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(閑話)4話 フェルナンドの軌跡

 帝暦491年 春 連邦獣王国 ホワイトマウンテン



 巫女姫の部屋の前でエミリオとフェルナンドは廊下をうろうろとしていた。

 すると赤ん坊の声が部屋の中から鳴り響く。


 赤ん坊の声が落ち着くと、暫くして部屋の中から獣人の助産婦の女性が現れる。

「可愛い女の子ですよ。落ち着いたので見てあげてください」


 するとエミリオとフェルナンドは走って部屋に入っていく。

「フローラ!大丈夫か?よくやったぞ!」

「ええ」

 ぐったりと疲れた様子のフローラはど嬉しそうに生まれた我が子を見ていた。タオルにくるまれてスヤスヤと眠っているステラはかわいらしい赤子で狐耳を持っていた。

「……妖狐?」

「クスクス。私も予想できなかったわ。私が最後の妖狐だと思っていたのに、まさか私の種族の子供が出来るなんて。皆ビックリするわね」

「新しい巫女姫様が僕の妹なの!?凄いね!」

 目を輝かせるエミリオはとてもうれしそうだった。

「エミリオも今日から兄貴になるんだからしっかりしろよ」

 フェルナンドは赤子を抱き上げる。


「大丈夫だよ!最近はグリフォンの親分を従魔にして、20羽くらいのグリフォンが僕の言う事に従うし。赤ちゃんだってきっちり守れるからね」

「いや、ほんと、お前、ある意味で俺を越えて行ったよな。さすがにグリフォン20羽を相手にするのは厳しい。獣王国をほぼ全土にかけて守れるようになってきているしな。俺がいない間に成長しやがって」

「それよりあなた。その子の名前はどうしようかしら?考えてくれていたんでしょう?」

「勿論。マーレ共和国で星の意味を持つ言葉で『ステラ』だ。この子は俺達の希望の星だからな」

 とフェルナンドは赤ん坊を抱えているとエミリオも指を差しだして赤ちゃんの頬をプニプニと触る。

「ステラ、良い名前ね」

 フローラは嬉しそうに我が子を眺めて笑う。

「こんな可愛い子が俺達の子供なんて……。絶対に嫁には出さんぞ!」

 フェルナンドは赤子を抱きしめながら涙目に唸る。

「親ばかになるのが早すぎるだろ!」

 傍目で見ていたエミリオは兄貴分の親ばかっぷりに溜息をつく。そもそも妖狐族はもっと子供を増やせって話だろうに。しかも明らかに500年年上の嫁を貰っている男とは思えない発言だった。


 とはいえ、それは世界で最も幸せな日だった。



***




帝暦492年 夏 連邦獣王国 ホワイトマウンテン


「あうー」

 ステラははいはいをしながら父親の足にしがみつく。

「ステラは可愛いなぁ」

 ニコニコ顔のフェルナンドは次代の巫女姫を持ち上げるとステラはキャッキャと喜ぶ。

 フェルナンドもまた相好を崩して嬉しそうに抱きかかえていた。


 そんな親子を眺めているのは、巫女姫への面会を求めてやってきていたアルトリウスだった。

「いなくなったと思っていれば、まさか巫女姫様と婚姻していて、子までなしていたとはな」

 供もつけずに来るのはホワイトマウンテンが獣王国において聖域であるが故だ。

 むしろ普通に出入りしているフェルナンドやエミリオの方がおかしいのである。

 通常は手紙のみでやり取りをしており、獣王でさえも早々お目にかかるような立場ではないのが巫女姫だ。巫女姫自身には長きにわたって連絡をする為の役職が山の入り口付近のロッジに詰めているのでそこに手紙を出して連絡を取り合っている。


「まあ、色々あってな」

 フェルナンドはステラをあやしながらアルトリウスに返事をする。

「相変わらず無軌道な。お前が獣王国を去ってから、クソみたいな獣王陛下はさらにクソになってほぼ追いやられる形で殺されたんだぞ」

「いや、そもそも10歳ちょっとだった俺にボコられる弱い獣王が悪いんだろ。強さが全てなんて半分嘘な国だと知ったのはあの頃だったな」

「………あれから獣王国を治めるのが大変だったんだ。不在の獣王決定戦に俺が勝利しても、簡単には治まらん。あの時、お前が勝利して獣王になればよかったのに」

「無理無理。俺は人を率いる才能なんてねえよ」

 フェルナンドはアルトリウスに言われて手を横に振る。


「あら、あなた。お客さんが来ているのにお茶も出さないで」

 そう言ってエプロン姿のフローラが出て来て二人にお茶を置く。

「これは巫女姫様。お久しぶりにございます。巫女姫様からお茶を頂く等、同胞に殺されてしまいかねませんな。それにしても、まさかフェルナンドと婚姻していたとは」

 慌ててアルトリウスは正座をして畳に手をついて頭を下げる。

「まあ、獣人なのに人化の法を身に着けてまで婚姻を迫るような物好きは彼くらいだもの」

「何故黙っていたのでしょうか?」

 アルトリウスは不思議そうに首を傾げる。巫女姫様が婚姻をしたというのは祝うべきことだと言わんばかりだった。


「100年前、獣王が権威を手に入れようと婚姻を画策して国が滅びかけたからね。当時の獣王はアルトリウス君とは真逆の方針を取ったのよ」

 フローラは苦笑して過去を思い出す。100年前の血の騒乱の歴史の話を思い出してアルトリウスは身震いする。

 民衆の暴動が起こり強者の一角を占めていたカッチェスターのヤマネコ氏族が皆殺しになったという話だった。

 今は本家でない獅子人族のカッチェスターしか残っていないというだけでも、どれほど巫女姫の影響力が大きいかが分かる。

 巫女姫様を娶るなど神にでもなったつもりかと民衆が暴動を起こし、権威を求めた者が血族郎党全てが滅んだという考えられない話だ。

 アルトリウスは過去の歴史を見ても巫女姫がどういう存在かをよく理解していた。


「それにしても巫女姫様の元にこれ程の力が集結していたとは。エミリオの従魔術は凄いですね。あれほどの逸材がいたとはな」

「その内、出仕させるわよ。とは言えまだ子供だから、遠慮してね」

「勿論です。それに巫女姫様の義理の子供であり、リンクスターを越える従魔の才能。扱いは非常に難しいでしょう。自分の身を自分で守れなければ、リンクスターの謀略に殺されかねません」

「まあ、そうよね」

 フローラはアルトリウスの言葉を肯定する。フェルナンドはすっかり獣王国の事情に疎くなっているので首を捻る。

 ステラはフェルナンドから抜け出してアルトリウスに興味を示して近づくと、アルトリウスはよしよしと撫でると嬉しそうに笑う。


「どういう事?」

「義理とは言え巫女姫様の子供となれば多くの権力者は欲しがるだろう。巫女姫様を娶ろうとしたカッチェスター家が血の惨劇と呼ばれる崩壊を迎えた程ではないだろうし、本当の意味で権威を手に入れようと躍起になるだろう」

「なるほど」

「そしてリンクスター家がそれを是とするとは思えない。エミリオの従魔の才能は別格だ。俺とてグリフォンを何十も率いている従魔師なんて初めて見た。あのグレン殿でさえグリフォンを一匹従魔にしただけで話題になったというのに。従魔を込みで戦えば俺も危ういだろう。リンクスターを抑えられたのは俺が従魔を全て叩きのめしたうえでリンクスターを叩けたからだ。エミリオを手に入れる為なら何をするか分からない」

「その時は俺がリンクスターを滅ぼしてやる」

 フェルナンドは殺気を漂わせながら一言。

 すると殺気を敏感に感じ取ったステラがギャン泣きしだす。

「もう、物騒ね」

 フローラはステラを男たちの間から奪い取り抱き上げてよしよしと宥める。


「俺はリンクスターは必要だと思っている。確かに好かない家だが、使えるかどうかは別だ。実際、グレン殿には色々と助けられているからな。知見が深く、頭も回る。より良い国を作るには必要な一族だ」

「嫌いなのにか?」

「好悪で政などしてはならん。これまでのクソッタレな獣王共はそれが出来ないからリンクスターのような一族が出来たのだ。上手く生き残るためにな。他の獣人達とは違い、それを上手く使って巫女姫様の力を使わずにこの地を治める。10年か20年か、それ以上かは分からないが、巫女姫様を忘れさせるほどの政治をし続けなければならない。その時に、俺は巫女姫様を解放させることが出来ると信じている」

「……そんな事を考えてたのか?」

「獣人達が敬い信仰しているともいえる巫女姫様を、実際には奴隷のようにこき使っているこの国を俺は変えたいと思っているのだ。」

「アルトリウス君はよくやっていると思うわ。とはいえ、私はそんなに長くないと思っているのよ。ステラが大人になる頃にはそうなると良いと思うわね。……とはいえ、これでも魔神に魂を傷つけられた後なのに500年近くも生きているのだから十分とも言えるだろうけど。せめてステラにはこの世界だけではなくもっと広くて大きい世界を見せたいわ。魔神の眷属から逃れるために女神の結界があるホワイトマウンテンにはいるけれど、いつかはそれも……」

 フローラはステラを抱きしめながらかけがえのないものを慈しむように話す。


「ステラ様は必ずや私の代にこの国の外をお見せしましょう」

「うん、よろしくね」

「まあ、お前が無理でも無理やり連れだすがな」

 アルトリウスは深々とフローラに頭を下げてからステラを見る。

 フローラは嬉しそうにうなずくが、フェルナンドがそんな事は無用だと言い切ってしまうが

「辞めてくれ。折角治めた国が暴動を起こす。今代の獣王は巫女姫様に嫌われたとか言われたらシャレにならん」

 涙目でアルトリウスは訴える。


「何か歪んでねぇ?」

「その歪みを正す為に俺は獣王になったんだ」

 アルトリウスはフェルナンドをジッと見る。


「お前は立派だなぁ。俺は家族以外を考える気にもならん」

「タイガー家は古く猫人族の多くと婚姻を成してきた。俺が守りたいのは大枠で獣人達全員だ。俺の家族はこの国なんだ」

「なるほど」

「お前だってステラ様の為なら命を懸けて守るだろう?」

「当たり前だ!まあ、俺はお前らと違って強いから命なんてかけなくても守れちゃうがな」


 フェルナンドはカラカラと自信をもって笑うのだった。



***



 獣王が帰って暫くすると、フェルナンドは随分とステラが大人しい事に気付く。

「ん?どうした、ステラ?元気かー?」

 ムズがっているようだが元気がないのか泣くことも無い。狐耳を萎れさせ2本の尻尾がヘタっていた。

「え?……何、これ、どういう事?」

 フローラは神眼で自分の娘を見てありえないと感じ呻く。

「疲労状態?何で?」

 なにも疲れさせることなんてしてないのにとフェルナンドもフローラもステラの症状に慌ててしまう。赤ん坊に振り回されるのはよくある事だが、今回は二人が神眼持ちで見たのに、表面的に見ても不明の出来事だった。しかし赤子の少ないHPが着々と減っていた。

 あまりの事に慌てる二人。神眼があるのに分からないからこそ、驚くことになる。


 布団に寝ているステラは息を荒げて衰弱していた。勝手にHPが減っていき、フローラは回復魔法をかけても長く持たない。

「…分かった。分析と神眼を重ねがけた結果、魂が足りてないんだ」

「魂が?」

「………俺のせいだ!巫女姫は神を下ろす器がある。もう一人分の器をもって生まれるのに、俺とフローラの間から産んだ子供は妖狐ほど大きい器をもって生まれなかったんだ!」

「!……魂が不足?……仕方ない!女神様!」


 グッとフローラは祈ると黄金の髪が更なる光を放ち、目も光り輝く。

「女神様、どうかお願いです。娘を…どうか娘を救ってください」

 苦し気にしながらも意思を保ち女神を自分に降臨させる。

 するとフローラはまるで人が変わったような声音でそのまま喋る。


『全く、………私事に神を介入させるとは……』

 黄金に輝くフローラから呆れたような声が漏れる。

「お叱りはごもっともです。ですが、ステラは……」

『…ふむ、なるほど。貴方の子供ですか。魂が足りてませんね』

「何故ですか!?」

『妖狐はかつてこの世界の旧神が生み出した特殊な種族です。狐人族に生まれていれば問題なかったのですが………種族を誤魔化して子供を産んでも、結局は人間ほどの魂しか呼べません。エルフや妖狐族と言う特殊な種族で生まれたからこその不運ですね。せめて相手が魂を多く必要とする長寿種族だったならこのような問題も無かったのでしょうが…………』

「いや、嫌よ!折角生まれたのに!どうかお助けください!」

 自分の体を抱きしめて涙して自分へと問いかける。

『……気持ちは分かりますが、私がその世界に干渉できない事は分かっているでしょう?神々のように生贄を捧げてて魂を補完するのも無理です。大丈夫ならばあなたはそもそももっと生きれるはずですから。それともあなたの魂で補完しますか?代わりに貴女が死ぬだけ。神頼みなんて意味がないのは貴方が一番知っている筈。違う?』

「そ、そう。私が代わりに魂をこの子に移せば…」

「ば、バカな事はよせ!」

 フェルナンドは先走ろうとするフローラを慌てて窘める。

「でも、あなた!」

「巫女姫様も兄ちゃんも落ち着いてくれ!」

 エミリオは新しいタオルを持ってきたら、女神様まで交えてとんでもない事になっていると気付いて慌てて冷静になる様に介入する。

「落ち着けるはずがないでしょう!」

「分かってる。分かっているんだ!」

 泣いて叫ぶフローラと頭を抱えてしまうフェルナンド。神でさえ困難な解決法に混乱しているノーランド家。

 エミリオは苦し気なステラの額を拭いてあげながらパニックになっているステラの両親をどうにか宥める。

「女神様、どうにか穏やかな解決法は無いのですか?今だけでも良いのです。時間をください」

 エミリオは頭を下げて女神を下ろしているフローラに頼む。

『はあ、分かりました。フローラ、御魂法を使いその子に魂を分けなさい。取り敢えず今の状態からは回復するでしょう!』

「は、はい!」


 フローラは即座に御魂法、今は廃れたが魂の深淵に踏み込んだ大魔法である。時に死者に別の魂を入れて動かしたり、或いは体を入れ替えて永遠の命を手に入れたりする、有史以前に存在した秘宝である。これは巫女姫ながら魂に欠陥を得てしまった彼女が、長らえる為に女神の指導の元で身に着けた魔法だった。


「待て!フローラは魂が欠損している!今ここで殺す気か!俺の魂を使え!」

「で、でも…」

 フローラは困ったような表情を見せる。

「俺の娘だろ!」

『フローラはともかくあなたの寿命は40年近く削る事になりますよ』

「俺は二人を守ると決めているんだ!早くしろ!」

 女神は厳しく指摘するがフェルナンドは有無を言わせなかった。

 フローラは即座にフェルナンドの魂をステラに移植するのだった。




***




 3日後、ステラは落ち着いた様子で、エミリオに抱きかかえられてエミリオの住んでいる離れへと向かう。にーちゃ、にーちゃと喜んでいる様子だった。


 フェルナンドは3日間寝込み、どうにか体を起こせたのがその頃だった。

 当然、ステラの状況は今は安定してるが思わしくはない。フェルナンドとフローラは落ち着いて女神様に謝罪と、今後のステラについての話を聞こうとする。



「「昨晩は申し訳ありませんでした」」

 二人は同時に謝る。見た感じではフローラとフェルナンドが互いに謝っているように見えるが。するとフローラが輝きだし口調が変わる。


『構いませんよ。この世界はまだ私の手を離れていませんし、巫女姫が消えるには早すぎますからね』

 フローラに降りてきている女神は溜息交じりに口にする。

「ありがとうございます」

 フェルナンドは感謝の言葉を告げ、女神が降りているフローラは頷く。

 フローラは女神に対して核心をもって訊ねる。


「魂の不足というのはどうすれば良いのでしょうか?増やす方法はあるのですか?神ならば生贄をと仰ってましたが」

『神ならば他者の魂も受け入れられるでしょう。元々、神は人間の魂の切れ端と想いの欠片から生まれるもの。ですが地上の人間達は違います。他者の魂を受け入れれば壊れます』

「はい。落ち着いて考えを纏めましたが、御魂法を極めていても魂を増やす方法なんてありませんでした」

『子供の魂はどうしても両親に似通います。両親の一部から母の中で作られ、母親の一部から離脱して生まれるからです。それは分かりますね?』

「はい」

 フローラは素直にうなずく。

『究極的にステラを生かしたいならフローラの魂を必要とします』

「それ以外に方法はないのか?」

 フェルナンドはそれは出来ないという想いが大きく厳しく問いかける。

『別の何かとしてでも生かしたいというならいくらでも方法はありますが、もうそれは貴方たちの子供から何か異なる物のが生まれた事になります。それで良いなら他の方法はありますが』


 女神の言葉にフェルナンドは苦痛そうに顔を歪める。

 完全に二択を迫られている。娘を取るか、妻を取るか。

「俺の魂じゃダメなのか?」

『1000年以上もの寿命を持つ妖狐族の魂を、どんなに長く生きても100年程度の獣人では魂の重さが違います。ステラはまだ子供で魂の器も育っていないから問題ないのですが、貴方の魂の全てを捧げてもステラの10分の1にも足りません』

 女神の言葉にフェルナンドは生物としての質が違うのだと実感する。父親が自分だった為に娘にこのような苦難を与えてしまうとは不覚だ、と言わんばかりにうなだれる。

『実際、先のステラへの移植で40年近く寿命が削られています。貴方の余命は20年も無いでしょう』

「フローラとてその程度の寿命だろう。問題はないさ。一人で生きていくよりは良い。だが、ステラは………。」

 フェルナンドは可愛い娘が自分という親を持った為に成長する事もままならず、20になるころには両親が死ぬ状況になっている事に悔やんでいた。


『魂の問題が解決するなら、私はとっくにフローラを元の形に戻しています。この世界が安定するには魔神を殺しても数百年は必要ですから』

 女神の言葉に思わすフローラはクスリと笑ってしまう。

 既に自分の命は娘に預けると決めてしまっているからこそ落ち着いていた。


 逆にフェルナンドは落ち着けなかった。女神が悪いわけではないが、まるで死神と問答している気分だった。


『私としても巫女姫を失う訳にはいきません。もう、この世界は破棄せざる得ないと諦めかけていました。ですがフェルナンド、貴方の力により巫女姫(ステラ)を新たに生み出すことが出来た。この子が生き延びれば破棄しなくて済むようになったのです。何億分の一の可能性、それこそ奇蹟を引き当てたのです。ステラさえ無事ならば世界は救われたと言えるでしょう。とはいえ、世界が私から卒業できるまでまだ多くの時間が必要としています』

「………それはつまりフローラに死ねって事か?」

『…………どちらにしてもフローラは長く生きられません』

 フェルナンドは苦々しい顔をする。それは分かっていた事だ。


 共に居たいと願い、彼女の残りの寿命の最期まで供にすると決めたのだ。それさえも世界の為に諦めろと言われるのが我慢ならなかった。


「どうしてもどちらか一方を諦めろというのか?」

『どちらか一方ではありません。私は明確にフローラを諦めてもらいます』

「!」

 女神の慈悲さえない言葉にフェルナンドは歯を食いしばって悲しさを我慢する。

 対してフローラは落ち着いた様子で首を小さく振る。

「女神様。ですが気付いているのでしょう?ステラは生き地獄を味わう事になると。私以上の困難を生きなければならなくなると」

『……。そこまで読みましたか?』

 遠目から見れば自問自答しているようにも見えるが、フローラは自分の体を使って女神と対話をする。そんな女神のターンで女神らしからぬ驚きの姿を見せていた。

「どういう事だ?」

 フェルナンドは驚いた顔で女神となっているフローラを見る。

『追い詰められているアルブム王国は反乱する自国民を生贄にして神を呼ぶでしょう。神と魔神の欠片が乱立してステラは狙われることになります』

「ふざけんな!俺がそんな事を許すと思ってんのか?」

『ですがフェルナンドは長く生きられません。今回の事でなおさらに』

「!?」

『ステラは親を失った直後、神々の乱立が起こります』


 フェルナンドは足元が崩れるような気がした。

 20年生きて、40年寿命が削れた。長くてもこれから20年生きればステラは大人になるだろう。父親の早世の後に地獄の時代がやってくる。一人で生きていくしかないのだ。


『親が失われた後、ステラが30年以上生きる事が出来れば、世界はどうにか瀬戸際で堪えるでしょう。500年前の頃よりも地獄かもしれませんが』

 女神から受ける残酷な言葉に、フローラも顔を歪める。500年前の地獄を知っているからだ。家族も同胞も何もかもが失われ、魔神とその眷属達のせいで予知もできず、魔獣が跋扈し、死が隣り合わせの混沌の時代、そんな未来しか娘に明け渡せないのかとフローラは悔しそうに俯く。

 500年、世界を改善方向に進めた筈だったのに。


「そこに世界の安定があってもステラの幸せはないのでしょう?」

 フローラの言葉に女神は沈黙する。

 暗にそれは肯定している。

「世界が救われれば巫女姫の幸せはどうでも良いってのかよ!」

『世界が無ければ巫女姫も人間も生きてはいられません』

「神の座に登ってこられるのが嫌だから俺たちを利用して生き延びてるだけだろう!それで俺からフローラを奪い、ステラに残酷な世界を歩ませて、世界は救われましたってか?ふざけんじゃねえぞ!」

 フェルナンドは拳を床に叩きつけて叫ぶ。

『誤解があるようだから言っておきますが。この世界を失う事で、私が神の座から落ちるような事はありません。星の数ほどの捨てられた世界を導いて世界を救ってきたのです。この世界もその一つです。人々が神がなくとも滅びの道を取らなくなって初めて格が上がります。魔神は高い格を持っていましたが私と比べれば遥かに低い方でしょう。この世界を奪われた所でいたくはないのです。痛いのは貴方たちだけなのですから』

 その言葉にフェルナンドは高みから見物している神ではなく、単純に厚意から手を貸してくれているのだと感じる。だが、その対象は巫女姫でもなく知能生命体全体に向けられている。


 フェルナンドは俯き文句を言う相手もいなければ救う方法もなく、ただ他人が不幸になる事をただ分かっていて見守るしかない事実に愕然とした。

 こんな重たいものをフローラは抱え続け、そしてステラに受け継がさなければならないのかと絶望する。


「女神様。私は一つ提案します」

 そこでフローラは目を瞑り胸元を抑えて恐る恐る口にする。


「ターニングポイントがすぐ近くにある筈です」

『不可能です。確かにあります。貴方は私以上に予知を習得しているからこそ貴女も分かっている筈です。』

「ターニングポイント?」

 フェルナンドはフローラに問う。


「フェルナンド、私は貴方にたくさんのものを貰った。世界も自分の命も諦めていたけど、貴方は私の運命を、ひいては世界の終末をもこじ開けてくれた。私の予知では人間と交わっても妖狐は生まれなかった。獣人で人化の法を使える者はいなかった。絶望していた私の前に貴方が現れた。貴方こそが私の勇者だった」

「フローラ……」

「ターニングポイント、運命の変換点はある。猶予は少ないけど……ステラの必要な魂のエネルギー量は把握しているわ。ステラに今の私の魂の6割ほどを上げる事でステラは生き延びる事が出来る筈」


「6割?」

「でも私も魂の衰弱で残り少ない命。あと7年弱で魂は6割ほどに衰弱する。つまり私の命の全てをあげるタイミングはまだ7年弱の猶予があるわ」

「!……だが、それじゃあ、フローラの余命は…」

 それでは7年で愛しい女性が死ぬと分かっただけだ。ステラの未来はどうなるのだろうか?地獄のような未来が来る。神が相手ではステラも生きれるかもどうかも分からない。

 すると首を横に振り

「ターニングポイントはその時代まで続く。あるのよ。ステラの明るい未来が私の生きている間に切り開ける機会があるわ。」

「ステラの未来?」

「お願い。私は今から酷いことを言う。貴方を信じてステラを託します。私たちが生きている間に邪眼王を殺して」

「!?」

 フェルナンドは目を開きフローラを見る。


「今、シュンスケ様の魂がこの世界に生まれ落ちている。彼は直に勇者である事が判明し、人間の陰謀によって殺されるでしょう。ですが、7年以内に邪眼王を打つことが出来れば、魔神の再来は焦って世界に姿を現します。そうすればシュンスケ様の魂が勇者として発覚する前に魔神の再来が現れていた為に、死の予知が回避されます。世界の為の武器として必要となるからです」

「無駄な暴力装置ではなく、勇者として使えるようになると?」

「ええ。彼ならば恐らく万一もなく魔神の欠片を殺せるでしょう。彼の弱点は魔王のような存在よりも内輪の政治的な謀殺が最も危険なのです。」

 フローラは強い口調で断言する。


「……な、なるほど、そうすれば魔神が消える?」

「神の乱立が防がれればどうなるでしょう。人類は一つになって一つの神に立ち向かえる。違いますか?」

 フローラの問いに女神は瞠目する。

『そうなれば確かに侵入者に対しては有効でしょう』

 自分で問うて自分で答えるような状況であるが、フローラは自分の予知による仮説に自信を持つ。


「だけど、シュンスケの魂ってのはどうなるんだ?あれも厄介ごとの一つだろう?」

「問題ありません。ここ数年で危険な魔物の種は竜王陛下が排除していましたし、あれほどの魂を受け入れる素体が無いならば、他大陸に渡るでしょう。他大陸は妖狐族の守護範囲ではありませんし、今は気候変動も少ないので、突然変異的な生き物が生まれるとも思えませんから」

 フローラはフェルナンドの懸念を即座に応じる。

 すると女神自身もフローラに降りて考える。

『なるほど、確かにその未来は可能性の一つとしてありました。この大陸は神々の騒乱で疲弊していますし、魔神の欠片が消えれば勇者も必要ありません。悪くはない話ですね』

 フローラの言葉に女神も納得を見せる。


『ですがそれはターニングポイントを折り返せればの話。その話をしていなかったのは時間が無かったからです。ヘレントル攻略は400年前から鬼神王、文字通り神に辿り着きかけたゴブリンが攻略を訴えていた事です。ですが未だに半分も攻略されていない。400年もかけて半分も成せなかったことをたった7年弱で可能と思っているのですか?』

「普通なら無理でしょう。でも、女神様は人類を舐めている」

 女神に対してフローラはつぶやくように口にする。

『…舐めてはいませんよ。そこまで愚かならば私はとっくに神としてこの世界の人を見捨てています』

 魔神の襲撃によって激しく疲弊しほぼほぼ滅びに今でさえ向かっている。そんな世界を未だに管理しているのが女神でもある。


「私は予知を覆す者を幾度も見て来ました。可能性はゼロに近くても、娘の為に私の、私だけの勇者様がステラの為に成してくれる。そう信じています」

 フローラは申し訳なさそうな顔でフェルナンドを見つめる。

 フェルナンドはフローラが娘の為に残りの人生を使って魔神の欠片の残りの二欠片の内の一つを砕いてこいと言っているのを理解する。


『…もはや何を言っても変わらないそうですね。どちらにしても貴女がステラに魂を譲れば、未来は回るだけの事。それさえしてもらうならば、私は何も言いません。貴女は十分にこの世界の為に命を使い果たしました。好きにしなさい』


 すると光が消えてフローラは元に戻る。

「だってさ」

 フローラは額に大量の汗を搔きながらも自分への負担を無視してニコリと笑う。女神の依り代になるには膨大な力が必要で体力もかなり削られる。このように意識を持ったまま女神と長々と話のはかなり困難だ。

「フローラ。大丈夫か?」

 フェルナンドは心配するようにフローラの横に寄りそい体を支える。

「ごめんなさい、突然こんなことを言って」

「本当だ」

「でもね、私たちが死んだあと、ステラに著しく危害を加える敵から守るにはそこがターニングポイントになる。女神様に確認して正しいと確認できた。私の未来は変わらないけどステラは幸せになれるわ」

「フローラが生きている内に魔神の欠片を殺す。それによって運命が良い方向に流れる………か」

 フェルナンドは理不尽なようにも感じるが、それが巫女姫の仕事だ。これによって獣王国は歪ながらも確かに存在している。いつ滅んでもおかしくない程脆弱だった国なのに。


「人類が400年掛けてで半分も進めなかったダンジョンを、7年でどうにかして欲しい。これは誰にも教えられない」

「教えられない?」

「魔神はわずかな情報でも読み取って動きを変える。結果としてエミリオにも大きい被害が出るかもしれない。ううん、獣王国にだって。魔神は私の想像を凌駕してくるかもしれない。でもステラの未来は必ずいい方向に動く。全体として獣王国は前を向いている。どんな犠牲が出るかは読めないけど、きっと未来は良くなるわ」

 フローラは悲し気に目を伏せて、自分を言い聞かせるように口にする。


「分かった、フローラ。やろう、全てはステラの為だ」

「ごめんなさい。……私の最期まであなたは共に居てくれると言ってくれたのに」

 申し訳なさそうにするフローラ。

「おいおい、フローラ。俺はフェルナンド・ノーランドだぜ。たかがダンジョンなんて7年もいらない。1年くらいで攻略して残りを皆で楽しく過ごそうじゃないかフローラもステラも俺にとっては命よりも大事な存在なんだからな。お前だけの勇者を信じてくれよ」

「うん、信じるわ。私にはあなたが攻略する姿は見えないけど、それでもあなたはそれを成すと信じる」

 フローラは泣いてフェルナンドに抱き付き、フェルナンドもそれに応えるように抱きしめる。




***



 そして、それから一月後のこと。フェルナンドは獣王やエミリオに出かける事を告げてから旅の準備をする。

「とーちゃ、とーちゃ」

 きゅっとステラの小さな手が自分の服を掴む。

「くそう、やっぱり一時たりとも別れたくねえよ。ステラは可愛いなぁ」

 ぎゅうっとフェルナンドはステラを抱きしめる。


「だったら出て行かなきゃいいじゃないか」

 エミリオは呆れたように兄貴分に言う。

「エミリオ、ちゃんとフローラとステラを守るんだぞ。俺はそれでもいかねばならないんだ」

「何で?」

「………理由は言えない。そしてこれからもしかしたらお前達も大変な事になるかもしれない。だけど、俺はお前を信じている。運命なんかに負けるような軟な男じゃないってな」

 フェルナンドはグシャグシャッとエミリオの頭を撫でる。

 エミリオは寂しそうな顔をして兄貴分であるフェルナンドを見上げながら崩れた髪型を整える。

「分かっているさ」

 エミリオは頷く。

「あなた」

 悲し気にフェルナンドを見るフローラだが、フェルナンドも同じような顔をしてそして首を横に振る。

「分かっている。元気でな。フローラ、ステラ。それにエミリオも」

「あうー」

 きゅうっと抱き付いてくるちっちゃな娘が愛しくもあり、フェルナンドは涙を流してステラを抱きしめる。離れたくなくても離れなければならない。

 全ては未来のために。


「よし、行ってくる」

「いってらっしゃい」

「速く帰って来てよ!」


 フェルナンドはフローラ達との別れを済まし、振り返らずに進む。

 背後から娘の泣き声が聞こえる。

 これが家族の最後の別れとなる事を、彼らはまだ知らない。

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