5章28話 ヒヨコVS新獣王(後編)
審判のカウントがコロシアムの中に響き渡る。
ヒヨコは後悔していた。そしてとっても反省していた。そう、空よりも高く反省しているのである。……おや、反省している割に頭が高いんじゃないかって?それはどうでも良い。
そう、ヒヨコは舐めていたのだ。何たる傲慢。何たる無様。
シーサーペントやワームキング、ヒドラ君らを倒してきたヒヨコはもはや敵などいないと思っていた。勇者ヒヨコなのだから当然だと思っていた。世の中はヒヨコの都合のいいように回ると思っていたのだ。
きっとヒヨコは最強ヒヨコ伝説の主人公で、皆が困れば『やれやれ、仕方ないな』みたいな感じで前に出て来て敵を倒し、女の子に持て囃されるものだと思っていた。事を成せば『ピヨ、何かやっちゃいました?』みたいな感じで皆を驚かせてしまうものだとばかり思っていたのだ。
だが、違ったのだ。
ヒヨコは主人公ではなかったのだ。ただのピヨピヨのヒヨコちゃんだったのだ!
なのに相手を見下していたのだ。そして無様に床に倒れていた。なんという情けないヒヨコだ。
下っ端君との戦いも下っ端だと侮り苦戦を強いられた。挙句後輩君にはこのような無様を晒している。これでは勇者ヒヨコなどとても遠い。帝都のゆるキャラピヨちゃんである。
違うだろう?いつからヒヨコはそんなに偉ぶる様になったのだ。この帝都に染まり野生を忘れるとは何たるか。
悔しい。ヒヨコはヒヨコの無様さに怒りをふつふつと湧かせる。後輩君を侮っている時点でヒヨコに驕りがあるのだ。
認めよう、敵は勇者なのだと。
ヒヨコは再び挑戦者に戻るのだ。
そう、今日からヒヨコは挑戦者ヒヨコ。初心に戻ろうじゃないか。
「ピーヨヨピッヨ ピーヨヨピッヨ ピヨピヨピヨピヨ ピヨピヨヨ~ ピ~ヨヨ ピ~ヨヨ ピ~ヨヨ ピ~ヨヨ~ ピ~ヨヨ ピ~ヨヨ ピ~ヨヨピ~ヨピヨ」
ヒヨコは嘴で音楽(※シューベルト作『軍隊行進曲』)を口ずさみながら、自分を奮い立たせる。
ヒヨコの立つ姿に実況から声が響く。
『お~っと、立った立った!ヒヨコが立った~!』
「ピヨッ!(誰がク●ラだ!)」
※誰もク●ラとは言ってません。
ヒヨコはその足で床を踏みしめて
ヒヨコはキツツキのようにシュッシュッと首を前後に振りながら後輩君との距離を取る。
「アレでまだ立つのかよ」
後輩君は両手でガードを固めながらヒヨコを見る。
「ピヨヨ~!」
ヒヨコは後輩君に突貫する。後輩君はガードを固めつつ迎撃態勢に入る。
後輩君は前に出る事で打点をずらしダメージを軽減化させている。だから後輩君は動かしたらダメなのだ。
突貫するヒヨコに対して前に出てくる後輩君。
その拳は流水ではだめだ。連打が続いてしまう。空振りしようとこちらがカウンターで殴り返すより早く殴ってくる。足がお留守ではあるが、ヒヨコの格闘術はモンスター用であり、骨格的には回し蹴りは最も射程が狭い技だ。かわすのではなくギリギリまで引き付けてから回り込んで反撃する。
拳が当たろうかというギリギリを狙いヒヨコは縮地で後輩君の背後に回り込み嘴攻撃を仕掛ける。
しかしまるで野生の勘が働いたかのように同時にヒヨコの顔面に拳が飛び込んでくる。
もう一度だ!
更なる迫る拳を縮地法で更にかわす。
後輩君の反応よりも早く攻めなければならない。次は縮地法と攻撃を同時に行うのだ。もっと早くだ。
ゴッ
ついにヒヨコの嘴が後輩君の頭を叩く。後輩君は大きくふら付く。だが関係ないと言わんばかりに拳がヒヨコに降り注ぐ。
だが、もう一度だ。
ヒヨコは縮地法で逃げて後輩君に攻撃。後輩君は即座に反応するがヒヨコはすでにそこにはいない。
ピヨッ!ピヨッ!ピヨッ!ピヨッ!ピヨッ!ピヨッ!ピヨッ!ピヨヨーーー!
次々とヒヨコの嘴が後輩君を襲う。ついに拳を振り回していた後輩君はふらつき、そして、そのまま地面に倒れ伏す。
「ピヨ?(あれ、この技、どこかで見たような?……はっ!これはヒヨコ乱舞か!?)
何故、これほどの威力を?今まで誰にも効いた事が無くヒヨコ的には編み出したモノのお払い箱かなと思ていたのに。
だが、ヒヨコはそこで気付く。
今までヒヨコ乱舞を使った相手はヒドラ君とグラキエス君と下っ端君だった。
ヒドラ君とグラキエス君は防御が硬すぎた。縮地法と流水を使う下っ端君には全部いなされた。
だがヒヨコの嘴の強さを考えたら効かない筈はないのだ。
今までヒヨコ乱舞を使った相手は偶然にも相性が悪かっただけなのか!?
だが、しかしヒヨコによって袋叩きにされた後輩君は恐らく……
『ピヨちゃんの逆転劇かと思ったが、立った!今大会、何度も奇跡を見せてきた男!ガラハド・タイガー選手!こちらも負けていない!』
実況は何やら興奮気味に叫ぶ。
いや、ヒヨコ的には想定内なのだが。ヒヨコは油断しない。何もかも忘れて全力で戦うと決めたのだ。
「俺は獣王国を背負ってるんだ!ピヨピヨのヒヨコなんかに負けてたまるか!」
「ピヨ(そんな、酷い!ヒヨコだって好きでピヨピヨのヒヨコをしている訳じゃないのに!)」
後輩君は立ち上がり拳を握り叫ぶ。
ヒヨコは今倒した事も忘れよう。立ち上がれなくなるまで戦うのだ。ヒヨコは挑戦者なのだから。
「はあああああっ」
後輩君は相変わらずのバカの一つ覚えで突っ込んでくる。ここまでバカだとついていけぬ。
ギリギリまで引き付けて…さっきと同様に…と考えていると。
後輩君はその拳をフェイントにして、ヒヨコの縮地法により移動した場所に既に肘を差し込もうとしてきていた。ヒヨコはそれを慌てて避ける。
後輩君は追撃するよう裏拳を回してヒヨコに攻撃するが、ヒヨコはそれを縮地法でかわす。
ヒヨコはかわしつつ嘴攻撃を敢行するが、相打ち覚悟で左の拳をヒヨコに打ち込んでくる。
ヒヨコは敢えて相打ちにはいかないので、それも縮地法でかわす。
またしてもヒヨコ乱舞の餌食になる後輩君。そう、ヒヨコの武器は嘴なのだ。さらにヒヨコは足を使い、まるでヒヨコがたくさんいるように見える程ヒヨコ乱舞の速度を上げる。
それは差し詰めヒヨコの群れに集られる哀れな虎の子だった。
ヒヨコ乱舞・改『ヒヨコの軍勢』
闘技場を埋めつくすピヨの嵐。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ………
『ヒヨコが増えた!物凄いヒヨコの軍勢!これがピヨちゃんの必殺技かっ!?見た目は微笑ましいが、中身はヒヨコ達に袋叩きにされているかのようだ!』
そう、これでこの勝負はヒヨコの勝利だ!
ガッ
だが、ヒヨコが気持ちよく後輩君を攻撃していると突然ヒヨコの動きが止まる。
「!?」
後輩君はあちこちに傷を負いボコボコなのだが、ヒヨコの肩を掴んでいた。
「ぐっ…………つ……つかまえた………ぞ……」
「ピ、ピヨ?」
しまった!このヒヨコ乱舞は捕まると弱いのだ。攻めるのに必死で防御がおろそかに!?
ヒヨコの首を掴む後輩君は拳を思い切りヒヨコのボディに叩きつけてくる。鈍くて重い音がコロシアムに鳴り響く。その後にかわいらしいヒヨコの呻き声が続く。
ドゴン「ピヨッ」
ドゴン「ピヨッ」
ドゴン「ピヨッ」
たった3発でグロッキーなヒヨコ、何と情けない。たった3発で膝に来るとは。
ヒヨコはピヨリと床に倒れるが、後輩君はヒヨコを掴みさらに追い打ちをかけてくる。
ヒヨコは弱弱しくも足に力を入れて逆に後輩君に組み付く。両手羽で後輩君を抑える。
「ピヨヨーッ!(食らえ!ヒヨコドロップ!)」
残念な事にヒヨコドロップは後輩君がとっさにヒヨコの足に自分の足を絡めて不発。ヒヨコは自ら頭を闘技場の床に叩きつけてしまい、ゴロゴロと頭を抑えて転がる。
『おおーっとヒヨコ!1~2回戦で駆使したバックドロップを敢行!しかし失敗!ガラハド選手見事に防ぎ、ヒヨコはまさかの自爆!とても痛そうです!』
頭を抑えてゴロゴロ転がるヒヨコ。
だが後輩君はさらに追い打ちを掛けに来る。
「ピヨヨッ!」
後輩君はヒヨコの上に乗り、両足でヒヨコの胴体をきっちりロック。
『おおっ!ガラハド選手、マウントを取った!ピヨちゃん、手羽も足も出ない!』
実況がわざわざ手も足も出ないという部分を手羽も足もと言う辺りに拘りが感じるが、今ヒヨコはそれどころではなかった。
「ピヨッ」
ヒヨコは嘴攻撃を敢行するが届かない。代わりに重たい拳がドカンと殴る。
くそう、手羽も足も出ないぞ!?
後輩君はヒヨコを殴る。
ヒヨコは必死に首を振って致命傷になる攻撃をずらすが次から次へと迫る攻撃に対応するだけだった。
下半身を使って相手の動きをずらして攻撃をずらす。
足を延ばして後輩君の脇に差し込んで起き上がろうとするが後輩君は脇を締めて攻撃をガードする。
「ピヨーッ」
ヒヨコは防御のために火炎連弾吐息で一気に敵を押し返す。後輩君は防御してヒヨコの上から吹き飛ばされるが闘技場の上で堪える。
効いている。やはりヒヨコのブレスは最強だ!
「ピヨッ(食らえ爆炎吐息!)」
爆炎が闘技場内を全て吹き飛ばす。結界によって守られていたが、その結界も悲鳴を上げて上空に爆炎を逃すがそれでも緩和できずガラスが砕けたような音を立てて結界さえも軽く爆発する。
ヒヨコは自分の放った爆炎吐息により発生される爆風を伏せて、どうにかこらえる。
腕を十字にしたまま後輩君も堪えきたようだ。だが、満身創痍と言った状態である。
これでヒヨコと五分五分と言った感じだ。
「へっ……そう来なくちゃなぁ」
「ピヨッ(ヒヨコの本気見せてやる)」
互いに構え、距離を測る。
コロシアム内は混乱が一瞬で止まり、最後の決着をつけようとするヒヨコと後輩君に注目が集まる。一転してシーンと静まり返る。
声も出ないそんなヒヨコと後輩君はどちらからともなく動き始める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ピヨオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ヒヨコと後輩君が共に矜持を掲げて互いの武器を突きつけようとする。
だが、いきなり後輩君の横から物凄い速度で何かが飛んできて地面に叩き潰す。
同時にヒヨコも衝撃を受けて地面に叩きつけられる。
何事か!?
むにゅりと柔らかい何かがヒヨコを抑え込んでいた。ふと視線を挙げるとそこには剣聖皇女さん、改め剣聖奥さんがいた。
………………ヒヨコは人妻の柔らかさに反抗する事が出来なかった。
くうっ、悔しいけど嬉しい。ピヨピヨ。
そしてよくよく見ると後輩君は腹黒公爵さんに抑えられていた。
そして魔導拡声器を持った腹黒公爵さんが何かを喋り始める。
『あー、白熱している試合の最中に申し訳ないが試合終了!勝者、ガラハド・タイガー選手!ヒヨコ君、失格!ブレスは禁止だよ』
「ピヨヨーッ!(そう言えばそうだった!)」
何という事だ。肥大した傲慢を戒め、何もかも忘れて真摯に戦おうとしていたのだ。
そう言えばルールも忘れていた。
「ピヨピヨ(ヒヨコは恥ずかしい)」
両の翼で顔を隠してピヨピヨ鳴く。
『優勝はガラハド・タイガー選手です!』
ボロボロになっているが、審判が慌てて闘技場の上に戻ってガラハドの腕を持ち上げる。
それを引き金に、会場は一気に拍手に包まれる。
ヒヨコは結局良い所がないまま敗者となるのだった。
残念無念である。
***
ヒヨコは肩を落としてしょんぼりしながら控室に帰ると…
「きゅうきゅう(本当にダメダメなのよね。青いドラちゃんも赤いピヨちゃんもダメダメなのよね)」
「ねー。二人共反則負けだね」
「にゃうー」
トルテ、ミーシャ、シロがヒヨコにがっかりした様子で声をかけてくる。
人化の法LV1によってミニドラゴンになっているグラキエス君は
『それは仕方ないのだ。僕たちの主戦力は吐息なのだ。本気を出さないと負けると思った相手にうっかり本気を出してしまうのはそのまま反則になるのだ』
「ピヨピヨ(グラキエス君……)」
ヒシッとヒヨコは同じ反則負け仲間のグラキエス君と抱き合う。
「まあ、ヒヨコは良い薬になったでしょ。最近、調子に乗っていたから」
「ピヨヨッ!?(何故それを!?)」
「わからでか!」
ヒヨコは呆れられたようにツッコミを入れられてしまう。どうやら保護者にはお見通しだったようだ。
「ピヨピヨ(鳥生は甘くないものだな。ヒヨコは反省したのだ。今度やる時はボンバーブレス20連発で瞬殺するべし)」
「きゅうきゅう(しかし、ワームキングには効かなかったのよね!)」
「ピヨッ!(そろそろ新しいブレスを開発せねばなるまい)」
『でも、この手の大会はブレス禁止なのだ』
「ピヨピヨ(もう2度とこの試合に出る事は無いだろう。どうも雰囲気からしてヒヨコが頑張りすぎると周りが困惑する様だ。それは本意ではないのだ)」
「きゅうきゅう(我等、ピヨドラバスターズは帝国民に親しまれるダンスユニット。やはり暴力を使うのは好ましくないみたいなのよね)」
『なるほど、空気を読まねばならぬのだ』
ヒヨコが反省し、きゅうきゅうとトルテも頷き、グラキエス君もコクコクと頷く。
我等ピヨドラバスターズはちょっとだけ大人になったのだった。