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最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部6章 帝国東部領シュバルツシュタット ヒヨコ無双
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6章5話 交差する思惑

 悪神ネビュロスの配下にして同じく悪魔であるナベリスはアルブム王国南部にて反乱軍の鎮圧を終えていた。

 ナベリスは巨大なケルベロスの体を魔法によって人の形にして、滅んだ城の最上階にあるテラスから広大な土地を見下ろす。

 黒い双眸より見下ろされるのはつい先日まで人が多く存在していた都市であるが、今は誰一人存在していない廃墟だった。

 黒く長い髪を掻き分けて黒いローブを纏った痩身の老人の姿をしたナベリスは大きく息を吐く。


「ネビュロス様が言っていたように、この世界の人間達の魂は砕けやすい。まさか生きたまま食っても腹の中で砕けた魂が、ほとんど吸収されずに消えるとは思わなかった。だが、逆に簡単に魂が崩壊するという事は復活魔法が存在せず、アンデッドが作りにくいという事だ。だが、その割にはこの世界はやけにアンデッドモンスターも多いのはどういう事だ?」

 矛盾しているというのはナベリスの思いである。


 だが、ナベリスは神であるが、人間と同様に調べて物事を理解する。

 例えば人間を食う際に脳から知識を奪ったりもする。何も知らない平民も多いが、貴族などはそれなりに知識が存在している。

「恐らくはこの世界では魔神と呼ばれているアドモスが顕現した事でアンデッドが増殖したのだろう。どうも魔物と呼ばれる生物の多くはアドモスによるものらしいからな。まったくもってグダグダな世界だ」


 ナベリスはこの世界の神はよほど神としての位階が低いのだろうと考える。


 主であるネビュロス様ならばこの世界程度であれば簡単に奪えると確信さえしていた。だが、天界にて鳴り響く盗神アドモスを退ける程の神だとすれば侮る事はない。

 だが、世界が疲弊しているのは確かだと感じていた。神も放棄寸前なのではないだろうかと推測していた。


 ナベリスはテラスから執務室へと一人で向かう。既に自分の部下である魔物達によって人間という人間、全てを食い殺した後の為、城内には誰一人として存在しなかった。

 部屋にあるテーブルに、ネビュロスに預けられたアルブム王国の地図を広げる。


 東に海があり北東にマーレという獣王国の属国があり、北には獣王国が存在している。北西にはベルグスランド聖王国があり、西にローゼンブルク帝国、南にオロール聖国が存在している。オロール聖国の西にはヘギャイヤ共和国がある。

 とりわけ大きいのはローゼンブルク帝国で大陸の中央を大きく領有している。

 ローゼンブルクのケンプフェルト辺境伯領はオロール聖国と同程度の領地があり、アルブム王国はオロール聖国の1.5倍程度の大きさだ。


 併合したベルグスランド聖王国、オロール聖国を含めてもローゼンブルク帝国には人口も領土の大きさでも勝てない。獣王国は大半が森で人の暮らす領地は少ないが面積で言えば獣王国にもローゼンブルク帝国にも勝てないのだ。


「ネビュロス様は帝国の前に力をもっと蓄えておきたいのだろう。だが帝国も動いているという話は聞いている。顕現してから半年も過ぎている事を考えると、慎重に動いたようだな」


 ナベリスがこの世界に降りて調べたのだが、このローゼンブルクという国が最も曲者だと理解している。

 帝国がその気ならベルグスランド聖王国もアルブム王国、オロール聖国、ヘギャイヤ共和国、西部の大草原の民族や樹海のダークエルフ達も全て併合されていただろう。

 帝国はかつて勇者がいた国であり、異世界の文明を多く取り入れている為に大陸でもっとも発達している。それが、他国を併合しないのは、野心が薄いというのもあるが、魔物の存在が野心をとどめていた。


 今回、帝国は獣王国と和を結び、アルブムの侵略に対して介入してくる様子がある。それはナベリスにとってどうでも良い事だった。問題は同じくネビュロスの配下であるイポスが先んじてこの世界に呼ばれ殺されているという点だ。

 殺されるだけならあり得るが、存在を殺されている点が油断ならない。

 これは、ネビュロスも想定していなかったらしく彼らにとっては厄介な悩みでもあった。


「私は私の仕事をやるだけの事だ。」

 アルブムの領地を大きく描かれた地図には多くの都市に×印が付いており、ナベリスは自分のいる地に×印をつける。


 既に罰がついている領地はつまり食い散らかした場所を示している。

 この国はほとんどが反逆に失敗し、奴隷民のような状況になっていた。


 彼ら悪神達は世界をよくしようなんて考えてはいない。良くなる事でこの世界を管理する神にアドバンテージが生まれるからだ。

 女神教や聖光教の名のもとに圧政を敷くことで神の名を汚し、管理する神の力を削ぐことが狙いなのだから当然だ。実際に効果はある。

 そしてこの方法はアルブム王国、ベルグスランド聖王国、オロール聖国でしか大きい効果は生まない。

 獣王国は女神よりも巫女姫、帝国や鬼人領は無宗教という状況だ。

 原始的かつ神の恩恵が大きく寄与している世界の割には、余りにも神への信仰が薄かった。どうも500年前に神が呼んだ異世界の勇者とやらが神は手を貸してくれないから自力でどうにかしろと世界にはっぱをかけたらしい。

 この世界の女神はかなりおかしかった。普通なら女神教か聖光教へ勇者を送り込み権威を高め自分の力を確固たるものにする筈だ。

 過去にそれがないのだ。勇者を召喚したのは帝国だった。これほど莫大な恩恵を与えておいて、宗教を使わない等ありえない事だ。


 ナベリスはそれがこの世界の神と魔神の間に熾烈な戦いが行われた結果なのだとは推測しているが、余りにも読めなかった。


「まあ良い。次は……ラングレー地方か。滅ぼす名目は…………邪な偽勇者を真の勇者として王国に偽った詐称罪として……か。貴族を殺しその治める町も全て根絶やしにすると…………。ちょうどここのエスト川の上流だな」

 ラングレー地方はアルブム王国とローゼンブルク帝国の国境沿い。南の山岳地帯からケンプフェルト領へと流れ込み、途中で川が別れている。東に流れているオスト側はそのまま王国を突っ切って海に辿り着く。ちなみに西に流れているオスト川は巨大な大河へと長々と続き海へと辿り着く。


「帝国領近辺をまず滅ぼしておくか。それが最も効率がよさそうだ」

 次のターゲットを決めると地図を丸め空間の中にしまい、西の方角を見る。


 すると、更に西の方向から大きい違和感を感じる。

 ナベリスは眉間にしわを寄せて怪訝そうな顔をする。


「なんだ、大きい力が二つもこっちに近づいている」

 何者かは予測がつかないが、この世界の生物としては破格すぎる。自分もまた神の一柱だから殺される恐れはない。だが、この世界での体を失うのは面倒だと感じる。


 巨大な力は()()だが、他にも多くの人間が一緒に動いている事から、ナベリスはそれが速度からして列車のようなもので移動していると推測する。

 この世界の技術レベルを考えると列車がある事自体がおかしいが、稀に天才というものが現れるのでそこら辺は考慮しない。

 それに下地になる技術、魔導機関は存在していたので生まれる可能性もあったのだろうと納得する。

 帝国と他の国との間にある技術レベルが大きすぎる点も訝しかった。


「とはいえ、特に片方はかなりの力を持っているな。全く、この世界はどうなっているのか。部下に襲わせて様子を見るか。出でよ、我が配下よ」

 ナベリスによって呼び出されたのは己の元となった肉体同様、ケルベロスのような姿をしていた。

 しかも5体ものケルベロスに似た何かが魔法陣の中から現れたのだ。だが、ケルベロスと呼ぶには余りにも影のような粒子で構成されていて生物とも思えない存在だった。


「ケルベロスたちよ。西から巨大な力がやってくる。滅ぼして来い」

 ナベリスは指示を出すとケルベロスは部屋のテラスから飛び降りて物凄い速度で西へと向かうのだった。


「我が力の切れ端であるが、まあ、大丈夫だろう。我らのような存在を生半可な方法で呼べないようにしている為、どうも喚起魔法が使えぬ。やはりアンバランスな世界だ。女神とやらはよほど無能なのだろう。世界を手に入れるのも近いな」

 ナベリスは腕を組んでニヤリと笑うのだった。

 システムを敷くことで、神にとってやりにくい世界を構築したが故に、女神も干渉が難しい世界になっている。





***




 ヒヨコ達が出発しようとしている頃、帝国より遥か西にあるエルフ領の主都エルフィスキーゴロドに元・銀の剣の冒険者ミロン・ミハイロヴィチ・アレクサンドロフが戻っていた。

 帝国から船で西へと向かい、花国ガーラから徒歩で故郷エルフィスキーゴロドに戻ったのだった。


 巨木の上にある我が家であるが、外に出て行くエルフにとっては退屈な場所である。

 長寿種族にとってもっとも危険なのは退屈な事だ。80年も過ごせばおよそ退屈を感じる事だろう。外に出るミロンは様々な騒動の渦中にいる事で退屈を忘れていた。


 久しぶりに友人宅へと行くと、久しぶりもなく迎え入れてくれる友人。エルフの時間間隔で言えば10年以上顔を合わせなくても久しいとは感じないのである。

「何か最近、新しい事があったか?」

「ん?ああ、そう言えば、花国で革命が起きたらしい何でも花革命とか」

「花国で革命?そう言えばあったな」

 懐かしい友人と会ったものの、友人の話と言えば40年も昔の話である。

 最近と言ったのだが、彼にとっては最近なのだろう。エルフは余りにも長寿なので時世に疎い。40年前の事を最近という位には。

「それが花国の王の子供を新王が血眼になって探しているらしいんだ。王の家臣たちが新王に害されるのを良しとせずあちこちに隠したらしい」

 友人はそんなことを言うのだが、ミロンは既に花国の新王も死んでいる事を知っている。

 花革命が起こったのは今から42年くらい前だった筈。

 丁度、(ディアナ)を拾った頃だったから間違いない。

 そしてその5年後に花革命返しが起こったというのをミロンは帝国で耳にした。

 家臣たちが育てた王の息子が新王に対して立ち上がり新王を排除したという話だ。5年天下という言葉は帝国でも使われている有名な故事だった。武力があるからこそ王になったがそれだけでは世は定まらないという教訓を得たのだ。


「まあ、そこで終わりじゃなく、新王を家臣たちが排除したんだが、王の子供が即位して、兄妹たちを探しているらしい。だが、末の姫が見つからないらしくてな。野にいる狼にでも食われたのではないかと噂だったな」

「ほう。まあ、人間はいつでもそんな感じだろう」

 友人が手にした新聞をミロンは奪い取る。40年前くらいの新聞を新聞と呼んで良いのだろうか、という葛藤を持ちつつ新聞を読み目を見張らせてぎょっとする。

 新聞の内容は花王家の写真が新聞に飾られていたのだが、その花王家の若い皇太后の姿はまるで自分の娘と瓜二つだった。


 同時期に拾った娘、隣国の政変時期に拾った娘。


 ………という事はディアナは花王国の姫で、ラファエラとヴィンフリートは皇帝と花王の姫という事か?


 よし、無かった事にしよう。


 ミロンは今更な話なので視線を逸らす。花王国は帝国にとっては遠い国でもあるが貿易国としては上位2位に当たる大国だ。もしもあの二人の母親が花王国の元王の子であるならばその価値は一気に跳ね上がる。アルトゥルの治世で収まっているのに変な人間が出かねない。

 ましてヴィンフリートはあちこちに子供がいてもおかしくないほど女性に対しては手が早い。

 帝国でさえ頭の痛い問題だが、花王国にとっても頭の痛い問題になりかねない。


 とはいえ、一人で抱えるのも嫌なので、今度、前皇帝の屋敷に遊びに行くからその時に教えてやろうとだけ考えるのだった。

 するとそこに一人のエルフがやってきていた。

「おお、ミロン、ここにいたのか」

「私が郷にいるのは珍しいか?」

「それもあるがここに行ってアナスタシア様が呼んで連れてまいれと言っていた」

「え」

 ミロンがエルフの女王アナスタシアとの面会を希望していたのは8年以上も前の事だ。

 シュテファンの呪いを解く為にどうか会って欲しいという嘆願をする為だ。だが、アナスタシアは面会を受け付けてなかった。

 今更である。もう、既にシュテファンの呪いは解かれている。あまりにのんびりしすぎていて考え物だと溜息を吐くしかできなかった。ミロンがこの郷になじめないのも仕方なかったのだろう。

 その点では豪放で何事にも同じないオークの集落で馴染めなかったモーガンとは一番気があう所でもある。そういう意味では銀の剣の面々はそれぞれが帰る家に馴染めず旅立った者達の集まりでもあった。

 故郷を持たない放浪の身であるフェルナンド。実家の貴族に疎まれ平民の冒険者になったシュテファン。堅苦しい聖職者の家を飛び出した武装神官ユーディット。オークに馴染めなかったオークのモーガン。帝国の堅苦しさが嫌で逃げ出した皇子のヴィンフリート。

 エルフに馴染めない自分にはお似合いのパーティだったに違いないと苦笑するのだった。


「分かった。会おう。今更であるがな」

 溜息をついてエルフの女王の間、ユグドラシルへと向かう事にするのだった。




 ミロンが歩いて辿り着いた場所は大樹の中にある気で出来た玉座に座るのは美しい20歳前後ほどの女性だった。

 長い耳、緑瞳と緑の髪をした白い薄布一枚だけを着た姿。細くきゃしゃで吹けば飛びそうな弱弱しい姿であるが、かつて魔神と戦い勝利したメンバーの一翼でありエルフ族最強の魔法使いでもある。ミロンにとっては祖母に当たる。


 女王アナスタシアその人を前にミロンも若干の緊張する。


「お久しぶりです、アナスタシア様」

「早かったですね」

 エルフの女王は来年にでも来るとでも思っていたのかもしれない。

「いえ。せっかちなエルフですから」

「貴方から面会が希望を出ていたのですが、待たして悪かったですね」

 待たしているという実感があったとはミロンも驚きだった。


「とはいえお願いしたい用事はもうなくなってしまったのですが…」

「ええ。存じています」

 しれっと自国の女王が自分の用事がなくなるまで呼ばなかったことに驚く。嫌がらせの類だろうかと勘繰ってしまう。

「理由を聞いても?」

「巫女姫の予知に私の計算と解析を重ねて考えた結果、侵略神が現れるまでは彼の呪いを治さない方が良いだろうという結論が出ていたのです」

「……シュテファンに何をさせようというのですか?」

「風の便りですが既に狙い通り上手くいきました。侵略神の眷属を一柱撃退できましたから」

「え?」

 ミロンは何の話をしているのかついて行けてなかった。

 アナスタシアはそれを察する。

「最初から話しましょうか?」

「お願いします」

「まず、私の元には何度かフローラから状況を手紙で説明されていました。娘の為に夫を邪眼王討伐に向かって貰ったという事。そして貴方もそこに加わり成し遂げたという事を」

 なるほど、全て知っていたのかとミロンは腑に落ちる。つまりは何かしら思惑があって会わなかったという事だろう。

「それによりいくつかの想定可能なケースをフローラから聞いています。獣王国が悪魔王を倒した場合、鬼人王が悪魔王を倒した場合、勇者ルークが悪魔王を倒した場合などです。」

「そこまで確実に殺せる未来があったと?」

「あくまでも可能性です。勇者ルークならばほぼ確実に殺せるでしょう。あれは理不尽の権化ですから。貴方もその理不尽の権化をよく知っているでしょう?」

「それは、まあ…」

 ミロンが思い出すのは初代鬼人王にして鬼神王とさえも恐れられた男だ。曰く、あれも勇者の魂の行きついた先の一つだとか。まさに理不尽の塊であった。


「巫女姫は再び魔神とは異なる神がこの地に降りる事を予言していました」

「……なるほど」

「貴方が共に戦ったフェルナンドは巫女姫との間に子をなしています。ですが魔神は神々が乱立した世界で予知が利かなくなることを利用して新たな巫女姫を殺しにかかるでしょう」

「フェルナンドの子供が巫女姫?……なるほど、そう言う事か。確かにそれならフェルナンドの焦りも納得できる」

「神というのは理不尽な存在です。この世界に侵入する際に、中にいる人間達の数値をある程度見る事も可能でしょう。受肉してしまえばただの生物に成り下がりますが、受肉する瞬間までならば全知全能に近い力を行使可能です。だから貴方の知り合いを回復させるわけにはいかなかったのです。あのものは神殺しの力を持っていますから」

「…教えたのは私ですから…。フェルナンドは邪眼王を殺す為の保険だと言っていましたが」

「このエルフ領しかり、巫女姫のホワイトマウンテン然り、神の手が入っている場所は、他の神には見えませんからね。呪いですがヒューゲルが魔神の眷属の手に掛かっていたのは好都合でした」

 アナスタシアはヒューゲルを隠し玉として残しておこうという考えがあり、ミロンはそれをはっきりと理解する。フェルナンドは人類が生み出した不確定要素だが、そこからヒューゲルという新たな不確定要素が生み出されている。

 人類の恐ろしい所は進歩し続ける事だ。

 進歩すれば、滅ぼさない限り、その領域に皆が当然のように踏み込んでくる。エルフが表立って行動しないのは、人類の思想や文化がイグニスに滅ぼされたために、普通ありえない事だが文明が退化した事にある。

 神から卒業間近の人類が一転して振出しに戻ったようなものだ。その為、人類は歪な状況になっている。神から卒業していたエルフは退化した人類との付き合いに困惑していた。それが現在に至っている。

 しかも、揺らいだ世界に異世界の神までもが介入を始めた。従来なら滅んでいてもおかしくない世界だ。


「…………これから何が起こるのですか?」

「それは分かりません。他世界から来たまつろわぬ神は主神から世界を奪うために戦いを行ないます。ですがそれに巻き込まれれば我らは一溜りもありませんからね。とはいえ、我らが介入するのはさらにおかしな話になる。ですから今の人々がそれを超えられるように間接的に手を貸すしかできません」

「私は手を貸しても?」

「貴方の意志で貸す分には構いませんけど、もうここからでは間に合うことは出来ないでしょう。旧文明ならば1日とかからずにたどり着ける距離なのですが…エルフはそこからも卒業していたせいで旧文明の利器もありませんからね」

 アナスタシアは苦笑して自身の孫を見る。エルフにとってはある意味で突然変異的な考え方を持つ少年である。

「手遅れか」

「見守りましょう。貴方と共にいた者達は弱くはないでしょう?」

「ええ」

 ミロンはアナスタシアの言葉にうなずく。かつての友が侵略してきたまつろわぬ神を倒せるようにと祈りを込めて。




***




 一方そんな頃、ヒヨコ達は列車に乗って東にあるケンプフェルト領へと向かっていた。

 ガタンゴトンと音を立てて進む魔導列車。ヒヨコは列車の中を静かに走り、乱暴にドアを開けて突入する。

 そこは列車内とは思えない程華美な個室があり、おのずと知れたこの帝国の皇帝である山賊の親分さんがいた。

 なんだか自分で言っていて不思議な感じだが、見た感じが山賊の親分なので問題ない。更に言えばこの男はヒヨコを怒らせたのだ。もはや許せない。ピヨピヨしてやる!


「ピヨピヨ!(何でヒヨコだけ貨物なんだ!)」

 ヒヨコは颯爽と貨物室を出て山賊の親分に抗議をしていた。

「うはははは、悪い悪い。ただのジョークだ」

「ピヨピヨ、ピヨピヨ(ジョークで済むジョークとジョークで済まないジョークがあるのだ!ヒヨコ、カモツ、ダメゼッタイ)」

 ヒヨコはとても悲しんでいるのだ。

「な、何か烈火のように怒ってピヨピヨしたと思えば、急に泣かれると、何だか良心が痛むな」

 顔を引きつらせる山賊の親分。

 おや、ヒヨコが泣いている?

 翼で目元を撫でるとヒヨコには涙が流れていた。だが、貨物に入れられたのだ。泣くのは仕方ないのだ。だって、貨物だぞ?

 トラウマものだ。

 ヒヨコはシロでもキーラでもないがトラでウマなのだ。


「陛下、いくらローゼンハイム公爵閣下からヒヨコが貨物送りにされた話が面白かったからって、自ら貨物送りにしなくても良いでしょうに」

 呆れるようにぼやくのはヒヨコと共に仕事をした仲間であるギュンター君だ。

 そうだ、もっと言ってやれ。

「俺が悪いんじゃない。ギュンターが悪いんだ!」

「何故、私が…」

「やるなよ、やるなよって煽るから、それならやろうってなるだろう!?」

「ピヨヨーッ!(お前はお笑い芸人か!)」

「誰もネタフリなんてしていませんから!」

 ヒヨコはその時に気付いたのだ。

 何故、下っ端君は下っ端君なのに、ギュンター君は何となく仲間意識を感じたのか。酷い連中に振り回されている匂いがしたからだ。ヒヨコと同じだ。

 分かる、分かるぞ。ヒヨコは君の仲間だ。




 とはいえ、何を言ってものらりくらりとかわされてしまうので話にならない。

 ヒヨコは諦めて、ゲラゲラ笑う山賊の親分の元を去り、ヒヨコはステちゃん達の客室へと向かう。

 まったくもって許しがたい。これが横暴な皇帝という奴か。

 この暴れん坊皇帝め。


 ピヨヨーッ!ピヨピヨ~

 ピ~ヨヨ~ピヨピヨ~ピヨピ~ヨヨ~(ピヨピヨ)

 ピ~ヨヨ~ピヨピヨ~ピ~ヨヨ~ピヨヨ~


 ヒヨコはインスピレーションでピヨピヨ歌いながら個室へと向かう。

「ピヨピヨ~(ただいまー)」

「あれ、ヒヨコは別行動って聞いていたけどどうしたの?」

 ステちゃんはヒヨコが貨物室に連れていかれた事を知らないからそういうことを言うのだ

「ピヨピヨ(あの山賊の親分はとっても酷い。いつかやっつけてやるのだ。奴がヒヨコに何をしたと思う?)」

「いや、別に皇帝陛下はヒヨコになんとも思っていないでしょう?」

「ピヨヨーッ!(あの皇帝はヒヨコを貨物室に入れたのだぞ?貨物室!分かる?貨物室。ヒヨコに貨物室は禁止だっていうのは当然でしょう?ヒヨコ死んじゃうよ。寂しくて死んじゃうよ?)」

「いや、兎じゃないんだから。何か、物凄いトラウマになっているよね、ヒヨコ」

「ピヨピヨ(ヒヨコは絶対に密航なんてしない。何故なら貨物室が嫌だからだ)」

「はいはい、分かった分かった」

「きゅうきゅう(ヒヨコは貨物室が好きなのよね~)」

「ピヨヨーッ!(貨物室なんて大嫌いだー!)」

『まあまあ、ピヨちゃん、落ち着くのだ。駅弁なるモノが売られていたからステちゃんが買ったのだ。ちゃんとピヨちゃんの分もあるのだ』

「ピヨヨ~(駅の弁当、略してEKIBEN!ステちゃん大好き!)」

 ヒヨコは駅弁を受け取り喜びの舞を踊る。

「相変わらず安いなぁ」

 ステラは苦笑してヒヨコを見るが、ヒヨコは駅弁があるので大丈夫。

 駅弁にあるエビフライを食べるとヒヨコの怒りゲージがするすると落ちてくる。今なら何もかも許せそうだ。

「ピヨピヨ」

「きゅうきゅう(とっても美味しいのよね。ヒヨコの分も食べようと思ったらお兄ちゃんに止められたのよね。残念なのよね~)」

「ピヨピヨ(やはりヒヨコの友達はグラキエス君だけだ。ヒヨコはとても感動している)」



 そんな安全快適な列車の旅であった。

 相変わらず無口な青竜女王さん、トルテの我儘に付き合いつつも諫めるときは諫める黄竜女王さん。とっても肩身の狭そうなイグッちゃん。ヒヨコはグラキエス君と並んで外を眺め、トルテはヒヨコの頭に乗ってステちゃんと会話をしていた。




***




 列車がケンプフェルト領に入り、領都シュバルツシュタットに近づいてきた頃、突然ブレーキが踏まれスピードが落ちる。

 そしてゴウンと大きい音を立てて列車が停まるのだった。


 列車が止まるなり、バタバタと走り出す足音だけが聞こえてくる。


「ぬ、何があったんだ?」

 イグッちゃんは動じないが外の様子を気にする。

「何だかしちゃいけない音がした気がしますね」


 すると廊下から、

「護衛隊は外に出せ!魔物の襲撃だ!」

「一般乗客は外に出すなよ!全員防御配置につけ!」

 途切れ途切れだがギュンター君の声が列車内に響く。


「ピヨヨ?(狩りのお時間ですか?)」

「きゅうきゅう(美味しそうな魔物だと嬉しいのよね)」

「ピヨピヨ(じゃあ、ちょっと外に…)」

「やめなさい」

 外に出て行こうとするヒヨコとトルテだが、黄竜女王さんに止められてしまう。

 物理的にヒヨコとトルテの頭蓋を掴んで止めている。ちょっと力が強くてヒヨコの頭がメリメリと鳴っていますが?

「イグニス」

 黄竜女王さんはヒヨコ達を抑え込みつつイグッちゃんを見る。

「当てが外れたか」

「そうですね。侵略してきた神、女神の言う所の悪神の襲来かと思いますが、先遣隊の様です」

 イグッちゃんはちらりとステちゃんを見て、ステちゃんも頷く。

「女神が言う所の悪神ねぇ。というと文字通りそういう属性なのだろうな。悪魔か何かの類か…………」

 イグッちゃんは目を細めてぼやくので、ステちゃんは肩を落として大きく溜息をつく。

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