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(閑話)3話 フェルナンドの軌跡

 帝暦480年 春 連邦獣王国カッチェスター


「くっ…化物が」

 若き虎人族の青年アルトリウスは拳を握り、狐人族の少年の前に立ち塞がっていた。

「アンタに言われたくない」

 対する狐人族の少年もまたボロボロになっているが決して引く様子も無かった。

「うおおおおおおおおっ」

「おおおおおおおっ!」

 二人は獣王挑戦権決定戦で互いに譲らずに皆が見ている舞台で殴り合う。だが期待されていた虎人族アルトリウスは狐人族の少年の拳の前に遂には倒れる。

「獣王挑戦者はフェルナンド・ノーランド!」

 小さい狐人族の少年の拳が上げられ獣人達はその天才少年こそが次代の獣王に相応しいとさえ感じさせていた。

 土地を持たない流浪の狐人族は多くがノーランド姓を名乗っている。獣王国においてはありきたりな苗字だが獣王戦に出るのは初めての事だった。


「では獣王決定戦を始める!」

 すると勝手に猫人族の審判が次に進めようとする。通常は数日の休みが与えられるのだがそんな事は無かった。フェルナンドは他よりも試合数が多かったり強い部族と連戦であったったりと理不尽な戦いを勝ち抜いてきている。

 たが、全く戦ってない獣王に挑戦をするというのにアルトリウスとの激戦を制した直後というのは余りにも酷い話だった。

 民衆の多くが理不尽さを感じるが、獣王の決定には従わねばならない。


 担架で運ばれるアルトリウスとすれ違うように現れるのは美しい鎧を付けた獅子人族の男だった。獣王アンドリュー・ブラッドフォード。カッチェスター家に次ぐ獅子人族の大家である。

「では、試合を始めてください!」


 血まみれでボロボロのフェルナンドを前に、獣王アンドリューが襲い掛かる。

 鋭い拳がフェルナンドを殴りつける。更に蹴りつけて、鋭い爪でフェルナンドを切り裂こうと獣王は腕を振り上げる。

 ふらついていたフェルナンドはその獣王の腕を左手で受け止める。


「獣王ってのはこの程度なのか?」

 フェルナンドはがっかりした顔で目の前の王を見上げる。

「なっ!?」

「強きものを求めて来たのに、この国で最強がこの程度?決勝戦で戦ったアルトリウスとか言う奴の方がまだましだ」

「な、舐めるな!」

 右腕を抑えられようが左手があると言わんばかりに左手を振りかぶるが、それより早くフェルナンドの拳が獣王の腹に叩き込まれる。

 獣王は体を浮かし、腹を抱えて悶絶して闘技場に倒れる。


 そしてフェルナンドは冷めた目をして倒れている獣王を見下ろす。

 諦めたように獣王に背を向けて帰ろうとする。

「がっ…お、俺はまだ負けてないぞ」

 腹を抱えて蹲りながらもフェルナンドに叫ぶ。

「もう、この国に興味はない」

 フェルナンドは獣王になれるという状況を自ら手放してこの場を去る。

 流浪の狐人族であるフェルナンドはベルグスランド聖王国の奴隷として生まれた。両親が命を懸けて逃がし、ベルグスランド軍と戦い獣王国へと逃げ込んだ。

 真の勇者という称号が贈られたフェルナンドは二度と奴隷に戻らぬよう強さを求めた。両親が『いつか獣王様がこの国に乗り込み奴隷身分からも解放してくれるだろうと』いう絵空事を語っていた為、獣王ほどの強さを持とうと考えていた。

 だが、獣王がとんだ期待外れでガッカリしていたのだ。


 フェルナンドはより強さを求めて獣王国から出奔する。


 だが、この大会により獣王の権威は地に落ちた。獣王戦は獣人達の訴えにより大体5年おきくらいに獣王戦は行われるのだが、国が荒れた為、獣王は家臣に殺され、3年後に再び行われることになったという。



***




 帝暦483年 冬 連邦獣王国南東部


 フェルナンドは獣王国を出奔してから、帝国で冒険者となり修行を積んでいた。鬼人王に戦いを挑んでみたりとせわしなくあちこちを転々としていた。

 仕事で獣王国の属国であるマーレにいる時に、アルトリウスが獣王になったと聞く。

 かつて獣王挑戦権決定戦で最も苦戦させられた対戦相手を思い出し、自分がどれほど成長したかを見るべく獣王国へと向かう。

 かつての勝利は紙一重だった。獣王国にいたアルトリウスと大陸東部を転々としていた自分、どちらがより強くなったのか興味があったからだ。


 そこで、獣王国とアルブム王国の国境付近で諍いが起きていた。数千の騎士団が獣王国の村を焼き北へと進軍していた。

 しかし、その進軍は途中で止まっているようだった。滅んだ村があり、そこには多くの村人たちが死んでおり、それ以上に大量の騎士団の男たちが朽ちていた。


 フェルナンドはその中で唯一生きている少年を見かける。

 ボロボロだが息がありそうだ。

「大丈夫か!?一体、何が起きたんだ?」

 少年はぐったりした状態で気絶しており、話を聞ける様子も無かった。

 フェルナンドは仕方なく神眼を使い、少年の様子を見るとHPがかなり削られているが、死んだわけでもなく、疲労困憊で寝ていることが見て取れる。そしてそこには称号:真の勇者というものが存在していた。


「俺と同じ?……なるほど、そういう事か」

 フェルナンドはベルグスランドから逃げる為に自分よりも強い人間と何度も勝利し、奇跡的に逃げ延びた。

 目の前の少年は自分の村が襲われ倒れるまで戦い続けて騎士団を壊滅させた。ステータスを見るにかなり弱い。従魔術LV1のスキルを持っている以外は見所もない少年だった。


「将来、強くなるかもしれないな。俺が強くなるためにはより強きライバルが必要だ。こいつを育て俺の競争相手にさせよう」

 フェルナンドは少年を背負って山を歩く。

 この頃のフェルナンドは13歳という年齢ながらも人並み外れた戦闘能力があり、そして、極めて脳筋だった。


 フェルナンドは最寄りに家はないかと探すが、ここに来る途中で見た事のない場所に来てしまった為迷っていた。丁度北を見ると北の白い雪山が近くに見えるので、そこに向かえばカッチェスターに辿り着くと思い北へと向かう。そこが聖域に限りなく近い場所だとは気付いていなかった。




***




 フェルナンドは雪山の麓にある小さな藁葺の家の暖炉で温まっていた。


「た、助かった。凍え死ぬかと思った。まさかこんな雪山の麓に同族の家があるなんて」

 手を火に当てつつ鼻水をすすりフェルナンドは感心したように呻く。

「まさかここに人が訪ねてくるとは思いませんでした。どちらにお向かいに?」

 金色の狐耳のはやした美しい女性が家主であった。


「カッチェスターはこの雪山の麓にあるから山に向かえば良いと思っていたんだけどさ。途中でこの子供を拾ったんだ。村が滅ぼされていたみたいで」

「………カッチェスターの掌握に苦しんでいるのでしょうか?獣王陛下には伝えた筈ですが…軍を動かせなかったのでしょう……。未だカッチェスターの多くの氏族を纏められてないから……」

 狐耳の女性は憂うように口にする。


「獣王国について詳しいんだ?俺はフェルナンドって言うんだ。フェルナンド・ノーランド。でも、同族でお姉さん程綺麗な人は見た事ないよ。前に同族の集落に行った事もあったけど」

「ふふふ、ありがとう。フェルナンド君って言うのね。そちらの子は……勇者ですか。まあ、この国は偶によく出ますからね」

「ふーん。………???何でそれを?神眼が無ければ………!?」

 フェルナンドはそこでふと気づく。神眼で見れば一目瞭然だったからだ。

 即座に慌てて正座に座り直し頭を下げる。

「も、申し訳ありません。ま、まさか巫女姫様だったとは!?」

 フェルナンドはガタガタと震える。獣王国にとっては現人神に等しい存在だ。


「気にしないでください。大したものではありませんよ」

「で、ですが…」

「この子の村を守る事もできませんでした。獣王国の民を守る力は私にはありませんから。獣王国の皆さんが思っている程、大したものではないのです」

 そう悲し気な目をして、己の不徳を謝る様に口にする女性を、フェルナンドは初めて守ってあげたいと思ったのだった。




***




帝暦485年 春 連邦獣王国ホワイトマウンテン


 ホワイトマウンテンの雪がなくなった頃、山の麓の小川へと向かう3人の姿があった。

 狐人族のフェルナンド、巫女姫のフローラ、それにフェルナンドが拾った小さな猫人族の少年エミリオの三人はまるで家族のように小川の辺で遊んでいた。


 エミリオという少年の周りには小動物や小鳥などが近寄ってきていた。

「エミリオは動物に好かれやすいな」

 フェルナンドは少し変わった奴だなと思わず口にする。

 3人がいるのに、何故かエミリオにばかり小動物たちが寄っていく。小さいアリクイだったり兎だったり小鳥だったり。

「そうなの?」

 エミリオはたくさんの動物に囲まれながら楽しそうにしていた。

「っていうか、何気に懐いている獣の中からホーンラビットの子供がいるんだが!?」

「何だか知らない内にウチの周りでよく顔を見せるけど、魔物だったんだ?」

 エミリオは兎の頭をなでるとうさぎはぐうぐうと嬉しそうに鳴く。


「顔とか覚えられるの?」

「え?分からないの?」

 さすがのフローラも呆れたような視線をエミリオに向ける。獣のそれぞれの顔が分かるなどちょっと普通ではない。

「今度、巫女姫様が魔物の襲撃を予知したら森の奥に行って従魔を教えてやろう」

「お兄ちゃん、そう言ってその前、普通に犬にかまれてたじゃん」

「うっさい!」

「あははは」

 怒るフェルナンドに対して、エミリオは笑いながら逃げ出すと、動物たちもエミリオについていく。


「最初は塞ぎがちだったけど、あの子もよく笑うようになりましたね」

「……今のアレが元の性格なのかな。随分最初は荒んでたし。」

 エミリオは遠くで動物たちに囲まれながらブンブンと二人に手を振る。それにフローラとフェルナンドも手を振って応えると、エミリオは走って獣たちと競争をする。


「貴方のお陰です」

「俺の?」

「私は立場上、どうしてもあの子も構えてしまうから。普通にお母さんと呼んでくれても良いのですけが、巫女姫ですからね」

「そりゃ、仕方ないでしょ。フローラ様を相手にお母さんなんて呼べる獣人はいないさ」

 神様とは呼べても母様とは呼べないだろう。


「そう言えば聞きましたか?獣王様がまた獣王決定戦を開いたそうです」

「また?そこまでアルトリウスの治世は悪かったのか?」

 それなりに上手くいっているとは聞いていたが、未だに不満分子がいて命令を無視したりしているとも聞いていた。実際、出兵を嫌がった獅子人族が遅れたためにエミリオの村は壊滅した。

 だが、獣王国においてはよくある事だった。


「獅子人族だけでなく、いう事を聞かない部族は多くあります。獣王様自身が一介の戦士に戻りもう一度獣王決定戦を0からしたそうです。三勇士も再び決めるとの事で多くの部族が集まったそうですよ。まあ、圧倒的な勝利で誰もが平伏したそうですけど。あの子は昔からやんちゃでしたけど、5年も猶予があるのに、態々、自分で獣王決定戦を起こしてしまうなんて。多くの村が滅ぼされ救助にも行けなかったからこそ、求心力を上げる為に行ったそうです。文句が出続ける限り毎年やるのだとか」

「あの野郎、強くなってるんだろうな。そう言えば、エミリオの件もあったから1年もここにいたけど、強くなったアルトリウスと再戦するために戻ってきたの忘れてた!」

 頭を抱えるフェルナンドにフローラは苦笑する。

「でもそのお陰でエミリオはよく笑うようになりました」


 ………


「俺が笑顔にしたいのはエミリオじゃなくて、フローラ様だ。……俺はフローラ様に惚れたんだ。フローラ様を俺の番にしたい」

 フェルナンドの言葉にフローラは驚いたような顔をする。

「そういう顔は初めて見た」

「獣人族に求婚されるなんてこの100年ありませんでしたから」

「そりゃそうだろうな。って100年前?」

「政略的に婚姻するよう獣王から求められたりもしましたが婚姻する前に、他の部族に殺されてましたね。死ぬからダメだと言ったのですけど。権力の象徴として使うにはどうにも大きすぎるようです」

「そりゃ、フローラ様は何でも知っていて、全ての未来を読める訳じゃないってのはこの1年でよく分かった。長生きするだけで俺達と何も変わらない、悩むし苦しむただの人なんだってのも。俺はフローラ様と一緒に…」

 フェルナンドはフローラを見上げて口にしようとすると、その口にフローラの人差し指を当てられる。


「私の寿命はもう二十年もありません。従来、妖狐族は1000年生きると言われてますが、私は魔神に殺されかけて魂に欠陥を持ってます。こんなお婆ちゃんではなく貴方には貴方に相応しい相手がいるでしょう」

「いつかは死ぬことだろう?どっちが早いとか遅いとかどこの家庭だってそうだ。10年でも20年でも一緒に居られるなら。そ、それに子供が出来れば、未来は繋げられる。違うのか?」

「私との間に子供は産めませんよ。遺伝子が決定的に違います。獣人族とは番えません。何よりまだフェルナンドも子供ですし、もっと大人になった時にそういう事を考えなさい」

 フローラは目を瞑って首を横に振る。

「獣人族とは番えない?」

「エルフはエルフとしか子供が産めない為、非常に狭い文化圏なのは知っているかしら?私の妖狐族もそうでした。500年前、女神様と唯一繋がれる種族だった為、魔神に襲撃されて私以外が滅んでいます。二度と妖狐族が生まれる事はないでしょう。私が最後の妖狐族なのです。確かに人化の法を使えば人間になれますし、人間となら番えますが、500年前の戦争以来人間は信じられません。だからこそ、ここで隠棲しているのです」

「お、俺は…」

「何より、私の未来に子供が出来る未来なんて無いのですから。これは予知で確認済みです。フェルナンドも大きくなれば分かります。貴方は強く優しい良い子です。大きくなっていいお嫁さんを貰って幸せになってください」




***



帝暦486年 秋


 求婚を断られてから暫くして、フェルナンドはホワイトマウンテンを出て帝国に向かった。

 エミリオは寂しがっていたがフェルナンドはやる事があったからだ。

 図書館で人化の法を探していた。魔法を使えない獣人が人化の法という魔法の一種を使うのは困難だ。だが、同じ系統の獣化という特殊魔法を獣人族の中には使えるものがいる。

 ならば人化の法を使える可能性もあるのではと考えて図書館で調べ物をしていた。


「お父様、帝都にいらしていたのでしたら一声かけてくださいな。私が魔力感知してなかったらスルーしてましたよ」

 明らかに貴族と思わせる服装に薄い茶色の髪にライトブラウンの瞳をした女性が小さな子供を連れて、緑の髪をした美しいエルフに声をかけていた。

「皇太子の妾になったお前をいつまでも保護するつもりはないからな。それはカールステンの仕事だ。私は調べ物があってここに来ただけだ」

 緑髪のエルフは困った娘を見るように溜息を吐く。

「まあ、冷たい。子供が出来たのに一度も会いに来てくれないのだもの。だからこっちから会いに来たのです」

「場所を考えろ」

 ここは図書館で無駄口を叩く場所ではないから当然でもある。


「ヴィン、この人が貴方のお祖父ちゃんよ」

「じーちゃん?」

 女の子の様に可愛らしい3つか4つくらいの少年がエルフを見上げる。


 そこでフェルナンドは疑問を持つ。エルフは人間の子供を持つことはできない筈だ。なればどうして人間の子供がエルフを父と呼ぶのか?と。


「ヴィンフリートか。ふむ、お前に似て美しい子だな。男か?女か?」

「以前、手紙に男の子と書きましたよ」

 貴族の女はエルフの男に頬を膨らませて訴える。

「すまんすまん。仕方ないな。今日は皇太子の屋敷に向かおう。一度くらいは顔を見せた方が良いだろうしな。もう、お前はフリードリヒ家に入っているのだからいつまでも私を父と呼ぶことも無いのだがな」

「もう、これだからエルフは。約束ですからね。会いに来てくれなかったら絶交ですから」

「それは怖い。わかったわかった」

 そう言って緑髪のエルフは図書館での調べ物に戻り、貴族の女は子供を連れて去っていく。



 フェルナンドは立ち上がりエルフの男に話しかける。

「すまない、先ほどの…」

「うるさくしたな。申し訳ない。アレも帰ったので黙って調べ物に入るから許して欲しい」

 とエルフの男は頭を下げる。

「いや、そうではなく、聞きたいことがあるのだ。人化の法について」

「?」



 会談のできる小スペースに向かい、フェルナンドはエルフの男に人化の法を身に着ける方法を知りたいと伝える。

「先程もいったがあれは私が育てただけの人間の子供だ」

「そうですか……。獣人が人化の法を身に着ける事はやはりできないのでしょうか?」

「……ふむ。確かに課題としては面白い。たしかに貴殿が言ったように獣人族の中には稀に獣化を使える者がいる。獣化が使えるなら人化が使えてもおかしくはないという話は魔法研究者として興味深い」

「魔法を使えないのにその手の魔法が使えるものはいないのだろうか?」

「例えばだが、魔力を使って身体能力を高めたり体を固くする手法がある。貴殿も無意識に使っている。つまり人化の法も無意識に使える可能性もある筈だ。獣人は魔力が無いわけではなく、魔力を操作したり知覚する事が出来ないだけだからな。貴殿は魔力が非常に高い。出来ないという訳ではないと思うが……獣人の短い人生の中で研究するならば面白い課題ではあるな」

「それでは困るんだ。今すぐにでも覚えたい」

「無茶な事を。私のような長命種ならばいつかは出来ようと考えるが獣人は人と同じく寿命が短い。だが、その分、物事を進める事も早い筈だ。出来ない筈がないのだからな。私から言える事はその手の魔法は感覚的なものだ。よく人間や魔法を感覚的に分からなくても理屈として知る事だ。人化の法の使い手はいずれも自分の体も人体も詳しい。帝国にはその手の本もあるから調べると良いだろう」

「ありがとうございます」

 フェルナンドは頭を下げて再び調査へと戻る。




***




帝暦489年 初春 連邦獣王国


 ホワイトマウンテンはまだ雪に覆われていた。だが獣王国は未だ争いの種が尽きず、巫女姫は様々な献策を獣王へ与えていた。

 だが手の届かない場所もある。

 その手の届かない場所で、戦いになれば全てエミリオが担っていた。たった10歳ちょっとの子供であるが、戦場でグリフォンに跨り圧倒的な武勇を示していた。リンクスター家のように分かりやすい戦力を見せない為、謎のグリフォン使いとして獣王国の端でひそやかに歌われる存在になっていた。


 その日もエミリオが遠征し、グリフォンに乗って帰ってきたところだった。

「エミリオ、ありがとう」

「ううん、巫女姫様が困っているからね。当然だよ。お兄ちゃんが居てくれれば良いのに」

「エミリオは良い子に育ったわね」

 グリフォンから降りるエミリオの頭をフローラは笑いながら撫でてあげる。

 2人は5年以上もの年月を共に過ごし、呼び名こそ巫女姫様と呼んでいるが親子のように接していた。


「フェルナンドはやりたいことがあるから仕方ないのよ。もしかしたらその内、お嫁さんを連れて帰ってくるかもしれないわね」

「そうかなぁ」

「そう思わないの?」

「お兄ちゃん、巫女姫様の事大好きだったから、一生独身だと思ってた」

「この子ったら」

 フローラは苦笑してしまう。

「聞いたよ、お兄ちゃんから。子供が生めなくても別に良いじゃん。お兄ちゃん事嫌いじゃないでしょ?」

「そうね。でもあの子の可能性を私の所で終わらせたくはないの。世界を救う救世主になりえるほどの才能を持った子よ」

「獣王様とどっちが凄いの」

「同じ位凄いと思うわ。私を巫女姫ではなく、一人の人間としてみてくれた初めての獣人族だもの。嫌えるはずがないでしょう?」

「まあ、お兄ちゃんは出会った頃から凄かったよね」


 エミリオはふと義兄を思い出して懐かしく思う。

 フローラは苦笑して空を見上げる。

(子供なんていなくても良い。自分の代で妖狐は終わるのだ。その覚悟はある。それまでに全ての因果に終結をつけなければならない。フェルナンドとてこれから10年や20年もかければその一翼を担えるだけの才能がある。獣王国は大丈夫だろう。アルトリウス君が獣王として立った事で巫女姫を必要としない政に代わる筈だ。彼が負けてもその背中を見ている子供たちが続く。やがて獣王国は私の手から離れる。獣王国のターニングポイントは良い形で変わってくれた)


 エミリオがグリフォンを見送ってから、フローラと一緒に家の方へと向かう。そんな中、1人の男の影がホワイトマウンテンの方へと近づいてくる。

 ホワイトマウンテンは聖域、カッチェスターからほど近い場所にあっても獣人達は近づくこともしない場所だ。人が来ること自体がそうそうない。


 エミリオは気付いて慌ててフローラを守る様にして身構える。

「誰だ!」


 だがその人影は驚いた顔で現れた。狐人族の青年だった。

「ん?もしかしてエミリオか?随分と大きくなったな」

「え?」

 エミリオは、人のよさそうな笑みをする青年を見上げて目を丸くする。どこかで見た気がするが思い出せなかった。だが、狐人族と言う事で一人だけここに来る事が出来る男を思いだす。


「まさか、……兄ちゃん」

「誰だと思ったんだよ」

 すっかり大きく逞しくなったフェルナンドに、エミリオは驚いて駆け寄る。

「おかえり」

 フローラは笑顔でフェルナンドを迎える。

「フローラ様。もう俺は立派な大人になった。そして人化の法を身に着けた」

「ええ、知ってるわ」

 フローラは神眼で既に確認しており、その言葉に驚いてエミリオはフェルナンドのステータスを神眼で確認する。

「だからもう一度求婚させてくれ。俺はフローラ様が、いや、フローラが好きだ。貴方の生涯を共に添わせてくれ」

「馬鹿ね、私の予知まで壊して、貴方の輝かしい未来をこんな山奥で朽ちさせる気なの?」

 フローラは獣人が才能ではなく自力で人化の法を身に着けられるなんて思いもしてなかったし、そんな余地も一切なかった。

 想像を超える努力と勉強の果てに目の前の子供は成し遂げたのだと感慨深く思う。


「人化の法を身に着ける為に勉強して、果てに賢者の称号を手に入れた筈なのだが、バカは直らなかったらしい」

 フェルナンドは苦笑してからフローラを抱きしめ、フローラもそれに応えるように抱きしめる。


 エミリオは二人を見守って笑顔を見せるのだった。

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