6章12話 始まる戦争
ケンプフェルト辺境伯領シュバルツシュタットにて、アルトゥル皇帝に一報が入る。
アルトゥルの手元には臣下であるギュンターを含め皇帝直属親衛隊四天王だけでなく、第3騎士団、第4騎士団が存在していた。ステラは皇帝の相談役として帯同している。
「獣王国にて戦争が本格化しました。アルブム、ベルグスランドが西と南から侵攻」
第4騎士団の連絡役が幹部会議の会議室に入ってきて一報を入れる。
「ついに来たか」
ギュンターが顔を引き締めて口にする。
「ですが謎の大魔法によりアルブム側は獣人を収容する施設20棟が全損、獣王国が主導権を握ったようです」
「謎?」
「分かりません。空から無数の隕石が飛来し、偶然、獣人の収容施設にピンポイントに落ちたとか。報告する側も理解できてなかったようで。まさか獣王国にあのような兵器が…」
連絡役は顔を曇らせるとアルトゥルは
「問題ない。それはうちの派遣した秘密兵器によるものだ」
と答え、騎士団や親衛隊の面々も感嘆する。
「あ、あの、今、皆が驚いたようですが、それだと陛下以外知らなかったのですか?」
慌てたようにギュンターが訊ねる。
「帝国皇帝だけが知っていた秘密兵器という訳ではない。まあ、今となってはそれに見合う立場を与えているから問題ないだろうし説明するが、………シュテファン・フォン・ヒューゲル・ローゼンハイム公爵の魔法だろうな」
その言葉にどよめきが起こる。
「帝都の英雄にそのような大魔法が?」
「シュテファンがそんな大魔法を隠し持っていたと?」
驚きの声を上げる一同。
「あれはエレンがほれ込み、あの竜王陛下さえもが一目を置いている男だ。20台後半に差し掛かるエレンに対して、父が一切婚姻の話を受け付けず、エレンの好きにさせていたのは、シュテファンを我が皇族に入れる為だ。俺はあの男程、多才な男は見た事がない」
「獣王国にそんな秘密兵器を送って大丈夫なのですか?」
ギュンターはアルトゥルを見る。
アルトゥルは首を横に振る。
「よろしくはない。だが、敵は魔法が利かない相手もいるのだろう?エリアスに取り付いてきた悪神の眷属のようにな。獣王国はそういう存在が現れただけで滅びるのは明らかだ。獣王国は魔法使いがいないからな」
アルトゥルの言葉に全員が頷く。
「この戦いの為に魔剣魔槍の類を準備させましたが、狙いはそこですか」
「そうだ。魔剣の類を獣王国には渡せん。人工魔剣はまだ量産しても数が足りてないからな。だが、人間は貸し出せる。それにシュテファンの師匠は獣王国の人間だったそうだし、今は帝国にも大きい立場がある。獣王国に大きい借りを作れるだろうし、コミュニケーション面ではさほど問題にはならん。仲間にモーガンがいるしな。彼も獣王国では一目を置かれているそうだ。一騎当千の冒険者パーティ一つを貸し出すだけで莫大な借りが出来ると思えば良い。ヴィンの下半身以外は何の心配もしていない」
アルトゥルの言葉に上層部の面々は苦笑する。
ヴィンフリートの悪名は酷いので上層部の面々は割と知っている事だった。
「それ以前に我が軍の問題もあります。アルブム軍が攻めて来ても問題はないでしょうが……このまま座視していていいものかと」
ギュンターの問いに軍の面々も話を持ち出す。
「王国軍は聖女と勇者をこちらに向けてます。ここに到達するまで1週間ほどと推定されます」
「それより先に攻めろと?」
皇帝の問いに軍の幹部たちは全員が頷く。
実の所、アルトゥルも想定していなかった。軍がこちらを動き始めているのは知っていた。だが、彼らは全く動いていなかったのだ。アルブムは大きくない。2週間あれば軍が首都から国境の全てに移動できる程度の距離だ。帝国の大きさとは全く異なる。
故にこそ帝国は国境線のある侯爵や辺境伯は大きい権力を渡しているし、軍も持たせている。ギレネとの国境を持つメルシュタイン侯爵、4つの国と国境を持つケンプフェルト辺境伯爵が前皇帝との間に政略結婚が成されていたのもそれが理由であった。
第1騎士団は帝都の守り、第2騎士団は皇帝直轄領の守り、第3騎士団は機動力の高く各地を助力する軍で、第4騎士団以降は各地域に騎士団が存在している。第4騎士団はケンプフェルト領に駐在する騎士団だ。ケンプフェルト領に第4騎士団があるという事時点でこの地が非常に重要な拠点である事を示していた。
ちなみに、この騎士団は第16騎士団迄が存在し、国境沿いの各領地に駐留している。
「エレオノーラ殿下は帯同させなかったのですか?」
「そもそもシュテファンとの話し合いで妊婦を出さない事が条件でシュテファンが出征している。従来、宰相補佐は帝都か俺の横だろう?公爵夫人に戦えとでも?」
「そう…ですね」
帝国最強が公爵夫人と言う時点でおかしな話なので、多くの者達が納得半分といった顔をしていた。
「ステラ殿、何か予知はないか?」
「特にはありませんが、母から異世界の神について聞いております。異世界の神はある程度の世界の情報は手に入れられるそうです。彼らからすれば、我々などいつでも食える食料程度の認識なのでしょう」
「舐められているなぁ」
「ただ、竜王陛下がいた事もあり、多少は警戒をしている筈です。ちょっかいを出す可能性はあるかと。王国の情勢はどのようになっているのでしょうか?」
「聖女と勇者の率いる軍勢が反乱軍を片っ端から潰しつつ、こちらへと向かってきているらしい。だが、我らを意識しているようには見えないな。村々を滅ぼす事に専念しているかのようだったらしい」
皇帝は腕を組んだままぼやく。その言葉に一同も頷く。
進軍速度は急いでいるようには見えないのかもしれない。実際、各地の反乱を鎮圧しているのが目的になっているからだ。通常であれば、それが戦力減退につながるのだが、悪神にとっては戦力増強につながっているから何が正しいかはわかりにくい所だ。
「それでは帝国の状況を調べたいという想いが至るには時間がかかりそうですね。先遣隊としてまたあの黒い影の魔物がくるかもしれません」
するとカンカンカンカンと警報が鳴り響く。
「どうした?」
アルトゥルは立ち上がって出入り口の方の兵士に訊ねる。
すると外から兵士がその場に走ってやってくる。
「黒い影の魔物が100匹ほど町の西側から現れました!」
「第3騎士団に魔剣や魔槍を持たせて当たらせろ!」
「はっ!」
「住民の避難もだ。オロールの二の舞は避けるからな!」
かくしてケンプフェルト領における戦争も始まったのだった。
***
ナベリスは地図を広げて近隣の地図を確認する。
「そろそろ俺の眷属が帝国の東部主要都市に辿り着いた所だろうな。お手並み拝見と行こう。それと……」
聖女達の一団がこの城に辿り着いてきていた。
聖女はブクブクと太り、かつての美しい面影は一切無かった。だが、見た目が悍ましい妖怪になりかけていても、悪神の加護により強化された魅了の力によって多くのイケメンの男たちを傅かせて好き勝手に振舞い酒池肉林を堪能していた。
男達に神輿のような台座に担がれながら聖女レイアはナベリスを見下しながら現れる。
「全く、この私を使おうなんて、何を考えているの?」
高い位置から見下す様にナベリスに視線を向けるのは聖女レイアだった。
「申し訳ございません、レイア様。ですが、帝国との戦いの前に魔力を得ておきたいのです」
対してナベリスは跪いて従う。
「ネビュロスはオロールを潰すのも楽そうだったじゃない」
「確かにその通りですが、この世界は魔力の吸収量が少なく、行使した力より得られる力の方が少ないのです。故に定期的に儀式を必要としています」
「はあ、他の神官はどうなってるのよ。やり方は伝えた筈よね?」
「レベルが低く使える人間はわずか。多くは北部の獣王国の戦争に駆り出されています。南部方面は是非とも聖女様にお力添えを願いたい次第です」
「仕方ないわね」
聖女レイアは露骨に嫌そうな顔で溜息をつく。
ナベリスが下手に出ているのはネビュロスが契約上、どうしてもレイアに逆らえないようにできているからだ。
ナベリスはそうではないが、それが原因でネビュロスがこの女から契約を切られてしまうと、この地に留まれなくなってしまう恐れがあった。
それを避けるために、態々下手に出ていたのだ。
「ありがとうございます」
ナベリスはレイアに跪いて礼をする。
(このくそアマが。ここでの作業が終わったら有無を言わさず魂を食い散らかしてやる。ネビュロス様の契約なぞ、もはや無きにも等しい事を思い知らせてやるわ)
ナベリスは心の中で忌々しく舌打ちをしつつも、従順な態度を示していた。
実際、儀式は神聖魔法、神の力を使う必要がある。神聖魔法はこの地に生まれたものしか使う事ができない。ナベリスやネビュロスには使えない魔法であるためにどうしても現地人を利用せざる得ないのだ。
この世界、アドモス対策の余波か、対神機能が備わっているという事に関してはネビュロスとナベリスの両者が共に理解した事だ。
肉を得て世界に顕現する必要があるが、肉を得るとシステムに縛られる。そして女神の恩恵を神が得られない。
このような女にさえ頭を下げて助けて貰わなければならない。しかし、それはあくまでもネビュロスの力が全て彼女から与えられた時点での契約となる。現在は仮契約状態。そして従っているように見せているが、ほとんど首輪から解き放たれている。それでも効率的には聖女を使った魔力収集が最も良いのだ。
魅了により忠誠を誓わせ部下として紐づけする事も可能だ。そうした者は死ぬと同時に魔力を吸う事も可能だったりする。だが露骨にやれば恐怖が魅了を上回って上手く機能しない可能性が高いので、戦争を隠し蓑に忠誠を誓わせた戦士たちと紐づけて戦場に送り出している。
とはいえ、途中で魔力が拡散しかねないので、ちょっとした地脈を使った技術を使ってはいるが。
「で、どこを滅ぼしてやれば良いのよ?」
「こちらの領都から西方を片っ端から片付けて西へ向かって頂きたいのです。村は軍で囲み逃がさないようにして、聖女様方に儀式魔法で滅ぼしていただきたく」
「そんなに必要なの?」
聖女は不思議そうに首を傾げるが、ナベルスは首を横に振る。
「帝国はネビュロス様の眷属を滅ぼしております。獣王国側は劣勢とも聞いております。本来の力を手に入れなければよもやもあり得ると懸念しております」
「ふん、超常の者という話だったのに超常どころか大した力も無いのね」
「全ての力を下ろして初めて超常の力を振るえるというもの。20分の1程度の力を下ろして終わりでは我が主とて厳しいのです」
ナベリスは向こうの弱みを口にする。
実際、リソース、エネルギー、魔力、魂とも様々な呼び名をするネビュロスのエネルギー回収は多岐にわたるが、最初の小規模召喚以来、レイアは何もしていないという点については責められても仕方ない事である。
無論、彼らはそういう事で責めつつも、逆にあまり人間側に動かれても困る理由は存在するのだが。
「ふん。分かったわ。その程度なら軽くやってやれば良いのでしょう?」
レイアはわざとらしく溜息をついて、重い体を揺らしながらナベリスから顔を背けて去る。
ネビュロスはレイアが面倒くさい相手だとし、早々に自由を与えて好きにさせていた。
その間に王国を乗っ取ったのは、ネビュロスにとって都合が良いからではある。
だが、呼び出しっぱなしで儀式の全てを行わず力の回収の残りをネビュロス自身にやらせている時点で大きい間違いが生じている。
ネビュロスは既に力の回収をレイアから貰ったもの以上を自らの力で手に入れている。
十分に力を手に入れるまでは適当に誉めそやし、自由と力を与え、利用するだけ利用する。
元より、ネビュロスは女神に『悪神』とよばれるだけあり、異世界の超常の力を持つ悪魔である。人間を誑かすのは得意技なのだった。
***
シュバルツシュタットに襲い掛かる影の魔物の数は100を超えていた。
対してシュバルツシュタットを守る騎士団は第3第4騎士団を集めて6000以上いるにもかかわらず、劣勢を強いられていた。
半数以上は避難誘導に当たっており、列車の第二便の物資の補給を待っている所となっている。
「人数で当たれ!守りを固めて押し返せ!街には入らせるな!」
騎士団長が叫びながら対応するが、影の魔物は攻撃しても大きいダメージを受けない為、体力的にも精神的にも兵士たちは絶望感を漂わせる。
「東側の防御が決壊している!誰か助けを!」
幾人もの帝国兵が敵の魔物に討たれて倒れ、混乱をきたす。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ」
そんな中、ラルフは凄まじい槍捌きで一匹の影の魔物を徹底的に槍で突いて切ってを休まずに続ける。徐々にだが黒い影が霧散し、やがて消えていく。
「ラルフ・フォン・ゼーバッハが敵を討ち取ったりーっ!」
ラルフが敵を単騎で討ったことに仲間が声を上げる。これは精神的な厳しさを緩和するために倒せるのだという事実を帝国軍に伝えるのが目的だ。
「困っている場所は俺を呼ぶっす!」
「帝国軍の威信にかけてシュバルツシュタットは断固防衛だ!」
戦場は激しい戦いとなっていた。
皇帝もまた第二便の物資及び人員の補強を待っていた。そのまま次は住民の避難を優先させている。
列車がやっと到着すると、兵士達や魔導師たちが走って出てくる。
「物資を下ろせ!騎士たちは魔剣をもって戦場へ向かえ!もう戦争は始まっているぞ!第2騎士団と宮廷魔導士隊は、第3、第4と共に連携せよ!この町を守れ!」
現場に出て声を上げる皇帝に第2騎士団長と宮廷魔導士長が傅いてから走って準備に取り掛かる。
そんな中、黒いローブを来た銀髪の女性が前に出てくる。帝国第3皇女ラファエラ・フォン・ローゼンブルクであった。
「兄上、どうして最初から私を連れてこさせなかった?」
「ラファエラ、来たか」
苦々しい顔で妹を迎える皇帝。
「来ますわよ。元よりアルブム討伐は私の訴えてきた事。もはや悪神に乗っ取られて、復讐相手はまともじゃないでしょうけどね」
ラファエラは舌打ちでもしたそうな顔でボヤく。
「一応、お前は我が国の皇帝が死んだ場合の最後の砦なのだが」
「これ以上兄弟達に亡くなられてはこちらが困ります。元宮廷魔導士筆頭の力を見せましょう。物理が利かない相手なのでしょう?」
「混戦になり非常に困った状況だが、任せられるか?」
「その為に来ました」
「俺は避難誘導に力を尽くす。弱いから戦えないが、俺の声は民に響くからな。適材適所と言う奴だ」
「国民は頼みます」
ラファエラは一際大きい魔石の入った杖を持って前線へと走り出す。
(見ていてください、ルーク様……。今度こそ貴方の望んだ平和を…)
ラファエラはギュッと杖を握りしめて東門へと向かうのだった。