6章10話 獣王国の戦争
そんな頃、ナベリスはネビュロスの元にやってきていた。
ナベリスの報告を聞いたレオナルドの形をしたネビュロスは顎に手を当てて唸る様に考え込む。
「なるほど。この世界にはどうも我等を超える何かがいるという事か」
そう口にして考えを切り替える。
「我等の住んでいた大陸よりも狭いというのに…厄介な事ですぜ」
「だが関わる事はないのだろう?」
「そうはいっていたらしいが、この大陸に居座っているとも」
……
「この世界の神はそれを飼いならしているのか?」
「分からねぇ」
ナベリスは痩身の老人の姿をしているが粗暴な性格はそのままのようで主に対して口調は酷いものであった。
「時折、世界のリソースを食い潰している者がいる為に、神自身が住民よりも弱い事はあるが……それ程のリソースが存在しているとは思えなかった。古代文明があったというが、それが滅ぶ前に膨大なリソースを手に入れたのかもしれないな」
「なるほど。ともすればこの世界の主神は力が弱っている可能性もあるな」
都合の良い事を口にするナベリスとネビュロス。
だが、竜王自身が神の権能を持っていて、過去にいた原住民的な神を意図せず排除してしまった為、それは事実であった。
とはいえ、その固定観念が人類をギリギリのふちに留まらせている事実に彼らは気付いていなかった。以前の世界から解き放たれて好き勝手にできる世界に来ていると思い込んでいるからだ。
神とは人の恐れや想いから生み出される概念生命体である。
故に人間の想像を超える事はない。人間の創造から生まれるから当たり前である。文明レベルの低い世界においては想像をはるかに上回る世界から来ているために、大きいアドバンテージを持っている。
彼らは知らない。古代文明が自分たちのいた文明よりもはるかに高く、その文明に生きた存在がいるという事実を。そんな存在を知っている神がこの地を見守っているということを。
「だが、最悪、先ほど言っていたドラゴンの領域も攻めるしかなかろう。どちらにせよ帝国を滅ぼした後だがな。この世界は非常に訝しい部分がある」
「確かにその通りだなぁ」
「だが、そうもいっていられないだろう。お前は帝国へと部下たちを攻め込ませろ。帝国の状況を観察したい。負ける事はあるまい。アルブム王国の軍と聖女を連れてこの国の反乱分子からリソースを奪っていく事にしよう」
「帝国からもリソースを多くとる必要があるんじゃないのか?捕えて儀式に使う方が良いと思うんだが」
ナベリスは首を捻る。
「結局のところ、滅べばこの世界の神は死に絶える。だが、無論、出来れば捕えようという腹積もりだ。その為の王国軍であり、聖女である。反乱する勢力の村を片っ端から生贄に捧げながら南へ向かわせる。お前は奴らと共にリソースを集めていけ。帝国の力を測る為、適当な部下を送り込め。コストは多少減らしても構わん。その分のリソースは回収できるだろう」
「承わったぜ」
「獣王国との戦争でもとらえた捕虜を纏めて作らせていた施設に叩き込む予定だ」
基本、神々の戦いとはあくまでも陣取りゲームになる。
どれだけ人類を屈服させられるかだ。相手の陣を奪えなくても潰せば結果的には相手の力を減らせる。この世界には膨大なリソースがスキルシステムとしてある為、それを超えれば勝利すると彼らはゲーム感覚で把握していた。
つまり、殺すか奪うかの二択と言う状況になっている。
そういう意味では、地上に住まう人類にとって、どちらにせよいい迷惑である。
宗教的思想というのは大きいリソースだという事を彼らはよく理解していた。
だからこそ最初に攻めたのは聖光教会の本拠ベルグスランドと女神教会の本拠オロールだったのだ。宗教を一つにまとめ残虐に染める。神を貶める事で神の力を落とすはずだった。
だが、実際には神の力は全く陰りを感じない。少なくとも神から人類に与えられる恩恵は一切失われていないからだ。訝しいというのはそういう事である。
「まさかドラゴンが神を信仰しているようだったら、それこそ厄介だからな」
「むしろあれらは自分達を信仰対象にするような連中ですから特に問題はないでしょう。何よりもドラゴン信仰などこの大陸には存在しなかった」
「そうだな」
彼らは大陸外の情報を持っていない。そういうシステムだからだ。そういう結界を女神が張っていたからだ。これは魔神対策の名残である。大陸外にはドラゴン信仰が存在していたりするが彼らには知る由もなかった。。
ネビュロスは溜息をつき最大限の警戒をしつつ、ナベリスの言葉にうなずく。
「ネビュロス様はどうするんだ?」
「私は引き続き、ここの地脈と接続し、支配地から魔力を吸い出す。もう少しで本来の力に届くだろう。リソースは少ないがこの世界の半数以上の力は手に入る算段がついた。あとは時間だ」
「時間だというなら、帝国迄態々手を伸ばさない方が良いんじゃないか?」
ナベリスはふと疑問を持って訪ねる。
「帝国は自ら動くことはしない。これまでの行動から明らかだ。ちょっと慌てさせてやれば良い。恐らく攻め込む事も無い。奴らはどうやら、こちらの事を察している節があるからな。無暗に踏み込むまい。専守防衛に徹するだろう」
「現地の神が動いている可能性があるという事か。ともすれば帝国は現地の神から我等の事を聞いている可能性もあるな。だが、スキルシステムというモノを覗いたが、そのような文言は無かったようだが……。神託もただのアナウンスみたいなものだったし」
予知スキルが神を下ろす為のスキルだとは予想もつかないだろう。
それが女神の使ったブラフであった。神託が全く女神の声を届けるものではないのが分かりやすくなっており、実際の神の言葉を受けるスキルなどと言うものは無いのだと騙す為に。
「このままリソースを奪って行こう。どちらにせよ、我らの力が取り戻せれば人間など取るに足らぬ。この世界の神には、手を打つことは出来ないだろうしな。」
「はっ」
彼らは着実に動き出す。
足場を固め、力をつけていた。決戦の日は近い。
***
ネビュロスの配下カーシモラルの軍勢は王国軍を連れて北上していた。
カーシモラルはグリフォンの体を貰っているが人の姿をして人の振りをしながら軍勢に指示を出す。獣王国の人間達を捕まえるように指示を出していた。元々、この北部は儀式のための施設を作っていたのでそれをそのまま引き継げばいいだけの話だったからだ。
「捕まえろ!手足の1~2本は構わん。生かして捕えろ!」
カーシモラルはこの国の騎士団長を喰い、その姿を借り受けていた。おかしい命令でも貴族制の厳しいアルブム王国ではその命令に忠実に兵士たちが動く。
さらにはネビュロスによって魅了状態にあり、解けば廃人になるほどのモノを掛けられている。
北部へ逃亡する一般獣王国民を前に、軍は徹底して獣人捕縛の命令を出していた。
アルブムの北部侵攻は苛烈なものになっている。
防衛において獣王国は人数が少ない為に、アルブムが戦線を大きくすることで獣王国の防衛要員のいない場所を攻めたてる。
無論、アルブムの犠牲も大きくなる。犠牲を度外視しているのはネビュロスの狙いでもあった。アルブムの兵士全員に死ねば自分のリソースとして吸収されるよう準備をしていたからだ。
***
シュテファン達銀の剣のメンバーとオラシオの5人は、連邦獣王国の首都カッチェスター市の城の最も高い位置にある高台で戦況を見ていた。
「あいつらは勝つ気があるのか?」
戦況を見守るオラシオは首を捻る。
「確かに戦線を広げれば数的有利なアルブムの方が優位だろうが犠牲は大きい。戦うまでもなく魔物にだって殺される。数的有利と言っても一年前の侵攻で壊滅しているから戦力も低いし、練度だって悪い。ありゃ、農民兵だぞ。国を滅ぼす気か?」
モーガンも不思議そうに首を傾げていた。
「でも違和感があるな」
「王国兵が死ぬと魔力が……何か…」
ヴィンフリートが首を傾げ、ユーディットがその違和感を感じた事を口にする。
そんな言葉を聞いてシュテファンは目を細める。
「魔力が大地に吸われている」
「え?」
「獣人が死ねば魔力は、普通に大気に散っているのだが、アルブム兵が死ぬと魔力が大地に吸収されて、伸びた根に吸われるように南へ移動するように見える」
「どういう事?」
ユーディットはシュテファンを見る。
「恐らくだが、アルブム兵は死んだら悪神とやらの魔力として吸収するよう仕掛けられているな。つまり、アルブムは自国民が死んでも悪神とやらの力になるから問題ないって事だ」
シュテファンの言葉にユーディットもヴィンフリートも唖然とした表情を見せる。
「無茶苦茶だな」
「最初から捨て駒かよ。いくらなんでも哀れ過ぎる」
モーガンは頭を抱えオラシオは溜息をつく。
「とはいえ、捕まれば向こうの手に落ちて同じく二の舞だ」
「その通りだ。アルブム兵も好きでやっている訳ではないだろうが、悪神に手を貸している以上、手を抜ける訳でもない」
「余りこちらの手の内は見せたくなかったが…………。まだ誰も捉えられていなかったよな?」
「報告ではその通りだし、こっから見ている限りでも運ばれてはいない」
獣人族の領地は基本的に小高い丘になっている。
カッチェスター市からは王国北部の平原が丸見えなので、基本的に王国軍の行軍があれば、襲撃の連絡が遅れて発される事はそうそうない。
だからこそ、500年もの間小競り合いが続いていても負ける事が無かったのだ。
「今のうちに収容施設はぶっ壊そう」
シュテファンはジロリと立ち並ぶ巨大な獣人の収容施設をカッチェスター市から眺める。
20も並ぶ巨大な収容施設。1つに付き5000人ほど収容可能な要塞でもある。
1つは城壁がぶっ壊れていて崩れている。これは以前、モーガンとオラシオが暴れた結果だ。
「いやいやいやいや、今から行くにしても厳しいし、それを成す人手がないだろ」
「シュテファン、気持ちは分かるがそれはさすがに無理があると思うぞ」
「今から皆でやろうって言うのか?厳しいぞ、それは」
一同がシュテファンの言葉を否定する。
「対竜王陛下用の決戦魔法があるんだよ」
シュテファンは魔法の指輪を親指から小指迄、10本の指に全てつけて、さらに魔法力を向上させるローブを着こみつつ、最上級の魔石のはまった金貨100枚はする魔法の杖を取り出す。
さらに2リットルも入ったマジックポーションを取り出す。
「飲みすぎて腹壊すからやりたくないんだけどな」
そう言ってシュテファンは杖を空に掲げて20もの収容施設を睨む。
全魔力を大量に消費しつつ、更にマジックポーションを飲みながら膨大な魔法力を上空に集中させていた。
空に巨大な歪みが見える。
「補助魔法LV10<隕石誘因>」
シュテファンは20個の魔法陣によるターゲットマークを収容施設に向ける。
一つ一つがコロシアムのように巨大な設備であるが魔法陣はそれを包み込むほど巨大だった。それが20か所である。
シュテファンはマジックポーションを再び口にして魔力切れを回避する。
莫大な魔法力が必要なのは見ている方も分かる。魔法に使う魔力量を減らす杖や魔法の魔力を肩代わりする魔石のはまった指輪、それに加えて一口で全回復するマジックポーションを酒瓶のような大きさで飲む辺り、規格外の魔法なのは誰もが理解する。
それから5分ほどすると空から巨大な赤い火の玉が轟音を上げて落ちてくる。
それが空からいくつも落ちて来て、20か所の収容施設に降り注ぐ。
一発当たっただけでキノコ雲が上がり大地が激しく揺れる。それが20か所に次々と落ちてくる。
もはや天変地異である。獣王国の面々でさえ悲鳴を上げて戦闘が中断する始末。凄まじい砂煙を上げて眼下の視界が遮られるほどだ。
降り終わった後でさえ未だに地鳴りが響いていた。
砂煙が晴れてくると地形が変わるような巨大なクレーターが大量にできていて、王国北部の平野は何もない荒野へと変わっていた。
「……って、お前!やり過ぎだろ!」
「なんだこりゃ!?」
シュテファンの周りにいた面々が驚きの声を上げて訴える。
すると後方から走って獣王であるガラハドとマーサの二人が飛び出して来る。
「何が起こった!?」
「まさか悪神が何かしたの!?」
2人は慌てた様子で一行に訊ねながら
「い、いや……悪神じゃなくて……」
オラシオは引きつりながら眼下の光景を見て次の句が継げない。
自分達が苦労して半壊させた施設であったが、まさかこんな遠距離から一網打尽にするなんてありえない光景だった。
「ううう、気持ち悪い。死ぬ」
シュテファンも流石に顔を真っ青にさせて地面に大の字になって倒れる。
「何があったんだ?」
ガラハドはオラシオにせがむように尋ねると、オラシオは倒れているシュテファンを指差す。
「そこのバカがとんでもない魔法を使いやがって、敵の収容施設どころか地形そのものを書き換えやがった」
「……な、なるほど。帝国最強ってのはこういう事か」
「いやいやいやいや、俺らも知らねえから!」
モーガンやヴィンフリートが大慌てで手を振って否定する。
「こ、これをシュテファン殿が?……………て、帝国と結んでおいて良かったね」
「信じられない。こんな魔法が存在するなんて……」
ガラハドは引きつり気味にオラシオに笑いかけオラシオもまた引きつってしまう。マーサもあまりの魔法に呆然と口にする。こんな魔法を獣王国に放たれたら一瞬で勝負がついてしまうだろう。
神でもなければどうしようもない大魔法だ。
というよりも、自分の国さえ滅ぼせるような魔法の使い手なんて想像の埒外だった。
「数年前、竜族と人権宣言の加入を巡って帝国が話し合おうとしたのだが、エレンが一撃で大怪我してしまい、竜王陛下相手に話合うのは不可能だという事があってな。竜王陛下対策で半年かけてこの魔法を身に着けて挑んだんだ。まあ、竜王陛下に傷つける事が出来た俺の切り札なんだが…」
「いや、竜王陛下、よく生きていたな」
「いや大小合わせて50発くらいの隕石を全てガードして、頭にタンコブが出来てかすり傷からちょっとだけ血が染み出ていただけだがな。『フハハハハハ、やるではないか、人間よ。良かろう、貴様の頼みならば、話を聞いてやろうではないか』と」
「竜王が強すぎる」
モーガンが呆れるようにぼやく。
「まあ、そういう意味では……竜王陛下に挑むよりは割とマシではあるな。今回の戦いは。魔法の効果が発揮するまで速度の衰えた状況で竜王陛下の攻撃を逃げ続ける方が遥かに厳しかったし」
「帝国は知ってるのか?」
「宰相閣下には黙っている事を約束にして再交渉に参加してもらっているから、帝国は皇帝と宰相しか知らない筈だ。知っていたら悪魔王討伐の件もあったし、宮廷魔導士や軍が黙ってなかっただろう」
「フルシュドルフの町長さんが実は帝都を滅ぼせる大魔導士とかシャレにならねえよ」
うんざりと言った顔で呻くヴィンフリートであるが、シュテファンは肩をすくめる。
「まあ、それも含めて運命なんだろ」
そのフルシュドルフに師匠の娘が保護されていたのだから。
それこそ、最も自分がやりたかったことであり、知らぬ内になされていたのだから、人生とは分からないものである。
「とはいえ、こんなもん見たら、さすがの悪神とやらも焦るんじゃないか?」
「だろうな」
ヴィンフリートは呆れたようにぼやき、モーガンは肩をすくめる。
「獣人族を捕縛して集める場所がない以上、奴らも戦い方を変えてくる筈だ。混乱している内に叩こう」
「というか今の状況でウチも混乱しているから帝国の魔法が敵陣営を叩き潰したと触れ回った方が良いでしょうね」
ガラハドが防衛から攻勢にシフトするよう口にし、マーサはそれに対してより相手に混乱を生ませるような策を出す。
「よし、打って出るぞ!」
ガラハドは叫び獣人達の軍勢が動き出す。
ガラハドの言葉に獣人達が続く。町中が盛り上がる。
準備をしていた戦士たちが即座に動き出す。
獣王国とアルブム王国との本格的な戦争が今始まった。
***
「何が起きた?」
カーシモラルは背後の吹き飛んだ収容施設を眺め呆気に取られていた。
「団長閣下!収容施設が全損です!上空から何かが落ちてきたようで………」
逐次報告する部下達であるが、それはカーシモラルも目視していた事だ。
どう見ても偶々隕石が落ちて来て、偶々収容施設20基だけを吹き飛ばした、という状況であるが、偶々だとは思えない。
「魔法……。あんなものもあるのか。ちっ……予想以上に厳しい戦いになりそうだな。イポスが負ける筈か。一度軍を集結させろ!収容施設が潰れてしまえばもう捉える意味はない。殺すつもりで当たらせろ!」
そう言いながらアルブム軍に指示を出し即座にまとめ上げる。
そんな言葉を吐きながらカーシモラルは腹の底では別の事を考える。
(いっそ、こいつらを皆殺しにして俺のリソースに持ってくるか?だが、まだ肉の盾にはなる。敵もあんな大魔法をポンポン使えるような魔力はあるまい。殺されるにしてもまとめて殺された方がこちらとしても楽だ。中途半端に力が分散する位ならな)
カーシモラルもまた、王国兵をあくまでも捨て駒としか考えていないのであった。