6章25話 ヒヨコの見上げる空、晴れときどき隕石
ネビュロスが真の姿を現した。
街の中にいる兵隊さん達も、街の外にいるステちゃん達も慌てているかもしれない。
ネビュロスが赤く目を輝かせると黒い光線が放たれて、一瞬でレオニスの街を滅ぼす。
「ピヨヨーッ!」
ヒヨコは<灼熱吐息>で攻撃を仕掛ける。ヒヨコのブレスはネビュロスの頭を覆うような巨大な一撃だったがネビュロスは右手一つ払うだけで己の頭を包む火を消す。
それどころかその振った右手の風が巨大な暴風となって町の屋根が吹っ飛ぶ。
だが、そこでグリフォンの群れが北の空からやってくる。
「グリフォン!?」
獣王国の面々は驚いた顔でそちらを見上げる。グリフォン達による<咆哮砲>による乱れ撃ちが行われる。
その間に地面に降りている戦闘メンバーの方に数体のグリフォン達が降りて行く。
「助けに来たよ」
グリフォンに乗っていたのはミーシャとマーサさんの二人だった。
「って、ミーシャ!お前、なんでこんなところに来てんだよ!お前なんかじゃ一瞬で殺されるぞ!」
さすがに驚いて後輩君は怒鳴ってしまう。気持ちは分かるが、グリフォンはありがたい。
「でも必要でしょ?」
「そ、それは……」
「陛下!ミーシャと私たちは他のメンバーを連れて避難させます。帝国の人達も一緒に。戦うメンバーにグリフォンを貸し出して戦って貰います。後方は私たちに任せて戦闘に専念を!」
「分かった。……ありがとう。助かる。但し、ミーシャの死亡が俺達の死亡に繋がるからな。絶対にお前は最後まで生きろよ。従魔士は生きる事が戦いだ」
「分かった」
ミーシャはコクコクと首を縦に振る。
戦争を終わらせるために死を覚悟して勇者と戦った父がいた。
今回は勝利で終わらねばならないから、死ぬわけにはいかない。ガラハドは心配するようにミーシャの方を見てからマーサの方に頭を下げる。
「マーサさん、ミーシャを…」
「大丈夫よ。……二度も大事な人を失ってたまるものですか。全部覚悟してここに来ているわ」
マーサさんはミーシャの護衛に徹する様だ。
誰もが死力を尽くす。
ヒヨコは腹黒公爵さんと同じグリフォンに乗っていた。腹黒公爵さんの指示によるものだ。イグッちゃんを痛めつけたという大魔法は溜めが長いらしい。しかもその間無防備になるそうだ。差し詰めヒヨコはボディガードといった所だろう。
そんな魔法をよくもまあイグッちゃんを相手に使えたものかと感心するのだが、グリフォンにも限界があるからヒヨコがボディガードと言う事だ。
「殿下。溜めの間は頼みます!」
「お互い、魔法を使った後はヒヨコの魔力で回復頼みますよ」
隣り合うようにしてグリフォンで飛びながら腹黒公爵さんと残念皇女さんが打ち合わせをする。ピヨピヨとヒヨコも頷く。
だが、簡単に作戦タイムを取らせてはくれないようだ。
ネビュロスが巨大な大鎌を振ると風の刃が嵐のように吹き荒れグリフォン達も傷を負う。グリフォン達は慌てて距離を取る。
獣王国の戦士達やヴィンフリート、モーガンらが距離を取って衝撃波を放つが威力が弱まりほとんど効いていなかった。とはいえ、近づくと大鎌による風刃の嵐が来るため迂闊には攻撃も出来ない。
すると巨大な魔法陣がネビュロスを取り囲む。大きい杖を振るい魔法発動準備に取り掛かっているのは残念皇女さんだ。いや、ヒヨコの背後でも腹黒公爵さんが魔法の準備を始めていた。
「食らえ!<風刃竜巻>!」
残念皇女さんから風魔法LV10が発動される。
すると真空の刃が荒れ狂う巨大な竜巻が起こりネビュロスを取り囲む。
鋭い真空の刃が飛び交いネビュロスの体をずたずたに切り刻むが、影がモヤッとするだけで深刻なダメージを与えている訳ではなさそうだ。
果たしてあれは効いているのだろうか?
ネビュロスは鬱陶しそうに鎌を振るが真空の刃は纏わりついて離さない。
足止めは出来ているようだけど、ネビュロスには効いていないように見える。ヒヨコ的にはちょっと蚊に刺されたくらいのダメージに見えるぞ?
でも、これ、普通だったら村や町、それどころか大都市さえも皆殺しにするような威力があるんじゃないか?
何てやばい魔法を使うんだ。だから残念皇女さんとヒヨコに呼ばれるんだぞ。おっかない皇女さんなんてどこに需要があるというのだ。
だが、それさえも効いていないネビュロスは化け物で間違いないようだ。いや、化け物ではなく神だった。
実際、グリフォン達も近寄らないし他の皆も状況確認に徹していた。
ネビュロスは真空の刃が縦横無尽に舞う竜巻の中で身を引き裂かれながらも反撃を仕掛けてくる。赤い瞳が光ったのだった。
「ピヨッ!」
ヒヨコは<爆炎吐息>で残念皇女さんと腹黒公爵さんに飛んできた赤い光線を相殺する。
ここは<火炎弾吐息>で対処したい所だけど、威力が偽エセベロス君とは段違いだった。黒いのは大地を抉り人間も抉るという感じだが、赤いのは何かちょっと違う。どう違うのかは食らってみないと分からないが…。
爆風がヒヨコ達を襲うがグリフォン達が<翼風壁>を張って守る。
次々と飛んでくる赤い光線はダイレクトに腹黒公爵さんと残念皇女さんを狙ってくるが、ヒヨコが<爆炎吐息>で迎撃する。魔法に対して警戒しているのかもしれない。だがヒヨコはそれに対してピヨピヨと必死にブレスを吐いてネビュロスの攻撃を相殺し続ける。
腹黒公爵さんの魔法の溜めが長いのでヒヨコがとっても大変なことになっています。足元のグリフォン君も若干ビビってます。
だが、グリフォン君よ、安心するが良い。ヒヨコのブレスが君を守るだろう。だが、自力で避けてくれると尚嬉しい。
徐々にだが残念皇女さんの放った<風刃竜巻>の威力が弱まってくる。
それに合わせるようにイケメンオークさんや種馬皇子さんが攻撃を開始する。それに気づき獣人達も併せて攻撃を開始する。
やはり団体戦闘の機微は銀の剣の面々がよく分かっているが、獣王国のメンバーも直に気付き対応する辺り戦闘センス自体は高いようだ。
だが、勘違いしているぞ。
「ピヨヨ~【全員退避~っ!ここから出来るだけ早く逃げろ~】」
ピヨピヨと鳴きながらヒヨコは念話で皆に声をお届けする。
皆声が聞こえたのにヒヨコの声だと思って無視して攻撃に入ろうとしやがる。なんて無礼な!
だが、グリフォン君達がヒヨコの声に反応して逃げ出すので皆後ろ髪を引かれるような思いで悪神から距離を取らざる得なくなる。
でも、その理由はすぐに知ることになるだろう。
「<隕石誘因>!」
町長さんが魔法を唱える。
メテオインパクト、つまり隕石を落とすという魔法のようだ。
魔法準備は遥か上空の宇宙にあるデブリを確保し、魔法を唱えると同時に上空から落下させているのだろう。ネビュロスお足もとに巨大な魔法陣が張られているのが見える。
補助魔法は力を操作する魔法。宇宙に浮かぶデブリを重力で引っ張り大気圏で燃え尽きないよう摩擦から保護して落とすという最大級の攻撃魔法へと変化するようだ。もうここまでくると補助するという訳ではないようだが。力魔法にしたらどうだろう?とはいえ、魔力を移したり体力を奪ったりする魔法がある辺り、かなり使い勝手のいい魔法だ。
やがて<風刃竜巻>が止むと同時に、空から巨大な岩石が落ちて来る。
皆はグリフォンに乗って慌てて逃げる。戦っていなかったメンバーも魔獣に乗って慌てて逃げる。
ヒヨコと残念皇女さん、腹黒公爵さんが最後に離脱を謀り町の外へと逃げる。
すると衝撃波を放って物凄い勢いで空から隕石が落ちて来る。
でかい!
え?大丈夫?これ、落ちたら世界滅びない?
そう思う程の巨大隕石が空から落ちて来る。ネビュロスは体を防御態勢に入り迎え撃つようだ。
そのまま巨大隕石がネビュロスに激突し、大爆発が起こる。グリフォン君達やその他の魔獣たちは人を乗せて大慌てて町から退避していた。
それは天変地異か終末にでも起こるような光景だった。
落ちてから遅れて轟音が鳴り響く。そして空に巨大な粉塵が舞い上がり天にまで届く。大地が激しく揺れているのが分かるほど大気もビリビリと揺れていた。
グリフォン達もその威力に<翼風壁>でも守り切れず、飛行さえも厳しい豪風が背後から襲ってくる。最後方のヒヨコ達と残念皇女さんの3者はグリフォンがヨタ付くとは想定外だった為、振り落とされそうになる。
ヒヨコは<空中浮遊>の魔法でグリフォン君達を支えて、どうにかそこをやり過ごす。
「う、噂には聞いていたけれど、引くわー」
「ピヨヨ~【絵面が隕石で世界を滅ぼそうとする腹黒公爵さんと、それを守ろうと隕石に立ち向かうネビュロスと言う構図だったな】」
「それね!」
ヒヨコの言葉にビシッと指を差して同意する残念皇女さん。
「酷いな。それより魔力の限界だからMP貰うよ」
腹黒公爵さんはぐったりした様子でヒヨコの背中にもたれかかりつつ<魔力移動>の魔法でヒヨコから魔力を吸い上げて回復していた。
「私も私も」
『全員、至急地面に降下!下に伏せて!』
突然念話でステちゃんの声が響き渡る。
グリフォン達が大慌てて地面に落下すると赤い光線が上空を切り裂く。多くの木々が覆い茂っていた山々が一瞬で荒野の森へと変貌を遂げていた。生きとし生きるものを皆殺しにしたように見える。
「!?」
誰も何が起ったかはわからなかった。
粉塵が一瞬で払われて全く無傷の巨大な死神の姿が見える。巨大隕石による終末のような攻撃にさえもネビュロスは一切ダメージを負っていなかった。
「馬鹿な」
腹黒公爵さんは余りの事に開いた口がふさがらない様子だった。
『そこそこはやるようだな。少々体が散ってしまった』
ネビュロスは少し傷ついたローブを叩いて埃を払ってから周りを見渡す。
『ほう。運が良いな。今ので生き延びている連中がこんなにいるとは。まさか、予見していたか?』
ネビュロスの言葉に周りの人達もギクッと反応してしまう。ステちゃんの事は基本的には隠している。予知能力の重要性を皆がある程度理解しているからだ。ネビュロスの攻撃で誰一人死ななかったのはそこにあった。
『ふむ、私よりも上の予知能力者がいるか。少々厄介だな。とはいえ、神力を予知できないという事は我らの事を明確に予知できるわけでは無いという事か。少しは楽しめそうだが……』
うんうんと頷くネビュロスは空に指を差す。
『<隕石召喚>』
遥か上空の空間が捩れるような感覚を見る。すると、突然巨大な石の塊が光り雲の奥から物凄い勢いで飛んでくる。
そしてネビュロスが指を指し示す方向へ落ちて行く。
ステちゃんがいた辺り、街の外で待機していた兵士たちがたくさんいる場所に巨大な隕石が落下する。
予知しても逃げようもない状況だった。先程の腹黒公爵さんと同レベルの衝撃が響き渡る。
更なる天変地異のような攻撃に誰もが悲鳴を上げる。
「ピヨヨーッ!」
ヒヨコの声をかき消す轟音が響き渡り暴風が辺りを吹く。
グリフォンが<翼風壁>でその豪風から防御するが、距離が近すぎたために吹き飛んでしまいグリフォンも騎乗者もそれに吹き飛ばされて倒れる。
「は、ははは。……何よ、これ。人間が勝てる訳ないじゃない」
あまりの強さに残念皇女さんがお手上げと言いたそうな口調だった。
天変地異級の大魔法を受けてもほとんどダメージを受けず、更には天変地異級の大魔法を溜めもなく繰り出せる。
ヒヨコの魔力を奪って魔力回復中だった腹黒公爵さんと残念皇女さんは茫然自失していた。
煙が晴れてヒヨコの視界に入ってきたのは、ステちゃんがいた場所に隕石が落ちていてそこには巨大なクレーターと荒野が広がるだけだった。
おや?おかしいな?ヒヨコの飼い主は何処に?
ピヨピヨピヨ
「ピヨヨ?ピヨヨ~【ステちゃんやーい。おーい。……よっ、貧乳!………あれれ?返事がないぞ?】」
…………ピヨヨヨーンッ!
かくれんぼか!?
いやいや、そういう年頃のお子さんじゃなかったな。
ヒヨコはステちゃんを探しているのだが見つからない。小石が落ちていたのでその裏側を嘴でひっくり返して覗いてみるが何もいなかった。
いや、いるはずないな。
ヒヨコは焦燥感に駆られてステちゃんのいた場所へと走って向かう。
あまりに巨大な力を間近で見てしまい、帝国騎士団だけでなく獣人の戦士達も心がへし折れていた。
「もう終わりだ!」
「逃げろ」
小さい言葉をきっかけにざわめきはこの場にいる戦士たちの中から混乱が広がる。
敗走する戦士達。だが、そんな地を這って逃げる人間さえも潰しにかかるネビュロス。
逃げる人間達はネビュロスを見ていないので、赤い光線を諸に食らってしまい、一瞬で消し飛んでしまう。
もはや戦争の態を成していなかった。敗走する人間達とそれを追い立てる巨大な死神。
「シュテファン!一度撤退するぞ!」
「逃げられるわけがないだろう?」
種馬皇子さんが呆然としている腹黒公爵さんの胸倉をつかんで叫ぶが、腹黒公爵さんが呆れるようにぼやく。
もっともな話だった。逃がすつもりなんて無いだろう。
「それでもだ!神殺しの魔法がある以上、この状況でお前とラファエラを危険な場所には置けない。お前らは一時撤退しろ!俺達がどうにか時間を稼ぐ!」
「時間?どうやってだ!?あんな巨大な神を相手に何ができるって言うんだ?」
「それでもだ!人間だって飛んで逃げる虫を一つ一つ潰すのは無理でも、近くにうろつく虫はうざいんだから飛んで逃げれば問題ない筈だ。奴の弱点を探してやる。殺せるのはお前達だけだ!それまでの時間を稼いでやる!死んでもだ!」
種馬皇子さんは妹とかつての仲間を前に珍しくまじめな顔で叫ぶ。
するとマーサさんとミーシャの乗ってるグリフォンが誰も乗っていないグリフォンと一緒に飛んで来る。
そこに後輩君が走って近づいてくる。
「シュテファン殿とラファエラ殿下をここから脱出させてくれ!」
「ガラハド君は?」
目を丸くするのはミーシャだった。
「俺は時間稼ぎをする。決定的な攻撃は魔法の方が上だ。だが足を止めるにも脅威が必要だろう。果たして、俺を脅威ととってくれるかは分からないが……」
後輩君は決意の視線をネビュロスに向ける。大きくなった分動きは遅いがそれでも一振りで絶大な効果を示す。まさに神とはこのことを差すのだろう。鎌を振るだけで生きていた大地を荒野に買えてしまうような嵐を巻き起こし、魔法一つで人間達の心をへし折ったのだ。
「む、無茶を…」
「今、無茶しなきゃ全滅だ!俺は最後まで獣王としての仕事がある!親父が見せたように最後まで戦う意志を見せなければならないんだ!」
ミーシャは悲痛そうな顔をする。父が戦場に出るときと同じ顔を、同じ年頃の友達がしていたからだ。マーサは娘の頭を撫でながら尊敬すべき獣王の意志に従う。
「ピヨヨ~【それよりステちゃんは?ヒヨコはステちゃんを探しています】」
ヒヨコの問いにマーサさんが言葉を失う。ミーシャは俯いてギュッと唇を噛んで何かを耐えるように我慢する。
「ピヨちゃんは死んじゃダメだよ?」
ミーシャはグリフォンから手を伸ばしてヒヨコの頭を撫でる。
ピヨピヨ。
そのタイミングで言うとうちのステちゃんが死んだみたいじゃないか。縁起悪いことを言わないで?
「切り札はケンプフェルトで最終防衛戦を張るべきだ。俺達はここで踏ん張るぞ」
「ああ」
種馬皇子さんが口にし、後輩君はにやりと笑う。
そこにイケメンオークさんも加わる。イケメンオークさんは右腕を失い体はボロボロだった。行き遅れ神官さんを担いで現れる。行き遅れ神官さんはブラ~ンと担がれているが、どうやら気絶していそうだ。
「ユーディットほど前線で回復に専念できる人材はいない。ケンプフェルトに連れ帰ってくれ」
「モーガン……」
腹黒公爵さんは険しい顔で友人を見る。
「お前ならやれるって信じてるぜ。考える時間は絞り出してやる。頼むぜ、相棒」
「そうだぜ、相棒。モーガンのいうとおりだ。頼むぜ」
「…………ああ、死んでも絞り出してやる」
腹黒公爵さんは悔し気に顔を歪ませそしてグリフォンに乗る。
「兄上……」
「これでも生き汚さでは帝国最高レベルだぜ。死にゃあしねえよ」
種馬皇子さんはニヤリと笑って妹の頭を撫でる。
残念皇女さんは流れる涙を脱ぐいってから皇女の顔に戻る。
「行ってください」
「うん」
ミーシャは頷いてグリフォンを飛ばせる。
「行くぞっ!」
「ああ!」
後輩君はイケメンオークさんと種馬皇子さんを引き連れてネビュロスのいる方向へと向かう。たくさんの魔獣が騎士団や獣王国の戦士を連れて去っていく。
この戦争の第二戦目であるネビュロスとの接触は帝国獣王国連合軍は惨敗を喫するのだった。
ピヨピヨ。
それはそれとしてヒヨコの飼い主は何処に?ヒヨコは隕石の近くをキョロキョロしながら探していた。だが隕石は直径20メートルくらいあり、大きくはあるが、ステちゃんは近くにいる様子はなかった。
ステちゃーん。どこ行ったんだー?
ヒヨコはピヨピヨと飼い主を探すのであった。