえ。その奴隷の首輪って貰えるか?」
「最低でも銀貨1枚はしますね」
「そんな良いものがあるなら、クラスの連中をそれで従えさせても良いんじゃねえか?」
「とんでもございません。光の精霊様のご加護を受けている方々にはそのようなモノは効きませんからね。元々、あの首輪は300年前に光の精霊様に歯向かう水の精霊の加護を受けた魔物を従わせるために我々が賜ったものですからな。光の精霊様の加護は特別なのです。つまり勇者様方は聖人と同様の扱いなのです」
「へえ、なるほどね。使えないって訳か」
俺はがっくりと肩を落として、盛大に溜息を吐く。
これならクラスの女子を従わせて俺のモノにするのも可能かと思ったんだがな。
あの顔と体だけは良いけど、クソ生意気な岬や夏目や三嶋辺りを首輪で従わせて犯すとかも可能だと思ったんだけど、そう簡単にはいかないか。
チッと溜息を吐きつつも、可愛い奴隷がいたらそいつを買って好きにしようとも考える。
なんにせよ、異世界は奴隷ヒロインはテンプレだしな。
※なろうでは異世界転移=奴隷ヒロインと言う位、奴隷チョロインが乱立した時期があります。
「そうでした。一応勇者様に支給される金銭は月に20万クロスになっております。購入者は奴隷を買った際に食料や生命を保障する必要がありますのでお気を付けを。奴隷の首輪も別料金で1万クロスします」
「あ?……20万クロス?それってどのくらいの価値があるんだ?」
「まあ、この国では5千クロスで1月は軽く暮らせますから、普通の平民が1年で稼げる程度の金額でしょうか。無論、相当の奴隷を買っても生活費分は残ります」
マジかよ。勇者、待遇良いな。何もしないで平民の12倍の給金とか。
いや、他の国に呼ばれた連中は複数で呼ばれているからこんなに待遇が良くないかもしれねえな。ラッキーと思って使わせてもらうぜ。
「とすると5万クロスくらいは残しておけば良いから15万クロスくらいが予算か。奴隷ってどの程度の値段がつくもんなんだ?」
「子供なら首輪なしで大銅貨1枚、大人なら銀貨1枚、千クロス位でしょうか。処女の美しい女性ともなると1万クロス、つまり銀板1枚にもなります。」
「何だよ、滅茶苦茶余裕じゃねえか」
と言うよりも、この世界、人間の命が安すぎやしないか?
俺は大きい疑問に突き当たり考えてしまう。
様々な競売が行われて行き、やっと奴隷の競売の時間帯に入る。
『次いで奴隷の競売に移ります』
やがて、20人ほどの奴隷が歩いて正面のステージの方に連れてこられる。全員が貫頭衣を纏いみすぼらしい格好をしていた。
「ん?」
そこで俺は気付くのだった。
見覚えのある女が二名いる。思わず目を細めてしまう。観客席もちょっとしたドヨツキがある。
「おい、あそこにいる2人いる黒髪の女は何だ?」
「さあ?こちらをどうぞ。奴隷11番と12番は犯罪奴隷とあります」
「犯罪奴隷ねぇ。……やっぱり間違いないな。あそこの2人、俺と同じクラスの奴だ」
「本当ですか?」
「ああ、まちがいねえ。あのポニテの女、ウチの学校でも有名人だからな。何で奴隷になってんだ?貴族でも殴ったのか?」
大人しい鈴木はともかく、岬なら無礼な貴族を殴る位はしそうだ。
「なあ、俺らの学校の奴らは奴隷にはならないんじゃないのか?」
「この世界には数多の精霊がいます。恐らく光の精霊様の保護下に外れてしまい、他の精霊が加護を与えたのでしょう。光の精霊様の加護は強いのですが、他の精霊はあって無きが如くですし」
「部下の鑑定スキルで見させましたがめぼしいスキルはありませんでした。恐らく光の精霊様の加護を受けてはいないでしょうね」
「どこかの国に降りた訳じゃないって事か。つーと、あいつらはマジで奴隷かよ。へぇ~」
俺は思わず口元を緩ませてしまう。どうせ下衆な男に買われるかもしれないんだ。俺が買ってやれば恩も着せられるし無理犯したって奴隷だから許される。これは良いんじゃないか?
とはいえ、折角異世界に来たのにクラス女子とか面白くねえ。エルフの奴隷はいないけど獣人奴隷はいるし、可愛い獣人奴隷を買っておきたいな。金はたくさんあるしな。
面白い未来を思い描いて笑いが止まらない。
あの岬百合が屈辱塗れた顔で俺の言う事を聞く、こんな面白い事は無いからだ。鈴木は地味で面白みのない女だがデブだと思っていたがここから見るとかなり胸がデカい。
今まで、俺はカースト的には低かったけど、これからは違う。俺がクラスカーストの頂点に立てる機会が巡って来たのだ!
競り市が始まる。
俺はまずは5番目に登場した可愛い獣人を競り落とす。普通に可愛い人間っぽい顔立ちで猫耳と猫の尻尾が生えていた。8千クロス程で安く買えたのは儲けものだった。
そして競りは続く。働ける筋肉ムキムキの男の奴隷なんかを買う奴もいるらしく、変わった連中だなぁとか見ていた。
そしてついにやってくる。11番目の鈴木の競り市が始まる。
『初期料金は3000クロスからです!さあ、競売スタート!』
「3500!」
「5000!」
「8000!」
「8300!」
「8400!」
数字を出して競り合う。ここら辺が一般大衆の市場価値に限界が訪れたようだ。
「10000!」
そこで俺は一気に価格を吊り上げて全員を振り落しに入る。
そんな中肥えたデブ貴族といった感じの男が顔色を変えずにさらに1000クロスを吹っ掛けて来る。
「11000!」
と釣り上げた値段についていく。会場は驚きの声が上がる。
ちっ、こんなので一々付き合ってられるか。勿体ないけど、まだ俺にとってははした金!あの貴族を振るい落とす!
「2万!」
俺の出した値段に誰もが絶句する。
貴族の男は悔しげな顔をしつつもこれ以上は無理と判断して諦めるのだった。
よっしゃ、勝った!
そう思た矢先にとんでもない値段を口にする男が現れたのだった。
「10万」
それを口にしたのは小学生くらいの少年だった。
マジかよ!?
なんだ、アイツ。アイツも日本人っぽい感じだけど……明らかに飛行機に乗っていた奴じゃねえよな。
とすると貴族のボンボンか?
20万クロスで1年を暮らせる金額って事は、10万クロスって日本でなら200万円くらいだろ?そこらの平民奴隷に200万円もポンと出したのか?マジかよ。
思わずチッと舌打ちをする。
『他におりませんか?10万です』
オークショニアが周りに聞いてもこれ以上は流石に声が出ないようだった。
『10万、落札です』
そんな声を聞きつつも俺は隣にいるオタル公爵に確認を取る。
「なあ、どうにか今の女を買い取れないか?クラスメイトなんだよ」
「光の精霊様に見捨てられたとあれば、積極的に買おうとするのはよろしくないかと。とはいえ知人を見捨てるのは…といった所でしょうか?」
「あ、ああ。そういう事だ」
なるほど、光の精霊に見捨てられたと取れるのか。まあ、クラスメイトを奴隷にしておきたいってだけなんだけど。
「資金援助しても構いませんが、限度がありますよ?」
するとオタル公爵は俺に借りを作っておきたいとと透けて見えるような提案をしてくる。
「あ?この領地の領主だろ?100万くらいどどーんと出せないのか?」
「……では100万融資いたしましょう。ですが………」
オタル公爵は顔を曇らせる。
「何か懸念があるのか?」
「……子供のD級冒険者で妙に羽振りの良い者がいると。近年、他大陸との貿易が始まったのですが、恐らくは他大陸の貴族と思われます。どうもニクス竜王国にやって来た帝国貴族の従者らしく、個人として使える金額が莫大だそうで…」
「……なるほどな。金持ちのボンボンって事か」
「まあ、100万で買えなければ、奪い取るという方法もありますが?」
「そんな物騒なことを言って良いのかよ」
「勇者様のご友人ともあれば、その程度は些事でしょう。無論、話し合いで済めば良いのですがね。上手く話が進まない時もありましょう。ですが。この領地であれば、私の一存でどうとでもなりますから。……他国人がフといなくなっても…………ね」
「怖い怖い。だけど、そういうの嫌いじゃないぜ」
岬と鈴木を奴隷に出来るならそれこそ些事だからな。あの子供には悪いがどこぞのボンボンだろう。恵まれていた奴がどうなろうと、あまり良心も痛まないしな。
そう言えば勇者の1人である高城は競合相手だろう?その高城の前で幼馴染の鈴木を奴隷にして寝取ってやったら楽しそうだしな。
未来を描き、俺は思わずにんまりと笑う。
あの誰にでも好かれているイケメン高城が悔しそうな顔をするのを見たいと思ってしまったからだ。
『次の奴隷はこちらになります』
ほうっと周りは溜息を吐く。
岬が前に出て周りの目が変わったように感じる。この世界でもどうやら美人であるという事は同じらしい。ただあの女は気が強くて口が悪い。付き合いたくない学校一のアイドルという烙印を押された女だ。
『それでは初期料金は5000クロスからです。競売スタート』
「5500!」
「6000!」
「10万!」
「8……は?」
突然跳ね上がった値段に競り市に出ている男たちは凍り付く。
10万と出したのはブクブクと肥えた男だった。
「あれはウトマン伯爵ですな」
「ウトマン伯爵?」
伯爵と言うとかなり高位の貴族の筈だ。とはいえ公爵であるオタル公爵には敵うとは思わない。公爵は最高位の貴族だろう。この都市の支配者でもある訳だ。
「……忌々しい話ですが、光十字教会の要職に就き、金にものを言わせている大貴族です。少々、今の手持ちでは厳しいかもしれませんね」
「は?だけど、相場が5000の奴隷に10万なんて掛けるか?」
「……そこら辺、ウトマン伯爵は少々厄介な男でしてな。若く美しい奴隷を使い潰している事で少々有名でして………」
「使い潰…」
平気でそういう世界なのだと実感してうすら寒いものを覚える。平気でこれを話す辺りが恐ろしい所だった。とはいえ、岬を購入するにはどうにもこちらの懐が乏しい。
「光の精霊様の覚えもめでたく、多くの恨みを周りから集めてますが、光十字教から七光剣と呼ばれる剣士が護衛にいるため、誰も文句が言えないのです」
オタル公爵はさほど金を使えなさそうだ。それは公人としてそれなりに真面な人間だと理解できる。だが、その半面で、人権的な考えはどうにもこの世界水準なのでびっくりさせられる部分がある。
「11万」
10万に対して鈴木を買った子供が即座に値段を提示する。
「20万だ」
俺も競り落としに値段を提示する。公爵から100万の額を借りられるとして思い切って上げる。
「25万」
苦虫をかみつぶしたような顔でウトマン伯爵が値段を上げる。じろりとこちらの方を睨んでくる。
俺は向きになって額を更に上げようとするが、そこでオタル公爵が俺を止める。
「……勇者殿。引きましょう」
「あ?」
「今の値段で落としてもらい、伯爵と事情を話して後交渉した方が安く済みましょう。どちらにしても100万を越えたらこちらも手が出ません。ウトマン伯爵は確かに生臭坊主とも呼ばれていますが、光の精霊の信徒でもあります。勇者様の願いを聞き入れるでしょう」
「……なるほど」
「30万」
すると子供がさらに値段を上げる。
「ちっ40万だ!」
ウトマン伯爵は舌打ちをして10万を上げる。俺の持ってる額を余裕で越えてきやがった。
「50万」
子供の方も顔色を変えずに値段を吊り上げる。おいおい、そんな金持ちなのか、あのガキは?
ウトマン伯爵は血走った目で子供を睨みつけてから
「51万」
と値段を上げる。
あれは威嚇だ。『次にあげたらどうなるか分かっているんだろうな?』と言う貴族の権力を行使した威嚇だった。
「60万」
しかし子供は意にも返さず値段を上げる。
「100万!」
ウトマン伯爵はさらに値段を上げる。ドヨッと会場も流石にどよめく。もはやちょっと綺麗な女の子に対してあげる値段ではなくなっていた。
「200万」
子供がその金額の倍を返して一瞬で会場は静まる。
『に、200万出ました。他にいらっしゃいませんか?』
オークショニアが周りに聞き、プルプルとウトマン伯爵は怒りに震えていた。横にいる執事と思しき男に耳打ちをされてフンと鼻息を荒くして何故か留飲を下げるのだった。
『では200万で落札です』
バンバンとハンマーを打ち付けて競り市は終わるのだった。
***
私と智子の二人は小学生くらいの少年の前に連れ出される。
武装したおっかない男たちに連れられて、その場に連れ出されるのだが、私は少年の姿を見て驚く。
小学時代の幼馴染にそっくりの子供だったからだ。百合もその姿に気付いて驚いた様子だった。
「坊ちゃん、こちらがご購入の奴隷です」
「ありがとね。これで大丈夫だから」
少年はかつて死んだ幼馴染とは似ても似つかない可愛らしい笑顔で引き合わせた奴隷の管理を任されている老婆にチップを渡す。老婆はよろしくお願いしますと礼を言って去っていく。
だが、少年の声は幼い頃の彼とそっくりだった。まるで生まれ変わったかのように……。
何で?どうして?私の中では大量のクエッションマークが飛び交う。
「え、ええと、私達は……」
智子は自分たちの事を説明しようとするが、その前にでっぷりした男がやってくる。ヒキガエルというか豚というかそんな感じの生物が人間になったような……さすがファンタジー。ああいう人間もいるのか。
「ぐふふっ……。小僧、俺は光十字教会の枢機卿にしてこの国の伯爵、エミール・ウトマンだ。俺はこの女を所望している」
「競売で負けた人だよね。知っているよ、所望しているのは。それが?」
少年は不思議そうにウトマン伯爵を見上げる。
「貴様、この私がこの国の大司教だと知っていて言っているのか?ん?」
「いや、この国どころかこの大陸の人間じゃないし。留学中のローゼンブルク帝国貴族の教育係兼遊び相手でこの大陸に来ているけど」
「………ほう。ならば貴族の力くらいは分かっているだろう?この国において光十字教の権威の高さを。俺の気持ち一つでこの大陸に渡った子供が1人行方不明になるというのだぞ?ん?」
ガマガエルのような男は明らかに脅しをかけて来る。
「いや、知らないし。そもそも欲しいならお金を払えば良いじゃない。君達が僕より自由にできるお金を持っているとは思えないけどね」
「そうか。有望な若い子供が一人行方不明になるのは哀れな事だな」
ふんと鼻息を鳴らして子供を睨みつけると、ガマガエルのような男はドカドカと大股に去っていく。
「じゃあ、そろそろここを出ようか」
「は、はい」
「え、ええと。大丈夫なの?」
明らかにあの貴族は目の前の少年に脅しをかけていたが、少年は全くもって意に介していなかった。
さすがにあのガマガエルの奴隷になるのは勘弁して欲しいんだけど。
「何が?」
「分かっているの?あの貴族の男に何されるか分かったものじゃないし」
「うーん、あの貴族にどうにか出来るとは思えないけど………」
少年はコテンと首を傾げる。
何か微妙に話がかみ合っていなかった。
「取り敢えず、服を買いに行こう」
少年は私達に促すので、私達はついていくのだが、そこで貴族と思しき男と見知った男がいた。その周りには兵士たちがずらっと並ぶ。
「よう、岬。それに鈴木も。元気そうだな。中々、愉快な格好をしているじゃないか」
「げ、山川」
「山川君」
目の前に現れたのはクラスメイトの山川だった。こいつも異世界に来ていたのか?
「知り合い?」
「え、ええと。一応」
少年に問われて、私は首を縦に振る。
「なあ、お前ら奴隷にされたんだろ?クラスメイトのほとんどは光の精霊に救われたのに、お前ら、あぶれたんだってよ」
「はあ?何よそれ」
「皆、色んな国の王宮とかに召喚されたんだってさ。俺もこの都市の大聖堂に召喚されたしな。他の連中も……なんだっけ?」
「光十字教国に70名ほど、他にも北海王国やサロマ王国などに呼ばれています」
「そう、それそれ。なあ、このままだとお前ら奴隷だぜ。俺に従うんなら助けてやっても良いぜ」
山川はにやにやと笑いながら下卑な視線を私たちの体に向ける。露出が大きい貫頭衣姿の私たちを舐めまわすような視線だった。
…………
「アンタの奴隷にされる方が割と嫌なんだけど」
「だよね」
私の言葉に智子も同意する。そうだろう。山川とか明らかに下心がすすけているし。
「まあ、別にお前らに拒否権なんてないけどな。俺はこの世界じゃ勇者らしいからよ。今のうちに媚を売っておけば可愛がってやろうってのになぁ」
山川はそう言って逆に脅し掛けて来ていた。
クラスじゃ隅っこにいて、偶に駿介とオタク談義をしていたような奴なのに、立場が出来た瞬間これかよと呆れるものがあった。無論、駿介が鬼頭たちに虐められるようになってから、まるで何もなかったかのように駿介を無視し始めた奴だ。
元々、何も期待していない。
「私はこの領地の領主を務めている。彼女たちは勇者様のご知り合いとの事。その奴隷達を譲ってもらいたい」
「やだ」
「私に逆らうという事がどういう事か分かっているのかい?」
「うん、割と」
少年は堂々としたものでコクコクと頷きながらも思い切り反抗的だった。
「ほう、……命はいらないと」
「この大陸………って言うと失礼か。光十字教圏って、割と命が軽いからね。君たちの下々に対する言葉は軽すぎる。そんな軽いからアサヒカワみたいに都市が浮くんじゃないか?」
「他大陸出身だからってこの大陸で好きにできると思っているのかな?たかが他大陸の木っ端貴族が後ろ盾にいるからって我がプラージ王国で好き勝手に振舞えるとも?」
「ニクス竜王国の客人だし、竜王国の王子の親友なんだけど。まさかニクス竜王国と戦うつもりなの?」
「光十字教国本国は魔王ニクスを討伐する方針で動いている」
「これだから人間は……」
ボソリと少年はつぶやく。隣にいた私以外には聞こえていなかっただろう小さい呟きだった。まるで人間ではないみたいな口ぶりだった……。
「私も残念でならないよ」
眼鏡をかけたオタル公爵を名乗るおっさんは右手を軽く挙げる。
すると後ろに控えていた兵士達6人がぞろぞろと前に出て来る。
「彼らは我が領地に無礼を働いた犯罪者だ。捕らえたまえ」
「面倒くさいなぁ」
ボリボリと頭を書く少年はイライラした様子で反抗的な目で男たちを見る。
「やれ!」
「おおおおおおおおおっ!」
公爵の指示によって一人の騎士が前に出て少年に切りかかる。私は叩き斬られたかと思って目をそらす。
だが、何も起こっていなかった。私は恐る恐る少年の方を見ると少年はその剣を左手でつかんで止めていた。
「なっ!?」
「少し寝てろ」
少年の内側から何かが放たれたかのような感覚が私達を襲う。
「ひいっ!?」
戦士達は痙攣するように息を止めて、泡を吹いて倒れてしまう。中には失禁している者もいた。
何をしたの?
私も理解が追いつかなかった。でも一つだけわかった事がある。
気迫と言うか闘気?殺気?そんな威圧的なパワーみたいなものが飛んだんだ。
「うわ、くさっ。これだから人間の鼻はきつすぎる。獣人に生まれなくてよかった。えんがちょえんがちょ」
少年は鼻を摘まんで失禁した男達からタジタジと離れつつ私達を手で呼ぶようにしてこの場を離れようとするので、私と智子もついていく。
「ちょ、待てよ!ふざけんな!俺は勇者だぞ!俺に逆らうってのか?」
山川が何か言っているが無視の一手に尽きる。
「知らん。世間様に認められただけの勇者なんぞ大した意味も強さもないし。本当に手強いのは女神に認められた『真の勇者』称号を持つ奴だけだ。たかが精霊如きに呼ばれているだけの輩なんぞに興味はない」
少年は呆れた様子で先を進む。
私達は少年にただついていくのだった。
どうやらこの少年、私たちが思っている以上にものすごい人なのかもしれない。