6章17話 勇者の死が齎したもの
ヒヨコは田舎にある村の夫婦の家に泊まっていた。
ホロホロチョウを取ってどうにかヒヨコの凄い所を見せたいところだが、雀や熊に邪魔されて、そこに到達できていなかった。更にはホロホロチョウも中々姿を見せてくれない。
あの美味しい鳥はどうやって捕まえれば良いかが思い出せない。
昔は弓矢で上手くたおしたような気がするのだが、久しぶりの山間だからなのか、何故かホロホロチョウ君とは出会えないでいた。
………?
いや、ヒヨコはここに来るのは初めての筈だ。
とはいえ、ヒヨコは猟師のお父さんよりも稼ぎが良いので結構可愛がられている。役に立つヒヨコとして重宝されて、夜にはおつまみのジャーキーを頂けるのだ。居心地も良いから中々離れられないでいた。おつまみのジャーキーは偉大だという事だ。
明日こそホロホロチョウ君を献上するのだ。漢として果たさねばならない野望があるのだ。そうでなければステちゃんの元に帰れない。
ヒヨコはそんな意味の分からない野心を燃やしていた。
この家に転がり込んでから3日目も終わろうとしていた。
ベッドの上に寝転んで丸くなる。懐かしい匂いがする。
ヒヨコは嗅覚が優れてないから分からないが、それでも何故か懐かしさを感じるのだった。
そして今夜もヒヨコは夢を見る。とても懐かしい夢を。
***
「まさか本当に×××が勇者になるなんてなぁ」
「王都に行くことになるけど大丈夫?」
お父さんとお母さんはとってもヒヨコを心配していた。あれ、ヒヨコは何でこの家の子供なんだ?よく分からん。
だが、勇者ヒヨコだから仕方ないな。
「大丈夫だよ、お父さん、お母さん。僕、頑張るから。魔王っていうのが攻めてきたらこの国も村も滅ぼされちゃうもん。僕は皆の為に頑張るよ」
おや?ヒヨコは何か格好いいことを言っているぞ?
ヒヨコは一体何を言っているのだろうか?
何故かヒヨコは勝手に変な事を嘴っている。いや、口走っている。ピヨピヨ、間違い間違い。
「私は心配よ。ごっこ遊びをしていても、貴方は本当は戦うのが大嫌いじゃない。戦いの嫌いな勇者なんて聞いた事ないもの」
お母さんはとっても心配そうにヒヨコを見る。いや、ヒヨコは割と狩りとか大好きです。まあ、メインは食べる事だけど。
お父さんもお母さんも心配そうだ。ヒヨコは天下無敵だからそんな心配をしなくても大丈夫なのに。
「王都はとっても田舎者には厳しいって話だからな。×××には生き難いかもしれない。もしも何かあったら全部放り投げて帰って来るんだぞ。父さんが守ってやるからな」
ピヨピヨ、ヒヨコを侮ってもらっては困ります。ブレスで牢を焼き切り、脱獄もプロ級と噂のヒヨコなので、捕まる事も無いでしょう。次期皇帝と噂の皇子を敵に回して勝訴したヒヨコにお任せあれ。
「うん。万が一はそうするよ」
おや、ヒヨコは勝手に口が動くので、何か思っている事と違うことを言う。
「必ず帰って来るのよ」
「うん」
お母さんが抱きしめてくれる。ヒヨコが中の人を演じている少年はまだ15歳、成人したと言ってもまだまだ成長中の子供だ。
どうもヒヨコはお父さんとお母さんの息子らしき子供の夢を見ているようだ。
これは誰の夢?
ヒヨコの見てる夢なのに、ヒヨコの事じゃないのは何でだろう?
お父さんとお母さんの子供がまるでヒヨコみたいじゃないか。
ヒヨコにこんな記憶はない筈だ。記憶力のなさには自信があるぞ。ステちゃん一押しの記憶力だ。
だから記憶なんてない筈なのに、見た事があるように感じるのは何でだろう?
***
なんだかこの部屋に泊まると、元々この家の部屋に住んでいた少年の夢を見るのだった。
何でだろうか?
どうやら少年は勇者だったようだ。と言う事はこの家のお父さんとお母さんは勇者のお父さんとお母さんなのだろうか?
まさか、ヒヨコに後輩君が他にもいたとは。いや、この家の勇者君はもっと昔にいた人だから、後輩君ではなく先輩君か!?
何と言う事だ。ヒヨコに先輩君がいたとは。
だが、夢は時間軸がよく分からない。
断片的なお話が一部入ってくるためだ。
綺麗なお姉さんと共に旅をしたり、王都を襲ってくるゴブリンと戦ったり、お父さんたちに送り出されたり、獣王と戦ったり、この近くで遊んだり、熊の群れと戦ったり、勇者に認定されたり。
そんな断片的な夢をたくさん見るのだった。
ヒヨコはムクリと起き上がる。
朝の匂いがするのでヒヨコは起きだす。窓を開けると朝日が今か今かと地平から飛び出そうとしていた。
「ピヨピヨ~!」
コケコッコー
鶏が返事をしてくれた。
よし、今日はチキンステーキだ。え?ヒヨコの狩ってきたジビエがまだ残っているって?仕方ないな、それで我慢しよう。
それにしても、順番がバラバラに夢に見るからよく分からん。
この近くで遊び、熊の群れと戦って、勇者に認定されて、お父さんたちに送り出される。で、王都を襲うゴブリンを倒して綺麗なお姉さんと共に旅をして、獣王と戦う。
順番的にはこうすると、とってもしっくりくる。夢がパズルみたいになっている。
少年の夢はヒヨコにとっては知らない事の筈だが、この近くでは何故か夢としてヒヨコに見える。なんだろう?少年の怨念でもあるのだろうか?
トルテに話したら布団にくるまって出てこなくなるだろう。
今いないのが惜しい。残念無念だ。
だがしかし、今日こそはヒヨコ待望のホロホロチョウ君を見つけて狩って来るのだ。いや、もうホロホロチョウ君ではない。ホロホロチョウ様だ。
何せヒヨコは狩りたいのに狩れないという高い難易度の鳥だ。今日こそは奴を倒すのだ。
ヒヨコは抜き足差し足で家の部屋を出て階段を下りる。
「おや、ピヨちゃんも起きたの?」
「ピヨピヨ(起こしてしまったか?ヒヨコは狩りに行きますぞ)」
起きてきたのはお母さんだった。
「あんまり遠くに行ったら危ないからね」
「ピヨピヨ(ヒヨコは強いから問題ないのだ。)」
「ふふふ、ピヨちゃんを見てるとうちの子を思い出すわ」
「ピヨヨ?(うちの子?)」
夢に見る少年の事だろうか?
「強いのは分かってるけど、うっかりしていて女の子に弱くてとてもじゃないけど勇者なんてやれない子なのよねぇ。………なのに………」
ワシャワシャとヒヨコの頭を撫でるお母さんだが顔は沈痛そうな表情を浮かべていた。きっと勇者だった息子を思い出しているのだろう。
「ピヨピヨ(何か分からんが元気出せよ。ヒヨコはそんじょそこらの勇者とは格が違うからな)」
とはいえ声が届かないのだから仕方ない。お母さんは少年を思い出したのか、ヒヨコをキュウッと抱きしめて頭をポムポムと優しく触る。
「ピヨちゃんは死んじゃダメよ?」
「ピヨピヨ(ヒヨコが死ぬ?そんなファンタジーはないのだ)」
ヒヨコは胸を叩いてから、頭を差し出しお母さんに撫でて貰ってから狩りに出かける。
今度こそ山間のホロホロチョウ様を倒して献上するのだ。
そうすればお母さんも元気を出すだろう。
ヒヨコの脚力で一っ飛びしてホロホロチョウ様の現れる地に辿り着く。森を超えた先にある山間の土地だ。
ヒヨコは息をひそめてホロホロチョウ様の生息する山間の茂みに待機する。
静かにしていると眠くなってくるのがいかん。
トルテがヒヨコの頭の上で年がら年中寝ている気持ちが分かって来たぞ。ヒヨコの頭は寝心地がよさそうだからな。
………zz
………zzzz
***
またヒヨコは夢を見る。
それは少年だった。またかよ!と思わなくもないが、仕方ないから付き合ってやるか。
ヒヨコは良い子だからな。
少年は少年じゃなくてちゃんと大人になっていた。20歳位だろうか。と言う事で先輩君と正式に命名しよう。勇者の先輩だからな。ヒヨコはちゃんと年功序列を守れるヒヨコです。
え?0歳なのに偉そうだって?そこはヒヨコ特権で無罪だ。
先輩君はどうやら悪魔王とやらを倒したらしい。魔王を倒す勇者だったのか!?
「そう言えば、結局ホロホロチョウを家に持って帰れなかったなぁ。………戦いも終わったし、家に帰ったらホロホロチョウをお土産にしよう」
「帝都………では地元に帰る前に腐っちゃいそうだから、ケンプフェルト辺りが良いと思うぜ。勇者様の実家も近かろう」
そんなことを言うのは男装している残念皇女さんだった。口調まで男言葉にしているが、微妙に声が高いのが玉に瑕。
だが、先輩君は残念皇女さんが男だと思い込んでいるようだ。
何て残念な先輩勇者君なのだろう。神眼で見れば性別なんて直に分かるのに!
それにしても、先輩君よ。結局、ホロホロチョウ様の生息地は知っていてもホロホロチョウ様を捕まえていなかったのかよ。
がっかりだよ。ヒヨコが捕えられない偉大なホロホロチョウ様と先輩君とでは格が違うか。
だがヒヨコは格がもっと違う。なので大丈夫だろう。次こそは捕まえてやる。
そんな夢も終着点に来ていた。ヒヨコは何か嫌な気がする。
王都に着いた先輩君は身に覚えのない罪を着せられて、王国の塔に幽閉されるのだった。体力がすり減っていく先輩君だが、恋人が掛け合ってくれていると思っているようだ。
だが、夢で見るあの恋人はもうずいぶん心が離れて行っていると思うのはヒヨコの気のせいだろうか?
ヒヨコの知らない事の筈なのにとっても胸騒ぎがする。先輩君よ、そこにとどまってはダメだ。お父さんがいうように、何もかも捨てて逃げるのだ。
先輩君の中の人となっているヒヨコはそん想いに囚われているのだが、先輩君は思うように動かない。
魔法が使えず衰弱していく先輩君は力が出なくなった頃に処刑宣告が下される。
女に裏切られ、魔法を封じられ、食事を抜かれて衰弱し、心も体もズタズタだった。
やがて国民に投石され蔑まれ処刑される。
彼らを真面目に頑張って守っていた先輩君だが、周りの人間は先輩君をずっと利用していたのだ。
先輩君のやっていた事は全て他の者達の手柄になっていた。
旅の中、他の者達がやっていた豪遊の限りを先輩君のしたことにされていた。
何という理不尽なのだろう。先輩君が余りにも可哀そうだ。
先輩君は絶望の最中、燃やされる。苦しいと訴えたくても助けて欲しいと訴えたくても、猿轡が言葉を塞ぐ。
その前にヒヨコを中の人の状態で燃やさないでくれないか?
現在、中の人であるヒヨコは困惑しています。先輩君を燃やすのは良いがヒヨコは燃やさないでもらいたい。焼き鳥になってしまうではないか。
先輩君はここで初めて気づくのだった。自分の本当の想いを。
戦いたかったわけでは無い先輩君は猟師になりたかったのだ。家族と平和に過ごしたかったから魔王を倒したのだ。
ヒヨコにも痛々しい先輩君の心の軋みが伝わってくる。
怒り、恨み、憎しみ、これまでなかった平穏で優しい先輩君が、敵にさえも同情をする先輩君が初めて持った負の激情。
『ルークは忘れない想いのスキルを獲得した』
『ルークは復讐者の称号を獲得した』
ヒヨコ同様に勇者である先輩君は神託を耳にしながら意識を失うのだった。
………ピヨッ!
そして先輩君が死んだと思ったが目を覚ますと卵から生まれたばかりのでっかい桃色のヒヨコだった。
****
ハッ!
ヒヨコは目を覚ます。
そうか、ヒヨコは………………勇者だったのか!?
いや、元々ヒヨコは勇者ですが?
何をバカな事を。元々ヒヨコは勇者ヒヨコ、そして忍者ヒヨコ、競争魔物ヒヨコ、愛玩動物ヒヨコなのだ。
※女神様の一言:そして貨物ヒヨコ
黙れ!
貨物ヒヨコなど存在はせん!
………む?何にツッコミを入れたんだろう?
まあ、それはそれ、これはこれ。元々ヒヨコは勇者なのだ。
だが………
ピヨヨッ!
考え事をしている暇はない!いつの間にやらホロホロチョウ様がこの地にやって来ていたのだ。
谷間の崖付近に聳える大きな木の上にホロホロチョウ様が降りたつ。
「ピヨピヨ(クククククク。ヒヨコがいると知らずに愚かな。だがホロホロチョウ様はヒヨコに気付いていない様子)」
ヒヨコはゆっくりと近づこうとするとホロホロチョウ様はピクリと反応する。
まさかヒヨコの気配に気づいたのか?確かにヒヨコは気配などあまり気にした事はない。
あの山賊の親分の手下にいる小父さんのように目の前にいるのに、姿が見えなくなるような恐ろしい気配消去術は持っていない。
だが、イメージはアレだろう。体を空気と一つにするように。ピヨピヨ。
『ピヨは気配消去のスキルレベルが上がった。レベルが5になった』
神託が降りる。どうやらヒヨコはまた一つ強くなったようだ。
するとホロホロチョウ様の警戒が解かれる。
くくくく、一般的にはレベル5もあればスキルを極めた事になる。ヒヨコは超越者だからもっとレベルの高い領域に到達するが、普通はここまであれば大丈夫なはずだ。
縮地で即座にホロホロチョウ様の背後に回り込み、ピヨピヨしてやる。
シュパタッ
ヒヨコは縮地法でホロホロチョウ様の背後に一瞬で回り込む。後はホロホロチョウ様を仕留めてお父さんとお母さんに狩りの成果を誇るのだ。
ピィピィ
だが、ヒヨコがホロホロチョウ様を仕留めようとした瞬間、ホロホロチョウ様のいる樹の上には巣があり、かわいらしい雛がピィピィと鳴いている姿が目に入る。
………慌てたホロホロチョウ様だがヒヨコに対して逃げるでもなく威嚇をする。
子供達のために戦うとでもいうのか!?
………………
「ピヨピヨ」
ヒヨコには出来ない。息子の為に命を懸けて戦おうとする親鳥を狩るなんて。
なんという事だ。
こんなに近くにホロホロチョウ様がいるというのに、仕留める事が出来ないなんて。野生の中でのことだ。狩ってしまえば良いではないか。
これは悪ではない。
焼肉定食の理なのだ。だが、ヒヨコには出来ない。ヒヨコには出来ないよぉ。
「ピヨ」
ヒヨコはホロホロチョウ様に背を向けて樹から飛び降りる。
フッ
運が良かったな。ヒヨコに感謝するが良い。
ヒヨコはニヒルに笑い、ホロホロチョウ様を背に去ろうとするのだった。
ヒヨコが樹から離れて行くと鷹が3羽ほど物凄い速度で飛んできてホロホロチョウ様もそのヒナ達も狩り尽くされるのだった。
え、えー。
ヒヨコが狩っておけばよかった!
そんな無体な!
がっくりと肩を落として地面に突っ伏して項垂れる。
鷹に食い荒らされるホロホロチョウ様の巣を眺めヒヨコは切ない気持ちでその場を後にするのだった。
残念だが、今回は諦めよう。家に帰ってお父さんとお母さんに甘えるのだ。ヒヨコの夢が事実ならばヒヨコの両親はあのお父さんとあのお母さんだったのだから。
ヒヨコはピヨピヨとその場を去るのだった。
自然の掟はなんと厳しい事か。ヒヨコはまた一つ賢くなったのだった。
トボトボ歩いて帰るヒヨコであった。
気付けばもう朝と昼の間位の時間帯になっていた。転寝なんてするからいかんのだ。
山間から森へ戻り、そんな森を抜けた頃、お父さんとお母さんのいる村は異変が起きていた。
村が巨大な魔法か何かの結界に覆われていてその中に透明な白い何かがたくさん浮いている。何が起こったのだろうか?
とってもとっても嫌な予感がする。
ヒヨコは焦ったように駆けだすのだった。
***
ヒヨコを拾ったお母さんはお父さんと一緒に洗濯ものを干していた。
お父さんは猟師をしているがそれ以外は割と暇人なので家事の手伝いもしている。
「大変だ!王国騎士団がやって来た!」
そんな平凡な日々を切り裂くように、一人の男が慌ててやってくる。
「はあ?何でこんな村に?」
「それが何でも偽勇者を勇者と偽った不浄な村は滅ぼすとだけしか言わず」
男はそう言って夫妻に伝える。村の人達も慌ただしくしているようだ。彼がわざわざここに来ているのは、勇者の両親である夫妻がいるからだ。
「馬鹿な!王国がうちの子を勝手に勇者だと言って連れ出したのに、何で俺達が悪いなんて言ってるんだ!言い掛かりにも程があるだろうが!」
「そうだ。ルークは悪い子じゃなかったよ。利用するだけ利用して、何の弁護もさせずに殺すなんてありえないわ」
夫妻は息子を信じていた。
洗濯ものを干し終えた夫妻は村の集まりの場所に向かう。
村の人々は集まって王国に対する愚痴を口にしていた。
「この国の王侯貴族はどれだけ俺たち国民を搾取すれば気が済むんだよ」
「ルークだけじゃなくて俺達も搾取しようって事なのか?」
村の人達は暗い影を落とす。
「俺が話し合いに行ってみよう」
お父さんは決然として口にする。
「だ、だが…」
周りは顔色を悪くする。何をされるか分からないからだ。それについてはお母さんの方が治めるように声をかける。
「ダメよ、貴方。何をされるか分からないわ」
「王国には一度言ってやらなきゃ気が済まない!大体、偽勇者と言って人の息子を貶めやがって!それで今度は村を滅ぼすだとか言って許せるはずがないだろ!」
その言葉に村の人達も俺も俺もと口にしだす。
狩り道具や桑や鋤などを持った村人達を率いてお父さんとお母さんは王国騎士団に直訴をしに行く。
お父さんとお母さん、名主さんと3人の若い衆を連れて、騎士団の偉い人がいるらしき方へと向かう。
「この騎士団の責任者にお会いしたい。我々は戦う気はありません」
白い旗を持って名主さんが訴える。
またか、と溜息をつく騎士団の男は奥へと通す。このやり取りは何度もしてきたからだ。
奥に通されたお父さん達が辿り着いた先には聖女と呼ばれる女がいた。
豪奢な馬車の奥に座る異様に太った姿をした女王の如き格好をした女だ。それに仕えるのは白銀の鎧を着た青年達だった。いずれも見目麗しい男で明らかに戦いなんて出来なさそうな青年たちが立ち並ぶ。
だが、そんな彼らの中に唯一戦えそうな男は腰に聖剣を差しており鋭い眼光でお父さんたちを睨み据えている。
「こ、この村の代表のものです。滅ぼすなど突然言われても皆が困っております。それに…」
「変更は無いわ。最後の数瞬だけでも思い出を上げようというこちらの配慮を受け取って貰っていればいいの」
聖女から発する言葉は死刑宣告だけだった。
するとお父さんが口にする。
「我が子を勇者だと言ったのは王国だ。そして息子を勝手に王都に連れて行ったのも王国だ。何故、我々がそれで罪を問われればならない。それにルークがしたという悪行もそうだ。うちの子はそんな賢く立ち回れるような頭はない!」
すると聖女と言われた肥えた女は目を細めてお父さんを見る。
「そうね。その通りよ」
「な、ならば…」
「私たち王侯貴族が平和に暮らす為に、必要だったから魔王討伐に使い、必要なくなったから捨てた。それだけの事で何をとがめる必要があるの。貴方達はバカなのかしら?あのルークとやらと一緒で」
呆れたように聖女は口にする。
「よ、よくもルークを……。キ、キサマアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
お父さんは1年近く溜まっていた鬱憤を晴らすかのように腰のナイフを抜いて、一気に駆け抜け憤怒の形相をもって聖女に迫る。
だがその刃は聖女の首には届かなかった。
即座に聖女の前にたった男が袈裟切りでお父さんを切り捨てたからだった。
「あ……く……そ……ル……ルー……ク…」
お父さんはそのまま倒れて
「いや、いやあああああああああっ!あなた!あなたっ!」
お母さんは絶叫して倒れたお父さんに駆け寄る起こそうとするが血にまみれ全く動かない。
「息子と夫のいる場所に送ってやりなさい。耳障りだわ」
聖女の言葉に白銀の鎧を纏った聖剣を持つ騎士がお母さんの前に立つ。
お母さんはグッと唇を噛み、視線を聖女へと向ける。その憎悪の籠った視線を受け聖女はニコリと笑う。
「やりなさい」
「はっ」
聖剣を持った騎士はお母さんを切り捨てる。
「ひっ!人殺し!」
「あ……あああっ!」
「うわっ」
「ひいいいいいいいいいっ!」
名主も若い衆の3人も恐怖に駆られて慌てて逃げ出す。
「全く、救国の英雄にして聖女でもあられるレイア様に対して失礼な奴らよ」
聖剣の騎士は倒れている夫妻を眺めて唾を吐く。
「そうね」
聖女はそう言いながら、憎悪の視線を向けられて思い出す。死に際のルークの瞳とよく似ていた。
勇者を裏切り殺してから、タガが外れてしまった。聖女はそう思いだす。
王太子妃になり王太子と交わっても、次代の勇者と交わっても、王国中の美男子達と交わっても満たされない。
それどころか飢えや渇きはどんどんひどくなる。超常の者を手に入れ誰も自分の権力に逆らえなくなったというのにだ。
それどころか、あの憎悪の瞳が忘れられない。落ち着かなくなる。
もう罵られる事も恨まれる事も無いようにしっかりと殺したというのに、何故ここまで恐ろしく感じるのか。聖女には自分が理解できなかった。
脳裏に過ぎるのは優しい顔をした少年が、鬼人王に殺されかけていた自分を助けてくれた時の事だった。
もう、大丈夫だよ。ここは僕が引き受けるから早く逃げて
聖女がずっと追い求めていたものが何だったのかと、ふと気づいてしまう。
享楽の限りを尽くしても渇きが収まらなかった理由を始めて理解する。
自分の渇きの原因を求めていたが、その真実はただの初恋だったのだ。
だが、裏切ったのは自分。目先の欲に囚われて売り渡したのも自分。何もかも自分だ。彼の大事にしていた家族さえも殺させてしまった。
「………ははっ…………。もう何もかも自分で壊しちゃってるじゃない」
聖女は今になって自分の愚かな行動に気付くのだった。
「聖女様、儀式の準備を終えました!」
そこで兵士が遠方から走って来て連絡を伝える。
「……取り掛かりなさい」
それでも非情な命令を出す。もう何をしても戻ってこない。
この渇きを永遠に持ち続けて生きて行かねばならないと理解したが故に、全てがどうでもよくなったのだった。
これが自分に与えられた天罰なのだと、タガが外れてから初めて神に祈るのだった。