1章5話 奴隷競売・前編
変なヒヨコと別れた私たちは馬車に乗ってオタルへとやってきていた。
鉄格子で見世物のように馬車でゴトゴト揺られて。。
「さいあう…」
私は痛みをこらえながらどうにか声を出す。声を出すだけで非常に顔が痛い。
声の震動で体中に痛みを走らせる。ただでさえ馬車の震動で体中がきしむというのに。
「……ヒヨコさんに送ってもらった方が良かったんじゃないかなぁ」
「………ろっちがいいからんて分かんらいでほ」
「百合ちゃん……これかなり、悪いケースだと思うよ?」
「そだれ」
私は貫頭衣を着た状態で、顔はボコボコに腫れ、口から血が流れてぐったりしていた。縄で両手を後ろに縛られて横倒しに寝かされているような状況だ。
智子はと言えば後ろ手で縄に縛られて体育座りをしている。こちらは顔も綺麗なものだけど、同じく貫頭衣を着せられており、ところどころ服から見えそうで恥ずかしそうにしていた。智子はおとなしい為あまり目立たないが、学年トップと言っていいスタイルを持っていた。
私たちは何でこんな状況かと言えば、オタルに向かう途中、街道で山賊と思しき連中に遭遇し、捕まってしまったのだ。
歯向かった私は見せしめと言わんばかりに血反吐を吐くまで殴られた。あばらも折れたっぽい。顔も酷く腫れて、馬車の震動だけでズキンズキンと痛む。
服を脱がされべたべたと体を触れられ奴隷服とも言うべきような質素な貫頭衣を着せられ、持ち物は全て没収させられた。
スマホを隠していた為、未だ持っているのが奇跡だが、ここではスマホもろくに使えなかった。
屈辱と恥辱と痛みとが色々混ざりあって最悪な気分だった。
この馬車には他にも奴隷が5人ほどいる。皆、死んだ目をしていた。
嫌な目だった。
百合はその目を見て、思い出すのは幼馴染の友人の事だ。高校1年の春に幼馴染は早々にいじめに逢い、引きこもりになった。今の時代、アニメや漫画のオタクくらいで虐めに遭うような事はない。オタク文化は比較的一般人にもなじみ深いものがある。
だが、厄介なクラスメイトに目を付けられ、オタクだとバカにされ、暴力で金を奪われるようになり、クラスメイトもそれを見て見ぬふりをした。
それによって彼は学校に来なくなった。
百合はどうにかして幼馴染を学校に戻そうとしていたが、登校すると約束したその翌日、友人はトラックから子供を守って通学路で死んでいたのだ。学校に行くつもりだったのか行かないつもりだったのかは分からない。ジャージ姿だったからだ。
かつて家に引きこもっていた幼馴染は、そんな目をしていた。何もかも絶望したような目をしていた気がする。まあ、もしかしたら振りだったかもしれないけど、問いただしたくても本人がいないのだから仕方がない。
ああ、やだな。
鬱屈しているのだ。大人しくしているのが正解だって分かっていた。だけど歯向かう以外に答えを見いだせなかったのだ。悔しくて歯がゆくて………。
私は悔しくて唇を強く噛む。だが強く噛むと口の中が切れているので痛みが滲む。
とはいえ、本当に殺されるかと思った。体中が痛くて動くのもつらい。馬車の揺れさえも響くのだから仕方ない。
話を聞く限りでは回復魔法と言うのがあるから死ななければ問題ないみたいなことを言っていた。冗談じゃない。強姦されるという事は無かった。処女は高値で売れるとか。ふざけるなって言いたい。
とは言え、このままでは売られてしまう。どこかで逃げる事が出来ないだろうか?
私たちはそのままオタルと呼ばれる都市に辿り着く。
日本のオタルとは全く異なる趣で中世ヨーロッパみたいな街並みだった。街の中を見世物のように馬車に乗せられて進んでいた。
日本人らしい顔立ちの人間は一切いない。耳の長い背の低い男性や獣の耳が生えた人間なども多くいる。売り物として運ばれている私たちを含めた7人中4人が獣の耳を生やした人間だった。
「地球じゃないんだね、ここ」
智子は周りを見ながら絶望交じりにぼやく。
私達が荷馬車に運ばれているとそこで屋根の上にヒヨコがウロウロしていた。
そこでヒヨコはこちらを見てあらビックリと言わんばかりの嘴を抑えて驚きのポーズをする。芸が細かいヒヨコだなと思いつつ私達はゴトゴト揺られていく。
私達が辿り着いたのは競売所と呼ばれる場所だった。
1人身なりの良い格好をした男が鞭で床を叩き、私達に命令を下す。その割には私をぼこぼこにしてくれた連中には揉み手で媚を売っている。
通路を歩いた先には昔美女だったと言えそうな老婆がいた。一人一人奴隷を見定めて行く。値段をつけていくのだ。一目見るだけで何もかもわかるのだろうかと私が首を傾げていた。
だが、その老婆が私達を見ると、眉根に皺を寄せる。
「おい、アンタ。これまた妙な女を連れて来たもんだね」
「へっへっへっ、犯罪奴隷でさぁ。いつもの様に男爵様の………ね」
「あたしゃ、何も見てないからね」
ふんと老婆はそっぽ向く。
そこには大きい鏡が置いてある。
私達の知るような鏡ではなく、古い時代の鏡のようでギラリと光っていて透明度が低い。アルミか何かなのだろうか、よく分からない。
私はその鏡を見ると酷い顔をした自分がいた。原形を全くとどめていない程殴られえていたことが分かる。鏡のせいだと思いたいがそうではないのは明らかだった。
私たちを含めた7人の奴隷たちは奴隷服のまま部屋に入ると他にもたくさんの奴隷がいた。20人はいるだろうか。それぞれにタオルが渡されていく。
「良いかい、しっかり体を綺麗にするんだよ。少しでも良い飼い主に買ってもらえるようにね!」
老婆は厳しく睨みを聞かせながら奴隷たちに言う。
老婆は周りを見ながら少しでも手を抜いていると怒鳴り散らす。奴隷たちはせっせと体をタオルで拭く。
「アンタ、治癒魔法掛けてやるからちょっと待ってな」
老婆はそう言って私の前へやってくる。
私は辛うじて立っているのがやっとだった。
「ったく、無茶な事をするもんだねぇ。これだから無法者どもは。顔に傷をつけるな、骨を折るなって言っているのに、全く。手数料払ってるからってやって良い事と悪い事があるってのに」
老婆はそう言うと、私の顔に優しく手を触れる。
「<完全治癒>」
老婆が何かを唱えると手が光り輝き痛みが引いていく。腫れていた感覚が一気になくなるように感じるのだった。
鏡に映る自分の顔が原形もとどめない酷い形が元に戻っていく。
魔法………なのだろうか?本当にこれは完全に異世界だ。
思えばあのヒヨコも炎を撃ってきていたような気がする。
「あ、ありがとうございました」
「アンタ達、余計な事を口にしない事だね。どこかの良い所の嬢ちゃんだろう?その首輪は主人の意志によって簡単に殺せる奴隷の首輪だからね。黙って売られる事だね。そのまま首を絞められたくなかったら」
老婆は私の首輪をクイッと持ち上げて言う。
「……」
私は余りの言葉に鏡に映る自分の首輪をみる。プラスティックというかシリコンっぽい感じの材質の首輪だが外す為のベルトが見つからない。カチャッと締まったら取り外せなかった。
これが魔法の首輪と言う事なのだろうか?まるでライトノベルにあるファンタジーの世界だ。
「あんたみたいな活きの良いのはすぐに余計な事をして殺されるからね。ま、腐っても生きていればどうにかなるもんだよ。絶望しない事だね。あんた、美人なんだから上手くやりゃ、私みたいにそれなりに生きていけるだろうさね」
老婆はそう言って私の前から去っていく。
「ほ、本当にこの世界、異世界なんだね」
「そうね。差し詰め剣と魔法の世界かしら」
すると他の場所で猫耳を生やした大男が喚いていた。
「ふざけるな!俺は犯罪なんて犯してねえぞ!クソ貴族の連中が俺を嵌めやがったんだ!」
テーブルを叩き壊している姿が見える。激しい音が鳴り響き、奴隷たちが逃げないよう警戒している警備兵たちは慌てて槍を構えつつ距離を取る。
「あのルグラン子爵が俺に犯罪の証拠を掴まれたから…うっうぐおおおおおおおおっ!」
猫耳を生やした大男は首を抑えるが首輪が強く締まって行く。
必死に首輪から守ろうとするが関係ないと言わんばかりに首輪は締まって行き、何かが壊れるような鈍い音と、男の首が変な方向に曲がって、糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちるのだった。
余計なことをするなと言った老婆の言葉の意味を目の前で知ることになり、私は余りの事に言葉を失うのだった。
この世界は剣と魔法のファンタジー世界で、人間の命が軽いのだと思い知らされるのだった。
***
ヒヨコが屋根の上をピヨピヨと歩いていると、奴隷商に運ばれるお姉さん達を発見。
あらビックリ、どうやら山賊さん達に見つかったようだ。残念お姉さんと目が合ったがもしかしてヒヨコが他人様の屋根の上に登っていたのがばれてしまっただろうか?
それにしても彼女たちは違法奴隷商に捕まったのか?
だから危ないって言ったのに。ここら辺は治安が悪いのだ。魔物が多いし山賊も多く街と街の間も遠い。
ローゼンブルクどころか、10年前のローゼンブルクとの戦前にあったアルブム以下の識字率である。ルークの記憶を思い起こしても、この国々はアルブムより文明が遅れていた。ぶっちゃけ、悪神にめちゃくちゃにされた直後のアルブム王国の方がマシといえるレベルの荒み方である。
とはいえ、そんな厄介な地でヒヨコは屋根の上を伝って馬車を追いかける。
入って行ったのはなんと港湾都市オタルの市営競売所だった。
ヒヨコ的にそんな馬鹿な!?と驚愕してみる。
この国では奴隷は合法である。
合法と言う事は国が管理しているという事。つまり無理やり奴隷に落とすことは出来ない。
奴隷が主人を無くせば奴隷から解放されるし、次の職場があれば奴隷身分である必要性もない。
彼女たちが自分から奴隷に売り込むとも思えない。ともすれば違法奴隷商に捕まったのだろうと思われるが、それが市営競売所で売るとも思えなかった。
治安も悪いが、どうやらヒヨコが思っている以上に国の法律もあまり機能していないようだ。
この大陸の多くが荒れていた。進歩的なローゼンブルクと比べるのはかわいそうかもしれない。
ヒヨコの記憶にあるアルブム王国も酷いモノだったから、割と耐性があるのが救いだったが。腹黒公爵さんや山賊皇帝さんの助言がなければヒヨコもちょっと世直しとかしちゃおうと思ってしまうくらいに酷いのだ。
だが、世直しはしなくても正攻法で困った異世界人を助けることはできる。ヒヨコは慌てて誰もいない路地裏に降りる。
時空魔法でローブを取り出し、床屋さんのように首に巻き付けるように被る。
ちなみにこの時空魔法はエルフの女王さんから教わった魔法だ。ステちゃんと一緒にエルフの森に行って修行した際に覚えたのだ。
ピヨシャキーン!
右手羽を左の空に向け、その手羽を右へと動かしつつ、今度は左手羽を右の空へ。
「ピヨピヨ~ッピヨッ!【ピヨちゃん~、変☆身!】」
トウッとヒヨコはピョインとジャンプすると人間へと早変わりするのだった。
そう、遂にヒヨコは人化の法をマスターしていたので、あらゆる変身方法でも人間に変身する事が可能なのだった!進化したヒヨコをご覧あれ。
いや、今はローブを被った全裸の人間なのであまりご覧になられると困るのだが。
なので、時空魔法で下着や服を取り出してローブの中でごそごそ着る。これこそが9年の成果と言えるだろう。あれ、そう言ってしまうとしょっぱいな、ヒヨコの成果。
ヒヨコ的には人間になると弱くなるのであまり変身したくないのだが、人間の姿ではないと出来ない事があるから仕方ない。実際、冒険者活動は人の姿でやっている。こっちの大陸ではヒヨコだと魔物だと思われてしまうからだ。
ヒヨコは自分の姿を見る。10歳位の人間の姿だった。背丈は変わっていないので視線も変わっていない。
初めて人化の法を使ったとき、ヒヨコはルークの姿になると思っていた。
しかし、黒髪に黒い瞳。若干平べったい感じの顔立ち。言ってしまえば異世界人達と似た姿をしていた。
異世界人が気になったのもヒヨコの変身姿に似ていたからかもしれない。
それはそれとして、ヒヨコは路地裏から出て奴隷商の入って行った市営競売所へと向かうのだった。
冒険者ルークはこっちの大陸におけるD級冒険者の名前である。
まあ、あれだ。ペンネームみたいなものだ。
ちなみに冒険者ランクはこちらの大陸はちょっと違う。
ローゼンブルクのあるコロニア大陸では石膏、黒曜、瑠璃、翡翠、黄玉、紅玉、金剛と石の硬度に準じた7クラスに分かれている。対する大北海大陸ではF、E、D、C、B、A、Sと同じく7クラスに分かれている。
だが、クラス分けで言えば割と簡単にA級やS級になれる為、S級=紅玉と考えて良いだろう。
ルークがD級なのはあまり冒険者活動をしていないからだ。ニクス竜王国で青竜女王さんにお使いを頼まれた時に冒険者として受けたからD級に上がっただけで、それっ切りである。
ヒヨコにとって魔物は食材であり、ルークになって飲食店に売って調理してもらい肉を食べていた。全ては美味しい食事の為に。冒険者になったのは人としての身分をこちらで作る為だ。
それはそれとして、今日は冒険者ルークになって市営競売所へと向かうのだった。