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(閑話)5話 フェルナンドの軌跡

 帝暦494年 初春 ローゼンブルク帝国レーベンブルク公爵領ヘレントル


「くそっ!何が一年だ!」

 フェルナンドがホワイトマウンテンを去ってから一年が経った。

 しかし冒険者としては特に名高い訳でもなくソロでヘレントルを潜り続けたが、未だに人類最深部にさえ到達できていなかった。


 募集をかけてもソロの獣人族なんかの下に人が集まる事も無い。フェルナンドは焦っているが、焦りとは真逆に全く結果が出せていなかった。


 またこの日も一人でダンジョンに潜る。

 2層へと続く階段を下ろうとすると、そこでモンスターパレードが発生していた。

 怪物の波が発生しており冒険者たちは波に飲まれないように隠れる。その中で怪物の波から逃げるよう走る少年がいた。

「ちっ、仕方ない」

 まだ上層なのでフェルナンドは前に出てミスリルの篭手に守られた拳を握る。

「小僧!伏せろ!」

「え?」

 少年は慌てて頭を下げるとフェルナンドは拳を振るう。

 その拳から放たれた無数の衝撃波が少年の後を波のように襲っていた片っ端から魔物達が砕かれていく。

 モンスターパレードを拳から繰り出される衝撃波だけで滅ぼしたフェルナンドは何事も無かったように子供に声をかける。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます!助かりました」

「モンスターパレードは犯罪だぜ、手を後ろに回したくなけりゃ気を付けな」

「で、ですが、仕方なくて…」

「やる奴はみんな同じことを言う。生き残るには仕方ないってな」

「で、でも、まさか先輩冒険者に連れて行ってもらったのに、やばくなったとたん俺に全部押し付けて逃げるなんて思わないですよ」

 少年はフェルナンドに訴える。

「先輩って、その先輩の冒険者ランクはどの程度だ?」

 フェルナンドは半眼で少年を見下ろして訊ねる。

「瑠璃クラスですけど…」

「あー、そりゃダメだ」

「第5位ですよ?俺みたいな駆け出しの第七位の石膏とクラスとは違う2年以上も潜ってる熟練の冒険者ですよ?」

「瑠璃クラスってのは小さい実績を積み上げれば2年で簡単に取れるんだよ。小さな村の鼻摘まみ者でも2年やれば取れるもんだぜ。それを信頼するのか?」

「!?」

 少年は愕然とした表情でフェルナンドを見る。

「そ、そっか。昇給基準を考えれば2年も潜り続けた熟練とも取れるけど、適当にやっても…取れるものは取れるのか。そんなのを信じる俺はバカだったのか………」

 少年は意外にも頭が回るのか一言説明するだけで内容をすべて把握し、理解をする。頭が良いのだろう。だとすれば単に騙されたのは人が好過ぎるのかもしれない。フェルナンドはそんな事を感じる。


「翡翠辺りだと強さ、継続性、仕事に対する勤勉さが必要になる」

「お兄さんは翡翠、いや黄玉ですか?あれほどの実力があるのだし…」

「いや、若い頃にちょくちょく冒険者をやっていたが長く続けなかったし、最近復帰したから黒曜だ。そのせいでまったくもって不本意な状況だ。ダンジョンの攻略も全く進んでいない」

「攻略?」

「ああ、攻略だ。最低でもあと6年以内に攻略をしたいと思っている。調査と空気の流れから生物が生存可能性を考慮して50階層近く存在していると聞くが未だ20階層で足踏みだ」

「20階層!?ソロで?」

 少年は驚いた様子でフェルナンドを見上げる。

「仲間が当てにできないからな。少なくとももう少しランクを上げる必要がある。翡翠に上げるための依頼かコネでもあればよいのだが…。どこかのバカガキみたいに見も知らぬ三流冒険者と組んでは先に行けない」

「……あの、僕はシュテファン・ふぉ……いえ、シュテファン・ヒューゲルと言います。どうか弟子にしてもらえないでしょうか?」

「弟子?俺にそんな暇は………」

 怪訝そうに口にするが、そこでフェルナンドは思い直す。

「いや、そうだな。お前が勝手についてくるというのならばいいだろう。俺から技術を盗んで見せろ。説明くらいはしてやる。俺には時間がないからな。とはいえ、ザコであっても人手は欲しい」

 フェルナンドは少年を見て考えを改める。


 少なくともお人よしではあるがバカではない。使える人間を今から育ててどうにかなるとも思わないが、エミリオの例もある。数年で立派な戦士になり魔獣を含めれば自分を超えうる潜在能力を身につけていた。

 この少年がそうならないとは限らない。ならば邪魔にならない範囲であれば構うまいと考えたのだ。


「ありがとうございます。あの、…師匠のお名前を教えてはくれないでしょうか?」

「狐人族の戦士フェルナンド・ノーランドだ」

「フェルナンド・ノーランドですか?獣人でも家名を持っているんですね?」

 ちょっと驚いた様子で尋ねてくる。意外と賢いのかもしれない、少なくともフェルナンドは情報をよくとっている少年なんだと感じる。

 詰めが甘いようにも思うが。頭でっかちなおぼっちゃまと言った所だろうか。まあ、バカよりは百倍マシだと思いなおす。


「ノーランドは家名じゃない。流浪の狐人族が使う苗字だな。土地を持たない(ノー・ランド)という意味だ」

「なるほど」

「獣人の多くが家名を持たないのは、家から追い出されたか奴隷として生まれて帝国に逃げて来たから家名を知らないだけという例が多い。連邦獣王国のほとんどの獣人は家名を持っている。まあ、家名というよりは民族名だな。狼人族の王などは逆に家名を捨てて、偉大な当主の後継者として、何とか2世だとかそういう呼び方をする例がある。姓がある方が上に立つ者は纏めにくいというのが一番なんだが」

「へー、博識なんですね」

 フェルナンドはこの時は全く気付いてはいなかった。まさか偶然拾ったこの少年が後に帝国で英雄となるほどの才気を持っていたなどとは。




***




帝暦498年 初春 ケンプフェルト領北部


 フェルナンドはヒューゲルを仲間にしてから4年もの歳月を過ごしている。逆に言えば7年弱のタイムリミットにおいて、5年と数か月を過ぎている。あと1年ちょっとという非常に厳しい状況だった。

 50階層あると想定される中で32階層まで二人で進むことが出来ていた。これまでの人類の未到達領域が23階層なので、たった二人で人類未到達領域を驀進している事になる。


 だが、フェルナンドはそれでも人手が足りない事に頭を悩まされていた。せめて同等の実力を持った1パーティ程の戦力が必要だと切実に思っていた。

 シュテファンという逸材を拾ったのは英断だったと言えるだろう。


 馬車に揺られながらフェルナンドとヒューゲルは移動する。珍しくヘレントルの外に出て行動をしていた。

「師匠。本当に良いんですか?俺の黄玉級の試験に付き合って貰って」

「構わん」

 フェルナンドは頷くがそこには思惑があった。

 ダンジョンに潜ってから随分な歳月が過ぎている。娘もとっくに物心がついている頃だろう。可愛い盛りを一緒に居られない辛さはある。

 だが、その娘を不幸にするわけにはいかない。ただただ、娘の幸せのために戦わなければならない。


 だが、目標には遠い。後1年ちょっとで残りの18層を突破する。可能とはとても思えなかった。

 焦る気持ちはある。

 が、誰よりも早く深い階層に入ったが、誰も見ている者がいない。フェルナンドが黄玉級といえど翡翠の相方ではホラ話のように扱われる。

 信用されないのだ。たった二人で潜った大偉業なのにだ。知名度はそのままパーティ戦力となる。

 この先に進むのはより強い冒険者の力が必要だ。せめてあとタンク、遊撃、治癒師、魔法使いが欲しい所だ。ヒューゲルは何でもこなせる万能戦士だし、斥候としても有能だ。戦闘力ならば自分が引っ張れる。


 ヒューゲルは予想をはるかに上回る冒険者に育った。そこらの黄玉級など歯牙にもかけない実力と魔法を身に着けている。未だに翡翠なのがありえないほどだ。

 黄玉は在野のトップを意味する。そこに辿り着くのは相応の実力を示さなければならない。


 だが、それでも人手が足りないのは仕方ない。軍を率いているのと軍と同じ戦闘力を持っているとでは全く状況が異なる。下に行けば下に行くほどマップが広くなって行き、一人では巡り切れない。手分けして動きたい時もある。トラップの都合上二人では困難な場所も多い。無いもの強請りもできないので知恵と努力でどうにかしてきた。だが、ボスが1匹ならともかく10匹もいると非常に大変だ。


 冒険者は素性が分からないから実よりも名を取る。実なんて信用のない状態では何の価値もないからだ。それを理解するのにフェルナンドは多くの時間を有した。


「それにしてもケンプフェルトに出る山賊討伐ねぇ。ヒューゲル、どこまで調べた?」

「依頼元のオロール聖国の商業ギルドの駐在人と話をしてきたんですけど、向こうもよく分かっていないみたいです。商業ギルドが謎の山賊団に襲われて困っているって事。そういう噂が大きくなって不安だから解決してくれって話でした。恐らく試験になったのは、以前、黄玉級冒険者が失敗したからって話です」

「黄玉対象依頼は冒険者では解決不可能の物も混ざっているからダメだと思った手を退く事だ」

「はい。師匠の黄玉試験を見てましたから。とは言っても師匠はそれを解決してましたけど」

「あんなの解決と言わんだろ。犯罪者を突き留めたら、大貴族の下っ端。奴らとにらみ合いになったから、俺が貴族の連中を脅して表に出さないから合格させるよう圧力を掛けさせただけだしな。ギルドマスターに何をしでかしたんだって睨まれたじゃねえか」

「師匠のそういう頭の柔らかい部分は俺も学びたいと思います。清濁併せのむって必要ですよね」

「あんまりそこは真似て欲しくないんだが………」

 後輩冒険者であるシュテファンに尊敬のまなざしを向けられこそばゆいというよりは、心から俺なんて模範にするなよと思ってしまうフェルナンドだった。

「今回も貴族がらみですか?」

「いや、商業ギルドが分かってないのに黄玉級の依頼を高値で出している。そこがどうもきな臭い。オロールもケンプフェルトも何か隠しているって感じだろ?」

 そこをフェルナンドは危惧していた。そしてそれについてはシュテファンもまた危険視している。

 貴族相手にも暴力で立ち回ってしまう恐るべき師匠がいなければ危険視どころではなかっただろう。


「それは俺も同感です。従来であれば護衛任務で事足りる筈でしょう?それをしないで、時折現れる危険な山賊団を倒せなんておかしな話ですよ」

 腕を組んでシュテファンは憤慨する。フェルナンドは頷く。

「その先を考察してみろ」

「………恐らくですが山賊を排除したいのは事実。積み荷が奪われるのは困るが、……彼らはその積み荷が何なのかバレるのを嫌がっているのでは?俺が山賊を討伐する過程で襲っていた積み荷を知った時に糾弾されないようにしている、とか。」

「だろうな。オロール上層部が禁制品をアルブムと密輸している可能性がある。或いは、女神教としては知られたくない裏の事か。まあ、そんな所だろう。山賊はそれを良い事に好き放題に狩りをしている可能性がある。ケンプフェルトからは山賊について情報が少ない。こっちも裏に貴族の匂いがするしな」

「やるだけやってみて、ダメならさっさとギブアップした方が良いのでしょうか?」

「黄玉の試験ってこういう変な圧力があるケースが多いんだ」

 フェルナンドは黄玉級の試験の為の問題は基本的に誰も解決されてないからそういうランク設定にされているという。実際には冒険者如きでは解決できないものもあると暗に言っているのだ。



 シュテファンとフェルナンドの二人は、ケンプフェルトとオロールの国境を過ぎた辺り、丁度丘になっていて見晴らしのいい草原地帯で伏せるようにして野営を続けていた。

 フェルナンドは手紙を読んでいた。


「何を読んでるんですか?」

 興味深そうにシュテファンはフェルナンドを見る。

「妻からの手紙だ。娘や弟分の近況報告だ」

「へー。そう言えば美人で綺麗な奥さんと可愛い娘さんがいるとは聞いてましたが」

「世界一を付け忘れるんじゃねえ!」

「そこで怒られるとは思いませんでしたよ」

 げんなりした顔でシュテファンはぼやく。


「弟分に子供が生まれるそうだ。5つだかの頃に拾ったんだけどな。まあ、大して面倒を見た訳じゃねえが慕ってくれるわけだ。そんなガキもそろそろ親になるらしい。子供の名前に悩んでいるそうだ」

「名前は一生のものですからね。娘さんには何という名前を?」

「それは教えられないな。弟分の嫁はどうも陰謀渦巻く家を追い出されて武力でのしあがった子らしい。俺の弟は初代獣王ミカエル様によく似て、圧倒的な武力と、膨大な魔獣を従えるような奴だからな。ある意味で相手の嫁が持っていなかった者を他家ながら十全に持っていたって話だな。妻が言うには政治的な面は一切ないと言っていたから、向こうの家に思惑はあっても愛し合っての結婚だそうだが……」

「弟さんは獣王にでもなるんですか?」

「さあ、アイツは面倒くさがりだし、今の獣王は良い奴だからな。子供の頃に、殴り倒した事があったが獣人らしからぬ頭の柔らかさがある。あの二人なら主従として上手くやっていくだろう。獣王国は安泰だ」

 フェルナンドは遠くを見るようにしてぼやく。

「獣王国から出て、長いんですか?」

「というかあまり獣王国にはいなかったな。生まれはベルグスランドの奴隷で、そこから獣王国に逃げたが居つかなかった。獣王国に居を持ったのは妻の家が初めてだ。妻と結婚して直に娘が病気になってな。まあ、色々あって必要だからここにいる。一般人からすれば意味が分からないだろうがな」

 フェルナンドは苦笑する。


 何せ、魔神に付け狙われている巫女姫(フローラ)と結婚し、新たに生まれた巫女姫(ステラ)を守るために、邪魔な魔神の欠片の一柱を殺してターニングポイントを作ろうというのだ。

 説明しても説明できるものではないし、奴ら神はどこで目や耳を持っているか分からないのだから仕方ない。


「さてと、弟分が子供の名前が思いつかなくて困っているとか。そうだな。初代獣王様ミカエル様に倣いミーシャでどうだろう。男でも女でも使えるし、帝国やエルフの国でも親しまれているグローバルな名前だ」

「いや、獣王国にグローバルは関係ないんじゃないですか?」

「俺の娘や義理の甥か姪だかが育つ頃には獣王国もグローバル化してるかもしれないからな」

 アルトリウスならばその位できるだろう。伝え聞く獣王国において、アルトリウスの治世はかなり安定しているらしい。

 治めてから5年、規定通り獣王決定戦を開いたのに参加者がいなかったそうだ。多くの獣人達がアルトリウスに納得しているという事だろう。こんな事は初代ミカエル様以来の事だ。いびつな国をただすと言っていたが、案外上手くいくのかもしれない。


 山賊が出てくるのを待つフェルナンド達は、暇を持て余していた。フェルナンドは手紙を書いて伝書鳩に渡して手紙を届けてもらう。




 そんな感じで野営は続き、その5日目の夜の事だった。

「師匠。オロール方面から大きい馬車が出てきました。2台、スレプニル4頭立ての鉄製の大馬車です。」

「街道でもない場所をこんな夜に移動?」

「かなり物々しい護衛がついていますけど」


 フェルナンドは怪訝そうに顔をしかめる。怪しさもある。そんな中、フェルナンドの目に自分とは関係ない伝書鳩が夜空を動くのが確認される。丁度ケンプフェルトの領都シュバルツシュタットの方へと向かう影が見えた。


 気のせい?そういう訳ではなさそうだ。闇夜を黒い鳩が飛んだのでシュテファンは気付いていないようだが、獣人であるフェルナンドの目は誤魔化せていない。

 するとフェルナンドは口笛を吹いて従魔を呼び寄せる。現れたのは魔狼(デビルウルフ)二頭だ。即座にフェルナンドとヒューゲルは二頭の魔物に乗って暗闇をゆっくりと走らし、馬車の後を追う。山賊にも馬車にもばれないようにだ。


 2時間ほど馬車をこっそりと後をつけて移動する。

「シュテファン」

「何でしょうか?」

「注意深く気配か魔力を感じて見ろ。シュバルツシュタット近辺だ」

「え?…………あっ!」

 シュバルツシュタットの方から物凄い速度で兵士の一団が山の方へと動いているのが分かる。

「山賊はあれだろう?」

「いや、まだ分かりません。そもそも追われている連中がシュバルツシュタットに住んでいるなんてありえませんよ?」

「闇に紛れて東南にある丘の上あたりに隊列を揃えている。山賊というよりは正規兵だな。練度もかなり高そうだ」

「山賊ではなく取り締まりをしている帝国兵かもしれない。様子を見ましょう」

「そうだな」


 徐々に領都シュバルツシュタットから少し外れた山の方へと近づいてくる。

 兵団が入って行った山道の方に差し迫ると、やがてブオーブオーッと笛の音が響き渡る。


 それこそ山賊のように丘の上から馬に乗ってオロールからやって来た物々しい馬車へ襲い掛かる。


「山賊だ!」

「防御を固めろ!」

 オロールから来た馬車も守りに入る。

 だが山賊達の数もそうだが実力が半端ではなかった。褐色の肌をした犬人族や黒い肌をしたヘギャイヤ地方の部族の混成集団は黒い服を着ている為、闇夜によく紛れている。山賊というよりは訓練された隠密集団という色合いの方が近い。

 追いかけていたフェルナンドとシュテファンが辿り着く前にあっという間に護衛達は殲滅され一部は逃げ出す始末。


「急ぎましょう!」

 そこにフェルナンドとシュテファンの二人も参入する。

 手練の山賊集団だが、それでもフェルナンドの敵ではなかった。暴力の化身であるフェルナンドが参入すると流れは一変する。だが山賊達は必死に応戦を続けていた。フェルナンドは殺すと厄介そうなので、次々と気絶させていく。


 この程度なら自分の弟子でもどうにかなるだろうと思っていた矢先に、シュテファンのうめき声が聞こえる。


「?」

 フェルナンドは何事かと思い、迫り来る相手を倒しつつそちらの方を見る。

 シュテファンが倒れる闇夜の中、ひっそりと現れる黒い影。

「シュテファン!」

 その影はまるで闇の中に溶け込むように見えている筈なのに認識できなくなる。

 フェルナンドは余りにも異質な何かが現れたと焦りを感じる。だが、直に心を整理して敵に集中する。

 少なくともフェルナンドはシュテファンをそこらの相手にまけるような教えはしてなかった。

 仮にも自分の補助とは言え人類初のヘレントル32階層へ進出した猛者だ。

 それでもシュテファンが負けた。その事実はフェルナンドをしても驚きを感じさせる。


 フェルナンドは目を瞑り敵の気配を察しようとするが全く感じない。そこにいる筈なのにだ。明らかにおかしい。暗殺者でもここまでの怪物はいない筈だ。

 しかし敵が攻撃を仕掛けた瞬間、フェルナンドは目を開きその方向に拳を突き出す。

「ふんっ」

「ぐはっ」

 だが、次の瞬間、暗殺者は体をくの字に折り曲げて吹き飛ぶ。

「目の前に存在する筈なのに気配を消して消えたように感じさせるとはな。どこの貴族のお抱え暗殺者だ」

 フェルナンドは呆れたようにぼやく。獣人は魔力が感じられないからこの手の相手は非常に厳しいが、野生の勘を持っているものが多い。そしてこの野生の勘に従えば対応は難しくもない。


「くっ……わ、若!ここは私が時間を稼ぎます!撤収を!」

「させねえよ!シュテファン、起きれるなら奥の明らかに山賊の親分みたいなやつを捕らえろ!この化物以外はお前でも十分に対応可能だ。こいつは俺が抑える!」

「は、はい!」

 シュテファンはふらつきながらも起き上がり周りの様子を確認し山賊の親分を認識する。

「馬鹿な。1日は昏倒している筈が…」

「そんな軟な鍛え方してねえよ」


 ゴッ

 フェルナンドは陰に消えようとする男を消える前に叩き潰すのだった。


 フェルナンド達は山賊団を制圧し終える。シュテファンは全員を縄にして地面に転がしていた。

 すると馬車を運ばせていた肥えた商人が現れる。

「お、お前たちは冒険者か?い、言っておくが報酬なんて出さないからな。こっちは頼んでもいないんだから」

 助けてやったのに上から目線の商人にフェルナンドはイラッとする。


「ああ。山賊団の討伐依頼だ。何処にいるのか分からないのでな。網を張っていただけだ」

 シュテファンがその商人に対応する。


「なるほど。それにしても全く、私の護衛共は簡単に負けやがって!やはり安い連中はダメだ」

 偉そうにふんぞり返っている商人だが、シュテファンが対応している間にフェルナンドは荷物の中を確認していた。


 中は見えず頑丈に作られた鉄の扉が閉まっている。フェルナンドは拳で鉄の扉を叩き壊し力でこじ開ける。

 そこに入っていたのは首輪をつけた人間だった。粗末な布に身を包み痩せて貧相になっている子供が死んだ目をして座っていた。しかも20人近くいる。


「ちっ」

 まさかとは思っていたがやはり密輸だった。しかも帝国を通ってだ。ケンプフェルトは戦場になり易い土地の為、多くの抜け穴が存在する。街道以外にも他国へ抜ける道が多い為、オロールとアルブム間の関を通るより、関のない帝国のケンプフェルトを経由した方が安上がりなのだ。

 フェルナンドは気分悪そうに顔を歪め、手を交差してシュテファンへ合図を送る。


「あの、申し訳ないのですが、貴方にもご同行を願いたい。ちょっとそこのシュバルツシュタットまで良いですか?」

「わ、私は積み荷を運ぶのに忙しい。オロールまで明日には届けなければならないのだ!アンタらは山賊を捕縛したかったのだろう?だったら良いじゃないか。忙しいんだから邪魔をしないでくれ」


 商人は慌てて逃げるように馬車に乗り込み馬車を退く4頭のスレイプニルに鞭を打つ。

 だがスレイプニルは走りだすが、馬車は動かなかった。というよりもスレイプニルの拘束はいつの間にか解放されていて。鞭を打ったら勝手にスレイプニルが逃げて行ったという感じだ。


「なっ!え……」

「もう逃げられないぜ。大人しく観念しろ、奴隷商」

 フェルナンドが戻ってきて商人を睨むと商人は明らかにうろたえる。

「い、言い掛かりは辞めてもらおう!何の証拠があるというんだ!…………わ、私はオロールの大貴族様のお抱え商人だぞ!貴様如き冒険者が俺に言い掛かりをつけていいと思っているのか?あのスレイプニルは高かったのに何て事をしてくれたんだ!弁償できるんだろうな!?」

「証拠も何もあの扉をこじ開けて中は見させてもらったし」

「は?」

「師匠、この見た目でバカ力ですから。そのまえアダマンタイトをぶん殴って壊してましたよね」

「意外と出来るものだよな」

 フェルナンドは鉄でできた馬車の壁を手でつかんで拉げさせながら商人を睨みつける。

 愕然とする商人は膝から崩れ落ちる。


 大量の山賊達と商人の護衛が地面に倒れていて、商人は膝を落として諦めている状況だ。そしてスレイプニル達を逃がしたので馬車も動かない。

「これ、どうすれば良いんですかね?オロールの奴隷って言っても犯罪奴隷かもしれないし、迂闊に解放もできないでしょ?」

「スレイプニルを逃がしたのは失敗だったな。運び手がいない。俺は嫌だぞ。運べるとしても面倒くさい。大体、これは俺の仕事じゃないからな」

「そう思うなら勝手に馬を逃がさないでくださいよ!責任は持ってくださいよね!」

「仕方ねぇな」


 すると縄で拘束されている山賊の親分がこちらを見る。

「おい。冒険者だろう、お前ら」

「何だ、この山賊風情が」

 フェルナンドはイライラした様子で男を見下ろす。フェルナンドは常に怪しげな黒人を注意している為、かなりイラついていた。

「誰でも良いから一人シュバルツシュタットに俺の仲間を行かせてくれ。そうすれば問題ないだろう?」

 山賊の親分と思しき男は縛られたまま

「そこの男、余計な事をしたらシュテファンがお前らのボスを殺すから大人しくしてろ。後、殺気が駄々洩れのクソ犬。ムカつきついでに蹴り殺されたくなかったら大人しくしてろよ。他の連中は馬車の中に入れ。余計な事をするなよ」

 フェルナンドは商人の首根っこをひっつかんでポイッと馬車の中に放り込む。ポイポイッと次々と倒れている人を放り込んでいく。それは山賊も馬車の護衛もまとめてだ。

 鉄の馬車は二つあり、一つはスレイプニル4頭が繋いであるので、無事な馬車はシュテファンが御者になって山賊の親分を抑えながら馬車を動かす。

 フェルナンドは全員を馬車の中に詰め込んだら片手で馬車を持ち上げてヒューゲルの走らせる馬車と並走する。

「ちょちょちょ、ちょっと待て!な、何なんだアイツは!?」

「ウチの師匠だけど」

「あんなものを片手で持ってスレイプニルの速度で走る奴なんていないだろ!」

「まあ、俺みたいなのを連れてほぼ単身でヘレントル32階層に到達してるし」

「……嘘くさい噂は流れてた。弟子を一人連れてる狐人族がヘレントルの深層へ潜ってるとか。30層を超えたというホラを吹いているという噂だがな」

「……事実なんだが、誰も信用してもらえていない。現在、最高の6人パーティが20層で止まっているから誰も信じないけど。少なくとも俺を黄玉にして黄玉二人のパーティならそれなりに信憑性も出るだろうと。師匠はあと1年ちょっとでヘレントルを攻略したいらしい。その為に、パーティメンバーを必要としている。」

「パーティメンバー?」

「師匠は獣人、魔法が使えないからな。魔法は俺だけしか使えないから何でも出来るようにいろんなことを教えてくれてる。師匠は魔法が使えないのに魔法の事も詳しいしな。だけど2人じゃどうにもならない。せめてちゃんとしたパーティが欲しいらしい。だから、焦ってはいるけど、この回りくどい時間のかかる仕事もやってるって訳。……ってなんで俺は山賊の親分と話を!?」

 馬車を走らせながらもシュテファンは頭を抱える。


 シュバルツシュタットに辿り着くと門の前に立つ衛兵が近づいてくる。

 同時に奥の方から貴族らしき男が走ってやってくる。

 フェルナンドは馬車をどんと地面に置き、シュテファンは山賊の親分を押して馬車から降りる。

「南東部にいる山賊を捕らえた。確認して欲しい」

 シュテファンが言うと、遠くから走ってきた貴族が頭を抱える。

「殿下!だから辞めろと言ったのに、何やってんですか!?」

 と貴族の男が頭を抱えたまま嘆くように叫ぶ。

「いやー、まさかラカトシュがボコられるとは思ってなかったんだよ」

 山賊の親分は縄に付いたままぼやくように口にする。

「殿下?」

 シュテファンは首を傾げ縄を縛り付けている男を見る。

 どこからどう見ても山賊の親分だ。

「速く縄をほどけ!無礼者が!この方こそ、我がローゼンブルク帝国皇太子カールステン殿下の長男にしてシュバルツシュタットの領主代行を務めるアルトゥル殿下であらせられるぞ!」

 貴族の男はアルトゥルと紹介した山賊の親分を差しながらフェルナンドとシュテファンを睨みつける。

「嘘をつけ。どこからどう見ても山賊の親分だろうが!これが皇族だと!獣人だからってバカにするな!確か今の皇族のガキは精々20歳くらいの筈だ。どこからどう見ても30代だろ!」

 フェルナンドは器用にデコピンを衝撃波として飛ばして貴族の男を黙らせる。

「……あっ!ちょ、ちょっと待ってください、師匠!」

「何だ?貴族が山賊と癒着している可能性があるんだ。こっちは弟子の黄玉級が掛かってるから山賊の殲滅を邪魔するものは許さん。」

「そ、そうではなくてですね」

「そうではなく?」

「その、その男、私と同年代の貴族でギュンター・フォン・グロスクロイツ殿です。その……聞いた話ですがアルトゥル殿下の遊び相手として幼馴染だった筈」


 ………


 腕を組みフェルナンドは考え、貴族の男を見て、山賊の親分を見る。

「え、この顔でお前と同年代?」

 頭を抑えながらギュンターと呼ばれた男はハッと思い出した様子でシュテファンを見て驚いた表情をする。

「…もしかしてヒューゲル騎士爵令嬢マリア殿の長男シュテファンか!?久しいな!出奔して学園にも来ていなかったが」

「ええ、母が死ぬと父は妾を呼んでその子を嫡男にし、俺は追い出されまして、今は冒険者をしています」

 シュテファンはかつての知り合いだという。

「知り合いなのか?」

「はい。子供の頃、帝都のパーティで何度か懇意にさせて貰っています。母はグロスクロイツ家に嫁入りした令嬢と学友だったそうなので」

「……え、てことはこれがこの国の皇子なの?大丈夫?この国?」

「さっきから聞いていれば無礼な!良いか、冒険者!確かに殿下は10代なのに30代の山賊の親分のようにしか見えないが、これでも10代の若者であり、皇帝陛下の孫なのだぞ!」

「お前が一番酷いわ!というか分かったならさっさとロープを外してくれ!」

「仕方ないな」

 諦めてフェルナンドは爪で山賊の親分だと思っていた皇帝陛下の孫のロープを切り裂く。




 現皇帝の孫であるアルトゥルは辺境伯代行として領都シュバルツシュタットを治めていた。

 奴隷の密輸に辺境伯領を利用されている事が分かり抑えようとするが、貴族の馬車なども多く元々帝国は関を作っていない為、オロールは自国の犯罪を上手く利用していたらしい。

 しかも裏に貴族がいる為、商人を抑えても国際問題になる上に、貴族は知らぬ存ぜぬで逃げるのみ。4つの国と国境を持つケンプフェルト領は外交だけでも大変なのである。輸入規制だのなんだのと難癖をつけて各国まで首を突っ込んでくるので問題はややこしくなっただけだったそうだ。

 そこでアルトゥルは山賊に扮してオロールの密輸を抑える算段についたのだ。

 山賊に取られるのは災難だった。我が国は知らぬ存ぜぬという話になったのだ。山賊の捕縛令を出しているが割に合わない非常に安い報酬で、この国に困る人がいないから誰も依頼を受けないという事だった。

「面倒臭ぇな」

 フェルナンドはその話をアルトゥルの執務室で細かく聞かされたので、あきれたようにぼやく。

 水面下ではオロールの悪徳貴族の密輸をケンプフェルト辺境伯が抑えているのだが、名目は商人の積み荷を山賊が奪っているという話になっている。

 そこらの国よりよほど強い力を持つ辺境伯でも解決できない問題に、冒険者が首を突っ込まされたというのが実情だった。


「って事は、俺は失敗って事じゃないかぁ」

 シュテファンはシュテファンで、がっくりと肩を落とす。

 オロールが奴隷売買をする以上、山賊は無くすことは出来ない。倒したと代理のものを出しても、直に辺境伯が山賊を手配せざる得ないからだ。

 アルトゥルの左右に立つのは黒人のラカトシュと茶色い髪と瞳を持った青年ギュンターの二人であり、ギュンターは同情するようにシュテファンを見る。


「山賊団を捕らえるも何も山賊がいないって落ちかよ。最悪だな。俺の時もろくでもなかったしな。黄玉級の依頼って面倒なのが多すぎるんだよ。そこまで知能や権力を求めてるのか?いっそグリフォン討伐とかヒドラ討伐の方がよほど楽だ」

「そんなのが楽だって言うのは師匠だけですからね」

 フェルナンドが呆れたようにぼやくとシュテファンは溜息をついてアホみたいに強い師匠に突っ込む。


 すると山賊の親分改めアルトゥルはフェルナンドに視線を送る。

「まあ、こっちが迷惑をかけたのは申し訳ないが、実力者は俺も欲しい所。お前ら、俺の家臣にならないか?ラカトシュに勝てる男なんざ初めて見たぜ」

「ああそいつか。だが、俺は使命がある。後1年ちょっとでヘレントル迷宮攻略を必要としている。そんな暇はない」

「それは残念だな」

 さほど残念そうな顔をせずにぼやくアルトゥルは肩を落として残念そうな演出をする。

「そして俺達は急いでいる。お前らの話を聞く暇すら惜しい位にな。というかお前らのせいで無駄足になった。いや、待てよ。山賊の犯人はこいつらだったとして皆殺しにして首をオロールに持って行ったらいけるか!?」

 フェルナンドはハッとした様子でシュテファンに訊ねる。

「………おい、こいつ凄い物騒だぞ!?」

「師匠は頭が良いんですけど、酷く脳筋なので。30階層のフロアボスが物理攻撃が利かなかった時、拳から繰り出される衝撃波を1000連発位放って木っ端微塵にするような人なので」

 アルトゥルは引きつってシュテファンに助け舟を求めるように視線を向けるとシュテファンはトドメのような言葉を放つ。

「それに黄玉級の資格試験失敗をしたら1月は受けられないし、とんだ足止めだ」

 フェルナンドは腕を組んで溜息をつく。


「そうだ。だったら、1月後に黄玉級相当の依頼を出してギルドマスターに上手く黄玉級になれるようにネゴっておくからどうだ?」

「いや、そういうのは良いんですか?」

 アルトゥルは裏で手を回すと言い出すので、逆にシュテファンは首を捻る。

「構うまい。お前らは実際に黄玉級相当の依頼を実際に果たしたようなものなんだ」

「というか、ダンジョンで誰も見てない場所で戦ってるから、その手のランクが上がりにくいんだ。特にシュテファンは若いからな。最年少の翡翠級だった筈だ。10代で黄玉になる事もそうそうないし、証言が疑われる」

 溜息をつくフェルナンド。


「お前らは名前を売って強い冒険者パーティを引き込みたいんだろ?」

「まあ、そうだな」

「だったら1か月後にある武闘大会に出てみたらどうだ?」

「武闘大会?」

「大体、帝国は2年おきに2~4月のあいだで都合のいい月に武闘大会が行われる。まあ、帝国最強決定戦だ」

「ああ、獣王決定戦みたいなものか」

 ポムと手を打つフェルナンド。

「多分そんな感じだ」

「確かにそんなものがあるなら名を売るチャンスだな」

「でもタイミング的に俺は俺で黄玉級の試験もあるんですけど」

 不安そうにシュテファンが訪ねてくる。


「じゃあ、一時的に別々で動けばいいだろ。いや、別にこのまま別れても構わんぞ。もうお前も師匠なんていなくても十分に強い。十分に一端(いっぱ)しだろうよ。俺は武闘大会で名前を売って冒険者パーティの仲間を作るし…」

「だったら、受けなくてもいいですし!最初は親を見返せればいいと思っていたけど、今は違います。師匠が成し遂げる偉業をこの目で見たいんです。勝手に捨てないでください!」

 シュテファンは慌ててフェルナンドのすそを掴んで離れまいとする。

 ガキじゃないんだからと顔を歪めつつも、それなりに長い間パーティを組んでいて情もある。


「分かった分かった。じゃあ、お前の枠は残しておいてやるよ。俺は武闘大会、お前はこっちで黄玉級の冒険者になって、ヘレントルで合流しよう。それでいいな?」

「はい!」


 こうしてダンジョン攻略のリミットまでラスト1年半を切った状態だが、飛躍すべく動き始める。

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