1章3話 異世界転移者たち
突然、約70人近い人間達が光十字教国の大聖堂に現れたのだった。
その場に現れた学生達は何が起こったか理解できていなかった。
彼らは修学旅行中だった筈だ。飛行機の客席に乗って移動中だったのだが、突然レンガ造りの一室に放り出されたのだから驚くだろう。
ある者は普通に友人達と会話している途中だったり、寝ている学生もいればたし、本を読んだりスマホを弄っていたりしていた。
「何だ?何で突然飛行機の中が変わったんだ?」
「分からねえ。何だよ、これ」
「どうなっているのよ!」
「スマホの電波がなくなったんだけど」
「乗務員はどこに行ったの!?」
それは帯同していた3人の教師も同じだった。
この日は修学旅行で、二つの便に分けて北海道に行く予定だったのだ。80人乗りの飛行機には二つのクラスと3人の教員が乗り、もう一つの200人乗れる飛行機に残りの180人と5人の教員達が乗った。
前者の80人乗りの飛行機に乗っていた学生たちのほとんどがこの場レンガ造りの一室に移動していたのだった。
出発時は雨こそ降っていたが、到着予定の新千歳空港は晴れており、また雲の上も快晴だった為、フライトには何事も問題なく進む予定だった。
「何か中世ヨーロッパの城の中みたいなんだけど」
「何これ、異世界転生って奴?」
とか言い出すものまでいる始末。
「皆、落ち着こう。状況はよく分からないけど、何が起きているか知っている人もいるようだし、まずは落ち着こうじゃないか」
そんな学校における中心人物でもある西条光一が手を叩いて周りの注目を集めて落ち着かされる。サッカー部のエース兼キャプテンであり、成績優秀で友人も多く、西条グループの跡取りでもある。
クラスのカリスマの言葉に一同は教師たちも同時に黙るのだった。
そして西条が視線をその場を見下ろせるような高い場所にいる人物へと向ける。
そんな混乱の中、まるで彼らがここに来ることが分かっていたかのように高い場所に座っていた。
黄金の王冠をした白いひげの中年男性である。中世ヨーロッパで言う所の王様にも見える人物だ。王を守る様に槍を持つ多くの兵士達がずらりと並んでいた。
「ようこそ、我が国へ。勇者達よ」
そう口にするのは王と思しき人物だった。
「分かった!あのおっさんが俺達を召喚したって訳か!異世界クラス転移キタコレ!」
二次元オタクの1人が何故か喜びの声を上げる。周りから冷たい目で見られて黙る事になるのだが。
「貴方が僕たちを呼んだのでしょうか?」
「まず最初にご説明した方が良いでしょうね。ここはあなた方のいた世界とは異なる世界です。我々は精霊様によって勇者がこの地にやってくると予言を受けておりました。本来、貴殿らはこの地に迷い込む事だったそうですが、精霊様の慈悲によってここに皆さんを纏めて直接送って頂けたのです」
そんな言葉に誰もが困惑する。
「ふ、ふざけんなよ!勝手に俺達をこんなところに呼びつけたっていうのか!?」
一人の少年が怒りの声を上げると兵士達が槍を持って前に立つ。誰かがヒィという悲鳴を上げる。集団がざわつく。
「我々は呼んではおりません。こちらの世界とそちらの世界の次元が干渉した場所に貴方がたが入ってしまったという話です。精霊様は荒野、或いは空などに転移してしまい、放っておけば死ぬような貴殿らを安全なここに集めただけでなのです。我々が呼びだしたという訳ではありません」
怒鳴った少年は勘違いしたと言わんばかりに顔を赤らめて俯く。
最初にそういう感じのことを言っていたじゃないかと周りも勝手に怒った少年を責めるように見ていた。
「それがどうして勇者などと?」
話を促す光一に王冠をかぶった男に訊ねる。
「500年前、異世界よりこの世界に訪れた勇者は世界を救い、戦乱の激しかったこの大陸において平穏をもたらしたと言われております。そうそう、自己紹介が遅れましたが、私はこの光十字教国の国王シャルル・バランド=タキガワと言う。この地は500年前に勇者様がやって来た際に名付けた町の名前がタキガワと言う。この地は貴殿らの住む大陸に近しい形をしており、同じような地に同じような都市の名をつけたと聞いている」
この地がどの地に似ているかの説明がない為、彼らはフーンというただ流す話でしかなかったが、北海道と同じ形をしている事に後で驚くことになるのはまた別の話である。
「貴殿らは光の精霊様によって大きい加護を与えられている。我らは光の精霊様の言葉に従い、貴殿らを勇者として迎え入れ、我が国を苛む、いやこの大陸を苛む魔王を倒してもらいたいのです」
勇者、魔王、そんな言葉に誰もが困惑する。
「元の地球に帰れる方法は無いのですか?」
「それに関しては光の精霊様にお聞きください」
目の前にいるこの国の王は立っていた場所から降りて、舞台へと跪く。兵士達も同様だ。
学生たちは何かと首を傾げているとそこに光が灯る。
そこに現れたのは光の灯火だった。それが形を成し、人の形を取る。
大きさは20センチほど、人の形をした美しい妖精だった。背に2対4枚の羽根を持つ、少年のようにも見える。
「やあ、異世界の住民たち。僕は光の精霊ソリス。この世界の神様みたいなものだよ」
フレンドリーな感じで全員に語り掛ける。
「精霊様なのですか?」
誰かが驚いたように口にする。
「うん。僕はこの大陸で信仰されている光の精霊さ。僕は君たちに助けて貰いたいんだ」
「助けて……?」
不思議そうに西条は首を傾げる。
「そうだよ。この大陸には魔王と呼ばれる存在がいるんだ。まあ、向こうは魔王とは名乗っていないんだけど、君達にはそう言った方が分かりやすいかな?遥か北の端に鎮座する魔王ニクス、中央のドラゴンマウンテンに住む魔王フリュガ、南端にいる赤き魔王イフリート。西に住む白き魔王ティグリス、そして東に住む魔王イヴ、彼ら魔王を倒して欲しい」
そんな事をいきなり言う光の精霊の言葉に対して、多くの学生が否を口にする。
「そんなの無理だ!」
「俺達は一般人だぞ!」
「勇者とか言われても…」
言い分は尤な話だった。
普通の人間がいきなり勇者になんてなれるはずがない。人を殺すどころか動物だって殺す事に忌避感を持つ世界の人間だ。
「彼らを倒さなければこの地は解放されず、君達も戻ることは出来ないんだ。この世界には元の世界に戻すための魔法が存在している。もうずいぶん古い話だから僕位しか使えないんだけどね。この魔法を使えば君たちを元の世界に送還する事が可能だ。だけど問題があってね、魔王たちはこの大陸に余計なものが入ってこないように結界を張っているんだ」
「あの、結界を張っているなら僕らは来れない筈では?」
一人の少年が挙手をして訊ねる。
「ああ、ごめんよ。説明が不足していたね。この世界と君たちの世界は似た次元に存在していて、偶に重なり合ってこの大陸に迷い人として来やすいんだ。そうだねぇ、例えるなら上から人が落ちて来る落とし穴であるけど、出入り口は魔王たちが塞いでいるって感じかな?」
「と言う事は魔王を倒せば結界を壊して元に戻れるって事か!?」
光の精霊の言葉に空手部の延藤泰虎が反応する。西条の友人であり、空手でインターハイに出場した猛者でもある。
「いやいや、それ以前に無理でしょ。魔王討伐なんて」
「延藤君は戦えそうだけどさ」
「無理無理」
と突っ込むのは周りの生徒たちだった。
「大丈夫。僕が君達に加護を与えるから。こうして君達がこの世界で会話や読み書きができるのは言語理解や書記というスキルを与えているからだよ。これがある事で君たちは知らない言語を巧みに話し、知らない言語を書くことができるって寸法さ。そしてそれぞれに君達の適性に合ったスキルを僕からプレゼントをしてある。これがあればこの世界の人間達よりも遥かに強くなれるからね」
光の精霊は笑顔で学生たちに語り掛ける。
「そんな事が出来るならこの世界の人達にやれば好いのでは?」
落とし穴を見逃さないよう光一は矛盾をついていく。
「無理なんだよ。この世界は原則的にスキルを僕らが与えることは出来ないんだ。でも、この世界に来たばかりの君達は迷い込むと言葉が喋れなくて困ってしまうだろう?その為、迷い人が生きて行けるように、入ったばかりの頃には一時的にスキルを与える事が出来るのさ。僕の配下である精霊達の仕事の一つは迷い人に言語理解スキルを与える事なんだよ。僕はその隙を使って君たちに恩恵を与えようって事さ」
「強くなれるって事?」
「異世界チートキター!」
「やべー。マジかよ」
「でも、魔王って倒せるのか?」
周りから多くの声が出て来る。無駄に喜ぶ者、希望を見出す者、それでも無理だと愚痴を言う者。
「君たちはまだ真っ白だ。だから僕は君達に最も向いている職業とスキルを与えよう。魔王を倒せば晴れて君達を元の世界に戻してあげるよ。どうだろう?」
光の精霊は戻してくれると断じる。
全員が考え込んでしまう。戦う事なんて出来る筈がないと思う学生も多い。積極的に戦おうと思える人が少ないのは当たり前だった。
「やろう、皆!」
そんな中、西条光一は周りを見渡して口にする。
「状況は把握できないが、目の前に困ってる人達がいて、僕らにはどうにか出来る可能性があるんだろう?それに魔王を倒さなければ戻れないなら選択肢は一つしかないじゃないか!」
「そうだな。やってやろうじゃないか!」
「ゲームみたいで面白そうだしね」
西条の言葉によって周りに火がつく。
かくして異世界にやって来てしまった少年少女たちは勇者としてこの大北海大陸で戦う事になるのだった。
***
時同じくして北海王国ルモエでも似たような現象が起きていた。
「光の精霊様に導かれし異世界の勇者様。よくぞ参られました」
「は?」
3人の学生がポツネンとレンガ造りの一室に座ったまま呆然とする。
そこには多くの騎士を引き連れた麗しの王女がいた。
「何でござる何でござるか、ここは!?まさかラノベで流行りの異世界転生という奴でござるか!?そういうのは見ているのが良いのであって自分が実際になりたいわけではないでござるよ!」
一人はオタクの少年、三雲大輔。背が低く小太りで眼鏡をかけた少年だ。
「え、異世界?いきなり意味わからないんだけど?変な感じ全然なかったよ?」
もう一人は地味で大人しいグルグル眼鏡をした髪の長い陰気そうな少女。
「あれ、智子と岬さんは?」
いきなり放り出されて目を丸くするのは皆と少し離れた場所にいた高城勇斗だった。
混乱をしている様子だが暫くして3人とも周りに人がいる事に気付く。
そう言えば何か言っていたと気付いて。
「勇者様方。私は北海王国王女マリエル・ミルラン・ルモエと申します」
ホッカイオウコクという訳の分からない単語が理解を若干遠のかせる。
「ここはどこですか?僕たちは確か飛行機に乗っていた筈。何でこんな場所に」
「光の精霊様曰く、皆様は次元と次元の隙間に引っ掛かってしまいこちらに迷い込んだとお聞きしています。光の精霊様はそれぞれ移相の近くにあった場所に運んだと。私の国に引っ掛かったお三方を光の精霊様がここに落としたと仰っておりました」
「あの飛行機、80人くらいは乗っていたと思うけど………何で僕たち3人だけ?」
「それは私には分かりません」
勇斗の問いにマリエルは目を伏せて首を横に振る。
「あの、高城君。こういった異界と異界の境界は波のようにうねっているし、重力に引き摺られるって聞くから、飛行機で移動している私達がまとまって同じ場所に移動する事自体が逆に奇跡なのでは?恐らく光の精霊様と言うのは大きい力を持っているのかも」
「…おお、倉橋殿は異世界や魔法に興味があったのでござるな。気が合いそうでござる」
三雲は眼鏡を意味なく何度も持ち上げつつ同志を見つけたみたいな雰囲気を醸し出す。
それを見て、普段地味で大人しく周りに合わせるだけの少女がチッと露骨な舌打ちをして三雲はヒッと悲鳴を上げて小さくなる。
勇斗はそれを一瞥して微妙な気持ちになりながらも、マリエルへと視線を向ける。
「それで、その、僕らはその、異世界の勇者って言うのは何ですか?」
「この世界は魔王たちによって支配されています。それに抗える者、それが異世界の勇者だと光の精霊様はお告げをくださいました。どうか、我々をお救いください」
「………な、なるほど、拙者が勇者であると。クラス異世界転移キタァーッ!ついに、ついに拙者が異世界の勇者として活躍しハーレムを築くチャンスがやって来たという事ですな!」
そんな喜ぶ三雲であるが、軽蔑するように冷たい視線で倉橋は三雲を見ていた。
「でも、僕たちはそんな力は無いと思いますけど。普通の高校生ですし」
「現在時点ではそうなのでしょう。ですが光の精霊様は仰いました。皆さまには適した力を与えたと」
「……???」
首を捻る勇斗であった。
それは当然だ。そんな力があるなら困った人たちに与えれば良い事だ。
「この世界は女神様恩恵によって高い力を得られるようになったのです。この世界の人間は全て女神様によって力が与えられるのです」
「女神様によって力が?」
「光の精霊様は女神様より多くの力を受け、代行者としてこの世界を管理していらっしゃいます。ですがあくまでも女神様が作ったシステムの中でのこと。ですが女神様のシステムの中にいても例外はあります」
「例外?」
「異世界の人間はこの世界の人間ではないから、光の精霊様は多くの力の種子を与える事が出来ます。光の精霊様は既に皆様に力を与えているとの事。恐らく他の異世界の勇者方も同じことでしょう。どうか、この世界を救ってください、勇者様」
マリエルは縋る様に勇斗を見つめる。
「……僕に出来る事があるなら、と言いたいけど。他の友達がどうなったのかも気になるし、智子達もどこに行ったのか分からないから……」
「そ、それでしたら他の国々に飛ばされた人達の情報もその内送ってくる筈です」
「そうなんだ。僕らは偶々、この国に飛ばされたから、ここに来たって事?」
「移相の問題で土の中に飛ばされて生き埋めになったり上空に飛ばされて地面に叩き付けられて死ぬ可能性もあったと聞いています」
「そ、それは……、助かったね」
飛行機の中にいたのだから空から落とされる可能性もあった事実に気付き勇斗は思い切り引き攣る。
「本来はそういう事は無いそうなんですが、500年前、魔神アドモスがこの世界の境界を壊したそうで、精霊様たちはそれらを助ける為に女神様によってこの世界に遣わされたと聞いています」
「そっか。じゃあ、光の精霊様は命の恩人でもあるんだね。分かった、僕で良いなら勇者として頑張るよ」
爽やかな笑顔で勇斗はマリエルに手を差し出す。
マリエルは少し頬を赤らめつつ、近くにいる女騎士に視線を送る。
女騎士は横に置いてあった大きな姿見の鏡を持って来る。
「これは精霊眼の鏡と言いまして、精霊様によって与えられた産物でして、その者の力を見る事が出来ます。女神様によってこの世界はレベルを上げ、スキルを育てる事で、ステータスを上げて強くなるのです。是非、勇者様にはその力を見せて頂きたいと思います」
その言葉にビクッと反応するのは倉橋と三雲の2人だった。
「僕は構いませんけど………あれ、倉橋さんと三雲はどうしたの?」
「え、ええと、拙者は遠慮したいでござるよ」
「ほ、ほら、がっかりするような能力だったら嫌でしょ?」
2人は怖気づいた様子で口にする。
「大丈夫ですよ。笑ったりしませんし、光の精霊様はそれぞれ向き不向きでステータスを授けてくれますから。とはいえ、我が国でもステータスは個人秘匿されるものですしね。私からは確認するのであるかないかだけを教えてください。光の精霊様がお配りした職業、称号やスキルが届いているか確認だけして頂ければ構いません」
「うん、わかったよ。その鏡に自分を映せばいいんだね?」
勇斗は女騎士の持っている鏡の前に立つ。
するとそこにはステータスが現れる。
名前:ユウト・タカギ
年齢:17歳
性別:男
種族:人間
職業:聖騎士
LV:18
身長:172
HP:240
MP:269
STR:192
AGI:116
DEF:130
INT:177
MAG:114
称号:異世界人 光精霊の加護
スキル:魔力操作LV5 勇気 根性LV5 強撃LV5 高速移動LV5 計算LV3 言語理解LV1 高速思考LV5 魔力感知LV5 水泳LV2 書記LV1 雷魔法LV5 神聖魔法LV5 剣術LV5 即死耐性LV5
それを見ると周りの兵士たちは驚いた声を上げる。
「雷魔法LV5?MPが既に269もあるぞ!」
「神聖魔法もだ!」
「まさに勇者様だ!」
「まだレベルが18しかないのに、これほどの能力をお持ちとは、光の精霊様の恩寵とは何とすばらしい!」
「この能力を伸ばせば間違いなく魔王にも勝てる!」
オオオオオオッと大きい声に包まれる。
「<魔力操作LV5><勇気><根性LV5><強撃LV5><高速移動LV5><高速思考LV5><言語理解LV1><魔力感知LV5><書記LV1><雷魔法LV5><神聖魔法LV5><剣術LV5><即死耐性LV5>が付与されていると思いますが間違いないようですね。さすがは勇者様です」
勇斗はうっとりと自分を見上げるマリエル王女に困惑する。
「異世界人と精霊の加護と言う称号もありますし、間違いないでしょう」
「そ、そうなんだ」
「それではお二方もどうぞ確認してください。勿論、プライバシーは守らせますので。三雲様に付与された職業は<斥候>、スキルは<魔力操作LV5><気配消去LV5><強撃LV5><言語理解LV1><魔力感知LV5><書記LV1><鑑定LV5><短剣術LV5>ですがありますでしょうか?」
「な、なんか高城殿と比べて弱そうに聞こえるのでござるか!?」
と悲し気に呻くのは三雲だった。
「光の精霊様のお力も無限ではないですし、戦いに向いている能力を付与しやすい方と付与しにくい方がいるようです。向き不向きもあるようですので」
「むう、納得いかんでござる。高城殿と比べてしょぼいでござるよ」
がっかりした様子で鏡を皆に見せないようにしながらステータスを確認していた。
その後、倉橋も確認し職業が<魔導師>であり、<魔力操作LV5><根性LV5><言語理解LV1><魔力感知LV5><書記LV1><補助魔法LV5>があることを確認し、光の精霊様の御使いで間違いないのだと理解する事になる。
いずれも称号には異世界人、光精霊の加護がある。
光十字教国を中心に、光十字教区国家間で起こった事件であった。