6章13話 ヒヨコは少年の夢を見る
「つあああっ!」
一人の少年が大きな木に向かって棒切れを振り回していた。カコカコとぶつけて何かと戦っているようなそぶりをみせる。
「またやっているのか?」
そんな少年を見て両親が呆れるように家の庭を見渡せる縁側にやってくる。父は立ったまま息子の様子を見て声をかける。母は先日川辺で転び怪我をしてしまっているので座ってその様子を見ていた。
「お父さん。当然だよ。だって僕はお父さんの後を継いで猟師になりたいんだから。猟師になったらたくさん稼いでお父さんもお母さんも村の皆もまとめて、生活を楽にしてあげるから」
「はははは。×××は威勢がいいな。そうなったら頼むな」
「任せてよ!」
10歳にも満たない少年は棒切れを持って再び大きな木に向かってえいやあと声を上げて一人でチャンバラごっこをする。
「父さんが誕生日に買ってやった短剣は使わないのか?」
「そんな事をしたら樹が酷い事になっちゃうもん」
「今でもわりと酷い事になってるのだけど」
母親は樹が壊れないかと心配する。
樹にはあちこちに叩かれて擦れた跡が残っている。
「じゃあ、回復魔法も覚えて木を回復させるんだ!」
「あははは」
無邪気に夢を語る少年の姿に父親は微笑ましそうに笑うのだった。
「回復魔法を覚えてからにしなさい。樹が先に壊れたらどうするのよ」
母は計画性のない少年に説教をする。
「回復魔法を覚えていたなら木を治す前にお母さんの怪我から治すよ」
そう言って少年は諦めて素振りだけに切り替えるのだった。
「そうだ。今日は僕がホロホロチョウを狩って来るよ!良い穴場を見つけたんだ」
少年は猟師の父に倣い弓矢で鳥を射る事が出来るようになり、狩りにも積極的に参加していた。今日は父が仕事を休んでいる為、お休みであるが、少年は猟師として力をつけたいのでお構いなしに仕事へと向かうのだった。
山奥に入った少年はいつもの狩りをしに向かっていた。
「おお、×××じゃないか。どうしたんだ?」
「今日は父さんがおやすみで代わりに僕が仕事に来たんだ。母さんが怪我して大事を取ってるから父さんが家事をしてる」
「お前が家事をしたらどうなんだ?」
猟師の先輩は不思議そうに首を捻る。
「父さんは僕の料理が気に入らないらしい」
「ははははは。そりゃ仕方ないな。アイツは料理にこるからなぁ。奥さんじゃないとダメか」
10歳でも家事手伝いは基本である。
狩りの手伝いは稀であるが、少年は才能があった。地元の猟師の仲間にも実力を認められる程度には才能があった。なので普通は狩りの手伝いよりも家事を手伝うのだが、家庭環境と本人の才能により普通と違う役割分担となっていた。
少年は猟師の仲間と共に西へと向かう。西の森を越えた辺りの山間にホロホロチョウをよく見かける地域があるのだ。そこに向かっていた。
だが、森の中を移動していると、レッドグリズリーが見かける。
少年は猟師の先輩と一緒に慌てて隠れる。
最初は息を殺す様にして隠れてそれを見ていたが、レッドグリズリーの数が非常に多い。群れと言っていいだろう。
「まずいぞ×××。このグリズリーの群れ、うちの村の方に向かってる」
「!?」
「俺は早く村に戻って避難を呼びかけないといけない」
「ぼ、僕は?」
「お前は息を殺して隠れていろ。もしもグリズリーの群れが途切れたら迂回して村の東側の避難経路に向かって走れ。良いな?」
猟師の先輩は音を立てずに森の奥に消えていく。少年は必死に息を殺して熊の去るのを見送っていた。
だが、そこで気付く。
避難となった時、母は大丈夫なのだろうか?あの足で逃げられるのか?
レッドグリズリーの数は明らかに村の規模よりも多く見える。それ程膨大な数が移動をしているのだ。
両親がレッドグリズリーに殺される姿を幻視する。
少年は手に持った普段使っている短剣を強く握る。他には背負った弓矢と腰に掛けてある肉切り用の鉈だけしか武器はない。
「僕がやらなくちゃ」
震える手を止めて少年は走り出す。
一番巨大なレッドグリズリーは5メートルほどの巨体だった。
それより高い位置まで樹を登って見下ろしてレッドグリズリーを睨む。
自分の持っている短剣を刺しても恐らくは心臓まで届かないだろう。目を潰して、近づいて短剣で攻撃を仕掛けて失血死させればいい。
そういう考えに至る。
少年は矢を弓に番えてレッドグリズリーの左目に向ける。
「いけっ!」
見事に不意を打ち、矢がレッドグリズリーの左目を捉える。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
レッドグリズリーの悲鳴が響き渡る。
少年はやってやったと喜んだ瞬間、その失敗に初めて気づくのだった。
レッドグリズリーは目を抑えたまま周りに手を振り回して怒り狂う。
少年の登っていた巨木を左手の一振りでなぎ倒してしまい、少年は地面に叩きつけられるのだった。
「カハッ……」
少年は知らなかった。レッドグリズリーの真の脅威を。
体を打ち付けて大きいダメージを負うが、それでも必死に立ち上がる。暴れるレッドグリズリーの姿に多くのレッドグリズリーが少年を見る。
夏場なのに食料が少なかったのか大移動をしている状況だ。少年さえも美味そうな肉だとしか思っていないのだろう。
少年はぞっとする。
自分が狩られる側になっているという事実に気付き、初めて恐怖を覚える。
小さくても3メートルはあろうかという巨大なレッドグリズリーの群れ、弱い狩人である自分がこの窮地を逃れられるはずもなかった。
どうやって逃げよう、という考えがよぎった瞬間、同時に、足を怪我してしまった母を思い出す。
母はどうやって逃げるのだろうか?
父が背負って逃げるか?確かに父は健脚であるが、レッドグリズリーから母を背負い走って逃げられるのか?
「ぼ、僕がどうにかしないと。そうだ、僕が…」
ありったけの勇気を振り絞り短剣を強く握る。
「グオオオオオオオオオオオオオオッ」
レッドグリズリーが襲い来る。少年はその爪を紙一重でかわし、木の幹を土台に三角飛びで熊の首元へと飛び込み両手で短剣を握ってそれを熊の首に突き立てる。熊は悲鳴を上げて少年と共に地面に倒れ伏す。
少年は慌てて短剣を引き抜いて他のレッドグリズリーを警戒する。
ふと気づくと、短剣を突き立てて倒れたレッドグリズリーが全く動かなくなっていた。
首、頸骨を的確に切り落としていたのに気付く。
「そうか。肉を解体するときと同じか」
ギュッと唇を噛み、少年は短剣を構えながらレッドグリズリーの群れを見上げる。
やるかやられるかだ。
当たり所が悪ければ相手だって死ぬのだ。後は勇気だけだった。
「ここで俺が止めてやる!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
少年は刃をもって走る。
***
むにゃむにゃ
鶏の声が遠くから聞こえてくる。
コケ、コケ、コッカトリスー
………鶏じゃなくてコカトリスか?
眠たい目を擦ってヒヨコはムクリと起き上がる。
いや、コカトリスが近くにいるのはまずいんじゃないか?まあ、ヒヨコにはさほど問題ない話だな。
なんだろう、夢を見た気がする。ヒヨコがヒヨコじゃない夢だ。ヒヨコがヒヨコじゃないと言うと………………鳥か!?
ヒヨコがベッドから起きると、見慣れた机が置いてあった。いつもヒヨコはここで勉強をしていたような………?
いや、違うな。ヒヨコは机で勉強なんてしないのだ。
そうだ、ヒヨコはお父さんとお母さんおおうちに泊めさせて貰っていたのだ。
もしかしてあれか?いなくなった息子さんの残留思念でもあったのだろうか。
ヒヨコはそういうホラーな話は苦手なんだよ。トルテにちょっと話してやると、電撃を食らわされるからな。
ヒヨコは取り敢えず、朝のフルシュドルフダンスを実施する。
そして家の雨戸を開き、いざ外へと飛び立つ。
勇者ヒヨコは今日も狩りにレッツラゴー。
夢を思い出す様にヒヨコは街道を西へと走り、そこから山の方へと続く森へと入る。森を歩いている途中、夢で見た事があるような大地が広がっていた。
そう、ヒヨコはここでレッドグリズリー君と戦った、ような気がする。しかし残念ながらレッドグリズリー君はここにいない。しかし夢で見た場所は同じようにへし折れた巨木が見当たる。
というとあれは夢であって現実でもあるという事だろうか?
これは本格的にホラーだな。
ヒヨコはピヨピヨと山間に出る。ホロホロチョウ君はどこにいるのだろう?
ヒヨコセンサーには引っ掛からないが?ちょっとピヨピヨしながら待ってみるか。
かさこそとヒヨコは茂みの中に入って気配を消す。
中々ホロホロチョウ君はやってこない。
ヒヨコはホロホロチョウ君がこないので、そこらに飛んでる蝶々を目で追う。しかし気配を消しているので蝶々がヒヨコの頭に到着する。いや、ヒヨコはピンク色だけどお花じゃありませんので。
そろそろ来てくれないとヒヨコは寝るぞ?寝ちゃうぞ?
***
少年は寝ていた。体をボロボロにしてベッドの中で横たわっていた。
そんな少年を足を悪くしていた母が寝ずに看病をしていた。
「全く、こんなんだったら短剣なんて買わなければ良かった」
大きく溜息をつくのは父親だった。
「レッドグリズリーの群れはどうなってたの?」
「誰かが倒してくれたようだ。他所の村だかは分からんが大量のレッドグリズリーの死体が転がっていた」
「そう…………でも、×××が無事でよかったわ」
母はホッとした様子で息子を見る。
すると少年は目を覚ます。
「おかあさん?」
「大丈夫、×××。貴方、森の中で倒れていたのよ?」
「そっか。グリズリーからは避けられたんだね?」
少年は母が無事なのを見てホッとする。
「もう無茶しちゃだめよ」
「うん…。」
両親がホッとした様子で自室から去っていくと、少年は自分の目の前にある文字に首を捻る。
半透明の文字で自分のステータスが書かれていた。
それはまるで成人式の時に神殿で神眼の鏡を見るときのような奴に見える。
何かおかしくなったのかと思うが、自分だけしか見えないようだ。そして自分のステータス欄に称号が入っていた。
真の勇者
「何だ、これ?僕は勇者になったの?」
少年はきっと妄想の類だろう、直に消えてなくなるだろうと思っていた。
だけど翌日以降もずっと見ようと思えばいつでも見えるものとなった。
やがて、15歳になった時、成人の日に身分証明を作ると同時に神眼の鏡の前に立つことになる。
そこで少年は勇者である事が発覚するのだった。
***
「ピヨッ!」
ハッ
うっかりウトウトピヨピヨしていた!
ヒヨコのホロホロチョウ君はいずこへ!?
「グルルルルル」
ヒヨコがガックリしているとヒヨコの後にはレッドグリズリー君がいた。
ヒヨコはガッカリ中なのでレッドグリズリー君の相手をしている暇はない。今日の所は見逃してあげよう。心の広いヒヨコに感謝するように。
「グルゥアアアアアアアアアアアアアアアッ」
だがヒヨコが目こぼししてやるというのにレッドグリズリー君はヒヨコに襲い掛かってくる。
ピヨッと鋭い爪の攻撃を避け、回し蹴りでレッドグリズリー君の膝をつかせる。そして嘴を振ると衝撃波が飛び出しレッドグリズリー君の首を引き裂く。
ヒヨコはレッドグリズリー君を嘴の一撃のもとに倒すのだった。
ピヨピヨ、夢の少年と違い、ヒヨコは強いのだ。今日はホロホロチョウ君は諦めてレッドグリズリー君を持って帰ろう。そうしよう。
ヒヨコは倒れているレッドグリズリー君の下に体を入れて、背中で持ち上げる。レッドグリズリー君の足をヒヨコの肩にかけて、頭を下にしてトテトテとおうちへと帰るのだった。
「ピヨピヨ~」
家に帰るとお母さんが家事をしていた。ヒヨコはレッドグリズリーを見せて驚かせる。
「ピヨちゃんは凄いのねぇ」
「ピヨピヨ(ヒヨコにお任せあれ)」
「熊肉は匂いがきついけど、上手く解体して調理すると美味しいのよ。香草を使った煮物も良いのよね。ふふふ、あの子がいた頃を思い出すわね」
「ピヨヨ~(あの子?)」
「ふふ、何でも無いわよ」
ワシャワシャとヒヨコの頭を撫でるお母さん。
もっとヒヨコの頭を撫でても良いのだぞ?ヒヨコは撫でられるのが大好きなのだ。
暫くするとお父さんが帰ってくる。
「ただいまー。どうしたんだ、外に巨大な熊が吊るされていたけど」
「ピヨちゃんが拾ってきたみたいなの?」
「ピヨピヨ(拾って来たんじゃなくて狩って来たんだが)」
「新鮮な肉だったな。血抜きするにはあれじゃちょっとよくないな。俺が上手く捌いてやろう」
「ピヨピヨ(おお、助かるぞ)」
お父さんは物置に向かいそこからガサガサと中を調べ、肉切包丁を持って出て来る。
「こう、手羽をもってだな」
お父さんはヒヨコの手羽を持ち上げて肉切り包丁を構える。
「ピヨピヨ(なるほど、こうやって鳥を解体するんだな?ってヒヨコをバラすなよ!)」
ヒヨコはピヨピヨ文句を言いながら慌ててお母さんの背後に回ってお父さんの魔の手から逃れる。
「冗談だよ、冗談。あははは」
「もう、そうやって昔、子供がギャン泣きしたの忘れたんですか?」
ピヨピヨと涙目のヒヨコを見てお父さんは苦笑する。
そんな事で息子さんを脅かすとか、酷い父親だ。ヒヨコが息子ならギャン泣きするだろう。いや、どちらもギャン泣きするのか?
その後、お父さんは熊の血抜きをしっかりして、今夜の献立は熊鍋になった。ご近所さんにもヒヨコと一緒にお母さんが配って回りとっても大盛況だったそうな。
熊鍋ウマー。