5章27話 ヒヨコVS新獣王(前編)
『これより、武闘大会決勝戦を開始いたします』
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
コロシアムは熱狂の渦に巻き込まれる。
『決勝戦に辿り着いたのはこの二名!魔物から特別参加のピヨちゃんと獣王国前獣王の末子にして暫定獣王になったガラハド・タイガー選手!あまりに予想外の決勝戦ですが、どちらも相当の実力で勝ち上がってきています。そこで今回決勝戦を始める前に、どれほどの実力者かを神眼の鏡を使ってそれぞれの実力を見てみたいと思います!」
神眼の鏡は義務教育が終わる時に帝都や各地の領都に集まって卒業式に自分の力を見せてもらうようなものである。こういった時に使われるのは極めて稀だった。
「皆様もどれほどの実力者なのか、ステータスを見てもよく分からないでしょう。そこでデモンストレーションとして前回優勝者カール・フォン・アルブレヒト選手、今回の準決勝進出した二名ラルフ・フォン・ゼーバッハ選手、マキシム・ベアード選手の3名のステータスを公開しようと思います!』
それはあまり盛り上がっていないようでざわざわと周りもざわめきを立てていた。
闘技場に立つのはカール、ラルフ、マキシムの三名。
四角い箱に鏡を仕掛けて担当者がカールを映す。するとコロシアムの大きいスタンドに画面が映し出される。
そこには神眼の鏡で映し出された内容が記入されていた。
名前:カール・フォン・アルブレヒト
年齢:33歳
性別:男
種族:人間
職業:戦士
LV:43
身長:194
HP:760
MP:143
STR:312
AGI:287
DEF:135
INT:102
MAG:74
称号:―
スキル:魔力操作LV4 恐怖LV5 殺気LV3 壮健LV5 力持ちLV5 極撃LV5 跳躍LV6 高速移動LV7 回避LV7 防御LV8 計算LV1 気配感知LV2 魔力感知LV2 水泳LV2 書記LV1 解体LV1 騎獣LV3 舞踏LV1 火魔法LV3 氷魔法LV2 風魔法LV3 疲労耐性LV1 精神耐性LV3
そのステータスにコロシアムは感嘆した声に包まれる。
人間でSTRが300もあるのは並ではないからだ。普通なら50くらい、鍛えている人でも100くらい。それが300台である。
とはいえ、これは今までの帝国最強の能力を示しているだけに過ぎない。ではカールに勝ったラルフはどれほどのものかと多くの観客が期待する。
その中でラルフに神眼の鏡が向けられる。
名前:ラルフ・フォン・ゼーバッハ
年齢:17歳
性別:男
種族:人間
職業:戦士
LV:41
身長:174
HP:590
MP:242
STR:434
AGI:294
DEF:153
INT:169
MAG:58
称号:槍聖 柔聖
スキル:魔力操作LV5 気配消去LV5 殺気LV10 超撃LV1 跳躍LV5 高速移動LV6 流水LV1 防御LV10 計算LV1 言語理解LV1 高速思考LV3 気配感知LV5 魔力感知LV5 水泳LV1 書記LV1 家事LV1 料理LV1 運送LV1 騎獣LV1 舞踏LV1 悪食 神聖魔法LV3 補助魔法LV2 疲労耐性LV6 精神耐性LV10 短剣術LV5 剣術LV3 槍術LV10 投擲術LV3 格闘術LV3 柔術LV10
映し出された瞬間、カールの数値を上回る大きい反響の声が響き渡る。2つの称号を持っている事で多くの驚きが観客にはあった。
『これは凄いステータス!特別ゲストとしてステータスについて詳しい、帝都で占師をしているヒヨコの飼い主でお馴染みのステラさんに来てもらいました。この槍聖や柔聖という称号は何なのでしょうか?』
『槍術や柔術といったスキルを極めると槍聖、柔聖と言った感じで称号が女神様より送られます。例えばエレオノーラ殿下は剣術LV10を持っており、剣聖の称号を保持しています。獣王国ではマーサ・リンクスター選手が拳闘術LV10を持っており、拳聖の称号を保持しております』
『ラルフ選手は決勝に出られなかったのが惜しいほどのステータスですね』
『そうですね。ウチのヒヨコがすいません』
コロシアムの観客達はドッと笑う。
続いてマキシムに神眼の鏡が向けられる。するとコロシアムのスタンドに映し出される。
名前:マキシム・ベアード
年齢:22歳
性別:男
種族:熊人
職業:戦士
LV:43
身長:251
HP:1056
MP:83
STR:465
AGI:138
DEF:225
INT:80
MAG:22
称号:熊王
スキル:気配消去LV1 恐怖LV5 殺気LV5 剛腕LV3 極撃LV5 跳躍LV4 高速移動LV3 回避LV3 防御LV9 頑丈LV1 計算LV1 拡声 念話LV1 強嗅覚 気配感知LV1 野生の勘 水泳LV1 書記LV1 騎獣LV1 疲労耐性LV3 精神耐性LV3 衝撃耐性LV1 酩酊耐性LV1 棍術LV8 拳闘術LV8 格闘術LV3 爪術LV5 牙術LV5 咆哮LV5
さらに大きい歓声が上がる。
『今大会最高のSTRです!棍術と拳闘術もまんべんなく強いのですが、そう言えば今大会は棍棒を使っておりませんでしたね』
『獣王国では武器を持つことも多いのですが、獣王として最も尊敬されるのは拳での戦いと言われています。恐らく、今大会において拳で勝つことで周りを認めさせようとしていたのでしょう』
『とはいえ、このSTRに対して堂々と待っ正面から殴り合ったガラハド選手は恐ろしいものがありますね』
『そうですね』
『ところでこの熊王という称号ですがどういう意味があるのでしょうか?』
『単純に熊人族の長に対して与えられる称号です。ただ、熊王や獣王といった称号は民族から半数以上の理解を得る必要があります。逆に言えば大きい勢力の承認を得られずに獣王になった場合、獣王という称号を賜れない事があります。過去には獣王になっても獣王の称号を持ってない事が多々あったそうです。例えば勇者なんかも小さい国であれば、相応しい能力が無くても国民に認識されて勝手に勇者になります』
『なるほど。国民の半数以上が認識するのは難しいという事ですか』
『代表者が認識すれば良いのですが、代表者の半数というのもかなり厳しいというのがありますね。だから小国の勇者は簡単になりやすい半面で、実が無い為に、後で堕ちた勇者とか偽勇者というようにあっさり称号が悪くなる事も多いと聞いた事があります』
『中々神眼の鏡を見る機会も無いのですが称号を手に入れるというのは相当難しい事なんですね?』
『そうですね。女神様の恩恵は一定の条件が満たされれば取れるものですから。部族の代表が認めれば簡単に認められてしまうのですよ。小さい国ならば民が知らなくても貴族達数十人が認めただけで勇者の称号が手に入ります。ですが心から認めなければ困難な事なんですよ。宗教というのはそういう物を強く認める為の手段とも言えるでしょうね。だから熊王や猫姫といった称号は余計に難しいんです。逆に宗教なんかの法皇という称号は簡単に認められるらしいです』
『なるほど。称号については奥深いのですね』
ステラは母に教わった内容を事細かく説明する。
『さて次はピヨちゃんかガラハド選手が立とうとしていますが…、おや、二人はじゃんけんを始めましたね。勝者はガラハド選手。というかピヨちゃん、翼でじゃんけんしたらパーしか出ないから!何故その勝負を受けたのだ!?』
解説の言葉にどっと観客が盛り上がる。ヒヨコはハッとした様子で自分の翼を見て落ち込むのだった。その姿がさらに会場を笑いの渦に巻き込んでいたりする。
そして三人が去って行き、ガラハドが闘技場に上がり歓声を受けながら前に出る。そして神眼の鏡に自分を映す。
名前:ガラハド・タイガー
年齢:11歳
性別:男
種族:虎人
職業:武闘家
LV:28
身長:141
HP:644
MP:155
STR:411
AGI:397
DEF:232
INT:63
MAG:132
称号:真の勇者 獣王
スキル:気配消去LV3 覇気LV5 勇気 極撃LV2 腕力強化LV1 跳躍LV5 忍び足LV5 高速移動LV5 回避LV5 脚力強化LV1 防御LV7 計算LV1 暗視 神眼 神託 強嗅覚 気配感知LV3 索敵LV3 野生の勘 水泳LV1 書記LV1 騎獣LV2 獣化の法LV3 疲労耐性LV5 精神耐性LV7 衝撃耐性LV1 即死耐性LV10 拳闘術LV7 格闘術LV4 柔術LV1 爪術LV3 牙術LV1
そのステータスを見た全員が言葉を発しない。
それは帝国において崇められる称号が存在していたからだ。11歳にして他の猛者を凌ぐ優秀なステータスだが、それ以上に称号に目を奪われていた。
『し、真の勇者!?』
『真の勇者は女神様の名誉称号ですね。この称号は誰に認識されるわけでもなく自分よりも強い相手を数十同時に相手にして勝利すると手に入るとも言われています。つまり明らかに負けるのが分かっている状態で勝利した、運命に抗う者の称号、それが真の勇者という事です。多くの偉業を成し遂げた者がこの称号を持っていたのは、自分よりも遥かに強い相手を倒して来る、運命を覆す力がある存在の証明とも言えます。お父上の獣王アルトリウス陛下も持っていた称号です』
コロシアムの中もどよめく声に満ちる。
勇者が消えて1年もたたずして獣王国から勇者が現れた。未だ11歳で、獣王の称号を持つのにだ。
これは獣人達の方が驚いていただろう。
まさかガラハドが真の勇者だったとは思わなかったからだ。少なくとも上層部が承認し暫定獣王に認めたが、それほどのモノとは思ってもみなかったのだろう。
一気にコロシアムはガラハド一色に染まるほどの歓声に包まれる。
11歳の新たなる真の勇者の誕生に帝都は大歓迎をする盛り上がりだった。
「ピヨッ!」
『さあ、今度はヒヨコのステータスですが………え?』
名前:ピヨ
年齢:0歳
性別:男
種族:???(ヒヨコ+アホ毛)
職業:愛玩動物
LV:63
身長:144
HP:710
MP:1120
STR:381
AGI:582
DEF:167
INT:66
MAG:634
称号:復讐者 迂闊者 真の愚者 聖鳥 神の使徒 真の勇者 不死王討伐者
スキル:魔力操作LV10 気配消去LV4 覇気LV4 勇気 強撃LV6 縮地法LV2 流水LV3 防御LV1 念話LV3 暗視 神眼 神託 魔力感知LV10 音響探知 野生の勘 離陸LV1 書記LV1 家事LV1 大工LV1 絵画LV1 運送LV3 歌唱LV2 舞踊LV3 火魔法LV10 水魔法LV5 氷魔法LV5 土魔法LV5 風魔法LV7 雷魔法LV8 神聖魔法L10 人化の法LV2 精神耐性LV10 炎熱耐性LV10 毒耐性LV7 酩酊耐性LV1 麻痺耐性LV5 病耐性LV5 呪耐性LV10 即死耐性LV10 食い溜め 格闘術LV3 柔術LV2 嘴術LV8 爪術LV3 火吐息LV7
ガラハド以上に誰もが言葉を失う。
こっちは真の勇者どころではなかった。聖鳥に加えて神の使徒の称号が付いている。そして誰もが驚くような魔法の数々。
これが帝都で人気の、毎朝ピヨピヨ踊ってる事で有名なピヨちゃんです。
こんなの毎朝踊らせて良いのだろうか?
『え、……えーと…』
『ちなみに魔法LV10を得ると賢者の称号が手に入るのですが、ウチのヒヨコは真の愚者の称号を手に入れた為か、知力が足りなかったが為に賢者の称号が手に入らなかったようですね。まあ、だってピヨちゃんバカだから、とよく言われていますが神様が認めたバカです』
「ピヨヨーッ!」
ヒヨコは解説席に座っているステラの方に抗議をするがその声はあまり届いていなかった。
『し、しかし、これは、つまり』
『11歳の獣人族の少年と帝都で人気のマスコットの対決ではありません。運命を覆す力を持った真の勇者同士の戦いです』
一気に会場はどよめきの声で埋め尽くされる。
勇者対勇者、そんな対決カードを武闘大会で見る事が可能とは思ってもいなかったのだろう。
そしてどちらも準決勝で負けた二人以上のステータスを有していた。期待は当然高まる。
***
『さあ、選手紹介が終わり、遂に試合が始まります!勇者対勇者!帝国史を紐解いても存在しない戦いが今始まろうとしています。』
ヒヨコの前には後輩君が立っている。苦しい戦いを続けながら勝ち抜いていた。最初に見た頃はさほど見るべき事のない小童であったが、今では決勝に相応しい力を有している。
侮れぬ。
ヒヨコはピヨッと後輩君を倒しておきたいが、どうやら簡単にはいかないらしい。
後輩君は構えてグッと前傾姿勢で戦い開始の合図を待つ。
『それでは試合を始めてください!』
合図とともにヒヨコは縮地法で後輩君の後ろに回り込み嘴で頭を叩く。
スコーン
………
闘技場の床に倒れる後輩君。
「ピヨッ!(一本!勝負それまで!ピヨピヨ、油断したな?それでは皆さん、フルシュドルフダンスでお別れしましょう!)」
ピヨピヨと上機嫌になってヒヨコは踊る。
審判がカウントを取っているがヒヨコは既に勝利したようなものだ。
さあ、観衆よ!ヒヨコに賞賛を!
すると、オオオオオッと観衆から大きい歓声が聞こえてくる。どうやらヒヨコの勝利
に皆が賞賛を……
ドゴッ
ヒヨコは背後から殴られて闘技場に倒れる。
「か、勝手に終わらせんじゃねえよ!」
後輩君はいつの間にか立っていた。
ハッ!?まさかさっきヒヨコが心の声で賞賛を求めたら大きい歓声が聞こえてきたのだが、あれはヒヨコへの歓声ではなく後輩君が立った歓声だったのか!?
それならそうと言って欲しい。ヒヨコは踊るのに夢中だったから気付かなかったぞ?
ヒヨコはヨタヨタと起き上がる。背中が痛い。酷い目にあった。
「ピヨピヨ(不意打ちとは卑怯者め)」
「勝手に勝ったと思い込んで踊るのが悪いのでは?」
後輩君は引きつり気味にヒヨコに突っ込んでくる。
とはいえ、ヒヨコは勝てば踊らねばならないのだから仕方ない。皆がヒヨコのダンスに期待している。
ヒヨコはシュタッと後輩君と距離を取って構える。だが、後輩君は一気に両手で防御を固めながら一直線にヒヨコとの距離を詰めてくる。避けて横からピヨッとやるのは簡単だが、ヒヨコは漢の中の漢。簡単に引くと思われても癪だ。正面から堂々と受けて立とうじゃないか。
「ピヨッ」
一歩前に踏み込み後輩君よりも体を低くして懐に無理やり潜り込む。そして嘴で後輩君の顎をかちあげる。
だが、ダメージは小さいようで後輩君はそのままヒヨコを殴りに来る。右フックをダッキングでかわし、左のストレートをさらに首を回して攻撃を避ける。
巧みにステップを踏みながら右から左へと首を振りながらさらに踏み込む。
ヒヨコの首が∞を描くときヒヨコロールがさく裂するのだ!
だが、残念、ヒヨコロールがさく裂する前にヒヨコの目が回るのだ!
ヒヨコの頭にピヨピヨとヒヨコが舞っていた。
ごすっと殴られヒヨコは吹き飛ぶ。
「ピヨッ(まさかヒヨコの目を回すなんて!恐るべき男よ!)」
※ヒヨコが目を回す理由の大半が自爆です。
ふらつくヒヨコの足。だが、後輩君はヒヨコを仕留める為に、前へ前へヒヨコを攻め立てる。
ヒヨコの頭を後輩君の拳が叩く。
叩かれるたびにピヨッピヨッと声が漏れる。これではただのヒヨコクッションではないか!
何たる無様、何たるヒヨコ。これでは漢が廃るというもの。
「ピヨッ!」
縮地法でシュタッと後輩君の背後に回り込むとそのまま距離を取る。
だが、後輩君はさらにヒヨコを追いかけてくる。ヒヨコに息つく暇も与えない。
ここは動物愛護協会さんからヒヨコへの暴力禁止を訴えてもらいたいところだ。だが、そうは問屋が卸さない。
動物愛護協会さんの力は弱いのだ。残念ながら魔物はむしろ問屋に卸されてしまう立場である。そしてシェフにおろされてしまうのだ。恐ろしや!
ギュンギュンと後輩君の拳の回転が速くなってくる。
ヒヨコは防戦一方だ。
おかしい、ヒヨコが有利なはずだ。後輩君はもう十分戦っただろう。ヒヨコ的にはここらが負け時ではないかと思わなくもない。ほら、噛ませ犬的な感じがするだろう?だが、よく考えれば奴は噛ませ犬ではなかった!
猫だ!虎だ!タイガーだった!
まさか、まさか、ヒヨコが噛ませ犬だったのか!?
まて、ヒヨコは噛まれたらただの鳥肉になってしまうんだぞ!それはあってはならない事だ!そんなにヒヨコおいしくはないぞ?イグッちゃんのお墨付きだ!
ヒヨコは後輩君に背を見せて闘技場を回るように逃げる。
「て、おいっ!普通戦闘中に敵に背中を見せて逃げるか!?」
後輩君は文句を言いながら追いかけてくる
「ピヨピヨ(ならば追わねば良いのだ。おお、女神よ。ヒヨコに安らぎを与えたまえ!)」
※与えません。
逃げるヒヨコ、追い掛ける後輩君。
ハッ!?この展開はまさか後輩君がバターになるのでは!?本家本元のタイガーだ!ヒヨコ的にはパンケーキを準備すべきでは?
※この世界はちびくろ●んぼではありません。
ヒヨコはふと背後を見るといつの間にか追いかけていた筈の後輩君がいなかった。
はて、一体どこに行ったのかと思って周りを見ようとした瞬間、正面で待っていた。後輩君がヒヨコの顔面に拳を叩き込んでくる。
「ピヨッ!?」
ヒヨコは闘技場の床をバウンドしてコテンと倒れる。
「準決勝を見てた俺がそんなちゃっちい作戦に引っ掛かると思うな!」
「ピヨヨ~ピヨヨ~」
ヒヨコは痛みにゴロゴロと転がる。
作戦?否、本当にただ逃げていただけですが?何を言っているのだろう、この後輩君は。
たしかに後輩君だけバターになるかと思ったが……。
※虎はバターになりません
ヒヨコはピヨピヨと鳴きながらよっこらしょっと起き上がる。
ポコポコと通りすがりの子供達と同じように殴りやがって。ヒヨコは体が弱いのだと言ったであろうが!……………あれ、言ってなかったっけ?
ヒヨコは立ち上がり右の翼を下におろし、左の翼を上にあげる。
「ピヨピヨ(グラキエス君を叩きのめしたヒヨコの大技を見せてやろう)」
何故か後輩君は怪訝な表情になるが、ヒヨコは大物っぽく構える。そう、もはや勇者ヒヨコでも忍者ヒヨコでもない。今は大魔王ヒヨコ。
「ピヨヨーッ!(さあ、来るが良い後輩君よ!我が天地ヒヨコの構えの前に倒れるが良い!)」
ヒヨコはドヤ顔で後輩君を見据える。
「誘いか何か分からないが、……いってやる!」
後輩君は一気にヒヨコの懐に飛び込む。左の拳をフェイントに使い右の拳で叩きに来る。
バカめ!ヒヨコがそのような稚拙なフェイントに引っ掛かると思ったか!
後輩君の右の拳を右の手羽で受け流し、左の手羽でヒヨコチョップ!
メキッ
「ピヨヨーッ!」
ヒヨコは左の手羽を抑えて痛みで転がりまわる。
『どうした事でしょう!ピヨちゃん、それはグラキエス選手と戦った時に自爆した技だった筈ですが……』
そう言えばそうだった!上手く決まったという覚えはあったが、自爆技だったのだ!?
くう、何という愚かな事を……。
「何か、もう諦めたら?」
のたうち回るヒヨコを後輩君は酷く憐れむような目で見てくる
「ピヨッ!ピヨピヨ!(どいつもこいつもヒヨコを舐めよって!そんじょそこらのヒヨコちゃんと一羽一唐揚げにするんじゃねえ)」
※一羽一唐揚げ× →一把一絡げ〇
ヒヨコは左の手羽を抑えながらスクッと起き上がる。
だが、同時にヒヨコはどうやったら勝てるかと考える。
どうも、こう、後輩君とは相性が悪い。ボカスカ殴られるのも気分が悪い。
下っ端君の方が強かったと思うが、下っ端君は下っ端君のくせに理知的で自分の守りを確保する戦いをしていた。引く時は引くのだ。守りに長けているのは恐らく山賊の親分を守る為だろう。
だが、後輩君は違う。無茶無謀でも踏み込んでくるし、ヒヨコの攻撃も関係ないと言わんばかりに突っ込んでくる。ひらりひらりとかわしても突っ込んでくる。
疲れが無いのか?
勢いでとにかく突っ込んで道を切り開く。恐らく自分が先に倒れるなんて考えていないのだろう? ここまでしつこいととっても危険だ。
組み付いてヒヨコドロップ?捕まえても殴られそうだ。
ピヨスパイラルアタックはどうだ?いや、あれを出すにはそれなりの助走と溜めが必要だ。助走を作る暇があれば詰めてくるだろう。
天地ヒヨコの構えはもはや使えないと分かった。ヒヨコチョップはヒヨコがとても痛いから。
ではヒヨコ乱舞はどうだろう?だが、下っ端君には槍でいなされたし、今まであれは誰にもダメージを与えたことが無いんだよな。もしかしていい感じだと思っていた技だが、ダメなのだろうか?ヒヨコ的にショックである。
ヒヨコストライクはどうだろうか?だが、あれは遠距離攻撃なのであまり威力に期待はできない。そもそもあれで足止めできるほど甘くない相手だ。
あれ?
もしかしてヒヨコは詰んでるのか?
だが、ヒヨコは負けず嫌いなので負けたりはしないのだ。しない筈だ。だってヒヨコは勝つ運命に愛されている筈。後輩君如きに負けるなどありえないのだ。
考えているヒヨコだが、後輩君は一気に防御を固めてヒヨコへと飛び込んでくる。
「うおおおおおおおおおおっ」
「ピヨッ!(ヒヨコストライク!)」
遠距離攻撃による嘴の飛ぶ突撃。だが、後輩君は構わず突っ込んでくる。助走する余裕もないからピヨスパイラルアタックもできない。
ヒヨコ乱舞は利かない。ならばヒヨコドロップだ!
ヒヨコは開き直って逆に懐に飛び込む。相手は拳使い。ならばクリンチからの~……
後輩君は腰を落とし体をねじり渾身の拳を0距離から叩き込んでくる。
ドゴンと凶悪な鈍い音が闘技場に響き渡る。
「ピヨ…」
ヒヨコは後輩君に抱き付いたまま大打撃を受け、足元をふらつかせながら闘技場に倒れる。
ああ、ヒヨコの意識が………