6章9話 ヒヨコ、流される(物理的に)
ヒヨコ達は早朝に眠りについて、昼前に起きてステちゃんと合流する。
軍も同じ頃には活動を開始していた。国境線付近での軍事訓練である。
イグッちゃんとステちゃんとヒヨコと山賊の親分が宿屋の食堂で食事をしていた。
「ピヨピヨ(竜王、巫女姫、皇帝、ヒヨコ。首脳会談だな)」
「いや、ヒヨコは違うだろ」
イグッちゃんはブンブンと手を振ってツッコミを入れる。
「帝国の魔物代表と言う事で。まあ、別にそういう話をするつもりはないのですが。竜王陛下は今回の件は関わる予定はないと?」
山賊の親分はヒヨコを帝国代表にしてくれた。だが、別にこれまでの不敬を許すわけじゃないぞ?
「というか、俺は魔神の件も関わるつもりはなかったんだがな。俺が本気になったら世界が本当に滅ぶから。神の座に行ったり、その場を乗っ取りたいというなら、どうぞご自由にと言った所だ」
イグッちゃんは意外にざっくばらんだった。
「神に世界を乗っ取られて問題はないのか?」
山賊の親分の言い分は尤もだ。住んでる我らは大丈夫なのかいな?
「乗っ取られて困る事があるのかさえ分からん。もしも困ったら神の座に登って俺が神を殺せば良いのだろう?」
「神を殺せば良いですむのが怖いな」
格上風をふかしているけど、実はイグッちゃんが格下って事もあり得ると思うのだが。
「神々は基本的にリソースの奪い合いだ。知的生命体の魔力というか魂と言っていいかな。それがリソースと呼ばれている。だが、この世界はどうも他の世界と比べて手に入るリソースが少ないそうだ。だからたくさん人間を殺さないといけない。本質的には虐殺だな。魔神喚起の儀式と言うのは生贄の魂をそのまま手に入れられるから、その場で殺すよりも、捕えて儀式で殺す事をするらしい」
「それが生贄の正体かぁ」
山賊の親分は溜息をつく。
儀式をする事で大きい力を手に入れられる。
儀式をしなければあまりたくさんの力は手に入らない。そういう事なのだろう。
「この世界の女神に勝つにはどの程度の生贄が必要なんだ?」
「この世界の女神に勝つ必要な生贄量を教えたらどうなるか分からん。それは聞かない方が良い」
「いや、具体的にどの程度くらいは…」
「この世界の人間の1000倍以上は必要だろうな、最低限で」
「……は?」
山賊の親分は凍り付く。
「ローゼンブルク皇帝よ。お前は歴史を知っているか?」
「ある程度は。古代文明時代が竜王陛下によって700年前に破壊され、500年前に魔神の侵攻があってこの世界の女神が救ってくれたって話でしょう?」
「そうだ。古代文明はこの世界の1000倍以上の人口があって、おれは直接的間接的にこの世界の1000倍くらいの人間を殺している。その俺が勝てない相手、それが女神だ」
「……そ、それは…」
山賊の親分は呆気にとられたようにし、何とか言葉を紡ぐが理解がおいついてこない。
ほほう、あの駄女神、そんなに強いのか。
さすがヒヨコの母ちゃんだ!
※違います。
………え?違うって?
「女神に勝とうとしても無理だと分かればこの世界をぶち壊して逃げるだろう。この世界に呼び出され神の座に登ろうとしているような神にとっては、その事実は絶望的なものだ。壊して逃げた方が楽だが、壊される我々には溜まったものではないからな」
「逆に言えば竜王は壊して世界から出て行く事も容易いと?」
「一度ぶっ壊してるからなぁ。人類をほぼ壊滅させた時点で俺は破壊神として神々の序列に上がってしまった。女神から神の頂に向かうのはフリーパスだと言われているのはそういう理由があるからだ」
「想像もつかないな。だが、この世界において異世界の神というのが厄介だというのは分かった。そして竜王自身が自分の力がこの世界において身に余り、それを自覚しているというのもよく分かった」
山賊の親分は腕を組んで考え込むよう唸る。
イグッちゃんは暴れん坊だからな。ヒヨコの目にも余るぞ?
「まあ、その通りよ。ここで飯を食い終わったらさっさと帰らせてもらう。お前とて、制御不能な化物は手に余るだろう?」
「そうだな。そもそも俺は皇帝にさえなりたくはなかった。面倒くさい事、この上ないだろう。だが誰かに任せても国が荒れる。結局は俺がやるしかないのだろうな」
「そういうな。歴代皇帝はロクな奴がいなかったからな。お前は賢い方だ。これから千年か2千年か時間を過ごせばまた古代文明に追いつき追い越すだろう。大国のトップが足を止めて誰かに頼っていてはいくら時間が過ぎても届かない。女神は元々、このスキルシステムは魔神に対する助力だったのだ。魔神はもういない。ならば必要なくなるのだろう。その内、システムも停止する。その前に人類は魔物とも共存できるようになる必要がある。お前は間違ってはいるまい」
「……竜王のお言葉、痛みいる。ラルフの件も含めて、重ね重ね感謝する」
山賊の親分は頭を下げる。
「若輩を導くのも神の務め、らしいからな」
「ピヨピヨ(軽いブレスで脅すつもりだったのに、最弱のブレスで友達の娘をうっかり殺し掛けたイグッちゃんの導きには些か怪しいと思う)」
「さ、さて、何の事やら」
シレッとイグッちゃんはそっぽ向く。
もう認めて謝っちゃえよ、YOU。
ヒヨコがサポートしてやってるのに空気を読めない駄竜だ。トニトルテ二世と名付けちゃうぞ?
「とはいえ、寂しくなったねぇ。トニトルテとは半年以上の付き合いだったし。ちょっと背伸びしたたがる妹みたいな感じだったから」
するとヒヨコの心を読むようにトニトルテの話題を出すステちゃん。
「ピヨピヨ(ヒヨコ的には頭が軽くなって嬉しいぞ?)」
「そういうとバカみたいだよね。まあ、ヒヨコはバカだけど」
「ピヨヨーッ!」
なんて酷いことを言うんだ。ヒヨコはいつだって賢いのに!賢さ全開なのに。思い出すだけでも賢い過去がふつふつと思い出される。
山賊の襲撃に対してステちゃんを守りつつ、颯爽と戦いに向かう戦略能力!
→トルテがブレスで一掃する予定を忘れて、ヒヨコはブレスの巻き沿いに。
レースの時、森の木々を掻き分けて全速で掛け抜ける高度な判断力!
→素早く木々を避けている間にウッカリ180度回転して、ヒヨコは森の入口に戻る。
レース始まる前に客に手を振って人気アップを企むあざとい計算力!
→手を振りすぎてスタートを忘れ、ヒヨコだけ置いていかれる。
反省してちゃんと後輩君を相手に戦い優勢に進める学習能力!
→何もかも忘れすぎて反則で敗退。
………
「ピヨピヨ(あれ、おかしいな。ヒヨコはウッカリした事しか思い出せない。)」
「ヒヨコはドジで強いつもりだから」
「ピヨヨーッ!」
ステちゃんの死刑宣告にも近い言葉に頭を抱えて嘆きの声を上げる。
「とはいえ、最初から高度なスキルを持っていたとしても1年弱でそのレベルは既におかしいがな」
「そう言えば0歳だったな」
「ピヨピヨ(そろそろヒヨコの誕生日が来てくれてもいいと思うのだが。)」
「ヒヨコよ。神眼でもっと深い階層まで見れば秒単位で誕生年月日が分かるのだが」
「ピヨヨーッ!(それを早くいってくれ!)」
「だからお前はウッカリものと言われるのだ。女神公認の迂闊者とかどれだけうっかりしているのだ」
「ピヨピヨ(おのれ、女神め。いつかヒヨコがピヨピヨしてやる!)」
「偶に言うヒヨコのピヨピヨするってどういう事なんだろう?あまり攻撃的な印象が無いんだけど」
ステちゃんが呆れたようにヒヨコに言う。
そうだろうか?
ピヨピヨするぞって言われたら恐怖が湧かないだろうか?
「ピヨピヨ(ステちゃんは分かってないな。ヒヨコとトルテの喧嘩だってピヨピヨきゅうきゅうしているではないか。ヒヨコが一方的に攻撃するからピヨピヨするのだ)」
「なんだろう。かわいらしい表現に聞こえるけど、このヒヨコのピヨピヨが非常に物騒に聞こえてきた」
「さてと、そろそろ俺も去るかな。竜の領域に」
むうとイグッちゃんは伸びをして息を付く。
「それでは町の外まで送りましょう」
「良い良い。その小娘を頼む。死んだ友の形見でな。ちょっと驚かせようと思っただけで焼き殺してしまう程弱いのだ。我が近くにいては本当に殺しかねん」
「巫女姫殿は私の近くに置いておきますよ。皇帝の一番近い場所が一番安全ですからね。まあ、相手がそれ以上かもしれませんが…」
「それじゃあ、達者にやれよ。ヒヨコもちょっとは役に立てよ。それじゃあな」
イグッちゃんは金貨一枚を置いて食堂の食事をすべて平らげてから去ろうとする。
「ピヨピヨ(ヒヨコは強すぎるから竜の領域に行こうと思うのだが)」
「こら」
ビシッとステちゃんがヒヨコの頭にツッコミを入れる。
「飛べたら連れて行ってやるよ」
イグッちゃんはヒラヒラと手を振って振り向きもせずに去っていく。
「ピヨピヨ(いつか空を飛んで遊びに行ってやるのだ)」
「それが……ヒヨコを見た最後の時だった」
「まあ、ドラゴンの領域に得体のしれない鳥が飛んだら焼き鳥になるわな…」
「ピヨヨーッ!」
言われてみたらそんな結末が見えうような気がしてきたぞ?くうっ、イグッちゃんめ。なんと忌々しいのだ。
やはり奴はヒヨコの天敵だったか。
***
ヒヨコとステちゃんは山賊の親分と一緒に辺境伯領主邸へと向かう。
南の方から大きい川が流れていて、それが大きい山から流れ込んでいて、街の途中で東西に分かれている。
「ここはちょうど東に行くとアルブム王国へ、西に行くと我が国へと川が向かうようになっているんだ。ここらは標高が高いから意外と急流でな」
「はあ…」
「アルブムに透明な瓶に手紙を入れて流し、反乱を促すとか、そういう遊びが俺の子供の頃に流行っていたなぁ」
「いや、それダメでしょ。っていうか何でそんなんで反乱を促せるんですか?」
「向こうじゃ自国の経済の悪さに国民は不満を持っているんだ。帝国が敵だと教え込むことで恨みを植え付ける国策を取っているが、帝国の豊かさに国民は羨ましがっているんだ。あの国は閉鎖的だからな。それを見て亡命してくる人間も多い。だからか、辺境伯領は他国出身の人間がかなり多いんだ。川沿いの獣人が、川を上れば獣人差別のない帝国に行けると知る機会にもなっていたりする」
「ピヨッ(ほうほう、こんな川でも戦略の一環になるという事か)」
ヒヨコはピョイッと橋の上に乗って川の方を眺める。
「ちょ、ヒヨコ。落ちるから気を付けなさいよ。ヒヨコは泳ぎが出来ないんだから」
「ピヨピヨ(こんな橋から落ちる等ありえぬ事よ。見よ、橋の手すりでも微妙なバランスで踊れるヒヨコダンスの切れを!)」
ヒヨコは橋の手すりの上でフルシュドルフダンスの一節を軽く踊り、更には走りつつ、側方宙返り、伸身前方宙返り1回半捻り、後方伸身2回宙返り、そこから後方4回宙返り4回捻りという超大技を披露する。
しかもピタ着である。
「おお、凄いな」
「ピヨピヨ(ヒヨコにお任せあれ)
「あんまり調子に乗らないの。ヒヨコは私の予知もしない所でコロッと変なことするから不安なのよね」
ステちゃんは呆れるようにぼやく。
「ピヨピヨ(この体幹の強いヒヨコがそんなうっかりミスをするとでも?ヒヨコはそんなうっかりは死んでもしないのだ、おっと)」
ヒヨコはステちゃんと山賊の親分と並ぶようにして、橋の手すりの上を歩いていると、橋の手すりの上に小石が置かれていたのでヒヨコはそれをまたぐ。
すると足元がツルリと滑って川の方へ落ちてしまう。
「ピヨッ!?」
「あ」
「え?」
ステちゃんも山賊お親分もポカーンとした顔でヒヨコを見ていた。
ポチャンとヒヨコは川面に着水する。
急流の川がヒヨコを押し流す。
アプアプ、誰かヒヨコを助けて!?
泳げないヒヨコはどうにか川の岸へと向かおうとするが流れが予想以上に強く、全く前に進まない。東西に分かれる分岐の川を、東側へと流されてしまう。
「ピヨヨーッ」
ヒヨコの視界にいるステちゃんが豆粒のように小さくなっていく。
「え、えー」
「………。予知が間に合わなかったか?」
「いや、ヒヨコには予知があまり利かないので……想定を軽く超えていくというか…………マジか、あいつ」
「ま、まあ、どこかで岸にたどり着いて戻ってくるだろう」
「そ、そうですね」
そう言いながらも全く岸にたどり着けず下流のアルブム王国の村に辿り着く予知をしていたが、ステラはあきらめ気味に溜息をつくのだった。
「私、ヒヨコをこの地に連れてくるために来たのに、何でアイツが流されていなくなるの?」
「うん、知ってた。どうしてあのヒヨコが流されて行くんだろう?」
ヒヨコの知らぬ所で何やらヒヨコを蔑ろにした話がされていたとか、されていないとか。
***
アプアプ
誰か助けて!?
ヒヨコが流されてしまう!どういうことだ。ヒヨコの泳ぎではこの急流を渡る事さえ許されないのか?ああ、シュバルツシュタットが遠ざかっていく!
だれか、ヒヨコを助けて!?
かつて、獣王国の崖下に落ちて川で流されそのまま帝国迄辿り着いてしまったように、ヒヨコは悲しくもどんどん流されていくのだった。
「ピヨヨーッ!」
ヒヨコは嘆きの悲鳴を上げるが、そんな悲鳴も川に流されてしまうのだった。