6章23話 ヒヨコ、蹂躙す
さあ、皆さん、ヒヨコ体操始まるよ~。
夜営を終えてヒヨコは朝から元気に起き上がる。一羽で外に出て、日課のフルシュドルフダンスを踊る。
夜警をしていた兵隊さんが一緒に付き合ってくれる。さすがは帝国の兵士さん達。フルシュドルフダンスを踊れるのか!?
やがて、帝国騎士団の皆々様も活動を始める。
ヒヨコもを嘴でトレーを咥えて食事待ちの列に並ぶ。
「ピヨピヨ~」
「なんだ、大盛が良いって?毎度仕方ないな奴だな」
食事をよそってくれる軍人さんがヒヨコにこんもりとスープをよそってくれるのだった。
「いやいやいや、ヒヨコ、お前、もう喋れるでしょ。何でピヨピヨ言ってるの!?そして何で通じてるの?」
ステちゃんが後ろで見て驚きの声を上げる。
ヒヨコはピヨピヨ鳴きながら
「ピヨピヨ【親衛隊の皆様とヒヨコは共に仕事をした仲間だからな。ヒヨコの思いは伝わるのだ】」
と説明する。
「えー」
ステちゃんは何故か残念なものを見るような目でヒヨコを見る。
「武闘大会前の祭りの設営を手伝って貰ってたっすからね。その時も食事は大盛と訴えて、何故か伝わっていたっす」
するとヒヨコとステちゃんの近くに下っ端君がやって来て隣に座って補強説明してくれる。
「ヒヨコが念話を覚えられなかったのって、割と念話が無くてもコミュニケーションできたから身に着けようとする必死さが足りなかったせいっぽいわね」
「ピヨピヨ」
ヒヨコはコクコクと頷く。
「そもそも念話LV4をマスターしたのに、ヒヨコ言語でコミュニケーションとれてる時点で何のための念話だよって話だよ」
ステちゃんは呆れるように突っ込む。
「ピヨピヨピヨヨ~【ヒヨコの美麗な歌声を聞かせる為では?ヒヨコの歌を聞け―っ!】」
「いや、歌声いらないから」
ステちゃんはピシピシといつものハリセンでヒヨコの頭を叩く。
食事中なのに小汚い頭をハリセンで叩かないでもらいたい。埃が飛ぶだろう?
………はっ、誰の頭が小汚い頭だ!?
ふう、まあいい。
「ピヨピヨ【今朝は一羽だけのフルシュドルフダンスかと思いきや、見回りの騎士さんが付き合ってくれて嬉しい】」
「付き合わせるなよ」
すると食事をもって残念皇女さんがやってくる。
「ピヨピヨ~」
「うーん、これが元ルークとは思えないんだけど」
「ヒヨコが母体で勇者様の死に際の想いみたいな物を拾ったようなものですから。勇者様のゴーストは勇者様であっても魔物は魔物でしょう?勇者様ではない訳じゃないですか。記憶を刺激されれば思い出す事はあっても過去に一度経験しただけの記憶みたいなものですし」
「そっかぁ。まあ、勇者様がヒヨコだって言われてもこちらも困るしねぇ」
「ピヨピヨ【そうだな、残念だったな。先輩君は鈍感だし聖女さんに騙されていた上、神眼持ちなのに律儀に他人のプライバシーを覗かない紳士だったからステータス欄にある女って部分も一切気付いていなかったみたいだしな】」
「さすがヒヨコの元祖。ボケっぷりがヒヨコを超えている」
「ピヨヨッ!【そう、ヒヨコがボケているのではない。先輩君の残念思念がヒヨコに植え付けられたがために迂闊者にされてしまったのだ!】」
「「いや、絶対に違うから」」
ステちゃんと残念皇女さんが同時にヒヨコを否定する。
おかしいな?いい部分はヒヨコの手柄、悪い部分は先輩君の手柄として分けて行けば上手くいくと思ったのに。
死人に口なしっていうじゃないか。
「そう言えば、さっき連絡があったわ。獣王国、悪神の眷属を倒したって。昨日の夕方辺りシュテファン殿と獣王陛下達が悪神の眷属を倒したらしいわ。どうも悪神は物理攻撃が効かないみたいで、獣王国は苦労したらしい。ただ、多くは王国兵が魅了支配されて厳しかったという話があった」
「ピヨ?」
そうか?雑兵の類なんて物の数じゃないだろ?
「ねえ、ラルフ殿」
「何でしょうか?」
「ヒヨコがあの能力と考えると竜王陛下に頼んだらどうなっていたでしょう。やっぱりあれは頼んじゃいけない存在だと思うのよ」
「………5000人を一瞬で焼却……。いくら悪神を呼び、ベルグスランドやオロールを滅ぼした大罪人であってもこのような事を許してはいけませんね」
下っ端君はヒヨコを見て溜息をつく。まるでヒヨコが極悪非道のような物言いはやめてもらいたい。
こんなに愛らしいのに。
「そう言えば、出発する前に悪神の眷属のいる方角に攻撃をすると言っていたけど?」
残念皇女さんがヒヨコに訊ねて来る。ヒヨコはコクリと頷いてピヨピヨと説明する。
「ピヨピヨ【向こうの方は悪神の眷属とやらがいるあたり、人っ子一人魔力が感じられないからな。ヒヨコの遠距離用ブレスで攻撃をして宣戦布告と行きたいと思うのだが】」
「人っ子一人いない?」
不思議そうに残念皇女さんが首を傾げる。
するとステちゃんは目を細めて次に向かう都市の方角を見る。恐らく神眼で見ているのだろう。
「確かにいませんね。……もうすべて食われているのかもしれません」
ステちゃんの言葉に下っ端君も残念皇女さんも言葉を失う。
「斥候も一応だしているわ。今朝には到着する予定だし、帰りを待って…」
残念皇女さんがそんなことを言っていると、一人の兵隊さんが走ってやって来て、残念皇女さんに耳打ちをする。
「斥候が戻ったようね。話を聞いてくるわ」
「自分も行くっす」
前年皇女さんと下っ端君が食べている途中だがトレーをもってその場を後にする。
「ピヨピヨ~」
ヒヨコは翼を振って去っていく皇女さんを見送る。
***
そして出発の時間となる。
総大将に皇妹ラファエラ・フォン・ローゼンブルク、つまり残念皇女さんが先頭に立ち、そして宮廷魔導士団、第三騎士団及び皇帝親衛隊のラルフ隊が並ぶ。
……ラルフ隊!?
も、もしかして下っ端君は下っ端じゃなかったのか!?あんなに立派な下っ端口調なのに!?
ヒヨコは驚き第三騎士団長や宮廷魔導士団の副団長さん(?)と下っ端君が残念皇女さんと並んでいた。
今回の旅で最も驚いた出来事だった。ヒヨコの両親が亡くなった事よりも驚愕だった。どういうことだ!?
「これより出発する!行き先はバシュラール伯爵領領都リュシエール!これよりヒヨコによる宣戦布告をする!」
おお、残念皇女さんの命令によってヒヨコの攻撃許可が下りたぞ?
「ピヨヨ~!【<(爆炎弾吐息>!】」
ヒヨコはピヨッピヨッピヨッと大きく息を吸っては空へと巨大な炎を放つ。
合計20発くらい空に放った辺りでヒヨコは息を吸ったり吐いたりしすぎてちょっと疲れるので一休みだ。
上空に飛んでいったヒヨコの爆炎弾はやがて重力に逆らって遥か雲の上まで飛んでいき、そこから赤い光源としか見えなくなった炎の塊は、行軍予定地である西へと飛んでいくのだった。
***
ナベリスはバシュラール伯爵領領都リュシエールに滞在していた。
「まずいな。この世界の人間どもは我らの殺し方を知っている。そして実行可能な技術がある。イポスに続きカーシモラルまで倒されるとは。さほど力を感じないが、それでも我が配下を殺すとは……」
ナベリスはネビュロスが力を取り戻せば勝てるとは思っているが、明らかに力量差がある相手だというのに殺されているから、全く先が読めない。
「ネビュロス様は未来視の力をお持ちだ。にも拘らず読めない?………まさか!」
魔眼の力を使い、この世界のシステムを確認する。
流していたが、訝しいシステムについて確認を取る。
これまでの歴史の中で英雄と呼ばれる者達のステータスに多く入っている称号、賢者という文言を見つける。それを見ると
『INT値600以上、魔法LV10に到達した者に与える称号。女神のシステムを超えるものを生み出した者に与える称号。未来へ新たな思想を広め法にした者、既存の魔法を超える新魔法の作成、既存の魔法科学を超える技術の作成など畏き功績を残した者に与えられる称号』
と書いてある。
ナベリスは険しい顔になる。
この世界には神を殺す魔法がLV10に存在する事が判明したが、賢者と言う称号を持っている者がいる。つまり、賢者の称号持ちは神殺しの力があるという事だ。
そしてもう一つ、真の勇者と言う称号だ。
『自分よりも強い敵を10以上倒した者に与えられる称号。女神の予知を覆す存在。神の理を破りし、運命を超越した存在』
という言葉が書かれていた。歴史を紐解けば真の勇者は相当数いるのだ。そして多くが魔神や魔神の眷属である七英雄を倒している。
「もしかして我らは勘違いしていたのか?この世界の神は、低い階位にあると思っていた。程度の低い世界にも拘らず信仰されている規模は小さい。人口も少ない。だから大したことは無いだろうと。だが、神殺しをこんなに抱え込む世界などありえない。……このままではネビュロス様の巻き添えで俺まで朽ちてしまう。冗談じゃない。……今のうちに逃げる準備をするか…」
そう呟くナベリスであるが、そこで空から音が聞こえる。
何事かと城にあるバルコニーに出て空を見上げる。
すると自分に向かって巨大な炎の塊が空から次々と降ってくる。
「くそっ!何だこれはーっ!」
ナベリスの判断は遅かったかもしれない。
***
ヒヨコ達が出発して直の事だった。
空から向かっている先の領地に赤い光が雲の上からヒヨコの<爆炎弾吐息>が落ちて行く。
そこで一瞬光ると巨大な光を放ち、空を赤く燃やす。
遅れて轟音が鳴り響き、巨大なキノコ雲が浮かび上がる。
だが、ヒヨコの吐いたブレスの数は20回ほど。
勿論、次々と落ちて行く。
遥か遠くで轟音が次々と鳴り響き、豪風がこちらを襲うように吹きすさぶ。
進軍を開始した直後だが、全員が身を縮めて向かう先を見る。空が赤く染まっていた。
「あ、あの……皇女殿下。進むんですか?」
「………い、一応ね?」
何故、一応なのだろうか?まだ悪神の眷属さんは死んでいないようだが。
それから我々は1時間ほど移動をしていると、
「ピヨッ!」
ヒヨコは目を細めて向かう方角を見る。
「ピヨヨッ!?【物凄い勢いで悪神の眷属さんがやって来るみたいだぞ?】」
「「「「え?」」」」
「全軍とまれ!対防衛陣形!」
全員が一斉に足を止めて構える。
音を超える凄まじい速度で何かがやってくる。無論、ヒヨコは分かっている。
黒いケルベロスが走ってこの場に現れるのだった。
その姿は三首のモフモフだった。だがその実体は曖昧で影のように揺らいでいた。エセベロス君よりも輪郭がしっかりしている。
エセベロス君のようでエセベロス君でないケルベロスのようでケルベロス君でもない。つまり偽エセベロス君と言う事だな。
直感的にヒヨコは理解する。エセベロス君はこの偽エセベロス君から分けられた分体にして配下なのだろう。
「ピヨピヨ~」
ヒヨコは取り敢えず挨拶をしてみるが、偽エセベロス君は怒り狂っていた。
『我が居城を滅ぼすとは許さんぞ!人間風情が!皆殺しにしてやる!』
「ピヨピヨ【まあまあ、そう怒りなさんな】」
ヒヨコは偽エセベロス君を宥めようと近づく。
「いや、怒らせたのはヒヨコだろう?」
居城を滅ぼしたのは人間ではなくヒヨコですと言わんばかりに残念皇女さんも下っ端君もステちゃんもみんなしてブンブンと手を振る。
まさか、皆の衆、ヒヨコを売る気か?
「ピヨピヨ【ええと、ハロー。アイアム、ピヨちゃん。ナイストゥーミーチュー】」
「何故、古代獣人語!?」
全員が何故かヒヨコにツッコミの言葉を叫ぶ。
ヒヨコはピヨピヨしながら偽エセベロス君を見る。
偽エセベロス君は周りを見渡していた。残念皇女さんを見て小首をかしげ、下っ端君を見てふんと鼻で笑ってから、他の魔導士達を見るが首を傾げる。そしてヒヨコを見る。ピヨピヨ。
『…………え?お前がやったのか?』
「ピヨヨーッ!」
完全にヒヨコじゃないと思われていた。挨拶は無視ですか!?偽エセベロス君はヒヨコをなんか変なのみたいに思っているようだ。酷い話だ。
偽エセベロス君の顔に書いてあるぞ?うっそ~んって。
「ピヨピヨ、ピヨピヨ【ヒヨコは天下無敵のヒヨコちゃん。帝都でダンスを踊りみんなの人気者で、今日は道すがらピヨッと人のいない場所に火を吐いただけなのだ。まあ、挨拶みたいなものだよ。そんなにカリカリしていると眉間のしわが取れなくなっちゃうぞ】」
『舐めやがって!ヒヨコ風情が!俺こそがネビュロス様の眷属ナベリス!てめえら人間どもは皆殺しだ!』
「「「「とんだとばっちりだ!」」」」
全員が顔を引きつらせて呻く。やったのはヒヨコであって人間ではなかった。
「ピヨピヨ【ヒヨコは皆を守るのだ。この命を懸けても、ヒヨコはお前なんかに仲間を奪われたりはしない!】」
「言っている事は格好いいっすけど、恨まれた原因はヒヨコなんすけどね」
下っ端君が突っ込み、皆はうんうんと頷く。
『我が真の姿を見るが良い!』
ナベリス君とやらはそう言うと、普通のケルベロスサイズからズモモモモと闇が膨れ上がる様に大きくなって行き、体長40メートルくらいの巨大ケルベロスサイズになる。
いや、そんな巨大なケルベロスくんはいないので、あくまでも体長40メートルくらいの巨大な首が三個ある犬って感じだ。
『我が力の前にひれ伏し、己の過ちを後悔するが良い!』
ナベリス君は黒い光線を放って来る。
ヒヨコはピヨピヨピヨッと火炎弾吐息により、皆の方へ跳んでくる黒い光線もヒヨコに飛んでくる黒い光線も全て相殺する。
しかし、黒い光線とはこれ如何に?黒いのに光る?だがそうとしか言えない感じの攻撃だった。
「ピヨピヨ【それでは次はヒヨコの番だ。お前をピヨピヨしてやるぞ。食らえ<灼熱吐息>!】」
ヒヨコは大きく息を吸って魔肺に大量の空気を取り込む。魔肺によって高熱によって加熱された空気が一気にヒヨコが吐くことで解放される。
ヒヨコの口から劫火が吹き荒れる。目の前のナベリス君は悲鳴を上げてのたうち回る。
「ピヨヨ~【追い打ちをかけてっと、火魔法LV10<地獄業火>!】」
ヒヨコは両の翼を転がるナベリス君に向けると黒い炎がナベリス君へ飛んでいき、その巨体を包み込む。
『や、やめろ!やめてくれ!ぎゃああああああああああああああああっ!消えない!炎が!やめろ!うあああああああああああああああああああああああ』
ナベリス君は悲鳴を上げて、ナベリス君の黒い闇で構成された体がすべて消えるまで、黒い炎がまとわりつく。やがてナベリス君はいなくなったのだった。
「………なんだろう。俺たちの苦労って」
下っ端君が何故か文句を言う。
「いや、まあ、勇者パーティもそういうところあったから。大体ルーク様が一人で戦うだけだし。誰もが恐れる凶悪な魔物を鼻歌交じりで倒すのだから。むしろ私はデジャブなのだけど」
「ピヨピヨ【ピヨピヨ、悪は滅んだ。しかし魔法を思い出したのも川から落ちてお父さんとお母さんの村に流れ着いたからだし、吐息スキルがここまで育ったのも復讐者の称号が覚醒したからだ。つまり意図せずヒヨコが強くなるための時間を稼いでいたという事だな。ヒヨコは弱者の癖に強者と戦う覚悟をしている者を笑わない】」
ピヨリと格好いいことを言ってみる。
ヒヨコはしっかりと先輩君の夢を見て先輩君らしい格好いい言葉をマスターしたのだ。
「妙に格好いいことを言っているけど、調子に乗って橋げたの上で足を滑らせて意味なく川に流された事の言い訳ですから」
「ピヨヨ~【ステちゃ~ん】」
ヒヨコはステちゃんの鋭すぎるツッコミに涙があふれそうだった。ここは綺麗にまとめる所でしょ?ヒヨコの揚げ足を取る場ではないのだ!
だが、帝国騎士団は諸手を挙げて喜び勝鬨を上げてはいたが………