6章21話 VSカーシモラル(前編)
50人の戦士たちが険しい丘陵になっている森の道を颯爽と移動していく。
「銀の剣の皆さまは人間にしておくにはもったいないほどの運動能力ですな」
魔物に跨りながら移動するグレンだが、人間のペースについていく事になると思っていた。だが、獣人達のスピードについてくる銀の剣の面々に目を丸くしていた。
「一応、帝国最強の冒険者の称号持ちですからね」
ユーディットは苦笑気味に答える。人間でも強い人間はこの程度で困ったりはしない、とは思うがユーディットは神官でこの速度に着いて行ける人がいるかと言われると、思い当たる人物は少ない。
ギュンターのような高レベル神聖魔法を身に着けている騎士などなら或いはと思うが。
「それにシュテファン殿はウルフィード殿と先に斥候に向かわれているし。ウルフィード殿についていける足に自信のある人材など獣王国にだっていませんよ?」
ガラハドは森の奥に素早く進んで見えなくなったウルフィードとシュテファンのいる方角を指差す。
「ありゃ、10年前、人類未踏のダンジョンをたった二人で何年も潜って来たからな。本気なら俺たちでも着いて行けないですよ」
モーガンは首を横に振ってぼやく。
「魔法に秀でて足にも自信があるとは…優れた者もいるものですね」
マーサは感心したような顔でぼやく。
「師匠が無茶ばかりして、それに応えるべく頑張ってたからな、アイツは」
「そうね」
ヴィンフリートとユーディットの二人はは苦笑して互いに見合う。
「いや、そもそも化物じみた戦闘力があるのに、獣王国史上最高の従魔士だった夫を持つマーサが言う事じゃない。エミリオはアルトリウス様でなければどの時代に生まれても獣王だっただろうよ」
オラシオは呆れるようにぼやく。
モーガンはかつての仲間を思い出す。
かつての仲間は、自分勝手で、ただ一人どんどん先を切り裂いて進んでいく。獣王以外で初めて憧れた男だった。
その背を見て育った男たちが追いかけ、その追いかけた男達の背を見て次の世代が育っていく。
やがて、シュテファンやガラハドの背を見て育ち、追いかけて行く子供もいるのだろう。
「未来を途絶えさせるわけにはいかないな」
モーガンは静かに闘志を燃やす。
***
一行が進んだ先にウルフィードとシュテファンが山道の途中で待っていた
「どうした?」
「ここから1キロ先程に敵軍が見える。
その数は2000ほどとかなり減っている。
幹部たちは腰を屈めて陰に隠れてその様子を見る。
最も遠方にいる騎士団長を見た瞬間、獣人達全員が一気に鳥肌を立たせて瞠目する
「な、……あ、あれは人間か?」
野生の勘を持っていなくても、直感で危険性を感じるのだった。
どう見ても鎧甲冑を着こんでいるただの人間に見えるが、並々ならぬ魔力が内在しており、魔力の分からない獣人でさえ一瞥してその存在感の違いが分かるレベルだった。
「帝国に来た奴と同じ類に見えるが、内在しているエネルギー量が比じゃない。邪眼王と同じくらいか、或いはそれ以上かもしれないな」
「……一つのダンジョンに匹敵するってか?」
「さすがに俺の魔力感知じゃ分からないよ。だが、このメンツで挑んで勝てなければ誰も勝てないだろうさ」
「同感だ」
ニッと笑う一同。
「ミーシャの従魔達が後方支援に入る。思い切りやるが良い」
グレンの言葉に全員が頷く。
「行くぞ!」
ガラハドが声をかけると一気に飛び出し、それにシュテファンや獣王国の面々がついていく。
騎士団長の形をした悪神の眷属は、進軍を開始するガラハド達の方角を指差す。
「白虎騎士団よ、前に出て敵を殲滅せよ!王国の為に死ぬまで戦うのだ!」
「「「「「はっ」」」」」
顔色を変えず、死兵となったアルブム王国兵は槍を持って獣王国の方へと攻め立てる。
モーガンが戦斧を握り大きく振り、衝撃波を兵士の群れに叩き込む。
大きい衝撃が走り兵士たちが鎧ごと拉げて空を舞う。
「おおおおおおおっ!」
オラシオが咆哮砲を使って前線をぶっ飛ばす。それでもボロボロになりながら立ち上がって迫る兵士達。
二人の重戦士が最前線で大暴れし、それに戦士たちが続く。
相手はまだ2000以上いるが剣や斧による衝撃波によって大きく戦線広げさせない。ここを抜かれる訳にもいかないからだ。さらに上空からグリフォン達が現れて咆哮砲を放ち敵兵を次々と薙ぎ払っていく。
だが、生きている限り死ぬまで襲ってくるので倒したと思った兵士が近くの獣人に掴み足を止めさせて炸裂魔法で殺しにかかってくる。
「足元に気を付けろ!」
ウルフィードは耳を研ぎ澄ませ倒れている敵もきっちり息の根を止めて前へと進む。獣人は負けた相手を蹴り飛ばすのはしないスタンスだが、今回はそうもいかないので、きっちり殺して進む。
炸裂魔法を食らって倒れた味方も息があると判断すれば、シュテファンやユーディットが駆けつけて回復魔法をかける。二人は完全に回復役に徹していた。
シュテファンが大魔法を使わない方向で話を進めていたのはそこにある。使おうと思えば使えるが保険として残しておきたい所だ。回復魔法は必須でもあった。シュテファンの様々な能力を持っている所は、長らく二人でダンジョン攻略をしていた経験則にある。
ダンジョンにおいてフェルナンドの要望に応えるべく何でも出来るよう学んできて、普通なら無理だがそれが全て身についていく才能があった事だ。
その為、様々な手が思いつく半面で、受け手に回る弱みがある。これという一つの武器でどうにかするタイプではないのが逆にあだとなっている部分がある。
ウルフィードはふと口にする。
「じゃあ、行くかな」
「ああ」
その言葉にシュテファンは回復役から攻撃役へ変わると理解して頷く。
シュテファンが頷くと、ウルフィードもニヤリと笑って腰を低くして構える。道が荒く混戦が続くが、その混戦模様も薄くなってきている。
2人の速度ならば一瞬で戦場を駆け抜ける事が可能だ。
シュテファンとウルフィードが戦場を駆ける。その速度は疾風をも超える。一瞬で戦線を抜いて奥に立っている騎士団長の首に切りかかる。
「死にやがれ!」
「おおおおおおおっ!」
左からウルフィードが飛び込み、LV8に達する拳闘術に加え鋭い爪による強烈な突きが騎士団長の首を切り裂く。同時に右からシュテファンは飛び込み、ウルフィードに合わせて1テンポ遅らせ、二刀流の短剣術による2連撃が騎士団長の右足と右腕を切り裂き、そのまますれ違う。
首がボトリと落ちる。
余りにもあっさりと殺してしまった。ウルフィードは驚いた表情をしていた。
「警戒を解くな!殺されたようにして油断を狙ってくるぞ、この手の連中は簡単に死なない!」
「!?」
シュテファンが叫ぶと同時に黒い影の爪がウルフィードとシュテファンを襲う。シュテファンは大きく後方に飛んで攻撃をかわすがウルフィードは下がるのが一瞬遅れて左腕が削られて失っていた。
「くっ…」
「神ってのは俺達の常識が効かない連中だ。簡単に死なないと思った方が良い」
「そうだな。くそっ、……圧倒的な存在感がある割にチョロ過ぎると思ったぜ」
「ユーディットの所まで引いてくれ。俺が抑える。戦線を横断する位まだできるだろう?」
「そう、させて貰う」
ウルフィードは慌てて引くと、首が落ちている騎士団長は首の根元から声が漏れる。
『く、くくくくく。神を相手に戦った経験でもあるのかな?』
「昔、邪眼王を殺した事があってね。まあ、勇者様のおまけとしてだが」
『ほほう。邪眼王?なるほど、あの悪名高き盗神アドモスの配下七英雄と戦った事があるというのか。クハハハハハハッ!英雄の一角という訳か。我が敵に不足なし!』
首のない騎士団長から巨大な闇が広がっていく。その形は巨大なグリフォンのような姿を形どる。
『良いだろう。もう我らもお遊びは終わりだ。我が名はネビュロス様が配下の1人、カーシモラル!我が真の姿を見るが良い!』
グリフォンの形はさらに大きくなっていく。
さらに王国騎士団の面々を影が捕えて吸収していく。最初から餌にするつもりだったことが目に見えていたが、酷いものだった。
さらに巨体が大きくなって行き、その大きさは体長50メートルを悠に超える巨大なグリフォンとなる。
「マジかよ」
「まあ、想定範囲内だな」
「やるぞ!」
グレンが口笛を吹くと空を飛ぶ魔物が50体ほど現れてそれぞれの戦士たちを乗せて羽搏く。
自分の従魔も含めてミーシャから借りてきている従魔でもある。さすがにこの地にミーシャを呼ぶことは出来なかった。
「俺の魔法に最も相性の悪い相手だな」
ガルーダに乗って移動するシュテファンはグリフォンに乗っているモーガンが苦笑しながらうなずく。
「確かに。基本物理系魔法だしな。対神魔法は小規模だしな」
「小さくなるまで待つか、大きさを削いで他に任すか……」
シュテファンはチラリと遠くでグリフォンに乗ってカーシモラルの周りを移動するガラハドを見る。ガラハドの拳にはグラキエスの牙を加工した爪が取り付いている。
かつて、フェルナンドの使っていた神殺しの爪と同等のものだ。それどころか成竜と言えどグラキエスの方が格が高いとも思われる。実際、加工に酷く大変だったらしい。
「獣王国の勇者様がどうにかしてくれるかな」
「他人任せはらしくねえな」
「いくつもの策を練っておく必要があるし、その一つだろう?
「そりゃそうだ………っと!」
モーガンは斧を振り衝撃波をカーシモラルに叩き込む。
精鋭の戦士たちはいずれもレベル5を超える戦闘スキル持ちであるため、50人の戦士たちが次々と衝撃波を放ち遠距離攻撃を仕掛ける。
魔剣や魔力付与されたグローブ、魔力付与された脛当てなどを装備し、攻撃力はかなり増されていた。
だが、それさえもカーシモラルには大きく効いている様子は見えない。巨大なグリフォンの姿は全く削られているようには見えなかった。叩くたびに黒い影が揺らめいてはいるが。
そしてカーシモラルの目が黒く輝くと、黒い闇の光線が瞳から放たれる。一撃で獣人の青年と彼の乗っていたグリフォンが絶命して高い空から地面へと落下していく。
さらにその黒い闇の光線はそこから、魔物に乗って空を飛ぶ獣人兵たちを追い始める。
慌てて散開して黒い闇の光線から逃れようとするが、一人の戦士が捕まる。一閃しただけで男は真っ二つに切り裂かれて地面に落ちて行く。
それどころか、黒い光線が地面に触れると地面が抉れてしまう。まるでそこにあったものを消すかのような攻撃だった。
シュテファンをもってして属性も分からない。
(だが、推測は出来る。この魔物、影をベースにしている。存在を分解するような攻撃だが、そこまで簡単には使えていない。一般的な魔法属性ではないのだろう。魔法の防具でガードできている。弱いのは魔法だ)
シュテファンはそれだけである程度の事を理解する。
「やばいな」
ヴィンフリートはガルーダに乗りながらシュテファンと並走するように空を飛ぶ。
「……長期戦になる。ヴィン。土魔法LV5<砂嵐>でどの程度削れるか見れるか?」
「なるほど、威力は少ないが規模が大きい魔法か。この手の敵には大きく利きそうだな。……やってみよう!」
ヴィンフリートはカーシモラルの攻撃が届かない遠くに降りる。
土魔法を使うには大地に脚をつけていた方が発動効率がいいからだ。
「いくぞ。砂嵐!」
両手をカーシモラルへと向けて魔法を唱える。
すると大地から砂が巻き上がり、カーシモラルの巨体を包み込む。
激しい砂のつぶてが巨体を叩く。
『ちいっ!鬱陶しい!』
カーシモラルは周りに包み込む砂を追い払おうと腕を振るってかき消そうとする。
だが、そう簡単に魔法はとかれない。前脚を振りながら払おうとするが払えていない事にカーシモラルは苛立ちを持つ。
『邪魔をするな!』
カーシモラルは黒い光線をヴィンフリートに放つ。
ヴィンフリートは慌てて避けようとするが、魔法制御中だった事に加え余りにも範囲が広い攻撃だった為、走って避ける事が叶わない。
するとガルーダにのって、ヴィンフリートの手を掴んでそのまま回収するのはシュテファンだった。
「た、助かったぜ」
ヴィンフリートはホッとため息を吐く。自分のいた場所が大きく削られているのを見て溜息をつくのだった。
「この地で魔法使いは希少なんだ。長期戦になる以上、お前を失うのはほぼ戦いに負けた事と同義だからな。気をつけろ」
「お前が言うかい?」
「俺がそう簡単に死ぬか。敵が攻めに転じるぞ!」
『クォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
カーシモラルが叫ぶとともに巨大な竜巻が周りに発生し、一気に周りの者達を飲み込んでいく。
暴風の嵐が世界を飲み込む。
シュテファンは慌てて周りに次の行動の指示を念話で出して脱出を図る。だが、間に合ったかどうかは分からなかった。
カーシモラルが放った暴風が止むと、森の木々がへし折り薙ぎ払われていた。竜巻が通り過ぎた後の方に酷い状況だった。
従魔達は吹き飛ばされ、乗っていた戦士たちは見当たらない。
グリフォン以外の従魔は全て風に吹き飛ばされていた。グリフォンに乗っていた者達は助かっていた。従魔の一部はなんとか態勢を直して遠方に逃げられたものもいた。
だが、その背に乗っている者は皆無だった。
『何人生きている!?生きている奴は返事を!?』
シュテファンが念話で周りに訊ねる。
ざわつくように返事が帰って来る。
シュテファンは咄嗟に従魔から降りて従魔を避難させつつ、地面に伏せていた。ヴィンフリートも隣で身を伏せていた。
シュテファンは知識系スキルを総動員してその返事を聞き取る。総勢35名、既にこの段階で49名中14名が離脱。回復可能なら良いがとシュテファンは歯噛みする。
シュテファンはあの嵐系の攻撃が入る瞬間、足元に伏せるのが一番良いと判断し即座に従魔を降ろすか飛び降りて伏せるかを提案したが、間に合わなかった者が多数いたようだ。
「次来るぞ!溜めを作らせるな!」
「おおおおおおおっ」
シュテファンが叫び、モーガンが戦斧を振ってカーシモラルに攻撃を仕掛ける。
ヴィンフリートも即座に炎の魔剣を作り、炎による遠距離攻撃を仕掛ける。
それにより溜めに入ろうとしていたカーシモラルは翼で体を守る様に防御に入る。シュテファンも二刀流の短剣で左右から衝撃波を伴う斬撃を放ってカーシモラルを守勢に回す様に奮闘する。
それに気づいて獣王国も一瞬遅れながらも攻撃に入る。
「ヴィン、この悪神の眷属、恐らく体内に弱点を持っている。全てが影ならば防御なんてしない筈だ。確かに今、翼で守りを固めた」
「それがブラフと言う落ちは無いだろうな?」
「注意深く見てくれ。この手の探りは俺達が一番経験値が高い」
シュテファンはカーシモラルへ攻撃を続けながらモーガンの近くに行って同じことを伝える。
長らくダンジョンでダンジョンボスを倒し、様々なタイプの敵と戦い続けていた彼らは非常に洞察力に優れている。一定の魔物やアルブムやベルグスランドとしか戦ってこなかった獣王国にはないものだ。
カーシモラルの瞳が怪しく光る。
「黒い光線がくるぞ!アレの視線の先にいる者は退避行動をとれ!」
シュテファンは敵の攻撃を読み、即座に周りに声をかける。
「ああああっ!」
「ぐああっ!」
そのレーザーはシュテファンのいる付近を一瞬で通過する。
何とかシュテファンはそれを避けたが、射線にいた獣人の3人が即死し、2人が避け切れず右足を失って倒れた者、左腕を失ってしまった者が出る。
ウルフィードが戦線に復帰し、倒れている仲間を担いで後衛の方へと走る。
グレンが従魔のシャドウウルフの背に倒れている者達を担がせる。
「恐らく長期戦になる。怪我を治したら戻ってきて欲しい。」
「わ、分かってます」
「頼むぞ」
グレンは最後にシャドウウルフ達に声をかけて陣幕の方へと送らせる。
既にユーディット一人では回復が間に合わない状況になっていた。だからと言って、一撃致死の化物を相手に大立ち回りが出来るようなマーレ共和国から来ている神官はいない。
元々、彼の国は獣王国に守られる側の者達だ。故に戦場に連れてはいけなかった。
すると北の方から大量のグリフォンが空からやってくる。
「グルルルルゥーッ!」
一体のグリフォンの一声により咆哮砲が次々と吹き荒れる。
カーシモラルは翼で攻撃から身を守りつつ、黒い光線を空へと放つがグリフォン達は即座にかわす。
『くっ、これほどの群れをも使役するのか!?面倒な人間どもめ!』
カーシモラルは溜めてから一気に翼をひろげて再び竜巻を巻き起こす。
50匹以上もの大量のグリフォンの集団を吹き飛ばそうとするが、グリフォン達は距離を取り翼風壁を張り防御する。
グリフォンはドラゴン族でも成竜とも互角に戦えるこの世界最高レベルの魔獣である。いくら神と言えども簡単に倒せるような存在ではない。
それはグリフォンの化身でもあるカーシモラル自身がよく知っている。
「グリフォン達の加勢で攻撃に手が回らなくなってる!こっちも攻めるぞ!」
「おおおおおおおおおっ!」
圧倒的な攻撃力を誇るカーシモラルに対し、決死の覚悟で挑む獣王国の戦士達であった。
シュテファンは敵の急所を探すべく様々な攻撃を放ち、相手の様子を観察していた。急所の場所が分かれば、そこに補助魔法LV10『重力臨界』の魔法で一撃だからだ。
もっと魔法力があれば補助魔法LV10『隕石誘因』によって大打撃を与えて急所を明確化したいところだが、それをすると戦線離脱は確定だからやれない理由があった。何より、それで急所が明確化しなければ終わりである。
慎重に事を運んでいた。
獣王国は戦士であるが、シュテファン達はダンジョン探索の冒険者である。
彼らは未知の魔物を相手に弱点を探り急所を穿つ戦いの専門家なのである。