6章18話 ヒヨコの天罰
ヒヨコは異常事態を察して慌ててピヨピヨと戻る。村を包まれていた透明の膜はなくなっていた。
だが、ヒヨコが向かった先の村はとても静かだった。
いつもは生活感あふれる人の声が聞こえていた。にぎやかではないが、畑には人がいて畑を耕していたり、人が集まって井戸端会議をしていたり、井戸のポンプで水を汲んでいたり、生活の音が聞こえていたのだ。
それが全く聞こえない。恐ろしいほど静かだった。
村を囲んでいたっぽい兵隊さんがいたようだが、ヒヨコは気配を消して彼らの目を逃れて、村の中へと向かう。
村の中に入ると、道端で倒れている人が散見される。
畑仕事をしている途中で死んだような人もいればたくさんの人が集まって倒れている姿も見られる。まるで何か別の事をしている途中で命だけが奪われたかのような状況だった。
そこでヒヨコは気付くのだった。
お父さんとお母さんは?
ヒヨコは慌てて家に戻る。
だが家の中にお父さんとお母さんはいなかった。ヒヨコの体が大きい為に部屋の移動が出来ない場所もあるので、人化の法を使って小さくなってまでして、くまなく探してみる。
でも、どこにもいなかった。まさかどこかで倒れたのか?
「ピヨピヨ(お父さん、お母さん)」
ヒヨコは周りを見るが洗濯物が干されているだけだったが、まだ洗濯籠には洗濯物が残されている。
冷たい汗が流れる。何かがおかしい。とても嫌な予感がピリピリする。
洗濯ものを干した後に何かあって出かけたの?
だが、今はまだ朝と昼の間くらい、ちょうど仕事を始めた頃だ。洗濯物を干すにはもう終わった頃。だとするともっと早い段階で、何かが起こったのか?
いつも野菜と獲物を交換してくれる農家の家に立ち寄るが農家の小父さんが倒れていた。ヒヨコはピヨピヨと声をかけるが返事がない。ただの屍のようだ。
その又お隣の鶏小屋のある家を通りすがりに見ると、鶏も死んでいた。チキンステーキになる気か?
これでは、何の脈絡もなく全住民が突然死んだかのようではないか。
ヒヨコは村中を駆け回り、見つからずに途方に暮れそうになった所、村の外に大きな馬車がある事に気付く。兵隊さんたちが撤収しているようにも見えるがよく分からない。
そして村の外には二つのナニカが血にまみれているように見える。
行ってはいけない、そう感じるのだがヒヨコの足は感情の赴くままに進んでしまう。
どこかの騎士団らしきが撤収しようとしている中、ヒヨコは駆けだしてナニカの元へと向かう。
「ピヨピヨ」
そこに倒れているのはお父さんとお母さんだった。
おかしいな。寝ているのかな?こんなところで寝ていると風邪をひくぞ?
ヒヨコは嘴で突いて声をかけてみるが動かない。
返事がない、どうやら…どうやら………屍のようだ…。
ジワッと瞳に何故か熱いものを感じる。鼻が痛くなる。
「ピーヨピヨピヨ、ピーヨピヨピヨ」
ヒヨコは余りの事に涙が流れる。短い時間だったがどこか懐かしく、そして優しいお父さんとお母さんを思い出される。
きっとヒヨコはもっと昔、彼らに愛されていたのだ。
それは夢で見た懐かしさを感じる。少しだけど一緒に過ごして気付いてしまった。
今、やっと分かったのだ。分かってしまったのだ。
何で思い出してしまったのだろうか?思い出さなければ良かったのに。
目の前の2人こそがヒヨコの親なのだと、俺は気付いてしまったのだ。
俺は何で魔法を使えたのか。それは少年として生まれ、勇者となって戦ってきた果てに覚えたものだ。
確かに勇者には魔法があった。悪魔王と戦うために力をつけたものだ。女神の言っていた神殺しの炎は覚えている。
今、ヒヨコにとってお父さんたちは赤の他人なのは分かっている。
記憶もぼんやりとしかないし、ちょっと夢に見た程度の記憶しか残っていない。
だけど目から涙が溢れるのは何でだろう?
もしも何かあったら全部放り投げて帰って来るんだぞ。父さんが守ってやるからな
そう言って励ましてくれたお父さん。
必ず帰って来るのよ
自分を抱きしめてくれたお母さん。
ごめんよ、俺はお父さんとお母さんの言葉を何一つ守ってあげられなかった。
こんなヒヨコになってしまってごめんよ。親不孝者でごめんよ。でも俺はほとんど覚えていないんだ。
ヒヨコから涙があふれて止まらない。
王国の騎士団達がヒヨコに気付いて慌てて動き出す。
「魔物だ!」
「見た事も無い桃色のヒヨコです!」
「まさか、獣王国で暴れた桃色の悪魔の事か?」
彼らは武器を持ってヒヨコに対して構える。
「ピヨピヨ(誰がお父さんとお母さんを殺したんだ……)」
ヒヨコは悲しんでいるのに邪魔をしようとする男たちに怒りをあらわにする。そして誰が殺したのかと怒りが沸々と湧いてくる。
怒りのせいでどうにかなってしまいそうだ。腹の中が熱くなる。
ああ、そうか。氷竜女王さんが怒るとブレスの為の魔肺が冷たくなるとイグッちゃんが言っていた。こういう事か。ヒヨコの魔肺は怒りで燃え滾っていた。
すると白銀の鎧を身に着け、聖剣を腰に下げた勇者が現れる。
「聖女様、私があの魔物を倒してきましょう」
豪奢な馬車の奥にいる人物に跪いてから、勇者はヒヨコの方を見る。
勇者は剣を抜くと血糊が乗っていた。
ヒヨコはどこかで覚えのある勇者を見る。そうだ、この勇者は北国リゾートで調子こいていた小僧だ。ああ、なんて事だろう。
小生意気な小僧だと軽く見ていたのが間違いだった。こいつがお父さんとお母さんを………
「死ね!魔物が」
「ピヨ」
ヒヨコは火炎弾吐息を吐く。一撃で剣を振りかざしていた右腕を貫き、勇者の手元から聖剣が地面に落ちる。ヒヨコはその剣を嘴で拾う。
「ピヨピヨ(偽勇者はお前のようだな)」
ヒヨコは目の前の勇者を見る。神眼で見るとアーベルと言う名の青年であるが、称号には堕ちた勇者となっている。
もはや勇者でも何でもないただ敵だ。
先輩君の無念は復讐者の称号を受け継いだヒヨコが受け継ごう。
「か、返せ!そ、それは僕の…せいけ…」
ヒヨコが嘴で聖剣を咥える。アーベルと言う男は聖剣を奪い返そうと左腕を伸ばそうとするが、痛みで動けないでいた。
「ピヨピヨ(勇者を騙り悪行を尽くしたお前では聖剣も嫌だろうよ。それじゃあ、さらばだ。お前の首一つじゃ、お父さんとお母さんは帰ってこないけどな)」
ヒヨコは嘴で聖剣を持って振ると衝撃波のような刃が繰り出され、堕ちた勇者アーベルの首を落とす。
「ゆ、勇者様が…」
「ひぃ!やっぱり桃色の悪魔だ!」
「大変だ!魔物が勇者様を!?」
「逃げろ、撤収だ!」
「聖女様を逃がせ!」
ほとんど戦えない、見た目だけが綺麗な騎士団は慌てて逃げようとする。
逃げ出す騎士団達。豪奢な馬車を真っ先に走らせる。それを守る様に騎士団が逃げるのだがヒヨコは既に静かに怒っていた。
そう、ヒヨコは怒るのである。忘れるな。お前たちはヒヨコに殺されるのではない。ルークの復讐によって殺されるのだ。
ヒヨコは大きく息を吸う。
『復讐者の称号が発動』
突如神託がヒヨコの脳裏に降ってくる。
『ピヨは火吐息のスキルレベルが上がった。レベルが8になった』
『ピヨは火吐息のスキルレベルが上がった。レベルが9になった』
『ピヨは念話の…』
次々と自分の様々なスキルが跳ね上がり、新たなスキルが生まれていく事が分かる。
ヒヨコは大きく息を吐きだす。
「ピヨヨーッ!(灼熱吐息)」
単純な吐息攻撃の中で最強レベルの威力を持つ灼熱の炎がヒヨコの口から吐き出される。
太陽が落ちたかのような劫火が目の前の5000人近い騎士たちが一瞬で黒炭に変わる。
それでも豪奢な馬車が残りを率いるように逃げる。馬も必死に逃げて行く。馬君には申し訳ないが、ヒヨコはもはや止められない。
「ピヨヨーッ(爆炎弾吐息!)」
ヒヨコは空に向かって巨大な炎の弾丸を吐き出す。
それは空に消えてから重力に従いヒヨコがロックオンした馬車へすさまじい速度で落ちて来る。
はるか遠くまで逃げた馬車だが、遠くで巨大なキノコ雲を上げて何もかも吹き飛ばす。
ああ、何てむなしいんだ。失って初めて気づくなんて。
ヒヨコはお父さんとお母さんの亡骸を眺め、どうすれば良いのか分からない。
神聖魔法LV10蘇生を使い、神聖魔法LV6完全治癒を掛けてみるが生き返るような雰囲気は一切なかった。
知っていたが蘇生の魔法は事前に掛けておくことで一度死んでも生き返るという魔法だ。人の命は死ねば終わりだというのは嫌と言うほど知っていたいうのに。
この遺体をどうすれば良いか、ヒヨコは途方に暮れてしまうのだった。
ヒヨコに出来るのはただ両親を悼む事だけだった。
***
聖女レイアは我に返ってしまっていた。
かつてわが身可愛さに殺した初恋の男、ルーク。その両親を目の前で部下に殺させた。
もはや止まらない。彼女は自分を止められなかった。
彼女はとっくに壊れていた。
自分でその自覚をやっとしてしまったのだ。
いつから?
小さい頃は領民の為に働き褒めてもらえる事だけで嬉しかった。
なのに、今はこんなにたくさんの理想の男たちを侍らしても全く楽しくもなくなっていた。
王太子妃という立場が欲しくなったからだろうか?
たしかに欲しかった。王太子と共にする事で待遇はよくなりその待遇の良さが絵本で見たお姫様のようで憧れてしまったのだ。
だが、それは王太子に愛されている自分が可愛かったのだ。決して王太子に愛情を持ったことはなかった。
そしてその立場を盤石にしたかった。だからルークを捨てたのだ。
超常の者を復活させようとしたのはどうしてだったか?
全ては王国の為だ。ルークが獣王国への進軍を否定した為、それに代わる力が必要になったからだ。だが、何でそこまで王国に尽くそうとしていたのだろうか?
国が壊れれば王太子妃と言う立場が壊れると感じていたからだ。そのために王太子を捧げた。王太子妃の立場を守るために王太子を殺す。
思えば意味の分からない行動だった。論理的ではなかった。別に女王になりたかったわけでは無い。
一体どこで自分は壊れたのだろうか?もしかして最初から自分はおかしな人間だったのではないか?
でも……
未だに忘れられないのは鬼人王に襲われた時に助けてくれた少年の背中だった。
ずっと焦がれていた。その人と恋仲になっていたのだ。手をつなぐだけでドキドキするような気持だった。何もかもが満たされていた。
獣王国から王国へ戻り、帝国へ向かうようにしてからすれ違うようになっていた。今なら分かる。王国は私とルークの間を離そうとしていたのだ。
今まで多くの男を囲ってきたのに、思い出そうとするのは初恋の事ばかり。
新しい勇者を囲っても、情欲を交わしても全く楽しくはない。そういえばあの勇者の名前は何といったか?
そう言えば我が王国の王太子は何という名前だったのだろうか?
思い出そうと思っても、今はもうまったく思い出せなかった。
初恋だけは鮮明に思い出せるのに。初めて手を繋いだ日も思い出せるのに。告白した日だって。
自分に恋い焦がれる美男子たちが揃っていても、何の感情もわかなくなってきた。
「聖女様、桃色の悪魔が現れました!お逃げください!」
焦った声で自分の配下が叫ぶ。
桃色の悪魔?
確かヒヨコの魔物だと聞いていた。アルベルト達を一網打尽にしたという噂のヒヨコモンスター。それが現れた?すると外から悲鳴が上がる。
レイアは何が起こったのかと首を傾げて重たい体を持ち上げて窓を除く。すると外は炎に包まれていた。
ベルグスランドの勇者は首が落ちていた。
そして荒野は燃え盛り多くの兵士たちが死に絶えて行く。黒炭となって朽ちて行く。
そこに佇むのは桃色のかわいらしい大きなヒヨコ。
慌てて馬車を走らせる御者。馬は全力疾走をする。
ガラガラと揺らしながら全力で走っているのが分かるが、空の方から明るい何かが迫ってくるのがレイアも察する。何が起こっているのかと思い窓を開けて空を見ると、空から太陽が落ちてきたかのように巨大な劫火がこの馬車を飲み込もうとしていた。
「ああ」
衝撃と共に爆炎が何もかも包み込み視界を紅蓮の炎が包み込む。御者や周りの騎士達が悲鳴を上げるが、直に途絶える。声も出せないような凶悪な炎が身を焦がしていく。
レイアはただそれを受け入れて空を見上げる。
愛する男を欲望のままに炎で焼き殺した自分には相応しい天罰なのだと思いながら、炎の中に消えて行く。
自分が本当に欲しかったのはルークだったのだと気付いてしまった。
ああ、何てむなしいんだ。失って初めて気づくなんて。
***
アルブムに侵攻したラファエラ、ステラ、ラルフ達親衛隊の一部と帝国第3騎士団は遠くで巨大なキノコ雲が上がるのが見える。
「何だあれば!?」
「王国の秘密兵器か!?」
どよめきが騎士団の中に上がる。
「空から天罰の炎が降ったように見えたが……」
「恐らく魔物特有の火吐息レベル9に該当する、爆炎弾吐息かと」
そんな恐ろしい魔物が王国にはいるのかと誰もが戦慄する。
生贄を止める為に出発したがもしかしたら手遅れだったかもしれないと感じる。
「あんなものを落とされた遠距離からでもケンプフェルトは……」
騎士団の男たちは恐怖に身をすくませる。皇帝の判断は正しかったのだと感じる。守っていては勝てる相手ではないのだと。
「あ、あの、………恐らくうちのヒヨコかと」
申し訳なさそうに挙手して自白するのはステラだった。
「「「え?」」」
「神眼で確認したのですけど、あの炎の攻撃に『ピヨの<爆炎弾吐息>』って情報があったので」
「…………」
誰もが言葉を失う。レベル9クラス以上の大魔法に匹敵する破壊力をもった吐息を使うヒヨコが、巷で人気のピヨちゃんだというのは余りにも理不尽だった。
「あのヒヨコ、武闘大会でうっかりブレスを使ってガラハド殿下、いやガラハド陛下に放っていたけど、あれでも力を抑えていたんすね。周りに被害を出さないように」
「結界ぶっ壊していましたけどね」
どんよりした雰囲気でぼやく。宮廷魔導士達は自分たちの仕事を軽々とぶち壊されて自信喪失気味だった。
「まあ、あのヒヨコはドラゴンのトニトルテと二人でジャイアントワームを腹から焼き殺しているくらいだから。ただ、以前はあんな吐息は使えていませんでした。何かあったのかもしれません。急ぎましょう」
ステラの言葉に促されて、帝国軍は急いで動き出す。