6章3話 ヒヨコ、ピヨドラバスターズの解散
呼び鈴が鳴ったのでヒヨコが玄関を開けると、そこには腹黒公爵さんと剣聖夫人さんがいた。
「何かテーマパークみたいね」
「いくら表札が無かったからってこんなのをつけなくても。最初に来た時は無かったぞ?」
ローゼンハイム公爵夫妻、腹黒公爵さんと剣聖夫人さんがやって来た。
「ピヨヨ?(それは表札代わりに作った『ざ・ひよこ屋敷』の看板か?)」
「表札代わりなのか。テーマパークの入り口みたいなものかと思ったが。自分で作ったのかい?」
「ピヨピヨ(ふふふふ、山賊の親分に仕事を押し付けられた際に身に着けた大工LV1を使えば余裕よ)」
ヒヨコは大工作業のポーズをとる。
「大工作業をするヒヨコの図がシュールであるが…。ステラ君に用事があって来たのだが」
「ピヨピヨ(列車に乗せる人員を増やして欲しいという話だな。態々足を運んでくれたのか。分かったぞ、中に入ってくれ)」
ヒヨコは中へ入る様にジェスチャーすると腹黒公爵さんはそのまま玄関へと進み、剣聖夫人さんもそれに従う。
「兄上がヒヨコの喋っている事が分かると言っていたが今のは私も何となく分かったな」
「表情が豊かというか身振り手振りが豊かだからなぁ」
苦笑する腹黒公爵さんはヒヨコの後をついてくる。
「ピヨピヨ(そうだった。今、その列車に乗せて貰う件で居候が3名増えたんだ。)
「ああ、居候の3人を加えたいって事?」
腹黒公爵さんは腑に落ちたと言わんばかりに手を打って理解する。
ヒヨコは二人をリビングに通すとお茶を汲みに行くのだった。
「って、陛下!?」
「おお、シュテファンか」
大きなリビングには大きなソファーがあり、
赤髪の大男イグっちゃんが青髪の長衣を着た美女の青竜女王さんと金髪のドレスを着た美少女の黄竜女王さんの両肩を抱きながら、二人を迎え入れる。
ステちゃんは向かい合って座っておりドラゴンになってるトルテを膝の上に乗せて、横に座る幼竜姿のグラキエス君に本を読み聞かせていた所だった。
「ステラ君から聞いていたのですが、3人の列車に乗る追加人員は陛下の事だったんですか?そちらのお二方は?」
腹黒公爵さんは青竜女王さんと黄竜女王さんに視線を向ける。
「こっちがニクス、グラキエスの母だ。こっちがフリュガ、トニトルテの母だ。そろそろ帰るって言うんで子供達を連れ帰りに来たんだ。息子と娘が列車に乗ったら帰るとステラと約束させたからな。ステラもトニトルテもグラキエスもヒヨコも長寿種族だし今別れても別に今生の別れじゃあるまい。それこそ100年でも200年でも後で会えば良いからな」
「………陛下もやはり新たに現れた悪神を警戒しているのですか?」
「俺は警戒なんてしてないが、それでも妻たちはグラキエスが一度悪魔王に攫われているから細心の注意を払っているんだろう」
イグニスは肩をすくめて笑う。
「竜王陛下は警戒していないんですか?」
「悪魔王の時はそもそもフローラから注意喚起がされていた。それでもフラフラしていた息子が捕まった訳だが」
『申し訳ないのだ』
とグラキエス君は後頭部をさすりながら申し訳なさそうな姿を見せる。
「列車に乗る途中まで母親共が娘や息子たちの護衛についているから、まあ問題ないだろうとな」
「なるほど。とするとどちらもドラゴンになるのですか?戦う際は列車から離れて頂くようお願いしますね」
「……大丈夫だろ。たかが有象無象の神如き、フリュガがいれば」
「あら、私を頼りにされているのですか?」
きょとんとする黄竜女王さんは首を傾げる。見た目は10代後半くらいの美少女だがどうやら強いらしい。ヒヨコアイにもその実力は移っている。
なんというか人化の法を使っているので力の全ては分からないが、トルテの母親は人間として強い感じだ。もしかして人間としての活動歴が長いのだろうか?
「グラキエスは人型になって戦った際の実力は見ているだろう?」
「ま、まあ、恐ろしく強いというか頑丈でしたね」
「俺達はもっとレベルが高い上にフリュガは人としても戦える程度に強い。俺やニクスはドラゴンとしてはこの世界で最強だが、フリュガはドラゴンが人化した際の最強。仮にも大北海大陸では神として崇められている」
「そ、そうなんですか」
「お前も情報くらいは得ているだろう。大北海大陸の北の竜神と中央の竜神を」
「北の青竜、中央の黄竜でしたっけ。…………え?」
「どうしたの、シュテファン」
顔色を悪くするシュテファンにエレオノーラが心配そうに尋ねる。
「……他大陸の神がここに二人いる。って事はそちらの子供達も」
「まあ、端的に言えば竜神の子だな。とはいえ、獣王国だって巫女姫は神扱いだろう。ステラも似たようなものだろ」
「そりゃ、そうですけど」
ヒヨコはお盆にティーポットとティーカップを持ってきて、翼で挟み込んで二人の前に置いてから嘴でティーポットを掴もうとするが、その前にステちゃんがティーポットをもって二人に紅茶を注ぐ。
「ありがとう」
「そういうことを言うと、ヒヨコ屋敷なのに国際的な超大物が寄り集まってる感じですね」
ステちゃんは苦笑気味にぼやく。
獣王国の元巫女姫ステちゃん、帝都の英雄腹黒公爵さん、帝国最強剣聖夫人さん、竜王イグッちゃん、他大陸の竜神さんたちとその子供達。そしてヒヨコ。
ヒヨコ?……おかしいぞ。ヒヨコだけ箔がない。
帝都の神マスコット、ピヨちゃん。うん、これでパーペキだ。
「ピヨピヨ(これもヒヨコの鳥徳の賜物だな)」
「トニトルテも随分とステラに気を許しているみたいだし、特に好奇心旺盛な子供の子育てはこちらが振り回されるから、予知スキル持ちの保護者は助かるわ」
と黄竜女王さんはステちゃんを養母さん扱いしていた。
「きゅうきゅう(アタシが面倒を見られているんじゃなくて、アタシがステラの面倒を見ているのよね!)」
「はいはい。いつも護衛ありがとうね」
「きゅう~(分かれば良いのよね)」
ステちゃんはトルテの頭を撫で、トルテは嬉しそうに尻尾を振って目を細める。
ステちゃんは大分トルテの扱いが分かっているようだ。そろそろヒヨコの扱いも分かってもらえるとありがたい。ミーシャのような撫でテクをご所望するぞ?
「では列車のスペースは7人分で良いですね?」
「うむ」
「明日は獣王国を送りに行きます。アルブム王国の動きから見て、1週間後に出発する事になるでしょう」
「きゅ~きゅ~(寂しいのよね。この大陸ともおさらばになるのよね)」
「うむ。我が配下のドラゴン達もトニトルテやグラキエスが去るのは寂しかろう。では列車の出るその日にはこの帝都を皆で集まって空を旋回しようではないか」
「帝都民が帝国の終りだと嘆きそうな絵面だな」
剣聖夫人さんが溜息をつく。
たしかにドラゴン大集合とかどういう状況だよ。せめてドラゴンが全てヒヨコなら帝都民はにっこり微笑んだだろう。
「前もって連絡しておけば大丈夫だろう。帝国はドラゴンと仲良くやってる、そういう風に見せておけばバカな事を考える奴らも減るし他国のドラゴンに対する考え方も変わるだろう。何せドラゴンと言えば破壊の権化、人類の敵という固定観念が有史以前からあるからな。その考えを改めさせなければならない」
「うむ」
イグッちゃんが頷くとスパタンと青竜女王さんがステちゃんのハリセンでイグッちゃんの頭を叩く。
「いたっ、な、何をするのだ、ニクスよ」
『母ちゃんが言うには「アンタが言う事じゃない」と言いたいと思っているのだ』
「ぬう」
『あとステちゃんに新しく作ってもらったハリセンが良い感じの武器になってありがとうと思ってるのだ』
「いや、ヒヨコを叩くのに使っているのを見て興味深そうに見ていたから」
ステちゃんは苦笑しながら弁解する。どうやらステちゃんは余計な武器を青竜女王さんに渡してしまったようだ。
「くう、ヒヨコのせいで俺が叩かれる羽目に」
「ピヨピヨ(扇術スキルの高いお姉さんだからきっと良い感じの攻撃力を発揮しているのだろう)」
「家庭内序列がイグニス陛下は一番低いという噂を聞いていたが本当なのですね」
「む、シュテファンよ。勘違いするなよ。女所帯において男は弱いだけであって、俺が特別低いわけではない!」
「ピヨピヨ(それ、弁解ではなく、同意してないか?)」
『仕方ないのだ。とはいえそろそろ僕らもいなくなるし父ちゃんとも離れて僕は寂しいのだ』
「ぬう、グラキエスは良い子に育った。人類が悪神とやら有象無象を殺したらいつでも遊びに来るが良い」
「その前にグラキエスは大陸間を飛べる体力をつける事が大事なのです」
チクリと黄竜女王さんがツッコミを入れてくる。
「それにしてもシュテファンといると退屈しないな。竜王陛下だけでなく他大陸の神のような存在とも普通に出会えるとはな」
剣聖夫人さんがうむうむと頷く。
「私はともかくニクス姐さんはイグニスと並ぶ本物の神にも近いドラゴンなのです」
黄竜女王さんはそんな事を言う。
それで視線が青竜女王さんに集まる。
だが、何の返答も無いので沈黙が続いてしまう。
『母ちゃんは喋るとこの家が凍るから自重中なのだ』
「そ、そう、なんだ」
気を利かしたグラキエス君が母親をフォローし、引きつり気味にぼやく剣聖夫人さん。
「ニクス姐さんは竜王戦争で滅ばされる側で唯一生き残ったドラゴンなのです。大陸中を破壊しまわった邪竜を我に返した偉大なる竜の女王なのです」
「そ、それは俺が邪竜だと言っているようだが」
黄竜女王さんがイグッちゃんを邪竜と揶揄していたのは間違いではない。
「ピヨピヨ(邪竜以外の何なのかを明確にすべきだと思うぞ?)」
『僕が邪氷竜とか呼ばれたら父ちゃんのせいという事にするのだ』
「事情を聴いた今となっては胸に手を当ててから明確に答えるべきだと思うのですが」
割とイグッちゃんに同情的なヒヨコ、グラキエス君、ステちゃんという三者が掌をひっくり返すのでイグッちゃんはショックそうな顔をする。
「ぬううっ!俺に味方はいないのか!?」
イグッちゃんは頭を抱えて呻くのだった。
「それにしても帝国はとっても珍しい国なのです。まさか私以外に剣聖の称号を持つ人間がいるとは。以前、勇者も持っていたのですが、一国の皇女が剣聖の称号を持っているとは思わなかったのです」
「剣聖?フリュガ殿も剣術をたしなむのですか?それならば是非一手お手合わせを」
「ええ。良いでしょう」
「こらこらこらこら、そこの妊婦!安静にしなさい!」
何故か剣の事で盛り上がる剣聖夫人さんと黄竜女王さんだったが、腹黒公爵さんが慌てて止める。アクティブな嫁さんを持つと大変らしい。
『命は大切にしなさい』
と青竜女王さんが念話でストップをかける。
「むー。そうね、ニクス姐さんが言うなら我慢しましょう。妊婦に運動は良くないみたいだし」
黄竜女王さんは諦めるようにうなずく。
「ちょっと位なら大丈夫なのに」
「君は大丈夫でも赤ん坊が大丈夫じゃないんだよ」
頭を抱えてぼやくのは腹黒公爵さんだった。
「でも私は不安だわ。今回の戦争、シュテファンも出るって言うし」
「相手は魂が消滅しない神だ。神殺しの力を持っている者は少ない。私がやるしかないだろう。ミロンは帰ってしまったし、俺たちでどうにかするしかないんだから」
ワシッと腹黒公爵さんはヒヨコの肩を抱く。
おい、待て。何故、そこでヒヨコに同意を求める。ヒヨコは別に戦うつもりはないのだが。面倒だろう?
「イグニスは出ないの?」
「俺は基本的に闘争を許されていないからな。大義名分がない。同胞が襲われればアルブムを地図から消してやっても問題ないが………ニクスにも怒られそうだしな」
「私の予知の範囲でも結果的にやらなかったけどやらかしがあったような」
「や、やってないのだから文句はあるまい」
ジトリとステちゃんはイグッちゃんを見てイグッちゃんは視線を外す。
「ピヨッ(イグッちゃんは青竜女王さんに弱いようだ)」
「男は嫁に弱いものだよ」
ヒヨコが挙手をしてイグッちゃんの弱みを明確に発言すると、腹黒公爵さんは諦めるようにぼやく。
「ニクス姐さんに弱いのはイグニスが気まずいからです。700年前の戦争時に、我を忘れて破壊の限りを尽くして、ちょうど我に返った時にたくさんの卵を守ろうと幼竜が必死に最強のドラゴンに立ち向かおうとしていたのです。姉さんにはそれにより真の勇者が付いているのです。姐さんは我等竜たちの英雄であり神にも等しい存在なのです。どこかの赤い駄竜とは尊敬度が違うのです」
「ピヨピヨ(赤い駄竜)」
「きっと若い頃のやらかしは一生言われることになるのだろう。くう」
「きゅうきゅう(父ちゃんは今も昔もダメダメなのよね。トルテは父ちゃんを放置するのはとっても不安なのよね。ステラもウチに来るのよね。父ちゃんのいる大陸は危険なのよね)」
「まあ、私は両親が残したこの大陸を守らないといけないからね。でも機会が有ったらもう一つの大陸も見てみたいわね」
「きゅうきゅう(そう言えばトルテももう一つの大陸は初めてなのよね)」
「悪神を倒したら鉄道を整備して、東海岸から船を出せるようにするから、その時はマーレ港から行ってみたいものだね」
「まあ、宰相補佐になってるあなたがそうそう行けるとは思えないけど」
「くう、立場が歯がゆい!」
「ピヨピヨ(ヒヨコが飛べるようになったら運んで行ってあげよう)」
「それ、俺が生きている内に成し遂げられるのかなぁ」
腹黒公爵さんは腕を組んで怪訝そうにヒヨコを見てぼやく。
「ピヨヨーッ!(腹黒公爵さんからの信用がない!?)」
「というか、ヒヨコって本当に鳥になるのかな?」
さらにステちゃんはとても不吉なことを言う。
「ピヨッ!?(ステちゃん、ヒヨコを不安にさせないで!ヒヨコも鳥にはなれないのではないかと気にしているというのに。もしかしたらヒヨコという種族かもしれないじゃないか!)」
「…それはそれでヒヨコのまま飛べそうな気もするけど」
「ピヨピヨ(ヒヨコはいつか飛ぶに決まっているのだ。紅のヒヨコとして金曜ロードショーで活躍するのだ。飛ばねえヒヨコはただのヒヨコさ…………………金曜ロードショーってなに?)」
「私が知るか!」
スパタンとステちゃんはハリセンを出してヒヨコの頭を叩く。
「ピヨヨ~(ステちゃん、ヒヨコの頭をバナナのたたき売りみたいに叩かないでもらいたい)」
「安い所は同じだけど」
『ステちゃんはとても上手いことを言ったのだ』
グラキエス君は手を叩いて喜ぶのだった。
「ピヨッ!(誰の頭が安物だ!?)」
ヒヨコはグラキエス君に断固否定する。
「楽しそうで何よりだけど、まあ、この大陸もちょっと揺れてるからね。申し訳ない話です」
「子供達も楽しく過ごせたようで良かったのです」
腹黒公爵さんが申し訳なさそうにするが、黄竜女王さんはそう言って優雅に笑い紅茶を飲む。
「ピヨピヨ(そうだな、お子様達は我がヒヨコ屋敷を楽しんでもらえてよかったよかった。大人なヒヨコは子供達には寛大なのだ)」
『大人なヒヨコって言葉に若干の違和感があるのだ』
「若干どころか違和感そのものの台詞だと思うわ」
ヒヨコがうんうん頷いているとグラキエス君とステちゃんがヒヨコの言葉に引っ掛かる様子を見せるのだった。
何故だろう?ヒヨコはトルテたちと違ってどう見ても大人だろう?
「とはいえ、トニトルテ君は帰るんだし、お別れ会くらいはしようか?」
「ピヨピヨ(トルテのピヨドラバスターズ卒業式か!?)」
「きゅうきゅう(ピヨドラバスターズはもうヒヨコしかいないから解散なのよね)」
「ピヨピヨーッ!」
「きゅきゅきゅきゅー」
ヒヨコは運命に打ちひしがれるようガクリと床に項垂れ堕ちる。
「きゅうきゅう(トニトルテは今日ここに引退いたしますが、我がピヨドラバスターズは永きゅうに不滅なのよね」
「ピヨヨー(トルテー)」
「きゅうきゅう(ヒヨコー)」
ヒシッとヒヨコとトルテは組み合ってピヨドラバスターズの終りに涙する。
「え、そんなに真面目にピヨドラバスターズの活動ってしてたの?」
ステちゃんが驚いた様子でヒヨコ達を見る。
「きゅうきゅう(そう言えばわりとどうでもよかったのよね。うっかり雰囲気に流されたのよね)」
ふと我に返ってトルテはヒヨコを床に捨ててポムと手を打つ。
「ピヨピヨピヨ~(裏切り者~)」
『入って早々に卒業する事になって申し訳ないのだ』
「ピヨピヨ(それは卒業というより、もはや中退って感じだと思うのだぞ)」
そう、こんなグダグダな感じでヒヨコのピヨドラバスターズは解散する事になったのだった。
残念無念である。