6章22話 VSカーシモラル(後編)
戦いが始まってから既に2時間が経過した。
既に49人いた戦士たちが30人にまでになっていた。少なくない獣人達の死体が横たわっていた。
そんな中でも変わらず元気な男がいる。
「うおおおおおおおおおおおおおっ」
ガラハドは体長50メートルはあろうかというカーシモラルに対して遠距離から拳を叩き付け続ける。衝撃波による強力な攻撃が何度もカーシモラルの顔面に入るが、カーシモラルは防御をする気配さえなかった。
「あの影は少しでも減っている筈だ。決して死なない化物なんかじゃない。ほとんど効いていないように見えているが僅かだがダメージは与えている!」
ガラハドが叫び、多くの獣人達がそれに続く。グリフォンの群れも時折狙われるが上手く逃げている。
マキシムやロバート、オラシオやウルフィード、マーサらも休まず戦い続けているガラハドに負けじと必死に攻撃を放つ。
「獣王陛下の体力は化物か」
一歩引いてヴィンフリートはマジックポーションを飲んでいた。
「だからこそあの歳で獣王に収まったのでしょう?」
ユーディットは幼いながら獣王になったのには理由があるのだと暗に述べる。
「だけど、俺達は違うぞ。計算なんて関係なくねじ伏せるのが獣王国なら、俺達は弱点を探して計画的に倒す冒険者だ。急所を見つけたら、そのまま神殺魔法で仕留める」
シュテファンは周りを見ながら決意した瞳で口にする。
「分かっているさ。獣王陛下の攻撃を受けても守る気さえ見えない所を見ると頭は何もないのだろうな」
「守りに入る範囲が首から胴体、全般的な為にピンポイントで判明しにくいのが難点だな」
「あと、気付いたが炎系がダメージが大きそうだ」
「分かった。ヴィンはモーガンに炎の付与を頼む。少々、回復の手が回ってないみたいだから回復側に回るぞ」
「ああ」
3人は頷き合いそれぞれの仕事に戻るのだった。
***
戦闘は長く続き、誰もが疲弊していた。集中力が切れかけていたのだ。
「光線が来るぞ!退避!」
遠くでシュテファンの声が響く。
ハッとしてガラハドは即座に射線を見切って回避行動に入る。
「マキシム!光線が来るぞ!?」
「え?あっ」
マキシムは集中力が切れかけていた。判断が一瞬遅れ慌てて下がるが黒い光線が横に一閃する。
「マキシム様!」
熊人族の副長であるバルガスがマキシムの危機を察して、慌てて横に突き飛ばす。
黒い光線はバルガスの下半身を通過し、バルガスは腹から下が消し飛ぶ。
「え?」
マキシムは驚いた顔で部下を見る。
「ま、マキシム様……よか…た」
ホッとした顔でそのままバルガスは体の大半を失いそのまま息絶える。
「くっ、うおおおおおおおおおおおおおっ」
マキシムは忠臣の死に涙を流すが、ガラハドは歯を食いしばり敢えてマキシムを叱る。
「集中力を切らすな!次は嵐が来るぞ、伏せろ!」
「あ、ああっ!」
怒りでどうにかなりそうだが、戦うために必死に相手の攻撃を避け、攻勢に出る機会を待つ。
空からグリフォンの群れが<咆哮砲>で攻撃を仕掛ける。
「うおおおおおおおおおおっ」
マキシムは起き上がり怒りの拳を衝撃波で叩きつける。強烈な一撃がカーシモラルのグリフォンの体を抉り影が大きく削れる。そこにはチラリと赤い結晶のようなものが見える。
カーシモラルは慌てた様子でそれを隠し黒い影で体を復元する。
「まさか、あれは?」
「急所か!?」
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
「行ける!」
マキシムの攻撃により、一瞬だが急所を探し当てたガラハド達は一気に赤い結晶のようなもののあった場所に向けて攻撃を仕掛ける。
ガラハドが、マキシムが攻撃を仕掛け、そこにロバートらが加わる。カーシモラルは翼で防御をしようとするが、一斉攻撃により翼も軽く吹き飛ばされ、守りもできなくなり、一気呵成に責め立てる。
影が抉れていき、赤い結晶のようなものがついに露出する。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ」
前に飛び出してガラハド、ロバート、マキシムの3人が赤い結晶に殴りかかろうとした瞬間
「それは罠だ!下がれ!」
慌てて叫ぶのはシュテファンだった。
3人が近づいた瞬間、赤い結晶のようなものはギラリと光り、大爆発を起こし黒い閃光を辺り一帯に放つ。
カーシモラルの左正面側が何もかも消し飛んでいた。
「……ガラハド陛下は!?」
マキシムは大きく下がって、周りを見る。爆発による砂塵で周りがよく見えていない。
マキシムはガラハドやロバートと比べ速度に難点があり、赤い結晶の露出を確認したのが若干遅れていた為に、下がる事が出来たのだ。だが、ガラハドとロバートは思い切り走ったので回避できたかが不安に感じる。
砂塵が晴れてくると、ガラハドとロバートの前にオラシオが立ち塞がっていた。
「誘いに乗るとはまだまだ青いなぁ」
オラシオが二人を爆発から体を張って守ったのだった。
「叔父貴!」
ロバートは顔色を悪くさせる。オラシオの後ろ姿だけしか見えないが、その後ろ姿は既に人の形をとどめていなかった。左肩から抉られるように人の体が存在しない。肋骨や内臓さえもが露出するほどボロボロになっていた。
「オラシオ殿!」
オラシオはちらりと振り向いて獣王と自分の後継者たる甥を見る。
そのオラシオの顔を、体を見て二人は絶句する。
顔が耳を失い頬骨が抉られて見える。
「……ガラハド陛下。アルトリウス様を目指す以上、仕方はないが、一歩引くことを覚えた方が良い。ロバート、一緒に熱くなってはダメだぞ。止めるべき時は止めねばならん。我らはそういう立場にある。俺は……それが出来ずにアルトリウス様を失ってしまったからな」
自嘲するように笑いながら、オラシオは前に倒れかける。体中がボロボロであった。
「回復魔法を!」
『させぬわ!』
走って近づこうとするユーディットとシュテファンだが、黒い光線を放ち、二人を駆けよらせようとしない。
「どちらにせよ……間に合うまい。見ていろ。我が最後の一太刀を!見よ、獣王国最強の腕力を!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
ふら付いた体ながらオラシオは前に踏み込み右手で持った斧で持って命を全てかけて全力全開で斬撃を放つ。
大打撃がカーシモラルへと叩きつけられる。
カーシモラルは両前脚と翼で持って防御をするが大きく切り裂かれ、その威力は大地をも穿ち、大地が叩き割れ地割れのようになる。
「さすがに…アルトリウス様には敵わぬか……」
オラシオは、かつて勇者と共に戦闘によって谷を作った逸話を持つ獣王には敵わなかった思いを馳せ、それでも嬉しそうにしながらそのまま地面に倒れる。
「叔父貴!……くっ……」
ロバートは自身の情けなさに涙を流す。ガラハドも悔しそうに歯噛みしてオラシオを一瞥して、直にカーシモラルを睨む。
「グリフォン部隊!頭を狙ってくれ!オラシオ殿!でかした!あんたの死は無駄にしない!見つけたぞ!カーシモラル!」
シュテファンは頭を狙うようにグレンに言いつつ、即座に魔法の杖を取り出し魔法の態勢に入る。
魔法の杖とカーシモラルに向けつつ、魔法陣を展開する。そして狙った場所に補助魔法LV10<重力臨界>を仕掛ける。
『?……ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!ま、まさか、貴様……』
カーシモラルは首の下辺りを抑え苦しそうにする。首元を吸収するように抉れていく。
黒い影がどんどん吸い込まれていき、カーシモラルは苦しそうにしながら必死に逃れようとしていた。
「わざと防御している振りをしているケース、していないケース、威力の強いものへの対応から見ればどこが弱みかは推測可能だ!神であっても肉があるのだからな!」
『くっ…この程度で負けてたまるか!』
「食らえ!<重力臨界>!」
カーシモラルの喉元を捉えると一気に莫大な量の影を捉えて一気に収縮していく。そしてカーシモラルのグリフォンの体が分解されていく。まるで砂で出来た肉体の世にボロボロと壊れて行く。
影を全て削り取り、カーシモラルを捉えた球体が小さくなると大爆発を起こす。
轟音と共にカーシモラルの体が大爆発を起こす。
「対神魔法決まったか?」
「まだ注意しろ!手ごたえはあったが、あの手の連中は油断ならない。師匠が殺された理由を忘れたか」
「忘れる訳ないだろう?」
モーガン、シュテファン、ヴィンフリートは状況を見守り、油断なくカーシモラルを警戒していた。
カーシモラルの巨大なグリフォンだった体は黒い影となって崩れ落ちて行く。邪眼王の時、倒したと思ったが一部が抜け出して逃れられたことがあったため、どうしても慎重になる。
「全員、距離を取れ!まだ終わってない!」
いち早く察したのは銀の剣の面々ではなく、ガラハドだった。
黒い影が渦巻き大量の触手のようなものが戦士たちを襲う。全員がその攻撃を避けながらどうにか凌ぐ。
『おのれ…………おのれおのれおのれおのれ!』
カーシモラルは明らかに怒りながらも体を復元させていく。グリフォンの体だが、普通のグリフォンと同じくらいの大きさにしかなっていない。魔法がかなり聞いていたのは確かだ。
「ここまでくれば削り切れるはずだ!攻めろ!」
魔力を失い、膝をつくシュテファンだがしっかりと敵が厳しい状態なのを指摘する。
「うおおおおおおおおっ!」
「はあああああああっ!」
ガラハドが、マーサが、マキシムが、ロバートが、ウルフィードが攻撃を仕掛けようと衝撃波の篭った拳や蹴りを放って来る。カーシモラルは空を飛んでその攻撃を割けようとする。少しでも削られるを嫌がりだしたのだ。
それに全員が追い詰めているのだと認識する。
「<炸裂>!」
ヴィンフリートが炎系魔法LV4を唱え、大きい音を立てて爆炎をカーシモラルに炸裂させる。
さらに上空からグリフォンの群れが次々と<咆哮砲>を放って来る。
カーシモラルはこの状況になって初めて厄介さを感じる。
腹立ちで言えば今すぐにでもシュテファンを殺しておきたいが、もう魔力が少なくなっており、脅威ではない。
今、直に倒さねばならないのは攻撃魔法を使う男でも獣人達でもない。
グリフォンの群れだ。上空に逃れれば彼らの攻撃を受けずに回復可能だ。
だがそれが出来なくなっている。カーシモラルは防御を固めつつも周りを見る。誰がグリフォンを使役しているのかと。
奥で指示を出している老人がいるが、その老人とグリフォンの間にはつながりが感じられない。
カーシモラルはそこで気付くのだった。この場にグリフォンの群れを従魔にしている本人がいないのだと。
何よりもカーシモラルはグリフォンの化身でもある。グリフォン達が忠誠を誓う主を殺せばそのまま自分の配下にする事も可能だと確信があった。
カーシモラルは黒い光線を放ち、全員がその攻撃を避ける。だが、その瞬間、カーシモラルは包囲網を抜け出して一気に北へと走り出す。
「逃げた!?」
まさかの逃亡に多くの戦士達がきょとんとしていた。
シュテファンはカーシモラルの様子、視線、雰囲気を見て即座に理解する。
そして叫ぶ。
「違う!グリフォンだ!奴はグリフォンから逃げられないと感じて使役者自身を狙ってる!早く追え!」
「!」
マーサが血相を変えて走ってカーシモラルを追う。
場所はグリフォンが包囲したまま攻撃を続けているのでどこにいるのかは一目瞭然だった。
ウルフィードは怪我をしているが、それを次いで追いかけ、ガラハドがそれに続く。
慌てて全員が追いかける。
シュテファンはぐったりしていて、追いかける余裕もなかったがミーシャ達がいるカッチェスター南部にある陣幕の方へ念話を飛ばす。
グレンもシャドウウルフに乗って慌てて追いかける。自分の才能を一身に次いだ可愛い孫娘を殺されるわけにはいかない。
これだけ追い詰められて最後の最後で最も危険だと感じさせたのがグリフォンの使役者だという辺り、カーシモラルは非常に頭が良かった。カーシモラル自身がグリフォンの化身だからでもあるが、事実、追跡されてしまうと逃げられないだろう事は明白だった。
今は戦闘力そのものが減衰してしまっているからだ。
***
「悪神の眷属がこちらに向かってきている!」
「ミーシャを守れ!」
ほとんど戦線離脱していたメンバーばかりで直に動けそうな状況にはなかった。
カーシモラルを追いかけていたグリフォンの群れは更に空を走ってカーシモラルの前へと回り込む。
「グルルルルルゥゥウウウオオオオオオオオオオオッ!」
「グルゥオオオオオオオオオッ!」
グリフォンが陣幕に近づけさせないように<咆哮砲>を放ち、壁になるべくカーシモラルの前に立ち塞がる。
その瞬間、カーシモラルは黒い光線を放ち、前に回り込もうとするグリフォンを一瞬で殲滅する。
カーシモラルは地面に落ちるグリフォンを踏みつけて前へと進み、遂には陣幕へと突入する。
だが、その瞬間シャドウウルフにのってグレンが一足早く戻っていた。
「ミーシャ、そのシャドウウルフに乗って逃げるんだ!」
グレンは自分の乗ってきたシャドウウルフをミーシャの方へ向かわせて構える。
「で、でも……」
ミーシャは困惑していた。自分の従魔たちは自分の意志には背かないが、離れるとあまり言う事を聞いてくれないからだ。怖くても敵から逃げるのは得策ではない。だが、そういう訳にもいかない。
躊躇をしていると、カーシモラルは陣幕の中へと飛び込んでくる。守りに入っていた兵士たちは一撃で大きく吹き飛ばされてしまう。
だが獣人の兵士たちは決死の覚悟でミーシャを守る為に前に出る。
ミーシャの従魔士としての能力は国にとって失われてはならない重要なものだというのは誰もが理解していた。かつて獣王国屈指の実力者でありながら、エミリオが戦う機会を与えられず周りに全力で守られていたように。
『邪魔をするな!』
「クルウウウウウウウッ!」
インフェルノバードが飛んで来てカーシモラルに<火炎吐息>を放つ。
カーシモラルは<火炎吐息>を受けながらも、黒い光線を放ちインフェルノバードを一撃の下に倒す。
そしてカーシモラルは黒い光線をミーシャへと放つ。グレンは走ってミーシャを庇うようにして黒い光線からミーシャを守る。
「ぐあああああああああっ」
「お、お祖父ちゃん!?」
ミーシャは目の前で曽祖父が倒れた事で混乱する。グレンは両足を失い大量の血を流して倒れていた。
「お祖父ちゃん、やだ、やだよっ!」
グレンに縋りつくミーシャだが、グレンは死に掛けながらも自分の従魔に指示を出す。
「シャドウウルフよ!カッチェスターまでミーシャを連れて逃げよ!」
「ワオーン!」
シャドウウルフが物凄い速度で走ってミーシャを咥えて逃げようとするが、カーシモラルの黒い光線が放たれ、シャドウウルフは逃げようとして直に転がり地面に倒れる。
『逃がすかよ。まさかそのような子供がこれほどの魔物を従魔にしていたとはな。さあ、さっさと死ね!』
カーシモラルはミーシャを見下ろし近づく。ギョロリとした瞳でミーシャを見据え、今にも食らおうかと動き出し瞳が怪しく黒く光る。。
「誰がさせるか!そいつは戦友の忘れ形見だ!」
ウルフィードが蹴りの真空刃を飛ばしてカーシモラルを蹴りつける。
さらにマーサが駆け込んでミーシャの前に着地する。
「娘まで奪わせるか!」
マーサはミーシャを背にしてカーシモラルに拳の衝撃波を次々と叩き込む。
『クオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
カーシモラルは叫ぶと同時に激しい竜巻を起こして陣幕も何もかも巻き上げる。
マーサもウルフィードもそれに対して必死に堪えようとするが竜巻によって巻き上げられてしまう。
鳥系魔物達は距離を取ってカーシモラルの攻撃を避けるが、それが仇となった。
マーサとウルフィードが地面に叩き落されてそのまま昏倒する。
『これで終わりだ!』
「ぐるぅううううううううううううっ!」
ミーシャに近づこうとするカーシモラルに対して、ミーシャのを守ろうとグリフォン達が体を張って前に出てミーシャを守るように立つ。
シロもミーシャの懐から飛び出して先頭に立ってカーシモラルを威嚇する。
「皆、ダメ!」
ミーシャはグリフォン達が自分の為に命を張ろうとしているのに気付き慌てて叫ぶ。
『バカめ!』
カーシモラルの瞳が黒く蠢き、黒い光線が走ろうとする。
刹那、空から跳躍から落ちて来る一人の影、ガラハドだった。
「オラアアアアアアッ!」
衝撃波を含んだ拳でカーシモラルを直接ぶん殴る。
『ちいっ!人間風情が…』
カーシモラルは防御をすると、ガラハドはミーシャの前に立ち腰を屈め、一気にカーシモラルへと飛び込む。
「ううおおおおおおおおおおおおおおおっ」
拳の乱打によりカーシモラルを殴って殴って殴り続ける。拳による衝撃波の壁のようになり一気にカーシモラルを押す。
既に体が50メートルほどの大きさから6~7メートルほどと小さく、ガラハドはこの位なら死ぬまで殴り続ければ全て削れる、削ってやろうという正気を疑うような本気でカーシモラルを殴り続ける。
カーシモラルは黒い光線を放つが拳の衝撃波が相殺する。
カーシモラルはガラハドをいかれている子供だと思う反面で、疲れた所を反撃すれば良いと防御に回る。一瞬の隙で殺し、その後にうしろの娘も殺すと殺意をひそめる。
だが、ガラハドは決して拳を止めない。次々と拳を叩き込んで影を壊す。見るからに大きさが削れていくのが分かる。
『クッ』
カーシモラルはさすがにここまでくると自分の事がよく分かる。このままでは存在が失われてしまうと。
「見つけた!」
『!?』
殴っている中で黒い影の中に潜む何か異なる感触を得る。ガラハドは直感でそれが核だと理解する。カーシモラルはまずいと感じて慌ててガードを強化する。
だが嵐のような拳の乱撃は止まない。そして竜の牙の爪を装備しているガラハドの右拳でその核を叩き付ける。
既に9割以上が抉れていて死にかけだった欠片がついにひび割れていく。
カーシモラルは自分の失態に気付く。やがて疲れて手を休ませる?
そんな生ぬるい相手ではなかった。しかもその拳は自分の存在を確実に削っているのが分かる。
『ガハッ……ば、バカな!我が核が崩壊していく!人間如きの拳で何故………?……そ、その爪は………か、神殺しの牙!?まさか、そんな!いやだ、そんなバカな!我が存在が消えて行く。う、うあああああああああああああああああああああっ!』
カーシモラルは存在そのものを保てなくなり闇が崩れて行く。
カーシモラルの体がグリフォンの姿もとどめられなくなり、ボロボロと消えて行く。
やがて、巨大な力の塊が消えて、この場の強大な魔力による圧迫感が一気に消えて行く。
生き残った兵士たちはきょとんとしつつも、敵を倒したのだと理解し声を上げて喜ぶ。
「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」
勝鬨があがり戦場での緊張感から解放されたとばかりに戦士たちは喜ぶ。
だが、ガラハドは即座に周りに指示を出す。
「けが人の治療を!初戦を勝利したがこれが終わりじゃないぞ!」
「はっ!」
遅れてユーディットやヴィンフリート、モーガンを含む最前線で戦っていたメンバーも戻ってくる。
「シュテファン殿は?」
「先にアルブム王国首都レオニスの方へと向かって斥候に出ている。シュテファンからの伝言だ。カーシモラルの魔力、全てレオニスの方へと戻って行ったそうだ。恐らく悪神の力になっているのだろう。全ての力を取り戻しつつある可能性が高い、と」
ヴィンフリートの言葉にガラハドは呆気にとられる。
「悪神にとっては自身の眷属さえも駒の一つと言う事か」
ユーディットは致命傷ながらも辛うじて生きているグレンの治療に入る。ユーディットは欠損復元魔法を持っている為だ。他のマーレから派遣されている神官たちも精力的に動いていた。
ミーシャの要望により魔獣たちの回復も忘れない。マーレの神官たちも移動や護衛として魔獣たちに助けられているのでミーシャの要望が無くても積極的に魔獣を助けていた。
「俺達も出よう。マーサ殿、ウルフィード殿、戦場の指揮を任せて構わないか?残敵掃討を願いたい。俺は精鋭でまだ戦える者達を率いて悪神の方へと向かう」
ウルフィードも治癒魔法で回復を受けておりボロボロな為、戦いにはいけそうになかった。それを察しての言葉だと判断して頷く。
「ロバート、マキシム、行けるな?」
「ああ」
「これ以上仲間を失わせるわけにはいかねえ。補給部隊は直に追い付いて来い。移動しながら回復に努めるぞ」
ガラハドは即座に仲間を統率して次なる戦場へと向かう。
残されたウルフィードとマーサは一行を見送る。
「全く、若い連中は無茶だな」
ウルフィードは感心したようにぼやく。
「そうね。でも、もう頼もしくなってきてる。オラシオ殿が命を懸けて守ったのだから当然かしら」
マーサは苦笑気味にぼやく。既にこの戦争を契機に獣王戦なんて行なわなくてもガラハドは悪神の眷属を倒して功績を上げている。それだけに留まらずロバートやマキシムを率いて次の戦場へと向かう。
ミーシャはマーレの神官たちについて自分の従魔の治療の手伝いをしていた。
「なー」
シロは慰めるようにミーシャの肩に乗って頬を舐める。
「うん、まだ何も終わってないもんね。元気出さないと」
たくさんの従魔が亡くなり、ミーシャは悲しかったが、悲しさを嚙み殺して仕事をこなす。他に残っている従魔を使って人を移動するよう指示を出したりしていた。グレンが治療中の為、自分が代わりに頑張らないといけないと理解していた。
残敵掃討の助けをしつつ、自分はマーレの神官につきっきりで手伝いをする。
グレンの治療がある程度終わったら、ユーディットはマーレの神官に後を預けてマジックポーションを飲んでから、モーガンとヴィンフリートと合流してから、アルブム王国の首都レオニスに向かったシュテファンを追いかける。
「あれ以上の化物を相手に勝てると思う?」
ユーディットは不安そうにヴィンフリートに訊ねる。
「厳しいな。兄上の方でもう一体の悪神の眷属がいるというらしいし、そっちで片付けて貰いたいところだが………本命をどうするかだな」
ヴィンフリートは不安を口にする。
「シュテファンが動いているという事はMPの問題は無いのだろう?」
「移動で少なくとも10日以上はかかるからな。敵もいないし、そこら辺で回復に努めるのだろう」
「あるいは長期戦を見越しているのかもしれないな」
モーガンは少し考えるそぶりを見せる。
「まあ、取り敢えず急ごう」
ヴィンフリートの言葉に全員が頷く。