6章7話 ヒヨコ達の別れ、そして…
アルブム王国南部バシュラール伯爵領に痩身の老人が一人やってきていた。
悪神ネビュロスの配下、ナベリスである。粗暴さを隠すかのような姿であるが、本性は巨大なケルベロスの姿を持ち合わせている。
己が滅ぼした事で人間がいなくなった廃墟の領地の居城に立ち、西方を睨む。
ここに近づいてくる強者の気配へ部下達を向かわせたが、それらはほとんど消え失せていた。
首を捻りつつも思わずため息をついてしまう。まさか返り討ちに合うとは思ってもいなかったからだ。少々侮りすぎたか?と考え直す。
すると黒い影が自分の所へ戻ってくる。遣わせた一体であるが、かなり力が弱っていた。他の4体は影も形も消え失せていた。
「何があった?」
「2体の巨大な力を持った人の形をしたドラゴンが二体、その子供が二体、恐ろしいほど強い人間が1体いました」
そんな報告をする黒い影。
もしもここにヒヨコがいたら『こら!ヒヨコを無視するな!エセベロス君のくせに生意気だぞ!』と憤慨した事だろう。だが、当然であるが、ここにはヒヨコはいない。だから無視されっぱなしである。
ナベリスは腕を組み顎に手を当てる。
「逃げて来たという事はある程度情報を掴んできたのだろう?」
「はっ……彼らはこの大陸から去るそうです。我らと女神との戦いに興味はないと」
黒い影は正確に報告する。
その言葉にナベリスはきょとんとした表情になる。だが、そしてニヤリと笑う。
「なるほど。奴らは神々の抗争を理解しているという事か」
「ただ……ドラゴンを率いていた人間は、竜の領域に帰って干渉しないとも言っていました」
「それは人間だったのか?」
「ナベリス様に頂いた目で見ましたが人間でした」
黒い影は首を横に振る。
「ただ、俺の力が見えるか?見えないという事はどういう事か理解しろと…」
ナベリスは余裕の顔が一転して戦慄した顔へと変わる。
「!………まさか……」
「ナベリス様、まさかとは?」
ナベリスは信じられないという顔で恐る恐る口にする。
「……その者、我らを超える力があるのかもしれん」
「そんなまさか。こんな程度の低い文明世界においてありえぬ事です」
ナベリスの配下は陰である為に表情などないが、明らかな動揺を示す。
この貧弱な世界で、神をも超える存在がいる筈がないという考えがあった。
「神同士が殺し合う事もありえる。神同士の戦いは相手のエネルギーの奪い合いだ。この世界にあるリソースを既に多く奪ったものだとしたらどうだ?」
「ま、まさか。あり得るのですか?」
「この世界は歪だ。だが歪さの原因がその人の形をしたドラゴンにあるとしたら、お前が手を出して勝てる相手ではないだろう」
真の神であるネビュロスや自分達のような直属の配下でなければ勝利は難しいと考える。
「ネビュロス様に報告をした方がよいな。指示を聞いてくるまで決してその者に手を出すなよ」
「はっ!」
「お前は私がいない間にラングレー地方の領都を落とせ。私は一度ネビュロス様の元に向かい、指示を仰いでくる予定だ。西方の地は任せたぞ」
「はっ!」
ナベリスはケルベロスの姿に戻る。
そして、その場から城を飛び出ると、すさまじい速度で王都レオニスへと向かうのだった。
***
夕暮れ前に、ヒヨコ達はついにケンプフェルト領の領都シュバルツシュタットへとやってきていた。
シュバルツシュタット、つまりは黒い都市だ。夕暮れ時だから、これから夜になる。暗くなるが町とは関係ない。
何故に黒い都市?
「ピヨピヨ(何で黒い都市なんだ?)」
「さあ?」
ステちゃんは役に立たないな。
「ピヨちゃんも役に立たないでしょ」
カイグリカイグリとステちゃんはヒヨコの首をヘッドロックで締める。
できればステちゃんにもっと豊満な体があれば、ヒヨコもヘッドロックされ甲斐があるのだが。残念、貧乳でした。
ヒヨコ達は歩いて、領都シュバルツシュタットの外に出る。
するとイグッちゃんと一緒に居た青竜女王さんと黄竜女王さんは幼竜姿の息子と娘を抱きかかえる。
「さて、ではそろそろ私たちは行きましょうか」
人の姿をした黄竜女王さんの言葉にグラキエス君とトルテはビクッとする。
「きゅうきゅう(ほ、本当に行っちゃうのよね?母ちゃん達もここに来たのは長い筈なのよね名残惜しくは…)」
「イグニスと異なり、私たちは神を侮ってはいません。尖兵風情が敵ではなくても神本体は計り知れないでしょうし、神がイグニスの勘所を刺激して戦う事になったら我らは邪魔ですから。他大陸に非難するというのはそういう事です」
黄竜女王さんよ。それは下手するとイグッちゃんが暴れて自分達に被害を出すかもしれないから避難すると言ってないか?
「きゅうきゅう(す、ステラ。何かこう、引き止める事はないのよね?)」
トルテは慌てたようにステちゃんに視線を向ける。
ステちゃんはそんなトルテの様子にニヤリと笑い、トルテを覗き込むように見る。
「何?寂しくなっちゃった?」
「きゅうう(べ、別に寂しくなんて無いのよね?)」
プイッとトルテはそっぽ向く。どうやら別れが寂しいらしいが一生懸命悟らせまいとしているようだ。ピヨピヨ、寂しんぼはトルテだったか。
「大丈夫よ、トニトルテ。また会えるから。私たち長寿種族にとっては長く生きる中のたかが数年の事よ。トニトルテはまだ小さいから寂しいだろうけど」
ステちゃんはよしよしとトルテの頭を撫でるが、トルテはブンブン手を振ってその手を払いのけるのだった。
思えばトルテは物心をついて出歩いた先で人間に捕まって、それからステちゃんと共に過ごしていた。本を読んであげたり一緒に寝たり、ステちゃんはトルテにとってお姉ちゃんやお母さん的なポジションだった。それは寂しいのかもしれない。
「ピーヨピヨピヨ(どうやらトルテが一番のさびしんぼだったようだな!)」
おっと、うっかり声に出てしまった。
「きゅううううっ!(誰がさびしんぼなのよね!ヒヨコと別れるのはせいせいしているのよね!ヒヨコこそ、頭が軽くなってトニトルテの重さが懐かしいとか言い出すに決まっているのよね)」
「ピヨッ!(いや、それはない。だがトルテはヒヨコの頭のフカフカ具合が懐かしくなるだろう)」
「きゅうきゅうっ!(それは絶対にないのよね!)」
ヒヨコとトルテがにらみ合う。トルテは黄竜女王さんの胸の中から這いずりだして地面に降り、ヒヨコに角を向けて攻撃をしてくる。ヒヨコは嘴で応戦する。
カツンカツンとトルテの角とヒヨコの嘴が交差する。
「やめるのです」
「こらこら」
黄竜女王さんとステちゃんにトルテとヒヨコは仲介されそうになるが、
「きゅうっ!」
「ピヨッ!」
トルテは黄竜女王さんに捕まる前に頭を振ってヒヨコに角を突き付けてくる。ヒヨコはチクッと瞼に角をかすらせるが、そのまま嘴をトルテに付きつける。コスッとトルテの頭に突き刺さる。
「きゅ~(イタッ、痛いのよね!)」
「ピヨヨ~(瞼に角が!?)」
トルテは頭を抱えてコロコロと転がり、ヒヨコも目元を抑えてコロコロ転がる。
『ついに雌雄を決してしまったのだ。雌がトルテで雄がピヨちゃんなのだ』
グラキエス君はうんうんと頷く。それは武闘大会の時にヒヨコが言った事なのだ。
トルテはきゅうきゅうと涙を流しつつ母親にしがみ付く。
「イグニス、それじゃあ私たちは実家に帰る」
「うむ、元気でやるのだぞ」
「トニトルテともお別れなのだ。ステちゃんと別れるのを惜しむのは良いが、兄と別れるのも惜しんで欲しいのだ」
「きゅうきゅう(ヒヨコの嘴が頭に刺さって痛いのよね。もうおうちに帰るのよね。言っておくけど、別れるのが悲しいから泣いているんじゃないのよね。ヒヨコの嘴のせいなのよね)」
母に抱かれながら頭を抱えているトルテはまだ泣いていた。
「ピヨピヨ(ヒヨコが泣いているのは別れが悲しいからじゃなくて瞼に角がかすったからだからな。いや、マジで)」
涙も血も止まったが、マジでヒリヒリする。ヒヨコは目元を擦っていた。事実、かすった左瞼しか涙は出ていないのだ。
領都の城壁の外に出ると青竜女王さんと黄竜女王さんはドラゴンの姿になる。
黄竜女王さんは20メートルくらいの体長になり城壁がひざ元程度の大きさに見え、トルテは手の上に乗った感じだった。グラキエス君も大きさを成竜状態になって5メートル程度の大きさになるが、青竜女王さんはさらに大きくシュバルツシュタットの遠くに見えるお城よりもはるかに大きかった。
そして途端に物凄く寒くなってしまう。ただ息をするだけで青竜女王さんは世界を凍らせる力でもあるのだろうか?恐ろしい。
『イグニス、それに人の子らよ。また会いましょう』
『それではさらばなのです』
『また、なのだ~』
「きゅ~きゅ~」
バサッと翼を翻すだけで暴風が吹き荒れる。
ステちゃんは吹き飛ばされそうになるのでヒヨコが背後で支える。
二匹の巨竜が空を舞い巨竜の手元にいる小さな竜たちは手を振って別れを惜しむ。トルテはまだ泣いていた。
「ピヨピヨ(トルテの奴、ヒヨコに突かれたから涙が止まらないと言っていたが、本当か?)」
「そこは察してあげなさいよ。トルテは意地っ張りだから」
ステちゃんは笑いながらトルテとグラキエス君を見えなくなるまで手を振って見送る。ステちゃんもまた目の端に光るものを見えるがヒヨコの気のせいではないだろう。トルテは1年弱だがいつも共にいたのだ。寂しかろう。
ヒヨコも翼をパタパタと振って見送るのだった。ヒヨコが泣いているのは瞼が目から勝手に零れているだけだからな?
今なら、卒業式に欠伸しているだけなのに泣いていると言われている人の気持ちが分かるぞ。
そして、青竜親子と黄竜親子が地平の果てへ、あっという間に見えなくなる。
するとイグニスはふむと頷く。
「じゃ、街に戻るか」
「ピヨピヨ(イグッちゃんは竜の領域に帰らないのか?)」
「少しくらいは遊んでも良かろう。旅先の地酒を飲まずして竜王を語れるか!?」
「ピヨ、ピヨピヨ(いや、竜王は地酒を飲まなくても語れるだろう)」
イグッちゃんはフハハハと笑いながらヒヨコの頭を大きい掌でワシッと掴み移動を始める。
「あの~、その前に……」
「まあ、多分、行きたくても行けないだろうしな」
ステちゃんが何かを言おうとして、イグッちゃんは苦笑して目の前の城門の影を見る。
すると下っ端君がやってきていた。
「竜王イグニス陛下、私はラルフ・フォン・ゼーバッハと申します。お願いがあり参ったっす」
イグッちゃんはうんざり顔で下っ端君を見下ろす。
「まあ、良い。食い物屋だ!そこの下っ端Aよ。この町で上手い地酒と食事を提供する食い物屋に案内せよ。話はそこで聞いてやる」
「ピヨピヨ(ヒヨコとステちゃんも同行しよう)」
「さらっと奢ってもらう気が見え見えよ、ヒヨコ」
「構わぬ。俺は太っ腹だからな。竜の領域にも俺の在庫にも未だトンを軽く超える黄金やミスリルが眠っている。昔、多くの国を滅ぼしたりした時や竜王として騎士団などを迎え討った時にたくさん手に入れたのだ」
「あまりにも曰くが酷すぎます…」
ステちゃんは頭を抱えてぼやくのだった。
下っ端君は仕方なく料理屋を案内する。
そこは大衆食堂然とした普通のお店だった。
「この都市の地酒と今日のおすすめ4人前で」
と下っ端君は食堂の店主に声をかける。
「おう、ってラルフか。久しいな。アルトゥル様と一緒に帝都に行っていたようだがどうしたんだ?」
「戦争があるって聞いてないのかよ」
「無論聞いていたさ。でもそういう気配が全然ないからな。それにうちは戦争の都市、幾度となく焦土と化したシュバルツシュタットの人間が戦争なんかで逃げるかい」
「ちがいねぇ」
下っ端君は笑いながら4人用テーブルに案内する。
イグッちゃんの横にヒヨコ、下っ端君の横にステちゃん。
「ほほう、中々の美味だな。帝国はシュンスケのお陰で旧世界時代の食事に近いモノが出るからな。この大陸から離れられん」
「ピヨピヨ(旧世界?)」
「まあ、俺が滅ぼした過去の文明だ。人があの月へと渡った事もある過去の魔法科学世界だな」
「滅ぼしたんですか?」
「別に滅ぼすつもりはなかったんだがなぁ。俺とて過去の人間達によって生み出された生体兵器の子孫よ。その中でも最強と謳われたものよ」
「今でも十分最強ですが……生体兵器?」
「まあ、お前らには理解の難しい時代の話だ。元々獣人やエルフもそう言った時代に生み出された種族だからな。シュテファンや前の皇帝や宰相、今の皇帝もそうだが、当時の状況を知識としてそこそこ理解があるからな。恐らく皇族の秘伝か何かだろう。シュンスケの奴が俺の話から伝えていたのかもしれんな。アイツはその時代を想像できる程度に進んだ文明世界から来ているから」
イグッちゃんは難しいことを言う。ヒヨコは難しい話が大嫌いだ。分からないからな。
「女神様はどうしていたのでしょう?」
「聞いてないのか?いや、そうだったな。フローラの奴は何もお前に教えずにこの世界から去ったから……。あの女、まさか俺に全部任せるつもりだった訳じゃないだろうな」
イグッちゃんはげんなりといった顔でぼやく。
「はあ……うちの母が何かすいません」
ステラは申し訳なさそうに頭を下げる。
だが、ヒヨコは知っている。割とイグッちゃんは真面目で面倒見が良いのだ。力が強すぎてうっかりしてしまうがな。
「まあ良い。その内、暇があれば竜の領域に来るが良い。子供達には巫女姫の事を共有させているから危害を加えないだろう。まあ、誰もが従順という訳でもないし、中にはバカが何かするかもしれんが、ヒヨコがいれば大抵対処できるだろうしな」
「ピヨピヨ(そういう面倒にヒヨコを巻き込まないで欲しいのだが)」
「巫女姫は特殊な生き物だからな。それも知らずに生きていくのはつらかろう。今ではエルフら長寿種族でも700年以上生きている連中しか知らぬ事だ。ヒヨコとてその手の類だろうからな。勉強になるだろうよ。まあ、竜の領域よりもエルフ領に行った方が詳しくわかるかもしれないし、そっちに行った方が良いな。うむ、そうしよう」
「ピヨヨ!?(ちょっと待て。ヒヨコの種族が分かったのか?さ、はよ教えるが良い。ピヨピヨ、ヒヨコに種族を教える事を許そうではないか。)」
「いや、何でお前はいつも偉そうなんだ?それと念話でピヨピヨ言うな。偉そうなのは俺の特権なのに!」
呆れたようにヒヨコを見るイグッちゃん。ヒヨコがピヨピヨ言わずに誰がピヨピヨ言うというのだ。あと偉そうなのはお前だけの特権ではない。
いつまでも種族欄が???では悲しいではないか。ヒヨコが種族みたいな扱いなんだぞ?分かるか?ご立派にドラゴンとか書かれているお前とは違うのだよ、お前とはな。
「あ、あのー、俺の話を聞いてほしいっす」
そういえば下っ端君もいたな。小さくなって小さく手を上げなくてもよいのだが。
「何だ、人間よ」
イグッちゃんはジロリと下っ端君を見る。
「頼みがあるっす。竜王陛下に、今度の神との戦いに助力を願えないっすか?」
「あの、それは止めた方が良いかと」
即座にステちゃんが待ったを掛ける。
「いや、辞めないっす。神と戦うなんて絵空事みたいな話だと思ってたっす。歴史上、魔神がいたんだから同じことがあるとは分かっていてもどこか理解していなかったっす。でも、今回の戦いで分かったっす。このままじゃ、俺達は多くの人達が死ぬことになるっす。俺はそれを理解してなかったっす。まともに戦えたのは俺だけで誰もダメージを与える事さえ出て着なかったっす。このままじゃ、仲間が皆死ぬっす。俺には……それが耐えられないっす……」
「故にこそ俺に助力か」
ふむとイグッちゃんは偉そうに顎に手を当てて考えているそぶりを見せる。奴はヒヨコと違ってバカだから偉そうに見えたいがために考えている振りをしているが、多分なんも考えてないとみているぞ。
「失礼な視線を若干感じるが」
チラリとイグッちゃんがヒヨコを見る。
「ピヨピヨ(イグッちゃん、最弱の攻撃でもやたら強くて町一つ吹き飛ばすからな)」
ヒヨコもイグッちゃんの能力は初見でおおよそ把握していた。そして最近ではもっと理解は深まっている。
かつて、ステちゃんに放った極悪な火炎は、イグッちゃん的には火の吐息なのだ。ステちゃんに軽いダメージを与えて脅そうとしたら、普通に致死量を超えていたから、イグッちゃん本人も焦ったのではないだろうか?イグッちゃんも割とトルテよりだから意地っ張りでごめんなさいを言えないようだが。ステちゃんの前にあまり出ないのは、実はバツが悪いだけなのだろう。だからヒヨコの前には普通に現れるのだ。
そして、人の町に来ている時、人の姿をしているのは出来るだけ人に配慮した結果だと思われる。
例えば青竜女王さんはドラゴンになったとたんにめっちゃ寒くなった。ただ息を吸って吐くだけでそうなるのだ。
イグッちゃんは逆に暑くなるのではなかろうか?トルテが竜の山で雪を見た事がないというのはイグッちゃんが原因ではないか?恐らく間違いないだろう。逆に言えば青竜女王さんよりもイグッちゃんの方が格上だから寒くならないという事だろう。
イグッちゃんはうっかりする所があるが、基本的には気配り上手さんなのだ。ヒヨコがどれほど奢って貰っていたか。
「どうかお願いするっす」
「俺はお前らの戦争に与するつもりはない」
「で、でも、ここの上手い飯も帝国があってこそっすよ?」
「確かに惜しくは思うが人類とはそういうものだ。永遠を生きる俺にとって時間とは大した重みはない。待てばそのうち辿り着く事に意味等ない」
「人類の世界が滅びるかもしれないっす」
「そうなったら俺はこの世界を出て神界に行くだけの事よ。女神からさっさと出て行けとせっつかれているからな。出て行ってくれるなら世界を2つくらいくれると言っていた」
「ピヨピヨ(やっぱり)」
ヒヨコは納得してウムウムと頷く。イグッちゃんの迷惑度は世界規模だから女神が嫌がるのも分かるぞ?
「こう、様式美的に女神様って邪神なんですかね。我が手を取れば世界の半分をくれてやろうぞ、的な?」
「お前も意外に辛辣だな」
「いや、母に降りて一人漫才みたいに話をしているのを見ていたので、どちらかというと親戚の叔母さんくらいの印象が…」
※親戚のオバさんではありません(汗)
ピヨピヨ、今何かツッコミが入ったような気がしたが、ヒヨコ達には聞こえないのでスルーしよう。
下っ端君は俯いてグッと拳を握る。
「それでも、俺達は竜王陛下みたいな力を持ってない。あんな化け物を相手に俺達はどうすれば良いって言うっすか」
「自力で知恵を出して頑張るしかなかろう。俺はもう他人の手助けはやらんと決めている。魔神の時も邪神の時も、勇者の乗り物として使われただけだ。魔神は神でもかなり上位の化物だったからな。悪魔王の時は奴にグラキエスを人質に取られていたからだし、基本的に人助けなど1ミリたりとも役に立たん事はせん。神もそうだが、我も同じ気持ちよ」
「同じですか?」
首を傾げるステちゃん。
「人は慣れる。最初は感謝しようが続けば助けられることに慣れる。助け続ければやがて助けて貰って当然となる。上にいる者はそうではないが、下々は異なる。弱者は助けられて当然と考えだす。助けないと責め立てるようになる」
「そんな事はないっす」
「1000年前、我はその為に生み出され、責め立てられ続けてきたからな。後手後手ではなく、フローラのように先手で守りを進言でき、振るうべき力が無いならば、苦しむことも無かったろうし、責められる事も無かったろう。神が力を貸さないというのはこういう事なのだろう」
イグニスは酒を飲みブハーッと息を吐く。
「ピヨピヨピヨピヨ(下っ端君よ。ヒヨコからの進言だ。イグッちゃんはトルテと一緒で頑固で意地っ張りで素直でもないから謝る事をしない奴だから、こうと決めたら意見は変えんぞ?)」
「残念だが、ヒヨコよ。お前の言葉はこの小僧には聞こえていないぞ?」
「ピヨヨーッ!」
何という事だ!ヒヨコの華麗なる助言が台無しにされるとは!?下っ端君よ、もう少し先人の言葉に耳を傾けるべきだと思うぞ?
「耳を傾けてもヒヨコの念話は念話持ち以外には届かないからねぇ」
「ピヨピヨ(喋っていないのに、地の文を勝手に読んで突っ込まないでもらいたい)」
ジト目でヒヨコを見ないでもらいたい。残念そうな目で見るのは禁止だ!ヒヨコのライオンハートがくじけそうになるじゃないか。
それと、ステちゃんは偶にヒヨコの心を読んで突っ込んでくるから侮れぬ。これが巫女姫の神の力という奴か!?
「そこをまげて頼むっす」
「はあ、全く、これだから人間は面倒な」
「今を生きる人は、いつだって目の前の事で一生懸命なんですよ」
「うむ。そう言えばそうだったな。自分の使命も知らず、村の為に命乞いをするバカ娘もいたな」
イグッちゃんの言葉にグサリとステちゃんの胸に突き刺さる。
だが、それはうっかりイグッちゃんの失敗談も含んでいるので自分で口にして自分にもダメージが入るもろ刃の剣なのだ。
「どうか…」
テーブルに頭をつけて頼む下っ端君であるが、
「ハッキリ言おう。何の代価も持たぬ人間が強いからと言って頼ろうとする者は不愉快だ」
きっぱりとイグッちゃんは言い切る。
「!?……それは……お、俺に出来る事なら何でもするっす」
「というよりもな、俺はお前ら人間から得られる代価はない。言ったであろう?俺は旧世界である高度魔法科学文明に生きていたとな。お前ら如き文明を知らぬ蛮人が俺に与えられる代価などないのだ。この世界の全てが反旗を翻しても俺には勝てぬ。最悪大陸を海に沈めれば良いだけだからな。故に貴様の話など論外よ」
「…………それでは我らは死ぬと分かって戦えというっすか?」
「そうだ」
残酷に切って捨てるイグッちゃんに顔を歪ませる下っ端君であった。
「俺はそんな事、我慢できないっす。この戦いは負けられないっす。……俺は……この戦いで死んでも良いっす。いや、死ぬのは嫌っすけど、それだけの事をしてきたっす。でも皆は違うっす。でも、敵は強すぎるし、俺は皆を守れるほどの力なんて無いっす。竜王陛下ならば敵を…」
「まあ、俺ならば余裕で敵を平らげられるだろうな。というか戦となれば悪神の遣いどころか王国兵をも皆殺しよ。いや、王国の地図を書き換える事にもなるだろう。敵の強さ次第だがな」
ふふんと不敵に笑うイグッちゃん。
「ピヨピヨ、ピヨピヨ、ピーヨピヨピヨ(下っ端君よ、うちのドラちゃんの親分は山賊の親分と違ってまともじゃないんだ。辞めるんだ。頼るならヒヨコを頼るが良い。ヒヨコのブレスで敵を撃つ方が効率的だぞ。以前、キメラ君に使ったヒヨコの衝撃のファーストバレットブレス、壊滅のセカンドバレットブレス、瞬殺のファイナルバレットブレスという三弾攻撃を悪神とやらにお見舞いするぞ?)」
※三弾攻撃の名前が前と違ってませんか?
ピヨピヨ、ヒヨコにそういった記憶はありません。
ハッ!?ヒヨコはいったい誰に突っ込んだのだ!?うっかり政治家のような問答をしてしまった!?
「そこをどうにかならないっすか?」
「一つ手はあるがな。俺は力を認めた相手であれば力を貸す。お前が俺と戦い、俺に傷をつける事が出来れば手を貸してやろう」
下っ端君は必死に頼み込んだ上で、引き出した言葉はほぼほぼ実現不可能な言葉だった。そして気付くヒヨコ。下っ端君はヒヨコの言葉が分からない事に!
「ピヨピヨ(ヒヨコの嘴に沈んだイグッちゃんが偉そうに。)」
「そこのヒヨコはちょっと黙ろうね」
ステちゃんは手を伸ばしヒヨコの嘴を摘まむ。
!?
ヒヨコは必死に嘴を開こうとするが開けない!?まさかヒヨコの嘴は閉じる力は強いけど、開く力は弱かったのか!?知られざる事実、ヒヨコの嘴は鰐の顎みたいな嘴だった!?
ピヨヨ~ピヨピヨピ~ヨ~
ピヨヨ~ピヨピヨ~
………はっ!?
トルテがいない事によりヒヨコは独唱になってしまう!?
いつだってトルテがきゅうきゅう鳴く事で始まる壮大(?)な音の始まりがあったというのに。今の音楽(バッハ作『トッカータとフーガ ニ短調』)がとっても寂しい。
ピヨドラバスターズは解散して、ヒヨコは普通のヒヨコになってしまったのか。
くうっ、トルテよ、帰ってくるのだ!
ヒヨコにソロデビューをしろと言うのか!?
ヒヨコには『白いヒヨコ達』なんて歌えなければ『ピヨ・ストーリーは突然に』とかも歌えないし、『I LOVE PIYO』とかも歌えないのだ。そんな事ではヒヨコはソロでは成り立たぬ!トルテよ、ヒヨコを捨ててどこに行ったのだ!
「ピヨピヨ(ヒヨコは解散します)」
「いきなり意味の分からないことを言って泣かないで!?」
ステちゃんはヒヨコの態度に何故か物凄く困惑していた。
だが、下っ端君はギュッと唇をかみしめイグッちゃんを見る。
「俺が竜王陛下に傷をつけられたら手を貸してくれるっすか?」
「無論だ。だが、俺と戦うという事はどういう事か分かるか?手加減してやるが、お前らはそれでさえ軽く死ぬぞ?戦うべき相手の前に死ぬつもりか?敵と戦って死ぬ前に俺と戦って死ぬ方がよほど哀れと思うがな」
「それでも、仲間が死ぬよりはマシっす」
ギュッと拳を握り下っ端君はイグッちゃんを正面から見て、挑むことを決めるのだった。
ヒヨコがピヨドラバスターズを解散して間もなく、とっても悲しんでいるというのに無粋な話である。
そんなこんなで下っ端君のイグッちゃんへの挑戦が始まるのだった。