(閑話)2話 フェルナンドの軌跡
ヒューゲル達はヒヨコ屋敷へと向かっていた。この日はヒヨコ屋敷にステラ達がいるらしい旨を聞いていたからだ。
入口の鐘の音を鳴らすと玄関から
「ピヨッ!?」
ヒヨコが出てくる。
子供が友達を迎えるような気軽さで貴族が住まう別荘のような館からヒヨコが顔を出す。
「ピヨピヨ」
両の翼を広げてヒューゲルの前にトテトテと歩いて近づいてくる。歓迎しているようだ。
「ああ、転居祝いを持ってきたんだ」
「ピヨピヨ」
ヒヨコは包みを渡されると喜びの舞を踊る。
「相変わらず愉快なヒヨコだな」
「ところでステラ君に会いに来たんだけど、彼女は居る?」
「ピヨッ!」
ヒヨコは玄関を開けて中に入るよう翼で指し示す。
「結構、念話が分からなくても何言っているか分かるものね」
「まあ、基本的に子供に群がられるからその手のボディランゲージが得意なんだろうね」
ヒューゲル、ヴィンフリート、モーガン、ユーディットの4人がヒヨコに通されて居間に入るとそこにはステラ、ミーシャ、シロ、トニトルテ、グラキエスのがいた。
総勢10名(一部、小柄な魔物)だが、元貴族の邸宅ともあり、十分に入れるスペースがあった。ソファーも大きくその位は余裕で座れる広さだ。
「この家、いくらしたの?」
余りにも大きい家に驚愕した様子でユーディットが訪ねてくる。
「金貨二百枚だって」
「やすっ!帝都のそこそこの家と同じ値段じゃないの!こんないい家が金貨二百枚?ありえないわ!」
ユーディットは驚きの声を上げる。
「ピヨピヨ」
「そこはヒヨコの手腕による…だと?いやいや、ヒヨコ君?どれだけ値切ったんだい!?」
ヒューゲルはヒヨコの言葉に感嘆の声を上げる。
ステラはみんなにお茶を出しながら説明する。
「値切っていませんよ。単に幽霊屋敷だっただけです。というか、ヒヨコがこの屋敷に泊まった日の翌日、何故かヒヨコはレベルが20くらい上がっていて、しかも称号に不死王討伐者が加わっていたんですけどね。かなりの事故物件です」
「ブッ………え、えー……。大会前にそんな死闘を繰り広げていたのかい?」
「さあ、ウマの鳴き声で目を覚ましたとかわけわからない事を言ってたけど眠くて覚えてないって言っていました」
「ピヨピヨピヨピヨ」
「………そっか、ヒヨコ君は寝ぼけて不死王を殲滅させたのか。っていうか不死王、この家にいたのか………きっと勇者に滅ぼされた後、新しく不死王となり意気揚々と現れたろうに……ヒヨコに寝ぼけて殺されたのか」
ヒューゲルは虚空を悲しげに見る。
「言いたいことは分かります」
「ピヨちゃん強いもんね!」
ステラが同情するようにうなずき、ミーシャは意味も分からず喜ぶ。
「おーい、ヒューゲル、世間話はその辺で」
ヴィンフリートが先を促す。
「そうだった。実はステラ君に聞きたいことがあったんだ。」
「……ええとお仕事ですか?」
ステラは首を捻る。
自分に近しい位置にいながら仕事を頼んだ事のない人物に問われて首を捻る。そもそも目の前の男は占いという因果の分からないものに縋るのではなく、自分で道筋を作って結果を作る人間だから必要としていないのをよく知っている。
母に教わった話を、実践できる賢い人、そういう人間だとステラは認識していた。
「いやいや、仕事ではないんだ。実は我々の冒険者パーティの死んだ仲間の事で聞きたいことがあったんだ」
「???」
更に不思議そうにステラは困った表情をする。
「難しく構えないでくれ。実はかつての仲間の遺品を、奥さんの墓の隣に墓を作って埋めてやりたかったんだが、奥さんの名前も生きているだろう娘さんの名前も知らなくてね。獣人だから獣王国の連中なら知ってるだろうと思って訊ねてみたら彼らも知らないと来たものだ」
「???」
さらにステラは首を捻る。仕事ではないと言っていたが、内容を聞けば仕事のようにも聞こえる。
占って欲しいっていう訳ではないだろうか?ステラは、その程度の仕事なら十分にこなせる自信はあった。フルシュドルフや帝都で仕事をし始めて以来、その手の仕事も予知と他のスキルを併用して調べられるようになったからだ。
「我らの亡き戦友の知る者がいないか聞いて行った中にエミリオという獣人の師匠だったという話が出て来たんだ」
「お兄ちゃんの?」
「パパの?」
ステラとミーシャが知っている人の名前が出てきて目を丸くする。
「フェルナンドという狐人族の男なのだが覚えはないだろうか?」
コテンと首を傾げるミーシャ。全く覚えがないような感じであった。
ステラはちょっとだけ驚いた顔をする。
「もしかして知ってるのか?」
「フェルナンドの事を?」
「意外な場所で意外な人物が…」
「こんなんだったら素直に最初から聞いておけばよかった。3年前にウチの領地に来てから直に分かったことじゃないか」
ヴィンフリートは目を輝かせ、ユーディットは恐る恐る、モーガンは唸る様に口にして、そしてヒューゲルは肩を落としてボヤく。
「え、あ。いや、その名前は知ってますけど、面識がないので当人かどうかは知りません。ただ、義兄の師匠でフェルナンドと言えば一人しか思い浮かばなかったと言いますか」
「恐らく間違いないと思う。もしも知っているなら教えてくれないだろうか?奥さんと娘さんを知っているなら」
ヒューゲルが問いかけるとステラは凄く申し訳なさそうな顔をする。
「ええと、その、娘って多分、私です」
………
「「「「え?」」」」
4人は声を揃えて疑問符を浮かべる。
「い、イヤイヤイヤイヤ、ええと、ステラ君のお父上はフェルナンドという名前なのか?」
「はい。そうらしいです。全く面識がないですけど、母から聞いた事があります。会った事が無いので同一人物か証明する方法もありませんけど。念話を持ってるので、強く頭に浮かべて貰えれば顔を知る事が出来ますけど、当の私はその顔を覚えてないから」
「どんな人だったかは聞いていないのか?」
ヴィンフリートは乗り出してステラに問いただす。
全員がふと思い出す。そもそも娘に生まれた時から会っていなかったという話はちらりと聞いていた。だが、父親の事を聞くこと位はした筈だと一同は考える。
「うーん、稀代の変人だと母は言っていましたね」
「稀代の変人って……」
「ええと、私たち妖狐族は同族からでないと子供が産めないんです。エルフがエルフしか産めないのと一緒ですね。でも妖狐族は母以外は滅んでいますから、もう子供は生まれる筈がないんです。でもこうして私はここにいる訳です」
「そ、そうだな」
「ですが産む方法はあるんだそうです。母は人化の法を極めていたので、人間となら交われると」
ステラは死んだ父の話の筈なのにまるで遠い他人のおとぎ話を語るかのように話す。面識がないというならそれも仕方ないのかもしれない。
「そう言えばフェルナンドは鑑定石の鑑定を誤魔化した事があったな」
「人化の法だったか。もうあの頃になるとフェルナンドなら何でもありだと思って気にしてなかったな」
そんな彼らの言葉にステラは引きつり気味な顔になる。
「父は兄を拾って母に兄を預けたそうです。その時に母に一目ぼれして求婚したらしいのです」
「またまたぶっ飛んでやがる。巫女姫様に求婚?昔、獣王が滅ぼされたっていう曰く付きのとんでも行動だぞ」
モーガンはしかめっ面になる。
「母は父がまだ子供である事、そして人化の法を身に付けなければ結婚しても子供を成せないという事実を教えたのですが、それから数年後、大人になった父は人化の法を身に着けて再び求婚したそうです。勇者であり賢者となり、獣人族では不可能な人化の法まで身に着けたので母はこれも運命かと思ったそうです。まあ、母の惚気ですけど」
ステラは苦笑気味に説明する。
「獣人族は人化の法を使えないのか?」
ちらりとヴィンフリートはモーガンを見る。モーガンは首をひねる。
「うーん、例えば獣人族は従魔士になる才能の有無がある様に言われていますけど、実際には魔力をコントロール出来れば従魔スキルを発動するのは可能です。例えば従魔の感覚を理解できればヒヨコなんかは魔法制御能力が高いから普通にできると思いますよ」
「ピヨッ!?ピヨ~」
ヒヨコは何やらシロに向かって翼を向ける。
「フシャーッ!」
「シロは私の子だからピヨちゃんでもダメだよ」
シロはいきり立ってヒヨコに襲い掛かり、ミーシャは引っ掛かれているヒヨコからシロを宥めるように引き離す。
「ピヨピヨ」
「きゅうきゅう」
ヒヨコは後頭部を手羽で撫でて失敗したと言わんばかりの表情をし、トニトルテは何やら窘める。
「うーん、正直実感が無いんですよね。私自身、父を見たことが無かったので。いや、あるのかもしれないけど、覚えていないので。それこそヒヨコがレベル低い頃にミーシャと会っていたと言われても知らんと言っているようなもので」
「まあ、そう言われるとその通りだが、フェルナンドは命を懸けて邪眼王を滅ぼしているんだ。娘を生かす為だと言っていた」
「………確かに私は小さい頃は病弱ではあったのですけど。もしもフェルナンドさんというのが私の父だとしたら………もしかして邪眼王を殺す、これが母さんの言っていた運命のターニングポイントって事なのかな?」
ステラは腕を組んで考えながら唸るように口にする。
「「「「「運命のターニングポイント?」」」」」
「ピヨピヨ?」
「きゅ~」
『よく分からないのだ』
皆が首を捻り、ヒヨコとトニトルテ、グラキエスの三者もまた首を捻る。
「ターニングポイントとは?」
「昔、母さんが言っていたのですけど、個々人の人生を変えるのは簡単だけど、社会全体の動きを変えるのは難しいそうです。ですが、一つの物事を起こす事で、一定の方向に社会が変化して流れるような出来事があるそうです。歴史で習う勇者日記で言えば風が吹けば桶屋が儲かる的な?例えば身近な所では、獣王国において力こそが全てという考え方の流れを変えたのは、良くも悪くもリンクスター一族なのだと。その考え方から力と知を使うアルトリウス様のような存在が出てきた。母曰く、そういうものなのだと」
「ピヨピヨ」
「ステラ君がヒヨコを拾わなかったらフルシュドルフが滅んでいた?いやいや、そんな事ある筈が………そんな事、あったな」
ヒヨコの言葉にヒューゲルは否定しようとして、実際にそうだったことに思い当たり引き攣ってしまう。竜王襲撃とヒヨコは全く別次元の話だった。
「そのフェルナンドさんの遺品って言うのはありますか?私も予知スキルが上がって以来、他の能力も上がって来ているので、過去の情報を読み取れる時空魔法を身に着けたので」
「っていうか、それを先に言って!過去の遺品を見せても未来を見る巫女姫だから死人の亡くなったろう奥さんを調べるのは無理だと思ってたから遠慮してたのに!普通に出来たの?」
「覚えたのは3月くらいですけどね。時空魔法LV3『思念視』を覚えたので、遺品の内容を読み取れます」
「なんだろう?子供の成長は早いなぁとでも言えば良いのか。遠慮していたこちらが悲しい事になっている」
「いや、単にお前は察しが良いくせに遠慮しすぎているだけだ。一体何年もウチの姉と両片想いを続けていたんだ?」
ヴィンフリートはヒューゲルの最もダメな点をびしりと突っ込む。当然、ヒューゲルは知らん振りに徹するのだった。
「これなんだが」
ヒューゲルはポケットに手を突っ込み、美しく光る銀色の指輪を取り出す。ステラはその指輪を見て少しだけ目を見開く。
「フェルナンドが片時も外さなかった結婚指輪だ。最後の戦いで俺に託して死んでしまった。」
モーガンが補足する。
「お借りしても?」
ステラは手を出しだすと、ヒューゲルが指輪を渡すと、ステラは何となしに指輪の中を覗き込む。
「父のですね」
「え、もうわかったの?」
全員が驚きの顔をしていた。
「あ、いや、母の持っていた指輪と同じものでしたので。指輪の中に『From F to F』と獣人の古くから使っていた文字で書かれていますし。フローラからフェルナンドへという意味ですね」
「あ、ああ。何かさすが巫女姫様とか思ったら、普通に俺達でも気付ける話だったのね」
ヴィンフリートは苦笑気味にぼやく。
「それにしても……何という奇縁。母が亡くなり、獣王国を追い出されて、流され着いた場所がまさか顔も見知らぬ父と同じ冒険者パーティにいた人の太守代行を務めていた領地なんだから。しかも近くで人の父の結婚指輪を持っていた人がいるとは思いもしなかった」
ステラは呆れたように溜息をつき、ヒューゲルもそれはその通りだと苦笑する。
「では、この指輪は私が………。って、私、獣王国から追放されていて、実家に帰れないんですけど」
「それ、今更だよな!?」
全員が頭を抱えるのだった。
「ピヨピヨ」
「ま、そうだね。ヒヨコ君が言う通り、フェルナンドが残した遺品でもある。娘であるステラ君が受け取ってくれるなら何も問題はない。墓に入れてあげたかったというのは我々の想いだけだから」
「………うーん。私が持っていて良いのだろうか?」
ステラは困ってしまう。
確かに父のものだ。
だがステラは父を知らない。幼い頃に会ったとはいえまったく覚えもないのだ。あまり口にはしてこなかったが、母が悲しそうな顔をしていたからどちらかと言えば父に対して反意のようなものを持っていた。
何で一緒に居てくれないのかと。
ステラはアイテムボックスの魔法で指輪の入る箱を取り出す。そこには全く同じ指輪が入っていた。
「それは?」
「母の形見の品ですが……」
「つ、つまり聖遺物?」
ごくりと息を吞むモーガンに
「いやいやいやいや」
若干引き攣って突っ込むステラ。そういう反応になってしまうのが獣人族なので少々困ってしまう。
もしかしたらモーガンは極度の巫女姫教の信者かもしれない。そんな宗教はないが、獣人族の思想はそういう感じだ。特に人間の脅威にさらされやすい猪鬼族はその気持ちが大きい可能性は高い。
「同じ指輪なのね。本当に実在したんだ、奥さん」
ユーディットは目を細めてぼやく。
「あ、こいつ、浮気をほのめかす悪い女だから放っておいて」
「失敬な!あと、奥さんを裏切らせようと日々活動をしていたのを娘に言わなくても良いでしょう?」
「その通りだが、神職のする事かよ」
憤るユーディットにヴィンフリートが笑って突っ込む。
「ステラ君はあった事ない父親の形見を、大事にされていた冒険者パーティから貰って良いのかと思っているだろうが、フェルナンドは、師匠は理由こそ分からなかったが妻と娘の為に戦っていたんだ。俺達は君に持っていてもらいたい。良いかな?」
「は、はい。分かりました。……」
ステラは指輪を母の指輪入れと並べるように置く。その時、指輪と指輪がぶつかった瞬間、ふとステラに白昼夢のように思念視が脳へと流れ込んでくる。
「え?」
ステラは理解できない顔でふらつきうしろのソファーに倒れ込む。
「ピヨッ!?」
「きゅうきゅう」
「ステちゃん?」
「ミャー」
「大丈夫か!?」
ヒヨコもトニトルテもミーシャもシロでさえも驚いてステラに近寄る。
慌ててステラの方へと寄ってくるヒューゲル達。
ステラの頭に流れ込んだ情報は余りにも膨大だった。それはフェルナンドの歩み続けた軌跡だった。