6章6話 ヒヨコの見守るドラゴン大暴れ
ヒヨコ達は列車の中の個室から顔を出すと、下っ端君が走ってこちらの方へやってきていた。
「ピヨピヨ(おや、下っ端君じゃないか)」
「ヒヨコっすか。今、先頭車両に魔物が出て来て止まってるんすよ。ちょっと待っててくれないっすか?」
下っ端君は答えるのだがイグッちゃんはヒヨコの上から顔を出して
「魔物じゃなくて悪神の眷属だぞ。大丈夫か?」
「え?」
「ピヨピヨ、ピヨピヨ(イグッちゃん、イグッちゃん。ステちゃんみたいな超常能力やヒヨコ達のような緻密な魔力感知を持ってないと、ただの魔物じゃないぞって気付けない)」
「む、そうか。普通の人間には見分けもつかないか」
イグッちゃんは腕を組んでウムウムと唸る。
「少々、交渉をしてくるからお前は皇帝に伝えておけ。竜王が交渉をするとな」
「は、はいっす!」
下っ端君はビシッと敬礼をしてから慌てて山賊の親分の所へ向かうのだった。
イグッちゃんは家族&ヒヨコ&ステちゃんという異様なメンツで外に出る。
「トルテやグラキエスまで一緒で良いんですか?奥さんたちと部屋にいた方が……」
「俺の目の中に入っている方が安全だ」
イグッちゃんは何やら格好いいことを言う。
「目の中に入れてないとイグニスの攻撃の余波が車内に飛びかねないのです」
折角イグッちゃんが上げたのに、黄竜女王さんはバッサリと切り落とす。青龍女王さんもうんうんと同意するようにうなずいていた。イグッちゃんは女王さん達からの信用が一切ないな。
列車の入り口を開けるとイグッちゃんは飛び降りる。意外と電車の位置が高い。幼竜状態のグラキエス君とトルテはパタパタ空を飛び、ステちゃんは着地したヒヨコの頭に脚をかけて降りる。
「ピヨピヨ(ステちゃん、当然のようにヒヨコの頭の上を土足で上がるのは辞めるんだ)」
「そうだった。ヒヨコの頭に乗る時は靴を脱がないと」
「ピヨピヨ(ツッコミどころはそこではなく、まずヒヨコに乗らない方向でお願いします)」
『いつもピヨちゃんの頭にはトルテが乗っていたのだ』
「ピヨヨッ!?(言われてみれば!?)」
「きゅうきゅう(ステラならヒヨコの頭に乗っても許すのよね)」
「ピヨヨーッ!?(どさくさに紛れてヒヨコの頭をトルテの縄張りにするな)」
「きゅうきゅう(今だから言えるけど、意外と踏み心地の良い頭だったのよねヒヨコの頭に乗れなくなるのは名残惜しいのよね)」
「ピヨピヨ(ヒヨコは全く嬉しくないのだが。そして今言うべき事でもないと思うぞ?墓に持ち帰ってくれ)」
『そうなのだ。トルテは二度とピヨちゃんの頭に乗る事はないのだから言わないで置いた方が良いと思うのだ』
「きゅ~?(何でなのよね、兄ちゃん)」
『成竜になるのも時間の問題のトルテはきっと次に会うときにはピヨちゃんの頭に乗ったら潰れちゃうのだ』
「きゅうきゅう(言われてみれば。……これはアタシも人化の法を覚えなければならないのよね)」
「ピヨピヨ(いや、そこまでしてヒヨコの頭に乗らなくていい)」
イグッちゃんを先頭にしてヒヨコ達は雑談しながら線路の前の方へと向かう。そこには5匹のケルベロスがおり、帝国軍と戦っていた。
ケルベロスの事はヒヨコも知っている。レースで一緒に走った事があるからな。
だが、ケルベロスは体が大きく犬っぽい感じだ。だが、目の前のケルベロスっぽいのは犬というよりは犬の形をした影のようにも見える。ワンとか吠えてないし。
フシャーッって鳴いている。シロか!?いや、偽物のケルベロス、略してエセベロスと名付けよう。
「気をつけろ!こいつ、剣が効いてないぞ!」
帝国軍は戦っているというよりも列車をエセベロスから守っているような感じだ。30人くらいでようやく5匹と戦っているが、盾で守るのが精いっぱいって感じにも見える。
ヒヨコは取り敢えずけが人に近づきヒールをかけてあげる。
「のけ」
イグッちゃんが帝国軍の人達に声をかけて前に出る。
「で、ですが、危険です」
「客人に戦って貰う訳には…」
帝国軍の人達はイグッちゃんがズンズン進むので止めようと思っても止める事も出来ず困ってしまう。
前に不用意に出てきたイグッちゃんをみたエセベロスAは、即座にイグッちゃんへと襲い掛かる。
「ふんっ」
ズゴゴンッ
イグッちゃんは迫るエセベロスAの右前足から繰り出された爪攻撃を拳で叩き落し、さらに前へ踏み出してエセベロスAの顔面を殴り飛ばす。
文字通り陰で出来た顔面が拳の威力に引きちぎられ頭だけが吹き飛ばされてる。
「なるほど、物理攻撃が利かないのか。ちょっと厄介だな」
いやいやいや、アンタ、物理で叩き潰してるやないの!
ヒヨコは翼を左右に振って違う違うと突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。帝国軍の人達もヒヨコと同じように手を左右に振って違う違うってツッコミたい様子だった。
「拳闘術LV5があるからな。拳で衝撃波を作れるから、衝撃波を作って飛ばしたんだ。まあ、俺の拳の方が早いから殴った拳がすかした後に衝撃波がぶつかって吹っ飛んでいただけだな」
色々とあり得ないという顔でステちゃんもヒヨコも開いた口がふさがらなかった。
「それに…この程度では滅びないようだが……」
頭だけ吹っ飛んだはずのエセベロスは直に復活する。
「ねえ、イグニスやっちゃっていい?」
黄竜女王さんは殺せる相手を見つけたのが嬉しいのか剣を引き抜いて『殺っても良いよね?』といった感じで前に出てくる。
「そうだな。ちょっと大人しくなるまでズタズタにしてやってくれ。会話が出来そうならそこで交代という事で」
イグッちゃんは素直に黄竜女王さんに戦いの場を譲りつつトルテの近くまで下がる。
さらに下っ端君が物々しい赤黒い槍を持って前に出てくる。
「お客さんばかりに戦わせるつもりはないっすよ」
下っ端君は槍を握りエセベロスBと対峙する。
エセベロスが動き出すと、黄竜女王さんが目にも見えない剣の乱舞で影の魔物を襲う。
「さすがは神の尖兵なのです。核が無くて、この靄の小さい粒子の一つ一つが眷属の体の構成部品。いわばケルベロスの形をした粒子生物って所なのですね。全部切り殺さないとだめなのでしょうか?まあ、ならば………二度と動けなくなるまで切り続けるしかないのですね」
黄竜女王さんは獰猛に笑い、再構成するエセベロスAに襲い掛かる。
切っても切っても復活するエセベロスAは無尽蔵に復活するかのように見える。
だが、黄竜女王さんはそれこそ息を継ぐ必要もなく切って切って切って切りまくる。
言葉に表すならば剣の暴風とも言うべきものだった。
黒い影は切られても何も変わらないように見えるが、黄竜女王さんは諦めるという事を知らないかのように何度も何度も切りつける。
小さな竜巻のように剣戟が吹き荒れる。その速度はヒヨコ乱舞の比ではない。
………いや、ヒヨコ乱舞が弱いんじゃないぞ?この黄竜女王さんがおかしいのだ。
幼竜から成竜に至るまでレベル100、成竜から老竜に至るまでレベル100を要する。数百年の時を生き、老竜レベル65に達した黄竜女王さんは人化の法を使って弱体化しているが、換算して265レベルの人間から出る膂力と腕力は無尽蔵だった。
剣術10と組み合わせるともはや攻めっぱなしで敵を殺す剣の嵐だ。
黒い影の魔物であるエセベロスAはその姿かたちも消え失せる。
黄竜女王さんの持っている剣は武骨で装飾も何もない赤みを帯びたただの剣で鈍らっぽく見えるし魔剣の類でもない普通のアダマンタイト製の剣だ。何でこんな剣なのかと思っていたが、理由は単純だった。
黄竜女王さんが振って耐久可能な剣だという事なのだろう。見ればわかるくらいに荒い使い方だ。
「まだ、やるのですか?どこの誰かは知りませんが話は出来ないでしょうか?」
『き、貴様、貴様が二つあった巨大な力の一つか!?』
エセベロスCが唸る様に念話で周りに聞こえるよう声を出す。
その言葉にヒヨコ達全員が首を傾げる。
イグッちゃん、青竜女王さん、黄竜女王さん、ヒヨコ。強いのは4つですが?
だが、エセベロスC~Eが警戒するように黄竜女王さんと青竜女王さんを睨む。
ちなみにエセベロスBは下っ端君と交戦中だった。下っ端君や華麗な槍捌きでエセベロスBを削っている。
下っ端君の癖にやりやがる。思えば下っ端君はヒヨコと互角の戦いを繰り広げた猛者。ただの下っ端君じゃないのだ。
もしかしたら下っ端君は大物になるかもしれない。下っ端君Aから下っ端君Zに出世してしまうかもしれない。
閑話休題。
果たしてエセベロスたちはいったい誰を強い力と認識したのだろう。
エセベロスたちが警戒しているのは黄竜女王さんと青竜女王さんだ。と、言う事は?
「きゅきゅきゅ~っ!」
「ピヨピヨピ~ヨ~」
「きゅきゅきゅ~っ!」
「ピヨピヨ~」
「ピヨ~」「きゅ~」
ヒヨコとトルテは即座にイグッちゃんを囲んで、弱い人扱いされてショッキングな感じの音楽(ベートーベン作『運命』)を流してみる。
「ええい、鬱陶しいわ!」
イグッちゃんはぶんぶんと手を振ってヒヨコとトルテを追い払う。
ヒヨコとトルテはイグッちゃんから距離を取り、グラキエス君を交えて円陣を組み、ひそひそ話をしつつ、チラッチラッとイグッちゃんを見る。
「ええと、どういう事ですか?」
明らかにワンランク上のイグッちゃんが注視されていない事にステちゃんが不思議に思ったようにイグッちゃんの方を見る。
「普通、神は自分より格上の力を持つ相手の能力など見えぬわ。我らのステータスは女神の眼があるからステラやヒヨコにも見えるが、普通はありえん事だ。アイツらが普通なんだ。精霊眼や神眼のようなものを配布する女神が悪い」
「ピヨピヨ(ほほう、言い訳を始めましたぞ?)」
「きゅうきゅう(父ちゃんは弱いのがばれて弁解しているのよね)」
『余り弄るのはかわいそうなのだ。そっとしてあげて欲しいのだ。あんなのでも僕の父ちゃんなのだ』
ヒヨコ達は生暖かい目でイグッちゃんを見る。
『誰が力があるとかはどうでも良い。私は交渉したいのですが』
青竜女王さんは珍しく念話で話しかける。何気に若干怒ってるイグッちゃんをググイッと押し退けて前に出るあたりが厳しい。
「交渉だと?確かに大きい力を感じるが、我らがあの程度だと思うなよ?我らは個にして全、全にして個。貴様ら如き人間風情が我らと対等でいると思ったら大間違いだ」
エセベロスCはピィッと音を立てると、下っ端君と戦っていたエセベロスBがピョインと距離を取ってエセベロスCの方と向かう。
すると、エセベロスCが空に持ち上がりケルベロスBが体が二つに分かれて大きい前脚になってエセベロスCにくっつく。さらにエセベロスDが大きい後足になってエセベロスCにくっつく。
さらにエセベロスEが大きい三つの首になり体だけが大きくなったエセベロスCは頭も一緒に大きくなる。
「ピヨヨーッ!(これはまさか!合体もの!?奴こそが主人公だったのか!?)」
ヒヨコはショッキングだった。ヒヨコはこの世界では主人公だと思っていた。だが、違ったのだ!目の前のエセベロスはなんとなんとなんと、変身合体をするのだ。
変身合体とは勇者のしるし。奴こそが真の主人公か!?
黒い子犬が 大きくなって
エセベロダーク 空高く
見たか合体 エセベロボだ
何という事だ、ヒヨコの中でエセベロス君は主人公っぽくなっているぞ。
するとグラキエス君は慌てて母親を宥めに入る。そう言えば久しぶりにしゃべったのに、完全にその言葉をガン無視されていた。
『母ちゃん、落ち着くのだ。ほら、グラキエスが付いてるよ?深呼吸……はまずいから、取り敢えず落ち着くと良いのだ。ビークール、ビークールなのだ』
グラキエス君は母親を宥めに行っていた。
『貴様ら如きが我らと交渉しようなど100年早いと教えてやろう』
「黙りなさい」
凍るような冷たい言葉が青竜女王さんから紡がれる。念話ではなく普通に喋ったのだ。
同時に青竜女王さんの目の前の世界が一瞬で凍ってしまう。
黒いもやもやした体長15メートルはありそうなエセベロボ、じゃなくて大きなエセベロス君は折角合体変身して見せ場を作ったのに、一瞬で凍り付いてしまったのだ。
おかしい、正義の味方、変身合体ロボ。超獣合体エセベロスはどこに?
グラキエス君を筆頭に青竜女王さん以外のドラゴン4体は頭を抱えていた。
「ピヨヨ?」
『母ちゃんを怒らせると凍らされるのだ。本人の意図に関係なく、ついつい喋ってしまうから』
「ピヨピヨ(しゃべるだけで凍り付くってどないやねん)」
そのせいで超獣合体エセベロス君があっさり倒れてしまったではないか。
「ニクスは怒るだけで無意識的に肺が活性化して寒くなるんだ。俺みたいに人化の法レベル10になればそういう問題は解消されるが、ニクスもフリュガも人化の法LV9だから見た目はすべて人間だが、竜族にある膨大な空気を溜め込める魔肺の影響が残る。フリュガも体に電気を纏わせることができるしな」
イグッちゃんは呆れたようにぼやく。
なるほど、青竜女王さんはそういう理由で喋ってなかったのか。いつも話すときは念話だった。人間姿なのになぜと思っていたが……。
そう言えばグラキエス君のお母さんがヒエラルキー的にはトップに君臨していると言っていた。そういう畏れられる部分があったのか。
「ピヨピヨ(グラキエス君は人化の法を使ってしまうとブレスが吐けないようだが)」
『それは人間の肺は小さいからなのだ。ピヨちゃんに効かない程度の弱い氷の吐息なら吐けたのだ』
「ピヨピヨ(なるほど。ヒヨコも人化の法を使ってもしっかりブレスは吐けるが威力弱めだったな)」
まあ、体が小さくなるんだから当然と言えば当然かぁ。言われてみればヒヨコのブレスも人化の法を使った小型ピヨちゃんでは全能力が低くなっていた。
「魔肺は鍛えれば空気を圧縮して取り込めるからな。大きい体の時に取り込んだものは小さい体に戻っても収納されたままになるからな。俺もニクスも体の実際のサイズは城並みだから、当然、収納される空気量も冷気量も膨大だ」
「ピヨ~(あ~)」
その結果、喋るだけで死を振りまく氷の女が誕生したという事だな?
「というか………ニクスはドラゴン時点でそうだから、竜の領域に来る前の住んでた地域は遠い北の極寒の地に住んでいる」
「ピヨヨ?(北は暑いんだぞ?)」
「この大陸の更に北側は、北が寒く南が暑いんだ」
「ピヨピヨ(ああ、噂のイグッちゃんが滅ぼした大陸はそうだったんだな?)」
「ぬう(若い頃はやんちゃだったから仕方ない)」
「ピヨピヨ(やんちゃでも、ウッカリ世界滅ぼし掛けましたというのはシャレではすまんぞ?)」
「女神にめっちゃ怒られたからな。前の世界にいた神は俺が暴れたせいで文字通り信仰を失って死んだらしくてな。俺がむしろ破壊神的な意味で神化してしまったから」
「………」
ステちゃんとヒヨコはジト目でイグッちゃんを見る。若き日のやんちゃにしてはやりすぎだという目であるが、イグッちゃんはいたずらがばれた子供のように素知らぬふりをしつつならない口笛を吹くのだった。
『イグニス』
青竜女王さんがイグッちゃんを呼ぶので、イグッちゃんはふと思い出したように前の方へと早足で青竜女王さんお方へ向かう。
イグッちゃんと青竜女王さんが一言二言話し合うと、イグッちゃんは巨大な氷像と化したエセベロス君の前へと向かう。
イグッちゃんはエセベロス君ん前に立つと思い切り凍ったまま四本足で立っている左足の足元に立ち、拳を握ってそのままエセベロス君の足に叩きつける。
ゴオンと大きい音が響き、次いでピキピキと音が鳴り、黒いエセベロス君の氷像がガッシャーンと大きい音を立てて崩れ落ちる。
すると中にいたであろう黒い塊がぼちゃりと地面に落ちる。
「おお、ニクスが言うとおり生きていたか。さすがに神の眷属はしぶといな。ふふふ、この感じ、幼い頃を思い出すわ」
感慨にふけるイグッちゃん。この口ぶりだとヒヨコどころか青竜女王さんも知らない遥か古の悪行もありそうな雰囲気だ。
黒い犬程度の大きさになったエセベロス君の後ろ脚をもったままズリズリと引き摺りつつイグッちゃんはぐったりしている神の眷属の三つの顔を引っ叩いて目を覚まさせる。
『ぐ、ぐう…き、貴様ら……よくも…』
「なんだ、お前らは交渉をするつもりはないようだが、俺も交渉するつもりはもうないぞ。ただ伝えるだけだ。俺達ドラゴン族はお前らの戦争に参加するつもりはない。今は帝国の列車に乗ってみたいという子供達の願いを叶えるために列車に乗って移動しているが、それが終われば妻と子供達はこの大陸から去るだろう。俺も竜の領域で休むつもりだ。お前らがやりたいなら勝手にやれば良い。だが、ドラゴン族に喧嘩を売るのなら望み通りお前らのいる支配領域を全て海に沈めてやる。良いな、俺は警告をしたぞ。俺はお前らと関わるつもりはない。だが関わりたいなら神としての尊厳も何もかも捨てて来い。良いな?」
『ぐう、貴様如き矮小なる人間がナベリス様の眷属たる私に指図を……』
「だから言うたであろう?これは宣言だ。」
イグッちゃんはエセベロス君の頭を掴みぶらりと垂れ下げたまま見据える。もはやただのわんこと同じ大きさとなったエセベロス君ではイグッちゃんの方がはるかに大きい。
「喧嘩を売りたいなら買ってやる。これは命令でも指図でもなく、我らの意志を伝えているだけだ。さっきからフリュガとニクスを二人の強者と危険視していたようだが、俺の力が見えるか?見えないという事がどういう事か理解してさっさと帰るが良い」
イグッちゃんはあっさりした様子で宣言してポイッとゴミのようにエセベロス君を放り投げる。エセベロス君は生まれたての小鹿のように足をフルフルさせながら起き上がる。
『後悔させてやる』
そう言ってからエセベロスは影の中に消えていく。
「全く、たかが神の眷属如きの癖に、身の程知らずが」
溜息をつくイグッちゃん。
もう、戦争とかそういうのは良いから、イグッちゃんをアルブム王国に放り投げれば万事解決するんじゃないか?
ヒヨコ達が回れ右して列車の方へと戻ると帝国軍の皆様も困惑した様子だった。
「ど、どうもっす」
下っ端君が礼をしつつ、帰っていくイグッちゃん達を見送り、後始末に奔走する事になったのだ。
***
列車が再び動き出す頃、帝国皇帝の下に下っ端君がやってきていた。
「竜王陛下って仲間に出来ないっすか?」
というラルフの質問に皇帝は苦笑いをする。
「そんなに強かったか?」
「今回戦った魔物は自分以外手に負えたものじゃなかったっす。口ぶりからすると神の眷属の一部だったと聞いているっす。悪神ってどんな化物なのかって話っすよ」
ラルフは淡々と皇帝に事情を説明する。
「まあ、今回、列車に乗るにあたって俺もシュテファンに相談したんだわ。竜王を味方に出来ないのかってな。今回は異世界の神が侵略してきているし、他人事じゃないだろ?」
「おおっ、既に話をつけてたんですか?」
「答えはNOだ。世界を滅ぼしたくないなら間違ってもやめておけってな」
「いや、別にそんな事を頼む予定はないっすよ?」
アルトゥルからの回答にラルフはあからさまにがっかりしていた。
「だから、竜王が本気で神と殺し合いをしたら帝国なんて残らない破壊活動に進展するって言ってんだよ。まあ、竜王を納得させるには力が必要で、その力を示す程の達人はこの列車に乗ってないからな。そういう話にはならないから安心しろ」
アルトゥルはここでヒヨコが認められているという点を無視して話を進める。
「いや、俺としては竜王陛下に戦って欲しいと思ってるんですけど」
「シュテファンが竜王と人権宣言を結ぶ交渉の際に、竜王に傷をつけたら話を聞いてやるって言われて、実際に傷つけた事で話を聞いてもらったっ件は知ってるか?」
「聞いた事はあるっす」
竜王との交渉はシュテファンに一任されている。それは小さい領地の太守代行時代から行われていた事だ。
「実はその話の事前段階でエレンが出て戦ったが、竜王には一切ダメージが通らなかったらしい。そしてコバエを払うように手を振っただけでエレンは戦闘不能。かなり大けがだったそうだ」
「………それは、俺でも攻撃は一切利かないって事っすか?」
「それは分からん。俺は戦闘に関してはド素人だからな」
「そりゃ、、まあ……」
ラルフも遠回しにお前では無理だとは言われている事は理解していた。ラルフもエレオノーラ皇妹殿下が帝国最強と謡われるほど強いことは知っていたからだ。
「というか、竜王はエレンと戦った事さえ覚えてない。エレンという我が国最強の剣士さえも、竜王にとってはそこらのザコと大差ないんだよ。それ程に別格なんだ」
エレオノーラの力は帝国でも鳴り響いている。もう公には出ていないし、軍属も辞しているが、軍人や貴族達にとっても伝説と化している。
それが一般大衆と同等という認識という強さが規格外なのだ。
皇帝はどうにもならない存在がこの世にはあるのだと悟っていた。
「ああ、ヒューゲルは帝都を一撃で滅ぼしかねない大魔法を使ったそうだが、竜王はその魔法をに対して避けずに態々防御して、頭に軽いかすり傷を負ったという。まず話を聞いてもらうのに帝都を滅ぼす大魔法を一撃が打てるなら、その力で敵を倒せば良いって事だ」
竜王に頼むには帝都を滅ぼす力が必要だと言われてしまえば、そんな力が無いのだから無理だとしか言いようがない。
皇帝は竜王が何を言っているのかを理解している。自分に傷をつけられる相手でさえも手に負えない事態、そういう敵が出るなら喜んで共に戦おうという事だ。
そこまで切羽詰まって、初めて自分が出るときなのだと理解している。
現状、悪神の力がどこまでか分からない為、アルトゥルとしては頼む事は逆に被害を大きくさせてしまう恐れがある為、遠慮していた。
無論、元々、この問題は人間の問題でありドラゴンの問題ではないというのが条件として存在している。
「……規格外過ぎるって事っすか?」
「大体、こういうのは誰かに頼るんじゃなくて、しなければならない奴がする事なんだよ。力があるからやってもらおうなんてのは都合がよすぎるだろう?アルブム王国で言えば勇者を使って良い思いをしようとしたのが最たる例だ。結果的に勇者は勝手に獣王国と結び、噂じゃ暴力で王国を脅していたらしいじゃねえか。それは王国のしたかった事じゃないだろう」
アルトゥルは王国が勇者を使って政治的に他国に文句を言わせないようにしたかったが、当の勇者に介入されて目論見を外した事を言っていた。
「つまりだな。自分より強い奴が都合よく動いてくれたりしねえって事だ。皇帝だからって何でも出来る訳じゃねえ。それは一国民に対してだって言えることだ」
「だったら、軍の使う列車に彼らを乗せてやったんだからその代金として、とか無理っすか?」
「阿呆か。俺が安全に移動するために竜王と一緒に乗ったんだ。そこら辺はあの竜王だってバカじゃないから分かっている。彼らに借りを返す形で、こちらにも恩恵が出るようにしようってのが今回だ。まあ、竜王はそこら辺を分かった上で感謝してくれているがな」
「悪神とやらは自力でどうにかしようって事ですか?あれほどの力が並んでいるのにむざむざ見送るだけっすか?」
ラルフは不安そうにアルトゥルを見る。アルトゥルは溜息を吐く。
「そもそもドラゴン一族と危機感の共有自体が出来ないんだから仕方ない。実際、魔神との戦いで我らが大陸の北西が海になったらしいからな。竜王から言わせれば悪神の侵略というのはそこまで脅威ではないのだろう。竜王の危険視しているのは世界を物理的に壊すような相手だ。実際、魔物を前にピクニック気分だったと聞いているが」
「そ、その通りっす。あの金髪のお嬢さんが凄まじい威力で剣を振り回して一体の魔物をあっという間に葬っていました」
30人で5匹を相手にして結局は何一つ相手を倒せず、こちらの被害しか出ていないというのにだ。
「彼らは子供達を他大陸に返すと言っていましたが、聞けば竜王陛下は竜の領域に残るんでしょう?ならば竜王陛下に助力を頼むのは悪くないのではないっすか?」
ラルフは自身のボスでもあるアルトゥルに訴える。竜王を仲間に出来ないのかと。
皇帝は片手で額を抑えて空を仰ぎ大きく溜息をつく。
「いっただろ。危機感を共有できてないんだよ。彼らは子供の安全が脅かされているから大陸を出て行くと言っている。意味が分かるか?恐らくラルフも想っただろう。彼らならあの化物を倒せるのではないかと。恐らく倒せるだろう。多少は痛い目を見ても倒せるだろう自信があるのだろう」
「だったら」
「相手が手強いからって自分の問題を他人に頼むのか?毎度、彼らに頼むのか?これは俺たちの問題だ。彼らにとっては問題でさえないのだぞ?」
「そ、それは……そうっすけど………。あれほどの力があるなら力を貸してくれたって……。ダメっすかね?」
アルトゥルが険しい顔をするので、ラルフは話している途中でヘタレてしまう。
「よろしくはないが、お前がどうしてもそうしたいなら、お前個人として頼んでみたらどうだ?俺は彼らを列車で送って終わりだという認識だがな。今回、彼らの要望に応えたのは媚を売るためでも助けが欲しい訳ではなく、あくまでも詫びとしてだ。親父の代の時、弟の手のものが娘を攫っちまったらしいからな。巫女姫殿曰く、帝都が滅ぶ予知をしたとも言っていた。その程度には迷惑をかけているからこそだ。少しは良く思って貰いたいんだよ」
アルトゥルはどちらかと言うと竜王と親善を兼ねて、この機会を作っているという認識だった。竜王が望むことを叶える。それが大事だった。
ラルフは深刻そうな顔をする。皇帝は竜王に頼るのを良しとしていないのはよく分かった。
だが、この戦いに失敗すれば故郷ケンプフェルトが滅びる可能性がある。仲間が死ぬかもしれない。実際に既にけが人が多く出ている。
戦闘になった5匹の魔物は恐ろしく強かった。あれが全てではないだろう。
100匹1000匹と湧いたら、もう終わりだ。
多くの仲間がケガをし、自分以外は誰も相手になってなかった。たった5匹を相手に、30人でどうにか抑えるのがせいぜいだった。
自分とて勝利することは出来なかった。竜王達は遊び半分であの化物を圧倒していたが、ラルフ達は必死に戦い、誰一人相手を損傷させる事も叶わなかったのだ。
ラルフは皇帝の部屋から出て周りを見回りつつ思わず口にしてしまう。
「戦いになったら勝てないっすよ、あれは……」